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2010年8月29日 (日)

暁の明星 宵の流星 #111

アムイ達がやって来た町は、世話になっている寺院がある村から馬で1時間程の所にあった。この町の先、ずっと西寄りにある波止場町よりも豊かという印象はないが、それでも中心の繁華街は賑わっていた。
「意外と人が多い」
様々な店が立ち並び、人出もかなり多く、注意して歩かなければすれ違う人と何度もぶつかりそうだ。
「ここは波止場町の次に賑わっているらしいよ。この繁華街に来れば、何でも揃うってお坊さんが言っていた」
サクヤはこれからの旅に必要と思われる品を調達しながら、色々と町の人間と話をし、最近の情勢を探っていた。
「とにかく用心して帰ろう。…町人とは毛色の違う人間が、ちらほら混じっている」
小声でアムイはサクヤに言った。
何でも揃うと言われている繁華街には、色々な人間がよそから来るのは当たり前だった。だが、見るからに兵士と思われる人間がいること事態、普通ではなかった。彼らは目立たぬ黒いコートを着ているが、身のこなしはどう見ても訓練された兵士。
どう考えても、自分達を捜しているとしか思えなかった。
だがこれは予想の範疇だった。
キイの素性が知れ渡ったという事もそうだが、あの南の国のキイへの執着を考えると、絶対に海側を虱潰しに捜そうとする筈だ。
あのゼムカのザイゼム王だって、必ずキイを奪還しようと追って来る筈なのだ。
アムイは町に出て、この事実を肌で確認したかった。
思ったとおり、昂老人が戻ったら、どういう手順で東に入るか、もう一度検討する必要性をひしひしと感じる。
彼の中で、益々キイを守らなくては、という思いが強くなった。
…だが、どうやって…。
とにかく買い物も済み、外の様子もなんとなくわかった。もうすぐ日が暮れる。早く帰った方がよさそうだ。
二人は無言のまま、馬を置いている場所へと向かった。

そこは繁華街の出入り口にある宿場街で、買い物をする人間のために、宿屋が馬宿の一部分を開放していた。
二人はそこで馬をつなげる場所を借りていたのだ。
「あ!兄貴ごめん」
彼らが宿屋に差し掛かったその時、いきなりサクヤが、持っていた籠に目を落しながら言った。
「何だ?」
「…イェンに頼まれていた鉛玉を店に置いてきたみたいだ。悪いんだけど、先に馬を引いていってくれる…?」
「鉛玉?…ああ。パチンコの玉か」
アムイの言葉に、サクヤはふっと笑う。
「スリングショット、だよ。パチンコって言うと、イェンの奴、膨れるよ」
「そうだな」
アムイもつられて思わず口元がほころんだ。
「武器の店ならここからすぐだから。走って行ってくる」
「お前の事だから大丈夫だと思うけど、くれぐれも慎重に行けよ」
ちょっと眉をしかめるアムイに、わかった、という風に笑うと、サクヤは自分の馬に荷物の入った籠を括りつけ、早足で引き返して行く。
アムイは小さな溜息をつくと、馬二頭の手綱を引っ張り、馬宿をゆっくりと後にした。

その店は繁華街の入り口から、少し裏路地に行った所にあった。
武器を専門に扱うこの店の棚には、様々な武器や弾、弓矢などが並んでいる。
レアな品も手に入ると、この町では有名な専門店だ。早い話、ここの店主がかなりの武器マニアなだけだったが。
「お客さん、よかったよ。気がついた時にはもう姿が見えなかったからさ」
そう言いながら、店主はサクヤに袋を渡した。
「すみません。オレの方もよかった。帰る前に気がついて」
そうにっこりと笑って、店を出ようとした時だった。

「ふざけるなっ!!」
突然の少年の怒声に、サクヤも店内にいた者も驚いてその方向に視線を向けた。
「おい、小僧。いけないなぁ、子供がこんなもの持っていちゃあ」
「大方、この店から盗んだものじゃないの?ガキにはこの剣は高価過ぎる」
見れば、黒いコートを着た数名の男達に、一人の少年が囲まれていた。
少年は見るところ14~5歳くらいで、赤褐色(せっかっしょく)のふわっとした柔らかそうな髪に、勝気そうな新緑色の瞳が印象的に映えている。
まだ幼さの残る愛らしい白い顔は、将来なかなかの男前になるであろう事が容易に想像がついた。
サクヤは呆れたように息を漏らした。
見るからに男達は見目のよい少年を、下心から絡んでるとしか思えない。
サクヤは何度もこういう男達の視線を浴びてきた。
特に少年はこの町の人間と明らかに毛色が違う。旅人用の鈍色のマントに身を包み、彼が異国から来たのは一目瞭然だった。そんな見目のよい子が一人でふらふらしていれば、物珍しさと気安さで、こういった事は必ず起こりうる。
少年は男達にかなり憤慨している様子だった。白い顔が朱に染まる。
「これは俺のものだ。父から譲り受けたものだ!勝手な事言うな!!」
見かけによらず、なかなかの気性の激しさだ。屈強な男達の前でも、萎縮することなく堂々としている。今にでも男達に難癖つけられた剣を、鞘から抜きそうだ。
「まいったなぁ、あれは中央の兵士達だ。…最近何だかわからないが、この辺りに兵士がうろうろしててね。何か物騒で町の者は皆迷惑してんだよ」
ぼそっと小声で店主が呟いた。サクヤは眉をしかめた。
「…ま、第一王子が失踪した事に関係があるとは思うがね。…まったくこの国の政治はどうなっちまってんだ。…噂どおり南に支配されちまうんだろうか…」
ぶつぶつと店主はそう言うと、頭を振った。
「止めないの?店長さん」
サクヤはちらりと店主を見やった。彼は益々激しく首を振った。
「中央の兵士は王家専属だ。一般市民が簡単に口を出せないんだよ…」
サクヤ達にはまだこの国の詳細を全部伝えられていなかったが、第一王子が南に通じ、兵を連れて失踪した事件は、もうすでに国中に知れ渡っていた。
だからこの辺りに突然、中央区の兵士と思われる人間が、町や村に姿を現すようになったのは、失踪した王子を捜すためだと町は密かに思っていた。だが、この町に紛れ込んでいるのは、その南に通じている王子が連れ出した兵士で、キイの行方を探りに来ている可能性だって充分にあり得る。しかもアムイ達も微かに気付いていたが、中には南の兵士と思わしき人間もちらほら見受けられた。
このような状況下では、派手な振る舞いは絶対してはならない。だが…。
…サクヤは躊躇した。


「まったく生意気な。大人のいう事が聞けない悪い子は、お仕置きしなくちゃなんねぇな」
一人の兵士がニヤニヤしながら少年の腕を掴む。
「なっ!何するんだっ」
「小僧、俺達と来い。ここじゃ人の目もある。じっくりと別の所で」
男は顔を近づけ、煙草臭そうな息を少年に吹きかける。
「やめろ!この無礼者!」
少年は激昂し、男の手を振り払おうともがいた。
「無礼者?何様だよ、坊や。面白い、益々大人に対する礼儀ってヤツを教えてやんないとな。身体に」
もう片方にいた髭の男が少年の肩を力強く掴み、彼を抱き込もうとした。
少年の怒りの蹴りが、目の前の男の腹を襲った。男はその場に呻いて膝を付く。
「このガキ!!」
それを合図に兵士達は、暴れる少年を抱え込もうと多人数で取り囲んだ。
「や、やめ…」
屈強な兵士多勢では、華奢な少年は堪ったものではない。あっという間に、もがく彼は、数人の男達に軽々と拉致され、店の外に連れ出されてしまった。
周囲は兵士怖さに、見て見ぬ振りだ。特に異国から来たようなよそ者。尚更誰も助けようとはしない。

チッとサクヤは舌打ちした。
(お前の事だから大丈夫だと思うけど、くれぐれも慎重に行けよ)
別れる間際にアムイから言われた言葉が頭を掠めた。
だが、それと同時にサクヤは体が勝手に動いて、一行の後を追っていた。
「お、お客さん!」
後方で焦った店主の声がする。それを無視してサクヤは大通りに飛び出した。
数メートル先で、兵士達を罵倒する少年の声が、人の目を引き付けている。が、店と同じ、町の人間は誰も助けの手を出す様子がない。
「この野郎っ!!離せ!離せったら!」
少年は益々大声で喚き散らしている。
「まったくうるせえガキだ!!」
少年の腰を抱えていた男が、忌々しそうに呟くと、ごつい掌で彼の口を塞ごうとする。少年は思い切ってその手に噛み付いた。
「痛っ!!」
その男が一瞬ひるんだ隙に、サクヤは彼らの懐に飛び込み、鮮やかな手刀で兵士達をなぎ倒した。そして彼らの手から少年を奪うと、彼の手首を掴み、街はずれの方へと走り出した。
あっという間の出来事に、一瞬兵士達はあっけに取られたが、すぐに気を取り直し、ものすごい形相で二人を追いかけ始めた。
「このガキ!待て!!」

荒い息をしながら、サクヤと少年は繁華街の出入り口の手前、横道に逸れて裏街道へと懸命に走った。このまま外に出てもいいが、町の外にはアムイがいる。アムイを危ない目に合わせるわけにはいかなかった。
息巻く追っ手を上手くかわしながら、二人は小さな路地裏に身を潜めた。
「あいつら、どこに行った!!」
二人が隠れている路地は本当に狭く、人間が二人は入るとかなり窮屈だ。追っ手の兵士は勢いのあまり見落として、彼らの目の前を通り過ぎて行った。
しばらくして人の気配がなくなると、二人は潜めていた息を、はぁーっと解放した。
「大丈夫か?君」
サクヤは路地から外をキョロキョロと見渡し、人がいないか確認しながら少年に言った。
「ありがとう!お兄さん、あんた結構強いね!」
安全を確認し、ゆっくりと路地から出るサクヤに続きながら、緑色の目の少年は感嘆したように言った。
「そうか?…でも安心するのは早いよ。あの手の奴らは粘着質で、プライドが高い。きっと諦めない筈だ」
サクヤはうんざりしたように言った。その言葉で少年は、自分を助けてくれた目の前の男が、こういう輩に随分と嫌な思いをしてきたのではないかと、つい憶測した。
いつの間にか、勢いよく走った時に、頭を覆っていたフードは外れてしまったらしい。今はサクヤの整った白い顔と、無造作に肩まで伸びた黒髪が露になっていた。無造作だが、それがやけに秘めた艶っぽさを醸し出している。少年はその横顔を見て、やけに納得した気持ちになった。
「…それよりも、君、一人?見たところこの国の人間じゃなさそうだし、…しかも結構見た目に高価そうな剣を持っている。これじゃ狙ってください、と言っているようなものだぞ」
「一人じゃないんだけど…」
少年はバツが悪そうに頭を掻いた。困った顔がまだあどけない。
「そうなの?」
「うん。ツレがいたんだけど、人ごみの中ではぐれてしまって…。捜していたら変な奴らに絡まれてさ。
本当に助かったよ!俺、ガラム。実は故郷以外の国はこれが初めてで…」
「何だ、迷子か」
その言葉にガラムは口を尖らせた。
「……違うよ。ツレの方が迷子になったんだ。だって俺、このあいだ15になったばかりだもん。15は成人(オトナ)だろ?」
「…まぁ…。国によってはね…」
大人ぶろうとするガラムに、思わず微笑む。
口をへの字に曲げている彼を、サクヤはしみじみ眺めながら、困ったように続けて言う。
「それじゃぁ、これからどうしようかな…。そのお連れさんを探さないと駄目だろうし、まだ奴らはうろついてるだろうし」
「ねぇ、あんた何ていうの?ツレを捜すの手伝ってよ」
ガラムは悪びれた風でなく、屈託のない笑顔をサクヤに向けた。
「オレはサクヤ。…ていうか、オレもツレがいるんだよ。その人を待たせているから、本当はもう帰らなくちゃ…」
その途端、ガラムは急に心細そうな顔をした。
「そんな…。こんな初めての異国の地で、俺、どうしたらいいんだ…」
ちょっと涙声で言う彼は、さっきの気丈な態度とまったく違う。まるで飼い主に見捨てられた子犬のようだ。
サクヤは困って天を仰いだ。
…どうしようか…。兄貴、なんて言うかな…。もう時間かかっているし、これ以上待たせてもいけないし…。


案の定、繁華街に戻ったまま帰ってこないサクヤに、アムイは心配になってきた。
(あいつ、どうしたんだ…?もう日が暮れるぞ。あれからかなり時間が経っているのに)
アムイは嫌な予感に苛つき始めた。
(…何かあったのか?)
アムイは居ても立ってもいられず、村に続く林道の奥の茂みへと、馬二頭を誘導した。
そして周りの安全性を確認すると、そこに立つ大木に馬を繋ぐ。
アムイは手の平で馬の鼻面を優しく撫でると、
「悪いな、ここで少し待っていてくれ。ちょっと様子を見てくる」
と呟き、フードを目深に被ると、早足で町へと引き返した。


「とにかく表通りに出よう。いつまでもこうしていても埒が明かない」
痺れを切らしたサクヤは、うな垂れるガラムを促しながら路地を歩き始めた。
さっきの奴らと再び出くわしたら、その時はその時。
サクヤは半ば腹を決めて、表に続く街路を二人で進んだ。
「ガラムの連れは、どんな人?特徴とかあったら言ってくれよ」
その言葉にガラムはぱっと顔を上げた。
「サクヤ、いいの?一緒に捜しくれるの?」
「まぁ、その…。オレの連れの人に、今の現状を話してからだけど…。町の外れで待たせたままなんだ。あれからかなり時間が経っているから…」
ちらりとサクヤは空を見上げた。もううっすらと日が沈みかけている。
(兄貴に怒られるかな…。でも、しょうがないよな…)
そう思いながら、サクヤの足は速くなる。このままアムイを一人にしていて、彼に何かあったら大変だ。
実は自分の事よりも、そちらの方が心配だった。まぁ、まかりなりにも天下の【暁の明星】を、心配するのもおこがましいのだろうが、それでも自分は彼を守ろうと心に決めている。とにかく早くアムイに会いたかった。
そんなサクヤの横顔を見つめていたガラムは、彼の髪がふわっと風に扇がれ、耳が露になった途端、驚きのあまり息を詰めた。
「ねぇ、サクヤ…」
おずおずとガラムが横で尋ねる。
「何?」
「サクヤ…って、もしかしてセドの人?」
その科白に今度はサクヤが息を詰めた。
「どうして…」
沈黙の後に絞り出す声で、ガラムは確信した。
「やっぱり、セド人なんだ。…ほら、この石。“女神の涙”でしょ」
「何でそれがわかる?」サクヤは驚きのあまり、立ち止まってガラムを見た。
希少なセドの石である“女神の涙”は、そんなに出回っているものではないし、その石自体、現物を知る人間はセド崩壊後、皆無に等しい筈だ。
それなのに、この石がセドの輝石であると知っているのは、セドの人間か、所縁の者、または研究者か興味がある者くらいである。しかもガラムはまだ少年だ。セド王国が滅した後に生れている。だからサクヤはひどく驚いた。まさか彼は…?
「…だって俺、セド王家と密接な関係の…」
サクヤがその科白にドキっとした瞬間、兵士の声が正面から飛んだ。
「おい!!さっきのガキ、ここにいるぞ!」
二人は青くなって顔を見合わせた。
「ガラム、逃げるぞ」
「うん!」
二人は弾かれるように、兵士達がやって来る反対方向に駆け出した。


アムイは町に向かう中、何故か心がざわつくのに、嫌な予感がした。
それはただ単にサクヤの帰りが遅い事だけではなかった。
何か別の波動が、自分を待っているような、そんな感じを受けていた。それがアムイの不安を掻き立てた。
(とにかく、サクヤの“気”を辿らなければ。…本当にあいつ、何かあったのか?)
そう心の中で思った時だった。
射すような視線を背後に感じ、アムイは思わず身構えた。

突然、ざざっと背後の木々から、一人の男がアムイに襲い掛かって来た。
アムイは護身用の小剣を懐から抜くと、相手の男に刃を向けた。
ガキッ!!と鈍い音を立て、アムイは男の刃(やいば)を受け止めた。
「誰だ!!」
アムイは叫んだ。相手の男は中年の厳つい顔した兵士だった。だが、普通の兵士とは勝手が違う。
身のこなしもそうだが、この男の持っている波動で、かなりの気術の使い手という事がわかる。
「“金環の気”の使い手か?」
突然男はそう言った。
アムイの目が見開かれる。
「そうなんだな…?お前、“気”を抑えているつもりだったかもしれないが、この俺には無駄だよ。かなり鼻が利くんでね」
「お前…何者だ…」
互いに交わる剣から、嫌な“気”が流れてくる。ふと、アムイは彼の剣の柄を見て、眉をひそめた。
「南の兵士か…!あんた」
そこには南の国、リドンの紋章が刻み込まれていた。
「ほう。よく知ってるな。…まさか、お前…【暁の明星】か?」
男は興奮したようにアムイのフードに隠された顔を覗こうとする。
「だったらどうするつもりだ」
アムイは嫌な汗が出た。まさか、…こいつが例の…。
「お前が暁なら、今は殺せねぇなぁ。…だが、人違いなら一思いに殺ってやるよ。
この世の全ての“金環”の使い手、特に専門として扱う人間は、一人残らず殺っていいって言われてるんでね」
アムイはごくり、と唾を飲み込んだ。

こいつだ…!

こいつが巷で、“金環の気”の使い手を殺めているという、気術士だ。
アムイは唇を噛んだ。…やはり思ったとおり、南の国の差し金だった。

ならばもう、遠慮はいらないだろう。
アムイは“気”を凝縮し始めた。


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