暁の明星 宵の流星 #98
西の国・ルジャンでは、夏祭りの準備が始まっていた。
街は色とりどりな花が満開に咲き乱れ、綺麗な飾りが街路を彩り、それが人々の祭り気分を盛り立てていた。
その様子を首都にある王宮から眺めていた、この国の第四王子リシュオンは、甥である14歳のキース王子にある提案をしていた。
「なあ、キース。夏祭りにアイリン姫を連れて行ってあげてくれないか?この国に来てまだ慣れないし、お互い仲良くなるいい機会だと思うんだ」
とうもろこしのような黄色い髪と、うっすらと顔にそばかすのある王子は、さっきからむすっと、目の前の叔父に反抗的な青い目を向けていた。
「何で僕があんな子供のお守りしなくちゃいけないんだ」
ぼそっと、キース王子は呟いた。
「キース…」
はぁ、とリシュオンは溜息をついた。
王太子である長兄の息子…将来この国の王となる自分の甥は、とにかく両親から甘やかされて育ったせいか、かなり我儘な性格だった。
特に思春期に差し掛かり、反抗期もかなり激しくなっていた。
「今まで僕の言う事は何でも聞いてくれてたのに、勝手に結婚なんて決められて…。
僕は嫌だからね、あんなやせっぽちで、目ばかり大きい子供なんて。
あんな子が僕の妻だなんて、恥ずかしくて嫌だよ」
ぷいっと、キースはふくれたまま、顔を横に向けた。
「恥ずかしいって…。アイリン姫はまだ幼いけれど、立派な由緒正しい王家の姫だ。
それに、昔大陸一美しい、と讃えられた、あのオーンの前姫巫女様の姪御さんでもある。
彼女の亡き母君は、その前姫巫女様に面影があるという、評判の美人だった。
今は幼い姫君だが、将来はもの凄く美しい姫に成長されると、私は思うよ」
「そんなの、将来本当にそうなるかなんて、わからないじゃないか」
キースは声を荒げた。
「それに歳だって、僕よりも弟のケインの方が近いじゃないか!ケインと結婚させなよ。それがいいよ」
「確かにケインは11歳で、姫と年齢も近い。が、この国の王に立つのは兄である君なんだよ?
北の正当な姫君はこの国の正妃として迎えられ、将来の王太子妃となり、この国の王を産む大切な方。
…君が王位を譲ると言うなら、君の言うとおり彼女と結婚するのはケインだけどね…。
そうするかい?キース」
ぐっとキースは言葉に詰まった。が、一呼吸置くと赤くなって反論し始めた。
「そ、そんな勝手な事、リシュオンにできるものか!結婚を嫌がったからって、父上がケインを王にする訳がない!
だって僕が未来の王だと、父上も母上もいつも言っているんだ。
僕が頼めば、何だって言う事を聞いてくれるし…」
まったく、いくら長男だからって、兄夫婦はキースを甘やかし過ぎる。
リシュオンは冷たく言い放った。
「君の父上はそうかもしれないが、現王であるおじい様がそう仰っているんだがね、キース。
これは個人レベルの話じゃない。国家が関わっているんだよ。
君の好き嫌いよりも、政治的な事が今は重要だ。
将来王となるつもりなら、その事ぐらいもう理解できるよね?そう教わっていないのかい?父上から。
…それができない、というのなら、代わりにケインが王となるのに誰も反対しないと思うが」
「……」
キースは悔しそうにリシュオンを睨み付けた。
「とにかく、キース。ルジャン国の恥にならないような、王族らしい振る舞いを心がけてくれ。
私は北の国から、大切な姫君を託されたんだ。
姫君に失礼があったら、たとえ甥でも私は許さないよ」
いつもの穏やかなリシュオンとは違い、冷たい眼差しと声でキースを諭した。
この先の王家が思いやられる…。
リシュオンは、先ほどのキースの態度から、兄王太子夫婦にキースについて苦言したのを、はぐらかされた事実を苦々しく思い出した。
(猫可愛がりにもほどがある…)
王位継ぐ者、それ相応の帝王学を学ばせるのではなかったのか…?
とにかく長男のキース王子は、最初の子供であり、難産の末に生まれた事もあって、兄夫婦の溺愛は半端ではなかった。
弟王子のケインの方が、しっかりしているのは誰にも明白だった。
あのような夫を持つ事になってしまって、アイリン姫には申し訳が立たない。
本当ならリシュオンだって、こんな政略結婚、賛成したくないのだ。
西の国が女性を大切にする国になってからは、結婚も女性の同意がなければできない風潮になっている。
しかもまだ男女の比率が、他の国よりも差が広がっていないこの国は、一夫一婦制が主流だ。
一夫多妻は、王侯貴族などの権力がある者しか許されず、ほとんどの国ではあぶれた者は同性とくっつくか、桜花楼などの娼館に行って、多夫一妻のように一人の女を他の男とシェアする。もちろん子供が欲しい時は、必ずその女と契約を結び、多額の費用がかかるのだ。(ただ、無計画にできてしまった子供は、認知制度を使わない限り、父親が不明の子、として託児院で育てられる)
一般の民も似たようなもので、もちろん結婚制度はあるが、ひどい地域になれば、それこそ女は道具のような扱いを受けている所が多かった。
自由もなく、管理はされているが、秩序にそって保護されているのは、桜花楼のような娼館に入れる上等な女だけ。
最近では誰が父親かわからない子供ばかりが増えているという問題が大陸に起こっている。
リシュオンとしてはその事実を知るたびに、何とかしなくてはと、いつも思うのだが…。
「あ、リシュオン」
突然背後から、可愛らしい声がした。
「アイリン姫」
リシュオンは強張った顔を、何とか元に戻し、笑顔を作った。
「どうです?少しはここに慣れました?」
「はい。…まだ祖国との違いに戸惑いはありますけれど…。フェイもレンもいるので…寂しくはないのですが…。
あの、キース様は、私の事、お気に召さなかったみたいですね…。
一度しかお会いしていなくて…何度もお伺いしたのですが、なかなかお話してくれません…」
ちょっとしょんぼりしているアイリン姫に心苦しさを感じながらも、キースに彼女はもったいない、とりシュオンは思った。
そしてふと、国に入ってから彼女が告白した、運命の人の話を思い出した。
もしあの話が本当なら、…このような不幸な結婚をしても、将来彼女は幸せになれると思っていいのだろうか。
…この先、国勢だってどうなるかもわからない。事実、一国の姫は、世界情勢によって何度も結婚・離婚を繰り返すのが常。
今はまだ、偽りの結婚のままの方が、彼女にはいいのかもしれない…。
「リシュオン王子…?」
自分が物思いに耽っていたのを、アイリンの声で気がついた。
「あ、ああ。キースは、叔父の私が言うのもなんですが、ちょっと癖があって…。
本当に申し訳ない、姫。…ま、歳も少し離れているのもあって、彼は姫にどう接したらいいのか、戸惑っているのだと思いますよ…。
それよりも、どうです?明日からの夏祭り、いっぱい楽しんでもらいたいなと…」
リシュオンの言葉に、アイリンの顔がぱっと輝いた。
「はい。明日、ケイン王子が連れて行ってくださると…。明るくて気さくな方ですね」
「へぇ、ケインがね…」
確かに歳も近いし、人見知りも物怖じもしないケインの事だ。
彼女が輿入れすると知ってから、妹ができると(本当は義姉なのだが)喜んでいた。
…きっとアイリン姫のいい話し相手になってくれるだろう。だけど…。
やはり彼女の傍に、身の回りの世話をする女性が必要だろうと、痛切にリシュオンは感じた。
今は一緒についてきたフェイとレンが、彼女の世話をしている。今はいいが、やはり姫が成長される事を考えると…。
もちろん城内の侍女を選んでもいいのだが、できれば彼女と同じ国出身で、彼女が心を許せるような…。
と、そこまで考えて、リシュオンの脳裏に一人の女性の顔が浮かんだ。
(イェンラン…)
どうも彼女の笑顔が忘れられない。事情が許すなら、もっと色々話をしたかった。
初めて彼女を見たとき、こんなに可愛い人がこの世にいるのかと、正直驚いた。
確かに立場上、綺麗に着飾った淑女達に会う機会は沢山ある。が、誰も胸をときめかせるような女性に会った事はなかった。
あの危険なシャン山脈際で出会った事もあり、その時のイェンランの姿は悲惨、といってもよかった。
髪はボサボサだったし、顔は薄汚れ、衣服も泥だらけで、所々破れかけていた。
でもそれがかえって、彼女の素の美しさを際立たせていた。
あの柔らかな笑顔に、リシュオンは完全に射止められたのだった。しかし…。
彼女には思う人がいるのだろうな、と、リシュオンは気持ちが暗くなるのを止められなかった。
「では、姫。明日思い切り楽しんでくださいね。ケインなら楽しい事をいっぱい知っていますよ。
わからない事があれば、いつでもケインなり私なりに、訊いて下さいね」
と言って、リシュオンは微笑みながらアイリンと別れた。
だが、彼女の姿が見えなくなると、リシュオンは突然暗い顔して深々と溜息をついた。
「…ああ。気が重い…」
ポツリとそう呟くと、彼は重い足を動かして、ある部屋に向かった。
「で!どうだい?かなりの美人だと思わないか?」
部屋に入るなり、いきなり女性の人物画を見せられて、リシュオンは固まった。
「サイモン兄さん…」
「何だ、その気のない声は…」
その絵を持つ主はむっとして、浮かない顔の弟を見やった。
リシュオンは次兄である、第二王子サイモンの部屋に呼ばれたのだ。
そう、いつもこの次兄が自分を呼びつける理由…。
「じゃあ、このご令嬢はどうだ?リシュ。なかなかのナイスバディだぞ。
え?うーん、あまり胸が大きいのは好みじゃなかったっけ?
では、リード卿の三女ミネルヴァ嬢はどうだ?幼馴染で気心も知れてる。
うん!いい考えだ!彼女と結婚したらどうだい?リシュ!それがいい!!」
「に、兄さん勘弁してくださいよ…もう…」
リシュオンは頭を抱えた。
次兄であるサイモン第二王子は、結婚して王宮の離れに居を構えているが、こうして度々リシュオンに会いに、元の自分の部屋に戻ってくる。
もちろん彼の目的は可愛い弟の嫁探し。半分彼の趣味と言ってもよい。
長兄である兄王太子と違い、次男という立場にどっぷり甘え、結構気楽に生きてきたこの王子。
代々、西のラ・ルジャング王家の人間は、ほとんどが早婚である。
早めに連れ合いを見つけ、早く子供を持つ。それがこの王家の美徳とするらしい。
真偽はどうかはわからないが、この第二王子はそう思い込んでいるようだ。
「私はこの間23になったばかりですよ。結婚なんてまだ考えた事も…」
「何を言っているんだ、リシュ!」
さも大事(おおごと)のように、サイモンは大声を出した。
「私なんかお前の歳には、息子のモリスがすでに生まれていたぞ?
兄弟の中で、三男のミシェランは22で地主に婿入りしたし、末っ子のパーシモンはまだ19なのにもう婚約中だ。
相手がいないのは、お前だけじゃないか。これでは一生独身でいいと言っているようなものだ!」
「一生独身て…。大げさ過ぎやしないですか?兄さん…」
リシュオンはまた深い溜息をついた。
とにかく早い結婚と早い子作りは、王家の安泰と固く信じているのだ。
一夫一婦制度が主流のこの国では、若くして結婚し、たくさん子供を持つのが、血を絶やさない一番の方法と考えていた。
しかも異母兄弟とのいがみ合いや抗争も避けられる。
それが西の国が、他国と違う所であった。
「…とにかくサイモン兄さん、私にはやる事が一杯あるんです。今は結婚なんて考えられない。
前にも話したはずですよ。いい加減諦めてください!」
「だが、リシュ…。お前は兄弟の中で一番もてるというのに、相手を決めない事が問題になってるんだぞ…。その…」
「私は別にもてませんよ。兄さんが勝手にそう思っているだけじゃないんですか?」
不機嫌そうに横を向く可愛い弟を、サイモンはじっと観察した。
どうやら本気でもてないと思っているらしい。
昔からリシュオンは外の世界にばかり気が向きすぎて、色恋にはてんで無関心であった。
それ以上に恋には鈍感だという事実も拍車をかけ、多数の女性達の熱い視線や、アプローチにまったく気が付かない。
いや、一応ガールフレンドや、付き合っていた彼女もいたはずだ。リシュオンとて普通の男。
だがそれ以上に彼の心を占領しているのは、外の世界、国の安否、情勢、大陸の平和だ。
(やれやれ…。こいつは本当にわかっていないのか。
自分が相手を決めないから、周りが大変な騒ぎになっている事を…。
ま、リシュらしいと言ったらそうなんだが)
コホン、とサイモンは咳をした。
「お前はもてるんだよ、リシュオン=ラ・ルジャング!お前が相手を決めないせいで、私はかなり周りから責められてるんだがね」
「何で兄さんが責められなくてはならないんですか?私の結婚の事で」
リシュオンは憤慨した。まったく、私を結婚させたいがために適当な事を言って…。
「あのなぁ、お前と結婚したがる貴婦人が多くて凄いんだよ!前は牽制だけだったのが、今は露骨にお前の奪い合いでトラブル続きだ。いつもそれで妻に頼まれ、私が間に入って仲裁しているんだぞ。知らなかったのか?」
「知りませんよ、そんな事…。だけど何で私のいない所で、そんな事態になってるんですか」
まだ疑いの目でサイモンを見ている。
「とにかく、だな。婦人会の会長をやっている妻が一番困ってるのは事実なんだよ。
ひっきりなしに、お前との仲を取り持ってくれだの、結婚させて欲しいだの…。
もういい加減疲れてるんだ。察してくれよ…」
「そんな…」
サイモンは最後の泣き落としにかかった。
「なぁ、リシュ。誰か好きな子はいないのか?もう誰でもいいぞ!平民の娘でも、他国の女でも、何でもいい!
とにかく身を固めてくれ。無理ならせめて恋人くらい作ってくれよ。な?リシュオン」
と、その時突然扉が開き、末の第五王子パーシモンが慌てて部屋に駆け込んできた。
「ああ!やはりリシュオン兄さん、ここにいたんだ…」
血相変えて飛び込んできた弟に、只ならぬものを感じて、二人は同時に振り向いた。
「どうかしたのか?パーシー」
リシュオンが嫌な感じを受けて、弟王子に詰め寄った。
「と、とにかくお父様のお部屋に来てくれる?…何か話があるって…」
「え…!南が北に…」
父王の部屋に入るなり、リシュオンは兄王太子から北の国の現状を聞かされた。
「そうなんだ。北の第一王子が手引きをして、南の国の介入を許しているのを、前から北の王から聞いてはいたが、それが今もの凄い問題になっていてね。同じく現モウラ国王の片腕として、国政に携わっている、第三王子シャイエイ殿が我が国に相談しに、内密に使者をよこしたのだ」
それを受けて、父王も重苦しい声で、リシュオンに言った。
「内密に使者が…」
「うむ。外交問題を担当しているお前にも、言っておかなくてはならないと思ってな…」
国の外交は主にリシュオンの仕事であった。その中でも特にアイリン姫の事もあり、北の国の第三王子シャイエイを、リシュオンはよく知っていた。
聡明な方、というのがリシュオンの印象だった。前正妃の息子である17歳も年上のシャイエイに、アイリンも懐いていた。だが次期王となる第一王子はかなり利己主義な人物で、地味で大人しいシャイエイ王子は、なかなか兄王子には表立って意見を言えないようなのだ。兄は自国のためと言いつつ、いつの間にか南と通じていた。それはミンガン現国王の悩みの種、とはりシュオンも聞いていたが…。
「それではその第一王子であるミャオロゥ殿が…セドの秘宝を手にする目的で、南の宰相と手を結んでるという事が確証されたという事ですか?」
「そうらしい。シャイエイ王子の話では、前から北が貧しい事をいい事に、ミャオロゥ王子が南に手引きをして、南の人買いの組織を招き入れたり、裏組織を優遇したりという、怪しい事をしていたらしいのだ。しかも国のためと口実しておきながら、実際はその見返りをミャオロゥ王子個人が内密で受けていた事が先日発覚した。その時に、南のリンガ帝国の要請で、かなりの南の軍隊を北に潜入させている事実もわかったのだ。
シャイエイ王子にしてみれば、北の国を南に乗っ取られるのではという、激しい脅迫観念が大きく膨れて、悩みに悩んだあげく、こうして我が国に泣きついてきたという事だ」
リシュオンは嫌な汗をかいた。
「それで、その当の第一王子はどうしたのですか?」
「うん、それが自分の兵士を一隊引き連れ、南の宰相の所に逃げ込んだらしい。
…何やらその宰相…。セド王国最後の秘宝を追っている重要人物らしく、かなりそれについて詳しいという話だ。シャイエイ王子の話では、ミャオロゥ王子はその秘宝を手にするいい機会とばかりに、その宰相と手を組んだ…。その宰相が、その秘宝の鍵を握る人物を追って、今北に来ている」
「…秘宝の…鍵を握る人物…!という事は【宵の流星】が北にいるという事ですか?」
その時リシュオンも確信した。あの時北で出会った、【暁の明星】の一行…。彼らは詳しい事は教えてくれなかったが…やはり【宵の流星】を捜していたのか…!!…となると、まさか…。
リシュオンの胸がちくりと痛んだ。
イェンランが捜している人物も…やはりあの噂の【宵の流星】なのか…。
考えてみれば、そうとしか考えられないのは、リシュオンとてわかっていた。だが、噂の【宵の流星】はあの男前の【暁の明星】のはるか上をいく、美貌の持ち主、と聞いたことがある。しかも大変強い武人だという事も…。
噂を聞けば聞くほど、リシュオンは自分が落ち込んでいくような気がした。なのであえて考えないようにしていたのだ。
その人物はやはり北にいたのか。…でもそうすると彼を追って、幾千もの兵が…。
「そ、それで我が国はどうするつもりなのですか?北のシャイエイ王子は我々にどうして欲しいと…」
「それを今、お前と相談しようと思っていたのだ。…とにかくミンガン王も、これ以上、南の国と関わりを持ちたくないようだ。
だが彼らの兵も、財政難で人数が集まらないらしい。…我が国としては、今南と対立するのは避けたい方針…。
しかし、北の姫君を嫁にいただいた関係上、無下にもできないし…」
珍しく保守的な父王が迷っていた。
リシュオンは、我が国が巻き込まれる事を恐れ、姫君を返す事も致し方ないと、いつもの父王ならば言うと思っていた。
だが、この父王も、セドの宝探しが深刻な大陸の問題となっている事を、もう見ない振りできないと感じているらしかった。
「父上。ならば私個人に、北に行かせてください!」
突然の言葉に、父王と兄王太子は驚いた。
「リシュオン?お前個人で行く…と?」
リシュオンはもう決心していた。とにかく北に行かなくては…。きっと【暁の明星】にも危険が迫っている。そうなればイェンランの身も…!!
「心配なさらないで下さい!私の個人所有の兵と、この国の兵を少しお借りしていきます。
それで、これは私個人の行動だとすれば、我が国も大事(おおごと)にはなりますまい。
とにかく早く北のシャイエイ王子の元へ行き、セドの秘宝の件にも探りを入れてきます。
それからどうかこの事は、アイリン姫のみならず、他の者にも内密にお願いします。
…私に任せて下さい。……私が行って協力すれば、我が国の面子も立ちますし、南に気付かれないよう、水面下で行動するように致しますから」
父王も王太子も、心配そうな顔で、リシュオンを見つめた。
「しかしリシュオン…。お前だけ危険な場所に行かせるのは…」
兄王太子が、珍しく自分を気遣ってくれた。
「私が旅慣れているだけではないのは、兄上もよくご存知でしょう?今までどんな危険な所にも視察に行った経験があるのは自分だけです。
私が適任なのは明白ですよ。どうか心配しないで下さい」
リシュオンはこれで、イェンランに会いに行ける口実もできたし、サイモン兄王子に縁談を進められる事もない、と、内心ほっとしていたのだ。
危険よりも、リシュオンの胸を熱くさせたのは、本人の持っている冒険心や好奇心であった。
「…ただ、今から国境を越えていくと時間がかかる。
…兄上、船をお貸しくださいませんか?海周りでモウラ国に入ります!」
外大陸(そとたいりく)に一番近い(それでもかなり遠方なのだが)港を持ち、古くから貿易が盛んな港町である大国ルジャン。
船の技術は大そうな物である。子供の頃からリシュオンは、船について学んでいた事もあり、中型船くらいならば自分でも動かせることができるのだ。
「わかった。お前がそこまで言うのなら、頼むとしよう。
船を使うのならば、やはり専門の人間を連れて行くがいい。他の事に気持ちを取られてもいかんからな」
父王は不安ながらも、息子の運と機転の良さに、この件を託す事にした。
「ええ。お任せください」
ニッと笑ったリシュオンの顔は、すでに冒険家の顔であった。
その夜、リシュオン達を乗せた中型の船が、西の港から北に向けて出航した。
この分だと、明け方にはモウラ城に着くだろう。
さて…。
リシュオンは甲板に出て、潮風に吹かれながら星の瞬く夜空を眺めた。
夜中の航海は危険なので通常は出航しないのだが、海運が発展しているルジャン国には夜間航海の専門航海士がいて、他の国よりも融通がきくのだ。
(まずはシャイエイ王子と話してから、アムイ達を捜そう。…彼らが【宵の流星】を追っているのなら、あの南の宰相の行方を追った方が早いかもしれない…。今その【宵の流星】が何処にいるのか…それが重要だろうな…)
そしてリシュオンは、心の奥で、イェンランが無事でいる事を天に願った。
早く彼女の無事を確認したい…。
このような国家規模の問題に巻き込まれている事を、多分アムイ達もわかっているとは思うが…。
星はリシュオンの逸る気持ちを知っているかのように、きらきらと輝き、癒しの光を彼に降り注いでいた。
一方、ゼムカのザイゼム王は、自分の隠居した父王の屋敷に、客が来ていると知らせを受け、凌雲山(りょううんざん)の隠れ家を離れる事なってしまった。
状態の不安定なキイを置いていくのは嫌だったが、今彼を動かす事はできない。
渋々ザイゼムは、簡単に身支度をし、ルラン達小姓にキイの容態を見てくれるよう、もし何かあった場合すぐに知らせるよう、念を押して麓に下りた。
そこで彼を待っていたのは…。
もう二度と会いたくない男、南の宰相ティアンの一行だった。
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