暁の明星 宵の流星 #103
眼下に真っ青な海が広がっていた。
山道をしばらく下りて行くと途中切り立った崖があり、その木々の隙間から、きらきらと日の光を反射する海岸線が目に飛び込んできた。
親友だった人間をあっけなく亡くしたキイも、何とか落ち着きを取り戻してきたようだ。
三人は足取りも速く、一心不乱に麓を目指している。
優れた身体能力を持つ三人だ。下るのは上りよりも早い。
あっという間に麓手前の鬱蒼とした森に着いていた。
かなり深い森だった。重なり合う木々の枝と葉のせいで、日の光は遮られ、日中だというのに夕方のように薄暗かった。
この先を出れば、海が広がる草原になる筈だ。多分そこでサクヤ達は待っているに違いない。
進める足も、無意識のうちに速くなっていく。
と、突然森の中で異変が起きた。
「何だ!?」
いきなり空気が澱んだかと思ったら、ぐわぁあっと熱い緑の波動が三人を襲った。
これは間違いない。
「“木霊の気”!?」
緑の“うねり”は容赦なく三人を追いかけ、炸裂する。
三人はいきなりの攻撃に面食らいながらも、華麗に波動を避けていく。
だが、やはり本調子でないキイの身体には無理があった。
息を切らし、彼はその場に崩れた。
「キイ!!」
アムイは青くなって、キイの傍に近寄ろうとした。が、見えない敵の攻撃は、二人を近づけまいとしているように襲ってくる。
「シータ!頼む!キイを頼む!」
キイのすぐ近くにいたシータは頷くと、急いで膝を突いて息を整えているキイの身体を支えた。
「誰だ!!姿を見せろ!」
アムイはぐるりと森を見渡した。
キイを狙った新たな追っ手が来たのだろうか?ザイゼム達が来るにはまだ早すぎる。
では誰が…。
ごぉっ!!
いきなり突風に扇がれて、アムイは身体のバランスを崩し、キイ達よりももっと遠くに転がされた。
説明するまでもない、今度は“鳳凰の気”だ。
すると今度は冷たい波動がアムイを襲った。アムイは間一髪でそれを避ける。
(次は“水竜の気”かよ!!)
アムイは舌打ちした。かなりの気術の腕前の持ち主という事は明白だ。
しかし何故か、その攻撃はアムイに集中しているようだった。
「アムイ!」
キイとシータはアムイを助けようと傍に行こうとした。
少しキイの身体も落ち着いたようだ。
「!?」
ところが、アムイに近づこうとした途中で、二人は見えない何かに遮られた。
まるで透明なバリアで塞がれている様な感じ…。
「やだ…!結界を張られてる…!!」
シータが足元を見て言った。
確かに地面には光を放つ、巨大な魔方陣らしい図形が、アムイをすっぽりと包んでいた。
「結界!?いつの間に」
キイも驚いて地面を確認した。
結界を張られると、中と外の世界が遮断され、外部のものは絶対に結界の中には入れないのだ。
つまり、結界に囚われているのは…アムイだった。
「アムイ!!」
キイは叫んだ。何故?何故俺ではなくアムイ?
キイの背筋に嫌な感覚が走る。
「おい、シータ、何とかできないか?結界とか魔方陣とか、お前得意だったろう?」
だがシータの表情は険しかった。
「そうだけど…。この結界、かなり高度な…。幾重にも色々な結界がかけられている。
こんな事できるの、余程の鍛錬した者でないと…。
でも、何故アムイが…」
と、ここまで来て、シータははっとした。
熟練した波動攻撃、かなりの修行者でなくては使いこなせない結界。
どう考えてもちょっとやそっとの若造ができる代物ではない。かなりの年月をかけて鍛錬した者でなければ…。
シータには心当たりがあった。
名前を言うのも禍々しい。
こんな事ができるのも、しかもアムイを狙ってくるなんぞ、あの男しかいないではないか。
「まさか、シヴァ?」
「何っ!?」
キイこそ、その名前に驚いた。シヴァ?シヴァってあの吸気士?
何でシヴァがアムイを…?…という事は、え…!?
アムイを翻弄させた波動攻撃がピタリとやんだ。
息を切らしながら、アムイは自分の周りを見てぎょっとした。
いつの間にか結界が張られてる…?しかも俺に?
そういぶかしんだ時、あのぞわっとした男の声が耳元でした。
「会いたかったぞ、姫君」
アムイは驚いて振り向いた。いつの間に自分の背後にやって来てたのか、会いたくない男の姿があった。
「…?姫君?なんだそれ。俺は男だぞ」
アムイはむっとした。自分は男だ。女扱いされるのは嫌だ。
シヴァはそんなアムイを面白そうに観察すると、ニヤニヤしながらこう言った。
「…セドの王子なんだろ?お前」
その場が一瞬凍りついた。
アムイもだが、結界の外にいるキイもシータも、シヴァの言葉に愕然とした。
何故…この男が今だ他に出回っていないアムイの素性を…?
アムイがその言葉に固まったのをいい事に、シヴァはじり、と近づき、アムイの頬を右手で触った。
「ア、アムイっ!」
キイははっとして叫んだ。シヴァに触られる、という事は…。
ビクン!とアムイの身体が反応する。シヴァに触られている手から、己の“気”が吸い取られていく感覚をおぼえる。
これで動きが鈍くなるのを、シヴァは狙っているのだ。相手が抵抗しないように。
「アムイ!!」
青くなって再びキイが叫んだ。シヴァはそれをちらりと横目で見ると、舌なめずりをしながらアムイに言った。
「お前が男なのは百も承知よ。でも俺は気付いちまったんだ、暁。
…セド王家の血を引く王子。そしてお前のその甘美で芳醇な“金環の気”…その奥に隠されている花弁にさ」
「……」
「姫君…つまり“秘めたる君”…秘め君という事さ。男でも関係ない」
シヴァの右手がするりと頬から下に下がり、アムイの白い首筋を撫でる。
「お前は面白い。表面には現れないその花弁に、お前は魅惑の蜜腺(みつせん)を隠し持っている。
それに気付いた者は、お前に溺れるくらい虜になるだろうよ。
滅多に知られる事のない、秘めた本当のお前の持っているもの…。
お前の“気”を吸って、その事を知ってしまった俺が、もっと深くその花弁に触れたくて我慢できないくらいに」
いきなりシヴァはアムイの身体をぐいっと自分に抱き寄せた。
「やめろ!!」
キイの怒声が結界の外で響く。だが、シヴァはまるでそれを面白がっているようだった。
「お前…。男として生まれてもかなり綺麗だが、女として生まれていたら大変な事になってたろうな。
というか、男でよかったのかもよ、暁」
ニッとシヴァは笑いながら、アムイを抱く手を強めた。抱きしめられているアムイの表情はキイ達の所からは全くわからない。
「セド王家の血を引いて、しかも“金環の気”を持っている…女?
こりゃやばいわ。お前をめぐって大きな戦争が起こる。
男共の血みどろの争奪戦が目に浮かぶようだ。…よかったなぁ暁、男に生まれて。
しかも固い鎧に覆われて、多分、本能で嗅ぎ取る野生動物しかわからない、その蜜腺は隠されている訳だし。
…俺も年の功だよな。他人でその事に気付いたのは、きっと俺が初めてだろうよ」
結界に張り付いているキイが震えているのに、シータは気が付いた。
(キイ…?)
キイは顔面蒼白だった。握り締める両手の拳は白くなり、血管が浮き上がっている。
噛み締めている唇はわなわなと震え、彼の額からは脂汗が浮かんでいる。
鋭い眼光は、ギッとシヴァを睨みつけている。
こんな彼を見るのは初めてだった。
何事にも動じない、余裕すら感じさせるこの男が。
昔からアムイの事になると取り乱すことはあったが、ここまで追い詰められている顔は初めてだ。
「離せ…。離せシヴァ!!アムイを離せ!!」
キイは地獄に突き落とされたかのような声で叫んだ。
シヴァはキイのその姿を見ると、わざと見せ付けるようにアムイを抱きかかえ跪いた。
「…宵の君、久しぶりだなぁ。あの時は世話になった。
相変わらず神々しいお姿、目の保養だな」
“気”を吸われて力が出ないのか、アムイはシヴァのされるがままになっている。
そのアムイの顎を、シヴァは自分の顔に向けさせた。
アムイは無表情だった。伏せた目が何やらと艶かしい。
「アムイ!!」
キイは気も狂わんばかりに結界を破ろうと拳で叩き続ける。だが、そんな事で結界が破れるわけもない。
「ああ…、アムイに触るな!!俺のアムイに」
キイは完全に己を見失っていた。沸騰するような感情の渦が、彼を翻弄していく。
「俺のアムイ?」
くすっと笑うと、シヴァは馬鹿にするように呟いた。
「あんた男は駄目なんだろう?ならいいじゃないか」
キイは固まった。こいつ…いつから俺達を見ていたんだ?
そっとシヴァはアムイの唇を親指でなぞる。
「……俺の結界を破れる奴なんていないよ。なぁ、暁、だからここには邪魔は入らない。
ゆっくりお前を堪能する事にするよ。“気”も身体も」
「触るな!外道!!」
キイの怒声を無視し、シヴァはアムイの唇から指を離し顎にその手をかけようとした時だった。
動けないはずのアムイの手が、シヴァのその手を取った。
「暁…?」
動けないと思ったのに、まさかのアムイの行動でシヴァの動きが止まった。
アムイはそっと目を開け、じっとシヴァの目を覗き込むように見つめた。
その仕草が異様に妖艶で、シヴァは自分の背がぞくっと疼くのを感じた。
キイもアムイのその様子に言葉を失った。今まで、あんな目を見せたことがない。
あんな…あんな人を誘うような目。…多分女相手でも…。
「お前、俺がそんなに欲しいか」
その言葉に、シヴァはごくり、と唾を飲み込んだ。
アムイは捉えたシヴァの手を、すっと自分の唇に寄せた。
「あ、暁…?」
「なら奪ってみろ。この俺を」
その言葉に、キイは我を忘れた。
「アムイ!何言ってるんだ!?」
何でみすみすこのような男に…!!キイはアムイの言葉に信じられない思いだった。
「ならば、遠慮はいらないな、暁」
シヴァの燃える様な視線を受けて、アムイは目を細めた。
触れている身体から、自分の“金環の気”が吸い取られていくのをアムイは感じていた。
「あああ…やめろぉ…」
キイの切ない声が森を揺るがした。
シヴァがアムイの頭を抱え込み、彼の唇を奪ったからだ。
アムイの手がビクン、と跳ねる。合わせた唇から大量の“気”が相手に流れ込んだ。
シヴァは夢中になった。
芳醇な“気”と唇の甘さに、自分がどうにかなってしまいそうだった。
長い間生きてきて、こんなに我を忘れなくさせる魅惑的な人間は初めてだ。
「暁…!俺のものになれ」
アムイの唇を貪りながらシヴァは囁いた。
シヴァはアムイのもっと奥深くに入り込もうと、自由になる方の手で彼の身体をまさぐった。
その度に、アムイの身体は反応して震える。
それがシヴァの欲望に火をつけた。彼のまさぐる手が、アムイの下肢に伸びる。
「やめてくれ!頼む!そんな事しないでくれ!!」
キイの叫びに、シヴァは名残惜しそうにアムイの唇から離れると、彼を挑発するように言った。
「悔しいか?悔しいだろうなぁ、宵よ。お前の大事にしている姫君は、俺のモノになるんだよ。
…男が駄目?はは、ならそんな事に囚われない俺は幸運なわけだ。
お前ができない事を、俺がしてやる、それだけの事だよ」
「シヴァ!アンタなんて事を!こんな事してただじゃ済まないわよ!」
我慢しかねてシータも叫んだ。
「…たまんねぇな、お前」
シヴァは二人の怒声を無視し、うっとりと呟くと再びアムイの唇に夢中になる。
吸っても吸っても、彼から出る豊かな“気”は終わる事がない。
それよりもその“気”が徐々にシヴァを支配する。
(何だこいつ…?ああ、やばい。…もう致死量に近いくらいに吸っているというのに…。
こいつの“気”に限界はないのか…??)
普通の人間ならば、そろそろ他力である“気”は吸い尽くされ、本来持っている“気”…生命エネルギーに達する筈なのに…。
なのにどんどん彼の持つ“金環の気”が湧いてくるようだ。
(ああ…このままだと俺が壊れてしまいそうだ…。容量の限界が…。
こいつ、一体…)
シヴァはそう思いつつも、アムイを手放せない。それだけ彼はアムイに溺れていた。
まるで麻薬だ…。シヴァは思った。
くそ…!俺とした事が、自制が効かない!!
突然、アムイの身体が熱くなった。
「!!」
シヴァは驚いて思わず彼から離れようとした。が、意外な事にアムイはシヴァの身体を自分の方へと引き戻した。
「アムイ!?」
結界の外で成す術もなく見ている二人も、そのアムイの行動に驚く。
「逃げるなよ」
その言葉に一同固まった。
アムイは全身に“金環の気”を放出させ、赤く熱い“気”をシヴァに押し付けるがごとく、彼の口を自分の口で塞いだ。
「!!!」
思いもしないアムイの行動に、皆唖然としていた。
自分から男に口づけするなんて…!
だが、当のアムイは目を閉じるどころか、赤く染まった目をカッと見開き、シヴァの反応を窺(うかが)っているかのようだった。
その顔は平静そのものである。
「う、ぐぐ、ぐ…」
アムイが放出する“金環”が、シヴァの限界を超えようとしていた。
…大地のエネルギー。
他力を借りて、己の力を増幅させる。
先ほどキイのために試し、成功した事がアムイの自信につながっていた。
自分の持つ“気”…生命エネルギーはこの大地のエネルギーそのものである。
すなわち、この大地に横たわる広大な力、それは自分の物なのだ。
この地ある限り、アムイに限界はないと同じ。
頭ではわかってはいたが、実行し実感したのは初めてであった。
アムイはシヴァにありったけの“気”を放ち、シヴァは苦痛と快感に身悶えた。
「ふ…う、ううう…」
シヴァの喘ぎが重なる唇から漏れる。
もはや限界か?という所で、周りが思ってもみない現象が起こった。
シヴァの体内に渦巻くアムイの“金環の気”は、彼の全身を駆け巡り、嘗め尽くし、恐ろしいほどの苦痛にも似た快楽を与えながら、彼を翻弄させた。
血液のような真っ赤な“気”は、段々と橙・黄・緑・青・紫…と色を変え、シヴァの全身から立ち昇る。
「あ!ああっ!」
思わずシヴァは声を荒げ、アムイの唇から逃げ出した。
「まだだ」
アムイの冷たい声が飛んだ。
「も、もう…やめてく…」
そう喘いだ言葉をアムイは再び口で塞ぐ。
「アムイ!!」
愕然とキイとシータはその有様を凝視した。
普段のアムイと違う…いや、まるで人ではないものが、そこに存在していた。
それを禍々しいと感じるか、神々しいと感じるかは、見る人間によって違うのだろう。
どくどくと、地底から熱いものが立ち昇ってくる。
アムイの瞳が黄金に輝く。
彼の髪は微かに逆立ち、二人の周りに密度の高い気流が蠢いている。
この世のものと思われないその姿に、キイ達はただ息を潜めて見ているしかなかった。
「ひっ!ひぃぃぃ!!」
突然シヴァが悲鳴を上げ、苦しみだした。
苦しさのあまり離れたシヴァの両手首を、逃げないようにがしっとアムイは自分の両の手で掴んだ。
「あ!ああああっ!!」
シヴァはアムイに掴まれながら、背を後ろに反らし顔を上に向け、叫んだ。
「悪いな、お前には俺は荷が重過ぎる」
無表情だったアムイが、突如ニッと口の端に笑みを浮かべた。
掴まれた手首から、シヴァの身体に充満していたアムイの“気”が、今度は逆流するかのように持ち主に戻っていく。
まるで一仕事を終えたような感じで、再び赤い気流となってアムイの方へと流れていく。
「はぁ、ああぁ、は…」
シヴァは耐え切れなくなって、がくり、と身体が崩れ落ちる。
「やはり俺、男は嫌だ」
ぼそっとアムイはシヴァに言った。
「全然よくないし、心が動かない」
そう言いながら、アムイはシヴァを解放した。
「お、お前は…」シヴァは呻いた。
「お前…一体何者なんだ…?」
そのまま彼はがくりとうな垂れるようにその場に蹲った。
シヴァは…髪が真っ白になっていた…。
アムイは、シヴァのその様子を冷たく見やると、彼の頭上に言い放った。
「…俺を支配していい男は、【宵の流星】唯一人。
俺はキイ以外の男のものには絶対ならない。
それ以外の男には俺を手に入れることさえできないよ。
…これでわかっただろう?」
「アムイ…」
キイは思わず呟いた。お前…。
いつの間にか結界は解かれ、森もいつもの空気に戻っていた。
ただ違ったのは、まるで廃人のようになったシヴァの姿。
シータは恐る恐る彼の様子を見に行って、ぎょっとした。
彼の姿がよぼよぼの年寄りのように変わっていたのだ。いや、元の年齢に戻った、と言っていいだろう。
「アンタ、これ…」
シータが眉を寄せ、アムイに問いただそうとして彼の方を振り向いた。
当のアムイはその場に呆然とし、己の右手をじっと眺めている。
「アムイ…?」
まだ、“金環の気”の余韻が、身の内に残っている。
それは大地から呼び寄せた、ほとばしるような熱い力。
ドクドクとそれは脈打ちながら、アムイの身体を火照らせていた。
自然界と繋がる…。
この驚きと喜び、アムイの中かから何かが目覚め始めたようだった。
シヴァの言っていた花弁、という物が自分にあるのなら、多分そこが刺激され、繋がったのかもしれない。
アムイは大地との交流に満足の溜息を漏らした。
シータはその様子をじっと見て、何となく理解した。
アムイの“金環”はシヴァを満たし、それがあまりの量だったために、“気”の中和が始まったのだ。
特に“金環”は他の“五光の気”を吸収してしまう働きがある。
その延長でシヴァの持っている“気”は吸収され、中和され、己の“吸気”という性質までも無に変えさせられたのだ。
という事は…。
「…シヴァはただの人間になってしまったという事…?」
その呟きにアムイが答えた。
「ああ…。“金環”で中和させた後、生命エネルギー以外のものを返してもらっただけさ。
だからこいつにある余分な物を中和した事で、本来の姿に戻ったという事だ。自然の法則にのっとって」
「すごい…!そんな事ができるなんて…。アンタ、一体どうしたらこうなるの?」
アムイはその事には上手く答えられなかった。
何故なら、元々最高十位の“気”を持っているなんて、軽々しく言えないからだ。
そうだ。俺だけの“気”じゃ無理だったが、他力を借りたら、思ったとおりにこうなった。
ずっと考えてたんだ。こいつ…シヴァに会ってから。
…俺は今まで“金環”を呼び込むことをしなかった。というかトラウマのせいでできなかったというのか…。
でもまさか、限界なし状態になるとは思わなかった…。
再びほぅっと溜息を付くアムイを、シータは不思議そうに眺めていたが、ふと口うるさいもう一人の男を思い出した。
(あら?何か怖いほど静かなんですけど…)
いつもなら、アムイの事となると一番に自分の方から飛んでくる男が、全く来ない。
(…あらー、まさかさっきのでショック受けてるんじゃないわよねぇ…)
いやーな予感がして、シータは恐る恐るキイのいる方向に振り向いて飛び上がった。
そこにはしかめ面した恐ろしい形相のキイが、怒りのオーラを全身漂わせて腕を組み、仁王立ちしていた。
「キ、キイ?」
(うわー怒ってる…、すごく怒ってる…)
シータは珍しくびびった。【宵の流星】のこんな怒りの表情…余程の事なんですけど…。
でも何で…?…って、やはりあれしかないわよねぇ…。
シータはどうしたもんか、と思ってアムイに知らせようとしたその時、キイの不機嫌極まりない怒声が森をこだました。
「アムイ!お前、男とキスしたな!!」
「はぁ!?」
いきなり怒鳴られて、アムイはカチンときた。
「不可抗力だよ!見てただろ?今」
だがキイはアムイの言葉を無視し、ずんずんと怒りのまま歩いてくると、まくし立てた。
「俺はお前を、男を誘うような人間に育てた覚えはないっ!!」
「へ!?」
何を言うのかと思えば、キイの怒りは変な方向にあるらしい。
「だから!何も自分から誘惑する事はないだろう?男を!」
「どういう意味だよ!してない…だろ、別に」
と、アムイはとりあえず首を捻って、先ほどの事を思い出す仕草をした。
「誤魔化しても俺の目は節穴じゃねえ!お、お前、自分から、キ、キスしたじゃないか!男と!!」
“男”を何気なく強調する所、キイのショックはそこら辺に集中しているようだ。
「キイ」
はぁっと面倒臭そうにアムイは溜息をついた。
「お前だってわかってるだろ?ああでもしなきゃ、こいつにやられるだけだった、って」
「だ、だからといって、あんな…あんな艶かしいやり方じゃなくたって!」
「それ以外方法があるのかよ?あの時点で」
口を尖らせ、反抗的に言い返す様は可愛げがない。
キイはぷつっと切れた。
可愛さ余って憎さ百倍。…というよりも、ほとんど嫉妬の感情で動いているようだが…。
「俺ならあんなはすっぱな方法はしなかった!!」
「はすっぱって…。俺は男なんだけど…」
「お、俺にも見せた事のない色っぽい目で男誘ってよく言うよ!
俺はそんな風にお前を育ててきたわけじゃねぇぞ!」
「何だよ、さっきから!言っとくが、俺はお前に育ててもらってません!
何保護者面してんの?」
その言葉にキイの沸点は最高に達し、限界を超えた。
「アムイ、てめぇ…」
と言いかけた時、キイの目の前が突然真っ暗になった。
「キイ!?」
耳元でアムイの叫ぶ声がする。だが、そのままキイの意識は飛んだ。
衰えた筋力を無理やり動かし、その上極度の緊張状態、今までの絶食状態が極限を迎えた上に、一気に頭に血が昇ったせいで、化け物とまで言われた天下の【宵の流星】もとうとう撃沈したのだった。
ああ…俺の純真無垢な天の子が…。
キイは心の中でちょっぴり泣いた。
アムイの成長は喜ばしい事だが、色仕掛けなんて事まで目覚めなくていいのに。
元気になったら、いっぱい説教してやる!
覚悟しろよ、アムイ!!
「はぁ…。ったく、しょうがねぇ」
ぶっ倒れたキイを目の前に、アムイはポリポリと頭を掻いて困った顔をした。
「…とにかく、ここを出ましょうよ。キイを休ませなきゃ」
呆れた顔をしてシータはアムイを促した。
「そうだな」
よいしょ、とアムイはキイを背に担ぐと、サクヤ達が待つ、麓の草原を目指して歩き始めた。
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この記事へのコメントは終了しました。
コメント
ここまでよくぞお書きになりました!!
すごい長編になりそう。
まだ全部を拝読したわけではありませんが、
なにやら艶かしいこの場面を読んでしまい、心臓バクバクです。
これからゆっくりゆっくり堪能させて頂きますね。
投稿: aoao. | 2010年6月28日 (月) 午後 05時27分
ひぃぃぃ!


aoaoさんいらっしゃいませ。
遊びに来て下さったんですね!
嬉しい反面、今回ちょっと照れる展開の内容なので(/ー\*)
恥ずかしいでござります…
いやぁ~ん、どうしよう…、と、柄にもなく動揺しております。
とうとう稚拙な文章を見られてしまいました……。
こちらこそ、心臓バクバクです
お陰さまで、ここまで続けて来れました。
お時間あるときにでも、また遊びに来てください。
…で、怖いけど感想下さい(これこそドキドキ)。
またメールします
投稿: kayan | 2010年6月29日 (火) 午前 03時09分