暁の明星 宵の流星 #105
外はもう既に日は沈み、美しい星空が広がっていた。
先ほどから緊張した空気が部屋に充満している。
昂老人はゆっくりとキイの額から手を離すと、難しそうに呟いた。
「ふむ、やはり…か」
昂老人の部屋に集まっていた皆は、キイの額の封印を調べている様を息を呑んで見守っていた。
「どうだい?じーちゃん、やはり無理?」
キイが不安げに昂に言う。彼は頷きながら溜息を付いた。
「かなり奥にまで、封印がかかっとるのう。これは本当に少しづつ丁寧にひっぱり解除していかないと、大変じゃ。
それもわしの手だけでは無理じゃな。…あと、鍛錬された気術士が数名必要じゃろ」
「そんなに面倒な事になっちまってるのか?」
「うむ。普通の人間ならばどうって事はないのだが、お主は普通じゃないから。
…これはやはり、聖天風来寺(しょうてんふうらいじ)まで行くしかないじゃろ」
はぁっと、一同溜息が出た。
「聖天風来寺…か。結局振り出しに戻るって感じだなぁ」
キイは頭をボリボリと掻いた。
「まぁ、しょうがないじゃろ。
しばらくは普通に生活はできても、“気”が封印されてる状態じゃからなぁ。お主の持っている力は半減されとる。
元に戻るまでは無理せんことじゃ」
「つまんねぇ」
「まあまあ、幸いな事に、ここは北の国。東の中でも北にある聖天風来寺は近いほうじゃ。
とにかく当分は【宵の流星】は休業という事じゃな。
…それよりも、シヴァの件、賢者衆から感謝状が来ておるぞ。
わしらがあの森に行ったとき、シヴァの奴、まだ動けずにいたからの。
…無事、捕獲隊が回収できたと喜んでおった。奴は長年の指名手配犯じゃったからな。
しかしあやつが元の姿に戻るとは、わしでも想定外のことじゃった」
ちらりと昂老人はアムイを眺めた。
皆の手前もあり、はっきりとは言えなかったが、昂はアムイの力が目覚め始めた事を察知していた。
……これがきっかけになり、放たれた己の闇を昇華する事ができれば…。
そうすればアムイが、あのキイの発動を恐れるトラウマがなくなるのだが…。
昂にはわかっていた。
複雑に絡み合うアムイのトラウマ。
幼少に受けた虐待の傷も深かっただろうが、彼を苦しめたのはそれだけではない。
そのうちの一つが、己の未熟さのためにキイの力を受け損ない、一国を滅ぼしてしまったと思う故の罪悪感。自信の喪失。
キイの将来の事を考えると、このままでいい訳がない。彼には己の力を受け止め、制御する相手が必要なのだ。
それが誰であれ、その相手こそ神の力を手に入れられる。
キイはアムイを、自分のその相手にと切望している。
当たり前だろう。
何故ならもう一人の自分であるからだ。別々の人間であるが、魂を分けた相手なのだ。
そしてこの神の力を手に入れたいと願う者はこの大陸にはたくさんいるだろう。
これからキイを狙って、あらゆる人間がこの座を奪いに来るであろう。
……だからこそキイはアムイの目覚めを、心から待ち続けている。おそらくセドを滅ぼしてからずっと。
(はてさて、これからどうしたもんかのぉ)
昂老人は額を診る前に交わした、キイとの会話を思い出していた。
ちょうど他の者はまだ部屋には来ておらず、タイミングよく二人きりだった。
キイは心配そうに、こう尋ねた。
(闇の箱を開けてから、何か変わったことはあった?じーちゃん)
昂は首を捻った。
(うむ。…出て来る昔の記憶や感情と、その都度戦っているようじゃ。
今の所、その苦しみを皆には見せないが…。やはり夜中、今度は悪夢をよく見るらしくて、よく眠れてないようじゃ。
サクヤが同室になった時には、うなされたら起こせ、と言われてるみたいでの。
…それから…困った事に、涙腺が今でも枯れたままじゃ)
(ええ?)キイは驚いた。
闇の箱を開ける、すなわち己の心の傷や過去と向き合うと、大抵は感情がその過去にシンクロし、精神が揺さぶられ、自然と涙が出る筈なのだ。その時と同じ刺激を与える事で、苦しい思いや感情を涙で流して浄化するのがほとんどだ。
キイはそれに賭けていた。そうして涙が出ることで、心の傷が癒される時間を早くできると思ったからだ。
(どうして…)
(何がアムイの涙腺を枯らしているのかが判ればのぅ。感情の解放、浄化の涙が出れば、越えるのがもっと楽になるのじゃが…)
(つまり、まだまだ時間が掛かりそう…か)
キイは落胆した。……間に合うだろうか。もう既に己の存在が各国に知れ渡り始めている。
その上、いつまたあの力が暴走…もしくは溢れるか分からない。
自分での制御には限界がある…。このままではこの力は宝の持ち腐れだ。
キイの暗い表情を見て、昂老人は何かを感じた。
(キイよ。…竜虎の死の間際にわしがもう少し早く間に合っていれば、もっとお主達の事を詳しく聞けたのにのぉ…。それだけは心残りじゃった。…あまり深く察してやれなくて、すまないの)
竜虎の容態が悪くなったのはあまりにも突然だったのだ。
長年の友の危篤を知り、昂は北天星寺院(ほくてんせいじいん)から慌てて駆けつけたのだが、彼は既に虫の息であった。
竜虎は昂の手を握り締め、何度も何度も《二人を頼む》と、うわ言のように繰り返した。
そして途切れ途切れの息の合間に、竜虎はこう言い残した。
《…追い出したとしても、キイとアムイは…我が子同然に…可愛い息子達だ。
…すまぬ、リャオ。何かあったら、どうかあの二人の力になってやってくれ。
…大事…な…事は…宵に伝えてある…。だから…》
《ハヤテ!》
互いに懐かしい本名を呼び合い、親友は冥府へと先に旅立って行ったのだ。
(とにかくお主の考えている事は、わしにもよくわからぬ。だが、何かあったらいつでも相談にのるぞ)
(ん…ありがと、じーちゃん…)
キイは疲れたような笑いを浮かべると、何かを考えているような表情を浮かべた。
昂はそれ以上追及しなかった。時機がくれば、本人から話すだろう。
そう信じて。
「まぁ、仕方ないかー、なぁ、アムイ?当分腑抜け状態で悪いが、後はお前に任せるから」
「ああ…」
アムイも、封印解除がかなり手こずりそうなのを知って、顔を曇らせた。
「さて、と。俺の様子もはっきりしたし、寝るとすっか、みんな」
キイは突然明るく言うと、胡坐組んでいた自分の膝をパン、と手で叩いた。
「そうだな…もうこんな時間か」
「という事で久々に一緒に寝ようぜ、アムイ」
屈託なくそう言うキイに、周りの者はどきっとして二人に視線を向けた。
「…キイ。人の前でそんな事言うなよ、固まってるぞ…みんな…」
アムイは気恥ずかしさのあまり声がくぐもり、珍しく頬に赤味が差した。
普段見れないアムイの様子につられ、周りも何故か照れてしまうが、発言した当の張本人はけろっとしている。
「いつもの事なのに変な奴だな。まだなかなか熟睡できないんだって?
来い、眠らせてやる。……ということで!皆お休み。また明日な!」
とカラカラ笑いながら、キイは固まっているアムイの首ね根っこを掴み、有無を言わさずそのまま引きずるように昂老人の部屋を出て行った。
取り残されたされた者達は、ポカンと二人が出て行った方向を見ていた。
「…やはり本当だったんだ…抱き枕…」
ポツリとサクヤが呟く。
「まぁ、子供の頃からね。別に恥ずかしがる事でもないんだけど」
シータはニヤッとした。
「でもさすがにこの歳じゃあ、アムイも嫌かも」
「…あれだけ派手な喧嘩したのに一緒に寝るの?あの二人」
イェンランが思わず言った。
「あら」
シータが事も無げに言う。
「だからこそ夜は一緒に寝るんじゃない。スキンシップで仲直りでしょ」
何やらその言葉に含まれる別の意味に、初心(うぶ)なイェンランは頬を染めた。
二人が兄弟と知ってはいても、そのニュアンスが夫婦みたいに聞こえるのは何故だ。
「ま、いいんじゃない?ずっと長い間アムイもちゃんと寝れてなかったし。
二人で積もる話もあるでしょうよ。
……こっちが赤面するような事でもないしねぇ」
と、シータはわざと言うと、サクヤとイェンランをニヤニヤ見ながら立ち上がった。
「じゃ、アタシ達も寝ましょうか。あの馬鹿達は放っときましょ。こっちの身がもたないわ」
で、その馬鹿達は寝台の上でシータの言うとおり、スキンシップで仲直りの最中であった。
アムイは有無を言わさずキイの部屋に連れ込まれ、いきなり上半身の衣服を剥ぎ取られた。
「ちょ、何するよ!」
「うぁー、悪いなぁ。結構痣になってる。俺、手加減しなかったからさ」
確かに先ほどの乱闘で、アムイは傷だらけだった。
アムイも負けじとキイの上半身を裸にする。
「俺だって負けないくらいお前に傷をつけてるじゃん」
キイは豪快に笑うと、アムイを寝台の上に連れて行き、自分の前に後ろ向きに座らせた。
そういう事で、ただ今キイは、アムイの背中の傷を自分の手で癒し中だ。
「なあ」
アムイがボソッと言った。
「…さすがにまずくないか?」
「何が?」
「こうやってお前と一緒の布団で寝る事だよ!
いくら事情があるからって、もう子供じゃないんだ。
20過ぎのいい歳した男がする事じゃないだろ?」
「別にまずくないだろ?俺達は血が繋がってるし、別にいかがわしい事してる訳でもないし。
あ!そうか、そうだよな!」
いきなり何か気付いたように言うキイに、アムイは眉根を寄せた。
「何だよ」
「そうか…、確かにそうだよなぁ」
「だから、何!」
キイはニヤっとすると、ごろんと布団の上に転がった。
「大人の事情だもんなー」
むっとしながらアムイもキイの横に寝転んだ。
「いかがわしい事するわけでもないのに、添い寝されるのが恥ずかしいんだろ?
確かにそれは彼女の役目だよな、夜一緒に寝るっちゅうのは」
アムイは赤くなった。
「それもあるけど…。恋人でもない大の男同士がくっついて寝るのって、傍から見ておかしいだろう、やっぱり」
「そおか?兄弟だろ?」
「普通この歳で兄弟とくっついて寝る奴がいるかよ」
「いるじゃん、ここに」
アムイははぁっと溜息を付いた。
……こうやって二人でくっついて寝るのは久々だ。
四年前までは己の闇に囚われていたせいで、何も考えず当たり前のようにしてきたが、さすがに離れた年月や、一人寝(といってもほとんど眠れていなかったが)が長いことや、人の目もあって、アムイは気恥ずかしさを感じたのだ。
キイとこうして一緒に寝るのは嫌じゃない。それどころか気持ちいいし安心できるし。
この腕以上の安息の場が、これからもあるとは思えない。
これが肉親の肌のぬくもりなのか?
幼い頃、父と母に抱かれて眠るのと同じに、いや、それよりももっと満足した眠りが得られるのだ。
アムイはちらり、とキイを窺った。
キイは満足げに自分の髪を撫でている。まるで子供をあやしているようだ。
「お前さ…」
「何だ?」
「いや、何でもない」
アムイはぷいっと顔をキイから背けた。
「変な奴」
喉元で笑うキイの優しい声がする。鼻腔をくすぐる甘い花の香り。
夢じゃない…。あんなに帰りたかった場所が、今ここにある。
だけどいつかは二人、大人になれば自立しなければいけない…。
自分もいつまでもキイに甘えてばかりいられない…。
そんな事はわかっていた。それがアムイの気分を複雑にさせていた。
「なぁ、アムイ。今まであった事…。俺達が離れていた時の事、話してくれないかな…」
キイはアムイの背中をぎゅっと抱きしめた。
「ああ。そうだな…」
キイは少しでもアムイに話をさせて、感情を吐き出させたかった。
もちろん、今まで互いが一人で過ごした空白の時間を穴埋めしたい気分もあったが。
アムイはゆっくり、キイに請われるまま今までの事を話し始めた。
キイの“気”を感じなくなって自暴自棄になっていた事、虹の玉とは分からなかったが、呼ばれた何かを求めて桜花楼まで行った事。
「桜花楼?お前が、桜花楼!?」
キイは変な声を出した。
「何だよ」
「あの天下の桜花楼…って、お前娼館通ってたのか?二年も?」
「何をそんなに驚いてるんだよ。…仕方ないじゃん、イェンに虹の玉を託したのはお前だろ」
「そ、そーだけど…」
キイは言葉に詰まった。考えてみればアムイはもう成人過ぎた大人の男だ。
この四年の間、そういう機会はごろごろしてるだろう。だって俺のアムイだ。もてない筈はない。
「…で、その…お前…馴染みの女くらいいたのか?…という事はさ…」
「いた。だってそうでもしなければ桜花楼に出入りできないだろ?」
あっさりと言うアムイに、キイはちょっと寂しさを感じた。
ううう。いつの間に大人になりやがって。
「でさ。その、何だな」
「何だよ、気持ち悪いなぁ、はっきり言えよ」
「その…初めては桜花の女?」
「は?」
好奇心半分、嫉妬心半分、あれだけ自分が女を勧めていたのに頑なだったくせに、という感情もあって、キイはどうしても聞きたくなった。
「だから!初めての女はどんなコだった?」
一瞬アムイは頭が白くなった。
「何だそれ」
何か前にも誰かに同じような事を聞かれたような気がする。
「ほら、正直に言いなよ!なあなあ、どういう感じ?可愛い?胸大きかった?」
「何でキイに言わなきゃならないんだよ!別に話すことじゃねーよ」
「恥ずかしがらなくったていいじゃないか!そうか、お前ももう一人前に…」
アムイは溜息を付いた。
これで自分の初体験がほとんど記憶にないって事を知ったら、この男はどうするつもりなのか。
一方キイはキイで、離れていた間のアムイの変化に嬉しくもあり、寂しくもあり、アムイとはまた違った複雑な気持ちだった。
彼には分かっていた。アムイが女を避けていた理由…。
互いの父親に異常な執着を持っていた伯母から受けた数々の虐待…。
父親にそっくりなアムイに対して、性的虐待をしていたのは、幼かったキイでも感じ取っていた事だ。
それが傷となって、女を遠ざけてしまうのは仕方ない事だった。
だがキイは、アムイに女性というものをもう一度受け入れて欲しかった。
アムイもまた自分と同じく、同性は恋愛対象にならない、という事を知っていたからだ。
他者との関わりの中で、やっかいなのは異性との交流だったりする。
同性同士では学べない、有意義な?関係を学べるのだ。…キイいわく、色んな意味で。
だから凄い興味があった。この朴念仁が初めて受け入れた女の存在。
「なぁ、歳はどのくらい?意外と年上の女だったりして…。おい、それぐらい教えろよ」
アムイはこの話は止め止め!と言う感じで、手を振った。
「今度はお前の話をしろよ。俺ばかりでなく。…ザイゼムの奴はお前に迫ってこなかった?」
「…何でお前に話さなくちゃならねーんだよ…」
ほら、不機嫌になった。
アムイは苦笑した。まったくお互い変わらないな…。
キイには申し訳なかったが、自分がこういう事に今まで疎くてよかった。
彼の苦しみは、おくてのアムイに実感なかった。なくても彼の心の葛藤は肌を通して伝わってきていたのだが。
だけど。もし自分も彼と同じ様に苦しめば、きっと互いに奈落の底に落ちていたかもしれない。
……キイが、ずっと自分達を兄弟だと認めたがらなかったのが、ある時からそれを前面に出してくるようになって、アムイは気が付いたのだ。
互いに肌を合わせるのは気持ちがいいが、それは肉親の愛しさのものである…と。
だが、心の底は別の所にずっとあると。
キイが自分を弟だと、まるで己に言い聞かせるように言い始めてから、アムイもそう思うようにしてきたのだ。
心の奥底では、ずっと繋がっていたいと思っていても。
アムイはふと思った。いつから…?いつからキイは、こうやって普通に自分達が兄弟だと認めるような発言をするようになったのだろうか。
だがそれも世間には隠している事で、二人の間の事だけではあったが、思えば聖天風来寺(しょうてんふうらいじ)を出てから、益々キイは弟として自分を扱う事が多くなっていったような気がする。ただ、自分が闇の箱に囚われ、己の生まれを忘れたがったため、その事に気付いたのはここ最近だった。
それにキイは元々自分達の血の繋がりを認めたがらなかった。
それを認めるという事は、互いの辛い過去をはっきり認識すると同じ。
特に父親が大罪を犯した結果、今の自分達がいる事の証でもある。
互いに苦しむから…。だから思わないようにしてきた事が、結局互いのある闇を越えるための一つの方法になるとは皮肉な事だ。
兄弟という枷、この愛が肉親の愛だと互いの心に決着をつける事で、魂の奥から生じる一つに戻りたいという飢餓感を抑えたのだ。
これは恋愛感情とは違う。その証拠に互いに肉体を求める気持ちにはならない。そう思い込む。
本当のところ、したくても肉体の本能でできないというのが正しいのだが。
キイがいつも言っていた。愛にはいろんな形がある。無理に型にはめなくてもいいのではないかと。
愛するという事は自由でいい。
相手が誰であれ、肉によって結ばれる相手でなくとも。
それは理想だが、現実は意外と厳しかったりする。
「あの見境のないザイゼムが、お前を見る目に俺が気が付かないと思ってるのか?
…その、何だよな、お前が意識をなくしてる間に、…触りたい放題だったんじゃないの?奴は」
キイはぷーっとふくれた。それは言われたくなかった。
「確かにそうだとしても、そんな事で俺を貶められねぇよ。
ま、実際男にやられちまっても、そんなのただの事故だ。屁でもねぇ」
かなりの豪語にアムイは目を細めた。自分だったら、絶対奈落の底に沈む。多分立ち直れない。
全くこの男は見かけによらず、精神的に強い。というか、心身の苦痛に強いというのか。
さすがあの“光輪”を身の内に持っている男。一筋縄でいかない。
確かにここまで強靭でないと、天の力を持ちながらこの世で生きてはいけないだろう。
「だが、やはり嫌なものは嫌だしな。…もしかして妬いた?」
「今に始まった事じゃないだろ?お前のその無駄なフェロモンがいけないんだ」
「しょーがねぇよ。俺はこのように生まれたんだから」
向き直ったアムイの顔を、キイはじっと見つめた。
「それよりも、お前。お前の方こそ気をつけろよ」
「何だよ、誤魔化して」
「誤魔化しじゃない。…男でも女でも、お前、嫌な事は絶対に拒否しろ。自分の懐に入れるな。…今まで闇の箱で硬い殻を被っていたのが消えたんだ。
…最終的に受け入れてしまうお前の性分…。その蜜を知った者は絶対お前にたかってくる。
俺の力にも限界がある。…お前が自分を強く持ってくれないと…」
キイはシヴァの言動を思い出して震えた。
あいつ、アムイの旨味を探りやがった。
今までは闇の箱というトラウマのせいで、アムイ自身、人を遠ざけていたから表れていなかったモノだ。
でもあの厄介な闇の箱の消滅のお陰で、本人の花弁が現れて地と繋がりやすくなったのはよかった。
だが、それ以上に課題は増えた。
花弁が露になる事、すなわちシヴァのような人間が、これからも出て来る可能性があるという事だ。
それまでに何とかアムイ自身、乗り越えてもらわなければならない。
本来のアムイを呼び戻しつつ、中庸にて強靭になってもらわなければ困る。
キイは目を閉じた。
大地に愛されし俺のアムイ。
俺はどんなお前だろうと愛しているけどよ。
闇を取り払い、闇を超えた、本来のお前にやはり逢いたいんだよ。
それがお前自身の弱みを吐露する事になったとしても、
それを乗り越え数段と成長した姿を、俺は切望しているのだ。
「な?お前、大地と繋がってどうだった?」
キイは話題を変えた。
「……わかったのか」
「当たり前だろ?お前の事は手に取るように分かるさ。
初めて大地と交流して、他力を呼び込んでみて…どう、気分は」
アムイは顔をシーツに埋めた。
「…そりゃ、すげぇよかった」
「女抱くみたいに?」
「またそういう事言う!…ま、似たようなものか?
……もの凄い力を呼び込んだ感じだ。まだ思い出すと体内に熱が篭ってる…」
キイは微笑んだ。己が初めて天と繋がった事を思い出し、身が震える。
ふと相方を再び見やると、彼は嬉しそうに自分を見ている。
愛しい気持ちが込み上げてくる。どんな形でもいい。これが愛でなくて何なのだろう。
キイはそっと、アムイの額に自分の額をくっつけた。
「安心しろ。俺はお前の傍にいる。…だからゆっくり眠れ。これからもずっと…」
するとアムイの顔が歪んだ。まるで小さい頃と同じように。
「キイ…頼む。もう俺の前からいなくならないでくれ」
「アムイ…」
キイの胸がちくんと痛んだ。
「お願いだ…。俺の傍にずっといてくれ。
俺、もっと精進する。今度こそ、これからは俺がお前を守る。だから…」
「当たり前じゃないか」
泣きそうになるのを、キイは隠すようにわざと笑った。
「お前がこの俺を、この地に留まらせた。
お前が大地にいる限り、俺はここから離れない。
俺がこの地をを離れる時は、お前がこの世にいなくなる時だ。
お前は俺の魂の片割れ。
…この地で別の人間として生まれたとしても、縁あって他の魂と交わる事があろうとも、それでも還るのは互いの魂のみ。
それはきっと、未来永劫変わらない。不変の一つだろ…」
相も変わらず、心地いい宵闇の声。
それはまるで、キイ自らに言い聞かせているようだと、アムイは思った。
いつもキイは先に行く。アムイは息を切らして追いかけるだけだった。
でもこれからは。
…これからは俺がキイを守る。母さんの最後の言葉を守ってみせる。
どんな奴らがキイを奪いに来ようとも、俺は絶対に渡しはしない。
気が付くと、安らかな寝息を立ててアムイは眠りに落ちていた。
四年ぶりの深い眠り。
「こうして見ると、子供の頃と変わらねぇな」
無防備な寝顔に、切ないくらい胸の痛みが止まらない。
自分はこの大事な人間に、ひとつ、嘘をついた。
それは…まだ、言えない。言えないけど、自分の気持ちは真実だ。
そしてキイは、次の段階に移った事に手応えを感じていた。
アムイの奥深いものの目覚めを、確かに感じる。
自分がどれだけ求めていたか。
キイはずっとアムイの体温を感じながら、肩肘ついて彼の寝顔を見ていた。
「俺をまた此処に呼び戻してくれて…ありがとな、アムイ」
東の空が明るくなった頃、やっとキイも眠気に襲われた。
彼はアムイの肩にそっと頭をつけると、アムイと同じく安らかな寝息を立て始めた。
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