« 暁の明星 宵の流星 #101 | トップページ | 暁の明星 宵の流星 #103 »

2010年6月24日 (木)

暁の明星 宵の流星 #102

暗闇の中での山登りはかなり怖かった。が、昂老人(こうろうじん)が気術で作った灯りの玉のお陰で、周辺はうっすらと明るく、足元を見れる状態ではあった。
息を切らして、やっとの思いでサクヤ達は、吊橋のある場所にたどり着いて足を止めた。
「うそ…!本当にここを渡るの…?」
不安げなイェンランの目の前に、今にも壊れそうな、縄で作られた吊橋が風に揺らいでいた。
申し訳程度に足場となる木の板が括り付けられてはいたが、それも所々壊れて、穴が開いている。
その吊橋の下から微かに川が流れる音がするのだが、この耳遠さだとかなり深い谷間に川がある事を窺(うかが)わせた。
まだ夜の闇に包まれて、どのくらい深いかを目で確かめる事ができないのは、かえって良かったのかもしれない。
明るい時間にこの橋と、眼下に映る景色を見たら、きっとそのあまりにもの高さに、誰もが足が竦んでいただろう。
落ちれば確実に死が待っている深さだった。
「そのようだ。アーシュラさんはここを通って、海側へ行けって…」
サクヤも息を呑んでから、ぼそっと呟いた。
「…とにかく、ここを渡るしかないのお、大丈夫じゃ、ゆっくりと、向こう側だけを見て行こう」
昂老人はそう言うと、軽やかな足取りで橋を渡り始めた。
その様子に、サクヤとイェンランは意を決し、生唾を呑み込むと、ゆっくりと橋に手をかける。
何を思ったか、ふ、とイェンランはこの場所に目印をしたくなった。

キイが目覚め、後からアムイ達とやってくる…。
その知らせをサクヤから聞いて、涙が出るほど嬉しかった。
その時自分の心の中で、やはりキイは特別な人なのだと感じた。
それが恋というのなら、自分の中の女が彼を求めているという事だ。
あの出会いから三年以上も経っている。彼が自分を憶えてくれているかも定かではない。
それでもイェンランは彼にもう一度会いたかった。
会ってこの気持ちが恋なのか、確かめたかった。
それだけのために、危険を顧みずここまで来たのだ。
その気持ちを、何故かここに残したくなった。
後からアムイ達がここに追ってくるのなら、自分達がちゃんとこの橋を通った事がわかるだろう。
彼女は胸元から、紐に通されたキイの虹の玉を取り出した。アムイに返した、あの【巫女の虹玉】。
実は自分が男達に襲われた次の日、アムイがお守りにしろ、と再び彼女の手に戻してくれたのだった。
玉は力を使い果たし、何も色を放たなくなっていたが、キイの分身だと思っていつも身につけていた。
きっとキイ達はここを通る。
その期待を込めて、彼女は吊橋の入り口にその玉をくくり付けた。
自分達は無事にここを通るから安心してくれ、と。先に行って待っていると。

「おい、早く来いよ、イェン」
サクヤの声が橋の入り口で聞こえた。自分を待ってくれているようだ。
「ごめん、すぐ行く」
イェンランは気持ちを引き締め、吊橋の縄に手をかけた。


辺りはうっすらと朝の光が射しはじめていた。
ルランを人質に、アムイ達は無言で獣道を登りきり、吊橋の方へと向かっていた。
「キイ、アンタってさ…」
屋敷から逃げ出して、ずっと押し黙っていた皆の空気を最初に破ったのはシータだった。
彼はキイの補佐をするように、人質であるルランの片方の腕をがっちりと抑え、挟んで彼のもう片方の腕を持つキイに話しかけた。
「今まであんな寝たきり状態だったていうのに、もう普通に動けるわけ?
さすが天下の【宵の流星】…。本当に化け物ね、アンタ」
「そーかい?といっても、前のようには早くは動けねぇが…。筋力も落ちてるようだし…。なにしろ何か腹に入れなきゃ、戦えねぇ」
そう言いつつ、キイはニッと笑った。
ルランは怖いのと、キイの真意が計り知れなくて、ずっと緊張し押し黙ったままだ。
そうこうしているうちに吊橋までやってきた。

夜が完全に明けたようだ。眩しい太陽が東の方向から顔を出している。
だが、山の周辺には朝もやが立ち込めていて、あまり視界は良くなかった。
アムイは吊橋の入り口に、紐で括られた虹の玉を発見した。
「イェン達は無事、ここを通っていったようだ…」
誰に言うでもなくぽつりと呟くと、玉を外し、それをキイの方に見せた。
「それは…」
キイは色を失っている虹の玉を見て、ふっと険しい表情を緩めた。
「…お前が自分の形跡を伝えるために、ある女の子に託しただろ?
憶えてるか?」
キイは優しく微笑むと、頷いた。
「ああ、憶えてる…。まるで迷子の子猫みたいな子だったなぁ」
「…彼女はお前を追って、俺達とここまで来ている」
「え!」
キイはアムイの言葉に驚いた。
「詳しい事は落ち着いてから説明する。山のようにお前には話したい事があるんだ。
…とにかく早く麓まで行こう…キイ」
そう言うと、アムイは玉をキイに渡した。キイは片手でそれを受け取ると、しばらく手の中で握り締め、そっと自分の懐にしまった。

見るからに華奢な吊橋は風に少し扇がれて、ゆらゆらと揺れている。
大の大人が一人、やっと渡れるくらいの幅だった。
下に組まれている木の板は、所々はずれ、かなり不安定だ。
(よく渡って行けたな、サクヤ達)
まさかとは思うが、途中で落ちた、という事もないだろう。運動神経が並以上あれば。
それに調べる限り、まだ橋は自分達が通っていっても、簡単に崩れなさそうだ。
アムイとアーシュラは、ざっと橋を確認すると、渡ろう、というように頷いた。

と、突然キイはシータに目配せすると、掴んでいたルランの腕を解いた。
「宵の君…?」
まさかの自由になったルランは、呆然としてキイの顔を見上げて、はっとした。
キイの目が、あの三年前と同じ、優しくも慈しみある色を湛(たたえ)えていた。
先ほどの鬼神のような目とは全然違う。
どうして…。
するとキイは、自分がルランにつけた首筋の傷をそっと右手で覆った。
「宵の君…」
「ルラン、すまなかった」
ああ、あの優しい宵闇のような声。
ポゥッとした柔らかな光と共に、首筋が温かな熱に覆われていく。
キイはそっと手を離した。もうルランの首筋に傷はなかった。
茫然自失とルランはキイから目が離せない。
「怖い思いをさせて、本当に悪かったな。お前とはここでお別れだ」
その言葉に、ルランははっと我に返った。
「宵の君…!まさかわざと」
「ま、俺はどうしても逃げたかったし、…それとは別にお前さんと最後に話したかった」
「え…?」
僕と話したかった?一体何を…?
キイはルランの青空のような青い瞳を覗きこむと、こう言った。
「かなりの長い間、お前さん達に世話になった事は…意識がなかったとはいえ、俺にはわかっていた。
だがこのチャンスを逃したら、俺は自由になれない。…だからお礼を言う時間もなかった。
それと」
キイは一瞬息を止めると、ゆっくりと言葉を続けた。
「…お前に伝えたい事がある」
「…?」
「ザイゼムの事、よろしく頼む」
突然キイにそう言われ、ルランは面食らった。
彼の口からそんな言葉が出るとは思わなかったからだ。
「どういう事です…?宵の君?」
解せないという表情のルランに、キイは苦笑しながら、優しく彼の頭を撫でた。
「純真無垢な天の子」
低くて甘い声が、ルランを包む。
「ザイゼムの俺への気持ち、肌でよく感じていた。俺は意識がなくても、感覚は心の底には届くんだ。
俺もザイゼムの奴はいい男だと思う。魅力的だと思う。だけどな」
キイは視線を下に外した。伏せる長い睫毛が陰影を作り、溜息が出るほど美しい。
「俺はあいつを受け入れる事はできないんだ」
ルランは言葉もなく、キイの話を聞いていた。
「…というか、俺は男は駄目なんだよ、生理的に。
この男同士が当たり前の世界において、こんな奴、希少価値かもしれないが、こればかりはどうしても体が受け付けない。
はっきり言えば、同性には欲情しない性質(タチ)なんだ、俺。
だからお前が羨ましいと感じた事があった。
性別も越えて、ただ愛する者を身も心も受け入れられる…。
普通、一般的には相手を好きになったら、全てが欲しいのは当たり前だ。
たとえ、愛してしまった相手がたまたま男だったとしても、それを越えて愛し合う人間は世にたくさんいるだろう。
相手が欲しくて、体の深い部分で繋がりたいと思うだろう。
だけど俺は女じゃなきゃ無理なんだ。どんなに相手を愛していても、相手が男だと駄目だ」
しん、とその場が静まり返る。

アーシュラは暗い目を思わずアムイに向けた。
アムイはずっと下を向いている。心なしか、震えているように見えた。
二人の間に流れる緊張感…。たまに感じるこの感じは、やはりこれか…。
アーシュラは苦笑した。キイが男を欲の対象に見れない事は、昔からわかっていた事だった。
だから自分も、自分の恋心をずっと隠してきた。
ずっと親友でもいいと思って傍にいた。…それがどんなに苦しい事か。
…だけどアーシュラは、キイをゼムカに引き入れてからは、ザイゼムの事もあり、もう自分の気持ちに素直になってもいいと思っていた。
自分はずっと、キイを親友として見てきていなかったという事を。
ザイゼムの手前、もっと秘めた恋になったのは皮肉な事だったが。


キイは心の中の、自分の闇を思い起こした。
思春期になってから、隣で安心しきって眠るアムイの顔を見て苦しく思うようになったのは、それは彼に欲情しての事ではなかった。
狂おしい愛しい思いを、欲望に進展しない事への辛さだった。それをさっと認め、この愛情は肉親の情だと割り切ってしまえば簡単な事だったのに。
なのに魂の奥底で、この人間と一つに溶け合いたい気持ちがどうしても拭えない。だけど手っ取り早くひとつになれる方法は、自分の体がまったく反応しない、受け付けない。
しかも相手は自分の半分血の繋がった弟だ。そう思う自分をどれだけ嫌悪したか。
早熟な自分を恨んだ事もあった。思春期の性欲はキイをかなり苦しめた。
心はアムイを求め、体は異性を求める。心と体がバラバラになっている状態。いつも満たされない思い。
キイはその闇を思春期の頃、悩みに悩み、乗り越えてきたのだ。
割り切るまで、かなり思い悩んだ。
キイは苦笑した。
長かったなぁ、今の心境になるまでは。
どれだけアムイが女だったら、兄弟じゃなかったらって、ずっと十代はそう思ってきたんだものなぁ。
肉を持って生まれるのって、本当にめんどくせぇ。
肉体の枷にはめられて、こんなに苦しむとは思わなかった。
魂はこんなに自由なのによ。


「だからな、ルラン。ザイゼムにはお前のような人間が必要なんだ。
お前ならザイゼムを愛し、奴の激情も受け止めてやれる。
…俺じゃ駄目だ。何せあいつと俺は本当に似すぎてる。
どちらかが譲るなんて、考えられん」
主導権を争って二人が揉める所を想像し、ルランは思わず笑った。
「お。やっと笑った」
ほっとしてキイは、ルランの頬を軽く二回叩いた。
「本当にごめんな、ルラン。俺は俺の居場所に戻る。
これだけは誰にも邪魔させない。
さ、頼む。このまま行かせてくれ、な?」
キイがそう彼に言った直後だった。

「キイ!!」
草木のざわめきと共に、ザイゼムが戦士達を伴って現れた。
「陛下!」
ザイゼムは佇むキイとルランの姿を確認すると、剣を構えて言い放った。
「ルランを返して貰う。もちろんキイ、お前もこの橋を渡らせない」
わっと戦士達が吊橋目指して突進してきた。
「キイ!早く!」
アムイの叫び声に、キイはトン、とルランをザイゼムの方に軽く突き飛ばした。
ルランは勢いよくザイゼムの胸の中に飛び込んだ。
「陛下っ!」
「ルラン!」
ザイゼムは華奢なルランをがしっと受け止めた。
キイはその様子を見ると、ニヤッと口の端で笑いながら、アムイ達の待つ橋へと駆け出した。
「待て!キイ!!」
応戦していたシータとアムイは、押し寄せる戦士達を半数以上倒し、キイが来るのを待っていた。
両者とも、橋の手前でかなりの乱闘となった。
キイが戦渦を潜り抜け、やっと橋の入り口まで来た。
そしてアーシュラが先に橋を渡りかけた時だった。
戦士の放った弓矢のひとつが、アーシュラの手前の橋を支える縄に命中した。

ブツッ!!

鈍い音がして、目の前の縄に亀裂が入り引き千切れた。

ガクン!

橋がバランスを失い、一方に傾いた。

アーシュラはバランスを取ろうと足を踏ん張った。
が、それに気付いた戦士が、容赦なく弓を放つ。
人にではない。橋を支える縄に集中して、だ。
彼らは橋を落とそうとしている。もちろん向こう側へ行けなくするために。

ブツ!
またもう片方の縄が切れた。
ぐらりと橋がまたも傾く。アーシュラは焦った。
橋を落とさせるものか!!アーシュラは自分が橋を支えるかの様に、縄を強く握った。
「早く渡れ!俺達ならこの橋をすぐに渡り切れる!早く!!」
皆は頷くと、次々と橋を渡り始めた。
シータ、アムイ、そしてキイ。
いくら軽々とした身体能力を持っている三人とはいえ、大人の男だ。かなり橋に体重がかかり、アーシュラは歯を食い縛り、握る手に力を込めた。
「アーシュ!もう少しだ!」キイが励ます。
大勢を引き連れて、ザイゼム達が橋に向かってきていた。
「は、早くしろ!陛下が来る…!!」
「アーシュラ!お前も早く!」
キイのその声で、三人が橋を渡りきった事を知ったアーシュラは、今度は慎重に自分の体重を先へと移動し始めた。
みし、と鈍い音がして、重さに耐えかねた縄が徐々に千切れていく。これで他の人間が橋に乗ったらもう耐えられない。
やっと橋の中央を越え、もう少しで向こう側、という所で、橋を渡ろうとするザイゼム達の気配がした。
「待て!逃がさん!!」
ザイゼムの声が後方で響いたのを合図に、アーシュラは決意を固めた。
彼は背から自分の剣を片手で抜くと、僅かに後方で繋がっている縄を思いっきり切り落とした。

「アーシュラ!!」

橋は見事崩れ、バラバラと足場の板を谷底に落としながら、何本かの綱だけが残った。
渡ろうとしたザイゼムは寸での所で踏みとどまり、崩れていく橋を眺めた。
「くそ!!」
前方を見ると、アーシュラが向こう側に数本残ったうちの一本の縄にしがみ付き、揺れている姿が目に入った。
「アーシュラ…お前!!」
弟の判断に、ザイゼムは彼の思いの深さを知った。
母を同じくする、同じ子宮から生まれて来た兄弟なのだ。
これだけで弟の覚悟を、そしてキイへの愛をザイゼムは思い知らされた。
自分とは違う、愛し方…。


「アーシュラ!!」
キイは咄嗟に無二の親友に手を差し伸べた。
「早く上がって来い!アーシュ!!俺の手を取れ!!」
だが、キイの手を差し伸べている場所は、足場が脆かった。
彼が上体を乗り出す度に、パラパラと土が崩れていく。
「キイ!やめろ!お前が落ちる!」
アーシュラは揺られながらキイに叫んだ。
眼下は深い谷間が横たわっている。まるで地獄の入り口のようだ。
どのくらい深いか計り知れない。まるで口を開けて獲物を待っているかのようだった。
キイは焦った。ここで大事な友を失くすわけにはいかない。
ここまで自分を助けてくれた…。キイは諦めようとしない。
シータとアムイも手伝って、キイを支える。だが、近くに体重を支えらるような樹木もない。
アムイは剣を抜くと、ガシっと地面に突き立てた。これで少しは支えとなるだろう。
だが、思ったより地盤は緩かった。徐々に剣は重さで体重に引っ張られ、傾き始める。
「アーシュラ!!」
アムイも思わず叫ぶ。
その声にアーシュラはふっと笑った。

嫌な奴だとずっと思っていた。だけど、本当はいい奴なのかもしれないな…。
あのキイがこの世の中で愛している、唯一人の男だ。
アーシュラはアムイが女でなくて良かったと、心の底から思った。
何故かって?だってこいつが女なら、誰も敵わないじゃないか。
キイはきっと今以上に溺愛し、身も心も溺れるだろう。それこそ自分を見失うくらいに。
だからアムイよ、お前は男として生まれて正解だったんだよ。
キイが平常心を保つためには。
そして兄弟という血の繋がりがあれば、切れない絆でずっと繋がれている。
考えを変えれば、幸せな事だ。二人とも。


「アーシュラ!頼む!上がってきて俺の手を取ってくれ!!」

頭上でキイの叫ぶ声がする。
だが、自分の持っている縄が、じりじりと悲鳴を上げているのに気付いていた。
これ以上刺激を与えると、縄が千切れそうだった。
 
「早くアーシュラ!」
「キイ!!」
アーシュラは叫んだ。
「俺の事はもう放っておけ!!お前達は早くここから去れ!
遠回りして敵が来る前に、早く仲間の所へ行け!!」
彼の叫びにキイは懸命に首を振った。
「嫌だ、アーシュ!!お前は俺の大切な友じゃないか!!
お前を見捨てられるわけがないだろう!!」
冷や汗と共に、涙が滲み出て来る。お願いだ…。
「友…?」
アーシュラが喉の奥で笑った。
「違うよ」
その声は、まるで何かを訴えているようだった。
「アーシュラ…?」
「友達じゃない」
アーシュラは冷たく突き放すように言うと、キイを見上げて、ニッと笑った。
「!?アーシュ…!」
次の瞬間、キイの声が悲鳴に変わった。
「アーシュラぁっっー!!」
キイは咄嗟にアーシュラの手を掴もうと、身を乗り出した。
アーシュラはすっと、いとも簡単に縄から手を離したのだ。
彼の体が谷間に吸い込まれていく。
キイもつられて落ちそうになる所を、シータとアムイが両脇からがっしりとキイを支え、引き上げた。

「アーシュラ!!アーシュラが!!」
キイは取り乱し、アーシュラの名を叫び続けた。
キイを抱きかかえる二人も、アーシュラの覚悟に唇を噛み、目を伏せた。
キイは嗚咽し、蹲った。
「アーシュラ…!馬鹿な奴…」
嗚咽を抑えようと、手を口に持っていくが上手く行かない。
涙がぽたぽたと地面に落ちる。
ずっと聖天風来寺では一緒だった。
互いに腕を競い合い、馬鹿なことも一緒にやった。
喧嘩して、笑い合って。…この世に生まれて、友達っていいものだ、と思わせてくれたのがアーシュラだった。
どんな事があっても、キイはアーシュラを信じていた。
アーシュラが、自分を思ってくれている事も肌で感じていた。
それが恋慕だったとあの瞬間、彼の目でわかったとしても、キイにとってアーシュラは…。
「…それでも…お前は俺の…友達だ。唯一無二の親友なんだ…」
キイは顔を両手で覆った。


「この高さでは…今度こそ助かるまい…」
ザイゼムは橋のない谷間をぼんやりと眺めていた。
「馬鹿な弟だ」
目に涙が浮かぶのを、ザイゼムは堪えた。
今は泣いている暇はない。
アーシュラの最後に涙しているルランをちらりと見ると、ザイゼムはきっと顔を戦士達に向けて言い放った。
「遠回りになろうが、このまま【宵の流星】を追って海側に向かう!一度屋敷まで戻るしかないのが悔しいが、とにかく急ぐぞ!」


キイはひとしきり友のために泣き、アムイとシータに支えられながら、この場を後にした。
自分達はアーシュラの気持ちを無にしてはならない。
早く麓まで下りて、他の仲間と合流しなければならない。


三人は無言のまま、麓を目指して山を下りて行った。


にほんブログ村 小説ブログ ファンタジー小説へ
にほんブログ村

|

« 暁の明星 宵の流星 #101 | トップページ | 暁の明星 宵の流星 #103 »

自作小説」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 暁の明星 宵の流星 #102:

« 暁の明星 宵の流星 #101 | トップページ | 暁の明星 宵の流星 #103 »