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2010年9月11日 (土)

暁の明星 宵の流星 #112

「おい!待てこの野郎!!」
兵士達の怒声が路地裏に響く。
サクヤとガラムは、追っ手から逃れようと懸命に走る。
だが、複雑に入り組んでいる裏通路は、この町をよく知らない二人にとって、まるで迷路のようだった。
彼らを撒こうと、二人はあらゆる路地に入り込むが、一向に大通りには出られない。かえってどんどん奥に入っていくようだ。
「しまった」
サクヤは顔をしかめた。
思わず駆け込んだ先が、袋小路だったのだ。

「おーい。もう逃げられないぞー」
二人の逃げ込んだ先が、行き止りと知った兵士の一人が、からかうような口調で言いながらやって来る。
あっという間に5~6人の男達に囲まれてしまった。
突き当りの壁に追い詰められながらも、サクヤは男達を睨みつける。
「へぇ」
一人の兵士がサクヤを見て感嘆したような声を出した。
「どんなヤローが奪っていったかと思えば、すげぇ可愛いじゃねぇか」
サクヤはその言葉にむかっとした。いくらなんでも、いや、昔から聞きなれた言葉とはいえ、25過ぎの大の男に言う科白じゃねーだろ、と。
自分では童顔だとは思ってはいないが、いつも実年齢よりも下に見られるのはいつものことだ。本音を言えば悔しくないというのは嘘である。せめて色男ぐらいにしてくれよ…可愛いんじゃなくて…。
そう思い巡らしているうちに、サクヤはだんだんと腹が立ってきた。
まったく、どいつもこいつも。自分よりも見た目が柔なら、どうにでもできると思っている馬鹿が多すぎる。
本当は目立ちたくなかったが、仕方がない。
「これはまた…。だがなぁ、人様のものを横取りするっていうのは、どうかと思うぞ。
お前もこの坊主と一緒に、俺達をコケにするとどういう事になるのか、教えてやらないといけないな」
サクヤの片眉がピクっとあがった。
「やれるものなら、やってみろ」
「何だと!?」
反抗的なサクヤの態度に兵士達の形相が変わった。
「生意気な!!」
兵士の一人が二人に飛び掛かろうとするのを合図に、他の兵士もわっと二人に襲い掛かる。
サクヤはガラムを庇いながら、飛び掛かって来た兵士に痛烈な蹴りを腹に食らわした。
「ぐわ!」
「…この野郎!」
襲いかかる他の兵士を華麗にかわしながら、サクヤはガラムの腕を引っ張って、その場から逃げようと走った。
だが、こんな事で諦める兵士達ではない。
すぐに二人に追いつき、乱闘となった。
「ガラム!」
「大丈夫!!」
見るからにあどけないガラムであったが、さすがに剣を所持してるだけあり、武道の基本ができていた。
意外と敏捷な立ち回りで、取り囲む兵士達を翻弄していく。
だが、やはり普通のごろつきとは違い、そこは訓練された戦いのプロだ。相手もしぶとく二人を追い詰める。
場数を踏んでいるサクヤは三~四人を相手に奮闘していた。だが、他の兵士の執拗なまでの攻撃に、ガラムに疲れが見え始め、思わず膝をついてしまった。その隙を察して兵士の一人がガラムを殴ろうと襲い掛かった。
「危ない、ガラム!!」
彼を助けようと、サクヤはの兵士達を押しのけようとしたが、行く手を遮られてしまう。
「逃げろ!!」

その声も間に合わず、男の鉄拳がガラムの頭に命中するかと思われたその時。
バキッという大きな殴打の音と共に、ガラムではなく、相手の兵士が軽く宙を飛び、後方の壁に激突した。
一瞬、誰もが息を呑み、その場がしん、と静かになった。

「レツ!!」
その静けさを破ったのは、ガラムの歓喜の叫びだった。
(レツ…?)
彼が喜びの眼で後ろを振り仰いだ先に、一人の男が立っていた。
背が高く、かなりがっしりとした体つきの、見るからにバランスのよい肢体。
無表情な端正な顔が、男のストイックな風情を醸し出し、切れ長の黒い双眸が威嚇するように光っていた。
歳は30近くか。後ろに撫で付けた黒い髪が、先ほどの動きのせいで、はらりと乱れ、少々額にかかっている。
ガラムを殴ろうとした兵士を、寸での所で殴り飛ばしたのはこの男だったのだ。

「ジース・ガラム、ここにいたのか」
レツと呼ばれた男の、抑揚のない低い声に、兵士達は我に返った。
「この野郎!!」
ガラムの近くにいた兵士数名が男に飛びかかろうとした。
が、レツは表情をまったく崩さず、向かってきた兵士達を豪快な鉄拳でなぎ倒していく。
「ぎゃぁあっ!!」
あっという間に数名の兵士をのしてしまったレツの迫力に、残った兵士らは震え慄いた。
その男は立っているだけでも重圧感のある、戦い慣れた戦士の“気”をまとっている。
彼は残った兵士達の方へ、ふらりと向かうと、凍えるほどの冷たい声で言い放った。
「お前達ごときに抜く剣はない。早々に立ち去れ」
有無を言わさない気迫に、先ほどまで尊大だった兵士達は、青くなって後退る。
「お、おぼえてろ…!!」
兵士達はそう言うのがやっとだった。彼らは倒れている仲間を抱えると、一目散に逃げ出した。

「サクヤ!大丈夫?」
呆然と立っていたサクヤに、ガラムはニコニコしながら駆け寄ってくる。
「大丈夫だよ。それにしてもすごい強い人だな…。あの人が君の言っていたお連れさん?」
サクヤがレツに視線を移すと、その背後から優しげな声がした。
「我々のジースを助けてくださいまして、ありがとうございます」
「ジース?」
大柄なレツの後ろから、ひょこっと一人の男が顔を出した。
レツよりは幾分年上かと思われるその男は、彼とは対照的だった。背丈はサクヤよりは少し高いが、がっしりしたレツと比べ、華奢な感じだ。だが、マントの下から垣間見える筋肉が、彼も相当鍛えていることが容易にわかった。ガラムよりは明るい色の長い髪を後ろでひとつに束ね、黒味がかった緑色の瞳が少し吊り上り気味の双眸から覗いている。物腰も声も、人当たりよくて柔らかい印象を与えるが、芯の部分では他人を寄せ付けない何かをサクヤは感じ取った。そう、肝心な部分では、一線を引いている感じ…。
幾度となく、色々な人間を観察してきたサクヤには、ある程度、瞬時に相手を見抜く力があった。
それから見ると、もう一人のレツという男は口数も少ない無骨な、しかもアムイと同様、簡単に人に心を開くタイプではなく、何でも内にこもる感じに見えた。
「ジースとは、我々の一族の長の子のこと。つまり次期長候補の称号です」
「ガラムが?」
そう言われてみると、ガラムは立ち居振る舞いに気品があった。あの屈強な兵士達を前にしても、一歩も譲ることない、気性の激しさ。屈服に徹しないその誇り高い一面は、一族の頂点に立つ長の後継者候補なら合点がいった。
「うん。長の子は皆そう呼ばれるんだよ。…で、今話しているのが、父さんの側近のセツカ。その後ろにいるのは義兄のレツ」
ガラムの言葉に、二人は恭しく頭を下げた。
「そうか…。でもよかったな!お連れさんが見つけてくれて。これでオレも安心して行くことができるよ」
サクヤはほっとした笑顔をガラムに向けてから、後方にいる二人に視線を移した。
「今、この国は東の次にかなり物騒です。どうか気を付けて旅を続けてください。
ガラム、もう迷子になっちゃだめだぞ。…それじゃあオレはこれで。オレも連れを待たせてるんで…」
と、サクヤが急いでこの場を離れようとした時、突然ガラムの手がサクヤの腕を掴んだ。
「待って!行かないでサクヤ。助けてくれたお礼に送らせてよ」
「え?」
サクヤは突然の申し出に驚いた。
「助けたって…。実際助けてくれたのはオレじゃないだろ?いいよ、そこまでは…」
「何言ってんの?絡まれた俺を助け出してくれたのはサクヤじゃない。
それにこの国は物騒なんだろ?もう日も暮れて、尚更一人じゃ危ないよ。
ユナの一族は受けた恩は絶対に忘れないし、必ず恩を返せという教えがあるもの!」
(ユナ…?)
どこかで聞いたことのある名前だった。どこでだったか…。サクヤは自分の記憶を手繰り始めた。
一方、ガラムの言葉に、年長のセツカはちょっと困った顔をした。ガラムはそれが自分の提案を咎められたと思い、今度はツレの二人に向かってまくし立てた。
「そんな顔しないでよ、セツカ!それに驚かないで聞いてくれる?
実はサクヤはセド人なんだよ!こんな偶然、滅多にないだろ?これもきっと天のお導きだよ!
このままサクヤを返したら、きっとご先祖様だって怒るよ。
だってユナ族はセドを治めるセドナダ家の……」
「ガラム!これ以上言ってはならない」
突然、今まで無表情だったレツが、毅然とした声でガラムの言葉を遮った。
ガラムははっとして口を噤んだ。その様子にセツカは機転を利かしたのか、何事もないような穏やかな顔をして、サクヤに言った。
「貴方はセドの方でしたか…!それでは尚更、このままお一人でお返しすることはできませんね。同じ東の民として、どうかジースの気持ちを汲んでやってください」
「東の…?   --あっ!」
サクヤは思い出した。

大陸の中で、一番の大きさを誇る東の国は、三民族、六州村と言われているが、それは他国が大まかに分けて整理したのであって、実際のところ、セドのような小国が三つ(そのうちのセド王国は消滅)四つの州と大きな村が二つ。小さい村は把握できないぐらい多い。民族も細かく分ければ八民族くらいにはなるのだ。
その他に、東の国には独立した国や島があって、その代表が北端にある聖天風来寺がある聖天山だったり、南端にある神の国オーンが代表的だったりする。
そして島が多い東では、島民と大陸民が共同に住まう島が多いが、中には昔からの自治を貫く島がある。それは東で一番大きい島国、キサラ島のキサラ族が有名だが、東端に位置する島々を統べる、一民族も密かに東の国では知れ渡っていた。
その一族が確か、ユナ族だ。この大陸に、閉鎖的な民族や国は多少存在するが、この東の東端のユナほど、閉鎖的な民族はないとされている。ほとんど大陸にその姿も名も現さない。本当に東の国の人間しかその存在は知られていない民族なのだ。

このように多種多様な東の国を統べる事が、どれだけ大変なのかは、この国をまとめていたセド王家の滅亡で顕著になってしまった。

今は東の国で一番大きな州である風砂(ふうさ)が何とか東を統率しようと奮闘しているが、好戦的で、次の東統治を夢見る2番目に大きい東端の荒波(あらなみ)州の干渉で、うまくいかず、隣国である南にも脅かされ、治安も乱れ、ほぼ無法地帯のところも多数でき、カオス状態が続いている。
この状況から、どれだけ東の国民(くにたみ)が、セド王国の統治に甘んじていたのは、やはりセド王国のセドナダ家が、神の血を引く神王である、という事が大きかったのがはっきりしたのだ。
セドは東の象徴だった。
その存在が無くなって初めて、東の人々はセドの存在の大きさ知った。セドに成り代わろうとする州村が多かったのに、今更皮肉なことであったが。

そういう事情の東の国ではあったが、特に自治民族が多い島国も、セドラン共和国の時は、セド王家の意向に沿って、東の大陸の一員として協力していた。しかし、そのセド無き後、自治国は自治国というスタンスを持って、ここ数年、大陸と交流しないところもあった。その一番が先ほどの東端のユナ族である。
そのユナの、しかも長の後継者がなぜ北の国に?
サクヤは驚きのあまり、ガラム達を凝視していたのに気づいていなかった。
「どうかしましたか?サクヤ」
セツカが不思議そうにサクヤの顔を見た。
「いえ、あの…。ユナって、あの東の端の…ですよね?」
「うん、そう!」
代わりにガラムが人懐っこい笑顔で答えた。
「でも俺、ここでセドの人に会うとは思ってもみなかった…。一部のセド人が難民になって大陸に散った、っていうの本当だったんだね…」
サクヤはガラムのその言葉に、力なく笑うしかなかった。
滅多に大陸に出て来ないと言われているユナの人すら、セド王国が滅んだことは関心の的になっていたようだ。
南の国を飛び出してからは、自分と同じセド人と、サクヤは会ったことがなかった。いや、互いにセド人とわからずにすれ違っていたのかもしれないが、生き残りは自分だけではないかと常に思っていた。…アムイに、キイに会うまでは。

かなり日も落ち、辺りは暗くなってしまった。
結局サクヤは、ガラム達の好意に甘えて、アムイが待っているであろう町の外れへと、一緒についてきてもらうことにした。
確かに繁華街を出てしまうと、あとは寂しい林道が続くばかりだ。これでは男であろうがなかろうが、一人歩きはかなり危険といってもいい。だからこそサクヤの足は無意識のうちに速くなる。天下の猛者である【暁の明星】だとわかっていても、サクヤは一人にしてしまったアムイが心配でならなかった。

各々小さな携帯用の灯りを持って、四人は足早に町の外を目指した。
サクヤの横にガラムが肩を並べるようにして歩き、他の二人はそれに続くよう、後方からついてきている。
「ねぇ、ガラム。さっきも言いかけていたけど、ユナとセド王家には、何か繋がりがあるの?」
サクヤは小声でガラムに尋ねた。実はさっきからずっと気になっていたことだ。
しかし、その話を遮ったレツの強固とした物言いが、この件については他言してはならない、という無言の圧力であるのは明白だった。それでもサクヤは我慢できずに、こっそりとガラムに訊いた。
「…ごめん。それについてはやっぱり父さんの了承を得ないと、言えない事だったんだ…。サクヤがセド人と知って、つい…気が緩んじゃって…」
「そうか。オレこそごめんな」
サクヤはちょっとがっかりした。本当は少しでも、故郷に関する事を知りたかったからだ。自分は7歳まで故郷にいたが、崩壊後は他国で世話になっていた。強くなる事ばかり思って生きてきた自分であったが、意外と郷愁の念に駆られていたのに最近気がついた。
それもやはり、アムイと出会ってからだ。
「ううん、俺こそ。こんなだから一番の側近のセツカを寄越したんだよなー、父さんは。俺が他国に出ることをすごく反対していたから」
「そうなんだ…。オレもユナ族って、滅多に他国には来ない民族だと親から聞いていたから、どうしてかな、と思っていたけど…。
ガラムはどうしてこんな物騒な北の国に…?」
ガラムの顔が、突然曇った。言おうかどうか、迷っているような表情だった。
「あ、いいよ!またオレ余計なことを…。ごめんな、話したくないなら別に…」
「いいよ、サクヤなら」
ガラムが決意したように小声でポツリと言った。
「え?」
「セド人のサクヤなら信用できる。…それに、もしかしたら協力してもらうこともあるかも…しれないし…」
サクヤは思わずガラムの横顔を凝視した。そしてガラムは続けて低く小さな声ではっきりと言った。

「俺ね、仇を討つんだ」
思わぬ言葉にサクヤの目が見開いた。
「仇…?」
ガラムの口元がわなわなと震えている。
「仇って…誰の…」
「俺の姉さん」
「お姉さん?」
ガラムは力強く頷いた。
「俺の、大事な、たった一人の姉さん…」

ガラムには他に兄弟がいる。だが、女の姉妹は一人しかいない。しかも彼女は…。
「姉さんと俺は母さんが一緒なんだ。…父さんの前の奥さんが死んで、後妻に入ったのが俺の母さんでさ。姉さんはその連れ子。だから長の家系とは関係ないんだけどね。…俺には優しくて、大好きな姉だった…」
ガラムは遠い眼をしてそう説明した。
「その姉さんを、穢して尚且つ残酷に殺した…。
俺、やっと15になったんだ。成人式を終えたら、絶対そいつを捜して仇を討とうとずっと思っていた」
サクヤは言葉なく、ガラムの厳しい横顔を見つめた。まるで十年前の自分を見ているようだった。
絶対許せない、仇を取ってやる…!
15歳の自分も、その復讐心を胸に秘め、ずっと生きてきたのだ。
サクヤは人事には思えなかった。ガラムの様子を見ながら、胸がちくちくと痛む。
「…それで…。こうして旅を…。じゃあ、他の二人は君と一緒に…」
「うん。でも父さんの側近であるセツカは、俺を思いとどまらせようとくっついてきてるけど、レツは俺と一緒なんだ」
ガラムはちらりと後方からついてきている二人を見た。
「レツは姉さんの第二夫君(だいにふくん)だからね。俺と同じ気持ち」
「第二夫君?」
「あ、そうか。他の国は違うんだっけ。
…ユナ族は一妻多夫婚。レツは姉さんの2番目の夫なんだよ」
その話は初めて知った。
確かに女が少ないこの大陸では、このような結婚形態があって当たり前のようだが、昔からの習性が今だ続いており、男性中心の大陸では、かなり稀な方であった。
「…とにかく、俺、島には今戻れない。絶対あいつをこの手で殺すまでは。それが無理なら、あいつの大事なものを奪ってやる!」
あどけない顔して物騒な言葉を吐くガラムに、サクヤはその事について何も言えなかった。彼の気持ちがわかるほど、どう言葉をかけていいのかわからない。
「で、そいつがこの国にいるの?だから?」
やっとの思いで、サクヤはガラムに尋ねた。
昔、自分と通じ、共に逃げようとしたが見つかってしまい、多数の男達に弄ばれた末に惨殺された、可憐な少女を思い出す。今でも彼女の顔を思い浮かべると、いたたまれなくなる。
そして自分もガラムと同様、大事なたった一人の姉を、セドの娘というだけで、手篭めにされ、死に追いやられている。
だからガラムの気持ちも痛いほどわかる。
できればガラムの力になってやりたい。
…サクヤは彼の暗い目を見ながら、そう思った。
「…そう教わって案内してくれた人達に連れてきてもらったんだ、俺達。この町で買い物をした後、また今晩合流する予定で…」
「ジース・ガラム!あれは…」
突然、後ろについて来ていたセツカが叫んだため、ガラムの話は中断した。
「どうした?セツカ」
不思議に思ってセツカが指差した方向を、ガラムとサクヤは一斉に見た。

林道から奥、もうそこは町外れといっていい、木々が鬱蒼と茂っている森の方向で、ちらっと赤い光が揺らめいている。
「光?…やけに赤いけど…」
その赤い光はちらちらと、またはいきなり弾けたりして、どんどん大きくなっていくように見えた。
「赤い…。まさか…!」
サクヤは嫌な予感に囚われ、思わずその方向に駆け出していた。
「あ!サクヤ!!どうしたんだよ、いきなり…」
ガラムが驚いて走っていくサクヤを追いかけた。もちろんセツカもレツも、いぶかしみながら後に続く。
向かう四人の目前に、その赤い光の正体が徐々にはっきりと迫ってくる。
「光…、いや、炎だ!」
そう、その赤い光は爆発の炎であった。

ガゴォゥーン!!!

赤い光が闇夜を引き裂き、木々に命中し火花が散った。
だが、それはただの炎ではない。燃え広がるどころか、不思議なことに破壊するだけで、木々を燃やす事をしない。
そんな特徴は…。
「金環…?あれは“金環の気”か!!」
無口なレツが突然叫んだ。
(やはりそうだ…)
サクヤは心の中で呟いた。あれは間違いなく“金環の気”の波動攻撃。とすると使い手はもちろん。
それにしても何故レツが、使い手が少なく、知名度のほとんどない“金環の気”だとすぐにわかったのか。サクヤには検討もつかず少し驚いたが、次の瞬間、あれだけできる武人なら、最高気術くらい学んでる筈だと、思い直した。

そう、今戦っているのはきっと、“金環の気”の使い手、【暁の明星】に他ならないのである。

「兄貴っ!!」
サクヤは自分でも気づかないうちに叫んでいた。
次の瞬間、反対方向から灰色の光が闇を引き裂いた。
グゥオオオ……!!!
ガツーンッ!!
バリバリ………!
まるで硬い鉱物が飛び出し、弾ける様な轟音が辺りを襲った。
(灰色の光!!確か…“鉱石の気”?じゃあ相手も“気”の使い手なのか!?)
サクヤの背中に冷たい汗が流れ落ちた。

オレが早くしなかったばかりに!兄貴が危ない目に…!!

サクヤはアムイを一人残した事に、もの凄い後悔を感じていた。
(ああ、ごめん、兄貴!オレがもたもたしていたから…!)
サクヤは自分の剣を懐から抜くと、闇を裂く光の中心へと飛び込もうとした。
「やめろ!何をする!波動戦の時は通常の武器が通用しないのがわからないのか!」
いきなりそう怒鳴られ、サクヤはレツに腕を掴まれた。
「だけど!どちらかを止めないと!!」
「まさかサクヤの連れ?今戦っているの…」
後ろで驚いた声を発したガラムに、サクヤは夢中で頷いていた。
「わかった。君はここで待っていなさい」
レツはそう低く呟くと、サクヤをガラムに引き渡した。
「いえ、オレも!」
サクヤはそれでも我慢できずに、剣を抜いたレツの後を追う。
「待って!二人とも!俺も加勢する!」
ガラムもそう叫んで剣を抜きながら二人を追いかけた。
「ガラム!ジース・ガラム!!」
残されたセツカも慌てて皆の後を追った。

闇を引き裂く閃光の中、レツは波動戦真っ只中に侵入し、中央に自分の剣を振り上げた。
「波動防結界!返気魔方陣!」
高々と掲げた己の剣で、レツは上空に魔方陣を描く。
これが黄色い光となって浮かび上がり、“気”を使った波動攻撃が、中央に作られた魔方陣で跳ね返り、効力を失っていく。
「兄貴!」
この隙を突いて、サクヤはその場に飛び込んだ。
しかし、突然の邪魔に気づいた筈であろう戦闘中の人間は、まったく意に介していないようだった。

ガキーンッ!!
 
サクヤの近くで剣の交わる音が響く。まだ戦いをやめようとする気配がない。
「兄貴!!」
追いついたセツカが気を利かし、自分の灯りを周辺にばら撒いた。
辺りはまるで、月の明かりに照らし出されたようにほんのりと明るくなった。

サクヤの目の前で二人の男が剣を交えていた。
一人はがっしりとした厳つい中年の男。マントから見え隠れする制服で、彼が南の将校だとわかった。
そしてもう一人は、背が高くてしなやかな肢体を持つ若い男。
もちろんそれは…。

「暁…!!」
アムイに加勢しようとしたサクヤの後ろで、ガラムが突然呟いた。
「え?」
サクヤが振り向いた隙に、ガラムはサクヤの脇を通り抜け、戦っている二人の方に走り出した。
「ガラム!?」
一瞬サクヤは、突然の彼の行動に頭が混乱した。
何故ならガラムが剣を振り上げた相手…。それはアムイだったからだ。
「うわ!何だこのガキ!!」
突如戦いに割って入った少年に、南の将校は戸惑い、思わず攻撃の手を緩めてしまった。
その隙を突いて、ガラムはアムイに剣を振り下ろす。
鈍い金属音がして、ガラムの高価な剣と、アムイの護身用の短剣が合わさった。
「何するんだ!ガラム!!」
慌ててガラムを止めようとサクヤは走った。
「【暁の明星】!!アムイ!!」
ガラムの目が怒りのためか、涙が浮かんでいた。
「お前…」
アムイはいきなり剣を向けてきた少年に驚いて目を見開いた。

「どうしたんだよ!何で兄貴を…」
「見つけたぞ!アムイ=メイ!!」
サクヤの介入を遮るように、ガラムはアムイに向かって、信じられないような科白を叩きつけた。


「姉さんの仇!四年前、よくも俺の姉さんを辱めて殺してくれたな!!
許せない!お前をぶっ殺してくれる!!アムイ!」


サクヤは驚愕し、耳を疑った。


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