暁の明星 宵の流星 #97
「で、王女はこれからどうするおつもりですか?」
朝、開口一番に、南の国大将ドワーニに問われ、リー・リンガ王女は言葉に詰まった。
「ど、どうするって…。もちろん、諦めないわよ、わたくし」
リンガは炎のような真っ赤な髪を器用に纏め上げ、朝の身支度を終えていた。
「まさか…もう国に帰ろうと思ってるんじゃないわよね?ドワーニ」
ちょっと心細そうに、リンガはこの大男をちらりと眺めた。
「いえ。王女の兄上…大帝様から王女をお守りするよう言われております。
リンガ様が国へ戻らぬ限り、このドワーニ、一人でなぞ帰ったら大帝に叱られてしまいます」
「…本当にドワーニの忠誠心は素晴らしいこと…」
リンガはふう、と大きな溜息をつくと、傍らに待機している、子供の頃からの自分の護衛隊長モンゴネウラを振り返った。
「ねぇ、モンゴネウラは??お前はどう思う?もうわたくしは暁を諦めた方がいいのかしら?ねぇ」
モンゴネウラは厳つい顔を、ふっとほころばして、王女に言った。
「おやおや。我が王女はいつからそんな気弱におなりになったんですか?
…あの暁が…セドの王子かもしれないからですか?」
「……そうね。でも、それはお前達の見解であって、確証ではないわ。
もしそうであっても、わたくしがあの男を欲しいのに変わりはない。ただ…」
「ただ?」
リンガは俯いて浮かない顔をした。
「本当にセド王家の最後の生き残りだとしたら…。これはちょっと面倒かなって。
あのお兄様が何て思うか…怖いの」
モンゴネウラも困った顔をした。
「確かに。暁がセドの王子だと判明したら、それは国家規模の問題ですからね。
ただの荒くれ者をものにするとは違う。…今でも東の国にとって、セド王国の影響は大きい。
…今、大帝が宵を手に入れようとしているのも…。
宵がセドの秘宝に関係あるだけでなく、もしやセド王家に深く関わりのある人間かもしれない、という事もあるからで…。
残念ながら、もし暁が王子だとしたら、完全には王女のものにはならないでしょうね、多分」
「うむ。確かにそうだなぁ。…ま、暁の気持ちにも寄るだろうが…。
大帝の事だから、リンガ様と暁を結婚させて、セド王家の血筋…つまり神王の血脈を確保しようとしなさるとは思いますがね。
もし、拒否するなら…ばっさり!でしょうね。
何故なら、セドの王子の存在を政治的に利用しようと、目論む輩が必ず出てくる筈ですから。
その時、暁が我々の味方になるか、敵になるか?それが重要になってくる。
ただの荒くれものなら潰すのは簡単。だけど、王子ならば存在が大き過ぎる。
……我が国の脅威になる存在は、芽が小さいうちに潰さなければならない…」
ドワーニは気難しい顔をして言った。
「いや…そんなの…」
リンガが不安そうな顔をしたその時、三人の背後に人影が忍び寄った。
モンゴネウラとドワーニは、いち早く気配を察し、王女を互いに庇うように体勢を整えた。
「誰だ!?」
ドワーニの威嚇した声に、人影は姿を現した。
「はは。さすがりドンの大将。“煉獄の気”の使い手」
「吸気士…シヴァ」
モンゴネウラが唸った。「お前、何故ここに」
シヴァは面白そうにくっくと笑うと、三人の近くに歩み寄った。
「いい事聞いてしまったなぁ。そうか、あの暁はセドの王子なのか」
三人は警戒の色を強めた。
「ねぇ、シヴァ。貴方その事聞いてどうするの?それに確証ないわよ。
…この二人の見解というか、憶測なんだから、まだ」
リンガが嫌な顔をしてシヴァに言った。
「お久しぶりです、リンガ王女。
貴女のお父上…前大帝様には本当にお世話になった。
だから、まぁ、そんなに怖い顔なさらなくとも。
…貴女がたには危害は加えませんよ。どちらかというと味方ですから」
珍しくシヴァはうやうやしく王女に頭を垂れた。
この吸気士は、聖天風来寺を追われてから、国に帰っても何処にも行く宛がなかった。路頭に迷っていた彼を、内密で王女の亡き父王(当時はまだ王子)が手厚く保護してくれたのだ。
それ以来、シヴァは恩義を感じ、自由にやっている今でも、何かと王家を陰ながら手助けしてくれる。
頭ではわかっていても、彼は極悪犯罪人。しかもあの性癖。警戒してしまうのは仕方がない。
「そ、それで…。その話を聞いてどうするの?お兄様に報告する?
…別に確証ないんだし、してもかまわないけど…。って、貴方、暁の事をどうして…?まさか」
「暁の刺客とはお前なのか」
モンゴネウラが目を細めた。ガーフィン現大帝にはかなり信頼されているようだが…。
「先ほどまではね。…でも本人に会って、気が変わったんですよ。
で、王女が暁を所望してると聞いて、これは報告しないと、と思って会いに来たわけです」
「ほ、報告…?…って、まさか!!貴方…!」
リンガは背筋がぞっとした。
「ええ。俺も暁が欲しいんです。まかりなりにも恩義ある方の娘さんだ。
こそこそするのは嫌いなんでね。堂々とこうして話に来たんですよ」
シヴァはニヤッと笑った。
「そしたらもっと面白い事を聞いてしまった。…な~るほどね…。くくく。
こりゃあ、いい。もっとあいつが欲しくなったなぁ」
シヴァはアムイを手にした時の恍惚感を思い出した。
あのまったりとした何とも言えない深くてまろやかな“気”。
あの男の唇も甘かった。…もう一度、この手に奴を…。
「それで貴方、味見したって訳なのね?アムイを」
じろり、とリンガは睨んだ。シヴァの表情を見て、彼がアムイを思い出しているのを察したのだ。
「はは。王女には隠し事できませんねぇ。
…そうか…。暁が王子ならば…。宵とは血が繋がってるかもしれないのか…」
独り言のような最後の言葉を、リンガが聞き逃すはずもなかった。
「それ…。どういう事?」
リンガは真剣な顔してシヴァに詰め寄った。
「おおっと!やはりティアン殿は、王家に隠しておられたか!」
ニヤニヤしながらシヴァはわざと慌てたように言った。
「シヴァ」
いつにないリンガの真剣さに、シヴァはふっと微笑むと、人差し指を立てた。
「…王女様、おたくの宰相には気をつけなさい。…というか、信用しちゃ危険だ。
あの男は…この世の王の座を狙ってる。そのためにリドン国を利用しているだけ…。
そう大帝にお伝えくださいな、りー・リンガ王女。
これはシヴァの、王家への恩返しの一つです、と」
その様子をじっと見ていたモンゴネウラは、おもむろにこう言った。
「つまり…。ティアンが大帝に重要な事を隠している…という事だな。
その、例えば宵の素性とか」
「…セド王家の最後の秘宝の正体もね」
シヴァは片目を瞑った。
「お前、何故そこまでこの事を我々に教えるんだ?
…お前と宰相は一体…」
ドワーニが言った。
「ま、察してくださいよ。守秘義務すれすれなんで。
とにかく王女様が欲しがってる男を、タダで横取りするのはちと気が引けたのでね。
それだけ前の大帝に恩を感じてるって事で」
この極悪非道な男が、ここまで前大帝に恩義を感じているとは…。
ん?恩義だけ…?
リンガはその時、娘の勘で理解した。
ああ、この男、お父様の恋人だったんだわ。
まったく、お父様も変わった人間が好きだったから…。
では尚の事、このまま黙ってアムイを取られるのは自分は我慢できない。
「では、お邪魔して申し訳ありませんでしたねぇ。
ま、どうかくれぐれも今の大帝様に、よろしくお伝えくださいよ」
シヴァはそう言うと、片手をひらひらさせてその場を去って行った。
取り残された三人は、しばし呆然とシヴァの去った方向を見ていたが、リンガが突然モンゴネウラを揺さぶりながら、泣きべそをかいた。
「いや、いやぁ!あの男に暁を取られるのだけは嫌!!
あんな変態にアムイが何されるか!思っただけでも腹立たしい!
お願い!!何とかしてぇ、モンゴネウラぁ!!」
「はいはい…。落ち着いてください、リンガ様…。大丈夫ですよ。
このモンゴネウラが必ず何とかいたしますから…。ほらほら、泣かないでくださいね」
モンゴネウラは王女をなだめながら、頭を優しく撫で、背中をポンポンと叩いてやった。
彼にとって、この王女はいつまでたっても小さな女の子なのだ。
「…モンゴネウラ…。お前本当に王女様には甘いんだから…。
ま、仕方ないか。相手はあの吸気士だ。
暁か…せっかくこの王女様が本気になった相手だからな…。
しかも本当にセドの王子なら、奴に好き勝手はさせられんし…・」
ドワーニは、ふと、憧れていたセドの将軍のいつも隣にいた、優しげな微笑をたたえた男の姿を思い起こした。
(セドの太陽か…。印象はまったく違うが…、やはりあの身のこなしといい、顔立ちといい…。
アムイ=メイは、セドの太陽の息子に間違いない…。
あの当時の王子はすでに大罪人…。あのラムウなら彼の息子の義父になるのは、至極(しごく)当たり前であろう。
…しかも、あの【宵の流星】が暁と血が繋がっている、というのなら…彼もまたあの王子の…?
「まさか…な」
ドワーニはふっと笑うと、困った顔で空を見上げた。
「うーん。さて、どうするか…」
アムイ達一行は、ようやくアーシュラの案内で、凌雲山(りょううんざん)の麓までやって来た。
「ここから屋敷まで、ゼムカの警護に知られずに行く事ができる。
ただ、かなり道は険しいが…。ついてこれるか?」
アーシュラはちらりと、イェンランの方を振り向いた。
イェンランはちょっとむっとした。
「大丈夫よ!だって、あの国境にあるシャン山脈を越えてきたんですからね!」
「ほお、勇ましい。…なかなか、気の強い娘だな。
…ま、そうじゃなきゃここまでキイを追っかけてなんか来ないか…」
ニヤッとアーシュラは笑った。
「何よ…」
イェンランはふくれた。
このアーシュラという男、思い出したけど、初めて会った時だって態度悪かったし…それに私を殺そうとしたんだっけ!
アーシュラはイェンランの表情を見て、益々面白がった。
「ふぅん、あともう少し大人の女になれば、キイのタイプだろうな。
何せキイの奴、黒髪で黒い瞳の女には昔から弱かった…」
と言いかけて、アーシュラは隣のアムイをまじまじと見た。
黒い髪に黒い瞳…か。ああ、そうか、なるほどね…。
アーシュラの胸が一瞬痛んだ。
昔はあまり考えてもみなかったが、思い出してみると…。そうだな。
キイが夢中になる女は…どことなくアムイに似ていた。
色が白くて、その肌に映えるような黒い髪。ちょっと小生意気そうだが、芯が一本通っているような女。
だけどいつも長くは続かない。
修行中の身だった事もあるが、あんなに女が好きなのに、いつも一人に絞れない…。
隣で涼しい顔をしているアムイを見ていると、何だか無性に意地悪したい気持ちにさせられた。
「おい、ひよっこ。ちゃんと俺について来いよ」
「ひよっこ?」
いきなりアーシュラにそう言われて、アムイはむかっとした。
「おおそうだよ、ひよっこ。…お前はキイに比べりゃ、まだまだくちばしの黄色いひよっこだ。
ま、腕は確かに上達したとは思うがね」
「アーシュラ…。どういう意味だよ、それ…」
アーシュラはふふん、と鼻で笑った。
「お前、男にキスされて落ち込んでたんだろ?」
「な!なんだよ…昨日の事、何で知って…。お前寝ていたんじゃ…」
「当たり前だろう?昨夜あんなに皆で大声で喋ってたら嫌でも耳に入るよ。
ま、だからさ。お前はまだ修行が足りないって事だ。
そんな事ぐらいでショックを受けてるなんざ、お子ちゃまっだっていう証だよ」
アムイは言葉に詰まった。
「そういう面ではキイは何事にも動じない男だぞ。
特にあの容姿だ。男が多いこの世界、いくらでもそういう場面に出くわしているの、お前だって知っているだろ?
だけどキイの凄い所はまったく表情に出さずに、軽々とあしらう事かな。
普段はガラは悪いし、口も悪いが、いざとなる時の不動心。何があろうと動じない精神力。
それに比べりゃやはりお前はまだガキ臭い。そういう面ではな」
だがそのキイが取り乱す時、いつもアムイが関係しているとは、口が裂けても言いたくないアーシュラだった。
アムイは眉間に皺を寄せ、昨夜のようにまた何か考え込んでいる。
「ま、この大陸では男の方が多いんだ。遅かれ早かれ、そういう事があるのは当たり前なんだよ。
嫌ならそういう風にならないように自分の身を守れよ、ひよっこ」
「…お、お前は平気なのか?というか…」
言い難そうなアムイに、アーシュラはにっと笑った。
「俺?お前だって知ってるだろ?
俺はあの男だけの一族の人間なんだぜ。…周りは男ばっか。
もちろん女も好きだが、最近は特に大陸には女が少ないからな。
あぶれた者は…男とするしかないんだよ。手っ取り早い性的欲望の処理だ。
お前も男ならわかるだろう?」
「それだけか…?」
アムイは何故かむすっとしてアーシュラを細目で見た。
まったくなぁ…。アーシュラは苦笑いした。
キイが言っていたが、本当にこいつは“おくて”だったんだな…。
それがやっと女を抱けるようになって、一人前みたいな顔をしているが…。
ま、他人を寄せ付けないオーラのせいと、キイの庇護のお陰で今まで無事にきてたようだ。
「お前が聞きたいのは、キイの事だろ?はっきり言えよ。
…そりゃ、恋愛は自由だ。男同士でも本気になれば、相手を身も心も独占したいのは変わらないさ。
俺は…ただ、傍にいられるだけでいいけどな…。
特に相手が嫌な事は絶対したくない性分でね。
安心しろよ、キイには手を出す…いや、出させてくれないよ、あいつは」
アーシュラの瞳が一瞬悲しげに曇ったのを、アムイは気がついた。
「悪い…俺…」
「まぁ、安心しろよ。お前もわかってる通り、いくら男だけの一族だからって、キイに手を出す輩なんぞいないから。
ていうか、怖くて手を出せないって感じ?もちろんキイのせいじゃないぜ。
…我が陛下が怖いからさ」
意味深な言葉に、アムイは不安げな顔をしてアーシュラの表情を伺った。
「……俺は陛下に逆らえなかった。あの人は俺にとって絶対だったからだ。
兄であり、尊敬する君主であり…。
だが陛下がキイに本気になるとは思わなかった…。
この四年間、どのくらい自分を抑えてきたんだろう…。
特にキイが意識を封じ、それから毎夜、陛下がキイと寝所を共にしてからは、地獄の苦しみで…」
と、思わず言ってから、アーシュラはアムイの様子にはっとして口を閉ざした。
アムイの目が怒りで赤黒く変色していた。
「寝所を共に?あのザイゼムと?意識のないキイが?」
声も絞り出すような低い唸り声だった。
(あーあ…)
アーシュラは余計な事を言ってしまったようで、思わず冷や汗をかいた。
でも、まぁいいか。
実際あの方の性分では、意識のない人間を無理やり襲う事はしない筈だが(ただし、何もしないという保証もないが)、自分だってずっと苦しい思いをしていたし、同じ思いをこいつにもしてもらったっていいよな…。
アーシュラはそう思い直すと、わざとアムイに悲しい顔をしてみせた。
「…そうだよ。お前も今までキイと一緒に寝てたと同じで、ひとつの寝台でね…。」
アムイはむっと黙りこくって、アーシュラの元を離れた。
背中が怒っているのがよくわかる。
(おやおや、キイが絡むと平常心がなくなるのは、やはり変わっていないか…)
アーシュラは苦笑いすると、この二人の絆について思い巡らした。
…話によると、二人は兄弟。しかもかなり衝撃的な生まれ。
……他人が入り込めない…その雰囲気は、血の繋がりせいなのかと、腑に落ちた自分がいた。
それにも拘らず、今ひとつ、どうも何かがひっかかっていた。
それはキイの心の闇を垣間見た時…。あの時のキイの言動…。
ただの兄弟と片付けられない、深い何か…。それがこの二人に存在しているようで、アーシュラは落ち着かなかった。
そして何となく、先ほどわかってしまったのだ。
キイの、心の闇の一部。
アムイの、心の奥深い所。
それはずっとキイを見続けてきた自分だからこそ、気がついたものだった。
(俺も切ないが、お前はもっと切ないな、キイよ)
きっとこれは、互いの生まれが深く関係しているのだろう。
感情だけではない、魂までのレベルの問題。
上手く説明できないが、二人の抱える宿命が、大きく影響しているのは確かだ。
(“光輪の気”と“金環の気”か…。
引かれ合い、一つになろうとする“気”。なのに、その相反したこの世での現実…。
そりゃ、自分の人生を呪うだろうよなぁ…)
アーシュラは小さな溜息をつくと、気を入れ直した。
「さ、俺について来てくれ。ここから一時間ほどで屋敷に着く。
それから様子を伺って、また策を練ろう」
アーシュラの言ったように、山道はかなり険しかった。
だが、あのシャン山脈を抜けたイェンランには、意外と楽にこなす事ができた。
(あれに比べたら…)
それよりも、イェンランは先ほどから落ち着かなかった。
(本当に…これでキイに会えるの…?)
そう思うと、期待と不安が一緒になって、イェンランの胸を騒がせた。
特に不安のひとつ…。
ただ男性の事が苦手だったのが、今は恐怖症までいってしまっている事実だ。
今でも、男性に触られると気分が悪くなる。
アムイ達はあれから絶妙な距離で、自分に気を遣ってくれているのがわかる。
だからアムイやサクヤに関しては、ある程度、近寄られても平気でいられた。
だが見知らぬ男の場合、触るどころか近寄っただけで、自分は完全に駄目だ。
だからなるべくアーシュラとも距離を置いていた。まぁ、向こうの方から絶対に寄っては来ないけれど。
今は男を感じさせないシータや、年寄りの昂だけが、彼女の傍にいられるのだ。
本当はこんな風になってしまって、涙が出るくらい悔しい。
男の存在に自分が負けたようで、情けなくていたたまれない。
(…もし…もし、キイに会えて、自分が彼に拒否反応を起こしたら…?
私、どうしよう…!あんなに会いたかったキイを…自分が受け入れる事ができないと判ったら…。
多分もう立ち直れない…。一生、男の人を避けて暮らすようになってしまう…)
あの時の恐怖と気持ち悪さが、今でもはっきりと甦る時がある。
だから、イェンランは怖かった。キイに会える嬉しさよりも…。
「イェン」
その時、アムイがいつものごとく絶妙な距離感で、イェンランの隣に来た。
「なぁに?」
イェンランはアムイに心配かけないよう、努めて平気を装った。
「今度こそ、キイに会えると思う」
いきなりこう言われ、イェンランはどきっとした。
「うん…」
「…お前はそうしたらどうする?」
「え…」
アムイは暗い瞳をして言った。
「お前の旅、だよ。大きなお世話かもしれないが、キイにもう一度会うのが…会って確かめるのが、お前のこの旅の目的だったろう?
この目標が叶ったら…この先、どうするか、よく考えていて欲しいんだ。
俺は…俺達は…。生まれがこうだから、この先も必ず危険が付きまとう。それは事実だ。
だから…キイに会ってからでいい。自分のこれからを…」
イェンランはアムイが何を言いたいのか、よくわかっていた。
…そう、今まではただキイに会いたいだけ。それだけで危険も顧みず、皆にも迷惑をかけて、ここまで来た。
あんなにアムイに反対されていたのにね…。イェンランは苦笑した。
「うん、わかってる。心配かけてごめんね、アムイ」
イェンランの言葉に、ちょっと赤くなりながら、アムイは悲しげに微笑んだ。
彼がこのような表情で自分を見たのに、イェンランは驚いた。
いつも眉間に皺寄せてるか、仏頂面か、無表情か…。
いつも尊大で、言い方がきつくて、たまに脅されてるのでは?と、よく思ったものだ。
だけど…。
よく考えると、本当は優しい人なのかもしれない。
あの時だってちゃんと自分を助けに来てくれたし、何も責めはしなかったし…。
そう思い始めた時、いきなりアムイが小さく咳払いした。
「ばか。…心配なんか、誰がしてるか。
とにかく足手まといにだけにはなるな、って言っているんだ」
と、いつもの気難しい顔でそう言うと、さっと自分の先を急いで行ってしまった。
「あはは、いつものアムイだ」
イェンランはアムイの背中を見ながら、自分の気持ちに渇を入れた。
くよくよ考えたって仕方ないか。
とにかくキイに会ってから…。彼に会い、自分のこの気持ちを確かめてから…。
自分の行く道をもう一度、考えてみよう。
今は考えられるいろんな可能性を、精一杯自分の中に溜めておこう。
気がつくと、アーシュラの言っていた屋敷が、目の前にその姿を現していた。
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