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2010年8月19日 (木)

暁の明星 宵の流星 #109

何か怒ってる…?

サクヤは俄かに不安になる。
まるで昔のようなアムイのつっけんどんな態度に、自分はもしかして機嫌を損なう事をしてしまったのだろうか?と、心の中で焦った。
もしかしたら、キイさんと親しくしすぎたから…?サクヤにはそれしか考えられない。
他人の心を掴む事に関しては、実は昔から自信があった。すぐに打ち解ける術も、亡くなったガイア兄貴からの賜物であった。
お陰で誰もがサクヤには心を許してくれる。疎まれずに仲良くしてくれる。それが彼の生きていくために必要な武器でもあったのだ。
ただ、一人だけを抜かして…。
サクヤはアムイの後姿を見ながら、自嘲するように溜息をついた。
(……一番心を許して欲しい人間には通じないのかなぁ。…最近、少しでも打ち解けてきたと思っていたのに)
弱気になる気持ちを、サクヤは慌てて打ち消した。
(まったくオレは何を考えてるんだ?兄貴には最初から疎まれてきたじゃん。…いつもの事じゃないか、しっかりしろ)
今まで他人に対して、こう気持ちが揺らぐ事なんてほとんどなかったのに。出会った当初だって、辛く当たられても嫌がられても、まったく平気だったのに。
…最近、アムイと笑い合えるような仲になってから、その居心地のよさに慣れてしまっていたのかもしれない。
彼が昔のような態度に戻ったからといって、こんなに動揺するなんて、自分らしくない…。
確かにキイとは、驚くほど共通点があって、楽に自分を出せる人だった。だからついはしゃいでしまった。
(兄貴の大事な人に、やはり馴れ馴れしくしたのがいけなかったのかな…)
そんなことを鬱々と思い巡らしていると、正面にいたイェンランが話しかけてきた。
「あれ?サクヤ、耳飾り変えたんだ。…でもどうして片方だけ?」
「あ。ああ、これ?…これはね…」
サクヤは左手で左耳につけた飾りを触った。


仏頂面でずんずんと歩いて行くアムイを追って、キイは小走りに庭を突っ切って行く。
「おい、アムイ」
キイはアムイに追いついて、背中から覆いかぶさるように抱きついた。
「何だよ」
むっとした顔のアムイを後ろから覗き込むと、キイはニヤニヤしてこう言った。
「お前、何をそんなに機嫌悪いの?」
「いつもと同じだけど」
「ふーん?俺に隠しても無駄なんだけどねぇ。なぁ、どっちにやきもち妬いてんだよ」
「なっ!!何でそうなるんだよ」
アムイは焦って、声が裏返った。その様子にキイはほらね、と満足そうに微笑んだ。
それがアムイの気を損ねた。
「何で俺がやきもち妬くんだよ。誰にだよ。…馬鹿らしい」
「ほー?」
実際アムイには、自分のこの気持ちが何なのかよくわからなかった。
苛々するし、ムカムカするし、…寂しいし…。
寂しい?
考えてみれば、今までキイが彼の友人達と…例えばアーシュラとかと仲良くしていても、苛つくことはあれ、寂しいとは思わなかった。
割と社交的なキイは、人と仲いいのは日常茶飯事である。キイに迫ろうとする男でなければ、アムイは妬いた事なんてなかった。
でも何故かキイとサクヤが仲睦まじく、自分が入れそうにもない話題で、盛り上がっているのを目の当たりにし、アムイは小さなショックを受けた。
どっちにやきもち…?そんな次元ではない気がする。
何か自分だけ爪弾きにされたような、自分の存在がいなくてもいいような、そんな寂しさがアムイを覆ったのだ。
(それって…相手がサクヤだから?)
アムイは自問する。確かにそうなのかもしれない。
考えてみればキイ以外に、自分の心に入ってきた人間はサクヤが初めてだった。
互いにここまで気を許せる様になれたのも、ここ最近の事なのに、ついこの間知り合ったばかりのこの二人は、あっけなく意気投合して、まるで昔からの友人みたいだった。…今まで他人を追い払う事しか頭になかった自分が、こんな事感じるのは筋じゃないかもしれない。けど、自分がすんなりできないのに、何故この二人はこうも短期間に、打ち解ける事がこうも簡単にできるんだろうか。
アムイは誰に、というよりも、二人に妬いていたのかもしれない。
思い出すと親が死ぬまでは、自分だって屈託なく人と関われた。いや、うろ覚えだが得意だったような気がする。
この二人を見て、アムイは今、痛切にその頃の自分に戻りたい衝動に駆られたのだった。

そんなアムイを、キイは何か複雑な思いで見つめていた。

……アムイは幼い頃から、自分なんかよりもずっと人に愛され、人を魅了し、その己の持つ“金環の気”の影響で、人を無条件に受け入れられる器を持っていた。…セドの国に行くまでは…。いや、母親のネイチェルが殺されるまで?
純真無垢だったアムイの心は、心無い人間達に土足で踏みにじられ、穢され、ぼろぼろにされた。
キイが思うに、誰でも受け入れてしまう器の深さは、一見して長所のように見える。だが、当時のアムイは何も知らない幼い純真さが災いし、いい波動以外に人の負のエネルギーまでも受け入れてしまうという欠点があった。子供の彼には対処できず、身を滅ぼすほどの…闇の波動までも無条件に。
自分のように、徐々に他人の負の力を撥ね退けながら、己を守りながら、人やものと接する事ができるよう、鍛錬できればどんなによかったか。
だがアムイの場合、あまりにも純真で深すぎたために、一気に闇を取り込んでしまい、己を守る力が反動で強く働いた。だからこそ、防衛本能が働き、どうしても心を閉ざさなければならなかったのだ。

キイは幼い頃から、アムイの優しさにつけ込み、彼の心を土足で荒らしまわった人間達を恨んだ。…いや、憎んだ。
その一番はセド王家の人間達であったが、その前から、まるで蜜にたかる蟻のような人間が幼いアムイの周りにいたのだ。
自分に手を出そうとした大人達にはムカつくが、自分の場合、拒否すればそれ以上入ってこなかった。(というか、させなかった)
だが、アムイに群がる人間達の中には悪質な者がいて、完全に拒否できない彼を、いや、嫌がる彼に執拗に粘着する者が少なくなかった。それは最終的にアムイが相手に同調し、受け入れてしまう性質だという事を、本能で嗅ぎ取っていたのかもしれない。
それは心ない大人だけでない。男も女も関係ない。アムイには大人からというよりも、近しい友人に悪質な存在が多かったのだ。
もちろんそういう友人ばかりいたわけではないが、中には友情を盾に取る者もいれば、アムイを執拗にいじめる者、アムイのせいだと自傷行為をして彼の罪悪感を煽り、心を取り込もうとする者さえいた。
まだ子供の頃だったからこそ、本人達がほとんど自覚がないからこそ、本当にやっかいだった。
キイは何度、アムイのその場面に出くわしてきた事か。
その度に、苦々しく思ってきた事か。
《もっと、心を強く持ってくれよ!あんな目にあって、何でお前は許しちまうんだよ!》
この科白を何度繰り返し、キイは叫んできた事か。
皮肉な事に、自分の存在が彼らの嫉妬心を煽り、闇を引き出していたとは、あの頃は子供でわからなかったけれど。

《結婚しよう、アムイ》

幼い頃、自分がそう言ったのは、アムイを独り占めする以上に、そいつらから彼を守りたかったのだ。

(あの時はまだガキだったからなぁ。ずっと一緒にいられる手段が、それしか思いつかなかったんだっけ)
それに子供心に、好きあう者同士は結婚するものなんだと…素直に思っていたから。
大人になった今では、その単純さに笑ってしまうけれども、あの時は本当に真剣で、純粋だった。

だから今でもこの自分の過保護すぎる態度は、ここからきているのかもしれない、とキイは自嘲する。
アムイに近づく人間が、邪(よこしま)かそうでないかを、瞬時に見抜く能力を磨かせた側面があったとしても、だ。

でももう、アムイは自分から歩き出そうとしている。
今まで彼を閉ざし、心の枷だった闇の箱を、自らの意思で消滅させた。
純真無垢な自分の半身は、気が付けばちゃんとした大人の男に成長していた。
……だからこそ、キイも覚悟を決めなければならない。
今までアムイに悪影響を及ぼす人間を、キイはずっと彼の隣で振り分けてきた。
本来ならば、何でも懐に入れるだけでなく、自分から正邪を判別できなければ本人にとって意味がない。
キイ自身がどんなに手を出したくなっても、アムイ自身で考え乗り越えるまでは、傍で見守る立場でいなければならない。
自立した大人の関係として、これからがお互いの正念場なのだ。

だからこそサクヤの存在は、キイを喜ばせた。
純粋にアムイを思い、慕ってくれる人間は、諸手を上げて歓迎する。
これからひとり立ちするであろうアムイには、絶対不可欠な人間だからだ。
彼の存在が嬉しすぎて、しかも話が合う青年という事もあり、いつもよりもついはしゃいでしまったのは、やり過ぎたかな、と思うが。


過保護になりそうな自分を戒めるつもりであっても、長年染み付いたものはなかなか抜けきれない。
どうもアムイに絡む人間に対して、自分の目が行き届かないと落ち着かない、っていうのが困る。
(ああ、俺もまだまだ修行が足りねぇなー。何やかんや裏で手を回しそう…)
直接手を出さないまでも、アムイの知らないところで根回ししそうな自分に、思わずキイは苦笑してしまう。

アムイはそんなキイの真意を計り知れず、むっとした視線を送ると、大股で屋敷の中に入っていった。


「これ、親の形見なんだ…」
そう言いながらサクヤは左耳に手をやった。
「形見…?そうだったんだ…。片方は失くしたの?」
イェンランが珍しくサクヤの近くに寄って、耳飾りを覗き込んでいる。
最近ではかなり男性への恐怖が薄れているようだった。
彼女の問いかけに、サクヤはふっと懐かしそうに口を開いた。
「あげたんだ……。好きだった娘(こ)にね」
人買いの組織にいた頃、一緒に逃げようと誓い合った少女の面影が彼の脳裏によみがえる。美人ではなかったけど、心根の優しい柔らかな表情をした少女だった。血に染まったもう片方を、そこから逃げる時、一緒に持ってくればよかった…。それ以来、サクヤは相棒を失くした耳飾りをつけることはなかった。
サクヤの哀しげな声色に、イェンランは何かを感じ取ったらしく、それ以上深く追求してこなかった。その代わりに彼女は耳飾りについている石の事を話題にした。
「この石、不思議な色ー。見たことない。淡い紫地に乳白色の色が波紋みたいに交じり合って…綺麗」
イェンランはほうっと溜息をついた。
銀の土台に、珍しい色の石が埋め込まれている。今まで見たこともない輝石だ。

サクヤはぎくっとした。
「珍しい?…えーっと、何ていう石だっけ…」
誤魔化そうと口をもごもごさせたサクヤの横から、突然声がした。
「それ、セド国産の守護石…」
いつの間にか支度をしてきたアムイが傍にやって来ていたのだ。
サクヤは心臓が跳ね上がった。
「へー…これが希少価値の“女神の涙”なの?本物初めて見たわ」
「“女神の涙”?守護石?」
シータの言葉にイェンランが不思議そうに問いかける。
「…セドの国しか取れない貴重な石なんでしょう?」
シータが佇んでいるアムイに視線を移した。
「…そうだ 」
ぶっきらぼうに言うアムイに冷や汗を掻きながら、サクヤが話に割って入る。
「兄貴…!知っていたの?この石…」
「知ってるも何も、一応俺もセドの人間だからな」
アムイはあっさりと言った。
サクヤは自分の事ではないのに、異常に息が苦しくなった。
祖国の事は、アムイにとって思い出したくもない事なのではないかと、サクヤは思っていたからだ。
いくら王家の直系とはいえ、アムイにとって祖国のいい思い出は無きに等しかったのではないだろうか。
父親は王家の人間なのに、罪人として国を追われ、命を狙われた。
本人は王家の人間に虐待を受けた。
……その上、不可抗力とはいえ国を滅ぼす一因となってしまった。
実のところ、サクヤはアムイを思って祖国の話は、なるべく触れないようにしていたのだ。
だがその気持ちは、アムイには既に見抜かれていた。

「昔からセドの守り石で、セドの人間ならば必ず一つは持っているんだ。セド王家の紋章にも、必ずこの石がついていた…」
アムイはサクヤの心配をよそに、何かを思い出しているかのように呟いた。
一度だけ。父親の荷物の奥から、見るも高価な剣を見つけた事があった。
その柄には小さな装飾品がついていて、それにこの石がはめ込まれていた。その美しさと珍しさに、子供心に魅了された記憶があった。父親に見つかる前に、その剣はすぐに戻したけれども、それがセドの紋章だったと知ったのは、セド王家に行ってからだった。
「絶対神の妹女神が、愛する地上の夫と結ばれたときに流した喜びの涙と言われてる。これを持っていると愛と繁栄が手に入る、と。
…国がない今、この石も取れないようだが…」
「つまりこの石はセドの国の証なのね?」
イェンランがアムイに言った。
「だから知ってる奴は知ってるし、でも知らない人間の方が多いかもしれないな。セド王国に詳しくなければ」
アムイの言葉にサクヤは心の中で頷いた。だからこそ、こっそりつけたのだ。…アムイに気付かれないと思って。
アムイはセド人とはいえ、サクヤと違い、セドで生まれ育ったわけではない。セドに対しても、いい記憶がないだろうという見解から、あまり詳しくない筈、と安易に思っていた。
(馬鹿だな、オレ。事情はあれど、本来兄貴は王家の人間じゃないか…。こんな基本的な事、知らないわけはないよな…)
バツの悪そうな顔をしているサクヤをちらりと見ると、アムイはさっとフードのついたマントを彼に投げて寄こした。
「行くぞ。早くしないと帰りが遅くなる」
「あ、うん…」
サクヤはあたふたとマントに身を包むと、籠を手に持ち直した。
「じゃ、行ってくる。なるべく日が沈む前には帰ってくるから」
シータとイェンランに見送られ、二人は肩を並べ、裏門の方へと歩いて行った。


立ち去る二人の背中を見ながら、残されたイェンランはポツリと呟いた。
「…なんかさー。面白くない」
「どしたの?」
隣でシータが彼女を見下ろした。
「だって、キイとサクヤがあんなにいちゃいちゃするなんて」
その言葉にシータはぷっと吹き出した。
「お嬢には刺激が強すぎた?……アタシは面白いけど…」
アムイの顔を見るのがね…、と、シータは心の中で呟いた。
「あーあ。ここにこんないい女がいるのになー。
…サクヤもサクヤよ。あんなにアムイ追っかけてたくせに」
男性恐怖症の自分が、二人にやきもち妬くのもおかしいだろうが、素直に羨ましいと思ったことは否定しない。
これって女としてのプライド?それとも…。
くすくす笑ってシータはアムイ達が去って行った方向に目を向ける。
「そぉよねぇ、お嬢はここの紅一点なのに、いい女を放っといて何やってんだか。
…ま、あの女たらしがお嬢に手を出すよりも、男同士でよろしくやっててもらった方が安心だけどね」
イェンランはぽっと頬を染めた。シータはわかってるわよ、という顔でイェンランに微笑んだ。
「…お嬢はやはりキイのこと、好きでしょ?」
その事については今はあまり考えたくない。だって、キイの事を考えると、心臓がバクバクして苦しくなるから。
赤くなって黙っているイェンランを優しい目で眺めながら、シータは言葉を続けた。
「まぁ、確かにあの二人があんなに仲良しさんになるとは思ってみなかったわ。アムイそっちのけで」
「でも」
イェンランは遠い目をして呟いた。
「いちゃいちゃしてても、結局はアムイが一番好きなのよね…。あの二人って」
「お嬢…」
シータは少し驚いた。彼女が表面だけでない、真実の部分を見抜いていたことに。
彼ら二人がいくら仲良くなっても、その根底にアムイの存在がある事を、イェンランは本能で感じ取っていた。
「そぉねぇ。キイもサクちゃんも、まるでアムイの犬みたいだものね。ご主人様の帰りを尻尾振って待っているという」
その例えが的を得ていて、思わずイェンランは笑ってしまった。
「そう!そうなの。あの三人、自分達は気がついてないみたいだけど、傍で見ていて確かにそう!」
彼女に笑顔が戻って、シータはほっとした。
「血統書つきの大型犬と、小回りが利く小型犬!」
「あはは!確かにそんな感じー!それがアムイにまとわりついてるって感じよねぇ」
イェンランとシータは笑い転げながら、屋敷へと戻って行った。


「俺達のことは気にするな。お前にとって祖国は祖国。何を遠慮する事がある?」
町へ行く道の途中、突然アムイにこう言われ、サクヤは面食らった。
「兄貴、オレ…」
「俺がわからないとでも思ったのか?
お前、ずっとセドの国の事…俺に思い出させないようにと、神経使ってただろ?」
サクヤは言葉が出なかった。
「…そんなお前が、セドの石のついた物を身に付けようとしたのは…。何か覚悟を持ったからだろう?」
その通りだった。
キイと出会い、キイからアムイの事を頼まれ、今まで漠然としていた気持ちが、明確になった。
セドの生き残りとして、王家の人間を守る事が、自分の誇りであり…震えるほどの幸せなのだという事が。
今までは復讐のために強くなりたいと願ってきた。
でも今は…。
アムイの傍にいて、彼を守りたい。そのために修行してもっと強くなって、彼を支えるくらいの人間になりたい。
その決意をこっそりと表すため、自分のルーツである祖国の物を身に付けたかった。
片方だけになってしまった、親の形見である耳飾りが、サクヤの中で一番最適に思えたのだ。
セドの石だといっても、小さい物だから目立たないかも、と思ったのだが…。
それよりもサクヤは、アムイに全て見透かされていたのに、動揺していた。
「何で…わかったんです…」
ボソッと言うサクヤに、アムイはふ、と笑った。
「何でかな」
さらりとはぐらかすアムイに、サクヤは気恥ずかしさを感じ、これ以上聞くのをやめた。
アムイもそれ以上、何も言わなかった。
二人は肩を並べ、無言のまま海に面した町へと向かって行った。

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