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2010年7月

2010年7月25日 (日)

暁の明星 宵の流星 #106

その11.深淵

闇の深淵  光の深淵
深淵覗く者  また深淵より覗かれし者

汝 底辺をさすらうがごとく
汝 浮上の糸口を確かめるがごとく

中庸たる己の道に導かれん事を


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

だからやだって言ったんだ…。

サクヤはやはり後悔した。
あの時何でもいいから、用事を作って逃げればよかった。

(心臓に悪いんですけど)

目の前の光景を、サクヤは心臓ばくばくとして、受け入れなければならなかったからだ。

彼の目の前で、見るに麗しい血統証付きの二匹の猫か犬が、丸まって寄り添うように眠り続けていた。
しかも…二人とも何故か半裸で。
それは傍から見て睦まじくも仲がよろしい光景で、むやみやたらに第三者が領域を侵してはならない雰囲気があった。
この二人が兄弟と知っていても、何故か恋人や夫婦の寝室に忍び込んだような気恥ずかしさがサクヤにはあった。


《ねーえ、あの二人を起こしてきてくれない?》
朝食の支度を手伝っていたシータにそう言われ、サクヤは躊躇した。
《オレ嫌です。シータが起こしてくださいよ》
《あら、どうして?起こしに行くだけでしょ、何で赤くなってるの》
サクヤは言葉に詰まった。だって…。
《ふふーん?》
シータは思わせぶりにニヤッとした。
《何ですかっ!》
サクヤはむっとした。
《だーいじな“兄貴”が、この歳まで抱き枕なんかして寝ている姿なんて見たくないわよねぇ。
わかるわかる。
でもねサクちゃん、いつかは現実というものを受け止めなければならない時が来るものなのよ。
アンタが崇めてる理想の武人だって所詮人の子。
ちょっと恥ずかしい所があったってねぇ…》
《そんなんじゃありません!…だって…その…》
サクヤは口ごもった。
別に【暁の明星】が、不眠症で子供の時から抱き枕がないと眠れない、なんて事、自分にとっては何の問題でもないのだ。
問題なのは、その“抱き枕”なのだ。
…あの、ただいるだけで色香が漂ってくる…の、人を、抱きながら寝ているという事実…。
普通に誰もが想像してみただけでも、変な汗が流れそうなのに。
なのにシータは、まるで当たり前のようにしれっとしている。
…いくら二人を子供の時から知っているとはいえ…。
もうすでに成人しているいい大人なのに、この人の目にはいつまで経っても子供のままなのだろうか?
…あのキイが、アムイに対してかなりの過保護っぽいのは、短い二人のやりとりで何となくわかったが、考えてみると、それに輪をかけてシータはアムイだけでなく、キイまでも子供のように扱うように見えた。
二人が食卓の席で会話してるのを聞いてると、シータはかなりお節介焼きで、あの天下の【宵の流星】をまるで自分の弟か子供のような物言いで接して、それがキイの神経を逆撫でし、シータに噛み付く、という場面が必ずあった。
その度に隣でアムイが、ぼそっと《まったくあいつらは犬猿の仲なんだから!》と小声で呟くのだ。
そういえばシータについて、二人の同期門下生で一番の年上、としか聞いた事がない。
同じように美人でも、まるで妖艶な色香を持つキイと反対で、シータの場合、まるっきり官能を刺激する感じを受けない、不思議な人物だった。
あれだけ美人で色っぽい格好をしても、あばずれのような言葉遣いをしていても、何故か彼は清純で高潔なオーラを内面から漂わせていた。
表面的に色っぽく振舞う事もあるが、その時、その場所にによって自分を演出しているようだった。
今まで付き合ってきて分かったのだが、普段の彼は、彼に対して欲情することがまるで罪なのでは、と相手に思わせる何かを持っていた。
その反対も然り。シータが誰かに欲情する、という事が想像できないくらい、清廉潔白なのだ。
あれだけの美人。今までかなりモテたに違いないと思うのだが、浮いた話も聞いた事がない。
なので、女装しているから、というだけでなく、男なのにイェンランの傍にいられるのは、ある意味“性”を感じさせないものを持っているからだろう。
(シータって…。そう考えると謎な部分があるよなぁ)
サクヤはそう考えあぐねて、ついシータに聞いてしまった。
《純粋な疑問なんだけど…シータって、一体幾つ?》
途端にシータの表情が変わった。
《何で突然そんな事、聞くのよ?》
《いや、ただ…あの兄貴達をまるで子供のように扱ってるような感じがして…。同期の中で一番上って聞いてたから、何歳なのかなーと、純粋な疑問…》
《サクちゃん》
シータの声が冷たくなった。
《アタシは歳を取らないの。レディに年齢を訊くのは失礼じゃない。
そんな事訊いている余裕があったら、さっさと二人を起こしてきて。
朝食が冷めちゃうから、早くね!》
有無を言わさぬ迫力に、サクヤはシータの地雷を踏んでしまったらしい事に気が付いた。
(レディ…って…)
サクヤは思わず苦笑した。…確かに年上の本当の女性には、サクヤも礼儀として歳は聞かないのだけど。

で、結局サクヤはシータの機嫌を損ねてしまい、しぶしぶ二人を起こしに行ったのだが…。
勇気を振り絞って部屋をノックしても出てこず、思い切って部屋に入って、想像したとおりの光景に心臓が変な鼓動を奏でた、というわけだ。

思ったとおりの艶かしい二人のくっつき具合。満足そうな寝顔。

ある意味目の保養なのだろうが、サクヤにとっては刺激が強すぎる。

「あの…」
サクヤは思い切って声をかけた。
ここでずっと(何もないにしても)二人の色っぽい寝姿を見続けているわけにはいかない。
「えーっと、もう朝食の時間です!二人とも起きてください」
どうも声が強張ってしまう。
意外と大声だったらしい。
その声で、ピクリ、とキイの瞼が動いたかと思うと、うーんと伸びをしながらもそっと上半身を起こし、頭をぽりぽりと掻く。
「お、はよ…。もう朝食の時間?」
「は、はい」
何も纏っていない上半身の白い肌が眩しくて、どうも正視できない。
男だと分かっていても、だ。
「うん、起こしにきてくれてありがとな、サク。今行くから…」
「あ、それじゃ先に行ってますので…」
「おう、わかった。あとでな」
サクヤはキイの返事も途中に、そそくさと部屋を出た。
まだ心臓がどきどきしている。
(まったく、罪な二人だ)
サクヤは火照った頬を冷まそうと、自分の手でパタパタと扇いだ。

(それにしても…)
サクヤはその反面、ほっとしていた。
…アムイのあんなに無防備で、安心しきった寝顔を初めて見たからだ。
(よかった…!夕べはゆっくりと熟睡できたんだ)
そう思うと、サクヤは心が軽くなったような気分になった。
(本当によかったなぁ、兄貴。…キイさんと…また一緒になれて)
共にいたこの一年を振り返って、サクヤは安堵の溜息を漏らした。

……兄貴、いつも追い詰められた獣のように、毎晩ピリピリしていたのに。

ちょっと羨望が混じった表情で、サクヤは廊下の窓から、広くて青い広大な海に視線を廻らした。

「あら、アムイは?」
長い髪をかき上げ、欠伸しがら食堂にやって来たキイに、シータが尋ねた。
「うん。何年かぶりだったようでさ。ぐっすりと眠りこんでる。
悪いんだけど、今日はまだ寝かしておいてやってくれないか?」
シータはキイの顔をまじまじと見ると、そうね、と呟いて朝食の盆をキイに手渡した。


朝食が終わり、後片付けをサクヤ とイェンが始めた頃、キイは自ら完食した盆を手にすると、席を立った。
「あ、今日は私達の当番だから、そのまま置いといて下さい」
両手に空いた皿を持ったイェンランがキイに声をかけた。
「そうなの?」
するりと軽やかな足取りで、キイは盆を持ったままイェンの傍に近寄った。
突然の事で、イェンの心臓は飛び出さんばかりとなり、思わず皿を落としそうになった。
「でも、ま、運ぶくらい簡単な事だからさ。これは持っていくな?」
肌が触れ合うくらい近くに寄られ、益々イェンは落ち着かなくなる。
「あ、でも…」
よそよそしい彼女の様子に不思議そうに思いながらも、何も知らないキイは無邪気に笑いかけ、片方の空いた手でそっと彼女の持っていた皿に手をかけた。
「なっ!何を!?」
慌てたイェンランは思わず皿を全部手から落としてしまった。
音を立てて散乱した皿に驚きながら、二人は拾うために同時に屈んだ。
貴賓客が使用する食堂の床には、柔らかな絨毯が敷き詰められていた為、運良く皿は一枚も割れずに済んだようだ。
「ごめん。手伝おうと思って、余計な事しちまったかな」
申し訳なさそうにキイは散らばった皿を片手で掻き集める。
イェンランも無言のまま、自分が落とした皿を拾い集め始めた。苦しいほどの動悸がして、イェンランは声が出ない。
最後の一枚を拾おうとして、手を伸ばしたイェンランの手と、同時に伸びたキイの手が触れ合った。
その瞬間、イェンランの身体に電流みたいなものが走った。
全身が鳥肌が立った。思わず小さな悲鳴が上がる。
キイは彼女の尋常じゃない反応に驚いて目を見開いた。
居ても立ってもいられなくなったイェンランは「ごめんなさい!」と小さく叫ぶと、持っていた皿を床に置いたままその場から駆け去った。
「…嬢ちゃん…?」
ぽかんとしたキイの傍に、早めに食事を終え、化粧室に行っていたシータが戻ってきたのか、慌てて近寄って来た。
「あのね、キイ…」
「俺、何か嫌われてる?…避けられてるような…」
シータはイェンランの残した皿を片付けながら、申し訳なさそうにキイに言った。
「ごめん、キイ。…もっと早くにお嬢のこと、話すべきだった。
…お嬢は別にアンタのこと、嫌いっていう訳でなくて」
キイは眉根を寄せた。
「どういう事だよ」
「最初から俺が話すよ、シータ」
二人の背後からいきなりアムイが声をかけた。
「アムイ、まだ寝ていてもよかったのに」
キイは皿を持ちながら立ち上がり、アムイに向き合った。
「寝過ぎだよ。かえって調子悪くなる。
……でも、お陰さまで久しぶりにぐっすり眠れた。ありがとう」
「いや…」
キイはシータに促されるまま、持っていた皿を彼に渡した。
シータはアムイに目配せすると、空いた皿とキイの盆を両手に持ち抱え、その場をそっと立ち去った。
「…ちょっと外に出ないか。…イェンのこと、話すから」
アムイはそう言うと、キイと共に寺院の庭先に出て行った。


「そうだったのか…」
今までの詳しい事情を、アムイから聞いたキイは、苦渋の顔をして庭先の花に目を落とした。
「…イェンはさ…。あんなに会いたかったお前に、いざ会って、どうしたらいいのか混乱してるんだと思う。…それにさっきも説明したように、男に襲われた事が、大きな傷になっている。
しばらくそっとして…。様子見てから声をかけてやってくれないか」
アムイの心からの心配する声に、キイは切なそうに溜息をついた。
「…あんなに可愛い女の子なのに…」
あのように若くて魅力的な娘なら、女を謳歌し、世の男を支配することだってできるだろうに。
それ以上に、彼女を辱めようとした男達に猛烈な怒りが湧く。
キイの複雑そうで、また哀しげな表情が、アムイの気持ちを掻き乱した。
アムイには分かっていた。
キイの中に女を大切にしたい気持ちがずっとある事を。
その理由が、産みの母親に対する想いも籠められている事を。

この世に生まれた女は、できる限り女としての幸せを享受して欲しい…。

それはキイが幼い頃からずっと思っていた事でもあった。
自分をこの世に苦痛と共に産み出してくれた母は、女としては決して幸せではなかった。
本当の母の気持ちは分からない。もう既にこの世にはいない人間だから。
それでもキイには容易に想像付く。
女として彼女自身を愛し、求められ、甘くも切ない幸せを感じることもなく、互いの愛欲の中でひとつになり、子を成す幸福も知らずこの世を去った母。
この世に生まれる女性が全て幸せな生涯を送って欲しい…。
母のように、その甘美なものを知らずに虐げられ、この世を去る女がこの大陸には多すぎる…。
キイが女にどうしても甘くなってしまうのは、そのせいでもあった。

その思いを知っているからこそ、アムイは女達に嫉妬心というものが沸かなかった。
ま、夜に寝るときだけ、いなくなると寂しさのあまり、つい嫌味を言ってしまっていたが、できればキイにはちゃんとした彼女がいてくれていいとも思っている。…自分ができない事を…色んな面でキイを支えてくれるような女性を。
もちろん寂しくないといえば嘘になる。独占欲がないというわけでもない。
ただ…。キイが幸せになってくれれば。
それが自分でできない事なら、仕方がない、とアムイは思っているのだ。
ただ、男の恋人だけは許せない。
それは単純な話、自分が男だからだけど。
男にも女にも言い寄られるキイが、完全に同性が生理的に駄目と分かって、苦しい反面、ほっとしたのも確かだった。

実は同じような事をキイもアムイに対して感じていた。

その思いは計り知れないが、多分、キイの方が強いだろう。
それはキイ自身、自覚のあることでもあった。

とにかく異性は享受できても、恋情の相手が同性だとかなり嫉妬心と独占欲が互いに 吹き荒れるのは必須である。

「わかったよ。お嬢ちゃんの事は…。
…気をつけて接するようにするから…」
キイは呟くように言った。
「ああ。…イェンは危ない目にあいながらも、お前と会うのを諦めなかった…。
女にしてはなかなか見所のある奴だと思うよ。…大切に扱ってやってくれ」
キイはアムイの言葉に目を丸くした。
「へぇ…。珍しいな。
お前が女の子を褒めるなんて…」
「…そうか?」
アムイはバツが悪くなって、思わず頬を赤らめて咳き込んだ。
「…そうか…。お嬢ちゃんに…俺は悪い事をしてしまったのかもしれない…」
「キイ?」
「いや、何でもないよ。
…大丈夫。お嬢ちゃんを怖がらせないよう、慎重に扱うから」
「うん」
キイはまた溜息を付くと、じっくりとアムイを見つめ、自分の相方の変化に驚いていた。
その変化を嬉しく思う反面、自分がそうさせたのではない事を、承知していても寂しく感じてしまう。
(昔のアムイなら、女の子の心配なんて、全くしなかったのに)

二人が離れていた時間は、キイにとっては夢の中で過ぎ去った感覚でも、アムイにとっては様々な事のあった四年だったのだ。
嬉しいはずなのに、一抹の寂しさがキイの胸を締め付けていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


北の海沿いにあるこの波止場の地主の屋敷に、ティアン宰相は北の国の第一王子と共に身を寄せていた。
キイがアムイ達に連れ去られて後、何とかゼムカと牽制しあいながら、やっとの思いでこの屋敷にたどり着いたのだ。
第一王子ミャオロゥの旧知の仲であるという主は、南の軍隊に驚きながらも、自分の屋敷と別荘を快く貸した。
ここでキイを捜す拠点にするつもりであった。
…あのゼムカの王達が、いつ海側に進出してくるか、いや、もうしているのか。
あれ以来、ぷつりとゼムカの消息が分からなくなった事が、ティアンには不気味に思えてしょうがない。
その事も気になるが、彼の神経を逆撫でしているのは、それだけではなかった。

【宵の流星】を手にする者こそ、大陸を制する覇王となる事ができる。

いつの間にか、この噂が全土に廻っていた。

しかもキイが、滅んだはずのセドの生き残りの王子である…という話までひっついて。
だからこそ最後の王子である【宵の流星】が、セドの秘宝を手にしていて、彼を手に入れれば、その秘法の力を我が物にできる、と、各国の有力者達は信じたようだ。それでなくても、神の子孫である、セド王国の直系が生存していた事の方が、徹底的な興味を彼らにもたらした。
しかもその王子が、人並み外れた美貌の持ち主…とくれば、セドの宝や大陸統一の野望よりも、現実的な価値がある。
なので各国、各州の王侯貴族や有力者達が、こぞって【宵の流星】を確保しようと動き始めている事に、ティアンは忌々しく思っているのだった。

(宵は私のものだ)
ティアンは握る拳に益々力を込めた。
(生まれたときから、師匠に引き合わせてもらってから、あの美しい子供は私のものなのだ。
あと少しで、未来永劫、彼は事実上私のものになる…。
私が唯一、宵を支配し、神の力を手にし、大陸の王となり、あの美しい身体を思うままにできるのだ。
そのために、昔馴染みのシヴァに協力してもらい、そして当時キイの養育係だった百蘭(びゃくらん)の口を割らせたのだ。

《光輪(こうりん)を制するには金環(きんかん)が必要…》

既に金環を修得していたティアンにとって、願ってもない話だった。
そして全土に散らばる、十人といない金環修得者を虱潰しに捜した…。
その中には既に死んでいた者、第九位以上の“気”を複数持つ、自分と同じ賢者クラスの者…そしてアムイがいたが、やっと全ての金環の“気”のサンプルを集める事ができた。もちろん、あの憎らしい昂極大法師(こうきょくだいほうし)の金環も、古い知人時代に吸っていたシヴァから分けて貰っていた。もちろん若かりし昂は、寝ていた事もあって、自分の“気”が密かに吸われていたのに気付いてなかったようだが。
吸気士シヴァという男は、第九位以上の“気”を持つ者何でも味見をして、コレクションにするのがもう一つの趣味でもあった。


「南の宰相様」
いきなり呼ばれて、ティアンの思考が中断された。
北の王子の護衛の者だ。
「何の様だ?」
「お客人が見えています…。何故、ここにいらっしゃるのがわかったのかわかりませんが…」
「客?私にか?」
まさか今、【暁の明星】を追って北入りしているという、リー・リンガ王女一行ではないだろうな…。
ティアンは訝しみながら、客人の待つという、屋敷の貴賓室へと足を運んだ。


「これは宰相。お久しぶり」
部屋に入るなり、甘いテノールの声がティアンの耳をくすぐった。
「…カァラ…殿」
ティアンの目が、珍しくも賞賛に輝いた。

部屋の中央にある長椅子に、その人物は足を組んで寛いでいた。
両端に数名の護衛の者を引き連れている。

陶器のような艶やかな肌。
それに纏うような薄茶色の長い柔らかな真っ直ぐな長い髪。
形のよい目にはまる眼球は、淡い灰色のガラス玉のようで、それを長い睫毛で飾っている。
すっとした鼻。美しい赤い口元。
ほっそりした肢体を、柔らかな女性物の着物で包まれているのが、なんとも扇情的である。
足を組んでいるため、その着物の裾ははだけ、白い美脚が露になっていた。
そしてまるで男を誘うような妖艶な微笑み。
まるで人形のような美貌の持ち主がそこにいた。

「父に会って来たよ」
突然カァラはそう言った。
「…まさか」
狼狽するティアンに、カァラはからかうように笑った。
「…ねぇ、どこにいたと思う?父さん」
「珍しい…あんなに毛嫌いしていたのに…。で?」
ティアンの言葉にくすっとすると、カァラはじっと相手を見つめた。
まるで、何かを見透かしているようだ。
事実、カァラは普通の人間に見えないものが見える特性を持っている。
だからティアンとしては、外見は好みであるが、今ひとつ、カァラは落ち着けない人間だった。
「俺は毛嫌いしてないよ。
…あんな男でも俺の父親だもの」
「…で、奴とはどこで?」
「賢者衆の牢獄で」
その言葉にティアンは驚いた。
「な!?あのシヴァが捕まっただと!?」
カァラは面白そうに声を出して笑った。
「そう。あの無法者の親父がやっと捕まったから、わざわざ見に…いや、面会に行ってきたのさ。
そしたらどう?元の姿に戻って、力も失い、よぼよぼの爺さんになってたんだぜ!
信じられるか?」
「…ど…どういう事だ…?」
ティアンの青ざめた顔を可笑しそうに眺めると、カァラはゆっくりとこう言った。

「ねぇ、ティアン。貴方一体何を企んでるわけ?
…あの父を使って…。“気”を収集させたりなんかしてさ。
……言ってあげようか?
貴方、東の【恒星の双璧】に興味あるんでしょ?」

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2010年7月22日 (木)

近況報告…妄想途中経過

お休みして、早2週間以上経ちました。

暑い日々、お体大丈夫でしょうか?

自分は何とか生きています。

学校も夏休みに入りました。

…今週末は夏祭りです。(きっと死ぬ…)
朝の8時から、夜の10時くらいまで。
その日はつぶれます(涙)


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このように、かなり長い間お休みいただいてるのに、覗きに来てくださる方に心から感謝を

お陰さまで、何とか11章からの妄想が順調に進みまして、現在色々と最終話まで脳内展開中です。

ということで、途中経過、近況報告です。

脳内妄想がかなり溜まってきたことから、来週明け辺りからまた更新を再開したいと思います。
これまた脳内妄想を(今回はあまりメモっていません)相変わらずのぶっつけ本番で、展開していきたいと思います。あと3章、上手くまとまるかどうか、まだ不安が残りますが。
夏祭りが終わってからなので、予定としては25~26日ぐらいから始めようと思います。
…ですが、最終に向けて内容がちと濃く?複雑になって行くかもしれないので(予定)、一日一更新はさすがに無理そうです
週2回くらいの更新ペースと思ってくださると助かります。
(宜しくお願いします)

Amu
設定書も、のろのろと随時更新しております。
そのうちに役職など、組織など、の設定も増やしていく予定です。
人も多く、モデルはあれど色んな国や組織が入り組んで、分かり辛くて申し訳ありません。

少数ですが、気にかけてくださる方のおかげで、最後まで完走できそうです。
本当に感謝しております。


それでは来週より、続きを再開します。
宜しくお願いします。


           kayan

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2010年7月10日 (土)

近況報告…少しだけ

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お休みいただいて、あっという間に週末。
時間経つの早いです…。


この月末に、自治会主催の夏祭り…。
かなり借り出されるようで、体力の危惧を感じています。

夏祭りって…超暑い!!

それが7月とあとは別の主催で8月と…。死ぬかもしれません。
とにかく暑いの苦手です。もう涙目。

それでも今年役員やっておけば、とりあえず6-7年はやらなくて済みます。
順番で回ってくるのです。うちの自治会役員…。

…そんな感じなので、再開するのが少々遅れるかもしれません。
のろのろ進展はしていますが。

ここにきて、11章~13章を、完全にやり直し、練り直しです。
今、新しいプロット練ってます。
で、いつものごとく新しい登場人物の設定を、今、やってます(大丈夫か、おい~)

当初、(前にも呟きましたが)簡単に書くつもりの内容が…。
完全に膨れてしまってます。
ということで現在、妄想中です。
あらゆるパターンが浮かんでは消え、浮かんでは…。
はい…。大筋はできていても、細かい部分ができてなかった報いです。


その合間に、設定を再アップしようと思案中です。


覗きに来てくださる方々、本当にありがとうございます。
なるべく早く再開しようとは思っております。


しばらくお待ちくださいませ。

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2010年7月 4日 (日)

一息入れます・最終章

ここまで御付き合いいただきまして、本当にありがとうございます。
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10章目覚め・これで終わりとなります。

次回はやっとこさ11章。(13章予定)
早いもので、もう夏ですねー。

自治会の役員になったために、なかなか時間が上手く取れません。
先日は役員で草むしりしておりました。
これから夏祭りという最大なイベントが控えておりまして、益々PCを開けられない日が多くなると思います。


今まで毎日更新という事ができたのですけども、ここ最近は完全に週2-3回ペース。
1ページの文章が長くなっている事も、遅筆という本来の自分が現われてる事もあって、のろのろと進めておりました。
それでも見捨てず、遊びに来てくださった方に、本当に感謝です。
お陰さまで、アクセスも気付いたら3800…。うそー。
…確かに100記事以上書いているので、新規に遊びに来ていただくと、そのくらいはいくと思いますが…。
素直に嬉しい今日この頃です。(自分の分はカウントされないよう設定してあります)
当初は知人くらいしか告知しないで始めたもので、ここまでアクセスいただけるとは思っておりませんでした。


登場人物が多いので、ぐだぐだ感が拭えないまま、ここまで来てしまいました。
ここに来てかなり苦しんで書いています。
じっくり書きたいのに、環境が許してくれず、最終章入ってまた色々と問題が起き…。

なかなか自分の思ったとおりになりません。

自分の文章能力のなさに、毎回泣いております。

それでも書くのをやめられない。これがラスト13章までいって、終わるのも寂しいです。


それで大変申し訳ないのですが
気合を入れたいため、それと11章からの内容の練り直しのため、勝手ながらしばらくお時間いただきたいと思います。

…ここまできてキイもやっと合流しまして、一番書きたいシーンがこの先待っている事もあり、できれば環境を整えて取り組みたいと思っています。

それから本筋はできていますが、細かいエピを練り直すために、しばし妄想状態に入る事情もありますので…。
多分、1~2週間のお休みとなると思います。
ブックマークしていただいている方には申し訳ありません。
だいたいそのくらいを目安に再開しますので、よろしくお願いします。
近況報告で、たまにこうしてつぶやく事もあるかと思いますが、なるべく7月後半には11章を始められると思います。


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実はアーシュラに尋ねられるまま、シヴァとの事を詳しく話したのはサクヤだったという…。
具体的何をされたかなんて皆の話から出てなかったのに、おかしいなーと思っていたアムイでした。

こんな感じでそのエピを入れ忘れた私、ちょっと最近頭が緩いです(苦笑)
これも全て湿度のせい…。今年ほど除湿機が欲しいと思った事はありません…。


本来は、もっとシンプルに考えていたこの作品でした。
ざっとあらすじができた時点では、もっと簡素で単純に話を書くつもりだった…。
人数だってもっと少ない筈でした…。
シヴァとか予定になかったのに。
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こんな感じで本筋はできていても、最終章となってから、まだまだ話が膨らんでいます。
それをまとめるのに時間かかっています。着地点は変わらないのですが。


これから益々、暑さが厳しくなると思います。
どうか皆様もお体ご自愛くださいませ。

できればここまで来ていただいた方々とは、最後まで御付き合いいただきたいと、切に願います。

稚拙な文章に付き合ってもらっているのに、わがままですみません。

ということで、次回11章解放、でお会いしましょう。


追記。

今聴いているGAYOさんのプロモーションビデオです。
一聴惚れの曲ではありませんが、なかなか素敵なのでつい、のせてしまいました(汗)
塩谷氏のアース・ビートが昼間の大地のイメージなら、GAYOさんは夜、月明りのイメージです。
なかなかこうして、途中から作品のイメージにあった曲に出会えることが少ないので、かなり嬉しいです。
必ず書いてる最中に聴いています。よかったら見てください。

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2010年7月 3日 (土)

暁の明星 宵の流星 #105

外はもう既に日は沈み、美しい星空が広がっていた。
先ほどから緊張した空気が部屋に充満している。
昂老人はゆっくりとキイの額から手を離すと、難しそうに呟いた。
「ふむ、やはり…か」
昂老人の部屋に集まっていた皆は、キイの額の封印を調べている様を息を呑んで見守っていた。
「どうだい?じーちゃん、やはり無理?」
キイが不安げに昂に言う。彼は頷きながら溜息を付いた。
「かなり奥にまで、封印がかかっとるのう。これは本当に少しづつ丁寧にひっぱり解除していかないと、大変じゃ。
それもわしの手だけでは無理じゃな。…あと、鍛錬された気術士が数名必要じゃろ」
「そんなに面倒な事になっちまってるのか?」
「うむ。普通の人間ならばどうって事はないのだが、お主は普通じゃないから。
…これはやはり、聖天風来寺(しょうてんふうらいじ)まで行くしかないじゃろ」
はぁっと、一同溜息が出た。
「聖天風来寺…か。結局振り出しに戻るって感じだなぁ」
キイは頭をボリボリと掻いた。
「まぁ、しょうがないじゃろ。
しばらくは普通に生活はできても、“気”が封印されてる状態じゃからなぁ。お主の持っている力は半減されとる。
元に戻るまでは無理せんことじゃ」
「つまんねぇ」
「まあまあ、幸いな事に、ここは北の国。東の中でも北にある聖天風来寺は近いほうじゃ。
とにかく当分は【宵の流星】は休業という事じゃな。
…それよりも、シヴァの件、賢者衆から感謝状が来ておるぞ。
わしらがあの森に行ったとき、シヴァの奴、まだ動けずにいたからの。
…無事、捕獲隊が回収できたと喜んでおった。奴は長年の指名手配犯じゃったからな。
しかしあやつが元の姿に戻るとは、わしでも想定外のことじゃった」
ちらりと昂老人はアムイを眺めた。
皆の手前もあり、はっきりとは言えなかったが、昂はアムイの力が目覚め始めた事を察知していた。
……これがきっかけになり、放たれた己の闇を昇華する事ができれば…。
そうすればアムイが、あのキイの発動を恐れるトラウマがなくなるのだが…。
昂にはわかっていた。
複雑に絡み合うアムイのトラウマ。
幼少に受けた虐待の傷も深かっただろうが、彼を苦しめたのはそれだけではない。
そのうちの一つが、己の未熟さのためにキイの力を受け損ない、一国を滅ぼしてしまったと思う故の罪悪感。自信の喪失。
キイの将来の事を考えると、このままでいい訳がない。彼には己の力を受け止め、制御する相手が必要なのだ。
それが誰であれ、その相手こそ神の力を手に入れられる。
キイはアムイを、自分のその相手にと切望している。
当たり前だろう。
何故ならもう一人の自分であるからだ。別々の人間であるが、魂を分けた相手なのだ。
そしてこの神の力を手に入れたいと願う者はこの大陸にはたくさんいるだろう。
これからキイを狙って、あらゆる人間がこの座を奪いに来るであろう。
……だからこそキイはアムイの目覚めを、心から待ち続けている。おそらくセドを滅ぼしてからずっと。
(はてさて、これからどうしたもんかのぉ)

昂老人は額を診る前に交わした、キイとの会話を思い出していた。
ちょうど他の者はまだ部屋には来ておらず、タイミングよく二人きりだった。
キイは心配そうに、こう尋ねた。
(闇の箱を開けてから、何か変わったことはあった?じーちゃん)
昂は首を捻った。  
(うむ。…出て来る昔の記憶や感情と、その都度戦っているようじゃ。
今の所、その苦しみを皆には見せないが…。やはり夜中、今度は悪夢をよく見るらしくて、よく眠れてないようじゃ。
サクヤが同室になった時には、うなされたら起こせ、と言われてるみたいでの。
…それから…困った事に、涙腺が今でも枯れたままじゃ)
(ええ?)キイは驚いた。
闇の箱を開ける、すなわち己の心の傷や過去と向き合うと、大抵は感情がその過去にシンクロし、精神が揺さぶられ、自然と涙が出る筈なのだ。その時と同じ刺激を与える事で、苦しい思いや感情を涙で流して浄化するのがほとんどだ。
キイはそれに賭けていた。そうして涙が出ることで、心の傷が癒される時間を早くできると思ったからだ。
(どうして…)
(何がアムイの涙腺を枯らしているのかが判ればのぅ。感情の解放、浄化の涙が出れば、越えるのがもっと楽になるのじゃが…)
(つまり、まだまだ時間が掛かりそう…か)
キイは落胆した。……間に合うだろうか。もう既に己の存在が各国に知れ渡り始めている。
その上、いつまたあの力が暴走…もしくは溢れるか分からない。
自分での制御には限界がある…。このままではこの力は宝の持ち腐れだ。
キイの暗い表情を見て、昂老人は何かを感じた。
(キイよ。…竜虎の死の間際にわしがもう少し早く間に合っていれば、もっとお主達の事を詳しく聞けたのにのぉ…。それだけは心残りじゃった。…あまり深く察してやれなくて、すまないの)

竜虎の容態が悪くなったのはあまりにも突然だったのだ。
長年の友の危篤を知り、昂は北天星寺院(ほくてんせいじいん)から慌てて駆けつけたのだが、彼は既に虫の息であった。
竜虎は昂の手を握り締め、何度も何度も《二人を頼む》と、うわ言のように繰り返した。
そして途切れ途切れの息の合間に、竜虎はこう言い残した。
《…追い出したとしても、キイとアムイは…我が子同然に…可愛い息子達だ。
…すまぬ、リャオ。何かあったら、どうかあの二人の力になってやってくれ。
…大事…な…事は…宵に伝えてある…。だから…》
《ハヤテ!》
互いに懐かしい本名を呼び合い、親友は冥府へと先に旅立って行ったのだ。

(とにかくお主の考えている事は、わしにもよくわからぬ。だが、何かあったらいつでも相談にのるぞ)
(ん…ありがと、じーちゃん…)
キイは疲れたような笑いを浮かべると、何かを考えているような表情を浮かべた。
昂はそれ以上追及しなかった。時機がくれば、本人から話すだろう。
そう信じて。

「まぁ、仕方ないかー、なぁ、アムイ?当分腑抜け状態で悪いが、後はお前に任せるから」
「ああ…」
アムイも、封印解除がかなり手こずりそうなのを知って、顔を曇らせた。
「さて、と。俺の様子もはっきりしたし、寝るとすっか、みんな」
キイは突然明るく言うと、胡坐組んでいた自分の膝をパン、と手で叩いた。
「そうだな…もうこんな時間か」
「という事で久々に一緒に寝ようぜ、アムイ」
屈託なくそう言うキイに、周りの者はどきっとして二人に視線を向けた。
「…キイ。人の前でそんな事言うなよ、固まってるぞ…みんな…」
アムイは気恥ずかしさのあまり声がくぐもり、珍しく頬に赤味が差した。
普段見れないアムイの様子につられ、周りも何故か照れてしまうが、発言した当の張本人はけろっとしている。
「いつもの事なのに変な奴だな。まだなかなか熟睡できないんだって?
来い、眠らせてやる。……ということで!皆お休み。また明日な!」
とカラカラ笑いながら、キイは固まっているアムイの首ね根っこを掴み、有無を言わさずそのまま引きずるように昂老人の部屋を出て行った。
取り残されたされた者達は、ポカンと二人が出て行った方向を見ていた。
「…やはり本当だったんだ…抱き枕…」
ポツリとサクヤが呟く。
「まぁ、子供の頃からね。別に恥ずかしがる事でもないんだけど」
シータはニヤッとした。
「でもさすがにこの歳じゃあ、アムイも嫌かも」
「…あれだけ派手な喧嘩したのに一緒に寝るの?あの二人」
イェンランが思わず言った。
「あら」
シータが事も無げに言う。
「だからこそ夜は一緒に寝るんじゃない。スキンシップで仲直りでしょ」
何やらその言葉に含まれる別の意味に、初心(うぶ)なイェンランは頬を染めた。
二人が兄弟と知ってはいても、そのニュアンスが夫婦みたいに聞こえるのは何故だ。
「ま、いいんじゃない?ずっと長い間アムイもちゃんと寝れてなかったし。
二人で積もる話もあるでしょうよ。
……こっちが赤面するような事でもないしねぇ」
と、シータはわざと言うと、サクヤとイェンランをニヤニヤ見ながら立ち上がった。
「じゃ、アタシ達も寝ましょうか。あの馬鹿達は放っときましょ。こっちの身がもたないわ」

で、その馬鹿達は寝台の上でシータの言うとおり、スキンシップで仲直りの最中であった。

アムイは有無を言わさずキイの部屋に連れ込まれ、いきなり上半身の衣服を剥ぎ取られた。
「ちょ、何するよ!」
「うぁー、悪いなぁ。結構痣になってる。俺、手加減しなかったからさ」
確かに先ほどの乱闘で、アムイは傷だらけだった。
アムイも負けじとキイの上半身を裸にする。
「俺だって負けないくらいお前に傷をつけてるじゃん」
キイは豪快に笑うと、アムイを寝台の上に連れて行き、自分の前に後ろ向きに座らせた。
そういう事で、ただ今キイは、アムイの背中の傷を自分の手で癒し中だ。

「なあ」
アムイがボソッと言った。
「…さすがにまずくないか?」
「何が?」
「こうやってお前と一緒の布団で寝る事だよ!
いくら事情があるからって、もう子供じゃないんだ。
20過ぎのいい歳した男がする事じゃないだろ?」
「別にまずくないだろ?俺達は血が繋がってるし、別にいかがわしい事してる訳でもないし。
あ!そうか、そうだよな!」
いきなり何か気付いたように言うキイに、アムイは眉根を寄せた。
「何だよ」
「そうか…、確かにそうだよなぁ」
「だから、何!」
キイはニヤっとすると、ごろんと布団の上に転がった。
「大人の事情だもんなー」
むっとしながらアムイもキイの横に寝転んだ。
「いかがわしい事するわけでもないのに、添い寝されるのが恥ずかしいんだろ?
確かにそれは彼女の役目だよな、夜一緒に寝るっちゅうのは」
アムイは赤くなった。
「それもあるけど…。恋人でもない大の男同士がくっついて寝るのって、傍から見ておかしいだろう、やっぱり」
「そおか?兄弟だろ?」
「普通この歳で兄弟とくっついて寝る奴がいるかよ」
「いるじゃん、ここに」
アムイははぁっと溜息を付いた。
……こうやって二人でくっついて寝るのは久々だ。
四年前までは己の闇に囚われていたせいで、何も考えず当たり前のようにしてきたが、さすがに離れた年月や、一人寝(といってもほとんど眠れていなかったが)が長いことや、人の目もあって、アムイは気恥ずかしさを感じたのだ。
キイとこうして一緒に寝るのは嫌じゃない。それどころか気持ちいいし安心できるし。
この腕以上の安息の場が、これからもあるとは思えない。
これが肉親の肌のぬくもりなのか?
幼い頃、父と母に抱かれて眠るのと同じに、いや、それよりももっと満足した眠りが得られるのだ。
アムイはちらり、とキイを窺った。
キイは満足げに自分の髪を撫でている。まるで子供をあやしているようだ。
「お前さ…」
「何だ?」
「いや、何でもない」
アムイはぷいっと顔をキイから背けた。
「変な奴」
喉元で笑うキイの優しい声がする。鼻腔をくすぐる甘い花の香り。
夢じゃない…。あんなに帰りたかった場所が、今ここにある。
だけどいつかは二人、大人になれば自立しなければいけない…。
自分もいつまでもキイに甘えてばかりいられない…。
そんな事はわかっていた。それがアムイの気分を複雑にさせていた。
「なぁ、アムイ。今まであった事…。俺達が離れていた時の事、話してくれないかな…」
キイはアムイの背中をぎゅっと抱きしめた。
「ああ。そうだな…」
キイは少しでもアムイに話をさせて、感情を吐き出させたかった。
もちろん、今まで互いが一人で過ごした空白の時間を穴埋めしたい気分もあったが。
アムイはゆっくり、キイに請われるまま今までの事を話し始めた。
キイの“気”を感じなくなって自暴自棄になっていた事、虹の玉とは分からなかったが、呼ばれた何かを求めて桜花楼まで行った事。
「桜花楼?お前が、桜花楼!?」
キイは変な声を出した。
「何だよ」
「あの天下の桜花楼…って、お前娼館通ってたのか?二年も?」
「何をそんなに驚いてるんだよ。…仕方ないじゃん、イェンに虹の玉を託したのはお前だろ」
「そ、そーだけど…」
キイは言葉に詰まった。考えてみればアムイはもう成人過ぎた大人の男だ。
この四年の間、そういう機会はごろごろしてるだろう。だって俺のアムイだ。もてない筈はない。
「…で、その…お前…馴染みの女くらいいたのか?…という事はさ…」
「いた。だってそうでもしなければ桜花楼に出入りできないだろ?」
あっさりと言うアムイに、キイはちょっと寂しさを感じた。
ううう。いつの間に大人になりやがって。
「でさ。その、何だな」
「何だよ、気持ち悪いなぁ、はっきり言えよ」
「その…初めては桜花の女?」
「は?」
好奇心半分、嫉妬心半分、あれだけ自分が女を勧めていたのに頑なだったくせに、という感情もあって、キイはどうしても聞きたくなった。
「だから!初めての女はどんなコだった?」

一瞬アムイは頭が白くなった。
「何だそれ」
何か前にも誰かに同じような事を聞かれたような気がする。
「ほら、正直に言いなよ!なあなあ、どういう感じ?可愛い?胸大きかった?」
「何でキイに言わなきゃならないんだよ!別に話すことじゃねーよ」
「恥ずかしがらなくったていいじゃないか!そうか、お前ももう一人前に…」
アムイは溜息を付いた。
これで自分の初体験がほとんど記憶にないって事を知ったら、この男はどうするつもりなのか。

一方キイはキイで、離れていた間のアムイの変化に嬉しくもあり、寂しくもあり、アムイとはまた違った複雑な気持ちだった。
彼には分かっていた。アムイが女を避けていた理由…。
互いの父親に異常な執着を持っていた伯母から受けた数々の虐待…。
父親にそっくりなアムイに対して、性的虐待をしていたのは、幼かったキイでも感じ取っていた事だ。
それが傷となって、女を遠ざけてしまうのは仕方ない事だった。
だがキイは、アムイに女性というものをもう一度受け入れて欲しかった。
アムイもまた自分と同じく、同性は恋愛対象にならない、という事を知っていたからだ。
他者との関わりの中で、やっかいなのは異性との交流だったりする。
同性同士では学べない、有意義な?関係を学べるのだ。…キイいわく、色んな意味で。
だから凄い興味があった。この朴念仁が初めて受け入れた女の存在。
「なぁ、歳はどのくらい?意外と年上の女だったりして…。おい、それぐらい教えろよ」
アムイはこの話は止め止め!と言う感じで、手を振った。
「今度はお前の話をしろよ。俺ばかりでなく。…ザイゼムの奴はお前に迫ってこなかった?」
「…何でお前に話さなくちゃならねーんだよ…」
ほら、不機嫌になった。
アムイは苦笑した。まったくお互い変わらないな…。

キイには申し訳なかったが、自分がこういう事に今まで疎くてよかった。
彼の苦しみは、おくてのアムイに実感なかった。なくても彼の心の葛藤は肌を通して伝わってきていたのだが。
だけど。もし自分も彼と同じ様に苦しめば、きっと互いに奈落の底に落ちていたかもしれない。
……キイが、ずっと自分達を兄弟だと認めたがらなかったのが、ある時からそれを前面に出してくるようになって、アムイは気が付いたのだ。
互いに肌を合わせるのは気持ちがいいが、それは肉親の愛しさのものである…と。
だが、心の底は別の所にずっとあると。
キイが自分を弟だと、まるで己に言い聞かせるように言い始めてから、アムイもそう思うようにしてきたのだ。
心の奥底では、ずっと繋がっていたいと思っていても。
アムイはふと思った。いつから…?いつからキイは、こうやって普通に自分達が兄弟だと認めるような発言をするようになったのだろうか。
だがそれも世間には隠している事で、二人の間の事だけではあったが、思えば聖天風来寺(しょうてんふうらいじ)を出てから、益々キイは弟として自分を扱う事が多くなっていったような気がする。ただ、自分が闇の箱に囚われ、己の生まれを忘れたがったため、その事に気付いたのはここ最近だった。
それにキイは元々自分達の血の繋がりを認めたがらなかった。
それを認めるという事は、互いの辛い過去をはっきり認識すると同じ。
特に父親が大罪を犯した結果、今の自分達がいる事の証でもある。
互いに苦しむから…。だから思わないようにしてきた事が、結局互いのある闇を越えるための一つの方法になるとは皮肉な事だ。
兄弟という枷、この愛が肉親の愛だと互いの心に決着をつける事で、魂の奥から生じる一つに戻りたいという飢餓感を抑えたのだ。
これは恋愛感情とは違う。その証拠に互いに肉体を求める気持ちにはならない。そう思い込む。
本当のところ、したくても肉体の本能でできないというのが正しいのだが。
キイがいつも言っていた。愛にはいろんな形がある。無理に型にはめなくてもいいのではないかと。
愛するという事は自由でいい。
相手が誰であれ、肉によって結ばれる相手でなくとも。
それは理想だが、現実は意外と厳しかったりする。


「あの見境のないザイゼムが、お前を見る目に俺が気が付かないと思ってるのか?
…その、何だよな、お前が意識をなくしてる間に、…触りたい放題だったんじゃないの?奴は」
キイはぷーっとふくれた。それは言われたくなかった。
「確かにそうだとしても、そんな事で俺を貶められねぇよ。
ま、実際男にやられちまっても、そんなのただの事故だ。屁でもねぇ」
かなりの豪語にアムイは目を細めた。自分だったら、絶対奈落の底に沈む。多分立ち直れない。
全くこの男は見かけによらず、精神的に強い。というか、心身の苦痛に強いというのか。
さすがあの“光輪”を身の内に持っている男。一筋縄でいかない。
確かにここまで強靭でないと、天の力を持ちながらこの世で生きてはいけないだろう。
「だが、やはり嫌なものは嫌だしな。…もしかして妬いた?」
「今に始まった事じゃないだろ?お前のその無駄なフェロモンがいけないんだ」
「しょーがねぇよ。俺はこのように生まれたんだから」
向き直ったアムイの顔を、キイはじっと見つめた。
「それよりも、お前。お前の方こそ気をつけろよ」
「何だよ、誤魔化して」
「誤魔化しじゃない。…男でも女でも、お前、嫌な事は絶対に拒否しろ。自分の懐に入れるな。…今まで闇の箱で硬い殻を被っていたのが消えたんだ。
…最終的に受け入れてしまうお前の性分…。その蜜を知った者は絶対お前にたかってくる。
俺の力にも限界がある。…お前が自分を強く持ってくれないと…」
キイはシヴァの言動を思い出して震えた。
あいつ、アムイの旨味を探りやがった。
今までは闇の箱というトラウマのせいで、アムイ自身、人を遠ざけていたから表れていなかったモノだ。
でもあの厄介な闇の箱の消滅のお陰で、本人の花弁が現れて地と繋がりやすくなったのはよかった。
だが、それ以上に課題は増えた。
花弁が露になる事、すなわちシヴァのような人間が、これからも出て来る可能性があるという事だ。
それまでに何とかアムイ自身、乗り越えてもらわなければならない。
本来のアムイを呼び戻しつつ、中庸にて強靭になってもらわなければ困る。
キイは目を閉じた。

大地に愛されし俺のアムイ。
俺はどんなお前だろうと愛しているけどよ。
闇を取り払い、闇を超えた、本来のお前にやはり逢いたいんだよ。
それがお前自身の弱みを吐露する事になったとしても、
それを乗り越え数段と成長した姿を、俺は切望しているのだ。

「な?お前、大地と繋がってどうだった?」
キイは話題を変えた。
「……わかったのか」
「当たり前だろ?お前の事は手に取るように分かるさ。
初めて大地と交流して、他力を呼び込んでみて…どう、気分は」
アムイは顔をシーツに埋めた。
「…そりゃ、すげぇよかった」
「女抱くみたいに?」
「またそういう事言う!…ま、似たようなものか?
……もの凄い力を呼び込んだ感じだ。まだ思い出すと体内に熱が篭ってる…」
キイは微笑んだ。己が初めて天と繋がった事を思い出し、身が震える。
ふと相方を再び見やると、彼は嬉しそうに自分を見ている。
愛しい気持ちが込み上げてくる。どんな形でもいい。これが愛でなくて何なのだろう。
キイはそっと、アムイの額に自分の額をくっつけた。
「安心しろ。俺はお前の傍にいる。…だからゆっくり眠れ。これからもずっと…」
するとアムイの顔が歪んだ。まるで小さい頃と同じように。
「キイ…頼む。もう俺の前からいなくならないでくれ」
「アムイ…」
キイの胸がちくんと痛んだ。
「お願いだ…。俺の傍にずっといてくれ。
俺、もっと精進する。今度こそ、これからは俺がお前を守る。だから…」
「当たり前じゃないか」
泣きそうになるのを、キイは隠すようにわざと笑った。
「お前がこの俺を、この地に留まらせた。
お前が大地にいる限り、俺はここから離れない。
俺がこの地をを離れる時は、お前がこの世にいなくなる時だ。
お前は俺の魂の片割れ。
…この地で別の人間として生まれたとしても、縁あって他の魂と交わる事があろうとも、それでも還るのは互いの魂のみ。
それはきっと、未来永劫変わらない。不変の一つだろ…」
相も変わらず、心地いい宵闇の声。
それはまるで、キイ自らに言い聞かせているようだと、アムイは思った。
いつもキイは先に行く。アムイは息を切らして追いかけるだけだった。

でもこれからは。
…これからは俺がキイを守る。母さんの最後の言葉を守ってみせる。
どんな奴らがキイを奪いに来ようとも、俺は絶対に渡しはしない。

気が付くと、安らかな寝息を立ててアムイは眠りに落ちていた。
四年ぶりの深い眠り。

「こうして見ると、子供の頃と変わらねぇな」
無防備な寝顔に、切ないくらい胸の痛みが止まらない。
自分はこの大事な人間に、ひとつ、嘘をついた。
それは…まだ、言えない。言えないけど、自分の気持ちは真実だ。

そしてキイは、次の段階に移った事に手応えを感じていた。

アムイの奥深いものの目覚めを、確かに感じる。

自分がどれだけ求めていたか。

キイはずっとアムイの体温を感じながら、肩肘ついて彼の寝顔を見ていた。
「俺をまた此処に呼び戻してくれて…ありがとな、アムイ」

東の空が明るくなった頃、やっとキイも眠気に襲われた。
彼はアムイの肩にそっと頭をつけると、アムイと同じく安らかな寝息を立て始めた。


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