暁の明星 宵の流星 #106
その11.深淵
闇の深淵 光の深淵
深淵覗く者 また深淵より覗かれし者
汝 底辺をさすらうがごとく
汝 浮上の糸口を確かめるがごとく
中庸たる己の道に導かれん事を
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
だからやだって言ったんだ…。
サクヤはやはり後悔した。
あの時何でもいいから、用事を作って逃げればよかった。
(心臓に悪いんですけど)
目の前の光景を、サクヤは心臓ばくばくとして、受け入れなければならなかったからだ。
彼の目の前で、見るに麗しい血統証付きの二匹の猫か犬が、丸まって寄り添うように眠り続けていた。
しかも…二人とも何故か半裸で。
それは傍から見て睦まじくも仲がよろしい光景で、むやみやたらに第三者が領域を侵してはならない雰囲気があった。
この二人が兄弟と知っていても、何故か恋人や夫婦の寝室に忍び込んだような気恥ずかしさがサクヤにはあった。
《ねーえ、あの二人を起こしてきてくれない?》
朝食の支度を手伝っていたシータにそう言われ、サクヤは躊躇した。
《オレ嫌です。シータが起こしてくださいよ》
《あら、どうして?起こしに行くだけでしょ、何で赤くなってるの》
サクヤは言葉に詰まった。だって…。
《ふふーん?》
シータは思わせぶりにニヤッとした。
《何ですかっ!》
サクヤはむっとした。
《だーいじな“兄貴”が、この歳まで抱き枕なんかして寝ている姿なんて見たくないわよねぇ。
わかるわかる。
でもねサクちゃん、いつかは現実というものを受け止めなければならない時が来るものなのよ。
アンタが崇めてる理想の武人だって所詮人の子。
ちょっと恥ずかしい所があったってねぇ…》
《そんなんじゃありません!…だって…その…》
サクヤは口ごもった。
別に【暁の明星】が、不眠症で子供の時から抱き枕がないと眠れない、なんて事、自分にとっては何の問題でもないのだ。
問題なのは、その“抱き枕”なのだ。
…あの、ただいるだけで色香が漂ってくる…の、人を、抱きながら寝ているという事実…。
普通に誰もが想像してみただけでも、変な汗が流れそうなのに。
なのにシータは、まるで当たり前のようにしれっとしている。
…いくら二人を子供の時から知っているとはいえ…。
もうすでに成人しているいい大人なのに、この人の目にはいつまで経っても子供のままなのだろうか?
…あのキイが、アムイに対してかなりの過保護っぽいのは、短い二人のやりとりで何となくわかったが、考えてみると、それに輪をかけてシータはアムイだけでなく、キイまでも子供のように扱うように見えた。
二人が食卓の席で会話してるのを聞いてると、シータはかなりお節介焼きで、あの天下の【宵の流星】をまるで自分の弟か子供のような物言いで接して、それがキイの神経を逆撫でし、シータに噛み付く、という場面が必ずあった。
その度に隣でアムイが、ぼそっと《まったくあいつらは犬猿の仲なんだから!》と小声で呟くのだ。
そういえばシータについて、二人の同期門下生で一番の年上、としか聞いた事がない。
同じように美人でも、まるで妖艶な色香を持つキイと反対で、シータの場合、まるっきり官能を刺激する感じを受けない、不思議な人物だった。
あれだけ美人で色っぽい格好をしても、あばずれのような言葉遣いをしていても、何故か彼は清純で高潔なオーラを内面から漂わせていた。
表面的に色っぽく振舞う事もあるが、その時、その場所にによって自分を演出しているようだった。
今まで付き合ってきて分かったのだが、普段の彼は、彼に対して欲情することがまるで罪なのでは、と相手に思わせる何かを持っていた。
その反対も然り。シータが誰かに欲情する、という事が想像できないくらい、清廉潔白なのだ。
あれだけの美人。今までかなりモテたに違いないと思うのだが、浮いた話も聞いた事がない。
なので、女装しているから、というだけでなく、男なのにイェンランの傍にいられるのは、ある意味“性”を感じさせないものを持っているからだろう。
(シータって…。そう考えると謎な部分があるよなぁ)
サクヤはそう考えあぐねて、ついシータに聞いてしまった。
《純粋な疑問なんだけど…シータって、一体幾つ?》
途端にシータの表情が変わった。
《何で突然そんな事、聞くのよ?》
《いや、ただ…あの兄貴達をまるで子供のように扱ってるような感じがして…。同期の中で一番上って聞いてたから、何歳なのかなーと、純粋な疑問…》
《サクちゃん》
シータの声が冷たくなった。
《アタシは歳を取らないの。レディに年齢を訊くのは失礼じゃない。
そんな事訊いている余裕があったら、さっさと二人を起こしてきて。
朝食が冷めちゃうから、早くね!》
有無を言わさぬ迫力に、サクヤはシータの地雷を踏んでしまったらしい事に気が付いた。
(レディ…って…)
サクヤは思わず苦笑した。…確かに年上の本当の女性には、サクヤも礼儀として歳は聞かないのだけど。
で、結局サクヤはシータの機嫌を損ねてしまい、しぶしぶ二人を起こしに行ったのだが…。
勇気を振り絞って部屋をノックしても出てこず、思い切って部屋に入って、想像したとおりの光景に心臓が変な鼓動を奏でた、というわけだ。
思ったとおりの艶かしい二人のくっつき具合。満足そうな寝顔。
ある意味目の保養なのだろうが、サクヤにとっては刺激が強すぎる。
「あの…」
サクヤは思い切って声をかけた。
ここでずっと(何もないにしても)二人の色っぽい寝姿を見続けているわけにはいかない。
「えーっと、もう朝食の時間です!二人とも起きてください」
どうも声が強張ってしまう。
意外と大声だったらしい。
その声で、ピクリ、とキイの瞼が動いたかと思うと、うーんと伸びをしながらもそっと上半身を起こし、頭をぽりぽりと掻く。
「お、はよ…。もう朝食の時間?」
「は、はい」
何も纏っていない上半身の白い肌が眩しくて、どうも正視できない。
男だと分かっていても、だ。
「うん、起こしにきてくれてありがとな、サク。今行くから…」
「あ、それじゃ先に行ってますので…」
「おう、わかった。あとでな」
サクヤはキイの返事も途中に、そそくさと部屋を出た。
まだ心臓がどきどきしている。
(まったく、罪な二人だ)
サクヤは火照った頬を冷まそうと、自分の手でパタパタと扇いだ。
(それにしても…)
サクヤはその反面、ほっとしていた。
…アムイのあんなに無防備で、安心しきった寝顔を初めて見たからだ。
(よかった…!夕べはゆっくりと熟睡できたんだ)
そう思うと、サクヤは心が軽くなったような気分になった。
(本当によかったなぁ、兄貴。…キイさんと…また一緒になれて)
共にいたこの一年を振り返って、サクヤは安堵の溜息を漏らした。
……兄貴、いつも追い詰められた獣のように、毎晩ピリピリしていたのに。
ちょっと羨望が混じった表情で、サクヤは廊下の窓から、広くて青い広大な海に視線を廻らした。
「あら、アムイは?」
長い髪をかき上げ、欠伸しがら食堂にやって来たキイに、シータが尋ねた。
「うん。何年かぶりだったようでさ。ぐっすりと眠りこんでる。
悪いんだけど、今日はまだ寝かしておいてやってくれないか?」
シータはキイの顔をまじまじと見ると、そうね、と呟いて朝食の盆をキイに手渡した。
朝食が終わり、後片付けをサクヤ とイェンが始めた頃、キイは自ら完食した盆を手にすると、席を立った。
「あ、今日は私達の当番だから、そのまま置いといて下さい」
両手に空いた皿を持ったイェンランがキイに声をかけた。
「そうなの?」
するりと軽やかな足取りで、キイは盆を持ったままイェンの傍に近寄った。
突然の事で、イェンの心臓は飛び出さんばかりとなり、思わず皿を落としそうになった。
「でも、ま、運ぶくらい簡単な事だからさ。これは持っていくな?」
肌が触れ合うくらい近くに寄られ、益々イェンは落ち着かなくなる。
「あ、でも…」
よそよそしい彼女の様子に不思議そうに思いながらも、何も知らないキイは無邪気に笑いかけ、片方の空いた手でそっと彼女の持っていた皿に手をかけた。
「なっ!何を!?」
慌てたイェンランは思わず皿を全部手から落としてしまった。
音を立てて散乱した皿に驚きながら、二人は拾うために同時に屈んだ。
貴賓客が使用する食堂の床には、柔らかな絨毯が敷き詰められていた為、運良く皿は一枚も割れずに済んだようだ。
「ごめん。手伝おうと思って、余計な事しちまったかな」
申し訳なさそうにキイは散らばった皿を片手で掻き集める。
イェンランも無言のまま、自分が落とした皿を拾い集め始めた。苦しいほどの動悸がして、イェンランは声が出ない。
最後の一枚を拾おうとして、手を伸ばしたイェンランの手と、同時に伸びたキイの手が触れ合った。
その瞬間、イェンランの身体に電流みたいなものが走った。
全身が鳥肌が立った。思わず小さな悲鳴が上がる。
キイは彼女の尋常じゃない反応に驚いて目を見開いた。
居ても立ってもいられなくなったイェンランは「ごめんなさい!」と小さく叫ぶと、持っていた皿を床に置いたままその場から駆け去った。
「…嬢ちゃん…?」
ぽかんとしたキイの傍に、早めに食事を終え、化粧室に行っていたシータが戻ってきたのか、慌てて近寄って来た。
「あのね、キイ…」
「俺、何か嫌われてる?…避けられてるような…」
シータはイェンランの残した皿を片付けながら、申し訳なさそうにキイに言った。
「ごめん、キイ。…もっと早くにお嬢のこと、話すべきだった。
…お嬢は別にアンタのこと、嫌いっていう訳でなくて」
キイは眉根を寄せた。
「どういう事だよ」
「最初から俺が話すよ、シータ」
二人の背後からいきなりアムイが声をかけた。
「アムイ、まだ寝ていてもよかったのに」
キイは皿を持ちながら立ち上がり、アムイに向き合った。
「寝過ぎだよ。かえって調子悪くなる。
……でも、お陰さまで久しぶりにぐっすり眠れた。ありがとう」
「いや…」
キイはシータに促されるまま、持っていた皿を彼に渡した。
シータはアムイに目配せすると、空いた皿とキイの盆を両手に持ち抱え、その場をそっと立ち去った。
「…ちょっと外に出ないか。…イェンのこと、話すから」
アムイはそう言うと、キイと共に寺院の庭先に出て行った。
「そうだったのか…」
今までの詳しい事情を、アムイから聞いたキイは、苦渋の顔をして庭先の花に目を落とした。
「…イェンはさ…。あんなに会いたかったお前に、いざ会って、どうしたらいいのか混乱してるんだと思う。…それにさっきも説明したように、男に襲われた事が、大きな傷になっている。
しばらくそっとして…。様子見てから声をかけてやってくれないか」
アムイの心からの心配する声に、キイは切なそうに溜息をついた。
「…あんなに可愛い女の子なのに…」
あのように若くて魅力的な娘なら、女を謳歌し、世の男を支配することだってできるだろうに。
それ以上に、彼女を辱めようとした男達に猛烈な怒りが湧く。
キイの複雑そうで、また哀しげな表情が、アムイの気持ちを掻き乱した。
アムイには分かっていた。
キイの中に女を大切にしたい気持ちがずっとある事を。
その理由が、産みの母親に対する想いも籠められている事を。
この世に生まれた女は、できる限り女としての幸せを享受して欲しい…。
それはキイが幼い頃からずっと思っていた事でもあった。
自分をこの世に苦痛と共に産み出してくれた母は、女としては決して幸せではなかった。
本当の母の気持ちは分からない。もう既にこの世にはいない人間だから。
それでもキイには容易に想像付く。
女として彼女自身を愛し、求められ、甘くも切ない幸せを感じることもなく、互いの愛欲の中でひとつになり、子を成す幸福も知らずこの世を去った母。
この世に生まれる女性が全て幸せな生涯を送って欲しい…。
母のように、その甘美なものを知らずに虐げられ、この世を去る女がこの大陸には多すぎる…。
キイが女にどうしても甘くなってしまうのは、そのせいでもあった。
その思いを知っているからこそ、アムイは女達に嫉妬心というものが沸かなかった。
ま、夜に寝るときだけ、いなくなると寂しさのあまり、つい嫌味を言ってしまっていたが、できればキイにはちゃんとした彼女がいてくれていいとも思っている。…自分ができない事を…色んな面でキイを支えてくれるような女性を。
もちろん寂しくないといえば嘘になる。独占欲がないというわけでもない。
ただ…。キイが幸せになってくれれば。
それが自分でできない事なら、仕方がない、とアムイは思っているのだ。
ただ、男の恋人だけは許せない。
それは単純な話、自分が男だからだけど。
男にも女にも言い寄られるキイが、完全に同性が生理的に駄目と分かって、苦しい反面、ほっとしたのも確かだった。
実は同じような事をキイもアムイに対して感じていた。
その思いは計り知れないが、多分、キイの方が強いだろう。
それはキイ自身、自覚のあることでもあった。
とにかく異性は享受できても、恋情の相手が同性だとかなり嫉妬心と独占欲が互いに 吹き荒れるのは必須である。
「わかったよ。お嬢ちゃんの事は…。
…気をつけて接するようにするから…」
キイは呟くように言った。
「ああ。…イェンは危ない目にあいながらも、お前と会うのを諦めなかった…。
女にしてはなかなか見所のある奴だと思うよ。…大切に扱ってやってくれ」
キイはアムイの言葉に目を丸くした。
「へぇ…。珍しいな。
お前が女の子を褒めるなんて…」
「…そうか?」
アムイはバツが悪くなって、思わず頬を赤らめて咳き込んだ。
「…そうか…。お嬢ちゃんに…俺は悪い事をしてしまったのかもしれない…」
「キイ?」
「いや、何でもないよ。
…大丈夫。お嬢ちゃんを怖がらせないよう、慎重に扱うから」
「うん」
キイはまた溜息を付くと、じっくりとアムイを見つめ、自分の相方の変化に驚いていた。
その変化を嬉しく思う反面、自分がそうさせたのではない事を、承知していても寂しく感じてしまう。
(昔のアムイなら、女の子の心配なんて、全くしなかったのに)
二人が離れていた時間は、キイにとっては夢の中で過ぎ去った感覚でも、アムイにとっては様々な事のあった四年だったのだ。
嬉しいはずなのに、一抹の寂しさがキイの胸を締め付けていた。
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北の海沿いにあるこの波止場の地主の屋敷に、ティアン宰相は北の国の第一王子と共に身を寄せていた。
キイがアムイ達に連れ去られて後、何とかゼムカと牽制しあいながら、やっとの思いでこの屋敷にたどり着いたのだ。
第一王子ミャオロゥの旧知の仲であるという主は、南の軍隊に驚きながらも、自分の屋敷と別荘を快く貸した。
ここでキイを捜す拠点にするつもりであった。
…あのゼムカの王達が、いつ海側に進出してくるか、いや、もうしているのか。
あれ以来、ぷつりとゼムカの消息が分からなくなった事が、ティアンには不気味に思えてしょうがない。
その事も気になるが、彼の神経を逆撫でしているのは、それだけではなかった。
【宵の流星】を手にする者こそ、大陸を制する覇王となる事ができる。
いつの間にか、この噂が全土に廻っていた。
しかもキイが、滅んだはずのセドの生き残りの王子である…という話までひっついて。
だからこそ最後の王子である【宵の流星】が、セドの秘宝を手にしていて、彼を手に入れれば、その秘法の力を我が物にできる、と、各国の有力者達は信じたようだ。それでなくても、神の子孫である、セド王国の直系が生存していた事の方が、徹底的な興味を彼らにもたらした。
しかもその王子が、人並み外れた美貌の持ち主…とくれば、セドの宝や大陸統一の野望よりも、現実的な価値がある。
なので各国、各州の王侯貴族や有力者達が、こぞって【宵の流星】を確保しようと動き始めている事に、ティアンは忌々しく思っているのだった。
(宵は私のものだ)
ティアンは握る拳に益々力を込めた。
(生まれたときから、師匠に引き合わせてもらってから、あの美しい子供は私のものなのだ。
あと少しで、未来永劫、彼は事実上私のものになる…。
私が唯一、宵を支配し、神の力を手にし、大陸の王となり、あの美しい身体を思うままにできるのだ。
そのために、昔馴染みのシヴァに協力してもらい、そして当時キイの養育係だった百蘭(びゃくらん)の口を割らせたのだ。
《光輪(こうりん)を制するには金環(きんかん)が必要…》
既に金環を修得していたティアンにとって、願ってもない話だった。
そして全土に散らばる、十人といない金環修得者を虱潰しに捜した…。
その中には既に死んでいた者、第九位以上の“気”を複数持つ、自分と同じ賢者クラスの者…そしてアムイがいたが、やっと全ての金環の“気”のサンプルを集める事ができた。もちろん、あの憎らしい昂極大法師(こうきょくだいほうし)の金環も、古い知人時代に吸っていたシヴァから分けて貰っていた。もちろん若かりし昂は、寝ていた事もあって、自分の“気”が密かに吸われていたのに気付いてなかったようだが。
吸気士シヴァという男は、第九位以上の“気”を持つ者何でも味見をして、コレクションにするのがもう一つの趣味でもあった。
「南の宰相様」
いきなり呼ばれて、ティアンの思考が中断された。
北の王子の護衛の者だ。
「何の様だ?」
「お客人が見えています…。何故、ここにいらっしゃるのがわかったのかわかりませんが…」
「客?私にか?」
まさか今、【暁の明星】を追って北入りしているという、リー・リンガ王女一行ではないだろうな…。
ティアンは訝しみながら、客人の待つという、屋敷の貴賓室へと足を運んだ。
「これは宰相。お久しぶり」
部屋に入るなり、甘いテノールの声がティアンの耳をくすぐった。
「…カァラ…殿」
ティアンの目が、珍しくも賞賛に輝いた。
部屋の中央にある長椅子に、その人物は足を組んで寛いでいた。
両端に数名の護衛の者を引き連れている。
陶器のような艶やかな肌。
それに纏うような薄茶色の長い柔らかな真っ直ぐな長い髪。
形のよい目にはまる眼球は、淡い灰色のガラス玉のようで、それを長い睫毛で飾っている。
すっとした鼻。美しい赤い口元。
ほっそりした肢体を、柔らかな女性物の着物で包まれているのが、なんとも扇情的である。
足を組んでいるため、その着物の裾ははだけ、白い美脚が露になっていた。
そしてまるで男を誘うような妖艶な微笑み。
まるで人形のような美貌の持ち主がそこにいた。
「父に会って来たよ」
突然カァラはそう言った。
「…まさか」
狼狽するティアンに、カァラはからかうように笑った。
「…ねぇ、どこにいたと思う?父さん」
「珍しい…あんなに毛嫌いしていたのに…。で?」
ティアンの言葉にくすっとすると、カァラはじっと相手を見つめた。
まるで、何かを見透かしているようだ。
事実、カァラは普通の人間に見えないものが見える特性を持っている。
だからティアンとしては、外見は好みであるが、今ひとつ、カァラは落ち着けない人間だった。
「俺は毛嫌いしてないよ。
…あんな男でも俺の父親だもの」
「…で、奴とはどこで?」
「賢者衆の牢獄で」
その言葉にティアンは驚いた。
「な!?あのシヴァが捕まっただと!?」
カァラは面白そうに声を出して笑った。
「そう。あの無法者の親父がやっと捕まったから、わざわざ見に…いや、面会に行ってきたのさ。
そしたらどう?元の姿に戻って、力も失い、よぼよぼの爺さんになってたんだぜ!
信じられるか?」
「…ど…どういう事だ…?」
ティアンの青ざめた顔を可笑しそうに眺めると、カァラはゆっくりとこう言った。
「ねぇ、ティアン。貴方一体何を企んでるわけ?
…あの父を使って…。“気”を収集させたりなんかしてさ。
……言ってあげようか?
貴方、東の【恒星の双璧】に興味あるんでしょ?」
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