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2010年9月25日 (土)

暁の明星 宵の流星 #113

突然乱入してきた少年に、戦闘中だった二人の動きが緩んだ。アムイは驚きのあまり目を見開き、声を発することなく相手の剣を受け止める。
だが、横槍を入れられた南の将校らしき男は、思わぬ事実上の助っ人に面白がり、二人のやり取りをしばらく窺おうと攻撃の手を止めた。
見るからに動揺していたのはサクヤだった。
「やめろ!」
サクヤはガラムを止めようと、アムイの前に躍り出た。
「邪魔すんな!!」
ガラムは興奮状態で、剣を振り回す。その剣をサクヤは己の短剣で受けながら、空いた手でガラムの片腕を捕らえた。
「何で邪魔すんだよ!サクヤ!こいつが俺の姉さんを殺した男だ!!離せよっ!」
「落ち着けよ!何かの間違いだ!兄貴はそんな事をする人じゃない」
「兄貴…?」
その言葉にガラムはハッとした。
「嘘だ…!サクヤのツレって、アムイ?何でこいつなんかと…!」
一瞬動揺した隙に、ガラムの手からサクヤは剣をもぎ取った。
「あ!何すんだよっ」
ガラムはこぶしを振り上げながらサクヤに掴みかかっていく。サクヤはそれを受け止め、落ち着かせようと掴む手に力を込めた。
「いいから落ち着け、ガラム!」

「…ガラム…?」
それまで無言だったアムイが、突然口を開いた。
「…ガラムって…あのガラム?ユナの民の…!あの小さかった…?」
「兄貴?」
アムイのその呟きにも似た言葉に、ガラムは声を荒げた。
「そうだよ!!俺、もうあの頃のチビじゃない!お前なんかに絶対に負けない!姉さんの仇…」
「姉さんの仇って…。ロータスがどうかしたのか?」
アムイは解せない、という表情で、ガラムを見つめた。それが彼の神経を逆撫でした。
「しらばっくれるなよ!アムイ!!俺の大事な姉さんをあんな殺し方しておいて…!
あれだけ姉さんに世話になっておきながら…恩を仇で返すなんて!
信じられない!お前みたいな外道はこの俺の手で成敗してくれるっ!」
サクヤに抑えられながらも、ガラムは大声でまくし立てる。その目には涙が浮かんでいた。
「待て!どういう事だ!?俺は何も…」
アムイはそんなガラムに戸惑った表情を隠すことなく、構えた剣を思わず下ろした。

「へぇ…。やはりお前、【暁の明星】だったのか」
南の将校のその声に、はっとしてアムイは我に返り、再び男に対して体勢を整えた。
「確かに極上の“金環の気”の持ち主。有名な【風神天】の紋章が入った剣を持っていないってのが、ひっかかっていたが…」
男はニヤリと笑うと、持っていた剣を鞘に収めた。
「あーあ、残念。“金環の気”の単独使いをまた一人消せると思ったのになぁ。
…お前さぁ、【宵の流星】をどこに隠した?
上の命令でね、宵を手に入れるまでは暁を殺すな、と。宵の居所を吐かせてから殺せ、と言われててね。
…ったく、めんどくせぇ事よ」
南の将校は再び、己の“気”を凝縮し始めた。
灰色の“気”が男の体から立ち上り、地面に転がる小石が反応し、パラパラと跳ねる音を立てる。
「さっきは波動防結界に邪魔されたが、次は簡単にはそうさせない。
金環が王者の“気”だとしても恐れるに足らず。力だけではないからなぁ、“気”の戦術は。
とにかく暁殿、大人しく捕まってくれないか?」
言い終わらぬうちに、いきなり男は灰色の“気”をアムイめがけてぶつけて来た。
「うっわ!」
間一髪でアムイ達は攻撃を避け、左右に転がった。
放たれた灰色の“気”はうねりを利かせ、後方の大木に大きな音を立てて命中した。
「くそ!」
アムイはすばやく体勢を整えると、短剣を構えながら“気”の凝縮を始める。
「おっと!させないよ」
男はそう叫ぶと、第2波を放つ。
「兄貴!」
ガラムを庇って共に転がったサクヤが、反射的に立ち上がろうとした。
「あいつを助ける気かよ!あいつは姉さんの仇だ!サクヤ、行くな!!」
ガラムはそう叫ぶと、サクヤの腕を掴み行かせまいと引き寄せた。
「離せよ、ガラム!!そんなの何かの間違いだ!俺の兄貴はそんな人間じゃない!」
サクヤは掴んだガラムの手を激しく振り払った。
「サクヤ!!」
ガラムとサクヤは揉み合いになった。だが、力はサクヤの方が上だった。
サクヤはガラムを突き飛ばすと、アムイの元へと必死に駆け去った。
「…畜生っ!」
ガラムは地面に落ちていた自分の剣を急いで拾うと、彼もまた、サクヤを追って弾かれる様に走り出した。

するりと攻撃をかわしたアムイは、中断された“気”をまた凝縮しようとする。が、その隙を与えまいとして男の攻撃がどんどん激しくなっていく。
「安心しろ、今は殺しはしない。これでも気術戦法は得意中の得意でね!
ちょっと身体を傷つけて、動けなくするだけだから」
男はニヤニヤと笑いながら、アムイを追い込んでいく。
(は、早い…)
激しい攻撃を俊敏な動きでかわしながらも、アムイは珍しく翻弄されていた。
“気”を扱う武人や戦士、軍人は、ピンからキリまでいるが、自分の思い通りに、言葉どおりに己の手足のごとく操る人間は一握りである。
それからすると、この南の将校はかなりの気術の使い手だった。
まるで賢者クラス…。
王者の“気”・金環を使いこなせるアムイと同格、いやもしかしたらそれ以上の腕の持ち主に間違いなかった。
今まで必要ないからと使ってこなかった、波動を防ぐ結界を張ることになるかもしれない。
アムイは剣を空中に振りかざした。結界はそう簡単に張れるものではない。様々な用途、規模など、色々な結界があるが、特に波動攻撃を封じたり、防ぐものに関していえば、一回張った後、時間が経てば効果が薄れ易く、しかもすぐに張り直すことが難儀である。
余程の場面でなければ使えない、いわば使うタイミングが一番難しい術かもしれなかった。
しかもこれらの結界には、自分の発した“気”も相手の“気”も関係ない。
反気(はねかえす)、吸気(吸い込む)、無気(効能を消す)という種類を持つ波動防結界の効果で、張られた時間、“気”自体が使用できない状態になるのだ。そのこともあり、大抵の波動防は、気術を使えない者が取得する防御のひとつであった。
ということは、一時、自分も波動攻撃ができなくなるという事だが、背に腹は変えられない。
アムイは剣先で魔方陣を描き始める。
と、それに気づいた男はアムイの剣めがけて強力な“気”を放った。

ガーッ!!バキバキバキーッ!!!

周りに閃光が走った。
寸での所でアムイは結界を張るのに成功し、男の灰色の“気”を跳ね飛ばした。
「くそう!」
男は舌打ちし、素早く腰の剣を抜く。
アムイも剣を構え直した。
「はっ!そんな護身用の短剣で、どこまで相手になるのやら」
男はアムイに襲い掛かった。
ガキッ!!
鋭い金属音が薄暗い森林にこだまする。
「兄貴!!」
その二人の間にサクヤが割り込んだ。
「サクヤ!来るな!」
アムイは男の剣を受けながら叫んだ。
「おい!待てよ!!アムイは俺が殺るんだ!!手ぇだすなっ!」
追いついたガラムが大声で叫ぶと、男の前に躍り出て、剣を振り回した。
「ガラム!」
「おい!やめろ!!危ない!」
突然入り込んだガラムに、アムイは怒鳴った。
もちろん腕前は南の将校の方が数段上だ。簡単にガラムの剣は男の剣に攻め立てられ、空中を舞った。
「ああっ!剣が…」
「このガキ!邪魔なのはお前なんだよ!!」
割り込んできたガラムに苛ついていた男は、ここぞとばかりに剣を振り下ろした。
「!!」
ガラムは思わず目を瞑る。
その瞬間、ガラムを庇うように大きな人影が男に立ちはだかった。
キーン!!
鋭い金属音がして、将校の剣は大柄な男によって遮られた。
「レツ!」
「邪魔なのは貴様の方だ」
有無を言わさぬ迫力で、レツは南の将校を睨みあげた。
「何だ!貴様!!」
いい加減何度も邪魔されれば、南の将校の忍耐もつき、声も荒々しくなってくる。
「ええい!そこをどけ!俺は暁に用があるんだ!」
「何を言う!俺の方だって!」
興奮するガラムに男は益々苛立ち、加えて何一つ表情を変えないレツに憤りが増した。
レツと将校は激しく剣を交差し始めた。

「兄貴、とりあえず今のうちにここを去ろう!」
思いがけない両者の戦いに、サクヤはアムイにこう耳打ちした。
「しかし…」
「とにかく馬はどこに?この隙に逃げないと、大事(おおごと)になるよ」
サクヤはそう囁くと、アムイの腕を掴み、この場から逃げようと引っ張った。
「そうだな」
アムイの脳裏にキイの顔が浮かんだ。
今、自分が捕まるわけにはいかない。あのキイの事だ。もし捕まった事が知れたら、いや、それを餌に誘き出されたら…。“気”を封じられた状態でも助けようと敵に姿を現すに違いない。あいつにそんな事はさせられない。自分が今優先しなければならないのは、キイを守る事だ。
アムイは頷くと、サクヤと共に馬を繋いである林の方向に走り出した。

レツが南の将校の相手をしている間に、ガラムは急いで剣を取りに走った。
セツカの機転で周辺に灯りが置いてあったため、難なく落ちていた剣が見つかった。
剣を手にし、顔を上げた瞬間、ガラムの目にアムイとサクヤが連れ立って森を抜けようとする姿が映った。
「逃がすもんか!!」
ガラムは剣を構えて、二人の後を追った。
激しい攻防を繰り返していたレツ達も、アムイ達に気がついた。
「くそ!お前らのせいで、折角の獲物を逃がしちまうじゃないか!」
南の将校とレツは、互いに交わしていた剣をはずすと、アムイ達の後を追った。
「兄貴!気づかれた!」
サクヤはの言葉に、アムイは片手で小さな“気”の玉を作り始めた。
追っ手はもの凄いスピードで二人に迫ってくる。
「この森を抜けた先、道の向こう側の林に馬がいる。何とかそこまで振り切れ!」
アムイはそう言うと、作った“気”玉を後方に投げつけた。

ボン!

軽快な音を立てて玉は破裂し、赤い霧が広がった。
「ち!目くらましかよ!だがこんな程度で簡単に逃げられると思うな!」
南の将校はそう叫ぶと、霧の中を突進し、“鉱石の気”を前方に向けて勢いよく放った。
「うわっ!!」
アムイとサクヤはぎりぎりで攻撃を避けたが、周りの木にぶち当たった“気”の衝撃で、二人は軽く吹き飛ばされた。
「逃がすか!暁!!」
南の将校が剣を振りかざしながら、アムイに急接近しようと動きを早めたその時、突然背後から覆いかぶさるようにして彼は動きを封じられた。長い棒のような物が、将校の正面、胸からわき腹にかけて、襷(たすき)がけのように斜めに食い込む。その棒の両端を、背後の人間ががっちりと握り締めている。
「なっ?何だ!?」
動こうとしても、もの凄い力でびくともしない。背後にいる人間は、確かに己よりも小柄と思えるのに、信じられないような力で自分を拘束している。
「申し訳ありませんが、貴方にはしばらくご遠慮願います」
背後で落ち着いた男の声がした。
「お前、誰だ?」
「名乗るほどの者ではございません」
憎らしいまでに冷静な声の主はセツカだった。
「く…!気術将校の俺を封じるなんて、お前…只者じゃないな?どこの兵だ」
その問いにセツカはまったく答えず、涼しい顔をしてこう言った。
「私はただ、無意味な争いが嫌いなだけです」
「この…!!」
将校はセツカを振り払おうともがくが、まったく効き目がない。
「セツカ、よくやった!俺がアムイを討つまでそうしててくれ!」
ガラムはちらりとセツカの方向を見ると、そう叫びながらアムイの方へと走った。
その後を、同じくレツも追いかける。
途端に、今まで涼しげな表情をしていたセツカの眉間に、苦渋の色が浮かんだ。
(……どうか、ジース。長の子としての立場を忘れないでいただきたい…)
セツカは切ない目で、小さくなっていくガラムの後姿を見つめ続けた。

将校の波動攻撃を受け、一人になったアムイに、これ幸いとしてガラムが襲ってきた。
咄嗟にアムイはガラムの剣をかわす。
ガラムは興奮状態で、無我夢中で剣を振り回している。
「やめろ!ガラム!冷静になれ!!」
アムイは叫んだ。

その様子に気づいたサクヤは、慌てて二人の元へ急ごうと転倒した場所から起き上がろうとした。
が、その時、何者かにいきなり体をうつ伏せに押し倒され、もの凄い力で押さえ込まれた。
「!!」
突然の事で、サクヤは気が動転した。
「だ…」
誰だ?言おうとした途中、その何者かにサクヤはもの凄い力で、地面に頭を叩き押さえつけられた。
(あ、兄貴…!!)
サクヤはぞっとした。まさか、敵がこの騒ぎに気づいて、援軍が来たのではないだろうか。
サクヤは何とかしてこの力から逃れようと抵抗を試みた。


一方のアムイは、執拗に向かってくるガラムに手を焼いていた。

ガキッ!!

ガラムの剣を何とか己の剣で封じると、もう片方の空いた手でガラムの持ち手を押さえた。
「離せよ!!」
ガラムはもがいた。だが、力はアムイの方が上だった。難なくガラムは剣をもぎ取られ、アムイに両手を拘束されてしまった。
アムイは己の短剣を片手で器用に懐に仕舞うと、その手でガシッとガラムの腕を掴んだ。
「一体、どうしたっていうんだ?何があったんだ?」
アムイはガラムの目を覗き込んだ。彼の緑色の瞳は見る見るうちに涙で溢れてきた。
「しらばっくれるなよ!!ね、姉さんを…あんな目に合わせて…。お前しかいないんだよ!そんな事できたの!!」
「だから!!一体何があったというんだ、ガラム!本当にロータスが殺されたのか?」
「身に覚えがないなんて、そんなの言わせないぞ!!
お前がユナの砦から出られたこと事態が、その証拠じゃないか!!
お前が姉さんをたぶらかし、“外界への扉”を開けさせなければ、どうやって砦から逃げ出せたんだよ!!」
「確かに扉を開けてくれたのは彼女だ。だけど俺は…」
ガラムの顔がくしゃくしゃになった。
「お前しかいないんだ!!よそ者のお前しか!
女が貴重なユナ族は、どんな罪人であろうが、いくら掟を破った女だろうが、決して女は殺さない。
あの夜、お前がいなくなり、扉のある部屋で姉さんが陵辱され、無残な死体となって発見されたのが全てだ!
しかも扉は開いていて、鍵までなくなっていた。
そしてお前はのうのうと外に出ている。
お前がやってないとしたら、誰がそんな事をするんだよ!!」
アムイは驚き、信じられないといった表情でガラムの顔を凝視した。
「そ、そんな顔したって騙されるものか!姉さんの仇!!絶対に許さない!」
ガラムはそう叫び、益々アムイの手から逃れようと身体を揺さぶった。
「落ち着け!ガラム!俺は本当に何もしていない。何かの間違い…」
「ガラムを離せ、暁」
突然背後から首筋に剣を押し当てられ、アムイは身体を硬直させた。
「レツ!」
ガラムの顔がぱぁっと輝く。
「お前は…」
「…4年ぶりだな、暁。お前とは決着つけなくてはと、ずっと思っていた」
低くて、背筋が凍るような声だった。
「さあ、俺と戦え!ロータスのために」
「レツ=カルアツヤ…!!」

4年ぶりに再会した、ユナ族きっての勇猛果敢な英雄に、アムイは背中が強張るのを抑えきれなかった。

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