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2010年6月 8日 (火)

暁の明星 宵の流星 #96

「アムイ!しっかりしなさいよ!アンタらしくもない!
あんな変態にやすやすと“気”を吸われて…!!しかも目をつけられちゃったじゃないの!!」
シータが珍しく涙目になって、体が半分自由にならないアムイを、サクヤと抱えながら歩いている。
「…もう、言うなよ…俺だって迂闊だったと…」
アムイがぼそっと言った。本当に情けない。というか死ぬ所だった…。

四人は元いた場所に戻ると、火の回りに各々座った。
「どうしたの?気がついたら皆いないんだもの、心配しちゃったわ」
イェンランが起きていて、不安げに皆を待っていたようだ。
「ごめんね、お嬢。起こしちゃった?ちょっとトラブルがあって…。
悪いけどお茶入れてくれる?
特にアムイには濃いのをね!!」
イェンランはシータの剣幕に不思議そうな顔をすると、軽く頷き、水の入った鍋を火にかけた後、再び皆に振り向いた。
「で、一体何があったの?」


「きゅ、きゅうきし…?なぁに、それ」
イェンランは初めて聞くその名前に首を傾げた。
簡単なシータの説明で、先ほど何があったのかはわかった。
でも、シータの只ならぬ機嫌の悪さ、アムイのいつもとは違う落ち込みように、何だかすっきりしない。

「吸気士(きゅうきし)というのは、名前の通り“気”を吸う者。あまりよく知られていないけれどね。
だって、闇の気術者の部類だもの、ねぇ?老師」
シータはそう言ってむっつりしてお茶をすすった。
「闇の気術者…」
サクヤが眉をしかめた。あの男、あの兄貴をあんなに簡単に…。
「うむ。…気術にも光と闇がある。…あのシヴァは、気術の闇の部分の集大成のような男での。
気術界、寺院、大聖堂のみならず、賢者衆においても、お尋ね者の凶悪犯じゃ…。
気術も医術のように人を診るとき、他人の“気”の調整のために、相手の“気”を吸い取る術もあるのだが…。
奴は元々、他人の“気”を吸う特異体質でな。それを糧に生きているといっても過言ではない」
「え?それじゃ…」
シータと昂老人は同時に頷いた。
「他人の“気”を吸い、糧として、しかもそれを持ち帰り、保存し、また取り出す事ができる…。
しかもその他人の“気”を自分でも使う事もできる。
まるで妖怪みたいな奴なのよ、しかも変態だし」
むっとしてシータは口を尖らせた。とにかくシヴァにかなり恨みがあるらしい。
「さっきから変態変態って…。シータはその男の事、よく知ってるの?」
「そうそう、オレもそれ、今聞こうと思ってた。だっていつもと違うからさ、シータ…。
何かあったの?」
イェンランの言葉を取り次いで、サクヤが尋ねた。
「そんなにアタシ、普段と違う?」
シータの言葉に二人は同時にうんうんと頷いた。
はぁーっと、シータは深い溜息をつくと、今だショックが抜け切れていないアムイを、ちらりと見てから話し始めた。
「…アイツ、一回キイに手を出した事、あるのよ」
その言葉にアムイは青ざめ、一同は固まった。
「何だそれ…。俺は知らないぞ?キイの奴、一言も…」
アムイの口元がわなないている。よほどの衝撃だったようだ。
「口止めされてたし…」
ぶすっとしてシータは呟いた。
「ほぉ?じゃ、奴は初めキイに目をつけたと」
何故か面白そうに昂老人が言った。
「十年くらい前だったかしら?…誰かが、キイの噂を聞いて、シヴァに依頼したらしいの…。
その、稀有な“気”の正体を知りたいから、盗め、って。
キイが襲われた時、ちょうどアタシ通りかかって…」
その答えに、昂老人は眉を寄せた。
「それが誰とは…わからなかったのじゃな?」
こくん、とシータは頷いた。「でもね」

「アイツ、キイに指を絡めただけで、すぐに手を引っ込めて、その後アタシとキイとで、シヴァ相手に大乱闘になったんだけど…。
アイツ…アイツ、アタシの気を吸おうと抱きついてきて!!」
シータはまた涙目になっている。よほど嫌だったらしい。
「ああ、気持ち悪い!!アイツ、アタシのこの綺麗な“おみ足”に口つけたのよ!!
あの変態許せないったら!!」
「指を絡めただけ?本当にキイにはそれだけの被害で済んだんだな?」
アムイが執拗にその部分を確認したがった。
「…というか…キイはアイツに押し倒されて…かなり危なかったけどね。
あの変態は歯の浮くような事をキイに囁いてたけど、でも、キイが顔色一つ変えなかったのは偉いわ」
「お、お、押し倒された!?」
アムイの声が裏返った。
「でも…何でだかわからないけど…シヴァの奴、嫌な顔して…キイから離れたの。
きっと好みじゃなかったんでしょ?それ以降はキイに指一本触らなかったのが不思議だったんだけど…。
でもアタシは…!その代わりにアタシを」
「そうか…」アムイは何となくわかった。シヴァはキイの“光輪”にあてられたのだ。
「アイツはね、ただの変態じゃないの!筋金入りの変態なのよ!」
「はは…は…シヴァの奴は…美人が好きだからのー。ま…変態なのは昔からじゃが…」
昂老人が苦笑いした。
「もぉー、だからさっきから変態って!どう変態なの?」
イェンランが痺れ切らして聞いた。ちょっと興味があるらしい。
「そうそう、それにさっきも思ってたんだけど、ご老人はその吸気士にかなり詳しいみたいじゃないですか。というかお知り合い?」
サクヤも先ほどからの疑問を昂にぶつけた。
「そうよ!老師も何?あの男と本名で呼び合っちゃって…。なんっか怪しい…」
シータも急に思い出して、思わず声を荒げた。
「う、むむ。まぁ、落ち着きなさい…。シヴァ…奴はなぁ。
かなり腕の立つプロの刺客じゃ。その己の特異体質を最大限に生かしとるというか…。
ま、どこにも所属しない、風来坊な殺し屋じゃな。
人の“気”…最後には生命エネルギーを全て吸い取り、相手を死に至らせる。
吸われた本人は、恍惚と共にまるで眠るように死する。
道具を使うわけではないから、殺しの痕跡を残さない…。だから重宝がられる。
…ま、たまに殺し以外に“気”を盗む、という依頼もあるようじゃがの」
「で、それのどこが変態なの?」
今までの話の流れからいって、何となくわかるような気がしないでもないが、若い娘であるイェンランにはどうもよくわからないようだ。
シータはコホン、と咳払いをした。
「…その、ね。アタシ達その後アイツについて調べたのよ。そしたらかなり有名人なんじゃない!ねぇ?老師」
「まぁ、なんだ、確かにその筋にはの…」
昂老人は何となく歯切れが悪い。
「はっきり言うと、アイツの性癖はとんでもないのよ!
普通、吸気士っていうのはさー、相手の身体のどこか一部でも触れていれば吸気できるわけ。
極端な話、髪の毛一房でもいいのよ。ね?老師」
「うう、む。ま、そうじゃな…」
シータにいちいち同意を求められ、昂老人はたじたじである。
「なのにシヴァはね、気に入った相手だと手を出すのよ!吸気する時!」
「手を出す?」
「あ…やはり…」
イェンランはぽかんとしているが、サクヤはあの様子を目の当たりにしていた分、すぐに納得した。
「そうなの。でもアイツは最悪よ。たったそれだけで吸気できるのに、アイツはそれ以上深く触れてくる。
好みの相手を一度簡単に吸気して動けなくしてから、まるで獲物を弄ぶかのように、相手の肉体を貪るのよ。
で、散々自分がいい思いした後、あっさり相手の生命エネルギーまでも抜き取る。
本人は相手にも快楽を与えながら死に至らしめるから、自分は悪い事していないって言い張るの。
そんな外道なのよ、シヴァって」
「げ…。そ、そうなんだ…」
イェンランは身震いした。
シータは一気に喋ってから、ふうーっと溜息をついた。
「…で、もっと嫌なのは、本気になった相手には執拗に追っかけてくるとこ。だから、面倒なのよ…。
で、どうするの?アムイ」
アムイが眉間に皺を寄せながら、ピクッとした。
「う~む。殺しの依頼を受けているとはいえ、あのシヴァが“また来る”宣言したという事は…。
かなりアムイを気に入ったようじゃのぉ。
奴はああ見えて、有言実行タイプじゃからなぁ。必ずまた現れるじゃろ」
「で、本当にご老人の本名って…ポンちゃんなんですか?」
サクヤが興味津々になって訊いた。
「え~?ポンちゃん?うそぉ」
思わずイェンランは吹き出してしまった。
「そーよ、老師の本名を何であの男が知ってるのか、説明してくださいよ」 
「う…。そ、そんなにおかしいかの?わしの本当の名はポン・リャオロン。
皆にはリャオと呼ばせてたんじゃが…。
…それをあやつは昔から、わざとわしの嫌がるのを承知で、そう呼ぶんじゃ…」
昂老人はちょっと赤くなってひとつ小さな咳をした。
「で、何故そんなに互いをよく知ってるかというとな、実はあやつとは…同期門下生だったんじゃ…
しかも同じく特待生としての」
その言葉に、一同驚いた。
「わしは元々身寄りがなくての。子供の頃から北の北天星寺院(ほくてんせいじいん)で修行しててな。
気術の才能を見込まれて、当時の大法師様の推薦で聖天風来寺に特待で入ったのじゃ…。
ま、その時に亡くなった前聖天師長(ぜんしょうてんしちょう)竜虎(りゅうこ)と知り合ったわけじゃが…。
で、同じく気術系特待生としていたのが、シヴァじゃった。
奴もわしと同じで身寄りがなく、南の炎剛神宮(えんごうじんぐう)に世話になっていたそうじゃ…。
しかし、あやつの特異体質は並大抵でなくての、すでにその頃から恐れられておった…」
「ど、同期門下生…って!?老師と同期門下生?
つまりシヴァは聖天風来寺(しょうてんふうらいじ)出身?
しかも、どう考えたって…嘘でしょ?だってアイツ、どう見たって30代くらいにしか見えない…」
シータは驚きのあまり、声が上ずった。
「…シヴァは、他人の“気”を糧に生きとると同じと言ったじゃろ?
実は第九位以上の自然界の“気”には細胞を活性する特性があって、あやつはそれを他人の生命エネルギーと共に吸引し続け、若さを保っとる。
だが中身はわしと同じ、80過ぎの爺さんじゃ…。それがあやつの恐ろしい所でもあるのじゃがな」
昂老人はそう言いながら、心配そうにアムイをちらっと横目で見た。
アムイはじっと難しい顔をして、黙りこくっている。
「しかもあやつはその性癖が問題となり、特待を切られ、聖天風来寺から出入り禁止をくらっとる。
竜虎なんか、何度危険な目にあったか…。ま、わしは全く眼中になかったようじゃが。
…とにかく、シヴァはアムイの“金環の気”に味をしめとるじゃろ。
しかも今までのあやつの好みを考えると、…見た目もタイプらしいしの、アムイは。
とにかく、なるべく一人になる隙を与えてはいかん」
皆の視線がアムイに集中した。
(兄貴…?何を考えてるんだろう…?)
サクヤは、先ほどから気難しい顔をして視線を落としているアムイの様子が気になった。ずっと何かを考えているようだった。
それとも…男に口付けされた衝撃がまだ尾を引いているとか…?
「そうね、アムイにはアタシ達も気を付けるわ。やっとここまで来て…!
肝心のアムイがあんな変態にいいようにされたら困るわ」
シータはぷりぷりしながら、昂老人に同意した。


まだ夜も明ける前、コツン、と何かがぶつかる音で、南の国宰相ティアンは目が覚めた。
「シヴァ」
のそっと寝台からゆっくりと起き上がると、彼は簡単に長めのガウンを羽織り、音の方へと足音も立てずに近寄った。
「よぉ、ティアン殿」
闇夜を映した窓を背にして、肩までのぼさぼさの銀髪、鋭い灰色の瞳をぎらつかせている、シヴァが立っていた。
「…やけに早いな。…もう仕留めたのか?あの小僧を…」
その言葉に、シヴァはくっくと笑った。
「いや、まだ。その代わりにお前さんに頼まれた、暁の“気”。
持ってきたぞ、受け取れ」
そう言うとシヴァはティアンに掌をかざし、ゆっくりと彼の腕を掴んだ。
ボワッと赤い靄(もや)が立ったかと思うと、ティアンの腕にその靄が吸い込まれていく。
「こ、これが…暁の“金環の気”か」
「かなり美味だろ?」
シヴァはちろりと上唇を舐めた。
「私はお前じゃないから味なんてわからないが、…確かに…極上の“気”だな…」
ごくり、とティアンは唾を飲み込んだ。
「これだけありゃ、お前さんの研究のサンプルには余裕だろ?」
ニッとシヴァは笑った。
「ああ…。もちろんだ。この分の報酬はきっちり払う。
で、あの小僧の命の方はいつ…」
「悪いがそれは反故にさせてもらう。
俺の他にもあいつの首を狙ってるのは結構いるんだろ?
別に俺じゃなくたって…」
ティアンの目が細くなった。
「…お前まさか」
「そうだよ。俺は暁が気に入った。
あいつを殺すのはもったいない。…俺のものにして…そうだな。
飼い殺しっていうのも悪くねぇなぁ」
シヴァはニヤニヤしながら顎を触った。
ティアンは溜息をついた。
「…まったく…。お前といい、あの王女といい…。
暁を殺すなと。自分にくれ、と。……ふっ…。
…私としては奴は目障りなだけだから、宵の君の前から姿を消してくれれば、それでかまわないが…。
その代わり報酬はこの分削るからな」
「ほぅ、王女って…リドンの王女さんかい?あの色っぽい」
「そうだ。…何で暁にこうも執着するのか、私にはわからないが…。
…まさかお前もとはなぁ。
私は10年前、てっきりお前は宵の君をものにしてしまうのでは、とヒヤヒヤしていたが…」
シヴァは眉をしかめた。宵の君…キイ=ルファイか。
「は!ものにしたいのは、お前さんだろう?
俺はもう御免だ。姿かたちは美しいが…。あいつの持っていた“気”。
あれは何だ?あんな毒にも薬にもなるような…。
昔馴染みのお前さんがどうしてもサンプルとして欲しい、と言うから、二度と行きたくもない聖天風来寺まで行って…。
しかもあのキイとかいう奴。…若造の割に肝が据わってやがって、全く可愛げがねぇ」
シヴァは口を尖らせ、顔をしかめたが、次の瞬間うっとりするような顔をした。
「その反対に相方の暁はいいねぇ。もっと早く味見しとけばよかったよ。
初々しいというか、抑えた色気があるっていうか…。それ以上にあの芳醇な“気”。
あの若さであんな“気”を持っている奴は…長く生きてきて初めてだ」
ティアンは先ほどシヴァから貰ったアムイの“気”を手の上に取り出し、丸め始めた。
「その暁の“気”。…お前さんは多分、あの宵の“気”のために使うんだろうが、…本当に不思議な二人だ。
俺も長くこういう事をしているが、今まで遭遇した事もない。
……あれが伝説の…セド王家最後の秘宝の正体か?」
「宵の君の事か?…彼はセド王家の生き残りだ。これは当時セド王家に関わった者しか知らぬ事だ。
私の初めての師匠、マダキ殿が一度彼を解放している…。それでセドは滅びた。
この話は当事者以外は全て口を閉ざした。…私はずっと、彼を捜し続けたのだよ。
…まさか聖天風来寺にいたとは、近すぎてかえって見落としていた。
ま、長年この研究を続けている成果が、もうすぐ実を結ぶ。
そのためには、あの小僧の存在が邪魔なのだ。…これで奴の“金環の気”も手に入った。
後は好きにしてくれ。まあ、お前に狙われたら、暁の奴も逃げられないだろうしな」
シヴァは何か言いたげに、じっとティアンの様子を伺っていたが、ふっと笑って窓を開けた。
「では、宰相殿。金は後から取りに来る。…ま、暁の事はまかせとけ。
それじゃ…」
シヴァはそういうと、軽々と窓を越え、部屋から出て行った。
「…ふ。相変わらずだな。まぁ、奴に任せとけば大丈夫だろう。
…とにかく…私も急がねば…。早く宵をこの手にしなければ…。
夜が明けたら必ずザイゼムの奴から、宵の場所を聞きだして…」
そう。南の国のティアン宰相は、今、カウンの村にアムイ達と入れ替わりに来ていた。
キイを隠している、ゼムカ族の王に会いに…。
今のティアンには、キイの事しか頭になかった。
あの、天の“気”、光輪…。今だかつて、この地に降りた事のない神の力。
そしてあの美しい子供が成長し、この世のものとも思えぬほどの優美で妖艶な姿で存在している事実が、ティアンの欲望を益々かき立てていた。
(欲しい…!今度こそ絶対に手に入れてみせる!!)
ティアンは自分の拳に力を入れた。
(宵を支配し、この大陸に君臨するのはこの私だ。誰にも渡すものか…!!)

(まったく…あの、姫さんが暁を所望してるって…?)
闇夜を駆け抜けながら、シヴァはティアンの言葉を思い出していた。
(これはちょっと面倒かもなぁ。…まぁ、ちょっと挨拶がてら宣言くらいしておくか)
シヴァはニッと笑いながら、闇の森に消えて行った。

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