暁の明星 宵の流星 #95
「そう、“気”を凝縮したら、それをゆっくりと手の中で…小さく丸めて。
うん、いいぞ。なかなか筋がいい」
サクヤはアムイの言われたとおり、神経を集中させ、己の“気”を使い両掌でボールを作った。
だが、気力が続かず、作った“気”のボールはすぐに壊れる。
「ふぅ」
「さっきよりはよくなったな。
これを毎日鍛錬すれば、かなり気力も大きさも維持できるようになる」
「へぇー!珍しい、アンタが人に教えてるなんて…」
アムイの背後で、シータの感心したような声が飛んだ。
サクヤはにっこりと笑った。アムイは何だか、気まずそうな顔をしている。
二人が“気”の訓練中、微かな“気”を感じ取ったシータが様子を見に来たのだ。
ここはカウン村から少し離れた森の中だ。
アーシュラの体が動くのを待って、一行は凌雲山(りょううんざん)に向かう途中だった。
馬に乗って半日で着く場所だが、アーシュラの提案で、正面からではなく、遠回りだが東側にある麓の道を目指す事になった。
何故なら、そのまま最短で行く正面の麓には、ザイゼムの父の隠居後の屋敷がある。
できればゼムカに知られないように隠れ家まで辿り着きたい。
だからあえて多少時間はかかるが、遠回りして行く事にしたのだ。
もうすでに日は落ち、イェンランもアーシュラもすでに火の傍で就寝している。
早寝である年寄りの昂老人(こうろうじん)は、珍しくまだ起きていて、何やら書物を開いている。
そこから少し行った所で、サクヤとアムイは“気”の訓練をしていた。
「何かアンタ達、随分と打解けてるみたいじゃない?いい事だわ」
ニヤニヤしながらシータは二人を交互に眺めている。
アムイは益々、仏頂面になる。
「よかったわねぇ、サクちゃん!アムイが人に教える事なんて滅多にないのよ。
聖天風来寺(しょうてんふうらいじ)きっての秀才がさ。
第十最高位・王の気である金環(きんかん)の“気”をすでに修得しているアムイに、教えてもらいたかった後輩がかなりいたようだったけど。
上からの命令以外で、教えてるのは初めてじゃない?アムイ」
アムイはジロリとシータを睨んだ。
「全く!少しは変わったかと思ったら、その愛想ないのは相変わらずね」
「そんなにすぐに変われるもんか。長年積み重なった性格が、一朝一夕で」
「ふーん、どうかしらねぇ」
「何だよ…」
不穏な雰囲気の二人に、サクヤが慌てて間に入る。
「あ、あのっ!オレ、まだ気術に関してはほとんど知識ないっすけど、“金環の気”って、そんなに凄いんですか?」
アムイを軽く睨んでたシータは、横にいるサクヤに振り向くと、にこっと笑った。
「そうよねぇ、一般の人にはほとんど関係ないものね、気術って。
あのね、術者や武人が習得する“気”というのは十段階に分かれていて、最低位の第一位の気は、今のサクちゃんが訓練していた、己の“気”の事なのよ。人には各々、生命エネルギーという物があって、それは一人一人微妙に違うの。うーん、個性、というのかしら?その人個人のね。
それが最高修得者になると、判別できるので、個人を特定するのにとても便利。但し、その相手を知ってないとできないけど。
で、修業していくと段階があって、それが第七位くらいの修得までは皆同じ。このくらいになると、大体“気”を取り扱えるようになるわけ。
よく、アタシ達がする、簡単な波動攻撃とか、変化させて物壊したり、色を付けたり、発光させたり…。ま、己の“気”で様々な事ができるわけ。鍵壊したり、色玉作ったり、簡単な灯り作ったりね」
サクヤは桜花楼(おうかろう)でアムイが作った様々な物を思い出した。
「じゃあ、よく武人達が戦いに使う特異な“気”って…」
アムイがボソッと言った。
「それは第八位からの…。これからが本当の“気”の修行なんだ」
「本当の修行?」
その時、シータがいきなり“気”を凝縮し始めた。
彼の瞳が緑に染まる。周りの木々がざわめき始めた。
「シ、シータ?」サクヤはぎょっとした。
シータの身体の周辺が、様々な緑のオーラで彩られていく。彼はゆっくりと片手を上げた。
その緑色のオーラが彼の指先に集中し、丸い、巨大な玉となっていく。
周辺の木のざわめきが大きくなる。よく見ると、その木々から、薄緑の空気がシータの身体に吸収されている。
「おい、もうその辺で止めとけよ」
アムイがぶすっとして言った。
「はいはい」
シータはそう言うと、徐々に気持ちを緩めるようにゆっくりと呼吸を始めた。
先ほどの緑色の“気”の玉がしぼみ、彼の瞳の色も元に戻り、木々も静まった。
「い、今の…」
「シータは、“木霊(こだま)の気”の修得者で使い手だ」
「そ。アタシのは第九位、“木霊の気”」
「こ、こだま…?」
サクヤはごくりと唾を飲み込んだ。今まで、アムイの波動攻撃は何度も見ていて、その破壊力は知っている。
赤い、でも炎とは違う、純粋な赤い色。容赦なく繰り出される赤い光…。
でも今見た、緑色の“気”をも目の当たりにして、その迫力に言葉を失った。
「第八位からの修行は、特異気術。己以上のエネルギーの応用だ。つまり、他力を利用する」
「他力…」
アムイは目を閉じ、神経を集中させた。木々がざわめき、空気が流れる。そして、微かな振動…。
それは深い大地の底から、響いてくるような、鼓動。
「…だ、大地が…鳴ってる…?」
サクヤは思わず自分の足元を見た。本当に、微かな振動。
そしてどこからともなく、耳元に雨だれのような水音。炎の臭い。コツンコツンと小石の跳ねる音。
「な、何?…これって…」
アムイの周辺が不思議な空間に包まれていた。
空気が、オーラが、アムイの身体から優しく放たれて、それに周囲が呼応してるかのようだ。
シータがじっとその様子を見ながら、おもむろに口を開いた。
「第八位、人も含む動物の“気”。第九位、自然界五行…つまり五光(ごこう)の“気”」
「し、自然界…五行?五光の“気”?」
シータも目を閉じ、アムイの放たれている“気”と、周辺の自然界の“気”の呼応に集中した。
「自然界にある…エネルギー…。
五行、すなわち、火・水・土・木・金…基本特徴をそれぞれ持つ、自然界五光の“気”。
“煉獄(れんごく)”…地獄の浄化の炎。火の属性。
“水竜(すいりゅう)”…ほとばしる命の源の水竜…水流。水の属性。
“鉱石(こうせき)”…頑丈なる意思…石。土の属性。
“木霊(こだま)”…命育みし霊性を司る。木の属性。
“鳳凰(ほうおう)”…風を伴う、金脈の霊鳥。金の属性。
これがこの世の自然界の基本よ。この自然界の“気”を自らの“気”と融合させ、力を借りて世に放つ。
そしてその集大成であり、全ての“気”の頂点である、第十最高位、王者の“気”金環(きんかん)。
この大陸で、習得した者は十人といない…。それだけ難しい壮大な“気”」
アムイはふっと“気”を緩めた。先ほどの空気の揺れも、大地の振動も、水や石の音、火の臭いが全て消えた。
サクヤはその様子を呆然と見ていた。鳥肌が立っている。
まるで…常人が見てはならないものを、垣間見てしまったような…そんな気持ち…。
「特に最高位“金環の気”は全ての集大成。これを習得するにはかなりの年月がかかるのよ。
だからこの若さでこの“気”を持つ、アムイはかなり異例よね」
シータは目を開け、サクヤに微笑んだ。
「そ、そうなんだ…。そんなに凄いことだったの…?大陸で十人といないって…」
「“金環”は“金冠”…つまり冠。王の事なの。この世に存在する全ての“気”の最高峰」
そう…それはこの大地の…大陸そのものの…エネルギー…。
アムイはそっと心の中で呟いた。
「アムイはきっと、この“金環の気”に順応しやすい…性質の“気”を持ってるのね。
たまにいるのよ、その様に己の“気”が属性に順応しやすいものを持って生まれた、才能のある者が」
アムイはシータの言葉に頷いて見せたが、本当は違う事を、口が裂けても言えなかった。
己が…己自身が、キイと同じく、その他力の“気”を持って生まれた人間だとは、きつくキイに口止めをされていた。
キイの稀有な“光輪の気”は、その存在が近いうちに知られるだろう。
キイはそれを覚悟していた。己個人の“気”自体が“天の気”であるキイ…。
何故なら、己の生まれを、その“気”を手にするため巫女と通じた事を、知っている者は…全くいない訳ではないからだ。
だが、自分は違う。そうキイは言っていた。
詳しい説明を彼はしてくれなかったが、とにかく自然界の“気”を個人そのまま持って生まれたのは、例がない事もあって、周囲に知られるとよくないらしい。
…元々最高位“地の気”を、個人の“気”として持って生まれたアムイは、キイと同じく、かなりの使いこなしを要求された。
“金環の気”の安定の性質のお陰で、アムイはキイみたいに制御不能を起こした事もないが、それを臨機応変に使う事ができなかった。
ただ、キイの“気”を、受け、流すだけ。完全な受身だった。
特に精神力に影響されやすい気術は、その時の精神状態にも左右される。
元々その様な凄い“気”を持っているからといって、初めからそれを使いこなせる訳もない。
アムイはキイと共に、聖天風来寺に来てから三年後、門下生として修業を始めた。
だが、その素質を持っている者は通常よりも飲み込みは早い。
アムイは第一位から、第十位まで、通常二十年以上はかかる修行を、たったの六年で修得してしまったのだ。
もちろんアムイの勤勉で努力家の性格も大きかったが、真実を知らぬ者は驚愕した。
「己の“気”が属性に順応しやすい…?という事は人によって習得する“気”が違う…?」
サクヤがポツリと呟いた。シータはそれを受けて説明した。
「そうなのよ。実は第九位からの“気”は、属性というものがあって、個人の“気”の相性で修得できる五光の“気”が決まる。
だから私は木の属性である“木霊の気”と融合しやすい、“気”を元々持っている、という事。
そうやって、個人の“気”は、その特性によって、それぞれの相性のいい属性の“気”を身に付けられる。
中には、一人で、何個も属性に対応できる人間もいるけど、だいたいは賢者クラスよね、昂老師のように…」
「お、奥が深いんですね…。気術って…」
サクヤは溜息を付いた。このクラスにまでなるには、一体どのくらいの年月がかかるのか。
「そうだ!ねぇ、サクちゃん。
気術を本格的に習うんだったら、やはり聖天風来寺に入門した方がよくない?
ねぇ、アムイ」
「え!ええっ!?待ってくださいよ!そんな大それた事…そんな簡単に…」
突然のシータの提案に、サクヤは慌てた。
天下の聖天風来寺…。そりゃ、強くなりたい者は必ず目指したい武人の聖地…。でも…。
「で、でもオレ、金もないし、入門試験もかなり厳しいらしいって…。何せ合格するまで何年もかかるのが通常だと…」
確かに、聖天風来寺に一般入門するのには、かなり狭き門である。
入門試験も、十代までなら可能性で選ばれるが、二十代過ぎれば、かなりの実力を持っていないとなかなか合格しない。
しかし一度合格してしまえば、最低15年は修業を保証してくれる。
基準レベルに達する事ができなければ、何年も無料延長可能だ。
それ故に15年分の修業(生活も含む)分の布施(料金)も、半端なく高い。
聖天風来寺とてボランティアではない。それを維持していくには何でも費用がかかるのだ。
だからこそ聖天風来寺に一度入れば、滅多な事で破門せず、最低15年は最後まで面倒をみてくれるのだが。
ちなみに聖天風来寺は名前の通り、基本は寺院である。
武人育成、修業場の他に、ちゃんと僧侶育成も行われている。
この場合僧侶は、天と神に使える者として優遇され、補助が出るので無料である。
シータはサクヤに目の前で人差し指を振って見せた。
「特待制度、使えばいいのよ」
「へ?とくたい…制度?」
サクヤはきょとんとした。
「意外と世間様には知られていないのよねー。この制度。
ま、だいたいが身分の高い人や金持ちのぼんぼんが使うのが多いからねー。
アーシュラみたいに国家のために使うのもいるか。
この特待制度、一定の基準を満たしていれば、修業内容、期間、全て都合よく決められて修行できるの。
もちろんテストはあるわよ。でもサクちゃんクラスなら楽勝でしょ。
問題の費用は、奨学金制度を使えばよいし…。ねぇ、アムイ?」
アムイはシータの話をじっと聞いていたが、ゆっくりと頷いた。
「そうか…。確かにその方が都合よく学べるな…。
だが、特待制度、奨学金制度を使うには、後見人兼保証人の推薦がないと駄目だろ?
それはどうする…」
「あら、いるじゃない。凄く適任の人が」
遠くで昂老人のくしゃみする声が響いた。
「あ、なる…!爺さんなら簡単にパスだな」
アムイが口の端でニヤッと笑った。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!そんなご老人にも迷惑じゃないですか?勝手に決めないで下さい!」
するとアムイは真面目な顔をして言った。
「お前…もっと強くなりたいんだろ?なら、やはりきちんと修行した方がいい。気術も武術も」
「でも兄貴…」
「いいじゃない、サクちゃん。まーこれからもアムイにひっついていたい、って思うんだったら、修行した方がいいわ」
「おい、シータ…」
アムイが妙な顔をした。それをちらっと横目で見てシータはふふん、と鼻で笑った。
「やーね、何照れてんのよ」
「て、照れてない!」
アムイはそう怒鳴ると、突然くるりと反対方向に向いた。
サクヤはポカンとアムイを見た。こ、心なしか耳が赤い…?
シータは腕を組んでニヤニヤしている。
「ま、そういう事だ。俺はちょっとそこら辺散歩してくる。
先に寝ててくれ」
後ろ向きでそういうと、アムイは返事も待たずに、スタスタと皆のいる反対方向に歩いて行ってしまった。
「あ、兄貴…?」
「かーわいいの、アムイって。あんな一面あるのかー。
サクちゃん、アンタ、アムイにかなり気を許されてるのね」
今度はサクヤが赤くなった。
「本当に?そう思います?」
「うんうん。最近特にね。いい事だわー。だってアイツ、本当にキイ以外の人間と関わらなくってさ…。
キイは喜ぶんじゃない?アムイに同年代の友人を作ってやりたくて、いつも撃沈していたから」
「友人なんてそんな…」
「ま、キイをめでたく救い出したら、考えましょうよ。聖天風来寺の件は。
でも、本当よ。アムイとこれからも一緒にいたかったら、きちんと基礎を学んだ方がいい」
シータはポンっとサクヤの肩を叩いた。
「は、はい…」
サクヤはきゅっと口を結んだ。ずっと傍にいたいのなら…。
確かにそうだ。この先、何があるかわからない。
その時自分が足を引っ張ってはならない。
ふと、サクヤはアムイの相方である、キイの事が凄く気になった。
あの兄貴と同じく強くて、二人でいると、無敵に強いという…。
桜花楼(おうかろう)ではちらっとだけしか姿を見た事がない。噂は聞いてるけど…。
「ねえ、シータ。キイさんって…どんな人なんですか?その…戦いぶりとか…」
「キイ?アイツ?」シータの片眉がピクリとした。
サクヤは前に、シータとキイは犬猿の仲という話を、どこかで聞いた気がしたのを思い出した。
(ま、まずい事…聞いちゃった?)
一瞬、サクヤはそう思ったが、シータはふぅと溜息を付くと、小首を傾げた。
「アイツはねー。普段普通にしてると、柔和な雰囲気でー。
目、おっきくて、ちょっと垂れてるのね、よく見ると」
「は、はぁ…」
いきなり容姿の話を始めて、サクヤは面食らった。…いや、そうじゃなくて…戦い振りを…。
「いつも牽制してるんだかなんだか知らないけど、男が相手だと口悪くって柄悪くって、そりゃーもぉびっくりすると思うわ。
でも本当は意外と温和なのね。黙ってると儚い風情、というか。
その柔らかな雰囲気はまるで、血統書つきの大型犬みたいなのよ。
それが尻尾振って、アムイにいつもまとわり付いている感じ…?」
「え…い、犬?」
サクヤは余計面食らった。血統書つきの犬…ですか。
「でも、それがね。戦いモードになると、印象ががらりと変わるの。
オーラも顔つきも。目なんて特に、釣りあがってさー。
キイの戦いはアムイとちょっと違うわね。見たら多分驚く。
二人とも、身のこなしが優雅で品があるんだけど、アムイの場合は人としての優美さ?
でもキイはね…。何ていうの?その、戦いにスイッチが入ると、まるで猛獣みたいになるの。
…猫科の猛獣?野性的で大胆。容赦ない剣さばき。
あの稀有な“気”が使えない分、顔に似合わず激しいわよー戦い方。
ああ、見せてやりたい!」
シータの説明にサクヤは益々興味が湧いた。
【恒星の双璧】…か。二人が戦ってる所を、この目で見たい…。
「でも、性格はねー。アイツ女には手は早いわ、プライド高いわ、奔放だわ、やんちゃだわ。破天荒で血の気が多くて…。
全く何であんなヤツがもてるんだかわからないわよ。
いつも迷惑かけれらてたアタシは…」
ぶつぶつとシータは文句言い始めた。
「あ、ありがとう、シータ。そ、それから聖天風来寺の詳しい事なんだけど…」
サクヤはこれ以上、彼がヒートアップしないよう、別の話に切り替えた。
闇の箱を開けたからといって、すぐに解決するものではなかった。
ただ、己を縛り苦しめていた様々な原因が、明確になった事でアムイに向き合う覚悟を作らせた。
だからまだ、不眠症は治らない。かえって今までの感情が襲ってきて、もっと酷い状態になっている。
だが、これも全ては膿み出し。そう思って、アムイはひとつひとつ手放そうと必死だった。
そう、自分がこの闇を抱えたままだと…。
あの、キイの巨大な“気”を、あの時のように受け損なう恐れが大きい。
精神に影響してくる“気”の制御。
自分はかなりの訓練をして、精神統一は得意となったが、それもキイに比べるとまだまだだった。
キイのような強靭な精神力。アムイははっきり言って羨ましかった。
それは、彼が生まれたときから苦痛を伴い、あの神気と戦ってきたからこそ。
多分、キイ以外、この“気”と戦える者はいないのではないだろうか。
幼い時から間近で見ていたアムイには、よくわかっていた。
だがそれも、その“気”が暴走すると取り乱す。自分を求めて苦しみのたうつ。
それがわかっているが故、アムイはいつもその彼を受け止めれるようでなければならなかった。
普段の互いの“気”の交流は、可愛いものだ。
例えればスキンシップみたいなものだ。
だが、あの時のような状態になってしまったら…。
あの強大で激しい光の渦を、完全に受け止められる事が、果たして自分はできるのだろうか?
多分、きっと、そのために自分は“金環の気”を持って生まれた。
キイのために。キイを補助するために。
そのために心に巣食っていた闇を、何とかしなければならなかったのだ。
まだまだ己の精神修行は続く。あの時の二の舞にはしてはいけない。
キイのためにも。世界のためにも。…自分のためにも。
考え事をしていて、アムイは隙を作った事を後悔した。
近くに殺気を感じ、剣に手をかけようとした時だった。
すっと音もなく、アムイの背後に男が立った。
振り向こうとした瞬間、いきなり身体の力が抜けるような感覚がアムイを襲った。
その男は、アムイが剣を抜こうとした手を、掴んでいる。
そこから不思議な感覚がする。まるで…力を吸い取られているような…・。
いや、まさか…。
「それ(剣)を抜かれたら、俺が困る」
耳元で男の低い声が響いた。
「だ、誰だ…?」
男の息遣いが耳から自分の首筋に移る。
「お前が【暁の明星】だろ?“金環の気”の使い手…」
アムイの体が、まるで金縛りにあったように動かない。
「だったら…どう…」
アムイははっとした。自分の命を狙う刺客の存在…・。まさか…。
しかもこの男は只者ではない。それはアムイにもわかった。
「俺を…殺しに来たか」
男が喉の奥で笑った。
その瞬間、アムイの首筋に生温かい感触が悪寒と共に走った。
男はぺろりとアムイの首筋を舐めると、笑いを含んだ声で言った。
「美味そうだな」
ぞくっと、アムイの背中に冷たいものが走った。
「噂の暁がこんなに若くて綺麗だとは、俺もついてる」
男はアムイを背中から抱きしめた。
自分よりも頭ひとつ大きな男は、すっぽりとアムイの身体を覆った。
アムイはくらっと眩暈がした。何だ…?こ、この感覚は…?
自分の“気”が、男の身体に吸い取られていく感覚。まさか、こいつ。
男は口元に薄笑いを浮かべると、アムイを自分の方に向き合わせた。
アムイは朦朧し始めた状態で、男を見上げた。
男の、鋭く冷たい灰色の目とぶつかった。
「暁…お前には恨みはないが、悪いな。命を貰うまで、お前さんをいただくとするよ」
「…?」
「久々に極上な“気”だな。しかもお前は美しい。役得だね、今回は」
男はそう言うと、いきなりアムイの唇に自分の唇を押し当てた。
「!!!」
アムイは逃げようともがいたが、全く身体に力が入らない。
それよりも男の唇は執拗にアムイを攻撃してくる。
そこからどんどん、自分の力を吸い取られていくようだった。
アムイは気が遠くなりそうだった。
何とか…何とかこいつから逃げなくては…!
動かない手に意識を集中させ、アムイは力を入れようと試みた。
だが…。
(吸い取られていく!)
初めての恐怖だった。
己の“気”が、この男によって吸い取られていく。このままだと…。
そう、このままだと生命エネルギーを持っていかれ…すなわちそれは…死…。
アムイは焦った。
(キイ!!)
「離れなさい!!」
その時、二人を緑の波動が襲い、気付いた男がアムイを抱えたまま、それを避けて転がった。
男は波動攻撃のあった方向を見て、ちっと舌打ちをした。
「吸気士(きゅうきし)シヴァ!アムイから離れなさい!まさかアンタが出てくるとは…!」
「よぉ、シータ。相変わらずべっぴんさんだなー。怒った顔もなかなかそそるな」
「…早くアムイを離して。…で、今度は誰から依頼されたの?
アムイを狙ってるのは誰!?」
シータは剣を構えた。シヴァはふ、と笑いながら、一人で立ち上がった。
「おお、怖い。それは守秘義務があって、死んでも言えねぇや。いくらお前が美人でも断る」
シヴァはぼさぼさの自分の銀髪をかき上げた。
「シヴァ…お主…今度はアムイに目をつけたか…」
シータの後ろで、呆れたような声がした。
いつの間にか、昂老人が立っていた。
「あれ、ポンちゃんまでいたんだ。…まったくチビなのは変わってねえなぁ」
シヴァはニヤッと笑った。
「む…。ポンちゃん、って本名で呼ぶな。今のわしは昂極大法師じゃ。まったくいつもながら失礼な奴め」
「ふ~ん、こりゃますます面白い。ますます暁が欲しくなった。
それじゃまた来るわ、ポンちゃん」
シヴァはそう言うと、まるで風のようにその場を去った。
「また来るって…!!」
シータは憤怒した。
「アイツ、アムイに今度は何する気よ!?あのド変態!!」
「う、むむむ…」
「兄貴!」サクヤは心配してアムイに駆け寄った。
アムイは気力を少し取り戻し、半分その場で起き上がるように蹲っていた。
「兄貴、大丈夫…。あ、あにき?」
サクヤはアムイの顔を覗き込んで絶句した。
顔色が真っ青だ。目も焦点が合っていないほどで、かなりのショックを受けているのがわかる。
「兄貴…身体の方は…」
「…れた」
「え?」
「…男にキスされた…」
アムイのショックはただならぬ程だった。
「え?そこ?ショックなのはそこ?」
思わず口に出してから、サクヤははっとして手で口を覆った。
アムイの目が殺気を帯びて、サクヤを睨んだからだ。
アムイは自分の唇を懸命にごしごし拭って、地獄の底から唸るような声で、一言呟いた。
「あの男、舌まで入れやがった…」
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