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2010年8月 1日 (日)

暁の明星 宵の流星 #107

何でも見透かすような、ガラス玉のような瞳。

「ううん、違うか。
…【恒星の双璧】ではなくて、【宵の流星】にご執心でしたっけ、ねぇ?」
目の前でカァラは思わせぶりに目を細める。
それが目に見えぬ何かを見ているようで、ティアンはどうも落ち着かなくなる。
「まさかその事で私に会いに来たのか?」
「あの父を…あのような姿にしたの、誰かわかります?」
ティアンはその言葉に眉根を寄せた。
「……」
カァラはゆっくりと立ち上がった。サラサラとした薄茶色の髪が揺れる。
「貴方がご執心の、宵の君の…相棒ですよ」
「…暁…あいつが…?」
俄かにそう言われても信じられない。確かに暁の持っている“金環の気”は極上のものであった。
だが奴にあのシヴァをどうこうできるような力があるなどと…思った事もない。
「信じられないって、顔だね」
カァラは喉元でくっくと笑った。
「意外と貴方が思っている以上、暁は手強いかもよ?」

ティアンにとって、【暁の明星】は目障りな存在でしかなかった。
やっと探し出したキイ=ルセイ王子には、まるで影のように傍に張り付く男がいた。
その事がティアンの神経をずっと逆撫でしていた。

宵の隣は自分の場所だというのに。


昔キイが一時、行方知れずになった時、ティアンは別の気術使いの師の下で修行中だった。
その時の焦燥感は、きっと誰にも…最初の師匠であったマダキにもわからなかっただろう。
初めてあの子供を見たときから、ティアンは必ず自分のものにすると心に決めたのだ。
彼の力、それ以上にこの世のものとも思えない、光り輝く神々しくも美しい姿に魅了された。
…その彼が見つかったと聞いて、どれだけ狂喜したか。
しかも利発な少年に育ったという事で、早々に修行を終えて彼の傍に行きたかった。
その上、マダキは自分をキイの専属養育係に任命してくれた。
これからは、あの子供を自分の近くにいつも置いておける。神の力しか興味ないマダキには内密に、ティアンはキイをこっそり独り占めにし、自分以外の人間を受け入れられないよう、育てるつもりだった。
修行の終了目処が付き、やっとキイに会えると思った矢先、あの大事件だ。
ティアンの落胆は計り知れなかった。
壊滅したセドの国の有様を見て、キイも助からなかったと、しばらくずっと思い込み、途方に暮れていたのだ。
ところが何年かして、キイが生きているのでは、という情報が耳に入った。
しかもセドの秘宝の噂が秘めやかに囁かれ、その事にも彼の気持ちに再び火をつけた。
それ以来、ティアンはこの件をずっと追っていたのだ。あらゆる研究を極めながら。
だが【宵の流星】という異名で、まさかあの聖天風来寺(しょうてんふうらいじ)で育てられていたとは、露ほども思っていなかった。
ティアンは、追い出されたシヴァと同様、あまり聖天風来寺とは仲が良くなかった。
一度は賢者衆までに登りつめたティアンであったが、自分のしていた研究が元で追い出された。
(そなたの研究は天に反するもの)
そう判断され、あっけなく退団させられた。
その時判断を下したのが、今は亡き聖天風来寺の最高峰、竜虎(りゅうこ)元聖天師長(もと・しょうてんしちょう)だったのだ。当時の彼の発言は賢者衆の中でもずば抜けて影響力があり、あの北の昂極大法師(こうきょくだいほうし)と共に、術者世界の頂点だった。彼らの判断は、大陸をも揺るがした。彼らの言葉は絶対で、あの神国オーンですら口を出せないほどだった。
だからティアンはずっと賢者衆と、聖天風来寺の最高峰である竜虎に恨みがあった。あの南の大帝に拾われなければ、ティアンは才能あっても、術者世界から弾かれ、惨めな生活を送らねばならなかっただろう。

……南のお陰であらゆる研究もすすんでいる。
そう、この目の前にいる美貌の青年も…自分の研究の成果といってもよかった。


キイが聖天風来寺にいるらしい事を、自分が突き止めた時にはすでに遅かった。
本人と確信するために、渋るシヴァに無理させてまで、まだ二十歳(はたち)前だったキイの気を奪わせた。
あれ程求めていた“光輪の気“を手にして、身体の震えが止まらなかった。やっとティアンは恋焦がれたキイを見つけたのだ。
だがもっと早くにキイを見つけていたら…。既に彼は立派な青年に成長してしまっていた。
大人になった彼の美しさも、力の大きさも、子供の頃以上だった事に胸がときめいたが、ただ残念な事に、自分に依存させて育てる事が叶わなかった。
しかも自分のいるべき場所には、すでにアムイが居座っていた。
いつからキイにくっついていたのか。それは調べていくうちに分かってきたが、当時二人の父であるセドの太陽に会ったことがないティアンは、アムイがキイの弟だとは全く思ってもいなかった。…彼がキイの傍にいるのは…。それは最初のキイの養育係である百蘭(びゃくらん)から聞いた事実しかない。

「面白いよねぇ」
カァラはティアンを一瞥すると、優雅な足取りで背後にある窓辺に進み、夕暮れに染まる海を眺めた。
「何がだ?」
「あの二人」
彼らの間にしばし沈黙があった。
「お前の…その目には、あの二人がどう映る?」
しばらくして、探るようにティアンが言った。
「本当にシヴァを無力にしたのが…あの、暁なのか?何かの間違いでは…」
「本人から聞いたから…間違いない」
カァラは父親に会いに行った時の事を思い出していた。
どうしてこうなってしまったか…。たった一人の肉親でもあるカァラには気を許しているらしく、シヴァは全て話した。
自分にとってはどうしようもない父親だったが、彼が母親を陵辱しなければ、自分はこの世にはいない。
その点だけは、あの【宵の流星】の気持ちがよくわかる。自嘲するほどに。
まぁ、それでもカァラはどんな形であれ、この世に送り出してくれた父親には敬意は払う。
ただ、それだけだ。
あの見境のない父に、父親らしかぬ事をされていたとしても、幼い頃に放りっぱなしにされていたとしても、だ。
そして目の前にいる、事の張本人であるこの男にも、カァラは子供の頃にかなり弄ばれた。
研究…という名目で。それだけで、一人の人間を好きに扱っていいのか。内心カァラは、父と同じく目の前の男も侮蔑していた。
大人になり、今かなりの権力を持つカァラには、この二人の事は本当はもうどうでもよかった。
…ただ…この男がずっと囚われている、【恒星の双璧】の二人には、カァラも興味があった。ま、ティアンの場合、二人、というよりも宵の事しか目に入っていないようだが。
だからからかい半分、偵察半分で、ティアンに会いに来たのだ。

「…だからさぁ、貴方はずっと宵の君しか見ていないけど、あのもう一人の男の事はどう思っているわけ?
仮にも【恒星の双璧】と呼ばれてる二人だろう?…暁の方は何か調べなかったの?
貴方の…恋敵じゃない」
何かを含んでいるような言い方だった。
「【恒星の双璧】…ね。いつの間にかそう呼ばれていたな…。
もちろん、調べたさ。…奴については情報が少なすぎる…が。
…“金環の気“の素質を持っている事から、宵の力を受けるために、子供の頃から共に育ったとしか…。
多分、当時宵を診ていた昂極大法師が捜してきた子供なのであろう。
あの男もまたセド人らしい。しかも、宵の父親である太陽の王子を守護していた将軍の息子ではないかという話も聞いた」
それはキイを赤子の頃に最初に診ていた、気術者である白蘭(びゃくらん)からの話であった。
「…他に何がある?それに…シヴァと暁の間に一体何があったんだ?」
カァラはその問いには答えずに、ふっと目を伏せた。
「…ある意味、宵に一番近い男だよね…。だから邪魔なんだ、貴方にとって」
「……」
カァラは、シヴァから詳しく暁の話を聞いていた。
彼の持つ、本当の力。…そして、宵との血の繋がり。
その話が今まで傍観していたカァラの興味を引いた。それ以上に父を通して、見えたもの。
…まだ父しか、そして見てしまった自分しか知らない事…。
この男には全て教えるつもりなどさらさらないが。
「本当はね、貴方に会いに来たのは、その宵の事、どのくらい知っているのか探りにきたんだ。
ねぇ、本気で貴方、宵の君(よいのきみ)と、神の力を手に入れるつもりなの」
ティアンは訝しんだ。…まさか…。
「まさか、おま…カァラ殿も、セドの秘宝を狙って…?」
「ふふ。…まぁ、今の状況は知っているよね?南の宰相様。
大小の各国、各州、民族…の権力者達に、宵の君や、セド王国最後の秘宝の情報が詳しく出回っているって事も。
東で大暴れした麗しい武人。さすがにあのように目立てば、いつかはこうなる…。
貴方だって、わかっていた筈」
「どの国が…どの一派が…」
ティアンの呟きに、くすくすとカァラは笑った。
「もう、ここまできたら、どの国の、どの組織の権力者も怪しいでしょ?
…大国では南のリドンが、かなりその気みたいじゃん。貴方を取り込もうとしてるところからさ」
「確かにそうだが」
「今のところ、大国で力があるのは南のリドンぐらいだろ。後は…似たり寄ったり。
ああ、ゼムカ一族…いや、正しくははゼムカ国だっけ。あの国も侮れないよね。あそこは男ばかりだけど、…あそこの王様が宵にかなりぞっこんで、ここ最近ずっと隠してきたんでしょ?…愛人として」
ティアンは嫌な顔をした。その正直さに、カァラは益々面白がった。
「でも、可哀想にね。…貴方達がいくら恋焦がれても、宵はその気にならないだろうなぁ」
ニヤニヤと相手を追い込むようにカァラは続ける。こういう手は、ティアンの得意とする事なのに、今は全く立場が逆だ。彼は面白くなかった。
「そんな事、何故わかる?…やはり何か見たのか、カァラ」
先ほどからのカァラの言葉には、何か含みがあるように聞こえる。それがティアンを苛立たせた。
するとカァラはじっと真顔になって、ティアンの眼を覗いてきた。
その様子にティアンは息を詰める。
この、ガラス玉のような灰色の大きな瞳。
……見えないものが…見える。人の気付かない事が見抜ける瞳。
男の身でなければ、もしかしたら巫女にでも抜擢されたかも知れぬほどの力。
いや、このような力は、神国オーンには邪眼もしくは魔道力として蔑み、受け入れないであろうが。

しばらくして、カァラは口を開いた。
「今ならまだ」
「え?」
「宵を自分のものにしたいんだろ?…貴方は自信があるようだけど、他にも宵を手に入れようと足掻く(あがく)者が多いからねぇ。
でも今ならまだチャンスはある。……宵の一番近くにいる、暁とまだ通じていないから。
自分のものにするなら、二人が繋がる前に彼を奪うんだね」

「それは…」
それはどうとっていいのだろうか?
まだ二人は通じていない?繋がる?
言葉どおりに受け取るならば、宵と暁が結ばれていない、という意味に取れる。それは肉体的に?
だが、ティアンにはその意味だけでないような気がした。
はっきりと問い質そうと口を開きかけた時、カァラの従者が彼の傍に寄り、耳元で何か囁いた。
カァラは小さく頷くと、ティアンに微笑みかけながら振り向いた。
「ごめん、旦那様が呼んでるみたい。もう俺帰らなくちゃ」
「今はどなたに囲われているんです、カァラ殿?」
昔は自分が宵の代わりにと可愛がっていた子だが、今はもう、自分と同等、いやそれ以上の力を持つようになった彼に、いつまでも昔のような口を聞いてはならなかった。今更に気が付いてしぶしぶ言葉を丁寧にする。
…それにしても、出世したものだ。何人も護衛や従者の者を従えて、煌びやかに着飾る彼は、まるでどこかの国の王妃のようだ。
「気になる?ま、そのうちわかるでしょ。うちのご主人様もセド王国最後の秘宝には、並々ならぬ関心を持っているからね。
またどこかで貴方と会うかもしれないし。
いつものように傍から見ててもよかったんだけど、あの父があれだけの目にあったというのが面白くてねぇ。
俺もちょっとあの二人には興味津々なの」
片目を瞑ると、カァラは肩にこぼれた髪を手ではらった。まるで遊女のように艶かしい仕草だ。
せかす従者に促され、カァラは部屋を出て行こうと扉に向かった。
「カァラ殿、さっきの事は…」
ティアンの言葉に、カァラはちょっとだけ振り向いた。
「別に。そのままの意味。
ま、昔のよしみで…これだけは教えといてあげるよ。
暁と通じていない、今が好機だからね。
あの二人が結ばれたら…もう宵は一生手に入らないと思ってもいい」
「何…?」
カァラは喉の奥で、くっと笑うと、そのまま部屋を出て行った。

(あの二人が結ばれたら…宵は一生手に入らない…)

ティアンはその言葉に翻弄され、珍しく焦燥感に煽られた。
ずっと邪魔だと感じていた【暁の明星】。
まだ若造だ、宵の“気”を受けるためだけに宛がわれただけの相手だ、と、疎ましく思いながらも、彼は少し【暁の明星】の存在を軽く見ていたのは否めない。
だが本当はもっと早く、始末しなければならない存在だったのではないか?
……何故だかもの凄く大事なことを見落としてるたような、そんな焦り。
自分がずっとキイだけに気持ちが囚われすぎて、肝心な事に気付かず、それが今、自分の足を引っ張るのではないかという、不安。

……いや、きっと自分の考え過ぎだ。
とにかくあのカァラがまだ間に合う(ような事を)と言っているのだ。
キイの身がアムイの手に再び渡った事で、急を要する事態になってしまったが。
こんな事なら、ゼムカの王に真っ向から挑み、早々とキイを奪えばよかった。
国家間の微妙な関係のため、南の大帝に慎重に事を運べと言われてなければ…。
本当はあの東の馬賊に襲わせ、自分がキイを手にする筈だった。
今更ながら、横から掻っ攫っていった、ゼムカのザイゼム王が憎たらしい。
彼は北の第一王子の元へすぐに向かった。一刻も早く、キイを捜し出し、自分のものとするために。
もちろん、自分が神の力を独り占めにするつもりなのは、他の人間には内緒だ。宝を餌に、有力者達を協力させる。ティアンにとって、彼らはそのためだけの道具に過ぎない。
ティアンは北の王子の部屋に行く途中、カァラの灰色の瞳を思い出していた。
…あの全てを見透かす目には、全てお見通しだったようだな…。
苦い笑いが込み上げてくる。
…研究のためとはいえ、あのような力を持つ子ができるとは思わなかった。
その子は宵と同じに背徳感を持って生まれてきた。
ただ、彼らの徹底的な違い。…それは光と闇に分かれるくらい大きな違いだ。
カァラが今どう思って生きているのか、手を離れた今となっては、まるで見当が付かない。それだけ不気味な存在に彼は成長した。

ティアンは北のミャオロゥ王子の部屋の扉を叩いた。
この一帯を虱潰しに捜すつもりだった。そのためには沢山の人間がいる。
「王子、兵をお貸しください!」
部屋に入るなり、ティアンは開口一番そう叫んでいた。

カァラが屋敷から出た時には、すでに外は暗くなっていた。
海辺に近いこの屋敷の庭は、優しい行燈(あんどん)の光に照らされて、波の音と共に幻想的な雰囲気を醸し出している。
庭を少し行った門の近くで、馬車がカァラの帰りを待っていた。
彼は軽やかな足取りで供の者を従えながら、馬車の方へと歩いていたが、ふと人の気配を感じて、自分の右横にある池の方に視線を走らせた。
「おや」
カァラはその池の傍にいた人物に目を留め、思わず呟いた。
「これは南の王女様」
カァラは羽織っていたローブの裾を摘み、優雅にお辞儀をした。
そこには、今、この屋敷に着いたと思われる、南のリンガ王女達一行の姿があった。
「姫胡蝶の君(ひめこちょうのきみ)」
リンガは複雑そうな顔で、カァラの異名を呟いた。
この異名は、彼を初めて囲った小国の王が授けた名であった。
異名は高位の者が与えるからこそ価値がある。ただの通称や、あだ名とは違う、ある意味本名と同等に扱われるものだ。
それには必ず、名付けられた人間の特徴や意味も密かに含まれている事が多い。
リンガは苦々しく思う。
男であるカァラに【姫胡蝶】とは。名付けた王は、よほどカァラに思い入れていたに違いない。
確かに異名に負けぬ艶やかで妖しい姿。一見、女と見間違うほどだ。
だが、彼は正真正銘男であり…あの吸気士(きゅうきし)の息子であり…一国には鬼門となり得る存在でもあった。
そう…実は彼は…。

「…先ほどは、我が国の宰相の居場所を教えていただき、本当に助かりましたわ」
リンガ王女はつんと顎を突き出して、カァラを見据えた。
「いえいえ。…王女には父が無礼な事をしたようですから。このくらいは」
カァラはリンガの内心を読んでいるのか、面白そうに目を煌かせている。
「貴女の想い人に父が手を出して、大変申し訳ない。…罰が下ったようで、お陰さまで捕まりましたよ」
「…シヴァが!?」
驚きのあまり、リンガは手で口元を覆った。
「ええ。あの時は急いでいたものでご報告が遅れましたが、牢獄まで父に会いに行ってきました。賢者衆が持つ北の牢獄に一時入れられた後、島流しとなるようです。
…王女様の話も父から聞きました。【暁の明星】にかなり骨抜きになっていましたけどね」
リンガは自分の背後にいる、供の二人と顔を見合わせた。
「本当にあのシヴァが捕まったのか…」
南の大将、ドワーニは複雑な気持ちで呟いた。
「まさか暁と何かあったのか…?」
リンガ王女の護衛隊長であるモンゴネウラも、眉をひそめた。
「そのようですね。詳しい事はわかりませんが、父を追い詰めたのは【暁の明星】だという事です。
さすが王女様、男を見る目は確かだ。…わたくしも父から聞いて、彼に興味を持ちましたよ」
その言葉にリンガはかっとした。
「アムイに近づかないで!」
この男に近寄られたら、大変な事になる。父親のシヴァより始末が悪い。
青くなるリンガを気遣いながら、彼女の後ろでモンゴネウラが言った。
「姫胡蝶の君、お戯れもその辺で。今は東の荒波(あらなみ)州・アベル提督閣下のご寵愛を受けられていると伺っています。
あのお方がお許しになるとも思えませんが」
「…そう?アベルは俺のする事に口は出さないけど」
独り言のように呟いて、カァラは横目で馬車の方を見る。
「とにかく南の王女様、父の事はもうご安心くださいな。それより、貴女の思いも成就すればよろしいですね。
暁は今、宵の君と共に現在行方知れずとの事。お宅の宰相殿もかなり焦っておられましたよ」
再びリンガに視線を戻しながらカァラは言った。
「…え?暁が宵と一緒になったの?」
行方知れずとなっている事よりも、リンガはその事に衝撃を受けた。
「あの二人の絆は半端ではないですからね。せいぜい頑張りなさいませ、王女様」
からかうような声でそう言うと、カァラは含み笑いしながらこの場を去って行った。

「あの男…!いつもながら何か気に食わない!」
ぷりぷりしてリンガは言い放ち、庭を大股で横切りながら屋敷に向かっていた。
(同類嫌悪ですかねぇ…。ま、我が王女の方がまだ無邪気であるが、あのお方は…)
リンガの様子に呆れながら、モンゴネウラは心の中で苦笑した。
「あれが一国を滅ぼしたという【姫胡蝶】か…!なるほど、女と見間違う程の美貌、妖艶さ。
初めて間近に見たが、あれ程とは思わなかった。世の権力者が骨抜きになるのもわからないではないな」
後方からついて来ているドワーニが、頬を染めながら感心したように言った。
「何言ってるの、ドワーニ。あの男と寝たら、もう二度と女を抱く気が失せる、とまで言われてるのよ。
…あの男が小国をひとつ潰した経緯がわかるでしょ?
彼に夢中になったがため、跡継ぎを作れなくなった男が増えたんじゃない。
しかも彼をめぐって血みどろの争いが繰り広げられ、その上、骨抜きになった王は国政もおろそかになり…。
ああ、嫌!男のくせに、男食い物にしているんだから!」
リンガは女の自分以上に、男を夢中にさせるカァラを快く思っていなかった。嫉妬もあるのかもしれない。
確かにカァラは、最初の愛妾となった王が統べる小国をひとつ、滅ぼしている。
その国はゲウラ中立国と南の国境に挟まれた本当に小さな国であった。いつかは南のリドン国が吸収しようとは思っていた国であったが。
それがある時、一人の美貌の少年を王が連れてきて、妃がいるにも関わらず愛妾とした。王は彼に夢中になり、彼以外の人間を抱けなくなるほどだった。まだ子供のなかった王は肝心な女を抱けなくなり、跡継ぎの問題が深刻化した。周囲は彼を追い出そうとしたが、彼の魔性のような魅力は誰も抗えず、彼に溺れていく男達が後を立たず、それがカァラの奪い合い、血みどろの争いに発展した。……小国はたった一人の美少年にあっけなく滅ぼされ、南の国に吸収させられたのだ。
それで箔が付いた彼は、その後、高貴な身分の男達に、引く手数多に請われて囲われた。
国を滅ぼすほどの魔性の存在を、自分が意のままにし、支配する事が、彼らの一種のステイタスを誇示する事となったのだ。
だがほとんどの男はカァラに夢中になり、手放せなくなるのが実情であったが。
だからこそ、父親のシヴァより始末が悪い。絶対アムイに近づけたくない存在なのだ。
(わたくしの暁に手でも出してみなさい…!ただじゃ済まないんだから!)
沸騰して熱くなっているリンガに苦笑しながらも、ドワーニとモンゴネウラは疲れた溜息をこぼした。
益々気苦労が増えた気が……。

待たせた馬車に優雅に乗り込んだカァラは、中で待っていた金髪の男に微笑んだ。
「ごめん、アベル。待たせちゃった?」
東の国、2番目に大きい州・荒波(あらなみ)の提督、アベル=ジンだ。
海側に栄える荒波州は、海運が発展している西の国に匹敵するほどの、海軍を持っていた。
その海軍の最高峰アベル提督は、まだ30代前半の若い男で、金髪碧眼のすっきりとした、なかなかの色男であった。
今のカァラの旦那でもある。
州一大きい豪族の三男であるアベルは跡継ぎの問題もない上に、元々彼は女よりも男が好きだった。
カァラにとって、金もあり、権力もあり、理解もある。難しい立場もない、気楽に付き合える相手だ。
世間では冷徹で残酷な性格と囁かれていても、カァラにはそれがぞくぞくする。
「遅いぞ、【姫胡蝶】」
そう言いながら、アベルはカァラの手を取って引き寄せると、自分の膝の上に座らせた。
優しく彼の唇をついばみながら、アベルはカァラをぐっと抱き寄せる。
「…南の宰相も必死だよ。本当にいいの?ティアンに会わなくて」
「いい。あの男は嫌いだ」
「アベルったら」
カァラはくすくすと笑う。
「こちらはこちらで【宵の流星】を捜すさ。…協力者もいる事だし」
「そうだね。何も我々が宵を狙ってるとは宣言しなくてもいいか。少しはわかっているだろ。
あいつ、宵の君を捜す出すのにかなりの兵隊を出すつもりの顔をしていたな…。こっそりティアンの兵士達を監視してた方が楽かなー」
「で、横取りするか」
アベルは喉元で笑いながら、カァラの柔らかな髪に手を差し入れ、その感触を楽しんでいる。
「あーあ。俺としては妬けるけどね。…アベルが他の男に興味あるなんて、面白くないけど」
カァラの科白にアベルはニヤリとした。
「よく言うよ。あまり他人には関心がないお前こそ、珍しく興味を抱いた二人じゃないか。
俺は大陸を制する力が欲しいだけだ。
お前こそあまり俺にやきもち妬かせるなよ。ま、それも刺激があっていいかもしれないがね」
そう言いながら唇を求めてくるアベルを受け入れながら、カァラの心は宵と暁に既に占領されていた。

あの二人…。面白い。

白いものを黒く染めるのも楽しいじゃないか。

カァラはアベルの腕の中で、こっそりとほくそ笑んだ。

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