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2010年5月

2010年5月30日 (日)

ありがとうございます(o^-^o)

ありがとうございます o(_ _)oペコッ

本当に本当に、更新のたびに遊びに来ていただき、心からお礼申し上げます。


Sirokuro_convert_20100530074950


お陰さまで、記事数100越え、ページ数も、多分次かその次の章の始めくらいで100になると思います。
こんな長く、見捨てないで来てくださった方々には、本当に感謝しかございません。
少しでも覗きに来て頂いている…という事が、自分にとって書く意力に繋がっております。
うわ~、でも、もう半年になりますか…。
最近は色々とトラブルがあって(ADSL不調とか、行事とか)、更新が飛び飛びになっていましたが…。

次回からは10章に突入してしていきます。
あと4章で終わっちゃうのか…と、思うと、我ながら、寂しい気もします。
それにしても、長編書いていて、自分の欠点が浮き彫りになって、本当に凹む事多数。
それでもこの勢いを止めたくなくて、突っ走っておりまして、覗きに来て頂いている方々には、読みにくくて申し訳なく思っています

ライブ感覚で書いているので、通常は自分はしない、かなり物語のヒントを落としながら展開しています。
…なので、皆様の予想通りの展開になってると思います。(特にアマトとラムウのくだり)
多分、これからも…、いえ、やはりそろそろ自重しようかと…。う~ん、これだからきちんとしたプロットを練らずに書き下ろすとこうなるのです…(汗)

色々予想していただいて、最終章までどうかお付き合いいただけたら、と思います。
ここまで来たら最後まで、ご一緒していただけると嬉しいです。

では次回、10章でお会いしましょう。
(まだしばらく、更新が飛び飛びになるかもしれないですが、ご了承ください)

。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚


で、ここからはまた、他愛もないつぶやきです。
ご興味ない方、スルーお願いしますね


。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚

ええ、と。
少し時間をいただきまして、細かな登場人物を整理し、設定書に挙げようと思っています
なかなか時間がとれないのですが。

それから役職も整理しないと、ちょっといけないかなーと。

なのでもうしばらく、お待ちください。
アップしましたらお知らせします。

Sita4_convert_20100530075113
で、あまり人物の描写をしていないキャラと、しているキャラの差が激しいなーと、自分でも思うのであります
遊びに来ていただいてる方には、人物多すぎ!とお叱り頂くかも知れません…

その中でも、ま、シータは何でこんなキャラ?と自分でも思うのですが、女の格好しているからといって、女言葉を話すからといって、女になりたい男ではない、ちょっと不思議な人を出したかったんですが…。
シータさん、あばずれみたいな言葉使いで(苦笑)お顔とのギャップが…(滝汗)
ただ、紅一点のイェンランがああいうトラウマを抱えているので、男臭くないキャラをひとり、置いておきたかったんですよね…。初めは女性の設定でした。正真正銘の。
でも、天邪鬼な自分は、何故か女装した男にしてしまいまして…。
今は密かにお気に入りの一人になっております…。もうちっと活躍させたいんですが…。


タイトルからして、主人公二人が最初からがっつりいくのが、普通かと自分でも考えましたが、思いつくまま気の向くまま、妄想していたら…主人公がなかなか一緒にならない(苦笑)
しかもあまり活躍していないような…???

でもやっと次章から、がっつり二人の事をやれそうなので、ちょっとドキドキ。

これから実は気力との戦い…(汗)
最後まで果たして完走できるか、ここから正念場だと思っています…。
やっと、二人を入れての、人間関係をガッツリ書く段階にきてしまった…(滝汗)
できるか、自分。やれるか、自分。
ちょっとこれからの事を考えて、眩暈しております。
…でも内容は大した事がないかもしれませんが…
文章能力もないでですし…

ちょっとネガ入ってすみません…

これから自分が越えなければならない山がいくつかあるので、それを思うと気が重いのですが、これからもいつもどおり楽しめればいいなーと思っています。
といいつつ、じっくり没頭できる環境でなく、ノッテイル時に限って、チビたちの妨害はひどいものです(苦笑)。
それにもめげず、何とか応対しながらも書いている、という事は、楽しくてしょうがないのだと思います。
夜中に書いていると、途中で寝てしまう…のも、うーん、難しいですね。(だからなかなか進みません)
たまにひとりでじっくりとその世界に浸って書きたいと、贅沢思う自分がおります。

こういう気持ちになるのは、本当にン十年ぶりですので、無謀にも強行的にも、この小説を書き始めてよかった、と思います…。内容はともかく…。


と、本当はすぐにでも10章を書きたいところなのですが、他ブログを完全放置していまして、そちらを片付けてから取り掛かろうと思っています。えー、遅筆な自分がもどかしいです。
とにかくリハビリ!と思って始めたブログ…(実はこの他に3つも持ってます…)やめたくないので…。
こ、更新してきますっ!


という事で、多分次回の更新は、6月頭(お!自分の誕生日?)となります。

よろしくお願いします

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2010年5月29日 (土)

暁の明星 宵の流星 #93

今まさに、キイの“光輪の気”は凝縮し、充満し、解放されようとしていた。
この段階にくると、キイの肉体の痛みは不思議な事に治まり、何とも言い難い状態になった。
もう、キイにはどうする事もできない。
まるで自分の身体であって、そうでない、不思議な感覚。
ただ、意識はちゃんと、自分の心の中央にある。
だが身体は、この溢れ出る白金の光の渦に、支配されているようだった。

一方、アムイは暗い、闇に堕ちようとしていた。
心の痛みが限界に達し、本能的に己を守ろうと、意識を閉じ始めた。
だから、アムイにはキイの変化がわからない。
渦巻く自分の暗い、闇。そして真っ赤な血の海。
そして…。

アムイの閉じようとしている心に、女の詠う様な声が響いてきた。

「…セドの太陽が…私のアマト様が…お戻りになった…」
いつの間にか、ミカ大妃が玉座の近くに、ふらついた足取りでやってきていた。
その玉座には、血に彩られたアマトと、その彼の膝元に蹲るようにして、ラムウが血にまみれて絶命していた。
ミカは髪を振り乱し、もうすでに心が完全に壊れているのが、一目でわかる。

「…アマト様…やっとお帰りになったのですね…。
ミカは子供たちと共に貴方のお留守をしっかり守っていたのよ。
ね?だから褒めてくれる?ちゃんと神王大妃の務めを果たしてるでしょ?」
ミカは恍惚とした表情で、アマトの傍に寄り、跪くと、もう息をしていない彼の胸に頬を寄せた。
血糊が彼女の顔を染める。
「貴方の王子達も、皆いい子で貴方を待っていたのよ。
もう貴方の思っている小さなミカじゃないもの。もうちゃんと大人でしょ?」
そう言いながら彼女はアマトの首に手を回し、顔に唇を寄せた。
「だからご褒美のキスをして…。これからも貴方の妻として、貴方の子の母として…
ミカはずっと貴方と一緒よ…。もう、どこにも行かないわよね…?
だって…私はこの国の神王の正妃…貴方の妻だもの…」


キイの全身から、白い発光体が上昇し始めた。
額の光は益々眩く広がっていく。
(アムイ…アムイ…)
白光に支配されながらも、キイの心はずっとアムイを呼び、求め続けている。
狂おしい…この感覚。…そして。


憤怒したような天の唸りに、サーディオ聖剛天司(せいごうてんし)は尋常でないものを感じていた。

(一体、これは一体…)
サーディオが息を呑んだその時、

ドゥン…ッ!!

城の最上階から激しい爆音と共に、白い光の筋が屋根を突き破り、天に勢いよく昇っていった。

その白光は黒い雲に吸収され、中で発光していく。
まるで、どちらかが力を呼び寄せているようだった。
光の筋は徐々に太くなり、どんどん黒雲に呑み込まれていく。
雲も発光し始めた。細かなプラズマが雲を飾っていく。
天の唸り声が大きくなっていく。

(いけない!!)

サーディオは本能で感じ取った。

これは危険だ。これは…!

「皆の者!!退け!!早くここから撤退せよ!!すぐさまここから離れるんだ!!」

閃光が、黒雲から大きな音と共に地上を襲った。

白い、白い閃光だった。

一瞬で、セド城は光に包まれた。

まるで神の怒りのごとく。白い光は城内を覆い始めた。

何が起こったのか。
何が始まったのか。
全てアムイの記憶の渦で展開していた。

だがアムイはその時の事を、自分の心に再現する事を拒んだ。
というよりもあまりにもの衝撃で、再生しても心がついていけなかったのだ。

アムイは言葉を失った。
白い、白い閃光。眩しい光の洪水。
そして…そして…。

《アムイ!!こっちに戻って来い!!俺の所に戻って来てくれ!!》

キイの叫びでアムイは闇から引き上げられた。

それから…それから…!!!

セドの象徴だった太陽が、こうして存在を消されたと同時、

太陽を失いし彼らに、神の白い光は容赦なく広がった。

その光はセドの国を襲い、首都を中心に全てを破壊尽くした。

一夜にして、太陽を失った王国は壊滅した。

その様子を、白光からぎりぎりで逃れたサーディオはじめ、聖戦士達は丘の上から呆然と見下ろしていた。
眼下には、セドの城が、町が、破壊され、所々に火の手が上がっていた。
まるで、闇の海に浮かぶ漁火のようだった。


「何と…何という…」
先頭に佇んでいた馬上のサーディオは、ゆっくりと馬から降りると、ふらふらと前に進んだ。
「人の思い込みというものは…何という愚かな事よ…」
彼は眼下に広がる惨状に、そして今見えていた事実に打ちのめされていた。

サーディオは全てを悟った。

霊的に敏感な者誰もが、城内で起きた事実を脳内に、映像として、音声を伴い見えていたのだ。
いや、それはまるで、人ではない者が、わざと見せ付けている様でもあった。

「…天は…天の考えは…人智を超える…」
サーディオは呻いた。
「人というものは何という愚かなのだ…。真実はそこにあるのに…。
己の思い込みに目を、心を奪われ、真実を見極める事ができない…。
己の考えが全て正しいと判断を誤る…!!
私も…何という愚かな人間なのだ…。
天の意思に…こんな事態が起きてから、やっと気づくなんて…」

聖剛天司サーディオは己の未熟さを後悔し、心から神に懺悔した。
大聖堂の最高位、最高天司長(さいこうてんしちょう)と最年少でなる事が決まっていた彼は、その後、オーンに戻り、大聖堂に全てを報告した。
そして話し合いの結果、大聖堂はこの件を、封印する事に決めたのだ。

何故、大聖堂が怒り、兵を出したのか、何故セドが一夜にして壊滅したのか…。
そして一番は、セド王家に生まれた巫女の子、神の気を宿した王子の存在を、完全に黙された事だ。
真実は、大聖堂が、いや、サーディオが完全に封印したため、謎と憶測と噂だけが残った。

セド王国、最後の秘宝の伝説として…。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

最後の部分は、アムイは言葉にする事ができなかった。
再生はしていても、心で拒否していたから、説明できなかったのである。
だが、ずっと彼の心を見つめていた昂老人には、全て、何が起きていたのかが、詳細に見えていた。
(そうか…そうじゃったのか…。やはり、竜虎(りゅうこ)と想像していた事は当たっておった…)
昂は迷ったが、考えて、その今見た光景をアムイに知らせるのをやめた。

まだその時のショックが抜けきれておらぬ。
時期がくれば、おのずと自分から思い出すだろう。
あえて今、追い討ちを掛けぬ方がよいであろう…。


震える体、喉の奥に何か詰まっている感覚。涙の代わりに溢れ出る汗…。
アムイはどうにかしようと、気持ちに力を入れた。
長い沈黙の果て、やっと、アムイは声を出す事ができた。

「俺は…俺達は…」
悲しい声だった。

「一国を…滅ぼしてしまった…。国も…その国に住む人も…すべて…」
皆は声も出せずに、ずっと息を殺してアムイの様子を伺っている。
「俺は…。自分の闇に翻弄されていたために…!キイの異変に気付かなかった…!
いや、遅かったんだ…キイに呼ばれた時にはもう…!
俺は受け損なったんだ。…あのキイの巨大な力を…!
受けられなかったんだ…!!俺には受ける事が…!!」
アムイはその場に突っ伏した。全身が震える。
「だから被害は拡大した!俺達の…俺のせいで…一つの国を滅ぼしてしまったんだ!!
みんな一夜にして破壊された。
みんな一夜にして死んだ。
俺も…キイも…とんでもない事をしてしまったんだ…!!
それなのに…俺達だけ…助かって…」

気が付くと、自分は聖天風来寺(しょうてんふうらいじ)にいた。
今でも憶えている。
目が覚めて初めて目にした、キイの、苦悩と絶望の瞳を。

…キイの闇は自分以上だったに違いない…。
その時、すでに自分は記憶が飛んでいたからだ。
何が起ったか、憶えていたキイだけ、事実を背負う事になってしまった。
キイはひとり、どれだけこの現実に耐えなければならなかったのか。
それでも俺達は互いに抱き合って泣いた。
あの時の事は、詳しい経緯を自分が封印していたとしても、キイの様子で何が起きたのかを自分は知ったのだ。
しかしもう、その時点でアムイの涙は出なかった。
泣いているはずなのに…彼の目からは一滴の雫も湧き出なかった。
それからずっと、己から感情の涙が出ることはなかった。
出るとしても、それは身体の反応でのみ。

…それは…この闇の箱を開け放しても、相も変わらずであったのに、アムイは愕然とした。

それだけ…彼にとって、大きな傷となっていたのだ。

「アムイ、よく耐えた。よくぞ頑張った…。
これからは己の闇を解放し、昇華し、手放していこう。
時間がかかるかも知れぬ。
突然その時の記憶と感情が甦り、己を恐怖に突き落とすかも知れぬ。
…だが、もう一人で抱え込むのではないぞ。
どうしても…の時には、わしも、ここにいる誰かがお主を支える。
だからゆっくりと、本来のお主に戻ろうぞ。
キイが…思い焦がれた…本来のお主に…」
昂老人は優しく、諭すように言いながら、アムイの身体を抱え起こし、顔を正面に向けさせると、額に己の掌をかざした。
「本来の…俺…?」
昂は小声で経文を唱え始めた。
「……。さあ、アムイよ。ゆっくりとこの場に戻ろうぞ。
お主の闇となった記憶は全て表に放たれた。
もう闇の箱は中身を吐き出しきって消滅したぞ。
あとは全てお主次第…。向き合い気付き、ひとつひとつ浄化しよう…。
その為には、今の場所に戻るのが大事じゃ。
今の主なら、必ずやこの闇を超えられる…。
さあ、深く息を吸って…ゆっくりと…吐いて…」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

その晩は、珍しく大陸に月が昇っていた。

満月ではない、まるで王冠の様な三日月…。

皆、それぞれが、様々な思いを抱えて夜を過ごした。

シータはあれからずっと無口だった。
イェンランとアーシュラはキイを想って眠れなかった。
昂はずっと目を閉じ、二人を育てたこの世を去った親友を想い、これからの事を考えていた。


一国を滅ぼした罪は…己の生まれよりも重い…。
アムイは眠れず部屋を抜け出し、宿の庭先で、ぼんやりと月を眺めていた。
…サクヤと顔を合わす事ができなかった。
どういう顔をしていいのかわからないのもあったが、それよりもサクヤの顔を見るのが怖かったのだ。
心地よい風が、アムイの黒い髪を撫でていく。
月はきらきらと黄金色に輝き、まるでアムイを励ましているようだった。
でも…。

「あ~にきっ♪ここにいたぁ。
もう、すんごい捜しましたよ~。
まったくいつもながら冷たいんだから、オレまいっちゃいますよ」
いきなりアムイの背後から、いつもの明るい声が飛んだ。
「サクヤ」
アムイはどうしたらいいのか、思わず言葉に詰まった。
だが、当のサクヤは全く変わらず、にこにこしながらアムイの目の前で笑っている。
「ほら、今夜は無礼講といきましょうよ。宿の人から特別に貰ってきちゃった♪
…思えばこうやって、二人で飲んだ事、ないですもんねぇ」
そう言いながら、アムイの横に機嫌よく座ると、彼の目の前に酒瓶を振って見せた。
「お前…」
サクヤはアムイの辛そうな顔を無視して、彼の手に杯を持たせ酒を注いだ。
「ほらほら、ぐっといきましょ。そんな苦虫潰した顔…らしくないですよ、って、はは、いつも兄貴は眉間に皺寄ってるか!」
と、かかか、と豪快に笑った。
「おい、言うようになったじゃないか」
思わずつられてアムイは噴出した。
「言いますよ。だって、もう一年も兄貴追っかけてるんだもん。
昨日今日の仲じゃないでしょ」
サクヤは自分の杯に酒を注ぐと、それをぐいっと飲み干した。
「…サクヤ…俺…俺は」
サクヤの故郷を破壊した原因の自分が、彼にどういう言葉をかければいいのだろうか…。アムイにはわからなかった。
その様子を察したのか、サクヤは途端に神妙な顔になった。
「……兄貴のお陰で、オレ、色々と経験させて貰ってる。
色んな事学ばせて貰ってる。……オレ、兄貴に会えてよかった…。
天に感謝しているんだ。…この出会いがなかったら、今のオレはいないから」
アムイは驚いてサクヤの顔を見た。
そんな事、言われるとは思ってもみなかったからだ。
「…そんな…俺にはそう言われる資格ないぞ…。むしろお前に…」
…お前に出会ったお陰で今の自分がいる…
と、言おうとしたが、アムイは照れ臭くて、その言葉を飲み込んでしまった。
その代わりにアムイはこほっと咳払いすると、サクヤを軽く睨み、こう言った。
「だからもう兄貴って呼ぶなって…何回も言ってるだろう?
もうこれからは名前で呼べよ、遠慮しないで」
「えー?」
何でかサクヤは煮え切らない。
「だいたい、同い年の奴に兄貴って呼ばれるのは、おかしくないか?
言われる度に調子狂うんだが…」
「いいじゃないですか、呼び方ぐらい、好きにさせてよ、あ・に・き♪」
「だから兄貴はやめろって言ってんだろ!」
「だって兄貴は兄貴じゃないですか、何を今さら」
二人は顔を見合わせ、一瞬黙ると、同時にぷっと噴き出した。
「だめだ。全然進歩ねぇ」
「オレって懲りねぇ」

サクヤはアムイとこうして笑いながら酒を飲む日が来るとは思ってもみなかった。
もちろんアムイだってそうだ。
特にアムイには同じ年代の友人など、今までいた事も、こんな風に談笑した事なんかもない。
だからこの時間が、とても不思議だった。
こういう時間を他人と過ごすのも、悪くないな、とアムイは思った。

「なぁ、サクヤ」
「はい?」
「…お前、雪を見たことないんだろう?」
「え…」
サクヤは言葉に詰まった。
…兄貴は…憶えていた?前に酒の席で、ご老人に酔って喋っていた事を…。
まさか…あんな酒の席での戯言を…?
「いつかお前に本物の雪、見せたいな。
聖天風来寺は北側にあったから、よく雪が降っていた。
綺麗だぞ。…桜の…花びら見たいに…」
「兄貴」
「ちょうどここは北の国だ。今、夏だろうが、すぐに冬がやってくる。
積もったら積もったで、なかなか圧巻だ。
…花と違って凍えちまうけどな」
サクヤは口元が緩むのを隠すように、そっと俯いた。
「そうだね…兄貴。
きっともの凄く感動しそうだ…。早くこの目で見たいな」
「何だよ、ただの雪だぜ。そんな大そうなもんじゃないって」
アムイは困った顔して笑った。
横目でそんな彼の顔を見ながら、サクヤはそっと胸の中で呟いた。
(…それでも、オレにとって兄貴と見る雪はきっと特別だ…)
サクヤはいつも怖い顔をしているアムイが、いつになく柔和で、楽しげな様子に嬉しさを隠せなかった。それが酒の助けを借りていても。
「今度、お前に気術を教えてやる」
突然、アムイが言った。
「え?」
「お前、俺のいない所で、気を凝縮させる訓練、しているだろう?
俺が気付いていないとでも思ったのかよ。
なかなかセンスいいぞ、サクヤ」
「兄貴…」
駄目だ、鼻につんとした物が…。サクヤは慌てた。
「頼みます、オレはまだまだ強くなりたいし…。
…なって、最後には兄貴を超えますからね」
わざとサクヤは挑発するように言った。
「おお。おお、超えてみろ。いつになるかは保障しないけどな!」

サクヤはそう言いながらも、心の中ではもうすでに気持ちは固まっていた。
オレはもっと強くなる。
【暁の明星】を支えるくらい、護れるくらいに強くなる。
…ずっと…この人の傍で…オレは……。


アムイはサクヤの心遣いが嬉しかった。本当は心では泣いていた。
でもこの時だけは、涙が出なくてよかった、とアムイは思った。
だって、恥ずかしいじゃないか…。


「兄貴、早くキイさんを助けに行きましょうね」
サクヤは最後の一滴を飲み干した。
「うん」
アムイもぐいっと杯を傾ける。
「……もうすぐです。もうすぐですよ、兄貴の大事な人に…今度こそ逢える」
「サクヤ…」
アムイは勇気付けられた。サクヤの励ましに。
サクヤもまた、アムイの、キイの、背にどっしりと圧し掛かっている運命を思い、気持ちが奮い起こされていた。

…我が祖国の最後の王子達…。

こうして傍にいられる幸せ、きっとそれはセド人であるサクヤにしかわからない。

アムイはキイに思いを馳せた。

今度こそ…俺は今度こそお前を取り戻す。
お前の信頼を俺は絶対に裏切らない。
お前が俺を信じて待っているように、俺もお前が、俺が来るまで持ちこたえる事を信じている。

俺達はふたりでひとり。
【恒星の双璧】なのだ。
どちらも欠けてはならない、太陽の子なのだ。


アムイはそっと目を閉じた。
柔らかな風が、彼の頬を通り過ぎていく。

二人はそのまま夜が明けるまで、ずっとこの場から動かなかった。


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2010年5月27日 (木)

暁の明星 宵の流星 #92

アマトは逸る気持ちを抑え、裏手より城内に入った。
もうすでに、聖戦士第一軍が城内に侵入して、セドの兵士と戦闘を繰り広げていた。
嫌な予感がした。
子供達の事を考えると、アマトは居ても立ってもいられなかった。
このような緊急事態に、王家の考えそうな事。
そう、絶対にキイのあの力を利用しようとするに違いない。
すぐ後ろにラムウがアマトを守るようについて来ていた。
「アマト様!玉座の間に向かいましょう」
「ラムウ」
「聖戦士達は最上階に向かっています。多分王家の者達はそこに…」
「そうだな」
二人は急いで別の階段より最上階を目指した。
きっと子供達はそこにいるに違いない。アマトは確信していた。
特にキイを使おうとするならば、玉座の間が最適だ。
あの部屋は、この城の最頂点であり、中心にある。

…玉座の間。いずれかは我がアマト様がそこに君臨するはずだった…。
いや、今でもあの玉座はアマト様のもの。アマト様が一番似つかわしい…。

ラムウは最上階を目指しながら、心が躍るのを止められなかった。

ああ…!私の神王よ。やっとここに戻ってきました。
ラムウはこの日を…この時を、本当は心の底で待ち望んでいたのですね…。
今まで私は何をしていたのか…。
本当はしなくてはいけない事を今まで忘れていました。
まるで夢から覚めたようだ…。

最上階に着いた時点で、すでに玉座の間の付近では、シロンらが聖戦士と戦っていた。
アマトとラムウは剣を抜き、躍り出た。
「ア、アマト!」
かなり痛手を負っているシロンが、アマトの姿を認めて目を見開いた。
「助太刀する!だが、私の子供達はどこだ?キイは?アムイは?」
だがシロンは固く口を閉ざし、アマトに子供の居所を教えない。
「シロン!」
そうしている間にも、聖戦士達がどんどんセドの兵士を倒していく。
「アマト様!ここはラムウにお任せください!早く貴方は玉座の間に…」
その言葉にシロンの顔色が変わったのを見て、アマトは子供達がその部屋にいる事を確信した。
「頼むぞ!ラムウ!!」
アマトはシロンが叫ぶ声を無視して、玉座の間に急いだ。


そして部屋に入ってぎょっとした。
キイが…愛する息子が…何という姿で捕らえられ、今、何かをされそうになっているではないか。
気術をかじっているアマトにも、今この男がキイにしようとする事の意味がわかった。
この男は、キイの…光輪を解放しようとしている…!!!
(いけない!!)
アマトは無我夢中で男に飛び掛り、剣の柄で思いっきり殴った。
「キイ!!」
男は吹っ飛んだ。
「アマト!!」
キイの顔が自分を見てぱっとしたかと思うと、徐々に歪んでいく。
アマトは急いでキイの傍に行くと、手首に繋がれた紐を取ろうと懸命になった。
「可哀想に!!彼らは何て事をするんだ…。待ってろ、キイ、今助けるからな」
アマトはようやくキイの左手に結ばれている紐を解いた。
そしてもう片方に取り掛かろうとした時、キイの怒りの篭った声が向けられた。
「遅いよ!!アマトは来るのが遅いよ!」
「キイ…」
キイは半べそを掻いていた。
「お、お前のせいで…俺達は…ひ、ひどい仕打ちを受けて…。
お、俺の…生まれの事だって…!
お前がお母さんに酷い事して俺を生んで死んだのも…・みんな、みんな教えてくれたよ!!
アマトの馬鹿!!アマトのせいで…」
アマトの顔が苦悶した。
「ごめん…本当に悪かった、キイ…。私は…」
「俺だってショックだったのに、特にアムイなんか…」
と、言いかけた時、ふと視線を感じ、キイはアマトの肩越しにその方向を見、息を呑んだ。
「アムイ!」
今部屋に入ってきたのか、アムイが扉の近くで、凍りついたようにその場に佇んでいた。
その声にアマトは振り向き、ショックを受けた。
「ア、アムイ…」
愛する我が子の姿を見て、アマトは愕然とした。
顔にも身体にも殴られた痕。目は空ろで生気がなく、微かに全身が震えていた。
一体何があったのか、何をされたのか、一目瞭然だった。
「アムイ!」
アマトはキイのもう一つの紐を解くと、真っ青になって我が子の元へ走った。
両手が自由になったキイは、へなへなとその場に座り込んだ。
“気”をいじられたせいで、キイは身体に力が入らない。
アマトの目に涙が滲んだ。
何て事だ…。何て事をこんな小さい子にするのだ…。
早く助けてあげられなかった事を、アマトは心から悔やんだ。
アムイはまるで、傷つけられた小さな獣のようだった。
アマトが手を差し伸べ、抱きしめようとすると、ビクッとしてアムイは後退った。
「アムイ…」

アムイはキイのことだけ考えて、痛む身体を庇いながら最上階までやっと辿り着いて足がすくんだ。そこはもうすでに戦場だった。
(どうしよう…キイ…。あの部屋からキイを感じる…。でも)
その戦闘の激しさに、一瞬アムイは躊躇した。が、その時アムイの目にラムウの姿が飛び込んできた。
(ラムウが来ている!!)
アムイは安堵した。二人の英雄、ラムウ。彼が来てくれてるのならもう大丈夫だ。
アムイは勇気を振り絞り、戦闘の合間をくぐって部屋に急いだ。
部屋に入ってアムイは固まった。
目の前に、あれほど求めていた父の姿があった。
(父さんが…助けに来てくれた…)
アムイの胸に喜びが沸き起こった。
「アムイ!」
だが、アマトがアムイの元へ駆け寄り、手を差し伸べた瞬間、アムイの身体は拒否反応を起こした。

《大罪人…!》
アムイの脳裏に、皆の父を愚弄し、蔑む声が駆け巡った。
《お前の父親は巫女を穢した大罪人だ…》
《王家の汚点。お前の親父は神を冒涜した》
《きっと神はお前の親父を許さない》
アムイは頭を振った。嗚咽が込み上げてくる。
《お前はその大罪人の子。お前も穢れているんだ》
アムイは後退った。怖かった。苦しかった。…そしてキイを思うと怒りが湧いた。
《キイの母親を…無理やり…》
《だから神は怒り、キイの母親は死んだ》
キイの悲しげな顔がちらつく。
《しかもまた聖職者とお前の父親は…。お前は本来生まれるべきではなかった》
《お前の母親は汚らわしい女。だから神罰が下ったのよ。だから切り刻まれた…神の刃で》


「アムイ…どうしたんだ?助けに来たんだ。さあ、父さんが来たからもう大丈夫」
「嫌だ…来ないで…」
自分に触れようとした父のその手を、アムイは振り払った。
「ア、アムイ…」
アムイの涙腺は決壊した。
「父さんは…悪い人なの?皆…父さんの事悪く言う…。
キイのお母さんに酷い事したのも…みんな父さんが…!!」
アマトは胸が詰まった。こんなに…我が子が傷ついて…。
「アムイ、私は」
「父さんは神様から許されない事をしたんでしょ!?
大罪人なんでしょ!?
その子供のおれも穢れてるんでしょ?
だからおれは痛い思いをしなくてはいけないんでしょ?」
「何て事を…!違う、アムイ」
「そうなんだよ!おれは罪の子だから生きてちゃいけないって。
おれも母さんと同じ、神様に嫌われてるから!!償わなければいけないんだよ!」
アマトは愛する我が子の言葉に、完全に打ちのめされていた。
ああ!こうなる事は覚悟していたが…。
自分はもうどうなっても、何があっても、甘んじて受けると思いながら生きてきた。
だが、…愛する我が子が受けた傷…。いくら覚悟をしていたとはいえ、自分が傷つくよりも痛かった。
それ以上にアマトは、命を賭けてでも守ろうとした、大切な自分の宝を、また守りきれなかった事に絶望した。
…何て自分は無力なのか。
何という愚かな父親なのか。


「や!やめろっ!!」
突然キイの悲鳴が上がった。
「キイ?」
アマトに殴られ、失神していたマダキが目を覚まし、再びキイを捕まえたのだ。
「やめろ!キイから手を離せ!!」
アマトは必死にマダキに突進した。
二人は揉み合った。何とか阻止しようとするアマトの腹を、マダキは力いっぱい殴りつける。
「ぐっ!」
その一瞬の隙に、マダキはキイの額を掌で覆った。

バチッ!!

まるで電気が弾くような大きな音がした。
「キイ!!」
アマトは蒼白になった。キイは額から白い光を出しながら、叫び声を上げた。
「あああああああ!!!」
マダキは勝ち誇ったように笑った。
「神の気“光輪”よ!!今こそ、この威力を愚かな人間どもに知らしめせる時!!
はははは!!私はこれからこの力で、この世界に君臨するのだ!
あたかも絶対神のごとく!!ふふ…ふふふ!あーっはははは…」
「キイ!キイっ!!」
アマトはキイの傍に駆け寄り、身体を支えた。
キイは苦しみ、のた打ち回っている。
アマトは何とかできないかと、一生懸命キイの身体を調べ始めた。
「触るな!我が神気を宿し子供に!」
その様子に憤怒したマダキがアマトに殴りかかろうとした時、ズサッと肉を斬る音がして、彼は崩れ落ちた。
「ラ、ラムウ…」
この光景に、声もなく固まっていたアムイが、やっと口を開いた。
そこには、己の剣をマダキの血で染めたラムウが、ゆらりと立っていた。
「…私のアマト様に…危害を加える者は、誰であろうと…この私が許さない…」
「ラムウ!来てくれたんだな!」
アマトは安堵した。
彼がここにいるという事は、外の戦士を全て彼が片付けたという事であろう。

「ラムウ、大変なんだ…!キイの気が発動始めた!とにかく何とか抑えなければ…!」
アマトははっとした。そうだ、アムイ…。
「アムイ!頼む!キイの力を受けてくれ!もうそれしか方法はない!
さあ!アムイこっちに来てくれ!」
アマトの叫び声に、アムイは震えた。
だが、キイの苦しむ顔を見て、意を決し、身体を動かそうとした。
その時、目の前に佇んでいたラムウが、ふらりと動いた。
「…?」
どうしてだかアムイは、その彼の動きに目が吸い寄せられた。
ラムウはまるで幽霊のような足取りで、ふらふらと進むと、血塗られた自分の剣を放り出した。
そしてその近くに落ちていた、アマトの剣を拾い、柄をぐっと握り締めた。
(ラムウ…?)
アムイはどうしてもラムウから目が離せない。

「早く!アムイ!」
アマトはキイの様子を見、支えるだけで精一杯だった。
「ア、アマト…俺…」
キイは荒い息を繰り返しながらも、何とか目を開け、アマトの顔を見上げた。


突然、キイの目の前が真っ赤に染まった。


「え…?」


アムイの目の前にも、まるで赤い花びらのような飛沫(しぶき)が踊った。
どこかで見た…!あれは…あれは母さんと同じ…。

「うぁあああっ!!アマト!!」
キイの悲鳴で、アムイは我に返った。

「父さん!!」

アマトはラムウの持つ己の剣で、背中から身体を一息で貫かれた。
おびただしい血が、彼の身体から勢いよく飛んだ。
背中にラムウの息遣いを感じる。
アマトはそのままその場に崩れ落ちた。
「父さん!」

信じられなかった。
何故?何でラムウが父さんを!?

アムイは、キイは混乱した。

当のラムウは返り血を浴びたまま、まるで何もなかったかのような、不思議な表情をしていた。
何を考えているのかわからない、いや、恍惚としていたのかもしれない。

ラムウはアマトの身体から剣を抜くと、跪き、彼の身体を抱き起こした。

アマトの手が、ピクリと動く。まだ、微かに息があるようだった。
「アマト…さま…」
アマトは血の気を失せた真っ白な顔をして、焦点の定まらない瞳を、懸命にラムウに向けた。
「ラ…ムウ」
力を振り絞って、アマトは声を出した。
「…アマト様…。ラムウをお許しください…。
これから一緒に…神の御許に参りましょう。
大丈夫です。このラムウがいつまでもお供いたします。
私が私が愚かなばかりに…大事なアマト様をお守りできなかったばかりに…。
このような神に背く事をさせてしまった…!!
この王国の真の王を失わせてしまった…!!
私も一緒に参ります。貴方は神に疎まれてはならない」
あの、ラムウの目から、涙がこぼれた。
アマトは初めてだった。彼の涙…。ああ、私は…。
「全ては私の責任です、アマト様。
神に贖罪する…そのためには、聖職者が貴方様を裁くよりも、自ら率先して神に向かう方がいい…。少しでも神に我々の誠意をわかって欲しかった。
全てを…収める為には、こうする方がいいのです…。私の神王…。我がセドの太陽…」
ラムウの涙の雫は、はらはらとアマトの頬に落ちた。
アマトは途切れ途切れの息で、懸命に声を振り絞った。
「ラムウ…。お前は…。そうなのか…そうなのだな…。
わかった…。ラムウよ、私こそ許してくれ…」
「アマト様…?」
「…お前の気持ちはとてもよくわかった。
だが…だけど…お前は私の…後を追わないで…くれ」
ラムウの顔色が変わった。
アマトの瞳が潤み、すぅっと一筋、涙が落ちた。
「神に謝罪するのは…私だけで…充分だ…。
崇高で、清廉潔白な信徒であるお前が…この大罪人と共に来ることは許さない。
…ああ…お前の心の内もわかってやれなかった…こんな私にやはり神王の資格はないよ…。
神に裁かれるのはもう私ひとりだけでいい…。だが、ひとつだけ心残りがある…
ラムウ…う…子供達を…どうか、私の大切な子供たち…を…」
ごほっとアマトは吐血した。唇から真っ赤な血が溢れる。
「アマト様!!私は、私は…。もう清廉潔白ではありません…!
貴方と同じく罪を重ねました…。私は…貴方と同じに…」
最後の力を振り絞り、震える手でアマトはラムウの腕を掴んだ。
「では…なおさ…ら…私の…罪は…重い…な…」
「だから私も一緒に…!」
「…だめだ…お前の分は私が贖罪する…だから…生きて…子供…を…」
最後はもうほとんど声にはなっていなかった。

かくん…。

アマトの最後の力が尽きた。
ラムウはどんどん冷たくなっていく、彼の身体を愛しそうに抱きしめた。
その死に顔はまるで眠っているかのように美しかった。


こんな…こんなの嘘だ…!!アムイは目の前で起きた事が信じられなかった。
何があっても守ってくれたラムウが…父さんを…父さんを…!

「父さん!!やだ!父さん!!」
アムイはたまらず父の元へ走り出した。
「触るな!!」
ラムウはアムイを片手で払い飛ばした。
「汚らわしいその手で、セドの太陽に触るな!!」
「ラ、ラムウ…?」
今まで見たことのない、ラムウの冷たい瞳が、アムイの心を貫いた。 
「お前が…お前達のせいで…セドの太陽は穢された」
その声は冷たく、まるで刃物のようだった。
「お前達が生まれなければ…私のアマト様は罪びとにならなかった…。
ああ、セド王国の太陽!!この国の希望!!真の神王!!
それをお前達は壊したのだ!!
この悪魔め!!お前達は悪魔に唆され、やって来たのであろう!!」
ラムウの叫びは容赦なくアムイの心を攻撃した。
その動揺が、波動となって、苦しむキイの元に届いた。
キイは胸を押さえ、額からの発光に眩暈しながら、声を振り絞った。

「アムイ!駄目だ!ラムウの言葉を聞いては駄目だ!!」
キイは瞬時に悟った。このままではアムイの心が死んでしまう…。
俺の、純真で、無垢で、何事も許し受け入れてしまう…まるで天の申し子ような…俺のアムイ。
それが言葉の刃(やいば)で殺される!!
「アムイーっ!!!」

アムイは頭が真っ白になった。
もう、何も考えたくない…。もう何も感じたくない…。
ラムウから発せられる黒いものが、彼を闇の底に引き摺り下ろそうとしていた。


「アマト様!!アマト様!!」
もうすでに冷たくなったアマトの身体を掻き抱き、ラムウは乱心したかのように泣き叫んだ。
「ああ!!早く、早くこうするべきだった…!」
ラムウは血にまみれた彼の形の良い白い手を取り、そっと口付けた。
「もっと早くこうしていれば、アマト様も私も…罪を重ねなくて良かったのだ…。
私は何故…そうしなかったのだろうか…。ああ。あの月の夜に…。
あの時に共に命を絶っていたのなら」
そしてラムウは、アマトのその指を口に含んだ。
ゆっくりと、味わうように彼の血を舐め取っていく。
ラムウは彼が死してやっと、彼に深く口付けをする事ができたのだ。
生きている時は決して、そんな事は許される訳も、出来る訳もなかった。
ラムウの心に愛しさが込み上げる。
「私も今一緒に参ります。私も共に謝罪しましょう…。
さあ、アマト様、貴方が座るはずだった…玉座が待っておりますよ…」
ラムウはそう言ってアマトを抱きかかえると、中央にある玉座に連れて行きそっと座らせた。
「アマト様…貴方の玉座です。本当によくお似合いだ」
そう言って、アマト本人を貫いた王家の剣を、彼の手に持たせた。
ラムウは恍惚とした表情で、アマトの白い、美しい顔を見つめた。
「最初で最後…貴方様の命令に背きます事を、お許し下さい、アマト様…!
貴方は結局私の本当の気持ちを…わかってくださらなかった…。
私のこの想いを…真に理解されなかった…。
いいのです。それでも私は貴方を心から愛している。
だから、貴方の最後の願いを…命令を…聞く事はできません…」
ラムウの目に再び涙が光った。
「貴方は酷い人だ。私に後を追うな、なんて…」
剣を持たせたアマトの手に自分の手を重ねる。
「もうすぐ大聖堂の第2軍が我々を裁きにここに来るでしょう…。
でも何も問題はありません。私達が先に神の元へ行くのですから…。
我々を裁くのは大聖堂ではない。絶対神だけなのだから」
彼の目が歓喜に輝く。

もし、神の怒りが収まらず、共に地獄に突き落とされようと、私は貴方を必ずお守りいたします。
これからも…永久に…。魂がある限り…!!

ラムウはぐっとアマトの手を掴むと、王家の剣を己の肉体に突き立てた。
真っ赤な血が彼の胸から噴出し、ゆっくりとアマトの膝元に倒れ込む。

「いま…参り…ま…」
ラムウは幸せそうな顔で、そのまま息絶えた。

アムイはその様子を一部始終ずっと目に映していた。
よく意味がわからない。
大人の言っている事、やっている事…理解できない…。


アムイは今まで自分を襲ってきた、大人の闇に翻弄されていた。
その真っ黒な闇がアムイの心黒く染め、蝕んでいく…。

だから、今、キイの身に起きつつある脅威に気づかなかった。
いや、わからなかったのだ…。

キイの変化に一番敏感なアムイが…。


キイは自分の額のチャクラが、大きく開いていくのを感じていた。
(怖い!!)キイは自分が自分でなくなる感覚に襲われた。

ごぉおぉおぉ…。

そこから恐ろしいうねりの音が轟く。今までにない、白光の輝きが渦巻いている。
キイの瞳が黄色に染まる。それが段々と白くなっていく。

駄目だ!ああ、もう駄目だ!!止められない!!!
「アムイ!!!」

自らを犠牲にして第一軍を送り出したサーディオ聖剛天司(せいごうてんし)は、体勢を整え、第2軍と共に今城内に踏み込もうとしていた。
が、突然何かを感じて、彼は足を止めた。

ごぉぉぉぉぉぉ…

何処からともなく、聞こえてくるその音は、彼の耳を刺激した。
初めて聞くその唸りに、尋常でないものを感じる。

(何だ?この音は…?どこだ?どこから聞こえてくるのだ?)

ふ、とサーディオは何となく空を見上げ、凍りついた。

空が、天が、唸っていたのだ。

「な、なんと…」

暗黒の色をした巨大な雲が、稲光を伴いながら、セド城の真上に存在していた。
唸りはそこから聞こえてくる。
全ての空が、藍色と赤い色と橙色に…見たこともない色に混ざり合い、その中で黒雲が蠢いていた。


天が…何かに反応しているようだった。

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2010年5月25日 (火)

暁の明星 宵の流星 #91

「な、なんだと…?王族名簿が盗まれた?」
セド王国摂政シロンは真っ青になった。
「確かにこの間までここにあったのですが…」
「あ、あれが今世間に出たら大変なことになる!まだ早い…。
やっとキイが我々の手元に戻り、あの力を制御するための組織を作ろうとしているのに…!!」
「シロン様…」
「誰だ?誰がこのような事を…」

セド王家内は大変な騒ぎとなった。
あの名簿には、亡くなった姫巫女とキイの名がしっかりと刻み込まれている。
それがもし今の段階で、オーンの手に渡ったら…。
もうセドの国はおしまいだ。あの時のような処罰ではすまないだろう。
…何故ならば、あの当時、姫巫女に子供がいたとは大聖堂に伝えていない。
ひたすら隠し持っていた事が明るみになれば、その理由もおのずと明白になる。
もう、言い訳はきかないのだ。


キイが部屋に閉じ込められてから、もうすでに一週間が過ぎようとしていた。
かなり深刻な状況だった。
アムイと出会ってから、こんなに離れたのはキイは初めてだった。
しかも、コントロールできるようになったのだって最近の事で、まだ幼いキイには抑える力が足りない。
あの、痛みと恐怖を思い出し、キイは身震いした。
この制御できない忌まわしい力がこのまま暴走し、自分の身体を駆け巡ったら…どんな事になるのか…。
キイすらわからない。いや、この地にいる人間だってわかる者はいないだろう。
それだけ自分の持っている“気”は、未知の物であった。
それがキイの恐怖を掻き立てた。
「アムイ…」
キイはずっとなんとかしてここを出ようと目論んだ。だが、窓も全て外から鍵を掛けられていた。
まるでこのために、この部屋を用意したかのようだった。
絶望がキイを襲ったその時、コンコン、と何やら物を叩く音がして、はっとした。
それは部屋の扉の方からだった。
キイはまた、使用人が食事を持ってきたのか、と思った。
もちろんその隙を窺(うかが)って脱出しようとした事もあったが、見張りが何人もいてできなかった。
それにしても夕食時にはまだ早い。
何かと思っていると、小さな子供の声が扉越しに聞こえた。
(まさか、アムイ?)
キイは急いで扉の方に向かった。
「キ、キイ?」
微かだったが、フユトの声がした。
「…何だ、お前か」
キイはがっかりした。…もうあれから一度もアムイの声を聞いていない。
その事もキイの不安を募らせていた。アムイの安否…。
「キイ…!僕、どうしても君に逢いたくて…!お母様にお願いしたんだけど、絶対に許してくれなくて。
…だけど少しでも声だけでも聞きたくて、僕…」
「…なぁ、フユト。頼みがあるんだ…」
「え?」
「お前、ここを開ける鍵、何処にあるか知ってるか?」
「だ、駄目だよ。お母様に叱られる。…そりゃ…僕はここで育ったんだから、詳しいけど。
鍵の居場所くらい、お手の物だけど」
しどろもどろだが、何となく自慢げに聞こえるのは気のせいか?
「すっっげえなぁ、フユト。お前さすがここの神王だぜ。そうか、鍵のある場所わかるのか。
じゃさ…。お前しか頼めないって事だよな?ここを開けられるの」
キイはわざと言った。フユトは満更でもなさそうだ。だが煮え切らない。
「で、でも…。こんな事お母様に知れたら僕…」
「フユトさぁ、お前は神王なんだろ?この国でいっちばん偉いんだろ?
…それに、俺もお前に直に逢いたいんだぜ」
「え…」
もう仕方ない、心にもない事言ってやれ。
「ここから出たら、キスしていいぞ。いや、俺がお前にキスしちゃうかもな」
「ほ、本当!?キイ!…わ、わかった!待ってて!すぐに捜してくるから!!」
興奮した声で叫ぶと、フユトはその場を急いで立ち去っていった。
キイは溜息が出た。単純というか、何というか…。ま、可哀想な奴といったらそうなんだが。
で、申し訳ないが…。

がちゃ、と音がして、ゆっくりと扉が開いた。
「キイ、今誰もいないから…!早く出てきて…」
ぼそぼそとした声でフユトが話しかけながら部屋に入ってきた。
そのちょっとした隙を狙って、キイはフユトが開けてくれた扉から部屋の外へと飛び出した。
「キ、キイ?何処行くの!?待って!ねぇ!キ、キスは…???」
「悪い!!また後でな!フユト」
「キイ!?」
フユトには悪かったが、とにかく早くアムイに逢いたかった。
それにもう限界に来ていた。アムイに自分の“気”を早く受けてもらわないと…!!
キイは神経を集中させた。
アムイが何処にいるか、キイにはすぐにわかる。アムイもそうだ。
お互い離れていても、呼び合い、引き付けられる。キイは懸命にアムイの“気”をたどろうとした。
が、その時。
いきなりほら貝のような音が、外でけたたましく鳴り響いた。
「な、何だ!?」

キイは知らなかったが、東の国ではほら貝のような大きなラッパの音は、戦闘準備の合図だった。
その音に重なるように別にサイレンの音が城内に響き渡った。
「何が…何が起こったんだ?」
キイは尋常じゃない様子に胸騒ぎを覚え、窓から外を見渡してぎょっとした。

幾千もの武装した馬上の戦士達が城を取り囲んでいた。
先頭の一隊から、あのほら貝の音がする。
するとひとりの金糸の混じった亜麻色の髪をした戦士が白馬を操り、城の前に進み、声高々に叫んだ。
「我は聖戦士最高指揮官、聖剛天空代理司(せいごうてんくうだいりし)サーディオである!!
セド王家よ。お前達の神を愚弄した行い、全て大聖堂はお見通しぞ。
神の申し子を穢し、宝を奪った罪は重い。
お前達王族に神罰を下す!!
セド王家断絶、及び一族全てに処罰を与える。
大人しく天空飛来大聖堂(てんくうひらいだいせいどう)の意向に従えよ!
従わなければ国を攻める!!」


異例な事だった。


大聖堂とセド王家は密接な関係である事から、何かトラブルがあった時は、事前に通達、もしくは使者が話を持ってくるのが通常であった。
それがいきなり兵を連れての宣戦布告…。罪状宣言…。
大聖堂が激しく怒っているのが明白だった。

「セド王家よ!大人しく身柄を我々に差し出せ!
特にお前達が、巫女を穢し、神を欺いた結果である王子を引き渡せ!
神の力を盗み、天から奪ったその子供を…!!!」

キイは蒼白となった。
それって…俺のこと?
確か…俺のお母さんは…大聖堂の最高位…巫女だったって…。
それじゃあ…!!


蒼白となったのはキイだけでない。
玉座の間にいたシロン達も大聖堂の怒りを受けて、恐怖に慄いていた。
…最悪な事態になってしまった…。
とうとう大聖堂に巫女の事がばれてしまった…。
話ではなく、いきなり兵が来た事に、もうセド王家に恩情は望めない…!
「シロン様!い、いかがしましょうか…!!」
側近達も怯えている。
このまま大人しく大聖堂のいう事をきくか…それとも…。
「あの様子では、王家に恩情は望めまい。
…大人しく降伏するという事は…王家を断絶させなければならない事!
だめだ…・そんなのは絶対駄目だ!!
何の為にそれを覚悟で我々がキイを手に入れたのだ?
そうだ、これも全ては王家存続のため……!!」
シロンはそう呟くと、側近に大声で指示をした。
「兵を集めよ!!これから大聖堂と戦う!!絶対に王家を断絶してはならぬ。
戦闘開始だ!!」
一瞬、周りの者は震え上がった。
神の戦士と…剣を交える…?
だが、セド王国の存続を賭けた選択だ。
王家断絶…すなわちセド王国の消失も意味するのだ。
ここで引くわけにはいかなかった。


サーディオ聖剛天司(せいごうてんし)は、セド王家側の意向を察知した。
「ならば…!力づくでも制裁を下す!その子供を天に返す!皆のもの、城を攻めよ!!」


こうして大聖堂とセド王家の戦いが始まった。

城を中心に、セドの国は戦火の渦に放り込まれた。

同じく玉座の間にいた、賢者衆のひとりマダキが、シロンに言った。
「シロン殿!今こそキイ様の力を試す時です!!
あの方の力を見せ付ければ大聖堂も頭(こうべ)を垂れるでしょう!
我々は神の力を手にしているのです!何も恐れる事はございません!!」
「そ、そうか!そうだな!我々にはキイがいる…。
だが、大丈夫か?マダキ…。まだキイの力を使った事も制御した事もないぞ…?
しかもお前の選出した気術者達はまだ揃っておらんじゃないか」
「ご安心を。そのために私も気術を学んでおります。
それにキイ様の力を解放する術は責任者のティアンから教わっております」
その言葉にシロンはほっとした。
「うむ。その事はお前に任すぞ!なるべく早く頼む。
大聖堂の手にキイが渡る前に…」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「そうか…そういう事があったのじゃな…。
アムイよ、辛かったろう、痛かったろう…。
身も心もその時かなりのダメージを受けておる…」

昂老人(こうろうじん)の温かい声が部屋に響く。もちろんアムイの心にも。
皆もアムイの幼い頃に受けた虐待の惨状に、ショックを受けていた。
その時のキイの辛い気持ちにも、皆は同調していた。
イェンランは幼い二人の気持ちを考えると、涙が止まらなかった。
アムイの傷。そしてそれを間近に見ていたキイの気持ち…。
どんなにか苦しかったろう…。悔しかったろう。

そしてキイの秘密…。
その事実も皆、驚きを隠せなかった。

アムイの封じた記憶も、最終段階に入っていた。
だが、ここに来てアムイの様子がおかしくなった。
「アムイ?しっかりなされ」
昂は励ました。アムイが思い出そうとする…その運命の日…。
アムイの潜在意識は、恐れのために激しい拒否反応を起こしていた。
「い、いや…!やめろ…!!」
目を閉じたまま、苦悶の表情でアムイは震えた。
「アムイ、大丈夫じゃ。今見ているものは過去の事ぞ。
もう過ぎ去った出来事だぞ。
その時の感情が再現され、恐怖しても、これはもう終わってしまった出来事。
今のお主はここにおる。わしも、皆も、お前を守っておる。
だから何が起ころうが大丈夫じゃ。何かあったら必ず助ける」

アムイは生唾を飲み込んだ。
震えが止まらない。
昂はその様子を見ながら優しく語りかけた。
「さあ、アムイよ…何が見える?あの日何が起きた?
…オーンの戦士達が、セドを攻め入った…あの日…」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

アムイはけたたましいほら貝の音で目が覚めた。
もうすでに夕刻が迫ってきていたが、まだ日は落ちていなかった。
昼間、またミカ大妃が錯乱し、アムイは殴られた。
その時どこかで頭を打って失神していたらしい。
痛む頭と身体を庇いながら、アムイはよろよろと窓から外を見て驚いた。
「何?これは…」
おびただしい兵士の数。先頭の白馬に乗った戦士。
そしてその彼の宣言に、アムイはぎょっとした。
(それって…、キイの事…?)
天に返す、という言葉の意味はよくわからない。
でも、この人達がとても怒っていて、キイに何かしようとしている事ぐらい、子供のアムイにもわかった。
「キイ…!」
幸いな事に、ミカの姿はここにはなかった。
アムイは痛む身体を庇いながら、キイの元に行こうと部屋を飛び出した。

怒声と共に、金属音が重なる音が響き、城下で戦いが始まった事をアムイは知った。
アムイは焦った。
動く度に、傷つけられた身体が痛むが、もう猶予はない。
何とかキイの部屋に着いたアムイは、扉が開け放たれ誰もいない事に愕然とした。
(キイは…?どこ?キイ!!)
アムイは自分の事よりも、キイが心配で、懸命に彼の“気”を追った。
(どこ…?どこにいるの…?キイ)
アムイは王族が住む区域を、全て探ったが、キイの気配はなかった。
…なぜ?どこに行ったのキイ…まさか、まさかもう捕まった…?
アムイは階段まで急ぎ、“気”を感じようと集中した。
微かだが、キイの“気”が最上階の方にあるのをアムイは察知した。
「キイ!!」
アムイはキイの元へと急いだ。


キイは唇を噛んだ。
突然の事態に気を取られて、うっかりしていた。
その場でキイはマダキ達に取り押さえられてしまい、あっという間に最上階にある、玉座の間に連れて来られたのだ。
この玉座の間は、神王が座す、神聖なる政(まつりごと)の場。
誰でも入れる所ではない。ましてや神王の座る玉座は、代々神王に即位した者以外は触る事はできないのだ。
その玉座は今はフユトの物だ。だが、肝心のフユトはいなかった。
彼はどこかでキイを捜しているに違いない。

「ようこそ、第187代目神王、キイ・ルセイ=セドナダ。私達はそなたを奉りますぞ」
一瞬、シロンが何を言ってるのか、理解できなかった。
「し、神王…?俺が??」
「そうです、キイ神王。我々はこの日を待っていた。本当はもう少し貴方様が成長してからと思っていましたが、緊急事態です。どうか我々に勝利を」
「おい…。一体何を言ってるんだ…?俺は何もできないぞ…」
キイは震えた。いけない、何か身体の奥がおかしい。これは…。
「貴方様の、その素晴らしいお力。世間に知らしめるときが来たのです、キイ様」
マダキが薄笑いを浮かべながら、キイを掴んでいる手に力を込めた。
「何だと!?お、俺の力…、それって…」
キイは眩暈がした。その事もさることながら、今、自分の“気”の流れがおかしいのに恐怖を感じていた。
アムイと長らく逢えなかった為、まだ制御が不安定なキイの“気”は決壊しそうに膨れていた。
大人のキイならばこのような事態、気力でコントロールできるが(それでもかなりの苦痛を伴う)今のキイはまだ9歳の子供だ。
抑える事が難しい。というよりも、抑える術を知らなかった。
自分がどうにかなってしまいそうな、恐怖。幼いキイは震えた。

その時、聖戦士の第一軍が、セドの兵士達と剣を交えながら、玉座の間の近くまでやって来た。
シロンは慌てた。今邪魔されたら敵わない。
「皆の者、ここに奴らを入れてはならぬ!とにかく全員応戦しろ!!
マダキ!そなたはキイの事を頼む!!急いでくれ!」
そう吐き捨てると、剣を取り、猛々しくシロン達は戦闘に向かった。


キイはマダキと二人、玉座の間に取り残された。
「キイ様、さぁ、マダキに全てお任せを」
「や、やめろっ!!」
キイは咄嗟的にマダキを蹴り上げた。それがマダキの急所に当たった。
「痛っ!!」
あまりにもの痛みに、マダキは蹲った。その隙にキイは逃げようとした。
が、キイの“気”の凝縮、放流が、今始まろうとしていた。
あの、狂おしい、まるで出口を求めるかのような激しい流れ。
キイは苦しみと痛みで、その場から動けなくなった。
(ああっ!!アムイ!!助けて!!)
キイは心の中で叫んだ。
マダキは苦痛を堪えながら、キイに近寄り、再び彼を捕まえた。
「キイ様…。逃しませんよ…!
ほら、ちょうど貴方の“光輪の気”が内側で渦巻いております。
この力を外に出すのです…!!さあ!!」
マダキはキイが逃げ出さないよう、彼の両手を片方ずつ長い紐で縛り、腕を広げるように柱に括りつけた。
「な!何する!?」
キイの額にマダキがゆっくりと手をかざす。
「安心なされ、一旦、“気”を塞き止めます。
もう少し溜めたほうが威力がありますからね。
それにそのままではお苦しいでしょう…」
すうっと突然キイの身体が楽になった。だが、内側で“気”が膨張している感覚は残っている。
「き、貴様…」
身動きできないキイは、マダキを睨み付けた。
「何も怖がる事はありません、キイ様。
このマダキが“光輪の気”を解放してあげます。
ちょっとお苦しいかもしれませんが…」


マダキは子供のように胸が躍っていた。
いよいよ、私の今までの研究の成果が…。裏文献の証明が…。
今だかつて、誰も成し遂げた事がない、誰も経験した事もない、誰も見た事のない…。
神の“気”【光輪】。
それを今、この私が初めてこの地で発動させるのだ。
神の力を。天の“気”を。


「や…やめろ…!頼む、やめてくれ…!!」
キイは恐怖した。今まで感じた事のない恐れ、だった。
彼の内側で、狂ったように唸る“光輪の気”。
まるで出口を追い求めているようだ。
キイの中で、この“気”がどんどん凝縮していくのがわかる。
(アムイ!)
キイは心の中で叫んだ。
(助けて!アムイ!!)

マダキは一呼吸置くと、嬉しそうに手をキイの額に持っていく。
そう、ティアンの言うとおり、“光輪の気”の出口を額のチャクラに作るのだ。
「やめて…」
キイは思わず目を瞑った。勢い良く噴出す“気”を想像して身体を硬直させる。

その時。

ガツッと殴る鈍い音がして、目の前のマダキが吹っ飛ばされた。
「キイ!!」
その声に聞き覚えがあった。いや、忘れられない待ち焦がれた、声。
それは紛れもなく…。

「アマト!!」

かなり急いでここに来たのだろう。
キイの目の前には、肩で荒く息をしているアマトの姿があった。

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2010年5月24日 (月)

暁の明星 宵の流星 #90

アムイへの仕打ちは彼女だけではなかった。
…あのフユトの兄達が、二人の生まれを調べ、それを材料にアムイを攻撃してきたのだ。


「父さんが、大罪人?」
「よせよ、ソウ。まだチビだから話したって意味なんかわからないさ」
小さいアムイは、もうすでに思春期を迎えていたキイの従兄弟だというセドの王子達に呼び止められ、とんでもない話を聞かされた。
「どういう事?なんでおれの父さんが罪人なの?」


その後に暴かれた二人の生まれの秘密。

…キイは震えた。こんな形で自分達の出生がわかってしまったなんて…!!

それ以来、アムイは事ある毎に、彼らに父親を貶められ、蔑まれた。
アムイにとって、それは自分がいたぶられるよりも致命的だった。

自分の父親が犯した、その大罪によって、アムイは暗い闇に放り込まれた。
それは愛する父親が蔑まれる事以上に、愛するキイに父が生まれの苦しみを背負わした事に対する憤りもあった。
まだ子供だったから…大人の行為はよくわからない。
それでも自分の父親が、キイの母親にした事を、その従兄弟達はご丁寧にも面白おかしく教えてくれたのだ。
そのいきさつが多少違っていたとしても、結果的に変えようのない事実なのだから。


アムイはそのショックと同時に、ミカのエスカレートしていく異常な行動にも翻弄されていった。
無垢で小さなアムイは身も心もボロボロだった。
そしてキイも、その自分の生まれの詳細を知り、愕然とした。


それはキイがミカに直接、もうアムイと関わらないよう直訴しに行った日だった。
ミカは無表情のまま、キイの話を聞いていた。が、目に怒りが表れているのをキイは見て取った。
「ねぇ?キイ。私は貴方の伯母よ。この国の神王大妃よ?
私に向かって、その様に指図できると思っているの?」
キイだって子供だが馬鹿じゃない。この王族が自分を必要としている事実を把握していた。

あれほど将来自分を神王に立てたがる理由。
自分だってアムイと同じ大罪人の子なのに、異常に優遇されている理由…。
つい先日、新たな気術者を伴って、マダキとかいう胡散臭い賢者衆の一人だという男がやって来た。
そいつは自分を舐めるようにして見て言ったのだ。
(キイ様。覚えておられぬと思うが、私は貴方様を赤子の頃からよく知っておりますぞ。
何とも立派にお育ちになられた!
これからはこの私の選出した気術者が、貴方様を診ますからご安心を。
今日はその責任者となるティアンという者は来れませんでしたが、彼は百蘭(びゃくらん)よりも数倍素晴らしい気術者であります。
貴方様はあの“気”を磨き、全コントロールする術を身につけなければなりませんぞ…)
こいつらの狙いは俺のこの力だ。
キイはそれでもまだ彼らが、アムイの持つ力に気がついていない事に安堵していた。
この事が知れたら…アムイもコイツらにいいようにされてしまう。

「なら俺はシロンに直訴する!俺をいいように使っていいと条件出す」
「貴方って…。初めから思っていたけど、本当に子供らしかぬ口をきくのね。
可愛げが無いわよ、そういう子供は。本当に目障り」
ミカの目が光った。
「お前ごときに何ができるのかしら?いいわ。決めたわ」
いきなりそう言うと、彼女はキイの手を掴み、恐ろしいほどの力で彼を引っ張って部屋を出た。
「な、何すんだよ!」
突然の事で、キイは動揺した。気が付くと、自分の部屋まで連れて来られていた。
ミカは勢いよくキイを部屋の中へと突き飛ばした。
「痛っ!」
キイは床に転がった。「貴様…!」
睨みつけるキイを冷ややかな目で見下ろしながら、ミカは言った。
「…ソウ王子達から聞いたんでしょ?私にご丁寧に報告に来たわよ、あの子達。
貴方達の生まれの経緯…。此処に来たら教えてあげるって言ったでしょう?」
キイはぐっと言葉に詰まった。
あいつら…!!アムイにあんな事言いやがって…!
以来、彼らのアムイへの虐めはあからさまになっていった。
それよりも辛いのは、二人が父を同じにした兄弟だったという事が、アムイに知られた事だった。
その父親がアマトだとキイが知らない頃、アムイは散々聞かされていたのだ。
キイがどれだけ父親をよく思っていない事を。アムイも自分と共に憤ってくれていた…。
その人間が、実は自分の敬愛する父親と知って…アムイはどんな気持ちで…。
だがその事以外に、キイには引っかかっていた事があった。
あの兄王子達の言っていたこと…。


(お前の親父はとんでもない事をやらかしたのさ。神を冒涜したんだ。ぼ・う・と・く!わかるか?
お前の親父は神聖なる巫女だったキイの母親を暴行してキイを産ませたんだ。
本当は死にも値する大罪なのが、神の血を引く王家の人間だという事で、追放されただけですんだんだぜ)
(ぼ…うこう?)
(おい、わかるわけないじゃん。まだ子供がどうしたらできるかもわからないチビに)


あれって…あれってどういう事だ…?
母さんは…まさか無理やりに…。…俺は…俺は愛し合って出来た子でない以上に…その…。
そのキイの表情を黙って伺っていたミカは、ふっと笑うとおもむろに話し始めた。

「あんたなんか、その力を持って生まれなければ何も意味なんてないのよ」
キイの目が見開かれた。
「お前の父親…。アマト様は…お前の母親なんて愛してなどこれっぽっちもなかった。
本当は私と結婚するはずだったのに…。
それが国のため、大陸の平和のために…自ら大罪を犯したのよ。
オーン最高位だったお前の母親と無理にでも通じて、神の力を持つ子を作る為にね!」
キイの顔から血の気が引いていった。
「じゃ、じゃあ、あいつらが言っていた事は…。その、アマトが俺の母を…」
「そうよ。そうでなければ死ぬまで純潔を守らなければならない巫女と、子供なんて作れるわけないじゃない」
キイは眩暈がした。
あの、生まれる前の記憶が彼の中でいきなり溢れ出した。


あそこに行きたくない…。こわい…こわいよ…!!
(貴方のした事は、私を地獄に突き落としたと同じ。
王国のため?大陸のため?そんなの私は望んでなどいなかった!)
(貴方は私を穢したのよ!私をただの女にした!
私はもう、神の声が、天の声が聞こえない!)
(貴方は私に恐怖をくれただけ。今更言い訳したって、この事実は…。
貴方が私にした大罪は消す事はできないのよ!!)
憎しみの感情が、激しい感情が、負のエネルギーが自分を引っ張っていく、あの感覚。
こわい…!!キイの小さな意識が感じた恐怖。
混沌とした渦が、眼下に見え、怒りと、悲しみと、そして恐怖と…。
そしてどうしようもない苦しんでいるふたつの波動…が渦巻き、自分をいたぶる…!!!

「やめろ!!キイにそんな話をするな!!」
いつの間にか来ていたのか、アムイが泣きながらキイに飛びついた。
「アムイ…!」
ミカは唇を噛んだ。キイを庇うように抱きつく姿が彼女の狂気を増大させた。
「こちらに来なさい、アムイ」
凍るような声だった。アムイは一瞬ビクッとなったが、キッとミカを睨み付けた。
アムイの一番大事なものはキイだった。その彼を追い詰める相手は誰だろうがアムイは許せない。
「お前は私よりも…その巫女の子供を選ぶ…というのね…?」
ミカの声は尋常では無かった。
「おれのキイにひどい事言わないで…!おれの…おれの…」
そのアムイの様子にミカは憎悪で我を忘れた。
「ああ…!ああ嫌だ…!!何でお前達は生まれてきたのよ!
何で私の赤ちゃんは死んでしまったの…?」
ミカの鬼気迫る形相に、二人は凍りついた。
「アムイ…。お前に本当の事を教えてあげる。
お前は大罪人の子であると同時に汚らわしい女の血が混じっているの。
お前の母親は、キイの母親と同じ神に仕える聖職者だったのよ!
それがどんな事だかわかる?
お前の母親は神に操を捧げたくせに、あの方に色目を使って再び罪を犯させたのよ。
お前を作ったという…罪の子を作ったという恥ずべき事をね」
アムイの体が硬直した。
おれが…罪の子?
「そうよ。お前は生まれてきてはいけない人間なのに、どうして私の赤ちゃんだけ生まれてこなかったの?
どうしてあの穢れた女が、私のアマト様の子供を宿し、産めるのよ。
…巫女との時は私も諦めた。
だってあの方はあの巫女を愛してなかったもの。
大陸のためという大義名分があったもの…!!でも!」
彼女の脳裏に、あの時目撃した二人の仲睦ましい姿が現れる。
アマトの愛に溢れる眼差し…。それは自分でなくあの女に注がれて…。
ミカの両目から涙が溢れてくる。口元は憎しみでわなないている。

「何故お前の母親はあの方の傍で、罪の子を生むのよ。…それも、ひとりだけでなく…二人目もなんて!!」
もう彼女は目の前の子供の事などは考えていなかった。
このような大人の事情、子供達には理解できる範疇でない。
が、子供には詳しい事はわからなくとも、発せられる言葉が凶器となり、心を殺していく。
そして大人になって意味を解して、その時の事を理解するのだ。
「だから天罰がお前の母親に下ったのよ。神様がお怒りになったの。
だから罪の子もろとも切り刻まれたのだわ!神の刃(やいば)で!!」
二人はぞっとした。この目の前の女性が放つ狂気の闇に。
「ねえ、知っている?………女はね…・。月に一度、血を流すのよ。
命になり損ねた塊を吐き出すために………」
その声はまるで地獄の底から響いてくるようだった。
「その度に私がどんな思いだったか…。お前達にはわからない…。
もう私は二度と望めない…あの方との…愛の結晶」
そう呟くと、ミカはもの凄い力でアムイの身体を掴み、キイから引き剥がした。
「アムイ!!」
「キイ!」
キイはアムイに手を伸ばそうとしたが、それをミカに遮られた。
「この子は私のものよ、キイ。もう誰にも渡さないんだから…!
お前達のお父さんが私の元に来るまで、アムイは私の傍にいなきゃいけないの。
私の傍で一緒にお父さんを待ちましょう?ね?」
ミカはすでに正気を欠いていた。言っている事が混同し、ちぐはぐになっていく。
「…お父さんが帰ってきたら、やっとこれで親子三人楽しく暮らせるわ。
お母さんね、変な夢見ちゃった…。お前が生まれないで流れてしまったなんて…。
可笑しいわよね?お前はちゃんとお母さんの所にいるっていうのに」
「お、伯母さん…?」
アムイは奥歯の震えが止まらなかった。…大人がこんなに怖いなんて…初めての事だった。
「伯母さん…?何を言っているの?この子ったら!」
ミカの笑う顔が不気味に見える。
彼女は嫌がるアムイを引きずりながら、部屋を出て行き、勢いよく扉を閉じて外鍵を掛けた。
「キイ!!」
アムイの悲鳴がキイの耳を突き刺す。
「アムイ!!」
キイは青くなって閉じられた扉に突進した。だが、扉はびくとも動かない。
「ここから出せ!!アムイをどうするんだ!?おいっ!!…アムイっ!!!」
キイの叫びを受けて、扉の向こうでミカの笑い声が聞こえた。
「おほほほ…!うるさいからお前はここに閉じ込めてあげます。
私とアムイの邪魔をした罰よ、キイ。お前にはもう二度とアムイは逢わせない。
そうねぇ、お前のために結成された気術者チームが、城に来る頃には出してあげる。
いつになるかわからないけど…!」
その傍で、アムイの悲痛な声がする。
「キイ!キイ!!」
「アムイ!」
キイは懸命に取っ手を引くが、ガチャガチャと音を立てるばかりでびくともしない。
「さ、アムイ、お母さんと一緒にお部屋に戻りましょう。
今日もお母さんと一緒に寝ましょうね。お前は大きくなったのにまだまだ甘えん坊ね。
…本当にお父さんにそっくりだこと…」
「嫌だ!!お願いキイを出して!伯母さんキイに逢わせて!キイと離れるのなんて嫌だ!!」
ミカの息を吸う音が扉越しに聞こえた。
バシッ!!
キイは固まった。扉の向こうで殴られる音がする。
「ア、アムイ!?」
それも一度だけでない、何度もその音が繰り返される。その度にアムイの悲鳴が上がる。
「やめろ!!やめてくれ!!アムイ!」
自分の見えない所で繰り広げられてる地獄絵図。キイは目の前が真っ暗になった。
信じられない。信じたくない。アムイにこんな事を平気でする大人がいるなんて。
「頼む…!やめろ…やめてくれ…。俺のアムイを傷つけないで…」
キイの目に涙が溢れた。
「俺の…?」
扉の向こうでミカの憤怒した声が響いた。
「何を言うの?キイ。アムイは私のものだって言ってるでしょう?
…アムイ。お前まで私に逆らうのね…。あなたのお父さんと同じように私から去っていくの?
許さない。そんな事許すもんですか!
お前は私の傍にいるの!そうしなければアマト様は私の手に入らない」
最後は泣き声になっていった。
「あの女!!アマト様をたぶらかしたあの汚らわしい女!!そうよ、お前の母親よ!!
聖職者だったくせに!神に背いたばかりか、お前のような罪の子まで生んで…」
「母さんの悪口を言うな!!」
アムイの震える声が飛んだ。
「おれの母さんはそんな人じゃない!綺麗で強くて優しくて…。おれの母さんは…」
「ア、アムイやめろ…それ以上言ってはだめだ…」
キイの恐れは的中した。
「あの女の味方をするなんて…許さない…。
お前にはもっと厳しい罰が必要かもしれないわね?アムイ。
あの女の名前を言えなくさせてやる。
お前の身体からあの女の汚らわしい血を浄化してくれる」
アムイの悲鳴があがった。
キイは見えてなかったが、ミカはアムイの頭髪を掴み、引きずったのだ。
「アムイ!?」
「来るのよアムイ!さあ、私と」
アムイの悲鳴が段々と遠くなっていく。キイはその場に崩れ落ちた。
あんな狂った人間に、アムイが何をされるかが恐ろしかった。

(助けて!誰か俺のアムイを助けて!!)
キイは全身が震えて、涙が止まらなかった。この時ほど、自分の父親を恨んだ事はなかった。
此処の今までの話からだと、全ての元凶は自分達の父親ではないか。
神を冒涜する所業をしていながら、生き延びている父親ではないか。
大罪を犯し、自分達のような罪の子をこの世に送り出し、その事が他人に狂気を呼び寄せているんじゃないのか?
しかもアムイがこのような残酷な目に合ってるというのに、肝心のアマトは何故来ない?
キイのアマトへの憤りは益々膨れ上がっていったのだ。

それだけでない。
自分が生まれたのは…。この地に神の力を呼び込むため。
この忌まわしい力を手にする為に、それだけのために母を陵辱し、無理やり自分を生ませ…!!
キイは頭を抱えた。
ならば俺の存在意味は?
この地に存在する己の意味とは何なのだ?
この力だけなのか?この力だけが自分の存在理由だとしたら…。
この力を持たない自分には何も意味がないのでは?この地に降りる理由がないのでは?
それは心の奥底で、ずっとくすぶっていた疑問だった。
キイは呆然と宙を見つめた。
俺がこの地に留まろうとしたのは、アムイがいたからだ。
アムイが俺の手を取ってくれたからだ。アムイの存在が俺の存在理由なのだ。
ああ、だけど。
親に心から望まれず愛されずに生まれる子は、何も自分だけではない。
だが、キイは自分の生まれた経緯の真実を知ってかなりショックを受けた。

ならば俺は存在自体が罪悪なのだ。

この忌まわしい力と共に。神を冒涜し、欺き、神の宝を盗んだ罪人の子供。
自分は愛し合ってできた子供じゃなかったのは…薄々わかっていたが、まさかこんな残酷な事で自分が生まれたとは…。
(お母さん…!!ごめんね。俺が生まれたばかりに…。
だからお母さんは死んだんだ。神の怒りを受けて。
俺は生まれてくるべきじゃなかった…。最初から罪悪だったんだ)

キイは灯りも点けない真っ暗な部屋で、ひとりずっと泣いていた。
連れて行かれたアムイが心配で心配で、だけどどうする事もできない無力な自分を呪いながら。
キイの中で様々な思いと感情と考えが交差し、泣き続けたお陰で、少し冷静に考える事ができるようになってきた。

そう父親を恨んだとしても、アムイと共にアマトやネイチェル達と過ごした時間は、今までの中で一番幸せだった事をキイは思い出した。
当のアマトだって…。自分の父親と知らなかった頃は、凄く気に入っていた。
いつも真剣に子供の自分の話を聞いてくれた。様々な事を教えてくれた。
自分に触れる手に愛情を感じる事だってあった。でも…。
そしてネイチェル。彼女だって深い愛情で自分を包んでくれていたのもわかっていた。
(キイ様。…これから長い人生で、お辛い事があると思いますが、ネイチェルの話をよく聞いてくださいね?
どんなに辛くても、どんなに意に沿わない場所にいようとも…。この世に生きる理由が必ずあるのです…。
厳しくても、苦しくても、生きていればきっと希望は見えてくる。
この世に生まれて、意味のない人間なんていない…。
だからどんな事がキイ様に起きようとも、決して絶望してはいけないのですよ…)

生きる…理由…。

それはキイが求めている答えのひとつだった。
ネイチェルの言うように、この世に生まれて意味のない人間がいないのなら、自分が存在する意味も必ずあるのだろうか…。
だが今はアムイがこの地で生きる理由だった。俺からアムイを奪ったら、きっとこの世にいられない。
…だからネイチェル、お願いだ…!アムイを守って。アムイを…。
蹲るキイに、母の思いの篭った虹の玉が手首で煌いた。
虹の玉は一生懸命、キイを慰めていた。そして虹の玉、母の思いは決して父を悪く言わない。
それがキイには辛かった。母の気持ちを思って悲しかった。


とにかくここから出なくては…。
冷静になったキイは懸命に頭を働かせた。早く出てアムイを救わなければ。
それに…このままアムイと逢えなくなると、自分のあの力が暴走する恐れもあった。
絶対にここから出てやる…。どんな手を使っても。
キイはそう決意しながら自分で自分をきつく抱きしめた。

「あ…ああ、ごめん、ごめんなさいアムイ。
痛くしてごめんなさい…!だってお前が悪いのよ。
私のいう事を聞いてくれれば…!私から離れなければ…。ああ…」
アムイはミカの涙で気が付いた。
自分はあの後、彼女の部屋に連れて行かれ…、そして気を失うほどに折檻された。
体が痛い。重い。…動けない…。アムイは空ろな目で、彼女を見た。
寝台の上に自分は寝かされていた。そのすぐ傍でミカは泣いている。
まるでさっきの鬼のような彼女の表情は無かった。…そう、いつも彼女は自分を傷つけた後、こうやって人が変わったように泣くのだ。
こうなると、ミカはまるで十代の少女のようになる。
アムイはそういう状態の彼女の中に、悲しい、狂おしい、どうしようもない闇を見て、同情、同調してしまうのだ。
「私を許してね。許して、アマト様。ミカは貴方を好きなの。ただ好きなだけなの…」
そして決まって、その時の彼女はいつの間にかアムイをアマトと混同している。
ミカはアムイにつけた傷を唇で辿りながら、ポロポロと涙を流し続けている。
「だから嫌わないで。ミカをもう捨てないで。私をひとりにしないで…」

再び気を失っていたらしい、次に目が覚めた時にはミカの姿はなかった。
暗闇が恐ろしい。もう安心して眠れない。
アムイは涙が込み上げてきた。
辛くて、悲しくて、怖くて、痛くて。それは自分の心だけではない。
キイの、そして伯母の、その苦しい心の闇が、感情が、小さなアムイの心に圧し掛かっていた。
初めて知る、人の心の闇。無垢なアムイに容赦なく襲ってくる、負の感情。
今まで…母がこの世に存在していた時には知らなかった、感じた事のない、この“人の負”の部分。
アムイは嗚咽した。
母が生きていた頃、父とキイと、そして皆と、何も知らず幸せに暮らしていた日々を思い出して。
(母さん…父さん…キイ)
アムイは最初の頃、幾度となく父に助けを求めていた。
だが、今はそれができなくなっていた…。

(お前の父親は大罪人。お前は罪の子)

その事実が幼いアムイに暗くて冷たい影を落としていた。

近くでアムイの泣き声がする。
だがその声は彼女には届かない。夕闇の中、ひとり庭に出ている。
ただ、呆然とその場に立ち、ミカの心は一つの事柄しかない。
彼女はひたすら彼を待っていた。
彼の大事にしているものを、彼女は奪ってやった。
だからこそ、彼が自分を頼って、ここに来ることを、彼女は望んだ。
(アマト様…。貴方の大切なものは私の手の中。……今度こそ…私は貴方と離れない…)


運命の日は音も立てずにやってきた。

この日はアムイとキイにとって、地獄からの解放と共に、これから生きていくための試練を与えられた日となった。
それは神の怒りか。それとも天の意なのか。

それを知るには…まだ二人は幼過ぎた。


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2010年5月23日 (日)

暁の明星 宵の流星 #89

アムイは現れてきた記憶をひとつひとつたどり始めた。
ゆっくりとだが、今見えてる事、聞いている事、体験している事をはっきり言葉にしていった。
もちろん…それはアムイの側から見た世界の話であるが、彼が何を見、していたかが、詳細にわかっていく。
皆はそれを黙って聞いていた。
肝心の恐怖の元になっている記憶に近づくと、アムイは苦悶した。
それでも昂老人の励ましで、前に進んでいく。

あの、運命の日の一月前に話は戻る。
大人の思惑が二人の幼い少年に落とした影。
誰も守ってくれる大人のいない…、あの地獄のような一ヶ月間。
二人はこの事実に驚き、恐怖したのだ…。

「アマトにもうひとり子供がいたとは…」
摂政のシロンは、ミカと話をする為に神王大妃(しんおうたいひ)の部屋にやって来ていた。
ミカは応接間にシロンを通すと、目の前の椅子を彼に勧めながら冷めた目で言った。
「…しかも聖職者との間にね…。こんな事知れたらセド王家の恥ですわ、シロン。
あの子はアマト様が追放されてからの子。
いくら血筋を持っているとはいえ…。罪の子に変わりはありません。
いい?あの子がこのセド王家の者だという事を認めないで欲しいのよ」
シロンはふっと笑った。
「当たり前でしょう?…キイの場合と、あの子の場合は違いすぎる。
王家だって認める訳にはいかないでしょう。
……普通の女との間の子ならいざ知らず、再び聖職者とか…。
いや、そんな汚らわしい。絶対にそういう子がいる事を周囲に知られたくはないですな」
ミカは目を伏せた。何を思って、考えているか全く表情を読めない。
「あの子をどうしましょうか…。アマトが来るまで」
「その事なんだけど、大罪を犯されたとしても、アマト様は一時王太子にまでなられたお方。
あの方の事はこの私に任せていただけないかしら?
……元は私の婚約者でもあったのだし。もちろんあの子も」
シロンはじっとミカの様子を伺っていた。
…あの子が来てから、ミカの様子が変な事はシロンにも薄々わかっていた。
…特にあの子供を見る目が…。
「わかりました。私達はキイが手元にあるだけでいいんですから…。
…何のためにアマトをけしかけてまで、巫女との間に子供を作ったと思うんです?
全ては王族、王国のため…。我が国が大陸の中心となるため…」

「面白い話じゃん、それ」
ミカの部屋の隣で二人の話を立ち聞きしていた、先代の神王タカトが側女に生ませた王子のひとりが、興味津々と言った。
「もうちょっと詳しい事、調べてみよっか。…あの小僧にそんな秘密があったとはね。
最近ちょっと退屈だったんだ。…いい暇つぶしになりそうだな」
そう言って、もうひとりの王子がくすくす笑った。
近くには二人の取り巻きである同じくらいの年令の世話役が数人いた。彼らも面白そうにニヤニヤしている。
もう思春期になっている二人の王子は、自分達の母(それぞれ違う)が王家の者でない、というだけで、かなり虐げられてきている、と思っていた。本当なら、自分達のどちらかが、神王になれたはずなのに、と不満だった。
ま、やはり王族の血筋を引く大妃の息子である下の弟が、お飾りでも王にならざるを得ない事情もわかっていたが…。
それが最近、従兄妹といって連れてきたやたらに綺麗な子供を、もしかしたら将来神王に立てるかもしれない、という情報が耳に入ってきた。…もちろんあの小心者の神王である弟を、ちょっと脅して手に入れた話だが。
二人は全く面白くなかった。

しかもあのキイとか言うヤツ。
あまりにも綺麗だったんで、可愛がってやろうとしたのに…。
まさかあんなに強いとは思わなかった。
(俺に指一本触ってみやがれ!今度はその程度じゃすまないからな)
そう尊大に吐き捨てるように言いやがった…まだガキのくせに。
しかしそれにしても、キイに手を出そうとして弟のフユトが取り乱したのには、悪いが笑ってしまった。
あいつ…あのガキに骨抜きにされちまって…。

それ以上に二人が興味を持ったのは、生意気なそのキイと一緒に来た、アムイとかいう子供だった。
あのキイの、アムイに対する態度…。キイがその子をどんなに大切にしているのかは一目瞭然だった。
…面白い…。そうか、あの子も…本当は…。
アムイはまだ小さいし、おとなしそうだ。しかもキイと遜色なく見目も良い。
純真無垢そうなあの子が…穢れた血を持っているのか…。
しかも何にも知らなそうな純真そうな子を、貶めるのもぞくぞくしやしないか?
大切な子がそうなった時のキイの顔を見てみたい。

二人の標的がアムイに向けられてもおかしくなかった。

アムイはキイの客人という扱いのため、城に住まわせられていた。
ただ、王族関係者の区域には、身分違い、との事で許可なく行けなかったが、キイは夜以外、なるべくアムイに会いに来てくれた。それだけがアムイの唯一の慰めだった。

此処に来た当初はキイと寝所を離されて、毎晩寂しくて辛い夜を過ごしていた。
布団に入って灯りが消えると、あの時の母の姿が脳裏に現れ、アムイを恐怖と悲しみに陥れた。
しかも大好きなキイとも離されてしまった。アムイは毎夜、しくしく泣いていた。

そんなアムイを可哀想と思ったのか、何とあの神王大妃自らが彼の元にやってきて、こう提案したのだ。
「お母様を亡くされて、可哀想に…。さぞかしひとりじゃ心細いでしょう?
どう?おばさんとこれからは、夜一緒に寝ない?」
アムイは驚き、遠慮した。まかりなりにもキイの伯母さんだし…この国の大妃様。
平民の子である自分が甘えてはいけないくらい、小さなアムイでもわかっている。
「…実はおばさんね、…神王様(フユト)の後に、赤ちゃんがお腹にいたんだけど、その子生まれないで死んじゃったのよ。それからその子の事を思うと…辛くて夜眠れなくて…。生まれてきていたら、あなたくらいだろうなぁ、と思ったら…悲しくて。あなたはお母さん亡くされたし、私の気持ち、わかってくれるでしょう?」
アムイはアマトと同じく、困っている人、悲しんでいる人を拒めない性格だった。
「ね?おばさんをお母さん、と思っていいのよ?…それに…私の部屋で暮らすのなら、王族区域にも入れるという事だし。いつでもキイに逢えるじゃない」
ミカのたっての願いで、アムイはこうしてミカと過ごす事になったのだ。


初めのうち、ミカ神王大妃は、アムイに異常に優しかった。
母を亡くしたアムイをいたわっている様に周囲には見えた。

だが…。彼女の、アムイに対する感情は、そんな単純なものではなかったのである。

「ね…?この事はキイには内緒ね?だっておばさんがこんなに寂しがりやだなんて…大の大人が恥ずかしいじゃない?アムイと私の秘密ね」
ミカはそう言って、まるで乙女のように笑った。
アムイは複雑ながらも、優しくしてくれるこの女性の言う事を、素直に受け止めた。
…彼女が夜毎、半裸に近い格好でアムイと寝床を一緒にしようとしても。
幼いアムイは何もわからず、彼女のされるがままになっていたとしても…。

毎夜、アムイと添い寝するミカの心情は、複雑怪奇なものだった。
最初は目の前の子が本当に可哀想な気がして、慈しむつもりで抱きしめて寝てあげるのだ。
が、彼が寝た後、その寝顔を見るうちに、異常な感覚に彼女は襲われる。
…その寝顔が…どうしても愛する男に見えてしまう時があるのだ。
その時のミカは尋常じゃない。そうするとどうしてもある衝動に駆られてしまう。
…その時の彼女の心はあの、一度きり彼の肌を感じた時に飛んでいくのだ。
ある時はアムイが、自分が手に入らなかった彼との子供と重なり、自分の子供だと、思い込む事もあった。
そしてまたある時は、ふっといきなりアムイがあの汚らわしい女が産んだ子、という事実を思い出し、異常に憎悪を掻き立てられる事もあった。
その時のミカは目の前のこの子を傷つけたくてたまらない衝動に襲われてしまうのだ。

表面では全く変わりがないため、皆は気が付いていなかった。
ミカは壊れていた。
アマトが自分の元から離れていった時から、彼女は心の闇に落ちた。
そして流産してからどんどん壊れ始め、アマトの妻子を目の当たりにしたのが決定打となった。
表面に出てくるものよりも、心の底にある闇の方が厄介なのだ。
その事に自覚がないのはもっと深刻である。
彼女は愛憎という感情に囚われていた。

ミカはアマト本人が自分の元に来るまでの間、アムイを傍に置く考えだった。
それだけ、アムイは愛する男に似ていたのだ。
だが、それがどんどん彼女を狂気に陥れる結果になろうとは、自覚のない本人には計り知れない事だった。

時間が経つにつれて、彼女のアムイへの仕打ちはエスカレートしていく。


昼間はそうしてアムイと普通に逢えるキイは、アムイの様子がおかしい事にすぐに気が付いた。
キイはその事に触れようとしたが、聞かれたくない“気”をアムイから感じ取って、いつもの通り深く追求しなかった。
それが後々キイは後悔する事になるのだが…。
もう一つキイは気になっていた事があった。
「お前…あの大妃に気を許すなよ。アムイは誰でも受け入れてしまう事があるから…俺、心配で」
ある日、キイは深刻な顔してアムイに言った。
アムイはキイを安心させたくて、懸命に笑った。
「キイはおれの事心配しなくて大丈夫だよ。あの人おれにとても優しいよ。
それにこうして昼間はキイと会えるんだもん…。
それにそのうち父さんが迎えに来るから…。もう少しの辛抱だし」
「俺はあの女、嫌いだ」
「キイ…」
「あの女には嫌なものを感じるんだ。…だから頼む、アムイ。
お前は本当に優しくて、人の気持ちに同調しやすい所がある。
そのために相手を思って自分を犠牲にしちまう…。
だから自分をしっかり持っていてくれ!それから他人に何かされたり言われたら、必ず俺に言えよ!!」

そのキイの嫌な予感は的中してしまう事になる。
 
そのうちアムイの顔が曇りがちになっていき、とうとうキイは我慢の限界を迎えてきた。
だが当のアムイは、自分を心配させたくないのか、全く口に出さない。
そんなはっきりしない日が続いたある日、アムイの元へ行こうと廊下を歩いていたキイに、フユト神王が立ちはだかった。
「おい、そこを通せよ!フユト」
怒鳴るキイに、フユトは半べそ掻いてこう言った。
「やだ!キイはアムイの所に行くんだろ?絶対僕は嫌だ!!」
キイはむっとした。こいつは最初からうっとおしいし気持ち悪い。
「何でお前にそう言われなきゃいけないんだよ?アムイと逢うのは俺の勝手だろ?」
全く、この自分と同い年の神王には頭が痛い。
最初からこいつの自分を熱く見る視線がうっとおしかった。
しかも異常にべたべたしてくる。それだけでも嫌なのに、最近はキスをねだるのに辟易していた。

(キイは将来、この国の真の神王になるって、シロンが言っていた。僕はその補佐をするんだ。
ああ、早く大人にならないかなぁ…)
(冗談はよしてくれ…)
キイは頭を抱えた。俺がこの国の王?ははっ!らしくねぇ。それにそんなに長く此処にいるかよ。
(だからキイの隣には僕がずっといるんだ!…ねぇ、キイ、キスしていい?)
(はぁあっ!?)
冗談じゃない!こんな奴に何故キスされなきゃなんねぇんだ?
(君からでもいいよ。これからの二人の固い絆の証として…)
(……)
こいつ、本気で言ってる?頭おかしくねぇ?
王家の人間とはよくわからない。いや、アマトを見る限り、こんな変なのはこいつら…神王と、その兄王子達だけだけかもしれないが。
(あのなぁ、俺は男なの。何でお前とキスしなきゃならねぇ?)
(ああ…、ご、ごめんよ!お願いだから嫌わないで!
だってキスは親愛の証だって…。王家ではそうなんだよ…)
そう言いつつ、フユトの本心はキイに触れたいだけなのだが。
(却下!おれが神王になるのも、お前とキスするのも!)
キイは憤然として言い放った。
だがそれ以来、このフユトは懲りずに毎回、自分にキスを迫ってくるようになってきた…。

「ちょっと、いい加減にしてくれよ!!」
キイはもう我慢できなかった。
「俺はアムイに逢いたいの!アムイは俺にとって一番大事な…」
「それが嫌なんだよ!!」
いつもおどおどしているフユトが珍しく感情を露にした。
「おい…」
「僕、あの子嫌いだ!何であの子ばっかり…。キイも、お母様も」
そう叫ぶと、フユトはボロボロ泣き出しだ。
「なんだよ…。そんなに泣く事か?…俺はともかくお前のお袋が何で出てくんだよ」
と言いながらも、キイはとてつもなく嫌な予感に縛られていた。
「だって…ひどいよ。お母様…。あの子が来てから、あの子の事ばっかり…。
いくら母親が亡くなって可哀想な子だからって…。僕は本当の子供なのに…。
夜一緒に寝なくたっていいじゃないか!僕なんて、お母様と一緒に寝た事なんか一度もないのに!」
その言葉にキイは固まった。
…何?今なんて言った…?アムイと…あの女が…?
「その話、本当か?今、アムイはお前のお袋と寝てるって…」
「ああ、僕見たんだ。朝どうしてもお母様に聞かなくていけない事があって、お部屋に行ったら…」
「いたのか、アムイが」
キイの目がどす黒くなったのに、フユトは動揺した。
「う、うん…。あの子が…お母様の…寝台にいた…から…。
僕がどうしてって聞いたら、お母様は可哀想な子だからって…」
しどろもどろに言うフユトの最後の言葉も聞かず、キイはもの凄い形相でアムイの元に走った。
「キ、キイ!?」
フユトが自分を呼び止める声も届かない。キイはとてつもない嫌な予感と戦っていた。
まさか…いや、まさか…。

「どうしたの?キイ」
息を切らし、自分の前に突然現れたキイに、アムイはびっくりした。
目がいつになく深刻に光っている。
「キイ?どうしたの?何か変だよ…?」
キイはあどけないアムイの顔を見て、いたたまれなくなってぎゅっと抱きしめた。
「な、何?どうしたのさ、キイ」
「お前、俺に何か隠してねぇか?」
アムイの体がビクっとしたのにキイは見逃さなかった。
「隠すって…」
「フユトの奴に聞いた。…お前、フユトのお袋と夜一緒に寝てるんだって…?」
アムイは黙った。…ミカに内緒だと釘を刺されていたし、何故か恥ずかしかったのだ。
この歳で、添い寝してもらっているなんて知られたら。
「何もされてないか?アムイ」
キイはアムイのその様子に不安を覚え、いきなり言った。
「何も…?」
アムイは少し赤くなった。
「普通に添い寝してもらってるだけか?…その…」
と、キイはふっとアムイの首筋に何やら痣を見つけて固まった。
「キイ?」
「なんだ、これ…」
そう言いながら、キイはアムイの襟元を開いてぎょっとした。
所々に無数の薄い赤い斑点が、彼の白い身体に散らばっていた。
キイはまだ幼いが、かなりの早熟だったのは誰もが知っている事だ。
特にこのような大人のする事には、自分も小さい頃幾度かされそうになって、並みの子供よりは知識があった。
「やだ…。何するの?キイ」
「いいから、他も見せてみろ!」
キイはそう言って、アムイのシャツを脱がせて凍りついた。
その赤い斑点だけでない、所々につねられた跡や、引っかき傷がアムイの上半身に無数にあった。
しかも…何かで押し付けられた火傷の痕も。
キイは背中に冷たい物が走っていくのを感じていた。
…ひどい…。今まで気がつかなかった事に、キイは後悔した。
「アムイ…」
冷や汗を掻きつつ、キイはアムイにシャツを着せながら聞いた。
「…なあ、正直に言え。…あの女に何かされてるだろ…?俺に隠し事はできないの、お前もわかってるよな?」
アムイは赤くなって俯いた。そしてしばらくして小さな声で答えた。
「…おれ…よくわからないけど…その…。たまに…恥ずかしいところ触ってくる…」
キイは激しい怒りに駆られた。
自分は何回かそういう卑劣な大人に、嫌な思いをさせらて来た事から、対処も回避も出来るようになってきた。
だが、アムイはまだそんな事も知らない小さな子だ。よくわからない子供に…何ていう事を…。
「アムイ!もうあの女と一緒に寝るな!俺が何とかしてやる。もうあの女の傍に近づくな」
キイは涙を浮かべながらアムイを再び抱きしめた。
「お前…。何故この事を言わなかった…。何で俺に言わなかった…!!」
アムイはじっと下を向いていた。恥ずかしくてキイの顔を見られない。
「…でも…あの人は…普段はおれにとても優しいし…。
それに…前に赤ちゃんを亡くした事で…とても苦しんでて…。
いつも痛いことをするとごめんねって…泣くんだ…。
キイにも心配かけるし…。内緒にしててくれって言っていたし」
「アムイ!何でお前はいつもそうなんだよ!
何でここまでされてるのに相手を許しちまうんだ。いいように受け入れちまうんだ!
もっと自分の事を考えろ!!お前はまだ小さいんだぞ!?」
だが、それがキイの愛するアムイだった。
大きくなってからわかった事…。
それがアムイの持っている“金環の気”の【寛大・受容】の特性が影響していた事を。
とにかく、そんな何もわからぬ年端もいかない子に、していい事ではない。悪いのはしている大人だ。
この時ほど、キイは子供の自分がもどかしかった。
彼の、早く成長し大人になりたい、と逸る気持ちに拍車を駆けた出来事だった。
ああ…俺のアムイ。悔し涙がキイの頬を伝っていく。
そのどうしようもない憤りが、なかなか迎えに来ない、アマトに向けられる。
(アマトの馬鹿野郎!!アムイがこんな目にあっているというのに、何で早く迎えに来ないんだ!!)
キイはぎゅっとアムイを抱きしめる手に力を込めた。

その二人の様子を、冷たい目で見ている人影があった。
……嫌だ‥…あんなにくっついて……。
ミカは扉の影から二人を睨み付けた。
あの子は…私の物なのに…。
ミカの狂気は徐々に現実との境界線を蝕み始めていた。
抱き合う二人が、アマトと見たことのない巫女…キイの母親の姿に重なっていた。
心の底から彼女の闇が放出する。
やっと手に入れたのに…もう誰にも渡さない…。あんな思いはもうしたくない…!
ならば…。ミカは口の端でニッと笑った。


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最近ADSL回線の不調により、ネットに繋がらない事が多く、何度か挫折していました。
しばらく復旧するまで時間がかかるそうなので、安定するまで、記事アップが遅れる事があると思います(汗)
なので今はワードで下書きしていて、チャンスがあれば投稿しています。しばらくそうなりそうです。ご了承ください(滝汗)

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2010年5月20日 (木)

暁の明星 宵の流星 #88

翌日。

どんよりと曇った空から、ぽつりぽつりと雨が降ってきた。
最近暖かくなってきた北の国モウラも、こういう天気になると、かなり肌寒い。

アムイはずっと、昼なのに薄暗い空を、窓越しに眺めていた。
窓にパラパラと雨の雫が音を立てている。

まるで、母さんが死んだ次の日のようだ。
アムイの暗黒を映す黒い瞳が揺らめいた。
身体から微かな震えが起こってくる。…かなり緊張していた。

「アムイ、心の準備はよいかの?」
背後で昴老(こうろうじん)の声がした。
アムイは振り向いた。「ええ」
そして彼は他の仲間達の方にも振り返ると、低い声で言った。
「……出来れば…。お前達にも…いて欲しいのだが」
皆は驚いた。アムイからそう言われるとは思っていなかったからだ。
「え…?いいの、アムイ?私達がそんな大事な事に関わって…」
イェンランが遠慮がちにそう言った。
「兄貴…。無理しなくてもいいよ。…だって…」
サクヤも心配してアムイに言った。だがアムイは首を横に振った。
「いや、お前たちにも知っておいて欲しい。……これからの事を考えても…。
この記憶は俺個人のものでもあるが、一国が滅んだ真実でもある。
…それに、お前達に俺の闇を知ってもらう事は、俺自身、闇を超える覚悟を固めるためにも必要なんだ。
…どんなに…過酷な記憶であろうと…。解放し超えていかなければならない。
それにアーシュラの話だと、もうキイの存在を隠し続ける事は、どう考えても無理だ。
多分…キイの特殊な“気”の存在も…キイを手に入れようとする奴らの思惑も…。
隠し切れない段階に来ている。
だからそろそろその事実を、信頼できる人間に知っておいて貰わなくてはならない。
…キイの為にも…」

アムイの決意に、皆は黙って頷いた。
「では、隣の部屋に移ろう。もうわしの方の準備はできておる」
そう昴老人は言うと、部屋を出て行った。皆もそのまま、昴老人の後に続いた。
最後に部屋を出ようとしたアムイは、寝台で半身起き上がっているアーシュラに振り向いた。
「…アーシュ。お前、動けるか?」
アーシュラはいぶかしんだ。
「ああ…。かなり回復したから…歩くくらいは…」
「なら、お前も来るか?」
「え?俺も?」
アムイは頷いた。
「…いいのか?アムイ。俺もお前の闇を覗く事になるんだぞ」
アムイはじっとアーシュラの目を見つめた。
「…俺の事を…お前は大嫌いだと言った。どうしてかは…俺にはわかるよ。
聖天風来寺(しょうてんふうらいじ)で、お前の俺を見る目。気づかない訳なかった。
…お前、俺が疎ましくてしょうがなかったろ?
キイにべったりと依存していたこの俺を」
アーシュラもアムイをじっと見た。ずっと、この男がキイの隣にいるのが嫌だった…。
「そうだよ。…今でも変わらないけどな」
アーシュラはふっと笑った。
「その原因を、お前に教えてやる。…俺達の全てを教えてやる。
…お前…キイが好きなんだろう?」
「アムイ…」
「キイを愛しているお前には、知る権利があるよ。
…しかもこんなになってまでして、大嫌いな俺のところまでキイのためにやってきた。
……キイが…どうしてあれほど…取り乱したのか。
どうして…危険を顧みず己を封印したのか…。
きっとお前もこれで理解すると思う」
アムイはそう言って、アーシュラに手を差し伸べた。
アーシュラは一瞬、躊躇したが、意を決すると黙ってアムイの手を取った。
おぼつかない足取りで、アーシュラはアムイの肩を借りて隣の部屋に向かった。

(俺の方がアムイに依存しているんだ)
(お前達に俺達の何がわかる?)

あの時のキイの苦悶の表情が、ずっとアーシュラの心に引っかかっていたのだ。
素直に知りたい、と思った。
彼の、苦悩を、心の闇を…。少しでも彼を理解したかった。

部屋はすでに昴老人によって準備がされていた。
窓にはカーテンが引かれ、まるで部屋は夜のように暗くしてあった。
そこに、ぽつりぽつりと、数個の蝋燭の灯りが揺らめき、幻想的な雰囲気を醸し出していた。
中央にアムイが胡坐をかいた。その前方に昴老人が立つ。
他の皆は息を潜めて、後方の方に横並びして座っていた。

「では、アムイ。お主の心の奥底に仕舞ってある…。
森に隠された箱を捜しにいこうとしようぞ。
覚悟はよいな?」
「ああ、爺さん」
アムイはそう言って、目を瞑った。
「わしが…お前を誘導する。お前はわしの声だけを聞くがよい。わしの声に集中するように。
……お主の傷ついた心を守ろうと、闇の箱はそう簡単には開かないかもしれぬ。
だがおまえ自身が、開けると決めたのなら、大丈夫じゃからな」
そう言いながら、昂は自分の人差し指をアムイの額に押しつけた。
「心に受けた傷というものは、簡単なものがあれば、複雑なものもある…。
どういう原因で傷つき、トラウマになったのかは…。
一つの原因だけでなく、複数の出来事や感情が絡み合っている事が多いのじゃ。
闇の箱を開いた後は、ひとつひとつを解きほぐし、自分で気づき、納得させ、解放し、手放す。
このような作業が待っておる。すぐに解決するものもあれば、時間がかかるものもある。
だから闇がなかなか上手く処理できなくとも、焦らなくても良いぞ。
箱から出してしまえば、後は自力でも、他力の力も借りても、解決する術はあると思うからじゃ。
厄介なのは心の奥底に閉じ込め、出てこない闇。こうなると他人も手を出せないでの。
ま、人の心という物は、複雑にできておるからな。
…これで、お主が何故人を遠ざけているのか、何故夜眠れないのか、…そしてどうして感情の涙が出なくなってしまったのかの…原因がわかると…かなり楽になるじゃろう」

昂老人は息を整えると、口の中で、何やら経文を唱え始めた。
そしてぐっと神経を集中させると、ゆっくりと穏やかな声でアムイに囁き始めた。

「アムイよ。わしの声を、わしの声だけをよくお聞き。
……わしの言うように息を整えよ。ゆっくりと吸って…吐いて…。そう。

これからお主の意識は深い深い底に落ちていく。そうじゃ、宝探しをしよう。
お主の心の中にある森に共に捜しに行こう。大丈夫、わしがずっとついておる。
ほら、見えてきたぞ。…ほう、これがお主の心の森か…。
かなり深くて…大きいのう…」

昂はアムイを誘導しながら、彼の意識とシンクロしていた。
そのために、アムイの思う事、見ている事、心に起きている事が、手に取るように見え、わかるのだ。

アムイの追憶の森は、暗く、ざわついていた。
アムイの心が恐怖で騒がしくなっているかのように。

「おや?」
昂老人は気が付いた。その森の中、ひとりの小さな黒い髪の男の子が蹲っている。
昂が見ているものは、アムイも見ているという事だ。
アムイは奥歯を噛み締めた。
「小さな子がそこにおるのう、アムイ。…さぁ、その子の傍に行き、声をかけてごらん…」

アムイは言われたとおり、暗い森で小さくなっている子供に近づいた。
その子は俯いたまま、膝の上に長方形の木彫りの箱を抱えている。
アムイは声をかけようとして、息が止まった。
その男の子は泣いていた。涙をポロポロ流し、身を縮まらせて。それにこの子は…・。

「どうした…アムイ。その子がどうした?」
「…箱を…持っている…。小さく蹲って泣いている…」
「その子をよーく見てごらん。知っている顔ではないか?」
アムイの眉がピクリと動いた。
「……俺は…この子を知っている…。だってこの子は…。
知ってるも何も…俺だ…。七歳の時の…俺自身…」
「そうか。じゃ、その子がお前の闇の箱をもっているのじゃな…。
勇気を持って話し掛けようの…。
持っている箱をその子から貰わないと…開けられぬぞ」

アムイは意を決して、幼い自分に手を差し伸べた。
(…その箱を…俺に渡してくれ…)
だが、幼い自分は恐怖に引きつった表情で、嫌がった。
(お願いだ。その箱を俺に…)
(イヤ…)
(え?)
(嫌だよ…お願い、怖い…怖いから…この箱を取り上げないで)
(なんで…)
(だって開けようとしているんでしょ?この箱を開けるために来たんでしょう?
やめて…それだけは嫌だよ、絶対イヤ!!)
幼い自分の拒否反応は、己が思っていた以上のものだった。
何回かの押し問答の末、幼い自分は泣きじゃくってしまい、話を聞いてくれる状態でなくなってしまった。しかも肝心の闇の箱をぎゅっと抱え込んで、益々手放そうとしない。
アムイは途方に暮れた。…このままでは…。

どうしたらいいか困っていると、アムイの耳に昂の声が優しく響いた。

《アムイよ…。その子は本当に傷ついておるのじゃな…。…可哀想に…。
心がボロボロじゃないか…。
ずっとこうやってひとり、暗い森の中で泣いていたのじゃなぁ…。
……そうやってお主自身…長い間、苦しんでいたのか…。さあ、アムイ。
その子を…傷ついた子供の自分を…抱きしめてやりなさい。
抱きしめて、もう大丈夫だと、慰め、受け止めてやりなさい。
お主はもう、それができる大人になったのじゃ。
傷ついた子供の心を、自分自身を優しく包んでおやり。》

アムイは幼い自分と同じ目線になるよう、ゆっくりと屈んだ。
震える手で、小さな自分にそっと触れる。
そうだ…。もう自分は大きくなったのだ。
小さな子供を、すっぽりと包めるくらい…大人になったのだ…。
泣きじゃくる小さな自分…。辛くて苦しくて…悲しくて…。
アムイはたまらなくなって、ぎゅっとその子を抱きしめた。
(もう大丈夫。もう苦しまなくていいんだよ…。
怖いなら俺がずっと抱いていてあげる。
辛かったんだね…。悲しかったんだね…。今まで放っておいてごめんな…。
その傷を…俺が治すから。そのために俺は来たんだよ。
……だから安心して、その箱を俺に渡してくれ)
(本当に…?)
(ああ、もちろんだよ。もう苦しい思いをさせない。
全て受け止めるから。その覚悟をしてきたから…。
もう何も考えず、俺の所においで)
腕の中の小さな自分は、震える息を吐くと、小さく頷いた。
悲しげな表情はなくならなかったが、少し、嬉しそうな目をすると、ふっと姿が消えた。
気が付くと、その子の代わりに、闇の箱がアムイの両手に残っていた。


《…さ、ゆっくりと箱を開けよう、アムイ。その箱はお主の手でしか開けられぬ箱。
怖がらなくともよいぞ。お主は今、ひとりではない。わしも共におるからな》

アムイは一呼吸おくと、震える手で箱の蓋に手をかけ、ゆっくりと上に持ち上げた。

一瞬、アムイは目を逸らした。
何故なら、開けた途端に黒い大きな靄が箱から飛び出してきたからだ。

ぶぁわ~っと、その黒い靄は勢いよくどんどん箱から出てくる。
思わずアムイは悲鳴を上げた。

「ああ!あああっ…!!」
誰も聞いた事のない、アムイの恐れの声が、暗い部屋に反響した。
「落ち着け!落ち着くのじゃ、アムイ!大丈夫。
わしがおるぞ。わしがお前を支えとる。心配せずに落ち着いてその黒い物を見よ」
アムイの心の中で起こっている事は、全て昂老人には見えている。
アムイは冷や汗を掻きながら、息を整えようと荒い息を繰り返した。
心臓が早鐘のように鳴り響く。
「ああ…!キイ!!あ…嫌…。お、女の人…が…おれ…を。と…とうさ…」
アムイは黒い物に翻弄されて、混乱していた。
色々な映像と感情が交差する。
「アムイ!しっかりしろ!大丈夫じゃ。今お主はひとりではないぞ。
ひとつひとつ共に箱から取り出そうの。その黒いものは…お主が閉じ込めた闇の記憶じゃ」
そう言うと、アムイの額に置いていた指を外し、昂老人はその手でアムイの震える手を取った。
「さあ、何が見える?何が起きた?
勇気を出して声に出してみよう。ゆっくりと…話してみよう。
わしも今、お主と共に見ておるぞ。だから安心しなされ。
何かあったらわしがお主を支えとる」

その言葉に、アムイは徐々に落ち着きを取り戻してきた。
そして、からからになった喉を潤そうと、何回も唾を飲み込んだ。
昂老人はぎゅっとアムイの手を握り締めた。
まるで命綱のように。アムイを安心させるために。

「ほらアムイ…。何かが見えてきたぞ…。ほぅ、何という…」
昂も目を閉じ、アムイと共にその記憶を映像として見ていた。

「ああ…。本当に…。何て…桜が綺麗なんだ…」

アムイは感嘆していた。
セドの国に着いて、初めて目に飛び込んできたのが、大量の桜の木だった。
ちょうど今が見ごろだったのか、まるで狂ったように咲いている。
こんな光景はアムイは初めてだった。

「白い…小さな花びらが…風に舞っている…。綺麗だなぁ、まるで雪が降ってるみたい…」
ポツリ、ポツリと語りだす、アムイの声は心なしか子供のようだった。
昂もまた、その光景を見ていた。

桜の美しい…綺麗な国…セド…。

アムイの語りに、サクヤも胸が詰まった。
自分の記憶にある、自分の生まれた国。
…今はもうない…幸せだった…あの頃…。


「キイと二人、母さんが死んで…。俺達はキイの伯母さんだという女の人に…連れられて…。
父さん…の生まれた国に…やってきたんだ…」

アムイはもう落ち着いていた。
これから何を思い出そうと、今の自分はひとりではない。
昂老人も、そして近くに…自分と共に行動してくれた仲間がいるのだ。
勇気を、彼らから貰っているのだ。


アムイは、噛み締めるようにゆっくりと語りだした。

18年前…自分がセドの国に来た時の事を。
半分落としてきた記憶を拾いに。
封印した記憶をたどりに。

セドの国に来てからの記憶は、あの運命の日までならある程度、アムイには残ってはいた。
…自分が…キイの弟だった事実も、父がこの国の王族で、しかも大罪人だった事実も。
だが、飛び飛びで記憶は飛んでいた。
具体的に何があったか、何をされたかを、幼いアムイは封印していた。
特に国が壊滅した運命の日の記憶は、まるごとごっそり抜けていた。

それを解き明かすには、順を追って、思い出していかなくてはならなかった。

アムイにとって、辛くて悲しい、あの時の事が…くっきりと鮮明に18年ぶりに表れ始めた。

母が殺され、キイと二人、セドの地に立ったアムイ。
美しい桜の歓迎は、アムイの心を少し慰めてくれた。
「綺麗だね、キイ。初めて来たけど、こんな綺麗な所だったの?
父さんの生まれた国って…」
アムイは少しだけ、父の生まれ故郷の話を聞いていた。
父…アマトは、その話になると、何故かとても悲しげで、辛そうだった。
その様子を見たくなくて、自分はあまりその話をねだらなかった。
それでもアマトの語る故郷は、どんなにこの地が美しくて、人々が皆やさしくて、平和だったか…、アムイに話して聞かせてくれた。
それだけでも、父が国を愛している事は充分、小さな自分にも伝わっていた。
いつかは自分もこの目で見られたらなぁ、と密かに思っていた。

…そして今、アムイの目の前に、父が語った故郷の姿そのままが広がっていた。

「何で父さんは…。こんな綺麗な国を出たんだろう?」
「…さあ…?アマトの事は俺にもよくわかんねぇや。…でも、俺、ここに住んでた記憶、あるみたいだ。
あの時は外に興味なかったから、あまりよくわかんないけど。
確かに…何となく…」
キイとすれば、外に気持ちが閉じていた期間を、記憶はしていても、その気にならなければ再生したくなかった。
アムイと出会う前の自分は自分じゃないから…。


そして二人は大きなお城に連れて行かれて驚いたのだ。
「こ、ここが…伯母さんのおうち…?」
「そうよ」
にっこりと、ミカ、と名乗るキイの伯母は言った。
その伯母に、うやうやしく周りが頭(こうべ)を垂れていく。
「お帰りなさいませ、神王大妃(しんおうたいひ)様」
その言葉に二人は驚いた。
「え?ええ?それじゃ…伯母さんはここのお妃さま…?」
「ええ。私は現神王の生母なの。…キイのお父様と、私の夫が兄弟なのよ」
「そ、それじゃあ、…キイはこの国の王子様になるの?」
アムイは驚いてキイを見た。
キイは困った顔をしていた。……その自分の父親というのは…アムイの父親でもあって…。つまり、アマトの事だ。自分は全く知らなかった。…アマトがこの国の王子だったなんて…。自分が黙っていてくれ、と言っていたからこの伯母は何も言わないが、そうするとこのアムイだって…この国の王子だ。
アムイは憧憬の眼差しで、キイを見ている。
「すごい、すごいや!やはりキイは特別だったんだね!
キイが王子様…すごいぴったりだ!」
何も知らないアムイは興奮している。キイは益々複雑な心境になっていった。
その二人の様子を、微笑んでミカ大妃は見ていた。
だが、目の奥は笑っていなかった。
彼女はそうして、二人に一人の少年を紹介した。
その子はずんぐりしていて、白い肌でそばかすがあり、お世辞にも見目がいいとは言えなかった。
ちょっと挙動はおどおどしているが、身なりはとても立派だった。
「この国の神王よ。私の息子…つまり貴方の従兄妹になるわ、キイ。
フユト、というの。歳はキイと同じ9歳になるわ」
その従兄妹という小さな王は、キイを見るなり目が輝いた。
「凄い…。キイと同じ歳で…この国の王様…」
アムイがポツリと呟いた。ここに来てから驚く事ばかりだ。
「今日からキイは王族の部屋で過ごしてね…。貴方は…特別なのですから」
ミカのその言い方に棘があるような気がして、キイは嫌な感じを受けた。
「ね、フユト、キイをお部屋に案内してあげたら?」
「はい、お母様!」
フユトは小さな瞳をきらきらさせて、キイの近くに寄り、手を引っ張った。
「よ、よろしくね、キイ!僕達従兄妹だって…仲良しになろうよ。さあ、一緒に行こう!」
「お、おい待て!いきなり引っぱんなよ!…アムイだっているんだから…」
キイの嫌がる様子に、ミカは冷たく言った。
「キイ様。…貴方はこの国の王子です。…この神王の従兄妹ですよ?
…わかるわよね?アムイ。だからお前とキイ様は身分が違うのです。
アムイはここから先に入ってはいけません。
…さ、アムイは私がこれから生活する所に連れて行きますからね」
と、彼女はアムイの手を取った。
「な、何だって?おい、お前、アムイを何処に連れて行くんだ!
アムイは俺と一緒じゃなきゃ…」
と言いかけて、キイははっとした。
自分達の気の交流は、落ち着くまでなるべく他人には言わないよう、昂というじーちゃんに釘を刺されていた…。
しかも、自分から互いが兄弟だという事を伏せてくれ、と懇願していた。
キイは己の発言にがんじがらめになっている事に気が付いた。
何も言い返せない…。キイは悔しさで、唇を噛み締めた。
その様子を冷たい目で見ていたミカは、ふっと笑った。
「大丈夫よ、キイ。昼間はたまにですけど、お友達のこの子には会えますわ。
貴方はここの王子として、お過ごしなさいませ」
最近、自分もあのじーちゃんのお陰で、力の制御がひとりでも出来るようになっていた。
昼間だけでも、アムイに逢えれば…何とかなるだろう。だが。
「おい、本当に此処で過ごすのは、アマトが来るまでの辛抱なんだろうな?
アマトが来たら、今まで通り、アムイといられるんだな?」
「ええ。もちろん」
ミカの冷たい声色に、キイは益々不安を掻き立てられた。
「ねぇ、ねぇ!早く行こうよ、キイ!色々見てもらいたいものがあるんだ…」
フユトはうっとりとした眼差しで、キイを見つめている。
「アムイ…」
心配そうに自分を見るキイに、アムイは辛かったが、にっこりと笑った。
「キイ、大丈夫だよ…おれ。また、明日会おうね…」


そうして二人はこの城で離された。

キイはこの城の最上階に。
アムイは城の中階に。一応、この時のアムイは、キイの客人として扱われていたのだ。

二人は寂しかったが、これもアマトが自分達を迎えに来てくれるまでの辛抱だと、信じていた。
……まさか…大人達の事情が、これから容赦なくこの二人を打ちのめすとは知らずに…。

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2010年5月19日 (水)

暁の明星 宵の流星 #87

ゆっくりとした足取りで二人が宿に到着するなり、シータが慌てて駆け寄ってきた。

「あ!アンタ達!何処に行ってたの?こっちは大変だったのよ!」
シータはいつもより動揺しているらしく、二人を見た途端いきなりこう叫んだ。
「どうかしたのか?何かあったか!?」
「どうもこうもないわよ。アンタ達一体何処に行っていたの?
大事なときにいないんだもの…」
と、言いながら、サクヤの怪我を見て、シータは瞬時にして二人が何をしてきたのかを悟った。
「…、と、とにかく早く部屋に来て」
シータはそう言うと、自分達の部屋に二人を引っ張った。
「だから一体どうし…」

アムイは部屋に入った途端、どきっとした。
寝台の上に、かなりの怪我を負った人物が横になっており、その傍に昴老人(こうろうじん)が容態を診ていた。
近くにイェンランがいて、昴老人の手助けをしている。
アムイはその怪我をした人物の顔を見て、驚きのあまり呟いた。
「アーシュラ…」

それは紛れもない、ゼムカ族護衛隊長、アーシュラ=クロウだった。

「どうして…アーシュラが…」
「うむ。…明け方にこの宿に担ぎ込まれてきたんじゃ…。
何かボロボロの状態で、この村にやって来たらしく…。その、お主の名前を呼んで…。
で、倒れた所を、村人がこの宿を探して連れて来てくれたんじゃ」
「俺を?」
アムイは驚いて、アーシュラを再び見た。
彼はどこかに落ちたのだろうか。かなり打撲の痕と裂傷があり、額と、胸に痛々しく包帯が巻かれている。
今は昏々と眠っている様だった。
「アーシュラは大丈夫なのか?爺さん」
「かなり痛々しいが、命には別状ない。今はわしが作った薬でよく眠っとるだけじゃ。
シータに聞いたが、この男もさすが聖天風来寺(しょうてんふうらいじ)にいただけあって、崖に飛び込んでもこのくらいで済んどるのが凄いのぉ」
「崖から飛び降りた!?」
サクヤが驚いて声を出した。
「来た当初はまだ意識があったでの。簡単にじゃが、その様に本人が言っておった。
…とにかくわしの“気”を増幅させる薬を飲んでおけば、かなり回復するはずじゃ」
アムイは呆然としてアーシュラを見つめていた。

この男が…。自分をあれだけ毛嫌いしているこの男が…俺の名を呼んでいた?

アムイは嫌な予感がした。
彼がずっとキイを大事に思っているのは、昔から知っていた。
あの当時は仲の良い友人という認識しかなかったが、あの桜花楼(おうかろう)での再会でアムイは確信した。
…アーシュラは…キイを愛している…。

そのアーシュラが、何故わざわざこのような怪我をしてまで、自分を訪ねて来たのかがひっかかる。
まさか…。キイに何かあったのでは…。

「とにかく、アーシュラがある程度回復しないと、詳しい事は聞けないでしょうね…」
シータが心配そうに、そう呟いた。
「彼の目が覚めるまで、次に進む事ができなくなったわね…。
ま、サクちゃんも怪我してるようだし、仕方ないか。
ほら、アンタの方も手当てするからいらっしゃい」
シータはイェンランと共に、サクヤを連れて部屋を出て行った。


取り残されたアムイは、しばし沈黙した後、共に残った昴老人にポツリと言った。
「なぁ、爺さん…。俺、決めたんだ」
昴老人はアムイの顔を見上げた。いつにない、緊張した声だったからだ。
「決めた、とな…?」
アムイは頷いた。
「俺、自分の闇の箱を開ける事にした」
昴老人は何度も頷くと、「わかった」と一言呟いた。
「…この箱を開けると決心しても、恐怖は変わらない。今でもこの場に崩れそうだ。
でも…。もう自分でも限界を感じている。このままではいけないと」
アムイは視線を床に落とした。
「お主が超えていかなければならない…一つの大きな山に来ているには間違いない。
…竜虎(りゅうこ)が言っておった。
…キイが…お前を思うあまりに、自分から先に超えていったように…」
「キイ…」
「…あやつは余程、お主が好きなんじゃろうな。
…先に自分が克服せねば、お前を守る事ができんと、本気で思っておるらしい。
それでも…じっと待っていたはずじゃ。
お主自身が過去と立ち向かい、克服しようとする時を」
アムイの脳裏に、今までキイと過ごした日々が駆け巡っていった。


キイは辛かったろうに…。
いつまでも自分から離れず、しがみついていた俺を見ていて。
(俺はお前しか必要ないんだ)
その言葉を言う度に、どんどん顔が曇っていたキイ。
特に聖天風来寺(しょうてんふうらいじ)を共に出た頃から…。

まるで一つの魂を分けて生まれてきた二人だったが、今は別の肉体にそれぞれ生きてる。
お互いの事を自分の事のようにわかってはいても、本当の胸の内というのは、本人がはっきり口にしないと、伝わらないものなのだ。
それが、肉を持って生まれる事だ。違う人間として生まれるという事だ。

魂は同じでも、この地に分かれて生まれた限り、まったく別の人間として存在するという事実。
魂の記憶はあっても、この地上では別の個人だ。
彼が何を考え、何を思って…何となくわかっているつもりでも、真実はその本人でしかわからないのだ。

その自分自身でさえも、自分の気持ちがわからなくなる時があるというのに…。
それと同じで、キイが何を思っているのか、考えているのか、アムイはたまに見失う事もあった。

…そうだとしても、昔と変わらず、互いの気を読む事に長けている二人は、本人が拒否している時はそれを察知し、触れないでしまう。感情が、気持ちが直接伝わるほど、相手を思ってそっと距離を置いてしまうのだ。
それは互いにとって、いい時もあり、悪い時もある。
…キイはそれを知っていた。


そのように多くを語らずしも、こうして気を読んでしまう事で、アムイは彼の狂おしい闇をずっと肌で感じていた。
そしてそれを懸命に超えようとしていたのも感じていた。


……知っていて自分は…キイに甘え続けたのだ。


心の奥底ではわかっていた。…自分の弱さを。自分の情けなさを。
……でも、わかっていても、どうしようもない、どうする事もできない…。
そんな状態は、そうなった者でなければ理解できないだろう。
《自分ではどうする事もできない心の恐れ》を知らぬ人には、
“何故、わかっているのにできないんだ?”
“何でわかっているのにやらないんだ?”と責める者もいるだろう。
そんなのは自分が一番よく知っている。
できるのなら、とっくにそうしている。
…だからこの何十年…自分はもがき、苦しんだ。
それをよく知っているキイは、自分を責めずに優しく包んでくれていた…。
…自分はそれに甘え、依存していた。キイの温かい腕の中で。

「時間が…かかるかもしれないけれど…。
ひとつひとつ、克服していかなくては…いけないんだ。自分のために。
キイの庇護の下、ずっと震えていながらも、心の何処かでこのままでは駄目だという声がしていたのも事実だ…。
勇気を出すきっかけが、なかなかなかった。…それをさせてくれたのはサクヤだ。
俺と同じ歳で…。セドが無くなった為に…過酷な道に進まなければならなかった…あいつの存在で、自分は目が覚めた気がするんだ。…己の甘さを…、どれだけ情けなかったのかを」
下を向きながら、ポツリポツリと語るアムイに、昴老人は黙って聞いていた。
そしておもむろにこう言った。
「アムイよ…。人には様々な出会いがある。
物との出会い、環境との出会い、…人との出会い。
停滞している水は、新たな刺激で再び流れる。全ての出会いとはそういうものじゃ。
…そしてそれは、大きなものであればあるほど、重要な事であればあるほど、全ては絶妙なタイミングでやってくる。機が満して起こるものじゃ。もしその出会いのタイミングがはずれ、自分にとっての苦行となるなら、それも天の意。己に何かを学べという事。……遅い、という事はないと思う」
「爺さん…」
「サクヤはお主にその事を教えてくれるために、この地で出会ったのかもしれんの。
お主は、人に対してかなり恐怖を感じて、このようになっているようじゃが、この地に様々な人間が存在している限り、嫌な相手もそうでない相手も、自分の魂にとって重要だったりする。傷つき、苦しみ、停滞し、回り道したとしても、人生に無駄な事はひとつもない。…気づき、勇気を持ち、進もうとする気持ちがあれば、きっと超えられるぞ。それを信じるのじゃよ、アムイ」
「……」
本当は今でも怖い。箱を開けて、自分がどうなってしまうのかが怖い。
でも、もう決めたのだ。このままでは本当に自分は駄目になってしまう。
「…俺は…。自分が少しでも成長した姿で、キイに逢いたい。
離れていた間に、これだけ前に進んだという事を、俺はあいつに見て貰いたい。
この四年…無駄に過ごしてなかったと。
だから…」

「キ…イ…?」
突然、アーシュラの唇が動いた。
アムイと昴老人ははっとして、寝台に横になっているアーシュラの様子を伺った。
「アーシュラ!」
彼は苦しげに呻くと、目をうっすらと開けた。
「俺は…」
ぼうっとした目にアムイの顔が映って、アーシュラは意識がはっきりした。
「アムイ!!」
思わず飛び起きようとしたが、全身の痛みで起き上がれない。
「おい、無理するな!」
そんなアーシュラを抑えようと、アムイは彼の肩に手をやった。
「アムイ…!…聞いてくれ…」
それでもアーシュラは荒い息で、アムイの手を押しのけようとする。
「おい、そんな状態で、今話しても体力を消耗するだけだぞ。もう少し休んでから…」
「いや、早くお前に話さなくては…。もう時間があまりないんだ」
その言葉にアムイはビクっとした。
「時間が…ない?それってどういう事だ…。キイが…キイに何かあったのか?」
アムイの顔色が変わった。
この男がこんなになってまで、自分に会いに来た理由なんて、一つしかないだろう。
わかってはいたが、こうして直に言われると、不安が一気に押し寄せてきた。
「仕方ないのう。とにかく、これを飲みなされ。
さっきの“気”を増幅させる薬の2倍の力の出るヤツじゃ。
ま、気付薬として使っている、わし特性の特効薬じゃぞ。これを飲めば、かなり身体も楽になる」
と言いながら、昴老人はアーシュラに小瓶を持たせ、飲むよう促した。
「この瓶は…」
アーシュラは渡された小瓶を見て驚いた。
…ザイゼム王が持っていた、キイを甦らせた薬瓶と同じ紋が刻まれている…。
「こ、この薬は…?これをお作りになったのはご老人か?」
「うむ、まぁ、そうじゃが…」
「あ、ああ…。貴方は一体…」

「この方は北天星寺院(ほくてんせいじいん)最高位であられた、昴極大法師(こうきょくだいほうし)様よ。大陸・賢者衆のお一人、“気”術者の最高権威」
いつの間にかシータが、サクヤとイェンランを伴って、部屋に戻っていた。
「シータ…!お前もいたのか」
「お久しぶりね、アーシュ。なかなか面白い事やってくれてたじゃないの」
シータはちょっと意地悪く笑った。
「……言い訳するつもりはないが…」
アーシュラは唇を噛み締めた。が、すぐに顔を昴老人に向けると突然哀願した。
「大法師様!!お、お願いです!キイを、キイを助けてください!」
皆はいきなり取り乱したアーシュラに驚いて息を呑んだ。
「どうしたかの、何があったのか。
…とにかくそれを飲んで、落ち着いて全てをお話なされ。
大体の予想はできておるが…」
キイの容態は桜花楼(おうかろう)で再会した時の、アムイの話で大体検討がついていた。
だが、どうしてこうなってしまったのかは、聞いてみないとわからない。
原因を知らなければ、解決策も立たないのだ。
アーシュラは頷くと、アムイに介添えしてもらって、薬を飲んだ。
熱く、魂の中心からエネルギーが沸き起こってくるようだ。
しばらくして落ち着いたのか、アーシュラはゆっくりと、今までの事を皆に詳細に語り始めた。

…ゼムカでの事。ザイゼム王との事。…そしてキイが自ら自分を封じた事…。
今もキイの意識はどんどん沈み続け、肉体が衰え、何度も呼吸が止まった事がある事実も。

彼の話を聞いていくうちに、アムイはどんどん血の気が引いていった。
(…何度か呼吸が…止まって……!キイ…!!)

その事実にもショックだったが、なによりもっと衝撃だったのは、キイが自ら封印するため、虹の玉を飲み込んだ事だった。
アムイはその有様が手に取るようだった。
キイがどんな思いで、どんな気持ちで、笑いながら己を封印したのか……アムイにはショックだった。
乾いた目が涙を流す事を拒否し、その行き場の無い感情の渦はアムイの身体を駆け巡り、また自分の中で深い闇に落とされた。

……キイ!!
キイをここまで追い詰めた…。その事実も憎いが、多分その元の原因は自分だ。
…キイは…キイは…俺を守るために…!!
あの日を黙するために…!!自分達の忌まわしい事実を封印するために!!!

「二重封印…」
突然、昴老人がポツリと言った。
「え…?」
只ならぬ表情の昴老人に、皆、何事かと一斉に注目した。
「どうかされた?昴老師…」
シータが思わず声をかけたが、昴老人は今まで見たこともない難しい顔をして唸っていた。
「二重封印…!キイめ、何て事をしたんじゃ…。
何て無謀な事を…!!何て厄介な事を……」
「どういう事だ!?爺さん!キイは何をしたって言うんだ!」
アムイは昴老人に食って掛かった。尋常じゃないものを感じていた。
「う、うむ…。キイの奴、何という大胆な事をしたんじゃ…。
いくら己の秘密を守るためとはいえ…。このような命をも顧みない事を…」
昴老人は青い顔をして頭を抱えた。
「…その…二重封印って…どういう事なのですか?大法師…」
アーシュラも、昴の苦悶の言葉に恐れを感じていた。
しばらく沈黙していたが、昴老人はおもむろに顔を上げると、意を決したように説明し始めた。


「つまり簡単に言えば、キイは封印を二重にしてしまったのじゃ。
一つの封印でも大変なことなのに、その上にまた違う封印をかけた…。
それがどういう意味かわかるかの?
特にキイの生まれながらに持っておる“気”は常人の持たぬ稀有なもの。
それをまず、《気配を消すため》に額に封印の玉を埋められた。
常人には簡単な封印でもあるが、キイは特殊だから解くには慎重にならざるを得ない。
これだけでも大変な事なのに…、あやつは…。
それを承知で、自らを封じ込める封印を施した。
そのために、最初の封印を益々身体の奥に閉じ込め、押し込めてしまった。
二つの封印は互いに影響し合い、がっちりと強固になっていく。
つまり、解く事がかなり困難で慎重にならざるを得ない状態となっているはずじゃ。
その上、《自らを封じる》封印は、意識を魂の奥に沈ませるモノでもある。
《“気”を封じる》封印もその重みで一緒に体内の奥に影響しながら共に沈んでいく。
時間が経つにつれて、封印がどんどん深くなっていくという事じゃ。
放っておくとどんどん意識が沈み、“気”も沈み、魂まで封印される…。
そのために肉体は機能しなくなり…最終的には死に至るじゃろう。
まるで自殺行為。
…多分キイの奴はそれを知っていて、あえて行動したとしか思えん。
己の稀有な“気”を持つが故、制御のためにかなり“気”には精通しておるはず。
この事を知らない奴ではない。…知っていてあやつは…。
…一か八かの賭けに出たか、さすが漢(おとこ)よ。
さすが豪胆と知られる【宵の流星】と呼ばれる男…」


アムイは眩暈を起こしそうだった。
自分の嫌な予感は現実になっていた。
…キイがここまで承知しながら行動した、という事は…。
本当にあいつは追い詰められていたんだ。
……己の価値を知っている者には、このような無意識状態になっても、自分をぞんざいには扱わないと踏んだ上で、意識を封じたと思うが…。


「その封印を解くにはどうしたらよいのですか?」
シータが心配そうに尋ねた。昴老人は溜息をついた。
「二重にかけた封印を解くには、時間と段階、慎重さがいる。
まず最初に、意識を封じたものを解き、最後に“気”にかけられた封印を解く。
言えば単純で簡単なのじゃが、やっかいな問題は最後の“気”の封印での…」
「やっかい?」
アーシュラも心配で声が震えている。
「意識の封印の重みのせいで、普通にかかっていた“気”の封印が奥に沈みこんどるはず。
それを時間をかけて引き上げながら外していかんと大変な事になるのじゃ。
…つまり今のキイは、コルクで栓をした泡の液体(炭酸)の入った瓶のようなものと想像してくれるといい。
今の奴の“気”はそのせいで、かなり圧をかけられ凝縮し、体内にどんどん溜まっているはず。
それをいきなり栓を取りはずすとどうなる?」
アムイはよろめいた。…どうなるって…それはもちろん…。
昴老人はアムイの様子を見て頷いた。
「……キイのあの“気”が、とてつもない大きさと量で、勢いよく噴出す恐れがあるという事じゃ」

アムイは目の前が一瞬、暗くなった。
……白い閃光。
真っ白な風。
天の唸り。地の咆哮。空気の牙。………神の怒り。

「そうなったらどうなるかは…わしにも想像つかん。
だからこそ最後の封印は、熟練した気術者が慎重に解いていかなかればならないじゃろ。
しかもアーシュラの話によると、わしが作った薬を一瓶持っとるという事。
…なら、通常2週間命は持つはずじゃ。だが、キイは特殊なので一概には言えんが…。
とにかく、なるべく早くキイを診ないとならんの…」


昴老人の話に、皆はしんと静まり返っていた。
その沈黙をアーシュラが破った。
「…きっとまだキイは凌雲山(りょううんざん)にある屋敷にいる…。
俺が案内する。あの山は子供の頃、庭のようにしていた場所だ。
隠れた道など熟知している」
「そうか。なら頼むぞ。とりあえずお前さんは怪我をしておる。
普通に動くには2-3日はかかる。その間に策を練ろう。
…のう?アムイ」
はっとしてアムイは昴老人の方を見た。
「あ…ああ…」
昴老人はしばらくアムイの青白い顔を見た後にこう言った。
「アムイ、お主もその間に…例の事をしておこう。
………前に進んでいる自分を、キイに見て貰いたいのじゃろう?
それに…お主の封印した記憶に、何かしらのヒントも隠されてるかも知れぬ。
……お主達二人の闇。キイがそこまでして守ろうとしたもの…。
……大体の事はわしも…竜虎も何となく想像はついていたが…」
アムイは辛そうに微笑んだ。
「わかってる…爺さん…。誘導をどうか頼む。……俺はもう決めたんだ。
もう…逃げない、と」
昴老人は、アムイのその言葉に力強く頷いた。

アムイの心は激しい衝動に駆られていた。

キイ…俺のキイ。

お前がどんな思いで、自らを封印したのか。
お前がどれだけ、俺とこの地を思ってくれているのか。

まるで大きな力で頭を殴られたようだった。

あいつはきっと…。俺を待っている。
俺があいつの元にくる事を。
成長した俺が自分を引き上げに来るのを…ずっと待っている。

この三年。あいつはどんな思いで意識の奥で漂っているのか。

それを思うと…切なくてたまらない。

こんなに時間がかかってしまった。
ここまで来るのに時間がかかりすぎてしまった。

ごめん、キイ。俺が不甲斐ないばかりに。
俺は……俺こそお前を守らなければならないのに!


(…キイ様…を…お守りし…てあげて…ね)
(キイ様の存在…お前が…守…るのよ……)


母の最期の言葉が、アムイの心に何度も繰り返される。

アムイはじっと、涙の出ない乾いた目を見開き、宙を見つめ続けていた。


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2010年5月16日 (日)

100記事記念♪

物語の途中ですが、ちょっと記念につぶやきです♪

物語#86で、ちょうどココログ記事投稿が100になりました

物語はまだまだ続きますが、つぶやきを合わせて100も書いたんですねー。
何か嬉しくて、#87書いている途中で、ついつぶやいております。

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9章に入りましてから、今までのツケが回ってきたがごとく、突然忙しくなりまして(汗)
最近は一日一更新ができない状態です
5月は異常に忙しかったのを忘れておりました…。

で、その上9章以降は、本当に気合入れないと書けない展開となっているので(自分の中で)、じっくり取り組まないと駄目な事もあって、時間がかかっています。
時間がある時にコツコツ書き綴っているという状態です。
本当は気持ちを乗せ、集中して、一気に書きたいのですが、どうもそういう環境が許されてないのか、気が乗っている時に限って邪魔が入ります…(苦笑)


リアルで遊びに来ていただいてる方々には感謝とお詫びを。
本当に稚拙な文章で申し訳ありません。
ここにきて、痛切に感じております。
本来は書いた後、念入りにチェックして公開しなくてはいけないのに、(ココログでの公開前の確認の仕方が簡単に出来ないというか…知らないというか…)公開後に手直しがかなり出て、その都度直しています

これだと下書きを公開しているようなもので、読みづらいと思います…。申し訳ありません。
特に言い回し、誤字…脱字…。(基本ですよねー)
それでもお付き合いいただいてる方には本当に頭が上がりません。

…なので…その日に更新しましても、しばらくはその作業をしているのが多いので、最初投稿した内容が、若干修正されてると思います。更新後、次の日にまたその記事を確認するとあれ?と思われるかもしれません。大筋は変わっていないので、支障はないと思いますが。


それで9章に入ってから、書くときのBGMが今久保田利伸一色になってます

何年ぶりかでじっくり聴いたら…はまってしまいました。
切ない系ラブ・バラードを聴きながら、気持ちを盛り上げて最近は更新してる感じです。(お恥ずかしながら)
久保田君と前に書いた、塩谷さんの「アース・ビート」にかなり助けられて書いています。
元々、R&B系、ジャズ系が大好物な自分は、たまらんです。


と、またつぶやきすぎました…。

ではこれからまた物語に戻ります(^-^;
ですが、ここ休みが行事やら仕事やら用事でつぶれておりまして…。
しばらく更新の間が飛び飛びになります事を、ここでお詫びいたします。


♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪

で、ここはもっとどうしようもないつぶやきですので、興味ない方はスルーしてください(苦笑)

詳しい人物設定は、あえて詳しく本文には書いていないのが多いので、想像しづらいと思います(汗)
特にガイア兄貴なんて、まったくどんな容姿なのか描写がないです(滝汗)
で、どういう見た目の人にしようか考えていたのですが、あえて、お読みになられてる方の想像にお任せしようと…(なんて奴)。ご自分のお好きなタイプを想像して読まれると、いいかなーと。
…自分だときっと美形にしてしまうから…

で、サクヤ君の身長ですが、自分の中では167センチくらいです。微妙!!
ちっこいというイメージはやはり自分の中では男性は162センチなんですよね…(近くにいる男がそうなので)
それより大きい感じですか…。
ちなみにアムイは179センチくらい(細かい)。シータは173センチ。イェンラン162センチ。
キイは180センチ。意外とキイの方が背が高い。
で、アーシュラ183。ザイゼム187。…でかい。で、ご老人は150なんで、小さいですよね…。


ちなみに名前ですが、その時頭に浮かんだ物をつけています。
もちろん考えてつけることもあります。
つまり設定する時に、そのキャラを想像している時にふっと出てきた名前を使っているという感じです。

セド人は日本名を参考にしているのはお分かりだと思いますが、肝心の主人公達の名が…何故こうなったかよくわかりません。
実はアーシュラ、という名を使いたかった事からそれに合わせて展開していったようです。
サクヤは名前が設定当時ころころ変わっていて、書く寸前でこの名に落ち着きました。
イェンランは書いている最中にいきなり出てきて。で、検索したら、女でも大丈夫な名前だったらしく、そのまま使いました。なので北の人の名前はあちらの人っぽいです。

…一応キイも、いきなり頭に出てきて、これを主格につける名かどうか、悩みましたが(あまりないと思う)心の中でこれでいけ!というので(あやしい…)そのままです。
ちなみにキイは、漢字だと表面は“貴衣”です。で、意味付けとしては
キイ・・・・鍵。つまり物語のキィー(鍵)という意味もあります。それから本当の漢字意味では“貴意”らしいです。
その後自分で考えたのは、キイ・ルセイ→貴意・流星。(流星の貴い意思)

で、アムイ。これもふっと出てきたのですが、あとから漢字表記を考えて、“吾夢意”かな、と。
たまに吾無意になりそーで、困ったキャラですが。

と、こういうしょうもない事を、頭でぐちゃぐちゃ考えいるのが面白いです。


キイはもう少し落ち着いた色っぽい性格だったんだけどなー。
受けが似合う(おいおい)風情だったのが、何か完全に中身が攻め(わわわ)になってしまった。

…すみません…。この話、最初に妄想してたのがそちら系(BL)和風ファンタジーだったんで(今は違います)その名残がありますね…。BL系は書いたことなかったんで、一回書いてみよーかしら…と思って妄想入った話が原型です。

……気が付いたら男女入り乱れて展開しております。
これってどういうジャンルなのでしょうか…。
どなたか教えてください……(涙)


と、こういうくだらない事を考えながら、この話書いています…。

これからの展開…決壊しないよう頑張ります…。(不安)

こういう性を扱う設定の話を書くのは初めてなので、自分も大人になったなーと思います。昔は恥ずかしくて書けませんでした。そのうち本文では書けない小ネタ(下ネタ系も)をこっそり漫画にして公開するかもしれません(自分ならやりそうで怖い)


最初に出てきたキイ(鍵)がまだ活躍していないのが気になりますが…。
主格(中心)であるアムイが地味なのが気になりますが…。

この二人を取り巻く人々の話が中心なので、主人公二人をガッツリ書くのはもう少し先になります。

漫画投稿でよく言われておりました…。
主人公が活躍していない。
誰がこの話の中心なのか。

……短編でそれをしたら言われてしまう事を、平気でやっていた自分です。

それを踏まえて(長編という事もあり)展開しています。

好きに書かせていただいています。

人様にお見せするようなものかと、悩みながらも、楽しませていただいてます。

このようなものに、お付き合いいただいている方には本当に感謝しています。

なかなかご感想はいただけませんが…。

これでいいのかと思いながら書いていますが…。

あと5章、最後までお付き合いいただけるよう、精進いたします… o(_ _)oペコッ

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2010年5月15日 (土)

暁の明星 宵の流星 #86

「ぐわぁああああっ!!!」

ゴウは突然の激しい痛みにのたうち回った。
「サクヤ!!てめぇ!」

サクヤは元々左利きだった。それを幼い頃、不便だといって母が右に変えさせた。
だから本当はどちらも使えるのだ。その事をゴウは知らなかった。
それでサクヤが左手に隠し持っている凶器を油断して見落としたのだ。

サクヤの口元が震えた。
「誰が…誰がお前なんかと!人を人とも思わない…お前と!
こんなところもう嫌だ!!オレは強くなる!強くなってお前達を潰してやる!」
そう言いながら、サクヤはさっと寝台から飛び降りた。
「サク…!!待て!」
「オレだって心はあるんだ!お前のおもちゃじゃねぇ!!」
そう吐き捨てると勢いよくゴウの部屋を走り去った。
「誰か!誰か来い!!サクが逃げやがった!!サクヤ!!!」
後ろでゴウ親分の叫ぶ声がする。
この騒ぎを聞きつけて、手下供がすぐに駆けつけてくるだろう。
だが、サクヤは無我夢中にアジトから出ることしか頭になかった。
とにかく…とにかく此処から早く脱出しなければ。

突然自分の耳に懐かしい声が飛び込んできた。
「サク!!」
はっとしてサクヤはその声を振り返った。
「ミギ姐さん!!」
彼女は少し膨れたお腹を押さえるようにして、ある部屋の扉の方に立っていた。
「サクヤ、こっちよ…!!ここからすぐに外に出られる」
彼女はそう言って、その扉に誘導するようにサクヤを手招きした。
そこは通常は鍵が掛かっている特別な部屋だった。
何者かにここを襲撃された場合に備えて作られた、シェルター兼脱出用の出口に繋がっている部屋だ。
ミギは急いでサクヤをそこに押し込め、自分も入ると内から鍵を掛けた。

「これで当分、お前が脱出するまでの時間稼ぎになる…。ここの鍵は、あと親分しか持っていないからね。
さぁ、サク…。こっちからすぐに表に出られる。ここから早く出るのよ」
ミギはサクヤの両腕を掴んで涙を浮かべてそう言った。
「姐さん…」
「ああ、可哀想に…。お前が心配だったんだよ…。
お前はこんな所にいちゃいけない。こんな所で人生を潰しちゃいけない…。
いつも思っていた…」
そう言うと、ミギはサクヤの手に、チケットのような紙束を握らせた。
「これは?姐さん」
「これは今、南に来ているゲウラの武道一団の仮入団証よ。これを持って北の国境に急いで。
彼らは全大陸を定期的に回って、筋のいい人間を募集している武道団なの。
仮入団証だけど、これを取るには一応テストがあって、合格した者が手にできる。
だからこれさえ持っていれば、簡単にそこに入れるわ。しかも通門証なしでこの国も出られるのよ!
彼らは今週中にゲウラに戻るらしいので、何とかきっかけを作ってお前に渡そうと思ってた。
…渡せてよかった…。その一団の中に入ってしまえば、あいつらは追ってこれないからね。
いや、私がそうさせないから、大丈夫よ」
サクヤは嬉しくて涙が込み上げてきた。
自分の事を、ここまで考えてくれてたとは…。
「姐さん!一緒にここから出よう!姐さんをオレ、置いていけない…」
「駄目よ、サクヤ。…私は身重だし、お前の足手まといになる。
…この国は最近兵の目も厳しいから…お前一人なら何とかこの国を出ることができる。
…お前は頭のいい子だ。絶対に生き延びる事ができるわ!
…強くなるのよ、サクヤ」
「姐さん、でも…」
ミギは安心させるように笑った。
「私の事は大丈夫。
何せ大事な跡取りを身篭っているんだから、奴らも何もしないよ。
……ガイアが命を掛けて手に入れてくれた証書…確かにお前に渡したからね…」
その言葉にサクヤは驚いた。
「ガイア兄貴が!?」
「そうだよ…!だからお前はこの機会を無駄にしちゃいけない。
私達の気持ちを無駄にしないで。
…強くおなり、サク。力だけでないよ。心も強く…。
痛みを知っている人間は、他の人間の痛みもわかる。
辛い事があっても、笑って乗り越える強さをお持ち。
そうすれば必ず道は開ける。人はどう思って生きるか…生き抜くかが大事なんだよ」
ミギは脱出用の小さな扉を開けた。そうして自分が護身用に持っていた短剣をサクヤに持たせた。
「さあ、サクヤ!この先に新しいお前が待っている。新しい出会いが待っている。
…お前と…心から信頼し、寄り添える相手が待っているかもしれない。
自分の思うとおりに…生き抜きなさい」
そうやってミギは微笑んだが、頬には涙が光っていた。
サクヤも涙で目が霞んだ。そして力強く頷くと、サクヤは外に飛び出した。


強くなる!強くなるよ姐さん…!!
オレは負けない。こんな闇、自分でなぎ払い、前に進んでやる!!
この思いを自分で超えてやる!!


そしてサクヤは国境近くに辿り着くと、ミギから貰ったその短剣で、長い、鎖のような黒髪を切り落とした。
奴らと繋ぐ、あの重い髪がばらばらと地面に落ちていく度に、サクヤの身も心も軽くなっていく気がした。


姐さんありがとう。
強くなって、そして…身も心も強くなったら…必ず迎えに行くから…!!
そして奴らを…!!


そうして自分はこの十年、この思いを抱えて生きてきたのだ。
なのに、その人生の恩人である彼女が…自分のせいで死んだなんて…。

「ミギ姐さんはどうして死んだ。オレが出た後、一体何があったんだ」
イゴールは喉元に突きつけられた刃先を意識しながら、苦しそうに語りだした。
「く…。お前が逃走して、アジトは大騒ぎだったさ…。
特に親父殿は気も狂わんばかりで…。
おい、ちっとはその刃物、加減してくれよ」
「うるさい。早く喋れよ。もっと突きつけようか?」
イゴールは冷や汗を掻きながら、話を続けた。
「お、俺達が全員、親父殿と一緒にお前を追って、外に出ようとしたとき…。
ミギの奴、出入り口を塞がるように立ちやがってさ…」


(ミギ!!何してるお前…。早くそこをどけ!!)
血だらけになっている右目に、布を巻きつけながらゴウが叫んだ。
(サクヤを追うんだね…?)
(それがどうした!!)
ミギは涙を流しながら言い放った。
(ここは通さないよ!!)
(何っ!?)
ゴウは頭に血が昇った。
(サクだけじゃねぇ…お前まで…。この俺の邪魔をするとは…。
いい度胸じゃねぇか!)
掴み掛かろうとするゴウ達を牽制するように、ミギは小さな黒い物体を指に挟み、高々とその手を上げた。
(何だそれは…)
(わかるよね、ゴウ。これは町の爆薬職人が作る…小型の爆弾だよ。
こんなに小さくても、このアジトが半壊するくらいの威力があるんだ。下手な事すると、こいつを爆発させる)
ニヤリ、とミギが笑った。手下達は動揺して半歩下がった。
(お前…それ…いつの間に…)
(あんた達が殺したあの人が、何かのためにと私にくれた物だよ。
私はこの時を待ってたんだからね…!!)
(ミギ…)
(もうサクヤを追うのは止めな!あの子を自由にしてやって!
あの子は…あの子だけはあんたのいいようにはさせない。…私の命にかえても)
ゴウは引きつった笑いを浮かべながらミギにじりじりと近寄った。
(ミギ…機嫌直せ。今なら間に合う。お前は大事な身体じゃねぇか…。
母親は子供を守るものなんだろ…?お前は下手な事できやしねぇよ)
突然ミギが狂ったように笑い出した。
(何それ!?オメデタイ男!!他人を人扱いしないくせに…。
自分の子供は可愛いのね。
…だからこそあんたに報復してあげる。
あんたも私達と同じ思いを味合わせてあげる。
あんたの大事なものを奪ってやるのよ!!)
そしてミギはその小さな黒い爆弾を顔の近くに持ってきた。
(よせ…ミギ…)
(これで…サクヤはここを出られる…。私もこれで…やっと楽になれる…。
あの人の傍に…行く事が出来る…)
ミギは涙をこぼしながら呟いた。
(赤ちゃんごめんね…。あんたには罪はない。
だけどこの悪魔の血を引いているんだ…。
母さんとあっちに行こうね…。あの人もきっとわかってくれる。
だって優しい人だもの)
(ミギ!!)
ミギはその黒い物体を口に放り込み、奥歯で思いっきり噛んだ。
張り裂けるような爆音と共にアジトの半分が吹っ飛んだ。
慌てて身を守ったゴウ達も、命はあったがかなりダメージを受け、動けなかった。
無事だった子分達が負傷した者を助け、しばらくはゴズモル組は活動ができなかったのだ。


「姐さん…。姐さんが自分で…」
「だからお前は逃げられたんだよ。ミギのお陰でな」
イゴールはちらっとサクヤが動揺しているのを見て取った。
「お陰で俺もとばっちり受けて、2ヶ月も不自由な生活を送ったんだ。
ミギはお前を逃がそうと…爆弾を噛み砕いたのさ。
お陰で親父殿は片足を失くし思うように動けず、しかもお前さんが潰した右目のせいで、片方も使いすぎて悪くなっちまって、ほとんど最近は見えねぇ…。それでも親父殿は相変わらず怖いが、ま、俺様が次の頭領だ。
今は俺がいないと組も回らないのさ」
得意げにイゴールは言った。だが、サクヤはミギの話にショックを受け、他は頭になかった。
サクヤの手がわなないた。
「ああ、姐さん…そんな…」
姐さんはそこまで…そこまで覚悟していたのか…。自分を送り出してから、最初からそうしようと…。
サクヤが動揺し、隙が出来たのをイゴールが見逃すはずがなかった。
突きつけられていたナイフを勢いよく払い除けると、サクヤの胸倉を掴み、引き起こしながら横に投げ飛ばした。
大きな音と共に、サクヤは椅子に突っ込んだ。
「くそ!」
よろめきながら、立ち上がろうとサクヤは腕に力を入れた。
不覚だった。奴に隙を見せてしまったなんて…!
「やってくれたなぁ、サク」
イゴールはニヤッと笑うとサクヤに掴み掛かって行った。
大男に組み敷かれようとして、サクヤはもがき、抵抗した。
サクヤだってもうあの頃の子供じゃない。この十年、色々と修羅場をくぐって来た。
体力も腕力も、昔と比べ物にならないくらい鍛え上げてある。
喧嘩慣れだってしているのだ。あの【暁の明星】と共にいたのだ。
簡単にやられるサクヤではない。

二人の激しい乱闘は続く。サクヤの蹴りがイゴールの腹に入った。
「ぐぅ!!」
血反吐を吐きながらも、イゴールはサクヤのふくらはぎを鷲掴み、思いっきりねじ上げる。
「うぁあああ!!」
サクヤはそのあまりにもの痛みに思わず声を上げた。
転がるサクヤに、イゴールは荒い息を吐きながら、無慈悲にもそのねじ上げた所を自分の足で踏みつけた。
「ぐわぁ!!」
鋭い痛みが全身に広がる。
その様子に満足したか、イゴールはサクヤを見下ろし、せせら笑った。
「…へ…へへ…。いい格好だな、サク。
だがさすがにお前…あの【暁の明星】にくっついてるだけあって…。えらく強いじゃんか…」
形勢は逆転したが、イゴールがサクヤにかなりやられているのは、一目瞭然だった。
息も絶え絶えだ。
だが、イゴールは反撃できた嬉しさからか、サクヤをいたぶる為に、途切れた息で話し始めた。
「冥土の土産にお前にいい事を教えてやるよ」
サクヤは痛みに耐えながら、イゴールを睨み付けた。
「ミギとガイアはできてたんだよ」

サクヤの目が大きく見開かれた。
その様子にニヤッと笑い、面白そうに話を続ける。
「…お前と親しくした事で、ガイアの奴、責任取らされて指詰めてさ…追い出されたのは知ってるだろ?
だけど、この話には続きがあるんだ。
親父殿も奴にはえらく稼がせて貰っていたからな、口で。
だから命取る事だけは勘弁してやったのにあの野郎…。親父殿の情けを袖にしやがった…」
サクヤは驚いたが、何となく判っていたような気がする。
ミギ姐さんがあの時、ガイア兄貴の名前を口にしたときの…声色で…。
「それでどうしたんだよ…」
イゴールはニヤニヤしながらサクヤを見ている。
「…ガイアはミギを連れて逃げようとしたんだよ。ガイアの奴、ミギをわざわざさらいに来やがった。
それを俺が見つけて親父殿に引き渡してやったのさ」
(ガイア兄貴…)サクヤは胸が詰まった。
「…ガイアの奴…ミギとそういう仲かと思って調べたら…。
驚いたねぇ。奴はミギの実家の使用人だったんだよ。まぁ、執事みたいなもんか…。
ずっと大切にお守りしていたお姫様だったんだと」
サクヤの脳裏に、あの時のガイアの言葉がこだました。


(…サクヤ。…その子を好きだったんだな。守ってやりたかったんだな…。
その辛さ…、俺もよくわかる…。俺も…自分の無力さに…いつも情けなく思っている)

(…俺はどうしようもない…。それでも諦める事はできない…。
好きだと、愛している気持ちを、どうしても止められない相手というのは、世の中に一体どのくらいあるものか…。
傍にいて、守ってやりたい相手…。お前のように、俺も決意すればよかったのか…)

「奴はミギを追って、まんまと俺達の組織に潜り込んだのさ。
…それで親父殿の目を盗んでは、なるべくミギの傍にいたようだったぜ。
……ミギもずっとガイアに惚れてたらしくてさ…。その事を知った親父殿の怒りったらもう…」
サクヤは喉が震えた。ガイアと、ミギの気持ちを思うといたたまれない。
だが、容赦ないイゴールの話は続く。
「それからが面白かったぜぇ。親父殿が切れるとどうしようもないの、お前だって知ってるよな?
ガイアの奴を締め上げて、皆で動けないようにしてさ…。その目の前で親父殿がミギを犯し続けたのさ。泣き叫ぶミギの声と抵抗する姿から目を逸らさないよう、俺たちががっちり奴を抑えてよ…。
見せしめだよ。
ガイアにはこの女は自分のモノだっていう事と、ミギにはその姿を惚れた相手に見られる屈辱…。
そしてその男が少しずつ身体の一部を切り取られていく所を見せられるという…」
「な…に…?」
サクヤの背中に悪寒が走った。
「最初は手だっけかなぁ…?その次は耳?
…ははは、ガイアの奴。結構しぶとくてさ。
いつ目を潰してくれと言うか、俺達待ってたんだがなぁ。
悶絶しながらも目だけはミギから離そうとしなかった。
余程惚れ込んでたんかねぇ…。
そのうち出血が酷くなって、奴はあっけなく逝っちまったがな」

サクヤは頭がぐらついた。
…何だ…?こいつらは…。
一体何を…言っているんだ…?
こいつらは…何をしたんだ…!?


サクヤの右目から一粒の涙がこぼれた。


ガイア兄貴はずっとミギ姐さんを愛していた…。
彼女を…彼女をどんな思いで…今まで見つめていたんだろうか…。
自分の素性を隠してまで…兄貴はミギ姐さんの傍にいて…守りたかったんだ…。
そして姐さんも……。
二人は愛し合っていた…。だけどそれは誰にも悟られてはならず…。

それなのに…こいつらは…。
二人になんていう仕打ちを…!
しかもそれを見て楽しんでいるなんて…!!

どんなに無念だったろう。どんなに辛かったろう。
それでも兄貴は姐さんから目を離さなかった…。
多分…自分の命が尽きるまで…。
きっと互いに、片方の最後の命の火が消えるまで…目で思いを伝え合っていたのかもしれない。
ミギ姐さん…。姐さんもどんな思いで、愛する人間が無残になっていく姿を見させられたんだろう。
想像を絶するほどの地獄の苦しみだったに違いない。

…なのに…あの二人はまるで実の親のように…自分によくしてくれた。
オレに新しい世界を開いてくれた…。命を懸けて…。


「まさかそれでミギにガキが出来ちまったのには驚いたな。
今までなかなか出来なかったのによ。
ま、それで親父殿も機嫌が直っちまって。
流れちゃ大変だってあんなにいたわってやったのになぁ」


ああ…。姐さん…。
天は何ていう皮肉で過酷な事を、彼女に与えたのか…。
彼女が体調を崩し、ずっと臥せっていたのは…このせいだったのか…。
そしてその間…どんな気持ちだったのだろう…。
苦しかったよね…。
悔しかったよね…。


サクヤのの心の奥底から、あの時と同じ、どす黒い怒りが湧いてきた。
その黒い怒りは全身を駆け巡り、身体に呼応する。
握った拳に力が入り、震えが止まらない…。

「…の…外道…」
サクヤのわななく唇から、搾り出されたような低い声が出た。
まるで、自分の声ではないようだった。
「何だ?何か言ったか?」
イゴールはせせら笑っている。

「この外道…!お前らは人間じゃねぇ…!!」
サクヤの怒りが噴出した。
その怒りは足の痛みを忘れさせ、自分のふくらはぎを踏みつけていたイゴールの足を、もう片方の自由になる足で、怒りに任せ思いっきり蹴り飛ばした。
突然の事と、ちょっとした油断を突いた事で、イゴールは勢いよく後方にすっ飛んだ。
「くそぉ!舐めた真似を…。   !!」
体勢を整えようとして起き上がったイゴールの目に飛び込んできたのは、今まで見た事もないサクヤの怒りの形相だった。
サクヤはすぐに自分の体制を整え、イゴールに挑んで行った。
よく皆に小さいと言われるサクヤだが、周りが大きい男ばかりでそう見えるだけだ。
一応彼は大陸では平均より少し背が低いくらいで本当はすごく小柄、という訳でもない。
長年鍛えた結果、背は少し低いが筋肉質で、意外とがっしりと逞しい体つきになっていた。
それでもやはり、イゴールはサクヤより一回り以上でかい。
一見、サクヤに不利なように見える。…だが…。

サクヤはずっとアムイと戦ってきた。
いつしか彼は、アムイと合わせようとして懸命についていった結果、かなり身体能力のスピードが上がっていたのだ。
しかも今は怒りで我を忘れている。足の痛みも飛んでいるくらいだ。
「ぐぁ!!」
イゴールはまたサクヤの勢いのある拳を受けて、後方に飛ばされた。
体勢を整えようとしても、サクヤがそれを許さない。
圧倒的で、しかも容赦ない速さで、サクヤはイゴールを叩きのめしていく。
あの、屈強な大男であるイゴールに泣きが入った。
「や、やめてくれ…、た、たすけ……ガフッ!!」
イゴールの顔は半分以上変形し、腫れ上がり、血だらけで、目も半分見えなくなっていた。
体中に裂傷がサクヤの手によって刻まれ、イゴールは転がりながら蹲(うずくま)った。
見るからに半殺し状態だ。
サクヤは泣いていた。
イゴールを殴り、蹴りながら、行き場のない怒りと悲しみを、目の前の相手にぶつけていた。
床に転がっていたナイフを拾うと、サクヤは唸るような声で、イゴールに言った。
「お前達は人を何だと思ってるんだ…。
か弱い者をいたぶり、嬲(なぶ)り、簡単に殺して…。
人の心の痛みを何とも感じねぇ!!お前らは悪魔だ。どうしようもない鬼畜だ。
……ぶっ殺してやる……。
お前もガイア兄貴にしたと同じ思いを味合わせてやるよ…」
サクヤはイゴールに近づくと、ナイフを顔にちらつかせた。
「さぁ、イゴールよ?何処から切り取ってやろうか!
耳か?それとも鼻がいいか?」
「ひ…ひぃぃ…」
イゴールは恐怖のあまり頭を抱え込んだ。
サクヤは笑った。だが、目からはどんどん涙が溢れてくる。
「鬼畜な野郎でも怖いんだ!ははは…。
わかるだろう?お前達は沢山の人をこうやって恐怖に突き落としてきた…。
それを笑っていたんだろ?面白かったんだろ!?」
サクヤの顔が苦悶し、歪んだ。
「ゆ…許してくれ…サク…た、頼む…」
「許せ?
はっ!馬鹿言うな!!お前もそう言われてきて情かけた事なんてあったかよ。
…今こそ…お前らに無残にもやられた人達の恨み…思い知らせてやる!!」

サクヤはそう泣き叫びながらナイフを振り上げた。

ガシッ!
「!!」

いきなりその手を誰かが掴んだ。

「止めろ…」

聞き覚えのある声がサクヤの耳元で聞こえた。
「サクヤ、もう止めろ。…これ以上お前が手を汚す事はない…」
「あ…兄貴…!」

それはアムイだった。

彼はいつの間にか、サクヤを追って、ここまで来ていたのだ。
この時サクヤは気が付いた。イゴールを倒すのに夢中になっていてわからなかったが、あそこまで乱闘していたのに手下供が一向にやって来なかった。
ふと横を見ると、開け放たれた扉の向こうで、十人程いた子分達が転がっていた。
アムイのその声でサクヤは、激しい衝動が身体から抜けていくのを感じた。
だが、それでもこの辛さ、悔しさ、悲しみは納まらない。
「でも、でも兄貴…!!」
「これ以上やったら、お前はこいつらと同じになっちまう…。
もういいじゃないか…。こいつはもう普通の生活は出来ないだろう。
不自由な身体で、惨めに苦しみながら生きていく方が…よっぽど辛い」
サクヤの手からナイフが落ちた。
「お前は強い。…こいつらなんかより、もうお前の方が強くなったんだ…。
……力も…心も…お前の方が上だ」
サクヤは号泣した。
身体を振るわせ、なりふり構わず。
関わった人達の顔が脳裏に現れては消えていく。
こんなに涌いてくるのかと思うほどに、涙が止まらない。
そんな状態のサクヤを、しばらくアムイはじっと黙って見つめていた。
そして泣き崩れているサクヤの肩にそっと手をかけると、深い、今まで聞いた事のないような優しい声で囁いた。
「サクヤ、帰ろう…。お前の仲間の所へ…」

二人がゴズモルの屋敷から出た時には、もうすでに夜が明けて来ていた。
うっすらとした朝もやの中、痛む左足を庇うように、サクヤはアムイに肩を借りて歩いていた。
本当は背に担ごうとした所を、サクヤが大丈夫と言って嫌がったのだ。
十数センチも差がある二人は寄り添い、もたつきながらもゆっくりと皆のいる宿に歩を進めている。
アムイは担いだ方が早いのに、とちらりと思いながらも、涙を流しながら、ぽつりぽつりと今までの事を説明するサクヤの話に真剣に耳を傾けていた。

まあ、いいか…。こうしてゆっくりと行けば、こいつも気持ちが落ち着くだろう…。

サクヤは嬉しかった。
自分の話を、黙って、そして時折相槌を打ちながらも、聞いてくれているアムイ。
……あの兄貴が…自分を心配して…追いかけてきてくれた…。
それだけでも驚く事なのに、今、優しく自分の心を受け止めてくれている。

ひとしきり話した後、今まで何も話さなかったアムイが口を開いた。
「…お前は凄いな…」
「え…?」
いきなり何を言うのかと、サクヤは驚いた。
「…俺にはお前から、兄貴って呼ばれる資格はないよ」
「何を言ってるんですか…」
「…俺は…恥ずかしい」
「兄貴?」
「…お前は…心が強い。…あれだけの思いをして…苦しんで…。
だけどそれを超えていこうとする精神力を持っている。
前に進もうとする気持ちがある。
…ずっとお前が誰かに似てると思ったら、キイに似てるんだな…。
だから俺は…」
アムイは視線を落とした。
「それに引き換え俺は酷い臆病者だ…。
もう何年も…。殻に引き篭もり…。
力だけ強くても、心も強くなければ、本当に強いとは言えないんだ。
……過去の恐怖と向き合って、戦う気力もない腰抜け…。
お前を見て、痛切に感じたよ」
そしてアムイは羨ましかった。
サクヤの解放の涙を。
自分は泣く事が出来ない。涙と共に感情を出す事ができない…。
実は、その恐れも自分の根底にある事に気が付いたのだ。
「兄貴…そんなこと…」
「おい、兄貴って言うなよ。前から言ってるだろ?」
アムイがふっと笑った。サクヤは目を丸くした。
(兄貴が…笑った…)
悲しげではあったが、それはサクヤが初めて見るアムイの微笑だった。
ああ…。この人はこんなに優しく笑うのか…。
サクヤは初めての事に、小さな感動を覚えた。

「俺は…」
「え?」
突然アムイがサクヤを見た。
「…お前に感謝しなくちゃいけない…サクヤ」
「ええ?」
何を言い出すんだろう、とサクヤはびっくりしてアムイを見上げた。
「お前…。どうして自分がセド人だって言わなかったんだ?」
「だって…。言えなかったよ…。兄貴の素性知ってしまって…。
兄貴がそれで苦しんでるって…判ってたから…」
アムイは前を向き、遠い目をした。
「……ああ、そうだな…。
でも…俺は…お前のお陰で決心がついた。
…自分の過去を…闇の箱を開ける…!」
「兄貴!」
「ふっ…。だから兄貴って言うなって…。
俺はお前にそう呼ばれる資格はないんだから…」
そういうとアムイは暗い目をした。
「……」
あの、いつもの暗い…沈んだ瞳だった。
「お前があんなに懸命に自分の運命と戦っていたんだ。
俺も戦わなきゃ…。それが想像以上に苦しい事でも…。
……お前を不幸に落し入れた、18年前の国の壊滅…。
どうして滅んだが、俺はきっと知っている…。
俺の闇の箱に…自分で封印した記憶に…真実が多分詰まっている。
キイも俺の事を思って、口を閉ざしていた当時のこと。
……もしかしたら…お前は俺を憎むかもしれない…。
お前の…セドの人達の幸せを一夜にして奪ったのだから。
でも、でも、もう開けなくてはならないだろう…。
真実を…。あの日、何があったのかを…」

サクヤはいたたまれなくなって、思わず俯いた。
…この人の…硬い殻に覆われた、本当の姿を垣間見たような気がしたのだ。
それはきっと…自分が想像する以上に純粋で優しくて…傷つきやすくて…。


再び込み上げてきそうな涙を、サクヤは無理やり押し込めた。
こんな事で泣いたら、この人に迷惑をかける。
…自分は…何があってもこの人についていこう。…何を聞いても、傍にいよう…。
サクヤはそう決心した。今まで以上に。


そうしているうちに、皆のいる宿が見えてきた。
宿に着く間、二人はずっと無言だった。
無言だったが、二人の間に流れる空気は、今までと少し違っていた。
そしてアムイも、自分が少しずつ変わっていく手応えを感じていたのだ。

ところが、宿では予想外の出来事が待っていたのだ。
帰ってきた二人は驚いた。

……何故なら、宿には傷ついたアーシュラが担ぎ込まれていたからだった。

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2010年5月13日 (木)

暁の明星 宵の流星 #85

「サクヤ!あっちへお行き!ここはお前のいる所じゃないよ」
気風のいい声が飛ぶ。

サクヤが取引先からガイアと共に帰ってきて、親分に色々とその時の様子を聞かれていた時だ。
ゴウ親分がサクヤに色々質問しながら、その都度、彼の身体に何もされていないかを、自分自身で調べるのは日課になっていた。
「そう尖るな、ミギ」
親分 はサクヤを睨みつける自分の女房に見惚れた。
彼が商売で手に入れた女を、自分の物にしたのは、彼女が初めてだった。
サクヤがここに来る前から、この女は自分の女房だ。
元々東の島の豪族の娘だけあって、気高く、乱暴な言葉使いをしていても、どこか上品さが漂う。
ミギの家は落ちぶれて、当主の娘である彼女は世話をしていた使用人達の生活を守るため、娼館に売られる事が決まっていた。それで、あるツテでゴウ親分が買い付けに来た時、彼女の美しさに目が眩んでしまった、という事だ。本当は桜花楼に行く予定だった彼女を、無理やり自分の愛人でなく妻にした。ゴウは美しいものに目がなかった。それでも商売として扱う人間には手は出さない主義だったのだが。…甥のイゴールは好き勝手やってはいるが、自分は商売品に手を出す趣味はない。
だがこの女だけは別格だ。なにせ落ちぶれたとはいえ、一島の豪族のお姫様だった。
白い肌に流れるようなブロンズ色の髪。こげ茶色の瞳はいつも人を射るように力強かった。美しいだけでない、ゴウはミギの気の強い所が気に入っていた。気風もよくて面倒見がいい。一家の頂点に立つ女として申し分なかった。

ゴウ=ゴズモルは南でも屈指の闇組織のボスだ。元々兄とやってきた組織だ。
その兄が他組織との抗争で亡くなってから、ずっと彼が切り盛りしている。
兄の忘れ形見であるイゴールは、兄とそっくりで見境のない問題児だったが、ゴウには可愛い甥だった。

ゴウは自分の気に入ったものは、大切にする性分だ。
そして異常に自分のものに対する執着心が強かった。
大事にしているものを、他人に触られたり干渉されるのを嫌った。
特に傷などつけられたり、奪われようとするものなら、何をするか判らないほど切れるのだ。
味方につければ頼りになるが、敵にすると冷酷無情な恐ろしい男だった。

「ねぇ、あんた、早くこの子を追い出してよ。この部屋はあんたと私の部屋なんだからね」
そう言いながらミギはゴウに擦り寄った。
「何を焼きもち焼いてるんだ、ミギ。まったくしょうがねぇなぁ…。おい、サクヤもういい、部屋に戻れ」
サクヤは小さく頷くと、逃げるように部屋を出て行った。
「あんた」
ミギはゴウの首に自分の両腕を絡ませ、自分の方へ引き寄せた。
「…まさかと思うけど…。本当にあの子に特別な感情なんて…持っていないわよね…」
ゴウは一瞬固まったが、ふっと笑うとミギを抱きしめた。
「本当にお前はサクヤが気に入らねぇみたいだな。大丈夫、お前を袖になんかしやしないから」
まったく。いつも気性は激しいが、組織の者を疎ましく扱ったことない女なのに。
最初からサクヤにだけは対抗意識があるのか、毛嫌いしているのが見え見えだ。
…女の勘ってやつだろうか…。
ゴウがサクヤに抱いている本当の気持ちに、彼女は気が付いているのでは…。
「俺に男と稚児趣味はねぇって、何回言ったら気が済むんだ。サクヤは大事な商品だ」
ミギは疑いの目でじっとゴウの顔を見つめた。
「本当かしら…」
「おいおい、焼きもちも対外にしろ。サクヤとガイアがいい契約をまとめたんだ。今晩は祝宴にするぞ」

祝宴が終わり皆が寝静まった頃、後片付けで遅くなり、ひとりで部屋に戻ろうとしたサクヤに、小さな声で呼び止める人影があった。
「サク」
「姐さん」
サクヤの顔がぱぁっと輝く。
「これ、少しだけどあの子達に持っておいき。…今日は疲れたろう?ゆっくり休むんだよ」
そう言うとミギは、異国の珍しい菓子の入った袋をサクヤに渡した。
「ありがとう…姐さん…」
サクヤは嬉しそうにミギを見上げた。
「…サク。お前は幾つになった?」
「十五だよ、姐さん」
「そう…。早いね。来た時はまだ7つだったのに…」
そう言うと、ミギはサクヤの手を取った。
「…あの人は怖い人よ…。こうやってお前と私が仲がいいっていうのがばれたら…。
きっとこうして話す事もできなくなる…。お前は早くここから出た方がいいのかもしれない…」
「姐さん…」
「いい?サク。お前はここにいてはいけない子なのよ…。親分ははぐらかしているけど、あいつ…」
ミギはそう憎らしげに呟いたが、はっとしてサクヤをもう一度見た。
「なるべくあいつ…親分と二人きりにならない方がいい。私ができるだけ邪魔するけど…」
「姐さん、大丈夫だよ。オレ男だし。それに二人になっても親分はオレに何もしないよ?確認で触られる事もあるけど…」
そう言って自分に微笑むサクヤに、ミギは切なくなった。
連れてこられた時は、にこりともしない、何も喋らない子だったのに…。
ミギは誰にも言わなかったが、サクヤは生き別れた弟を思い出させるのだ。
ゴウの性格をよく知る彼女は、彼のサクヤを見る目に気が付かない訳がなかった。
あの人は思い入れたモノには優しいが、その反面、自分の思い通りにならないと切れる。
ゴウが執着に取り付かれると、何をするかわからない、切れると平気で残酷な事をする性格を知っているからこそ…ミギは怖かったのだ。その究極な所にサクヤがいるような気がして、彼女はこうして陰ながらいつもサクヤを心配していた。

サクヤにとって、ミギの存在は心の救いだった。
母のように姉のように自分を気にかけてくれている。
この荒んだ組織の中で、ガイア兄貴と共に、心許せる大切な人間だった。


十五歳になったサクヤは、まだ成長期で、容姿は女の子と見間違えられる事が少なくなかった。
だから商談のためとはいえ、いつも女装させられるのが嫌でたまらなかった。
髪も親方の命令で、絶対に切ってはいけない。
だから艶のある黒い髪は腰まで伸びて、それを一つにいつも結んでいた。
仕事で女の格好をさせられる時だけ、髪をほどいていくのだが、それが自分で思っているよりも、男達に評判だったらしい。難しい商談でも、ガイアの話術と、サクヤの容姿で何もかも上手くいった。
でもサクヤにとっては煩わしいだけだ。…いつか…。ミギ姐さんの言うとおり、ここを出て行けたら自分で切ってやる…。ゴズモルに繋がれた鎖のようなこの長い髪を、自分で断ち切ってやるのだ。

商談の他に、サクヤは買い付けされた女子供の世話も任されていた。
特にサクヤは小さな子供を任されていた。だから子供の相手は慣れている。でも一番辛いのは、その子達が売られていってしまう事だった。だからサクヤはあまり子供達に入れ込むことが出来なかった。
でも、それでも何人かは心の通う子達がいた。だがすぐにサクヤの目の前からいなくなるのだ。
その度サクヤは涙を流した。


その中でも、マシュという十二歳の少年はここに来た時からサクヤに懐き、自分を兄のように慕ってくれていた。
その子は混血のためか、珍しい瞳の色を持ち、エキゾチックな顔をしていた。そのため重宝がられて、サクヤ同様、個人に高額で売る予定で、長くここに滞在していた。


自由もない、人を人とも思わない連中との暮らしの中で、ミギ姐さんやガイア達は心の支えだった。
だが、サクヤとの表立った交流は、暗黙の了解で公に出来ない状態だった。
……それはサクヤも薄々感じてはいた事だった。ミギ姐さんを安心させるため、あえて笑い飛ばしたが、親分の自分に対する態度に…異常なものをじわじわ感じていたのは確かだ。
それは自分が成長するにつれて大きくなっていっていく。
自分と関わった人間が、いつの間にか、自分の目の前からいなくなるのだ。


サクヤが女の子みたいな容姿をしていたとしても、中身はちゃんとした男だ。
異性と恋をする事だってある。自分は幼い頃からミギを密かに思っていた。
それはどのような思慕だか、子供のサクヤには判らなかったが、ずっと慕っていたのは本当だった。
そんな時、サクヤは1年前に連れてこられた、同じ歳のリリという少女に深夜、外に呼び出された。
彼女は一週間後、この国の娼館に売られる事になったのだった。
リリは泣きながらサクヤにしがみついて告白した。
「私…。サクヤが好き…。ずっと好きだったの。もう時間がないと思って…」
「リリ…」
「桜花楼に行くほどの器量がないのは判っている…。ミギ姐さんみたいに自分も綺麗だったらよかったけど…。
サクヤがミギ姐さんの事、好きなのも判っていた。だけどそれでもいい。
お願いサクヤ、初めてはあなたがいい。これから娼館に行って、知らない男に最初に抱かれるより、せめて好きな人に…」
「リリ。君は優しくていい子だよ。オレは知っている。だって、一年も一緒だったんだから…」
彼女は目立たない、大人しい娘だったが、気立ての良い優しい所に好意は持っていた。
しかしサクヤは戸惑った。こんな事は初めてだからだ。
だが、彼女の切羽詰った感情の渦に、若いサクヤは抗えなかった。
互いに初めてで、ぎこちなかったが、熱い夜を過ごした。
幸せの涙に咽び、小さな声で自分の名を呼び続ける彼女を、サクヤは愛しいと心から思った。
「サクヤほど、綺麗で優しい男を…知らない…」
溜息交じりで囁きながら、リリはこれで自分は生きていける、と思った。
この痛みも、甘い疼きも、全て彼の思い出と共に、ずっと自分のものなのだ。
「リリ、ここを一緒に出よう。オレと一緒に、ここから逃げよう」
たまらなくなってサクヤは言った。
いつかここを出るつもりだった。今がその時かもしれない。
いじらしい彼女を、ずっと守ってやりたかった。このまま渡したくないと思った。
彼女は驚いて濡れた瞳を見開いたが、小さくコクンと頷いた。 

サクヤは決意した。できれば明日の晩にはここを出て行こうと思った。
寝所に戻ろうとする彼女にサクヤは言った。
「明日の晩、ここでまた会おう。何とか二人でここから出よう」
完璧な策はなかったが、ずっとここにいたサクヤはある程度内情もわかっている。
明日はちょうど親分達はイゴールの父親の法事で明晩から留守になる。この時しか多分チャンスはない。
リリは不安そうな顔をしている。だが、彼女もこのまま娼館には行きたくない。
大きな賭けだが、好きな人とずっといられるのなら…。
その様子に気が付いたサクヤは、リリを抱きしめ優しくキスをすると、安心させるように笑ってみせた。
「約束だよ」
「うん…。約束ね」
そしてサクヤは自分の耳に着けていた飾りを一つ外すと、彼女がお守りにして身に着けている首飾りにつけてやった。そしてそれを彼女の胸元に隠した。
「これでオレ達はいつも一緒だ。絶対、人の目に晒しちゃ駄目だよ」


だが、次の日。…リリの姿は消えていた。
動揺したサクヤは、娼館担当の男に問い質した。
「あの娘は、今朝、急に売るのが早まって、もう連れて行かれたぜ」

失意のサクヤはなす術もなく、誰もいない裏庭で声を殺して泣いていた。
…何故だ?何故自分が思い入れた人間が、いつもこうして目の前から消えていくんだろうか。
姉も…世話した子や…自分に優しくしてくれた外の人間まで。
自分の無力さに、今回ばかりは怒りを感じていた。
「サクヤ」
押し殺した声が、サクヤの耳に届いた。
「兄貴」
いつの間にか、ガイアがサクヤの近くに来ていた。
「いいのか?個人的にオレに近づいて…。親分から釘さされてんだろ?」
「…お前…どうしたんだ。今日はかなり様子がおかしかった…。
どうしても放っておけなくて」
その言葉でサクヤの感情が決壊した。
声は出せなかったが、ガイアにすがり、嗚咽した。そしてひとしきり泣くと、小さな声で全てを話した。
ガイアはサクヤを受け止めながら、黙って話を聞いていた。
彼はサクヤの話を聞き終わると、切なそうにサクヤの頭を温かな手で引き寄せ、胸に抱きしめた。
「…サクヤ。…その子を好きだったんだな。守ってやりたかったんだな…。
その辛さ…、俺もよくわかる…。俺も…自分の無力さに…いつも情けなく思っている」
「ガイア兄貴も?」
「ああ。…だが…」
ガイアは遠い目をした。
「…俺はどうしようもない…。それでも諦める事はできない…。
好きだと、愛している気持ちを、どうしても止められない相手というのは、世の中に一体どのくらいあるものか…。
傍にいて、守ってやりたい相手…。お前のように、俺も決意すればよかったのか…」
サクヤは彼が何を思って言っているのか、はっきりしなかったが、ただ、全身から叶わぬ恋で苦悩している事はわかった。
もっと詳しく聞こうと口を開いた時、ゴウの怒声が辺りに轟いた。
「お前達!一体何してやがる!!」
二人は青くなって弾くようにして離れた。
ぎらぎらした目で、二人を一瞥すると、ゴウはガイアに顎でこちらに来るよう命令した。
「あ、兄貴…」
真っ青になったサクヤが後を追おうとして、ガイアに制された。
ガイアは大丈夫、と声に出さず呟くと、サクヤを安心させるように片目を瞑った。
去って行く二人を見て、サクヤはいい知れぬ恐怖を感じていた。

その次の日。ガイアは一味から姿を消した。落とし前の指数本残して。

サクヤはもうどうしたらいいのかわからなかった。

もう本当に此処にいたくなかった。

ガイア兄貴がいなくなり、しばらくして心の頼りだったミギが体調を崩してほとんど顔を見せなくなり、サクヤは孤独で押し潰されそうだった。
実は自分には時おり監視の目が光っていた事に、サクヤは気が付いた。
何故なら今まで密かについていたと思われる監視が、それ以来、これ見よがしにサクヤの前に姿を現すようになったからだ。…まるでゴウ親分の警告のように…。
サクヤはこれで益々行動を制限されていった。

その中で、自分を慕ってくれるマシュに癒されても、またこのような辛い思いをするのが怖くて、監視の目もあった事から、彼と話をできなくなってしまった。


それからひと月して、ミギ姐さんの懐妊が知らされた。
ここのところの体調不良はその為だったようだ。
親分は事の他大喜びで、組全体で彼女を大事に扱うよう支持した。
サクヤはミギを見舞い、顔を見たかったが、表向きは仲が悪い事になっている…。
悶々とした日々が続いていた。

そんなある日。

いきなり商談にサクヤでなく、マシュを使う、と言ってきたのだ。
「なんで…?」
親分は何も言わなかったが、下世話なイゴールはニヤニヤしてこう言ったのだ。
「今回はどうしても断れねぇ大事な客なんだと。そいつが見目の良い少年を所望してるのさ。
……今回ばかりは伽の相手も入れての接待だからな。お前じゃ無理だろ?」
サクヤは我慢できなくて親分に掛け合った。
「ゴウ親分!何でオレの代わりにマシュを行かせるんですか!?
まだあいつ、十二歳ですよ!オレの方が…」
「お前は絶対に駄目だ!!」
サクヤがあまりにも食い下がるので、手を焼いたゴウは、その日、サクヤを監禁した。
失意の中で、監禁が解かれたサクヤに待っていたのは、マシュの死の知らせだった。

「どういう事なんだよ…」
サクヤは頭が真っ白になった。
「何でマシュが死んだんだよ!!」

いつも商談の付き添いをしている、手下の一人にサクヤは噛み付いた。
その男はいつにない、サクヤの剣幕に押され、しぶしぶ真相を話した。

「なんだって…?」
サクヤは耳を疑った。
「本当は客人は…お前を所望してたんだよ。でも親父殿が絶対許さなかっただろ?
…それで…その…見返りにマシュを差し出したんだが、あいつかなり客人に抵抗しやがってよ。
で、客人もお前じゃないというイライラから…その…。かなりマシュをいたぶったらしい。
気が付いていたら息をしてなかったんだと…。
帰ってきた遺体見たが、かなり破損しててなぁ。あちこち殴られたり犯された痕が…」
サクヤは自分が奈落の底に沈んでいくような感覚を覚えた。
「じゃあ…何だ?マシュはオレのせいで死んだのかよ…」
何が何だかもうわからない。
色んな事が頭の中でぐちゃぐちゃになっている…。

サクヤはふらふらと自室に戻ると、自分の荷物の中から、修理用の道具を取り出した。
その中から、掌に納まるほどの小型の錐(きり)を手にし、懐に仕舞った。

「あいつ…。まだ十二だったんだよ…」
サクヤの目から涙が溢れる。
「…なんであいつがそんな目にあわなきゃいけないんだよ…!!」
もう限界だった。

意を決した眼をして、サクヤは親分の部屋の扉を叩いた。
身重のミギ姐さんは、身体の事を考えて、最近は部屋を別にしていた。
…都合が良かった。

サクヤを部屋に招き入れたゴウは、いつにない感じに眉をしかめた。
「なんでぇ、サク。お前が俺の所に自分から来るなんて…」
「親分…。何でオレを行かせてくれなかったんですか!!
その為に何でマシュが死ななければならなかったんですか!
オレをいつものように行かせていれば…」
サクヤの苦渋の顔に、ゴウは相手が何のために此処に来たのか悟った。
「んな事、できるわけないだろう?お前をあんな豚野郎に好きにさせられてたまるか」
サクヤの目が光った。もう、ここではっきりさせた方がいいと思った。
「何でです…?何でそんなにオレを特別扱いするんですか…。
何でオレに監視なんかつけるんですか!何でこうも干渉するんだ…」
ゴウは涙を浮かべているサクヤの顔をじっと見つめていたが、すっと傍に近寄ると、後ろで束ねていたサクヤの髪の紐を解いた。長く、綺麗な黒い髪がはらりとサクヤの顔の周りに舞った。
「親分…?」
サクヤはドキッとしてゴウの顔を見た。
「大きくなったよなぁ、サク。俺の思ったとおりに成長している」
ゴウのうっとりするような言い方に、サクヤはぞっとした。
「…お、親分は…。オレを自分の思ったとおりに育てて…、もっといい所へ売ろうとしているんでしょ?
……皆言っていた。親分は男と…子供には興味がないって…」
平静さを装おうとしたが、上手くいかずに声が裏返った。
「売る?お前をか?」
ゴウは可笑しそうに目を細めた。
「…売るわけなんてねぇだろ?大事な俺のものを。
…お前がここに連れてこられたときから、お前は俺のもんなんだ」
「親分…」
サクヤのこめかみから一筋の汗が流れ落ちた。
「だからさ…、サク。他人がお前をいいようにするのが許せねぇんだよ…。
お前が俺以外の人間と深く関わるのはもっと許せねぇ」
そう言うとゴウはサクヤの腕を鷲掴みにすると、寝所のある部屋の方にもの凄い力で引きずり込んだ。
「親分!!」
サクヤは動揺して抵抗しようとした。が、ある物を見て、彼はぎょっとし、凍りついた。
「見ろ、サクヤ。お前に近寄った奴らからの戦利品だ」
寝台の横に引き出しがあり、その上に色々な物が無造作に置かれていた…。
サクヤは目を背けたかったができなかった。だってそこには…。
「これはお前に色目を使った隣の家の使用人の耳飾だろ?それからこれは得意先でお前にいたずらしようとした奴の髪だ。…それから…」
得意げに、まるで自分の宝物を見せるかのごとく、ゴウはその“戦利品”とやらの説明をしている…。
そこには血や肉片のついた飾り物や、人の髪、…ともすれば骨まであり…そして…。
「…これはガイアの指だ」
横目でサクヤの反応を見ながらゴウは笑った。
サクヤは無造作に置かれた3本の血の付いた指を見て、眩暈を起こしそうになった。
だが、それもできなかった。何故なら、その横にあったのは…。
「…リリ…」
サクヤの目は吸い寄せられるように、血の付いた首飾りに注がれていた。 
間違いなかった。
自分が…約束の証として彼女に贈った…自分の耳飾りのついた…彼女の首飾りだ…。
「この小娘だけは一番許せねぇ。何せお前と契ったんだからな…。
俺様の大事なお前を穢したんだ。その報いは受けなきゃならんさ」
「まさか…」
「ああ、お前たちが逃げようとしてたのもわかってたさ。だからすぐあの小娘に思い知らせてやろうとな。
…まぁ、子分供も乱暴だったかな。久しぶりの女だったようでちょっと扱いが…な。
可哀想だから俺がとどめを刺してやったんだ」
サクヤの中で、怒りと共に殺意が湧いた。
……この男は…人間じゃない…。
この時こそ、自分の無力さに絶望した事はなかった。

強くなりたい…。
こんな奴、こんな組織、潰せるくらいの強さが欲しい。

サクヤは自分のせいで、踏みにじられた人達の遺品を、空ろな目で見つめた。
自分の大切な人達の、無念を感じていた。


(おい、サク。笑って相手を油断させるのも手なんだぞ。
お前の笑顔はそれだけの破壊力がある。ここぞという時に使ってみろ。
ま、頭を使えって事だな)

ガイア兄貴の声が頭を駆け巡る…。


微動だにしないサクヤに、ゴウは言った。
「サクヤ。…わかったろう?俺のお前への思いの深さを。
お前のような奴、初めてだ…。
お前と出会って、男も女も関係なく欲しくなる人間がこの世にいるんだと知ったよ。
…それでも俺はガキには興味ねぇ。…だから…待ってたんだよ。
お前が大人になるのを…。大事に俺好みに育つのをな…」
そうねっとり言うと、ゴウはサクヤの後ろに回りこみ、真綿で包み込むかのようにじわじわと背中を抱きしめた。
「……」
「俺はお前が十八になるまで待つつもりだったが、気が変わった。
お前を放っとくと、悪い虫が寄ってきてしょうがねぇや。
…もう俺のものにしとかねぇと、駄目かもな…」

俯いていたサクヤは、まわされたゴウの腕にそっと自分の手を添えると、小声で呟いた。
「…そんなに…オレのこと…思ってくれてたんですか…」
「ああ、もちろんだ」
ゴウはそう言ってサクヤを振り向かせた。
サクヤは俯いていた顔をゆっくりと上げた。
ゴウの息を呑む音がした。
…サクヤは妖しげに微笑んでいた。長い黒髪が白い顔にかかって、異常に男心を誘った。
「サク…」
ゴウは寝台にサクヤを押し倒し、サクヤの腰布を解き始めた。
「お前がその気なら、俺は一生可愛がってやるからな…。
本当にお前の肌はきめが細かいな…。
セド人は男でもこういう肌の人間が多いと聞いていたが…」
そう言いながらゴウはサクヤの白い首筋に口を寄せ、徐々に下に落としていく。
「姐さんは…?」
ポツリとサクヤが言った。
「ミギの話は今はやめろ。…あれもあれで俺のものだが…。お前が手に入るならもういい。
子供も生まれるしな。…ミギにはせいぜい子育てに専念してもらう…」
サクヤはさっき懐に仕舞っていた錐(きり)を、隙を見てすでに手に隠し持っていた。
「親分…。もし…オレが言う事を聞くなら…。教えてくれませんか?」
ゴウの手が止まった。「何だ?」
「オレの…実の姉貴の居所を…。何処の娼館に売られたかを…」
サクヤはずっと気にしていたのだ。5歳年上の…優しかったフブキ姉ちゃん…。
誰もあの当時、姉の話をしてくれなかった。だが、今なら…。
ゴウは困った顔をしてサクヤを見つめると、哀れむように答えた。
「すまんなぁ、サク。お前の姉貴は…」

サクヤはもう涙も出なかった。…イゴールの奴…。あいつは本当に最低だ。
いつか絶対、本当の事をあいつ自身に喋らせて、姉貴の敵を取ってやる…!!

だが今はこの目の前の憎い男に、一矢報いる方が先だ。
ゴウが自分の身体に興奮しているのが伝わる。
今奴はその事に夢中だ。

「親分…」
「なんだ?」
サクヤの胸をはだけさせ、そこに口付けをしていたゴウがふっとサクヤの顔を見上げた。
その一瞬の隙に、サクヤはゴウの右目に勢いよく錐を突き立てた。

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2010年5月10日 (月)

暁の明星 宵の流星 #84

ゴズモルの一味が滞在している屋敷は、村の中心から少し外れた所にあった。
そこはこの村の長が、彼らのために用意した自分の持ち物だ。

この村に来たのは、何十回というイゴールだったが、あの顔を何年かぶりに見た事で、かなり上機嫌だった。
この国に商売しに来たのは、ある豪族が見目の良い子供を何人か所望していた為で、明後日までにある程度数を揃えなければならなかった。
だが東の国では、ほとんど乱獲したようなもので、もうあまりいい人間が望めなくなっていた。
そのために、ここ数年、貧しい国である北に進出した訳なのだが、それでも今回はまだ人数が揃わない。
もうすでに手下が昨日まで買い付けした子供を南に連れて行った。
今日は自分から飛び込んできたシュウロゥという少年だけで、この村にはあまり収穫がなく、明日には別の土地に向かおうと思っていた所だった。

ある程度人数が揃わないと、また親父殿の雷が落ちるだろう。
あの人は奴に右目を潰されてから、もう片方の目も最近ではかなり悪くなって、ほとんど外に出られなくなっていた。
そのために、次期頭領となる自分がこうして動いている訳だが、それでも親父殿の権力は衰えていない。
親父殿は切れると何をしでかすかわからない、かなり危ない人間だからだ。たとえ目が悪くても。
自分だって、こうして親父殿と血が繋がってなければ、今まで命がいくらあっても足りないだろう。
なので今回、ノルマがなかなか達成できず、苛付いていたのだが…。
まさかあのサクヤを見つけるとは思ってもいなかった。あいつを連れて行けば顔も立つだろう。
何せ奴は…。

そう含み笑いした時、目の前にいたリーヤンという青年の哀願する声が、再びイゴールの耳に届いた。
「お願いします!弟を返してください!こうしてお金を持ってきたじゃありませんか!」
イゴールは面白そうにリーヤンを見た。
今日買ったシュウロゥという子供の兄だというその青年は、なかなか見目が良かった。
イゴールのいつもの悪い癖が出た。
「俺たちだって困るんだがなぁ。もうあんたの借金は俺たち払っちまったし、…それにお前の弟は自分から来たんだしな」
「だから!こうして金を用意してきたんです。弟は…多分僕の事を考えて…こんな無謀な事をしたんだと」
「ほぅ?」
イゴールは値踏みするようにリーヤンを見た。
「お前…、弟を育てるため、身体売ってるんだってな。それが嫌で自分から来たと言ってたぞ、あの弟は」
リーヤンが青ざめた。
「シュウロゥ…」
「健気な弟の気持ちを無下には俺たちゃできねぇなぁ。…その金だって、それで作ったんだろ?」
リーヤンは苦渋の表情で俯いた。
「ふん…。まぁ、金もちゃんとあるようだし…弟返してやってもいいんだがな」
リーヤンはその言葉にぱっと顔を上げた。
「ただなぁ、やはり俺たちも商売でさ。こいつを帰しちまうと厳しいんだよ…。それ相応のものを払ってもらわねぇとなぁ」
「…あと、幾らぐらい必要ですか…」
震える声で言うリーヤンを、イゴールは笑って遮った。
「いや、金はいいさ。…あんたが俺らを楽しませてくれれば…」
リーヤンは固まった。
「簡単だろ?そうやって客取ってんだろ?お前。それで弟返してやるって言うんだから…お安いものだろうよ」
リーヤンは苦しそうに目を閉じた。
「……わかりました…」

自分だって好きでこうして身体を差し出しているわけじゃない。普段は普通に仕事をしている…。だけど、どうしても金が足りない時は、中央まで行ってこのような仕事をした。…それを望む相手がいたからだ。自分の身体に金を払う男がいるからだ。……きっとこの事が、弟を傷つけていたんだろう。…自分が苦しんでいたのを…シュウロゥは知って…。

「素直でいいじゃないか…」
舌なめずりをしてイゴールは俯くリーヤンの身体に手を差し伸べた。

「まったく摘み食いの性癖、変わっちゃいねぇなぁ、イゴール」
突然後方の扉から、呆れた声が飛んだ。
イゴールはその声の主を見て、思わずニヤリとした。
「やっと来たか」
「お前が来い、って言ったんだろ?」
腕を組み、扉に寄りかかっていたサクヤは、冷たい目をイゴールに向けると、ずかずかと部屋に入って来た。
イゴールは、自分の気分が高揚してくるのがわかった。
「その目だよ、サク。十年前と変わらないその氷のような目…。ぞくぞくするねぇ。
お前はこうでないとな。さっきのような猫かぶりはやめた方がいいぜ。
まぁ、あれはあれで、なかなかか良かったけどよ」
サクヤは蔑むような目でイゴールを一瞥し、彼の目の前に立つと尊大に腕を組んだ。
「あれもオレだよ。…お前達がオレをこんな風にさせてるんだろ」
「そうかい」
イゴールはいやらしく笑った。
「という事は、俺達より今の仲間の方が数倍いいって訳か」
「お前達は…オレの心をずっと殺していたのも同じだったからな…。ペットとして」
「言うねぇ。十年経つとこうも口が達者になるもんかね…。昔はあまり喋らなかったくせにな」

サクヤはちらっとリーヤンの方を見ると、すぐに視線をイゴールに移した。
「なぁ、イゴール。オレがここに来たんだ、彼に弟を返してやれよ」
その言葉に、イゴールはニヤリとした。
「ふぅん。じゃあ何?こいつの代わりにお前が俺の相手するっていうのかよ」
サクヤは大きく息を吐いた。「お望みなら」
イゴールはヒュゥっと口笛を吹いた。
「へー。随分物分りもよくなったんだな。…昔もこんなに素直なら、最初から可愛がってやったのに…」
「返すの?返さないの?」
「ちっ、わかったよ。そうせかすな…。おい」
イゴールは近くにいた手下に顎で指示した。手下は頷くと、部屋を出て行き、しばらくして10歳くらいの男の子を連れてきた。
「兄ちゃん!」
「シュウロゥ!」駆け寄ったシュウロゥを、リーヤンは抱きとめた。
「馬鹿だよ、お前は…!兄ちゃんがどんな思いで…」
「だって…だって俺は兄ちゃんが…」
半べそかいている弟を、リーヤンも泣きながら抱く手に力を込める。
「ほら、早く帰りな。…もう兄ちゃんに内緒で勝手な事、しちゃだめだぞ」
サクヤは優しくシュウロゥに言うと、二人を出口に誘導した。
「後の事は、二人でよく話し合うんだな。…これからの生活の事も」
「ありがとうございます!本当にありがとうございます!」
リーヤンはサクヤに深々と頭を下げると、弟を連れて屋敷を去って行った。

二人が帰っていくその様子を、窓から眺めていたサクヤは、小さな溜息を付くと、イゴールの方に向き直った。
「おい、サク。お前の言う事聞いてやったぜ。もったいぶらずにこっちへ来いよ」
ニヤニヤしながらイゴールは手招きした。それと同時に、彼を取り巻く数人の手下に指示を出した。
「お前ら、邪魔が入らないよう、外見張っていろ」
「へぇ」
手下どもも、ニヤつきながらサクヤをちらりと見ると、全員部屋を出て行った。
部屋の中は、イゴールとサクヤの二人だけになった。

「サクヤ、お前が脱走してから、うちは大変だったんだぜ。…親父殿も喜ぶだろうなぁ…。俺もかなり苦労したんだ、お前の後始末をさ」
二人だけになった途端、イゴールは早速サクヤに近づき、顎に手をかけた。
「その見返りにオレに触って大丈夫かよ。痛い代償にならないか?」
「くっく…。ここは遠い北だぜ。お前が黙ってたらわかりゃしねぇよ…。
まったくなぁ。まさかあの親父殿をあそこまで骨抜きにさせてるとは…甥の俺様でもわかんなかったさ」
サクヤの瞳は益々暗い色を帯びた。
こいつのせいで嫌な思い出が走馬灯の様に甦る。


子供心に売られる恐怖と戦いながら、この荒くれ者の連中の中で暮らしていた過酷な日々。
自分の心が壊れていくのに、小さな自分はどうにもしようがなかった。
「おい、ちっとは愛想良くできねぇのかよ?このガキが!」
そう何度もいろんな輩に乱暴に言われ、手を上げられた。
「全く、にこりともしねぇ…。顔は可愛いのにむかつくぜ」
そう何度もなじられる度、自分の心が死んでいくような気がした。
南に来てから、サクヤは一度も笑った事がなかった。
いつも悲しそうな眼をして、黙りこくっている子供だった。
そのため、最初は苛付く男たちの餌食となり、何度かそうやってなぶられた。
そうして益々自分の殻にサクヤは閉じ篭っていった。
だがそれも姉がいなくなり、他の連れて来られた人間がどんどん消えて行き、自分だけが売られずに残っている事に、疑問が湧く頃から変化があった。
その辺りから何故かサクヤに手を上げるものはいなくなった。
かえって腫れ物に触るような態度に変わっていった。
それは連中の要であるゴウ親分が、自分の事を絶対に傷つけないよう、全員に指示していたらしかった。
親分はもっといい所に高額で売り飛ばすため、セドの子供として自分達の切り札にするために、サクヤを大事にしていると、皆は思っているようだった。

それだけサクヤは、セドの子供達の中でも抜きん出て見目が良かった。
そのうち彼らの手伝いをさせられるようになっていき、主に連れて来られる商品の子供や女の世話を任された。
複雑ながらも、子供達といる時だけ、サクヤは自分を出せるような気がした。他は全てが敵だった。
…いや…正確には一味の中でも、彼を心から心配し、陰ながら助けてくれる人間は少ないがいた。
だが、それもサクヤが成長するにつれ、大っぴらにできない状態になっていく。
……それが…その、ゴウ親方の自分に対する異常な執着の結果だというのは、もっと大きくなってから判った事だったが…。


「お前が親父殿に特別扱いされてる事はわかってたさ。何せあの人は美しいモノが好きだ。物でも人でも。
だがあの人は異常に執着心が強いっていうのか、その対象に何かあったら、手がつけられないほどに切れちまう…。他の奴らが自分の物に手を出しただけでも相手を叩きのめしちまうからなぁ」
イゴールはサクヤの髪を撫で回した。
「それ知っててオレにも手を出そうっていうんだろ。お前は本当に見境がない。
どっちもどっちだね」
サクヤは冷たい顔でされるがままになっている。イゴールは自分が興奮してくるのがわかった。
「親父殿がああじゃなかったら、俺はとっくにお前をやっちまってたがな。
サクヤ、お前は大の男をそそる何かを持ってやがるよなぁ。
あわよくば…という男供がうじゃうじゃいたんだぜ。
ある意味、親父殿のお陰で身の安全が守られていたって訳だ。
まったく…その恩人をあんな風にしちまうなんて…。大した玉だよ、お前…」
そう言うと、イゴールはサクヤの髪をぎゅっと掴み、自分の方に引き寄せた。
「あれから十年経っても、お前はそういう所は相変わらずだな。どうだ?男にもうやられちまったか?
…例えば…あの、暁の男にさ」
サクヤのこめかみがピクッとした。
「下衆(げす)だなお前。……相手をそういう対象でしか見れないのかよ…」
そう言いながらサクヤは小さく溜息を付いた。

やはりイゴールには判っている。…兄貴の素性を。
これで本当に、皆にも…兄貴にも…迷惑かけられない。


自分の事は自分で解決する…


その通りだ。これはオレの問題だ。自分で解決する事なのだ。
だから黙って出てきた。戻らない覚悟で。

サクヤは目を閉じた。イゴールの息が自分にかかっているのが判る。
【暁の明星】の命を狙っているのは、今まで拾ってきた情報から南の国だと判断すると、こいつらに話が回らない筈がないのだ。あの時のイゴールの顔。サクヤにはそれも頭にあった。


(おい、サク。笑って相手を油断させるのも手なんだぞ。…お前は媚びてると思えて、毛嫌いしそうだがな)
(笑えばいいのか?ガイア兄ちゃん)
(おお、お前の笑顔はそれだけの破壊力があるぞ。ここぞという時に使ってみろ。
ま、頭を使えって事だな)
(頭?)
(こういう世の中を渡り歩くには、腕力と共に頭も必要って事さ。…ま、相手をよく洞察して、どう相対するか、っていうので人生かなり変わるからな…。この世はいろんな人間がごった返している。
自分と合わない奴なんか五萬といるさ。それが出来れば生き抜くことが少しは楽になる)
ガイアは一味の中では変り種だった。
いつも自分を陰ながら気にかけてくれていた。
交渉に才があるとかで、親方には重宝されていたらしい。
自分が強くなりたい、と洩らしたことから、ガイアは内緒で自分に戦う術を教えてくれた男だ。
なんでこんな人がこの組織にいるのか不思議だったが、少年のサクヤには彼との秘密の特訓が唯一の楽しみであり、生きる希望でもあった。
…サクヤがこの荒くれ者達の中で、唯一【兄貴】と呼んだ男だ。
他の奴らには、どんなに強制されても、サクヤは絶対に呼ばなかった。心から呼べなかった。
それだけは今でも変わらないのだ。自分の納得できる人物以外は呼ばない、と。

ガイア兄貴とのその交流が、そのうち親方に知れる事になった。
彼は親方に呼び出され、釘を刺された。
「サクヤには戦術は必要ない。あれに何も教えるな。でないと…」
それからガイアはサクヤとの接触がほとんどなくなった。それでも何かと気にかけてはくれていた。
だが…ある日…ガイアは指を数本組織に残して姿を消した…。
そう、彼は…。

サクヤは俯くとふっと口元を緩めた。
ガイア兄貴のお陰で、自分はこの十年、上手く世間を渡ってこれたのだ。
必要な時には嫌な相手にも媚びてみせた。
だが、相手に自分の身体を許した事なんか一度もない。絶対にさせた事もない。
イゴールの息がサクヤの口元の方に下りてきた。
サクヤは意を決したように目を開け、彼を見つめた。
「何だ?」
「オレ、初めてだからよくわからない」
「は?」
「男相手はしたことないんだ」
と、サクヤは恥ずかしげに微笑んだ。イゴールが生唾を飲んだ音が聞こえた。
「へぇ…。じゃあ、俺が初めてって事か…。いいぜ、優しくしてやるよ」
そう言うと、イゴールはサクヤをゆっくりと床に押し倒した。
「お前、やっぱりたまんねぇよ。女にしか興味なかったあの親父殿が狂っちまうのもわかるぜ…」
イゴールはそう言って、サクヤの顔に口を寄せようとした。

「そうやって、お前、オレの姉貴もやったんだろ?」
イゴールは自分の喉元に鋭利な感触を覚えて、動きを止めた。
「サク、てめぇ…」
いつの間にか、彼の喉元にナイフが突き立てられていた。
「お前、何油断してんだよ。普通、こういう事は事前に調べるものだろ?
馬鹿にされてんだな、オレ」
「…この刃物、どけろ」
「どかす訳ないだろ?…さ、答えろよ。
お前がオレの姉貴に手を出して…殺したんだろ?」
サクヤの目に闇が蠢く。こいつに会ったら、まず一番に確認したかった事だ。
「何を…」
「本当の事、言えよ。親方に聞いたよ、あの時に。
…お前がまだ子供だった姉貴を手篭めにして…殺したってな。
言わなきゃ、これで喉を切り裂く」
イゴールはサクヤの異常な気迫に押され、冷や汗を掻きながら声を絞り出した。
「こ、殺したんじゃない…。あ、あれは自殺だったんだ…。お前の姉貴が自分で窓から身を投げて」
サクヤの目に涙が滲む。
「殺したも同じだ、イゴール…。お前は本当に何でもいいんだな。そうやって気に入った、売り物にする女子供を、売る前に味見してたの、オレは知ってた。
…でも、でも…。まさか姉貴がそれで死んでたなんて…。誰もオレには…」
「あれはさすがに俺もまずいとは思ったさ…。何せ希少価値のセドの娘だったからな、お前の姉貴」
「…お前が親方の甥じゃなきゃ、多分ぶっ殺されてるね。
…でも、このオレ相手じゃどうかな?
言ってたよ、あいつ。
オレに近づく者は全て…血縁だろうが…この手で切り裂くってさ」
そう言ってサクヤはニヤリと意地悪く笑った。

もうここまできたら、後は前に進むだけだ。
サクヤはぎりぎりの所まで、イゴールの肌に刃先を突きつける。
「く…。ちゃんと話したじゃねぇか!早くその物騒な物をどけろ…」
「まだだ。…お前、言っただろ?…真実を知りたかったら、一人で来い…って。
ミギ姐さんがどうしたか、話して貰おうじゃないか…」


サクヤはそう言って唇を噛んだ。

自分の事を…まるで弟のように、子供のように…本当に可愛がってくれた。
この世の中で、自分の中で、一番綺麗な人だ。

…その彼女が自分のために死んだなんて…。

サクヤの心は彼女への面影を追って、十年前へと飛んでいった。

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2010年5月 7日 (金)

暁の明星 宵の流星 #83

(いい?私達はセドの国民。いつか必ず、神王様が私達を助けに来てくれる…)


そう口癖のように言っていたのは、母だったと思う。
だから幼心にも、自分はセドの国の人間なんだ、というのがぼんやりと頭に残っていた。

あの日、眩い光と共に、自分の国は壊滅した。
首都は壊滅。国は半壊。…事実上、首都…王宮が滅した時点で、国は滅んだ。
それでも僅かに生き残ったセド人は難民となって、他州、他村、他国に流れた。
何故なら、壊滅したセドの国は、もう人が住めない位、荒れ果ててしまっていた。

今も現在、セド王国があった場所は、完全に砂漠と荒野になってしまい、誰も人は寄り付こうとはしない。


自分の国が、桜が綺麗な美しいところだった、というのは憶えている。
親が自分につけてくれた名前は、桜にちなんだ、と言っていた。
だが、国がなくなり、難民となってさすらううち、気が付くと父とははぐれ、母は力尽きて死に、自分は5歳年上の姉と二人、過酷な日々を送っていたのだ。

「ねぇちゃん…。お腹すいたよぅ」
「ごめんね、サク。お姉ちゃんが何とかするからね…。もうちっと我慢して」
12歳の姉、フブキはいつも、自分よりも弟を守る事に必死だった。
同じく難民になった他のセドの人達と、二人は一緒に行動していた。他にも同じような境遇の子供がいた。
皆は同じ民族として結束が固かった。だが、世間は、他族は、そんなに甘くなかった。
いつしか人々はばらばらになり、個人で入り込める所があったら、贅沢言わずにそうした。そうでなければ生きていけなかった。そして長い放浪の果て、体力のない子供や老人は弱っていくのは当たり前だった。
もちろん、7歳になったばかりのサクヤも、病に冒された。
ずっと熱が下がらず、姉のフブキもどうする事もできず、もうこのまま死んでいくだけか、と覚悟していた。
そんな時、ある一行が自分達を見つけた。
南の国から来た、人買いを生業としている一味だった。
彼らは東の動乱で難民が出ると、ハイエナのようにすぐさま嗅ぎ付け、金になる者をさらっていく。
普段は人を金銭で売買するが、とにかく難民はほとんどが無銭で連れて行ける。
このようにして、連れ去った難民を他に高値で売り、その金はほとんど南の国の収益となっていた。
特にセドを狙っていた前帝王が戦いで亡くなり、若き新帝王ガーフィンに変わってから、南は侵略の手を変えたのだ。前王のように、やたら戦いを挑むような事はしない。しかも南にとって朗報だったのは、東の中心、要であったそのセド王国が一夜にして壊滅した事だった。これでもう、東は混乱し、無理に攻めなくとも自国の利益を上げながら、そのうち東を吸収できる、と南は踏んだのだ。
そして願ってもみない、セド人の難民が出たという事で、南のその組織は喜んで東に駆けつけていた。

大陸最古の民族…。神の血を引く王族を頂く民族。しかもいわくありげに滅び、少数民族なのに益々数が減った。
その為、セド人は希少価値、としてかなりの高値が見込まれた。
しかも色が白くて黒い髪と黒い瞳の、眉目秀麗な人間が多いとされ、特に女と子供は見目がよいのが多かった。
その事だけでも、セド人を重宝がる権力者は多数いた。


「それがあの…ゴズモルという連中なわけ…」
イェンランは嫌な顔をした。
「うん…。結局オレは病気だったから…姉だけ連れて行かれそうになった…。
だけど、姉がどうしてもオレと一緒じゃなきゃ嫌だ、と言ってくれて…」

そう、あの時自分は熱に浮かされていて、よく憶えていない。
気が付いたら南にいた。
確かに朦朧とした意識の中、大人たちの声がしていた…。

(こいつを何故連れてきたんだ!老人と病人は金にならんとあれほど…)
(ですが、セドの子供…ですよ。しかも希少価値の娘がどうしてもこのガキから離れなかったので…)
(その娘はどうした?)
(ええ…。このガキを助けてくれたら、言う事を聞く、と…)
(ふん、これがセドのガキか…)
(ええ、あの娘によると、7歳だそうで…。一見女みたいですが、残念な事に弟だと。…まぁ、見目がよかったので俺もつい……。…親父殿?どうかされたか?)
(……いや…何でもねぇ。…おい、イゴール、何とかこいつを助けろ。……元気になれば金になるだろうよ)

サクヤはそうして彼らに命を助けられ、そこで世話になり、15まで育ったのだ。

その人買いの組織は、南でも極悪な組と知られるやくざ者の集まりで、それを束ねていたのが、ゴウ=ゴズモルという強面の男だった。スキンヘッドに何個もピアスを開けた耳たぶ。身体は筋肉隆々で、今までの歴戦の証だろう無数の傷が刻み込まれていた。
ゴウ=ゴズモルは皆から親しみを込めて、「親父殿」と呼ばれていた。
特にこの男率いるこの一味は、リドン帝国のリド王家とも通じていた。
世間には公にしてはいないが、ゴズモルは好き勝手に非人道的な事を行い、金を稼ぎ、その莫大な利益を国に半分献上する見返りとして、国に自分達の庇護を約束させていたのだ。
もちろん、初めはリドンの若き大帝の提案であったが…。


そのような輩と、サクヤは寝食を共にした。
元気になったサクヤはゴウ親分がすぐにでも金にする、と、皆が思っていた。
何故ならセドの子供、特に見目の良い子は異常な高値で売れたからだ。

事実…サクヤの姉、フブキがいつの間にかここから姿が消えた。

幼い彼は毎日のように姉を求め、泣いていた。
「お前の姉ちゃんは、売られていったんだ」
周りの男達はそう口々に言った。
「お前もいつか売られるからよ」
血も涙もない彼らはそう言って小さなサクヤをからかった。

サクヤの他にも、東から連れてこられた難民の子達がたくさん生活していたが、セド人の子から先にどんどんいなくなり、そのうちまた手下どもが新しい子供や女を連れてくる。そしてまたいなくなる。
サクヤはそのため、ずっと売られる覚悟を持ちながら、成長したのだ。
だが、一向にサクヤが売られる気配はなく、彼はいつの間にか、ここに来る子供達の面倒を見させられていた。

しかも当時のサクヤは小柄で、見た目が女の子のように可愛らしい器量だったので、それを武器に商売を手伝わされた事もあった。
いつもその時は女の格好をさせられて、取引先に同行させられた。
相手のブローカーはサクヤの容姿に心奪われ、いつも上手い具合に話は進んだ。
特にサクヤを欲しがる相手は数多く、その相手をさせられながら、サクヤは大人達のずるさ、醜さを観察していた。
普通ならそこで客の伽の相手をさせたり、色仕掛けを仕組んだりするのだが、サクヤに関しては一切親方から禁止命令が出されていた。
そして彼が戻るなり、必ず誰かに乱暴に扱われなかったか、手を出されなかったか、親方はいちいちチェックするほどだった。皆はそれを、商品としてのサクヤに、傷が付くのを恐れているからだと思っていた。そしてサクヤが大人になったら、かなりの高貴な人物にでも高額で売るつもりだ、と。


「オレは嫌だった。奴らの仕事を手伝う事も、…面倒見ていた子達が売られていくのも…。
だから強くなりたかったんだ…。強くなって、あいつらを…」
サクヤは口元を歪めた。その時の事を思い出してるようだ。

「オレの周りで…。オレが好きだった人間も、オレに関わった人間も…皆不幸になって消えていった。オレが無力なばっかりに…守ってやれなかったばっかりに…。だから…」
サクヤの目に、暗い影が色濃く現れる。
「オレを兄と慕ってくれた子が、オレの代わりに客の相手をさせられた事で…。それでその子が死んだことで…。オレは親方を…ずっと溜まりに溜まった憎しみが溢れて…。刺した」

全員、サクヤの話を微動だにせず聞いていた。

そしてサクヤの脳裏には、当時、ある人に言われた言葉がこだました。
(サクヤ、お前…笑ってみろよ…。無理にでも笑って相手を油断させろ。もう少し頭を使え…!いいな…)
ああ…、この言葉が、自分を目覚めさせたのだ。自分を突き動かしたのだ…。
(強くなれ。力だけじゃない、心も、だ。そして目一杯頭を使え。この世の中を渡り歩くにはそれは絶対の武器だ)


「その刃が親方の右目に入った…。そしてそのまま、オレは南を出たんだ」
「そうか…。では、先程あのイゴールとかいう男が言っていた、ミギ姐さん…とは?」
昴老人が優しい声で質問した。
サクヤはその名を聞いて、喉が震えた。
「オレを…南から出してくれた恩人です。親方の…奥さんで…その時身ごもってて。
オレの事を、子供…弟のように可愛がってくれていた人です…」
そしてサクヤはそれ以上言えなくなってしまったのか、顔を膝に埋めた。
「悪かったの…。辛い事を思い出させて…」
「……いいえ。でもすっきりしました…。今まで重くて」
「サクちゃん…」
シータが悲しげな顔で呟いた。
「嫌だなぁ、みんな。そんな顔しないで下さいよ!明日にはここを出るんだから…。
あいつらだって商売が残ってるはずです。オレなんかに構ってなんていられないと…」
「だけどサクちゃん、アイツらアンタの事…」
「心配しないで大丈夫。オレ、意外と世渡り上手でしょ?
…ただ、この事で、皆に迷惑かけるかもしれないから…。特にイェンは女だから、絶対目を離さないで欲しいんだ」
「サクヤ…」
昴老人は、じっとサクヤを伺った。そしてそっと溜息をついた。
「…そうじゃの…。ま、いくら奴らが強くて荒くれ者でも…。我々の敵じゃない。
ま、さっきは場所が場所じゃったがな、大立ち回りはできんかったが…。
何にせよ、こうしてサクヤの内情がわかったんじゃ。何も心配する事はない。
のぅ、アムイ?」
皆は一斉にアムイを見た。
アムイは腕を組み、じっとサクヤを見つめていた。
「兄貴…、オレ…」
サクヤは何かアムイに言おうとした。だが、アムイは俯くと、無表情のまま部屋を出て行ってしまった。


その後皆は分散し、各々の部屋で、すぐに休む事にした。
昨日から一睡もしていない。少しでも休んでおきたかった。
この宿には大部屋は全て塞がっていたため、彼らは小さな部屋を二つ借りていた。
もうすでに、イェンランと昴老人は同じ部屋で寝息を立てている。

その晩は曇りで、星が全く出ていなかった。もちろん月など全く姿を見せていない。

「アムイ」
宿の共同場にある、大きなバルコニーに佇むアムイを見つけ、シータは声をかけた。
「こんな所にいたの」
「おい、大丈夫か。イェンと爺さんだけ残して」
シータは笑った。
「大丈夫よ。あの老師は意外とできる方ですからね。ま、少し鈍ってきたとか自分で言ってたけど。
何せデコボコ…いえ、歳とっても【風雷の双璧】の片割れですもん」
軽口たたく彼に、アムイはぶっきらぼうに言った。
「…で、何の用だよ」
「いやぁね。用がなきゃ来ちゃいけないみたいじゃないの…。
アンタとアタシの仲でしょ、冷たいわね」
「別にそんな大そうな仲じゃないだろ?」
アムイはそう言うと、再び真っ暗な夜空に視線を移した。
何も見えない、真っ暗な世界…。まるで心の闇のようだ。
「ねぇ、アンタさぁ。…どうしたらいいのか、わかんないんじゃない?」
しばらくしてシータが言った。
「……どういう意味だ」
「サクちゃんに対しても、アンタの生まれについてもよ」
アムイはシータを睨みつけた。
「子供の頃何があったかは…アタシは知らないけど…。
でもね、アタシはキイともずっと聖天風来寺(しょうてんふうらいじ)で一緒だったのよ…。アンタ達が大きな傷を受けて、大きな物を抱えてるのは…薄々わかってた」
アムイの目に苦渋の色が浮かぶ。
「特にアンタはずっと心を閉ざしたまんまでさ…。
キイが必死だったの…わかってたでしょ?」
「……」
アムイはキイの名前が出たのが何よりも辛かった。彼は視線を落とした。
「アンタの過去に関係する事柄がこう続く、という事は…。もう、その時期が来てるんじゃないの?
老師の言っていた…闇の箱…」
「言うな!」
アムイは吐き捨てるように言った。
「……忘れている事だ…今更それを開けてどうしろって言うんだ…」
彼の目は闇を映し、身体に震えが昇って来る。
「アムイ…。忘れたんじゃない、自分で封じたのよ…。でしょ?老師がそう言っていたわ。
それがもう抱えきれなくなって、暴れ始めてるんじゃない…。
アンタがキイ以外の人を信じられない事も…。というより、アンタは人が怖いのよね」
シータはきっぱりと言った。アムイはその言葉に固まった。
「ずっとその闇、抱えてるつもり?その事でキイが一番苦しんでたんじゃない?アンタよりもね」
アムイの顔から血の気が引いた。
「気が付いていない、って言わないわよね?そんなこと言ったら、アタシ許さないわよ。
気付いてないはずないじゃない。アンタ達は互いの事が一番…自分の事のようにわかるんだから…」
シータは無理やりアムイの顔を自分に向けさせた。
「アンタがいつまでも逃げていたら、ずっと闇の箱はそのまんま。
…キイの気持ち、考えた事ある?アンタの事しか、あの男は考えていないのよ。
アイツはアンタのために、死ぬ思いで自らの闇を越えた男でしょ。
そのアンタがいつまでもうじうじしていたら…。自分の闇から逃げ回っていたら…。
キイはどうなるの?アンタ、いつまでもキイに甘えているつもり?」
「やめてくれ!」
アムイはシータの手を振り払った。
「わかってる!キイがどんなに…苦しんでたかなんて…わかってるよ…だけど…」
アムイは片手で自分の顔を抑えた。
「…駄目なんだ…。何度か…俺だって向き合おうとしたんだよ!だけど…」
その都度襲う、息苦しい恐怖…。人から与えられた全ての闇が、幼いアムイをいたぶる。
何も思い出したくない…何も考えたくない…そう、何もなかった事にしてしまいたい…!!
いい大人になった今でも、アムイの心がそう叫んでいた。
「…それで、どう?本当に自分をそれで守れた?」
シータはじっとアムイを見つめた。
「結局…本当に立ち向かう勇気すらなく…。アンタがずっとキイに庇護されていたから…ここまで何とかやって来れたのよね?でもそれも限界じゃないの。
もうそろそろ…守るのではなく、あんたのその闇を解放させてあげる時が来たのではないかと思うのよ」

解放…する?
この恐れを、この苦しみを?
思い出そうとするだけで体が硬直してしまう、己の闇の箱を。

「解放して…何になる?それで…自分がどうなるのかなんて、俺には見当も付かない…」
シータは息を吐くように呟いた。
「だから怖いのね…」
アムイは悔しそうに頷いた。
「そうだよ。細かく言えば、箱を開ける事自体が解放ではない。
…箱に閉じ込めていた闇を…どのくらいの時間がかかるか…自分にもわからないその闇を…。
自分で解放し、昇華していかなくてはならないんだ…。キイと同じように…。
この箱を開けるという事は、再びあの恐怖と向き合うという事。…わかってはいるんだ…」
「その勇気が持てない…」
アムイは深い、溜息をついた。
「それを…この俺に…今まで逃げ回っている俺に…できるのだろうか…」
アムイはぼんりやりと瞳を宙に漂わせた。彼の苦しみから出たその言葉に、シータはそっと呟いた。
「できるわよ…。当たり前じゃない。
アンタは天下の【暁の明星】でしょ?【宵の流星】の片割れでしょ…。
…その宵にアンタは愛されてる唯一の男なのよ…。自信を持ちなさい
キイができた事を、アンタに出来ないはずはないのよ…!」

その頃サクヤは一人、暗い部屋でじっと息を殺していた。

…自分の過去を、他人に話したのは初めてだった。

この十年、放浪の旅に出て、色んな人間と出会い、様々な状況を乗り越え、自分を鍛え、…ずっと無我夢中で生きてきた。
その中で、アムイに出会ってからが、自分は一番充実していた。

強くなりたい…

それはあの国を、あの組織を出る前から自分は常に思ってきた。
自分にない強さを見せ付けられて、自分はずっとアムイについて来た。
最初はアムイの他人を寄せ付けないところが、自分の過去を探られず、干渉されずで心地よかった。
ずっと疎まれても、アムイに惹かれ、憧れる気持ちは薄くならなかった。
いや、最近は距離が少しでも縮む事が嬉しかった。
その彼が、自分の滅びた祖国の王の血を引いている事実に、驚き…、いや、喜びで心が震えた。
それは理屈からじゃない、自分の魂から湧き起こってくる初めての感情だったのだ。


サクヤの胸中は複雑だった。

皆に告白した内容は真実だ。だが本当の事を言えば、全て事実を話したわけではない。
他人には絶対言えない、自分の過去の一部。
あの連中と共に過ごさなくてはならないために、自分の感情が闇に葬られてきた事。
そして自分が大事に思う人間があいつらに踏みにじられていった事。
…あの親方の自分に対する異常な執着…。


自分の中では、まだ機が熟しているとは言えない。
計画ではまだもう少し先だった。
…だが、あの顔に会ってしまった…。あの憎たらしい男が自分の前に現れてしまった。
サクヤは暗い目で闇を睨んだ。

(…今がその時なのかもしれない…。遅かれ早かれ、この時を思って自分は生きて来たのじゃなかったのか…。それが少し早くなっただけだ)

彼は唇を噛み締めた。本当は中途半端に、この旅を終わらせたくなかった…。
だけど…。
自分は今から自分の闇と向き合い、戦う覚悟を決めた。
それはあの地獄から逃げ出して、ずっと思っていた事だった。

向き合わなければ、前に進めない…。
戦う時に戦わないと…前に進めない…。
泣きたいときに泣いておかないと前に進めなくなると同じで…。

サクヤはゆっくりと部屋を出た。
辺りはしん、としている。
人ひとりいない廊下を出口の方に進んで行くと、途中でアムイと遭遇した。
「兄貴…」
アムイはサクヤの顔を見ると、いつものごとく片眉を上げた。
思わずふっと笑ってしまう。
初めて彼に声をかけた時も、「何だ?」という顔で、尊大に片方の眉を上げてた。
「何処に行く?」
「ちょっと用足しに」
サクヤは屈託なく微笑んだ。
田舎の宿のほとんどが、洗面所や風呂などが外に作られている。
アムイは疑う事もなく、小さく「そうか」と呟いた。
サクヤはちょっと胸が詰まった。
本当に天の采配だというのなら…。何故、“今の時”だったんだろうか。
「ねぇ、兄貴」
彼は思わずアムイを呼び止めた。
今度は少し柔らかな表情で、アムイは「ん?」と首を傾げた。

「…本当の自分というものを、どのくらいの人間がわかってるんだろうね…」
「サクヤ?」
「人間って…面倒臭い生き物だよね」
そう言うと、ニヤッと笑ってサクヤはすぐにその場を離れた。

アムイがどんな顔をしたか、見たくなかった。
お互いが抱える闇。過去に受けた傷。
その闇に翻弄され、本来の自分を歪めてしまったのなら…。
それは取り戻す事が可能なのだろうか?


外に出た途端、思わずサクヤは身震いした。

いや、闇に出会う事が天の意なら、歪んだ自分も本当の自分なのだ。
そしてそれを越えて、新しい自分を見つけたとしても、それも自分自身なのだ。


人は変わりゆく…。
不変のものが存在するその横で、変わり続けるものがある。


サクヤの姿は闇に溶けていった。


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2010年5月 5日 (水)

暁の明星 宵の流星 #82

9.闇の箱


傷つきし者は誰もが闇の箱を持つ。
自分を守るため。抱えた物を押し込めるため。
だが、いつしかそれは心の重荷となって、明るき世界に闇を落とす事もある。
どんなに辛く、避けたくても、いつかはそれが暴れだす。
勇気を持て。
自分自身で封じ込めた箱は、自らの手でしか開ける事はできぬのだから。


一行が次の村、カウンに着いたのは、まだ日が沈まぬ夕刻の時であった。

あのアムイの素性が知れた日は、そのまま皆、明け方まで一睡も出来なかった。
アムイはかなり昴老人(こうろうじん)に諭されたが、自分は滅びたセドと、父の話はもう2度としたくない、と言って口を閉ざした。
それもそのはず、昴老人が聞きたかった、そのセド王国壊滅の日までの数日間、アムイには記憶がなかった。
詳細は憶えてないにしろ、その日々がアムイに暗い影を落とし、心の重荷になっている事は、本人も、周りにも、明白だった。……そして昴は黙するアムイに最後、こう言ったのだ。


「アムイよ。このまま放っておいて、お主が耐えられない、と思ったら…。
いや、自らこれではいけない、と決意したなら、わしに言いなさい。
自分ひとりで解決できる物なら、それはそれでいい。
じゃが、自力ではどうする事もできない物は、この世にはあるのじゃ。
その時は迷惑だとか、依存なのか、とか思わず、他力に任せる事も必要じゃ。
ただ、お主の抱える闇の箱は、人が無理強いして開けられるものではない。
自分自身が開ける、と勇気を持たねばならぬもの。……。
いいな?わしはいつでもその時を待っているぞ…」


カウンの村は、前の町よりまだ治安はいい方だった。
それでも女の格好は目立つようで、イェンランとシータはフード付きの長いマントに身を包んでいた。
ここの村は、貧しいながらも懸命に暮らしている…。そんな印象を受けたのだが、夜になって、かなり深刻な物を抱えている事に皆は気づいた。

これも全ては天の意か。
キイの居場所の鍵を握るという、ゼムカ前王の隠居先まであと少し、という所で、思いの外この村で足止めを食ってしまう事になるのだが…。

意外と規模が大きい村の中心に、生活に必要な全てが揃っている場所があり、アムイ達はそこの中にある宿に世話になる事にした。
「ここは町みたいに賑わっているのね」
イェンランが興味深そうに見回した。
「うん。とにかくここでは何でも揃うらしいよ。宿の人がそう言っていた。ここ数年くらい…この村で一番裕福なんだって…」
サクヤはそう言って、アムイをちらりと盗み見た。
彼が取り乱したのはあの夜だけで、落ち着いた今となっては、まるで何もなかったかのように無表情だ。
それよりもサクヤが気になったのは、あの話以来、益々アムイを覆っている殻が強固になって、今まで以上に人を寄せ付けないオーラが彼から出ている事だ。…やっと少しずつ縮められた距離が、また遠くなった感じがして、サクヤは暗い気分になった。
「とにかく、お腹が減っちゃったわね。何か食べに行きましょう」
シータがそう言って先に歩き出した。
「ここに酒が飲める所はあるかのぅ…。たまには違う酒も味わいたいのぅ」
ポツリと呟いた昴老人に、サクヤは苦笑いした。
「ご老人…。もういい年なんですから、少し控えた方が…」
「何を言っておる!酒は長寿の妙薬ぞ!わしがこんなに元気で長生きなのは酒のお陰よ」
「…またそんな、勝手な事言って…」
昴老人はいつものごとくかっかっと笑うと、足取りも軽くシータの後に続いた。
「しょうがないなぁ…」
とちょっと困ったようにサクヤは笑い、皆に続こうと歩を早めた、その時だった。

「おい!」
いきなりサクヤは誰かに声をかけられた。
「!?」
驚いて振り向いたサクヤの目に、二人の大柄な男の姿が飛び込んできた。
「やっぱり…お前、サクヤじゃねぇか!」
サクヤは真っ青になった。
「…ひ、人違いだ…」
サクヤはそう呟くと、慌てて皆の所へと走って行った。
遠くの方でシータが「何事?」といった顔でサクヤを見たが、彼が引きつったような笑顔で「何でもない」と首を振っているのを、その男二人はじっと見ていた。
「…おもしれぇ…。早くこの事を兄貴に伝えなきゃ…」
「ああ…まさか、こんな他国の辺鄙な村で……!見間違えるわけがないだろ?あの顔。サクヤの奴、仲間がいるみたいじゃん」
ニヤニヤしながら二人はその場を去った。

一行は、一番こじんまりとした食堂に入り、夕食を取る事にした。
ちょうど食堂は混雑が終わろうとしていて、そこにはきさくな主人がひとりできりもりしていた。
大きな食堂で取る事も考えたが、昴老人があまり人の多いところは苦手だ、と言って少し外れたこの店に入ったのだ。
「おお、混んでらっしゃるかの?」
「大丈夫ですよ、奥が空いてますので、ささ、どうぞ!」
中年の主人は笑顔で言うと、一行を奥の方へと案内した。
そのうちに客が減り、店内も落ち着いた雰囲気となっていた。
アムイ達は歓談しながら(といってもアムイはずっと黙ったままだったが)これからの事を考えていた。
昴老人はちゃっかり食後に地酒を注文したらしい。
主人が何本か瓶を持ってきた。
「…老師…」シータは呆れた。
「今晩は早く寝て、朝一番で凌雲山(りょううんざん)に向かう手筈ではなかったかしら?」
凌雲山とは、ゼムカ前王が住むとされる屋敷のある土地の、後方にそびえる山だ。
この村から馬なら半日で着くような所にある。
「おや、お客人、凌雲山に行かれるのですか」
人のよさそうな笑顔で、店の主人が声をかけた。
「もしや、海側に行かれるとか?かなり険しい山ですが、越えると眼下に広がる海岸線に、きっと目を奪われますよ」
「へぇ、その山を越えると海なんだ」
感心したようにサクヤが言った。
「ここら辺は初めてですか?お見かけしない顔なので…」
「ええ、ちょっと…知り合いを尋ねて旅をしていまして…」
シータがそう主人に答えた時だった。

「ミンさん!!」
ひとりの青年が店に駆け込んできた。
「リーヤン…?どうした?」
申し訳なさそうにシータ達に会釈すると、主人はリーヤンと呼んだ青年の方に寄った。
そのリーヤンはかなり見目の良い青年だった。長い黒髪を一つに結んでいる。
「ああ、あの人達はここに来てませんか?」
「あの…って。ああ、彼らか。…いや、今日はここには来てないが…どうした、顔色が悪いぞ」
「シュウロゥ…弟が…、自分からあの人達の所に行ったみたいなんだ!!」
「なんだって?」
リーヤンはそう言うと、取り乱したようにミンの腕にすがりつき、涙をこぼした。
「僕が帰ってくるまで、絶対に下手な事しないように、とあんなに言ったのに!やっと金が工面できたのに!あの馬鹿…自分から人買いに買われなくったっていいじゃないか…!!」
リーヤンは泣き崩れた。
「じゃあ、シュウロゥはゴズモル一味の所に…。大変だ…。彼らは明日にはこの村を出る、と言っていた。
何かあまりお目当てのものが見つからなかったから、早めに違う場所に移動する…と言って…。
もう貸家に戻ってるのではないか?…リーヤン、掛け合うなら村役の…」
「ええ、ええ。…すぐ行ってみます!すみませんでした…」
彼はそう言うと、涙を手の甲で拭いながら、店を勢いよく出て行った。

「……人買い…?」
思わずイェンランが呟いた。
それに気づいた主人は、間の悪そうに顔を歪め、頭を下げた。
「申し訳ありません…旅の方…。変な所を見せてしまった」
「まさか…、人買いの組織がここに来ているの?」
「はい…。実はこの村の中心がかなり賑わうようになったのも、その…南から来たゴズモル組という人買いを生業としているやくざ者が…。かなりの村人…ほとんど子供ですがね…、を高額で買い取ってくれて…。村の長とも結託して、この村を拠点として、度々北に商売しに来るのですが…」
「南の人買いが…この北までに?何故…」
イェンランは信じられない、という顔で店主に言った。
自分がまだ北にいた時、人買いの一味なんて来たことがなかった。
人を売りたい時は北の中央区までわざわざ出向いていた。
密かに国のブローカーが潜伏しているのだ。
…確かに北の国は貧しく、しかも元々子沢山が当たり前の国(広大な土地を担うため、人手がいる)の事もあって、子供が多過ぎて、たまに暮らせなくなる家族もあった。そういう時は子供を中央区に連れて行き、表向き他国に奉公させるよう斡旋したり、見目の良いのは特に、桜花楼に娘を紹介したり、男娼に売ったりした。
それ以外は働き手や奴隷などの類で、大人も子供も売られていく。たまに実験体として…。公にはしないが、その様な怪しげな目的で買いに来る人間もいた。
昨今の北の国では、実はそういう事が公然と行われていた。が、他国の人買いが北の国まで横行しているとは思わなかった。まだそこまでは北の国は許していなかったはずだ。
動乱の東の国では当たり前のように存在し、かなり荒稼ぎしているらしいが…。
「とにかく、ゴズモルは南じゃかなりの力がある組織だそうで…。ここだけの話ですが…、彼らは南の王宮とも通じてると」
「南の王宮と…?という事は」
「あのリドン、という国の大帝…。己の国に利益になる事だったら、何でもするらしい。
特に昔、東に大量の難民が出て、その時えらく儲けたようです。あの国が潤っているのは、非人道的な阿漕な事をしてるから、というのは…皆気が付いていますよ。東に難民が出て、これ幸いと人身売買…。それから魔の薬とか…。本当に声に出しては言えない事ばかり…」
リドンが急激に豊かになった理由…。それは薄々、判っていた。
氷のように冷淡で、他国の人間を人とも思っていない、あの南の大帝は、そのくらいの事は平気でするだろう。
しかし、こう事実を目の前に突きつけられると…。きつい物があった。

「何かのぼせたみたいだ。…ごめん、ちょっと風に当たってくる」
昴老人から酒を勧められていたサクヤが、そう言って席を立った。
「大丈夫?サクちゃん」
心配そうにシータは彼の顔を見た。のぼせた、と言っている割には顔色がよくない。
にっこり笑うと、サクヤはふらふらと、店の中庭が見られるデッキに向かった。
「何か…、どうしたのかしら。いつも明るくて前向きなのに。この村に来てからサクちゃん元気ないのよね…」
と、サクヤの後姿を見送りながら、シータは呟いた。
その様子に昴老人も心配してか、隣で黙々としていたアムイに酒を注ぎながらボソリと言った。
「のぅ、アムイ。サクヤは南から来た、と言っていた…。さすがに自国の悪い話は聞きとうなかったのかの…。
お主はあの子から何か聞いておらぬか?身の上とか…」
「何故、そんな事を知りたがるんだ、爺さん」
むっとしながらも、やっとアムイが口を開いた。
「…もうかれこれ1年以上も一緒だと聞いた。…そういう話は互いにするのか、ちょっと聞いてみただけじゃ」
アムイは注がれた杯をじっと見つめていた。
「…そんなの、互いに干渉せずやって来た。だから上手くいっている。…あいつが勝手について来てる、という事もあるが…。爺さんは他人事に首突っ込み過ぎだ」
「う…む。お節介とは昔から言われておるが…。…ただのぅ、気になったのじゃ…」
アムイは片眉を上げて老人を見た。
「サクヤ…、あの子もお主と同じくらいの…地獄を見てきたような目をしとる」
「え…?」
「…わしにはわかるのじゃ…。あの子の明るさを装った根底にあるもの…。お主が持っているものと同じ臭いがする」
「……」
「…あの子も闇の箱を持ってるのかもしれん…」

その時、いきなり店の扉が乱暴に開き、見るからにやくざ者風情という大男が三人、どかどかと入ってきた。
「ゴズモルさん!もう注文はは終わったんですが…」
そう言い淀む主人には構わず、真ん中の特に屈強な体格の男が店を見回しながらこう叫んだ。
「おい!ここにサクヤがいるだろう!?」
響き渡るその名前に、アムイ達は驚いた。
「サクヤって…。いきなり何なんですか?貴方達は…」
「うるせぇ!早くサクヤを出せよ!」
制しようとした主人を払い除けながら男はどんどん店の奥へと進んで行く。
「一体、何を…」
奥の席にいたアムイ達に男は一瞥し、ニヤリと笑った。
「話は弟分達から聞いてきたんだ」
男はかなりの荒くれ者か、頬に大きな傷があり、屈強な腕の筋肉は鋼の様だった。
そしてまたぐるりと店内を見渡す。
「おい、サク!出て来い。この店に入ったのを、見た奴がいるんだよ。観念して来い」
「アンタたち!何よいきなり!」
シータが声を荒げて席を立った。
「おや、べっぴんさん。結構威勢がいいじゃね?どうだ?俺らと遊ばねぇかい」
再び男はシータ達の方を向く。
「兄貴、こいつらですよ。さっきサクヤと一緒にいた奴らは…」
いつの間にかあとの二人もアムイ達の席に来ていた。
「見なよ!すげぇ上玉。かなりの綺麗どころばっかじゃん!類は類を呼ぶのかねぇ…。さすがサクヤ」
と言いつつ、もう一人がイェンランに近づいて顔を覗き込む。
「やめてよ!ちょっと近づかないで!!」
気分悪くなったイェンはそのままシータの方へ逃げ込んだ。
「なんでぇ…。お高くとまりやがって…」
「とにかく、サクヤは何処だ?あいつを今すぐ出さねぇと、かわい子ちゃん達がどうなってもしらねぇぞ」
「何でサクヤを捜しとる」
突然、昴老人がきっぱりと言った。
「何だい、爺ぃ。やけに偉そうじゃん…。ま、いいか。
あいつは俺達のモノだからよ…。ずっと捜してたんだ。まさかこんな所で見つけるとは思ってなかったが」
「俺達のモノ…?」
シータがポツリと呟いた。
「おい!サクヤ!早く来ないとお前のお仲間を、ちょいと痛い目あわせなきゃならねぇぜ?それでもいいのか!」
男は大声でわざと煽った。近くにサクヤがいるのを確信しているらしい。

「やめろ!イゴール!!」
男の後ろでサクヤの声が飛んだ。
中庭の方にいたサクヤが、騒ぎを聞きつけて姿を現したのだ。
「サクヤ…」
ニヤッと笑って、傷の男…イゴールは呟いた。
「10年前と変わらねぇ…、いや、かなり鍛えてるか?いい身体になったじゃねぇか…。昔はまるで女の子みたいだったが…。男らしく育ったな。まぁ、ちっこいのは相変わらずか。
ホント、今までどこに逃げてたんだよ…。すげぇ、捜したんだぜ」
「イゴール…。この人達はオレと関係ない!頼むから…」
「イゴール?何を言ってるんだ、お前の兄貴、様、だろ!?忘れたのかよ」
まるで獲物を見つけたように、イゴールは舌なめずりしながらサクヤの腕を取った。
「兄貴…?」
アムイ達は呆然と二人のやり取りを見ている。
「馬鹿言うな!お前は兄貴なんかじゃない!」
サクヤは思わず噛み付くように叫んだ。
「ふん、相変わらずだな…。
こいつらから話は聞いていたが、本当にお前だったとは。…親父殿も大そう喜ばれるだろうよ」
サクヤの頬が、ピクッと動いた。
「あれ以来、親父殿は気が狂わんばかりにお前を探し回ってたぜ。…だが、最近は目が見えにくくなっちまってさ、この俺様が今は親父殿の代理で仕事してる」
「…手、離せよ、イゴール…!」
サクヤは片方の手で、掴まれた腕を外そうとする。が、彼は力を込め、離そうとしない。
そしてふい、とサクヤの耳元に口を近づけると、ニヤニヤしながら囁いた。
「イゴール、じゃねぇ!兄貴様、だろ?…やっと見つかったんだ。離す訳ないじゃないか…」
「や、やめろったら…」
サクヤは抵抗したが、相手も負けずと力を込める。
二人は揉み合い、痺れを切らしたイゴールは、強引にサクヤを自分に従わせようと声を荒げた。
「お前、そんな我侭が言えるご身分かよ!お前は俺達のモノなんだ!さ、行こうぜ」

「ねぇ!やめて!嫌がってるじゃない!」
こちらも我慢できなくて、シータにしがみついてるイェンランが叫んだ。
「そうじゃ、無理強いするなどそんな横暴な事…」
昴老人が言った時だった。
「いいんだよ!こいつは一応俺たちの仲間だ。
と、いうより、俺たちが18年前、死に掛けたこいつを拾って育ててやったんだ!
本当は売り飛ばすつもりだった、東の難民の子…。なぁ?サク、そうだろ?」
サクヤは急に俯いた。苦渋の色が顔に表れている。
「東…の難民の子?」
皆はその言葉に驚き、思わずアムイの方を見た。
アムイはじっと男達を睨みつけているが、その表情はよく判らない。
イゴールは益々サクヤを掴む手に力を込めた。
「…特にこいつは、親分の大事にしていた希少価値のセド人…。
当時、セドの子供は異常な高値で売れたのに、親父は何でかお前だけは手放さなかった…。
その恩を、お前は10年前、仇で返したんだよなぁ。…親父殿の右目を潰して国を逃走して。
その償いをさせるのが、兄貴分である俺の務めだ」
彼の驚きの発言に、皆一同固まった。

サクヤが…セド人?東の難民…つまり18年前滅んだ国の…。
という事は…。

サクヤはずっと唇を噛み締めている。体が全身、震えているようだった。
「わかったよな、サクヤ。さ、いい子だ、俺たちと南に戻ろうぜ。
今回はなかなかいいのが見つからなかったが、それ以上にお前という目玉が見つかったんだ。
親父殿に顔が立つってもんさ」
言葉もなく突っ立っているサクヤを促すようにイゴールは、掴んだ腕を引っ張った。
「ちょっと…!」
シータが手を伸ばしたその時だった。

ガツッ!!

「!!」
いつの間にかアムイがイゴールの後方に回り、背中から羽交い絞めするような形で剣を突きつけた。
「あ、兄貴…」
サクヤのその言葉に、イゴールは片眉を上げ、後方のアムイを振り返った。
「兄貴?誰だよ、あんた…」
「その手を離せ」
毅然としたアムイの声が響く。
「は…!何言ってんだ、さっきも言っただろ?こいつは…」
「離せ。…こいつを抜いて欲しくなかったらな…」
アムイは動ぜず鞘に手をかけ、イゴールの言葉を遮った。
「何だと!この野郎!!生意気なガキが…!!」
残った二人が凄い剣幕でアムイに掴みかかろうとしたその時、イゴールが落ち着いた声で言った。
「待て」
「イゴールの兄貴?!」
イゴールはアムイの剣の鞘に刻まれた、【風神天】紋をじっと見ていた。
うっすらと、口元に笑みが浮かぶ。
「なぁ~るほどねぇ…」
彼は小声で、面白そうに呟いた。
すると突然、イゴールはサクヤの腕を振り解いた。
「…!?」
サクヤは腕を庇いながら、困惑した顔で彼を見上げた。
「今はこれで勘弁してやる…。だがな、サクヤ」
イゴールは青い顔したサクヤの目を覗き込んだ。
「…お前はもう逃げられないよ。仲間がいたのは想定外だったが…」
「イゴール…」
「なぁ、サク。お前は自分のした事を償わなきゃいけねぇよ…。
お前のせいで、親父殿は目を潰され…。身重だったミギ姐さんは…死んだんだからな」
サクヤの目が大きく開かれた。
「ミギ…姐さん…どうし…て」
サクヤの青い顔から益々血の気が失せて行く。
そしてイゴールは誰にも聞こえないように、サクヤにさっと耳打ちした。

「…真実を知りたかったら、一人で来い…。待ってるぜ」

重い空気が部屋に充満していた。

あの後、アムイ達はうなだれているサクヤを連れて、宿に帰った。
今はかなり落ち着いたサクヤは、部屋の中央に膝を抱えるようにして座っていた。その周りには皆が囲むように各々佇み、または腰を下ろしていた。

「本当は個人の過去の事じゃ、そっとしておいてやりたい所なのじゃが…」
昴老人は言い難そうに呟き、自分の白くて長い髭を弄んでいる。
「いえ…。あれだけあいつらに暴露されてしまったら…。隠す事はできないでしょ?」
サクヤは苦笑いした。そう、もうここまで皆に知れてしまったら…隠してたって意味はない。
「でも…驚いた…。サクヤもセド人だったなんて…。確かに南の国にある名前じゃないわよね…」
イェンランが暗い顔して言った。いつも明るくて、何も悩んでる風に見えない…ううん、何も暗い物を持っていなさそうに見えた、あのサクヤが…。自分以上に暗い過去を持っていたなんて。
しかも…これって偶然?サクヤもアムイと同じ民族で…。

「やはり天からの采配だったのじゃな…サクヤは…」
「え?」
サクヤは顔を上げた。
「お主がアムイに惹かれ、どんなに疎まれても慕ってきた…隠された理由のひとつ…。
それはセドの血じゃ。セド人は少数民族。神の血を引くとされる神王を心から敬愛し、心の支えとし、共に国を築いていた、その民族の血。…サクヤの中にその先祖の血の記憶が、脈々と流れている証拠じゃ。
王家の血を引くアムイに無意識にお主が惹かれるのは、当たり前の事…」

アムイは眉間に皺を寄せ、じっと目を瞑って皆の話を聞いていた。
だが、その顔に何の表情も浮かんでいない。
彼が今、何を思い、考えているのか、全く皆には判らない。

「嫌ならいいぞ、サクヤ…。辛いのなら話さなくとも…」
「いいえ。…もうみんなに迷惑をかけてしまった…。
あいつら何するかわからないから…。
オレが…どうして南の国を出たのか…聞いて欲しいです…」


そしてサクヤはゆっくりと深い息をした。

あの日、18年前…。
気が付いたら国が壊滅し、行き場所がなくなった…7歳のサクヤが泣きながら大陸をさすらう所から話は始まった…。

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2010年5月 2日 (日)

次章(第9章)に向けてのお知らせです

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な、長い間、第8章にお付き合いいただき、本当にありがとうございます。
リアルで毎回ご訪問くださる方に、心から感謝を。

これでやっと8章が終わり、再び7章終わりの続きから始まる第9章に入ります。
自分もここまで8章が長くなるとは思いませんでした…。
登場人物は変わったし、しかも途中ぐだぐだしてましたし…。
お付き合いいただいてる方には、いつ見捨てられてしまうかと、ドキドキしながら書いていました…。


で、まだあと5章分はありますが、これから後半に入ります。
(やっぱ、まだ続くのね…)

という事で、気合を入れ直すつもりで、しばらく更新お休みします。
溜まった事を片付けるのと、他ブログの更新と、やる事やって気分転換してから、再度取り掛かろうかと思っています。
家族の用事にも集中せねばならず…。


で、再開は、ゴールデン・ウィーク明けを予定しています。

その時はまた、お付き合いいただけると、とても嬉しいです。

.。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。.


で、またまたここから勝手なつぶやき…(懲りなくてすみません)。
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実はまだまだ続きます、過去のお話…の9章ですが、やっと…主人公が元に戻ってほっとしてます。
本音としては、後悔してないけど8章が長過ぎました。ぐだぐだしてるしどろどろしてるし。
あまりモロな表現を使わず書いたつもりでしたが、悩みながら(何せ初めて文章表現するので)進めていた章でした。何度か絵で見せられればいいのにー、という場面が多々ありました。
自分の表現力、わかり易さが乏しい所、反省すべき点が、多々あります。

もっと詳細に書いた方がいいか、それともあっさりしようか、これはこれからも悩みながら進めていかなければなりません。

結局、痴情のもつれが原因の様な(そんな、ミもフタもナイ…)親の話がルーツ、という点で、何となくこの話が見えた方がいらっしゃると思いますが、主人公のこの生まれを念頭に置いて、これからも最後までいくと思います。


実際こうして初めて小説書いてみて、こんなに長くなるとは思わず、またここまで自分が続くと思わず、気が付いたらもうすでに5ヶ月。
本当に初めて頭から順を追って、きちんと書いてる長編です…(うわぁ)
長編は長い故、途中で飽きてしまったりで、書きたい場面ばかり先に書いていた人なので、ちゃんとできるか心配だったのですが…。何とかやれて(内容はともかく)少し自信になりました

さてーまだ5章分もありますが、最終章の部類になるので、気合い入れ直します。

大筋は出来ていますが、実は詳細はまだ出来ていません(いつものごとく)
そういう感じで進めていますので、8章のように長くなる可能性もあります


…当分…こういう感じですが…ι(´Д`υ)アセアセ


ファンタジーも色々な設定があるかもしれませんが、最近魔道士やら魔法やら魔物やら呪われた王子やら、そういう漫画に今ちょっとはまってまして(うきゃ…)こういう中世風の設定もよかったかなーと思いつつ、きっと自分では書けない、と諦めております。(だってその手の設定の作品が多すぎるので、きっとアラが目立ってしまう)

この話は元々最初の原案が和風ファンタジーでしたので、その名残が冒頭の桜花楼の描写です。
今や大陸が大きく設定でできてしまったので、和洋折衷ファンタジーになって、混乱を招いていると思いますが…。

民族や国によって、戦士、兵士、武人、と表現を変えてます。

中世風ではないので、この話には魔道士や魔法使いは出てきません。もちろん魔物も。

その代わり、“気”という物が出てきます。これも最初の設定にはなく、なので気術者、という名前もその時に出てきました。(当初はそれ全体ひっくるめて“術者”としてましたが、今は気術者(気を扱う)、武術者(武道を扱う)、医術者(医療を扱う)…などと、分けています。

そういう細かな設定を、本来書く前に充分練らなければならないのですが、本当にぶっつけだったもので、今多少苦しんでますが(何せ、一国だけでなく、何国もあるので…)考えるのもまた楽しい…という事で、そのうちまとめてみようかと思います。

でもお読みいただいて、この国は、この組織は、あれをモデルにしてるかな?というのがおわかりいただけてると思います。一応参考にモデル部分を持ってきてます…。


他の自分の作品で、魔物が登場するのもあるにはありますが、この話ではイメージ以外は多分全く出てきません。神の描写もあるかもしれないですが、それも…どうかな(苦笑)

全て人の心にある、イメージの具現化、という基本設定で、神や魔が出てくる、と考えてます。が、上手くできるか、少々不安です。
冒険、戦い、の出てくるファンタジーはやはり魔物が襲ってきて、それを退治する、というのがカッコイイし、王道かもしれないのに…あえてここはそれをしません。なので本当に戦いのシーンがなくて(華?がなくて)、どうなのかな、と(苦笑)
それなのに、何でこんなに長い話なんだよー、と突っ込まれそうですが、まだまだ当分続きます事を、ご了承ください。後半は“気”と天の話が中心となる予定です。基本は地に生きる人間の思惑ですが。

長く呟きすぎました

いつもこんなんですみません…。

ではGW明けにお目にかかりましょう…。

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2010年5月 1日 (土)

暁の明星 宵の流星 #81

近くで子供の泣き声がする。
ミカ正妃はその声を無視して、夕闇の中、ひとり庭に出た。
王宮の庭には、四季彩りの花が絶え間なく植えられ、王家の者を楽しませている。
だが、今の彼女には、その美しさは目に入らない。

彼女はひたすら彼を待っていた。
彼の大事にしているものを、彼女は奪ってやった。
だからこそ、彼が自分を頼って、ここに来ることを、彼女は望んだ。

(アマト様…。貴方の大切なものは私の手の中。……今度こそ…私は貴方と離れないわ…)


ネイチェルが死んで、そろそろひと月にはなろうとしていた。
あの後、ネイチェルを見晴らしの良いあの丘に葬り、急いで皆セドに向かったのだ。
だが、厳重な警備の目が、彼らを阻んだ。幾度か潜入を試みたが、ことごとく失敗した。
運のいい事に、アマト達は捕まりはしなかったが、そんな事で時間ばかりが過ぎていった。
そして今はセド王国と隣州の境で、彼らは身を潜めて次の機会を伺っていた。

もちろんその間、彼らは散々話し合い、策を練った。だが話はまとまらない。
実は何度か王家には内密で、ある人間から打診が来ていた。

ミカからだ。

彼女は隠密の使者をアマト達に送って来た。
秘密の文書を持って。
その内容は、「アマトの身の安全は自分が保障するから、王家に戻って来て欲しい」との事だった。
アマトはここはもう、ミカの言うとおりに、自分がセドに戻った方がいいのでは、と主張した。
しかしその都度、一度罠にはめられ殺されかけた事もあって、ラムウ達はこぞって反対していた。
「これは罠かもしれません、アマト様」
「しかし、だからといって何か策があるのか?……殺されるかもしれない、だが、子供達をこのままにはできない。ここは私が堂々と帰り、主張した方が…」
ある時には、思い切ってオーンに真実を告白し、自分は死罪を甘んじて受ける代わりに、子供達だけでも助けてもらうよう、懇願する事も考えた。しかし、その事ももちろん反対された。特にラムウに。
なのでアマトは、精神的に追い詰められ、かなり参っていた。
毎夜彼はセドにいる子供達を思い、何回か衝動的にひとりで王家に行こうとした。
その度、ラムウやハルに引き戻された。

このようにして気が付くと、ひと月も経ってしまっていた。

しかし、それも終止符を打たれる時がやって来る。

あの、“運命の日”がやって来るからである。

その、“運命の日”の少し前。

大聖堂は彼らが持ってきた真実に震撼した。

「ま、まことなのか…?その話は…」
最高天司長(さいこうてんしちょう)は蒼白となった。
「…本当です。神に誓って、この話が真実だと証言します」
セインは経典に手を置いて、片手を挙げた。
ここは、神国オーン、天空飛来大聖堂(てんくうひらいだいせいどう)の教義の間だ。
広いホールに、円形の大きなテーブルが中央にあり、顔を見合わせるように、神官達が座っていた。
そのテーブルには中央に空洞があり、セインはそこに座らされていた。
「セドは……セドはそのために、オーンの大事な姫巫女を略奪し…無理やり…子供を…」
神官達は震え慄いた。
「そんな…そんな神をも冒涜する…何て恐ろしい事を…」
彼らの後方でサーディオ聖剛天司(せいごうてんし)が、腕を組み、じっとその話を聞いていた。
その口元は怒りに震えている。
「…その証拠です、最高天司長。…セド側が奉納を渋っていた…王位継承者を記した、名簿の石盤…。
王家の家系図です…。この、最後の名前を確認いただきたい」
クラレンス銀翼天司(ぎんよくてんし)はそう言いながら、あの王家の女から手渡された石盤を出した。
一同ざわめいた。そこには確かに、アマト第五王子=ラスターベルとなっており、二人の間から下った線の先には、キイ・ルセイ第一王子、と記されていた。
「セドはこの子供が大きくなったら、国の象徴でもして、世間に知らしめようとするつもりだったんでしょう。
…神の力を持って生まれた…王子、として」
クラレンスは、口元に歪んだ笑みを浮かべた。
「…その子が本当に…」
突然、後ろで沈黙していたサーディオが言った。
「聖剛天司?」
「……神の力を持って生まれたのは…本当なのか?何を持ってそう断言する」
クラレンスは目を細めた。
「…貴方の大事な姉君が生んだ、その王子は…。
生まれながらにして、“気”を持っています…。そのために専門の気術者達が、彼を診ていた」
「生まれながらにして、“気”を…?何の…」
サーディオは眉間に皺を寄せた。
「“光輪(こうりん)の気”です」

その瞬間、恐れのようなどよめきが部屋中響いた。
「何だと!?“光輪”?あの、経典か文献に登場する、あの“光輪の気”!?」
サーディオの顔は真っ赤になった。もう我慢が出来なかった。
「何ていうことだ!!」
彼は怒りに震えながら叫んだ。皆も恐怖で震えている。

「“光輪の気”はまだこの地に降りたことのない、第十最高位・王の気である金環(きんかん)の上をいく“気”。
あの絶対神が守護獣ビャクオウと共に大陸を創ったときに駆使したという……。
最上高位の“神の気”…光輪。…すなわち、光輪とは神気そのもの。
…その子供は神気を持って、この地に降りたというのか!!」

サーディオの怒りは収まらない。
「兵を出す」
彼のきっぱりとした言葉に、皆固唾を呑んだ。
「……サ、サーディオ聖剛天司…」
おろおろして最高天司長は彼を制しようと立ち上がった。
だが、彼を誰も止められる者はいない。
「私の思ったとおりだ、最高天司長!これは由々しき問題ですぞ!
奴らはただの盗人だ!何が神の血を引く王族だ!
……神の大切な申し子を、無理やり穢し、しかも天の宝を強奪した、最低な奴らだ!!」
「サ、サーディオ…兵を出すとは…、セド王国に…」
「当たり前でしょう」
サーディオは目に涙を浮かべ、はっきりと言った。
「天から奪った宝は、天に返す。これが我々の使命だ」
「天に返す…」
皆は言葉を失った。
「その子が誰であれ、愚かな人間がこの地に無理やり引き寄せた天の子。
その子を天にお返しするのが、筋という物だ」
「そ、それは…その子を…」
殺す…。その言葉を最高天司長は呑み込んだ。
「聖戦士達を全て集めよ!準備出来次第、セドに向かう!いいな!」
そう叫ぶと、サーディオ聖剛天使は部屋を勢いよく出て行った。

大聖堂での騒ぎが、すぐにオーンの港町にも伝わった。

実はちょうどその頃、ハルはネイチェルの遺品を持って、オーンに着いたばかりだった。

ネイチェルが死んでまもなく、彼女の遺品を整理した彼らは、あのオーンの神託を見つけた。
アマトはつい、彼女への神のメッセージを読んでしまい、涙に暮れた。
そして彼はハルに頼んだのだ。
「彼女は自ら罪人となったが、元は聖職者…。禁忌を犯したが、愛の溢れる素晴らしい女性だった。
どうかこの神託を、彼女の遺品と共に、いつかはオーンに返したい…。
死する者には寛大なオーンだ。…彼女が親しくしていた、神殿のアリスという女性なら、わかってくれるかもしれない…」
そうしてハルは何とか時間を作って、何年かぶりにオーンにやってきた所だったのだが…。
港町は、大聖堂が百年ぶりに兵を出す事で大騒ぎだった。
しかも…しかもあの神王がいるセド王国に向けてとなれば、騒ぎが益々大きくなるのは当たり前だ。
ハルはその話を聞いて、青くなった。
(キイ様!)
彼は慌てて大聖堂へ行き、アリスという女性を訪問した。
彼女はネイチェルの死に驚き、そしてハルに今大騒ぎになっている出兵の詳しい話を聞かせた。
「やはり…。大聖堂は怒り、キイ様を…」
「ええ。どうか早く、この事を皆さんに!いくらその様な御子とはいえ、ラスターベル様の忘れ形見。サーディオ様の実の甥子様。…どうか、どうか、最悪な事にならぬよう…」
と、アリスはむせび泣いた。
ハルはそのまま、アマト達の元に舞い戻った。

げに恐ろしきは神の怒りではなく
真実(まこと)に恐ろしいのは、この世の人に巣食う闇


人に…巣食う闇…。人の心にある闇…。

亡き愛する者に託された天の言葉を、アマトは心に刻み込んだ。
彼はやはり決心したのだ。
このままではいつまでたっても事態は動かないと。
今まで隠してきた、王子の時に使っていた剣を、彼は荷物の奥から取り出した。
その鞘には、王家の紋章が刻まれた、小さな装飾品が付いている。
己が大罪人となり、国外追放となってから、己自身で封じた物だ。

これからどうなるか、アマトにも全くわからない。だが…。
自分は犬死にだけはしない。必ず子供達を救う…。この身に変えても。

ミカの文書は、アマトだけがセドに来ることを望んでいた。
《親愛なるアマト様。奥方の死を、王家から聞き、また貴方が生きていられる事を知り、驚きました。子供達は無理言って、大事に私が保護しています。貴方は私の幼馴染。王家の人間。…今も貴方様の身の安全を、王家に懇願しております。貴方がセドに帰り、子供達とお暮らしになりたいのであれば、私は全力で協力しますでしょう。
王家は貴方おひとりだけ、セドに戻れば命は取らないと、約束しました。どうか、この密書がお手元に届きましたら……》

アマトは剣を握り締め、そっと部屋を抜け出した。
廊下の窓には、満天の星空が煌いている。
まるで切り出した絵画のようだ。
今、他の者はちょうど出払っているようで、しんとした廊下には自分以外の気配もない。
外にでるのは…今が最適だろう。彼は出口に向かった。

その少し前、ラムウは誰かに呼び出された。
潜伏先はなるべく変えている。足が付く事を恐れたからだ。
この隠れ家だって、昨日移動してきたばかりだ。…なのに、一体誰が…。
やはりここはセドに近い。どこで隠密の目があるかも知れないのか。
ラムウは気を引き締めながら、呼び出された場所に向かった。

《ラムウ=メイ殿。大事な話があります。この先の赤い花をつけた木で待っています…》

そのメモが、自分の部屋の窓に貼り付けられていた…。
誰かが自分達を監視している可能性が大有りだ。
ラムウはそれも確認するため、約束の赤い花の付いた木に向かった。
そこはセドに向かう細い道の脇にある林の奥にあった。
人目にはつかない、寂れた場所だ。

ラムウがその場所に来た時、その木の陰から、一人の男が現れた。
「…セイン…」
それは大聖堂から戻ったセインだった。
「お久しぶりです、ラムウ様」
彼の表情は読めない。ただでさえ、この場所は薄暗い。
ラムウの持っている小さな灯りだけで、彼がぼんやりと浮かんで見える。
「…私がいる所がよくわかったな…」
「……ここはセドに近いですからね…。この辺りは詳しいんです。でもずっとお捜ししていましたよ」
セインがラムウの近くに寄った。彼の目は、暗闇のようだった。
ラムウは彼のその目を見て気が付いた。
「まさか…お前…」
「ええ、貴方がたを最初に見つけたのは、僕ですよ」
「貴様…」
ラムウは思わず、セインの胸倉を掴み、自分に引き寄せた。
「おや、怒るんでか?僕はまた感謝してくれると思ったのに」
近くでセインの嘲笑う顔がはっきりとわかった。
「どういうことだ…」
セインは彼に顔を近づけ、囁いた。
「貴方は心の奥底で、本当はほっとしたはずだ」
ラムウは目を細めた。彼の言っている事がよくわからない。
「…高潔で…敬虔な…信徒である貴方が、耐えられるわけが無かった」
セインは朗読するように話を始める。
「……貴方は神と、王子との間で…人としての道徳観と罪悪の狭間で苦しんできた。
僕はようやくわかったんですよ。貴方の狂気が」
「セイン…」
「可哀想なラムウ様。……愛する王子が大罪を犯さなければ、崇高な武将として、神の申し子として、この世を飾ったのに…。あの、人のよい、浅はかな王子に仕えたばかりに」
ラムウはかっとした。
「お前にアマト様の事を言われたくない!」
「……貴方のその王子への気持ち、本当に純粋な主従関係だけですか?
本当はこの僕のように、彼を痛めつけ、陵辱したいのではないのですか…?」
ラムウは本当に彼の言っている意味がわからなかった。
…だって…アマト様はそのような事をしていい方ではない。
自分は彼を傷つけるのが一番我慢ならないのに。
自分は傍にいてお守りするだけで、それだけで満足なのに…。
何故、この者は変な事を言うのだ…。
不思議そうに自分を見るラムウに、セインは唇を歪めた。
「…貴方は…気が付いていない。貴方の心の奥に巣食う闇を。
どす黒い、その闇を…」
「……」
「貴方は僕を痛めつけて気が落ち着いたはずだ。
あの聖職者だった女が死んで、気持ちが晴れたはずだ。
そして罪の子供…。王子にとって穢れた汚点でもある証が、彼から去って、ほっとしているはずだ…」
セインの頬が涙で濡れていた。
「本当は貴方は王子を自分だけの物にしたいんだ。
貴方の潜在意識の中で、その事は歴然と、ずっと横たわっていたはずだ」
ラムウの手が震えてきた。…彼が毎回どうする事も出来ない、暗い、どす黒い闇…。
セインは彼の様子を見て、益々追い討ちをかけた。

「だから僕が貴方を解放してあげるんだ…」
「セイン…」
「…貴方の心の奥底にある、本当の感情を。欲望を。黒い本能を。
この僕が解き放ってあげますよ。貴方の大切な神の力を借りて…」
ラムウにどうしようもない感情が沸き起こってきた。
これは怒りなのか?それとも憎しみなのか…?どれにしても、全ては破滅に通じる感情だ。
ラムウはセインの首に手をかけた。セインの目に喜びの色が浮かぶ。
「……ラ、ムウ…様…。どうかこの手で、僕を殺して。
貴方の愛が手に入らないのなら、せめて貴方の手にかかって…。
貴方はもう神の名の元に、自分を律する事も、己を偽らなくてもいいんだ…。
ただの人として、奥底の欲望を認め、素直になってください…。
自分の本当の気持ちを…よく見て…」
セインの言葉に、ラムウはじわりじわりと手に力を込め始める。
…我が王子と似ている顔が苦悶する。
「…貴方に最後、僕から贈り物があります…。これで、貴方は解放される。
苦しみから、解放されるんだ……!」
息も苦しげに、セインは言い放った。
ラムウはぐっと、彼の首を締め上げていたが、突然、力を緩めた。
「…?」
ごほっと咳き込んで、セインは閉じた目を開き彼を見た。
ラムウは呆然とした顔で、自分を見つめている。
「ラムウ様?」
「…違う…」
「え?」
ラムウはいきなり、彼を突き離した。「ラムウ様!?」
「……私が……しなければならない…事は…これではない…」
セインは驚いて彼の足元にすがりついた。
「ラムウ様!早く僕を殺してください!貴方の手で!」
だが、ラムウにはセインの言葉が聞こえていなかった。
「神よ…。私は…」
「ラムウ様!!お願い!貴方の手で…僕を…僕を…」
泣き叫ぶセインをラムウは足蹴にし、ふらふらと隠れ家の方に歩き出した。
「ラムウ様!!」
絶望するセインの声が闇夜にこだました。
その叫びも、そして絶望した彼が、泣きながら自分で自分の胸に剣を突き刺したのにも、ラムウには届かなかった。
彼の心には、神と、そしてアマトの事しかなかった。


そのラムウの目に、愛する王子の姿が飛び込んできた。
「アマト様!?」
ラムウは慌てて彼の元に走った。
「ラムウ!!」
アマトは焦った。出て行こうとする所を、よりによってラムウに見られてしまった。
「何処へ行かれるのです!」
ラムウはもの凄い剣幕でアマトに詰め寄った。
「まさか…」
アマトの出て立ちを見て、彼は蒼白となった。
「ラムウ、頼む、このまま行かせてくれ!」
「いけません!このまま奴らのいいようにされるだけだ!!」
ラムウは去ろうとするアマトの腕を掴み、力を込め引き寄せた。
「今度こそ行かせてくれ、ラムウ。このまま何もしないでは進展はない」
「行かせません!絶対に行かせない。貴方様を一人でなんか、行かせません!」
「ラムウ…」
アマトの目に涙が光っていた。「ラムウ、すまない…」
「アマト様!」
ラムウは彼の涙にぎょっとした。
「…私のせいで…私がいるせいで…皆が不幸になっていく…。この無力な自分が忌まわしい」
「アマト様、何を言います?そんな、貴方のせいではない…」
アマトは片手で自分の顔を覆うと、嗚咽した。
「いや、私のせいだ。私の愚かな行動のせいで、皆の人生を狂わせた。
姫巫女も、…ネイチェルも、一番の被害は子供達…。私についてきてくれた者達。
そして、ラムウ、お前も」
ラムウは目を見開いた。
「アマト様、私は…」
「いや、お前には本当に申し訳ない。敬虔な信徒であるお前を、私はいつも、自分の行動で傷つけているのではないだろうかと思っていた。それなのに…何故、お前は私の傍にいてくれる?いつも味方でいてくれるんだ…?」
「…貴方は私にとって、永遠に祖国の王なのです、アマト様」
「ラムウ…」
「私はずっと…。お仕えした15の時から、貴方はこの国の希望でした。私の希望でした。
貴方こそ我が神王…。神王の玉座にふさわしい人は、私にとっては貴方しかいない…」
ラムウの声も震えていた。そしてラムウは掴んでいた彼の腕をそっと放し、うやうやしくその手を取った。
「私の王は貴方様だけ。心が広く、美しく。誰よりも国を思い、誰よりも平和を願い…」
「ラムウ…。それは買いかぶりすぎだ…。私がそんな高潔な王なら、こんな事にはならないよ…」
アマトは涙を流しながら、俯いた。
「だけど…」
「…はい…」
「お前がいてくれて…ずっと私の傍にいてくれて…よかった…」
「アマト様!」
「こんな男を…見捨てず、ずっとお前は…。
こうなってみて、実感したよ…。ラムウが私を支えてくれてたんだなぁ、って。
お前がいてくれなかったら…きっと私は取り乱してばかりだったろうな…」
ラムウの全身に、喜びが沸き起こった。
「何度かお前のためを思い、私は離れて欲しいと思っていた。
だけど…。それでも私の傍に変わらずいて、守ってくれて…」
「アマト様。私はずっと貴方のお傍を離れません。未来永劫、私は貴方にお仕えします」
ラムウは彼の手の甲に額をつけた。

彼が本当に自分自身の心を見つめた瞬間だった。
私のアマト様は何にでも穢されてはならない。
彼が光輝く世界に君臨することを、自分はずっと望んでいたのだ。
その傍で、彼の姿をお守りするのが本当の自分の幸せ…。
彼が神に疎まれてはならない。そのために自分は何でもできる。


この時のラムウは、セインの言う欲望を心の底で持っていたとしても、絶対に認めようとしなかったろう。
彼の中には、初めて出会った頃から思い描いていた理想の王と、それに仕える理想の自分しかなかったのだから。
アマトを一人の男として、欲情に駆られる対象であるとも考えてもいなかった。
…ただ…。それがラムウの本心かどうかは、疑わしい事だが。
ラムウは神への信仰と、アマトへの忠誠心を、貫く覚悟を固めた。
例えそれが正しい方向にいかなくとも、今のラムウは最善と信じていた。


その時、一頭の馬が二人の前に勢いよく駆けて来た。
「アマト様!ラムウ!」
それはハルだった。彼はオーンから急いで、なりふり構わず戻ってきたのだ。
「どうした?ハル?」
ハルの尋常でない様子に、二人は嫌な予感がした。
「ああ…。大変です、アマト様!大聖堂に全てが伝わりました!
姫巫女様の事…キイ様の存在…。今オーンは怒り狂って兵を百年ぶりに出すと…」
「何っ!?」
二人は凍りついた。
「キ、キイ様が…神の力を持って生まれた事に大変お怒りになって…。
聖剛天司…ラスターベル様の弟君が…、天から奪った宝を天に戻す、と」
アマトは蒼白となり、震える声でこう叫んだ。
「止めなければ!…オーンの兵を止めなければ!!」
「アマト様!もう明日の夕方には兵はセドに到達します。もう説得される時間はありません!!」
アマトは唇を噛んだ。そこから血が滲み出た。
(キイ!アムイ!)
そしてその犠牲になるであろう、自分が愛した国民達…。
何とかしなければ。
アマトは大きな衝動に駆られた。
これは天罰だ。自分がやってきた大罪に、今、神が天罰を下そうとしているのだ。
己が犯した罪悪のせいで、何も罪のない人々が犠牲になろうとしている。
耐えられなかった。…今こそ、自分がすべき事をしなければならない時が来たのだ。

「すぐに国に行こう。とにかく、何とかしなければいけない!!」
アマトはそう言って、自分の馬を取りに走った。
ラムウもそれに続いた。ハルはとにかく残った仲間たちを集め、二人の後を追うことにした。

ラムウは大聖堂が怒り、出兵する事に、初めは衝撃を受けた。
とうとう…恐れていた事が、やってきた…、と。
神がとうとう天罰を下される、と。

だが、不思議な事に、馬を走らせているうちに、そのショックは段々薄れていった。
代わりに安堵している自分がいたのだ。


(…貴方に最後、僕から贈り物があります…。これで、貴方は解放される。
苦しみから、解放されるんだ……!)

やっとセインの言葉が、自分に届いたような気がする。

ラムウは心の中で、ある思いが渦巻いていた。

…ああ……これで…。
これでやっと私は苦しみから解放される…。
この忌まわしい心の闇から自分はやっと自由になれるのだ。

《神よ…!!

私は罪深き男です。
国を守る以外で、憎悪のために人を殺め、
欲望で男と通じた…。

私は王子と同じ大罪人です。

彼と共に、今、あなたに贖罪しに参ります。

あなたの怒りを…。
大聖堂の怒りを甘んじて受けましょう…》


そうして運命のあの日がやって来た。


神の子孫である神王を頂く,大陸最古の少数民族、セド王国。
その日、国に白い巨大な閃光が走り、一夜にして壊滅するのだ。

セド王国は己の存続のために禁忌を犯し、
神の逆鱗に触れて一夜にして滅んだ

それはまだ、18年も前の事。

その後何故かオーンは口をつぐみ、沈黙を守ったため、その真相は封印された。

しかし、それは東の伝説として、後に人々に囁かれる事となるのだ。


セド王国最後の秘宝の伝説と共に…。

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