« 2010年8月 | トップページ | 2010年10月 »

2010年9月

2010年9月27日 (月)

暁の明星 宵の流星 #114

《ああ、アムイ。あなたはここで死んではいけないの。あなたはまだ若い。早くここから出て行くのよ》
《いいのか?こんな事をして。掟を破るなんて、本当に大丈夫なのか?》
《いいのよ。私のことなら心配しないで。もしこの事が知れても、ユナ族は女である私を殺しはしないわ。
だから大丈夫、私の事など気にしてはだめよ。あなたはここで人生を終えてはいけない。そんな気がするの》
《…でも、ロータス…。もし、掟を破り、よそ者を逃がしたなんてわかったら、死罪はないにしろ君はどうなるんだ…?》
《……そうね…。もしばれたとしても、その時は…》


「さあ、暁、俺と戦え。ロータスのために」

(ロータス!)
アムイの脳裏に、明るい茶色の髪、緑色の澄んだ瞳の女性が鮮やかに浮かんだ。

まるで花のようなロータス…。

「本当に…」
やっと絞り出たアムイの声はかすれていた。
「ロータスは殺されたのか…?」
その言葉にガラムは再び憤った。
「まだそんな事を言うのか!!」
ガラムは泣きながら首を振った。
「……姉さんをいいように弄んだのはお前じゃないか!姉さんが、よそ者のお前に特別な感情を持っていたのはわかっていた。
貴様はそれを利用したんだ!自分が助かりたいがために!
…ああ…姉さん…!夫も子もいるのに…!なんでよそ者なんかに情けをかけたんだ。
その報いがこれだ。
姉さんはお前がいなくなるあの夜、あの部屋で乱暴されて…」
ガラムはそれ以上言えなかった。当時の悲惨な情景が生々しく甦る。

もうすぐ12歳になろうとするガラムにとって、衝撃的な現実だった。
《来てはなりません!ジース・ガラム》
滅多に取り乱さないセツカが珍しく動揺し、咄嗟に子供の自分を抱きしめ、視界を塞いだ。
だがすでに遅く、ガラムの瞳には、脳裏には、悲惨な状況が焼きついていた。
あの優しくて、綺麗で、いつも穏やかに微笑んでいた、たった一人の姉の変わり果てた姿。
乱れた着衣、見るからに陵辱された跡。首を絞められたと思われる痣。
そして致命傷は、心臓に深く突き刺さった姉自身の護身用の剣。
彼女を染めた真っ赤な血が、この部屋で起きた惨状を物語っていた。

「まさかそんな…」
「俺はお前が処刑を恐れて砦から逃げるために、姉さんを脅し、ひどい目に合わせて殺した末、鍵を奪って外に出たとしか考えられない!お前だって知っているだろう?ユナの男が希少な女を殺すわけがない。理由だってない。
なら一体誰が姉さんを殺した?お前しかいないだろう?
それとも何?お前の他に誰かよそ者が忍び込んでいたっていうのかよ!!」

アムイは眩暈がしそうになった。
あの時、自分がユナの砦から出た後、そのような事になっていたとは。
「信じてくれ、本当に俺は知らないんだ。彼女がそんな目にあっていたなんて…」
「とにかくガラムを離せ、暁。そして剣を抜け!お前が犯人であろうとなかろうと、俺はお前と決着つけなくてはならん」
レツの異常なまでの気迫が、アムイの背中越しに伝わってくる。
「レツ、待ってよ!アムイはこの俺がこの手で…」
「ジース・ガラム!」
レツは毅然と叫んだ。
「ロータスのため、誰が暁を討ち取っても文句はない筈。お前でも俺でも。
誰が本人を殺ろうが、…本人の大事なものを奪おうが」
冷酷なその言葉に、アムイは凍りついた。
「レツ…」
ガラムは唇を噛んだ。レツは自分の姉の夫。いくら自分が長の子といえ、義理の兄には違いない。まだ長候補でしかない立場の自分は、15の成人式を迎えたとはいえ、事実上はまだ未成年と同じ。兄などの年長者の言葉を尊重するのが通説だ。
「…レツ=カルアツヤ…。どうしても俺と戦う気なのか」
アムイは唸った。
前回はロータスが止めに入って、互いに勝敗がつかなかった。事実、ユナでもトップを誇る猛者。当時のアムイでは、まだ手に負えなかった相手だったかもしれない。だが、今は。

アムイの様子を、背後からじっと窺っていたレツは、いきなり思わぬ事を訊いて来た。
「お前と【宵の流星】はどういう関係だ?」
その言葉にアムイは血の気が引いた。
「……」
「お前にとって、【宵の流星】はよほど大事な男らしい。…答えがないのが、その証拠と見た」
レツはアムイの反応を探るように見ながら、言葉を続ける。
「知っているか?いや、彼はお前の相棒だ。知らないわけがないだろう?」
「何が…言いたいんだ…」
「我々もこの間まで知らなかったよ。お前の相棒が…セド王国の最後の王子だったなんて」
アムイは目を細めた。とっくにキイの素性は、ユナ族に知られているとアムイは思っていた。そう、何故ならユナは…。
だからレツの言葉が意外だった。
彼らも最近知ったのか…。キイが、罪人とはいえセドナダ家の血を引く王子の子だという事を。
「我々は彼にも用がある。本当にセドの王子かどうか、直に確かめたいのだ」
「……そう…か…」
この様子では、彼らは自分とキイの関係を知らないようだ。これも“金環”と同様、キイにきつく口止めされていた自分の真実だった。
まあ、素性を知っていた昂老人が、簡単に自分の事を仲間達に明かしてしまったのは、不可抗力だったかもしれない。だが不思議な事に、その件については、キイはまったく意に介していない様子だった。

「宵の君に会うまでは、お前の命は取らぬ。今のところはな。
だから安心して俺と戦え。死の一歩手前で止めといてやる!」
そう言うなり、レツはアムイをガラムからもの凄い力で引き剥がした。
「レツ!」
その反動でガラムは地面に尻餅をつき、アムイはかろうじて踏みとどまって、急いで体勢を整えた。
「来い!天下に名を馳せる【暁の明星】。その名が本物か、この俺が確かめてやる!」
レツはアムイに向き直ると、大きく剣を構え、大声で叫んだ。
アムイは反射的に懐から剣を抜くと、レツに刃先を向けた。
ザッ!!!
最初に動いたのはレツだった。彼は素早く剣を回転させると、そのままアムイに突っ込んで来た。
アムイはそれを瞬時に避けていく。どう見てもレツの身体に合った大型の剣と、自分が持っている護身用の短い剣では、完全に分が悪かった。やはりここは気術を使うか…。
だが、レツは気術を習得していない戦士の特徴で、見事なまでの波動防結界を駆使する事ができる。
アムイは彼の大きい剣を避けながらも、ずっと考えていた。こうなれば、奴の懐に入って…。
「逃げてばかりでどうした!その異名は偽物か!?
暁だと?明星だと?最高武人と貴人のみに与えられる、天体の異名が恥ずかしいわ!!」 
アムイはレツの罵りに一瞬の隙を見つけ、猛スピードで彼の懐に飛び込んだ。
「!!」
アムイは目にも留まらない速さで、レツの胸倉を掴み、喉元に剣の切っ先を突きつけた。
「この…!」
レツは空いた手でアムイの肩を掴み、引き剥がそうとする。その反動を利用してアムイは、足を軽々と振り上げ、レツの胸に強烈に蹴り入れた。

ガツッ!!
ザザザザッー!!!
二人は弾かれるように草むらに転がった。

「前より結構やるじゃないか!無駄に歳を重ねてないって事か」
レツは蹴られた胸を軽く叩きながら、のろのろと起き上がった。
アムイもまたすぐに身を翻し、剣を構える。
「だがその剣で、俺の刃(やいば)を受ける事ができるか?」
普段無口なユナの英雄は、戦いどきには雄弁であった。
「そんなもの、やってみなければわからない!」
「勇ましい。口だけでない事を祈る」

カキーン!!

二つの金属音が闇夜に重なり、響き合った。
それを合図に二人の真剣勝負が始まった。

「レツ…アムイ…」
ガラムはただ、二人の鬼気迫る激突に息を呑んで見守るしかなかった。
それだけ二人の間には、凄まじい緊張感が張り詰めていた。

緊迫した空気が、剣が交わり肉打つ音を、薄暗い周辺に伝えていった。
その音は、セツカと、彼に囚われている将校の耳にも届いていた。
「おい、何かおっぱじめやがったぞ。ありゃ止めなくていいのか?
お前さんの言う、無意味な争いじゃないのかね?」
「あれは無意味ではありません。少なくとも…片方には」
「は?よくわからないが、それなら俺だって無意味に戦ってるわけじゃないよ。
これでも上官命令だからね。…その任務を妨害する者は、たとえ友人、肉親でも容赦しない。
そう叩き込まれてるんだ。俺ら兵士はね」
将校の言葉にセツカの顔が曇った。
「……そうですね。人にはそれぞれ、戦う理由がある。それがどんなものであれ…」
「ならさ、もういい加減、俺を解放してくれよ。お前、華奢に見えてすげえ力」
将校は肩をすくめて見せた。セツカはため息をつく。
「駄目ですよ。そんな事したら早速邪魔しに行くんでしょう」
「はは!わかってるじゃないか。……だが俺はお前達が、暁とどんな因縁があろうが知ったこっちゃないがね。
あれは俺が連れて行く。……【恒星の双璧】の片割れ。あれを手に入れればもう片方もおのずと手に入る。
…だろ?」
一瞬セツカが息を呑み、動揺したのが将校に伝わった。
彼はにやっと笑うと、いつの間にか作っていたのか、下げていた右手の掌を開き、灰色の“気”の塊を出現させた。
「!!」
セツカは目を見開いた。
「時間稼ぎご苦労さん。おかげでいつもよりは硬く凝固する事ができた。
鋼鉄よりも硬い、この“鉱石の気”の塊を受けて、お前さん耐えられるかい?」
将校は意地悪くそう言うと、その塊を宙に放った。
それはめらめらと灰色に煙(けぶ)り、ごつごつとした隕石のようだった。
手に納まるくらいの大きさのそれは、遠目で見ているセツカにも、かなり熱くなっているだろう事が容易に想像つく。
塊はきゅるきゅると高速に回転を始めると、セツカめがけて飛んで来た。
「く!」
塊を避けるため、セツカは男を手放さなければならなかった。
セツカは将校を勢いよく突き飛ばすと、機敏に身体を回転させ、飛んで来た“気”の塊を持っていた棒で弾いた。
ガゴッと鈍い音がして、塊は将校の元へと戻っていく。受けた細い棒はビリビリと振るえ、当てた所には焦げた跡がくっきりとでき、そこから灰色の煙が立ち昇っていた。
「へー!お前さんの武器、並の棒じゃないな。この俺の石塊を受けてその程度で済むなんて」
セツカは片膝をついた体勢で、きっと将校を睨み上げた。
「面白い!なかなかの使い手と見た。だがこの俺を止められるかな?
悪いがこの石塊は俺の思うとおりに動いてくれるんでね。そう、自分の手を煩わせずに相手にダメージを与えることができる」
南の将校は口元に笑みを浮かべると、再びその“気”の塊をセツカにけしかけた。その塊はまるで意思を持つもののように、勇猛果敢に突進していく。
セツカは棒を高速回転させ、その塊を弾く。が、塊は弾かれても回転しながらいったん停止し、再びセツカに襲い掛かる。
が、セツカはその塊を上手く避けながら、将校に近寄ると、塊の攻撃の隙を見て攻撃をしかけた。
その敏捷な動きに、将校も絶句した。
彼は仕方なく自分の剣で、セツカの見事な攻撃をかわさなくてはならなかった。
「…凄い。お前、本当に何者なんだ?それだけの腕前、我が軍の上官にもいやしない」
彼の驚き混じりの感嘆した様子に、セツカは初めて余裕の微笑を見せた。
「ユナ族の長をお守りする、一番兵の私を見くびってもらっては、痛い目にあいますよ」

アムイとレツ、セツカと将校。
両者の激しい戦いが、町外れの森の中で繰り返された。
その戦闘は激しさを極め、いつの間にかその二組の攻防がひとつになっていた。
文字通りの乱闘。
目の当たりにしていたがラムもとうとう我慢できなくなり、自分も参戦しようと剣を持つ手に力を入れた。
「お、俺だって!」
ガラムは意気込んだ。
「俺だってユナを統べる長の息子!目の前の戦いを、指くわえて見ているなんてできない!!」
彼は剣を構え、戦いの中に身を躍らせようとした。
が、その時だった。

カッと眩しい光が周辺を襲い、
次の瞬間、轟音と共に彼らが戦っている中心で爆発が起こった。

グワァァァ…ン!!

その爆風で、戦闘中の4人は四方に吹き飛ばされた。

「な、何事だ?」
飛ばされた4人と近くにいたガラムは、呆然と爆音がした場所を見つめた。
そこは無残に焼けただられ、焦げた木々がなぎ倒されて、大量の煙に混じり、小さな残火がちろちろと燃えていた。
何者かに爆弾を投下させられたに違いなかった。

「もーいい加減にそこまでにしな!」
突然、からかうような男の声が、彼方から響いた。

五人は一斉にその声の方向に目を走らせる。

揺らめく残火に照らされ、この場に近づく人影があった。
一人ではない。

「サクヤ!」
ガラムは驚いて叫んだ。
皆の目に、痛めつけられ、背後の男に拘束されたサクヤの姿が飛び込んできた。
背の高い男に、サクヤは喉元に小型の鎌の刃を突きつけられ、しかも背後で後ろ手にされていた。
「ごめん…兄貴」
悔しそうに呟くサクヤの後ろで、男がくっくと笑った。
男は細身でかなり背が高かった。背が高いとされるアムイより、一つ半くらい頭が上だった。
やせ気味に見えるが、それは縦に長いためにそう見えるだけで、むき出された上腕の筋肉の盛り上がりが、男が一般人でない事を物語っていた。短く刈られた赤毛の天辺は、鶏冠のような黄色い毛がつんつんと立っている。耳にはたくさんのピアスをし、むき出しになっている胸元には、双翼の竜の刺青が大胆に彫られていた。見るからに堅気ではない。大きめで切れ上がった猫のような琥珀色の目と薄い唇。とんがった鼻。人を小馬鹿にしたような表情。残忍さと胡散臭さがにじみ出ていた。

「ンなくだらねぇ戦い、止めちまえや!」
「おい!くだらないとは随分な言い草だなぁ、へヴン=リース!まったくいつもながら手荒なこって。
ま、たかが傭兵の身分じゃ、そう感じるのも無理ないか」
「言ってくれるねぇ、気術将校さん。いや、気術兵選抜隊長ミカエル少将」
南の将校、ミカエル少将の言葉に、双翼竜の刺青をした男、ヘヴンはにやりとした。
「ヘヴン…・リース?」
アムイの顔が強張った。その名、その顔、その声。アムイには思い出したくもない男…の一人だった。
「さぁーて!このかわい子ちゃんはだーれのお仲間かな?この子を痛めつけられたくなかったら、俺様から早く奪ってみせてよ」
からかうようなその声。人をいたぶって楽しむ残忍なタイプなのは一目瞭然だ。
ヘヴンはぐいっとサクヤの頬に、鎌の刃先で傷をつけた。
「!!」
ポタッと赤い血が滴り落ちる。
「サクヤ!」
ガラムが駆けつけようと走ろうとしたが、それをいつの間に傍に来ていたのか、セツカががしっと彼の身体を捕まえた。
「離せ、セツカ!」
「ジース!私は貴方の方が大切です。貴方を危険から守るのも私の役目。
彼を助けるのは貴方の役ではない」
「セツカ!!」
暴れるがラムを、セツカは微動だにせず抱えた。
「サクヤ逃げろ!!」ガラムは叫んだ。「逃げてくれよ!!」

「ほら!泣き喚けよ、かわい子ちゃん!泣いて俺に情けを請え!俺は見目のいい奴が怯え戦く姿が好きなんだ」
ぎゅっとヘヴンはサクヤを掴む手に力を込めた。その痛みにサクヤは叫びそうになった。が、ぐっとそれを堪える。その悶絶の表情を抑えようとするサクヤに、ヘヴンはむっとした。
「ふん、意外と強情なんだな。もっと可愛がらなきゃ駄目か。ほら、叫べよ!叫んで仲間に助けを求めろよ!」
執拗にヘヴンはサクヤの腕を捻り上げ、喉をもう片方の腕で締め上げた。
「ぐあぁっ!!」
激しい痛みにサクヤの目に火花が散った。だが、そんな事で音を上げるサクヤではなかった。
途切れる息の中、サクヤは声を振り絞った。
「…るな」
「何?」
「オレを馬鹿にするな…!!」
サクヤはそう言い捨てると、渾身の力を込めて身体をよじり、思い切りヘヴンの右脛を片足で蹴り飛ばした。
「ぐっ!」
捕まえた獲物に反撃されるとは思いもしなかったヘヴンは、油断していたのか、モロにサクヤの蹴りを受け、顔を歪めた。
その瞬間、ヘヴンの手が緩んだ。
それをサクヤが見逃す筈がない。
紐で後ろ手に縛られながらも、サクヤは思い切り自身の身体を揺さぶり、ヘヴンの腕から逃れようとした。
「この…!」
サクヤの動きに翻弄され、思わず手を離してしまったヘヴンに、サクヤは半身を翻し、再び彼めがけて蹴りを食らわそうと足を振り上げた。しかし、ヘヴンの方が体勢を整えるのが早かった。
「生意気な!!」
ヘヴンは向かってくるサクヤに、素早く小型の鎌を振り下ろした。
速い。
どう見ても、サクヤの眉間に鎌の刃先が当たる方が先だ。
(避けられない!?)
サクヤは焦ったが、もう遅い。目の前に刃が迫ってくる。
「サクヤ!!」ガラムは思わず手で顔を覆った。
サクヤも反射的にぎゅっと目を瞑った。
あわや切られる!と思った瞬間、大きな力がサクヤを後方に押しやった。

ザシュッ!!

「!!?」
肉を切る音に驚いて、瞬間的にサクヤは目を開けた。
その彼の目に真っ先に飛び込んできたのは、真っ赤な血飛沫だった。
「え…?」
それはどう見ても自分のではない。
唖然と前方を見ると、自分を庇うようにして盾になった、大きい背中が目に入った。
「兄貴!!」
サクヤは真っ青になった。
自分を押し退け、代わりに刃先を受けたのは、アムイだったのだ。
サクヤを庇うように立つアムイの額はぱっくりと切られ、そこから血が滴り落ちていた。
「う、嘘だろ?兄貴…!!」
アムイは流れる血を振り払うと、止血のために強く左手で額を抑えた。
ショックのあまり、サクヤは足元から震えが昇ってきた。
サクヤの記憶では、共に行動してきたこの一年以上、今まで【暁の明星】が、敵の刃(やいば)で頭から上の領域を侵された事実はない。それが自分の代わりに傷を受けた…。サクヤは自分の身体から全身の血が引いていく感覚に飲み込まれた。
「兄貴っ!!兄貴、血が…!」
前方の敵を睨みつけながらも、アムイは取り乱すサクヤに、落ち着くようにと手で制した。
「気にするな!大した事はない」
だが、アムイの声は微かだが震えていた。それは怒りのためであった。
アムイのその行動に、周囲は驚き、息を呑んでその様子を凝視した。
特に驚いたのは、誰あろう、傷をつけた当の本人ヘヴン=リースだった。

「おい、マジかよ…!」
ヘヴンは信じられない、と言った表情で、アムイの血で染まった額を見つめた。
だがその顔は、みるみると面白そうな表情に変わっていく。そして突然、笑い出した。
「あはははっ…!!お前がキイの他に身を挺して守る人間がいたとは!」
ヘヴンを睨むアムイの目が、ますます色濃く怒りで燻った。
その目に気づき、ヘヴンは益々面白がった。
「アムイよぉ。お前、昔と比べて随分いい顔するようになったじゃんか!昔は俺が何したって、表情すら変えないつまんねぇ奴だったのに!」
サクヤはヘヴンの科白を呆然として聞いていた。まるで、昔馴染みのような…。
「それがどうした、ヘヴン」
「いや、これは思わぬ収穫。…そいつ、やっぱりお前の仲間か。いつも人を寄せつかねぇ奴がまさかと思ってたけどな。
しかもそいつを守るために簡単に身を投じ、自ら刃(やいば)を身体で受けるとはね!
…お前が【宵の流星】以外の人間に我を忘れる所、はっきり見せてもらったぜ」
アムイの顔色が一瞬変わった。ヘヴンがそれを見逃すはずがない。
彼は自分の心の中がどんどん愉快になってくるのを抑え切れなかった。
「会いたかったぜぇ、アムイ。お前のその顔、俺は一度たりとも忘れたことなかった」
わざとらしく猫撫で声を出すヘヴンに、アムイは苦々しく呟いた。

「心にもない事を言うな。お前が会いたかったのはキイの方だろう?
お前は昔……キイの親衛隊の一人だったんだから…!」

にほんブログ村 小説ブログ ファンタジー小説へ
にほんブログ村

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年9月25日 (土)

暁の明星 宵の流星 #113

突然乱入してきた少年に、戦闘中だった二人の動きが緩んだ。アムイは驚きのあまり目を見開き、声を発することなく相手の剣を受け止める。
だが、横槍を入れられた南の将校らしき男は、思わぬ事実上の助っ人に面白がり、二人のやり取りをしばらく窺おうと攻撃の手を止めた。
見るからに動揺していたのはサクヤだった。
「やめろ!」
サクヤはガラムを止めようと、アムイの前に躍り出た。
「邪魔すんな!!」
ガラムは興奮状態で、剣を振り回す。その剣をサクヤは己の短剣で受けながら、空いた手でガラムの片腕を捕らえた。
「何で邪魔すんだよ!サクヤ!こいつが俺の姉さんを殺した男だ!!離せよっ!」
「落ち着けよ!何かの間違いだ!兄貴はそんな事をする人じゃない」
「兄貴…?」
その言葉にガラムはハッとした。
「嘘だ…!サクヤのツレって、アムイ?何でこいつなんかと…!」
一瞬動揺した隙に、ガラムの手からサクヤは剣をもぎ取った。
「あ!何すんだよっ」
ガラムはこぶしを振り上げながらサクヤに掴みかかっていく。サクヤはそれを受け止め、落ち着かせようと掴む手に力を込めた。
「いいから落ち着け、ガラム!」

「…ガラム…?」
それまで無言だったアムイが、突然口を開いた。
「…ガラムって…あのガラム?ユナの民の…!あの小さかった…?」
「兄貴?」
アムイのその呟きにも似た言葉に、ガラムは声を荒げた。
「そうだよ!!俺、もうあの頃のチビじゃない!お前なんかに絶対に負けない!姉さんの仇…」
「姉さんの仇って…。ロータスがどうかしたのか?」
アムイは解せない、という表情で、ガラムを見つめた。それが彼の神経を逆撫でした。
「しらばっくれるなよ!アムイ!!俺の大事な姉さんをあんな殺し方しておいて…!
あれだけ姉さんに世話になっておきながら…恩を仇で返すなんて!
信じられない!お前みたいな外道はこの俺の手で成敗してくれるっ!」
サクヤに抑えられながらも、ガラムは大声でまくし立てる。その目には涙が浮かんでいた。
「待て!どういう事だ!?俺は何も…」
アムイはそんなガラムに戸惑った表情を隠すことなく、構えた剣を思わず下ろした。

「へぇ…。やはりお前、【暁の明星】だったのか」
南の将校のその声に、はっとしてアムイは我に返り、再び男に対して体勢を整えた。
「確かに極上の“金環の気”の持ち主。有名な【風神天】の紋章が入った剣を持っていないってのが、ひっかかっていたが…」
男はニヤリと笑うと、持っていた剣を鞘に収めた。
「あーあ、残念。“金環の気”の単独使いをまた一人消せると思ったのになぁ。
…お前さぁ、【宵の流星】をどこに隠した?
上の命令でね、宵を手に入れるまでは暁を殺すな、と。宵の居所を吐かせてから殺せ、と言われててね。
…ったく、めんどくせぇ事よ」
南の将校は再び、己の“気”を凝縮し始めた。
灰色の“気”が男の体から立ち上り、地面に転がる小石が反応し、パラパラと跳ねる音を立てる。
「さっきは波動防結界に邪魔されたが、次は簡単にはそうさせない。
金環が王者の“気”だとしても恐れるに足らず。力だけではないからなぁ、“気”の戦術は。
とにかく暁殿、大人しく捕まってくれないか?」
言い終わらぬうちに、いきなり男は灰色の“気”をアムイめがけてぶつけて来た。
「うっわ!」
間一髪でアムイ達は攻撃を避け、左右に転がった。
放たれた灰色の“気”はうねりを利かせ、後方の大木に大きな音を立てて命中した。
「くそ!」
アムイはすばやく体勢を整えると、短剣を構えながら“気”の凝縮を始める。
「おっと!させないよ」
男はそう叫ぶと、第2波を放つ。
「兄貴!」
ガラムを庇って共に転がったサクヤが、反射的に立ち上がろうとした。
「あいつを助ける気かよ!あいつは姉さんの仇だ!サクヤ、行くな!!」
ガラムはそう叫ぶと、サクヤの腕を掴み行かせまいと引き寄せた。
「離せよ、ガラム!!そんなの何かの間違いだ!俺の兄貴はそんな人間じゃない!」
サクヤは掴んだガラムの手を激しく振り払った。
「サクヤ!!」
ガラムとサクヤは揉み合いになった。だが、力はサクヤの方が上だった。
サクヤはガラムを突き飛ばすと、アムイの元へと必死に駆け去った。
「…畜生っ!」
ガラムは地面に落ちていた自分の剣を急いで拾うと、彼もまた、サクヤを追って弾かれる様に走り出した。

するりと攻撃をかわしたアムイは、中断された“気”をまた凝縮しようとする。が、その隙を与えまいとして男の攻撃がどんどん激しくなっていく。
「安心しろ、今は殺しはしない。これでも気術戦法は得意中の得意でね!
ちょっと身体を傷つけて、動けなくするだけだから」
男はニヤニヤと笑いながら、アムイを追い込んでいく。
(は、早い…)
激しい攻撃を俊敏な動きでかわしながらも、アムイは珍しく翻弄されていた。
“気”を扱う武人や戦士、軍人は、ピンからキリまでいるが、自分の思い通りに、言葉どおりに己の手足のごとく操る人間は一握りである。
それからすると、この南の将校はかなりの気術の使い手だった。
まるで賢者クラス…。
王者の“気”・金環を使いこなせるアムイと同格、いやもしかしたらそれ以上の腕の持ち主に間違いなかった。
今まで必要ないからと使ってこなかった、波動を防ぐ結界を張ることになるかもしれない。
アムイは剣を空中に振りかざした。結界はそう簡単に張れるものではない。様々な用途、規模など、色々な結界があるが、特に波動攻撃を封じたり、防ぐものに関していえば、一回張った後、時間が経てば効果が薄れ易く、しかもすぐに張り直すことが難儀である。
余程の場面でなければ使えない、いわば使うタイミングが一番難しい術かもしれなかった。
しかもこれらの結界には、自分の発した“気”も相手の“気”も関係ない。
反気(はねかえす)、吸気(吸い込む)、無気(効能を消す)という種類を持つ波動防結界の効果で、張られた時間、“気”自体が使用できない状態になるのだ。そのこともあり、大抵の波動防は、気術を使えない者が取得する防御のひとつであった。
ということは、一時、自分も波動攻撃ができなくなるという事だが、背に腹は変えられない。
アムイは剣先で魔方陣を描き始める。
と、それに気づいた男はアムイの剣めがけて強力な“気”を放った。

ガーッ!!バキバキバキーッ!!!

周りに閃光が走った。
寸での所でアムイは結界を張るのに成功し、男の灰色の“気”を跳ね飛ばした。
「くそう!」
男は舌打ちし、素早く腰の剣を抜く。
アムイも剣を構え直した。
「はっ!そんな護身用の短剣で、どこまで相手になるのやら」
男はアムイに襲い掛かった。
ガキッ!!
鋭い金属音が薄暗い森林にこだまする。
「兄貴!!」
その二人の間にサクヤが割り込んだ。
「サクヤ!来るな!」
アムイは男の剣を受けながら叫んだ。
「おい!待てよ!!アムイは俺が殺るんだ!!手ぇだすなっ!」
追いついたガラムが大声で叫ぶと、男の前に躍り出て、剣を振り回した。
「ガラム!」
「おい!やめろ!!危ない!」
突然入り込んだガラムに、アムイは怒鳴った。
もちろん腕前は南の将校の方が数段上だ。簡単にガラムの剣は男の剣に攻め立てられ、空中を舞った。
「ああっ!剣が…」
「このガキ!邪魔なのはお前なんだよ!!」
割り込んできたガラムに苛ついていた男は、ここぞとばかりに剣を振り下ろした。
「!!」
ガラムは思わず目を瞑る。
その瞬間、ガラムを庇うように大きな人影が男に立ちはだかった。
キーン!!
鋭い金属音がして、将校の剣は大柄な男によって遮られた。
「レツ!」
「邪魔なのは貴様の方だ」
有無を言わさぬ迫力で、レツは南の将校を睨みあげた。
「何だ!貴様!!」
いい加減何度も邪魔されれば、南の将校の忍耐もつき、声も荒々しくなってくる。
「ええい!そこをどけ!俺は暁に用があるんだ!」
「何を言う!俺の方だって!」
興奮するガラムに男は益々苛立ち、加えて何一つ表情を変えないレツに憤りが増した。
レツと将校は激しく剣を交差し始めた。

「兄貴、とりあえず今のうちにここを去ろう!」
思いがけない両者の戦いに、サクヤはアムイにこう耳打ちした。
「しかし…」
「とにかく馬はどこに?この隙に逃げないと、大事(おおごと)になるよ」
サクヤはそう囁くと、アムイの腕を掴み、この場から逃げようと引っ張った。
「そうだな」
アムイの脳裏にキイの顔が浮かんだ。
今、自分が捕まるわけにはいかない。あのキイの事だ。もし捕まった事が知れたら、いや、それを餌に誘き出されたら…。“気”を封じられた状態でも助けようと敵に姿を現すに違いない。あいつにそんな事はさせられない。自分が今優先しなければならないのは、キイを守る事だ。
アムイは頷くと、サクヤと共に馬を繋いである林の方向に走り出した。

レツが南の将校の相手をしている間に、ガラムは急いで剣を取りに走った。
セツカの機転で周辺に灯りが置いてあったため、難なく落ちていた剣が見つかった。
剣を手にし、顔を上げた瞬間、ガラムの目にアムイとサクヤが連れ立って森を抜けようとする姿が映った。
「逃がすもんか!!」
ガラムは剣を構えて、二人の後を追った。
激しい攻防を繰り返していたレツ達も、アムイ達に気がついた。
「くそ!お前らのせいで、折角の獲物を逃がしちまうじゃないか!」
南の将校とレツは、互いに交わしていた剣をはずすと、アムイ達の後を追った。
「兄貴!気づかれた!」
サクヤはの言葉に、アムイは片手で小さな“気”の玉を作り始めた。
追っ手はもの凄いスピードで二人に迫ってくる。
「この森を抜けた先、道の向こう側の林に馬がいる。何とかそこまで振り切れ!」
アムイはそう言うと、作った“気”玉を後方に投げつけた。

ボン!

軽快な音を立てて玉は破裂し、赤い霧が広がった。
「ち!目くらましかよ!だがこんな程度で簡単に逃げられると思うな!」
南の将校はそう叫ぶと、霧の中を突進し、“鉱石の気”を前方に向けて勢いよく放った。
「うわっ!!」
アムイとサクヤはぎりぎりで攻撃を避けたが、周りの木にぶち当たった“気”の衝撃で、二人は軽く吹き飛ばされた。
「逃がすか!暁!!」
南の将校が剣を振りかざしながら、アムイに急接近しようと動きを早めたその時、突然背後から覆いかぶさるようにして彼は動きを封じられた。長い棒のような物が、将校の正面、胸からわき腹にかけて、襷(たすき)がけのように斜めに食い込む。その棒の両端を、背後の人間ががっちりと握り締めている。
「なっ?何だ!?」
動こうとしても、もの凄い力でびくともしない。背後にいる人間は、確かに己よりも小柄と思えるのに、信じられないような力で自分を拘束している。
「申し訳ありませんが、貴方にはしばらくご遠慮願います」
背後で落ち着いた男の声がした。
「お前、誰だ?」
「名乗るほどの者ではございません」
憎らしいまでに冷静な声の主はセツカだった。
「く…!気術将校の俺を封じるなんて、お前…只者じゃないな?どこの兵だ」
その問いにセツカはまったく答えず、涼しい顔をしてこう言った。
「私はただ、無意味な争いが嫌いなだけです」
「この…!!」
将校はセツカを振り払おうともがくが、まったく効き目がない。
「セツカ、よくやった!俺がアムイを討つまでそうしててくれ!」
ガラムはちらりとセツカの方向を見ると、そう叫びながらアムイの方へと走った。
その後を、同じくレツも追いかける。
途端に、今まで涼しげな表情をしていたセツカの眉間に、苦渋の色が浮かんだ。
(……どうか、ジース。長の子としての立場を忘れないでいただきたい…)
セツカは切ない目で、小さくなっていくガラムの後姿を見つめ続けた。

将校の波動攻撃を受け、一人になったアムイに、これ幸いとしてガラムが襲ってきた。
咄嗟にアムイはガラムの剣をかわす。
ガラムは興奮状態で、無我夢中で剣を振り回している。
「やめろ!ガラム!冷静になれ!!」
アムイは叫んだ。

その様子に気づいたサクヤは、慌てて二人の元へ急ごうと転倒した場所から起き上がろうとした。
が、その時、何者かにいきなり体をうつ伏せに押し倒され、もの凄い力で押さえ込まれた。
「!!」
突然の事で、サクヤは気が動転した。
「だ…」
誰だ?言おうとした途中、その何者かにサクヤはもの凄い力で、地面に頭を叩き押さえつけられた。
(あ、兄貴…!!)
サクヤはぞっとした。まさか、敵がこの騒ぎに気づいて、援軍が来たのではないだろうか。
サクヤは何とかしてこの力から逃れようと抵抗を試みた。


一方のアムイは、執拗に向かってくるガラムに手を焼いていた。

ガキッ!!

ガラムの剣を何とか己の剣で封じると、もう片方の空いた手でガラムの持ち手を押さえた。
「離せよ!!」
ガラムはもがいた。だが、力はアムイの方が上だった。難なくガラムは剣をもぎ取られ、アムイに両手を拘束されてしまった。
アムイは己の短剣を片手で器用に懐に仕舞うと、その手でガシッとガラムの腕を掴んだ。
「一体、どうしたっていうんだ?何があったんだ?」
アムイはガラムの目を覗き込んだ。彼の緑色の瞳は見る見るうちに涙で溢れてきた。
「しらばっくれるなよ!!ね、姉さんを…あんな目に合わせて…。お前しかいないんだよ!そんな事できたの!!」
「だから!!一体何があったというんだ、ガラム!本当にロータスが殺されたのか?」
「身に覚えがないなんて、そんなの言わせないぞ!!
お前がユナの砦から出られたこと事態が、その証拠じゃないか!!
お前が姉さんをたぶらかし、“外界への扉”を開けさせなければ、どうやって砦から逃げ出せたんだよ!!」
「確かに扉を開けてくれたのは彼女だ。だけど俺は…」
ガラムの顔がくしゃくしゃになった。
「お前しかいないんだ!!よそ者のお前しか!
女が貴重なユナ族は、どんな罪人であろうが、いくら掟を破った女だろうが、決して女は殺さない。
あの夜、お前がいなくなり、扉のある部屋で姉さんが陵辱され、無残な死体となって発見されたのが全てだ!
しかも扉は開いていて、鍵までなくなっていた。
そしてお前はのうのうと外に出ている。
お前がやってないとしたら、誰がそんな事をするんだよ!!」
アムイは驚き、信じられないといった表情でガラムの顔を凝視した。
「そ、そんな顔したって騙されるものか!姉さんの仇!!絶対に許さない!」
ガラムはそう叫び、益々アムイの手から逃れようと身体を揺さぶった。
「落ち着け!ガラム!俺は本当に何もしていない。何かの間違い…」
「ガラムを離せ、暁」
突然背後から首筋に剣を押し当てられ、アムイは身体を硬直させた。
「レツ!」
ガラムの顔がぱぁっと輝く。
「お前は…」
「…4年ぶりだな、暁。お前とは決着つけなくてはと、ずっと思っていた」
低くて、背筋が凍るような声だった。
「さあ、俺と戦え!ロータスのために」
「レツ=カルアツヤ…!!」

4年ぶりに再会した、ユナ族きっての勇猛果敢な英雄に、アムイは背中が強張るのを抑えきれなかった。

にほんブログ村 小説ブログ ファンタジー小説へ
にほんブログ村

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年9月11日 (土)

暁の明星 宵の流星 #112

「おい!待てこの野郎!!」
兵士達の怒声が路地裏に響く。
サクヤとガラムは、追っ手から逃れようと懸命に走る。
だが、複雑に入り組んでいる裏通路は、この町をよく知らない二人にとって、まるで迷路のようだった。
彼らを撒こうと、二人はあらゆる路地に入り込むが、一向に大通りには出られない。かえってどんどん奥に入っていくようだ。
「しまった」
サクヤは顔をしかめた。
思わず駆け込んだ先が、袋小路だったのだ。

「おーい。もう逃げられないぞー」
二人の逃げ込んだ先が、行き止りと知った兵士の一人が、からかうような口調で言いながらやって来る。
あっという間に5~6人の男達に囲まれてしまった。
突き当りの壁に追い詰められながらも、サクヤは男達を睨みつける。
「へぇ」
一人の兵士がサクヤを見て感嘆したような声を出した。
「どんなヤローが奪っていったかと思えば、すげぇ可愛いじゃねぇか」
サクヤはその言葉にむかっとした。いくらなんでも、いや、昔から聞きなれた言葉とはいえ、25過ぎの大の男に言う科白じゃねーだろ、と。
自分では童顔だとは思ってはいないが、いつも実年齢よりも下に見られるのはいつものことだ。本音を言えば悔しくないというのは嘘である。せめて色男ぐらいにしてくれよ…可愛いんじゃなくて…。
そう思い巡らしているうちに、サクヤはだんだんと腹が立ってきた。
まったく、どいつもこいつも。自分よりも見た目が柔なら、どうにでもできると思っている馬鹿が多すぎる。
本当は目立ちたくなかったが、仕方がない。
「これはまた…。だがなぁ、人様のものを横取りするっていうのは、どうかと思うぞ。
お前もこの坊主と一緒に、俺達をコケにするとどういう事になるのか、教えてやらないといけないな」
サクヤの片眉がピクっとあがった。
「やれるものなら、やってみろ」
「何だと!?」
反抗的なサクヤの態度に兵士達の形相が変わった。
「生意気な!!」
兵士の一人が二人に飛び掛かろうとするのを合図に、他の兵士もわっと二人に襲い掛かる。
サクヤはガラムを庇いながら、飛び掛かって来た兵士に痛烈な蹴りを腹に食らわした。
「ぐわ!」
「…この野郎!」
襲いかかる他の兵士を華麗にかわしながら、サクヤはガラムの腕を引っ張って、その場から逃げようと走った。
だが、こんな事で諦める兵士達ではない。
すぐに二人に追いつき、乱闘となった。
「ガラム!」
「大丈夫!!」
見るからにあどけないガラムであったが、さすがに剣を所持してるだけあり、武道の基本ができていた。
意外と敏捷な立ち回りで、取り囲む兵士達を翻弄していく。
だが、やはり普通のごろつきとは違い、そこは訓練された戦いのプロだ。相手もしぶとく二人を追い詰める。
場数を踏んでいるサクヤは三~四人を相手に奮闘していた。だが、他の兵士の執拗なまでの攻撃に、ガラムに疲れが見え始め、思わず膝をついてしまった。その隙を察して兵士の一人がガラムを殴ろうと襲い掛かった。
「危ない、ガラム!!」
彼を助けようと、サクヤはの兵士達を押しのけようとしたが、行く手を遮られてしまう。
「逃げろ!!」

その声も間に合わず、男の鉄拳がガラムの頭に命中するかと思われたその時。
バキッという大きな殴打の音と共に、ガラムではなく、相手の兵士が軽く宙を飛び、後方の壁に激突した。
一瞬、誰もが息を呑み、その場がしん、と静かになった。

「レツ!!」
その静けさを破ったのは、ガラムの歓喜の叫びだった。
(レツ…?)
彼が喜びの眼で後ろを振り仰いだ先に、一人の男が立っていた。
背が高く、かなりがっしりとした体つきの、見るからにバランスのよい肢体。
無表情な端正な顔が、男のストイックな風情を醸し出し、切れ長の黒い双眸が威嚇するように光っていた。
歳は30近くか。後ろに撫で付けた黒い髪が、先ほどの動きのせいで、はらりと乱れ、少々額にかかっている。
ガラムを殴ろうとした兵士を、寸での所で殴り飛ばしたのはこの男だったのだ。

「ジース・ガラム、ここにいたのか」
レツと呼ばれた男の、抑揚のない低い声に、兵士達は我に返った。
「この野郎!!」
ガラムの近くにいた兵士数名が男に飛びかかろうとした。
が、レツは表情をまったく崩さず、向かってきた兵士達を豪快な鉄拳でなぎ倒していく。
「ぎゃぁあっ!!」
あっという間に数名の兵士をのしてしまったレツの迫力に、残った兵士らは震え慄いた。
その男は立っているだけでも重圧感のある、戦い慣れた戦士の“気”をまとっている。
彼は残った兵士達の方へ、ふらりと向かうと、凍えるほどの冷たい声で言い放った。
「お前達ごときに抜く剣はない。早々に立ち去れ」
有無を言わさない気迫に、先ほどまで尊大だった兵士達は、青くなって後退る。
「お、おぼえてろ…!!」
兵士達はそう言うのがやっとだった。彼らは倒れている仲間を抱えると、一目散に逃げ出した。

「サクヤ!大丈夫?」
呆然と立っていたサクヤに、ガラムはニコニコしながら駆け寄ってくる。
「大丈夫だよ。それにしてもすごい強い人だな…。あの人が君の言っていたお連れさん?」
サクヤがレツに視線を移すと、その背後から優しげな声がした。
「我々のジースを助けてくださいまして、ありがとうございます」
「ジース?」
大柄なレツの後ろから、ひょこっと一人の男が顔を出した。
レツよりは幾分年上かと思われるその男は、彼とは対照的だった。背丈はサクヤよりは少し高いが、がっしりしたレツと比べ、華奢な感じだ。だが、マントの下から垣間見える筋肉が、彼も相当鍛えていることが容易にわかった。ガラムよりは明るい色の長い髪を後ろでひとつに束ね、黒味がかった緑色の瞳が少し吊り上り気味の双眸から覗いている。物腰も声も、人当たりよくて柔らかい印象を与えるが、芯の部分では他人を寄せ付けない何かをサクヤは感じ取った。そう、肝心な部分では、一線を引いている感じ…。
幾度となく、色々な人間を観察してきたサクヤには、ある程度、瞬時に相手を見抜く力があった。
それから見ると、もう一人のレツという男は口数も少ない無骨な、しかもアムイと同様、簡単に人に心を開くタイプではなく、何でも内にこもる感じに見えた。
「ジースとは、我々の一族の長の子のこと。つまり次期長候補の称号です」
「ガラムが?」
そう言われてみると、ガラムは立ち居振る舞いに気品があった。あの屈強な兵士達を前にしても、一歩も譲ることない、気性の激しさ。屈服に徹しないその誇り高い一面は、一族の頂点に立つ長の後継者候補なら合点がいった。
「うん。長の子は皆そう呼ばれるんだよ。…で、今話しているのが、父さんの側近のセツカ。その後ろにいるのは義兄のレツ」
ガラムの言葉に、二人は恭しく頭を下げた。
「そうか…。でもよかったな!お連れさんが見つけてくれて。これでオレも安心して行くことができるよ」
サクヤはほっとした笑顔をガラムに向けてから、後方にいる二人に視線を移した。
「今、この国は東の次にかなり物騒です。どうか気を付けて旅を続けてください。
ガラム、もう迷子になっちゃだめだぞ。…それじゃあオレはこれで。オレも連れを待たせてるんで…」
と、サクヤが急いでこの場を離れようとした時、突然ガラムの手がサクヤの腕を掴んだ。
「待って!行かないでサクヤ。助けてくれたお礼に送らせてよ」
「え?」
サクヤは突然の申し出に驚いた。
「助けたって…。実際助けてくれたのはオレじゃないだろ?いいよ、そこまでは…」
「何言ってんの?絡まれた俺を助け出してくれたのはサクヤじゃない。
それにこの国は物騒なんだろ?もう日も暮れて、尚更一人じゃ危ないよ。
ユナの一族は受けた恩は絶対に忘れないし、必ず恩を返せという教えがあるもの!」
(ユナ…?)
どこかで聞いたことのある名前だった。どこでだったか…。サクヤは自分の記憶を手繰り始めた。
一方、ガラムの言葉に、年長のセツカはちょっと困った顔をした。ガラムはそれが自分の提案を咎められたと思い、今度はツレの二人に向かってまくし立てた。
「そんな顔しないでよ、セツカ!それに驚かないで聞いてくれる?
実はサクヤはセド人なんだよ!こんな偶然、滅多にないだろ?これもきっと天のお導きだよ!
このままサクヤを返したら、きっとご先祖様だって怒るよ。
だってユナ族はセドを治めるセドナダ家の……」
「ガラム!これ以上言ってはならない」
突然、今まで無表情だったレツが、毅然とした声でガラムの言葉を遮った。
ガラムははっとして口を噤んだ。その様子にセツカは機転を利かしたのか、何事もないような穏やかな顔をして、サクヤに言った。
「貴方はセドの方でしたか…!それでは尚更、このままお一人でお返しすることはできませんね。同じ東の民として、どうかジースの気持ちを汲んでやってください」
「東の…?   --あっ!」
サクヤは思い出した。

大陸の中で、一番の大きさを誇る東の国は、三民族、六州村と言われているが、それは他国が大まかに分けて整理したのであって、実際のところ、セドのような小国が三つ(そのうちのセド王国は消滅)四つの州と大きな村が二つ。小さい村は把握できないぐらい多い。民族も細かく分ければ八民族くらいにはなるのだ。
その他に、東の国には独立した国や島があって、その代表が北端にある聖天風来寺がある聖天山だったり、南端にある神の国オーンが代表的だったりする。
そして島が多い東では、島民と大陸民が共同に住まう島が多いが、中には昔からの自治を貫く島がある。それは東で一番大きい島国、キサラ島のキサラ族が有名だが、東端に位置する島々を統べる、一民族も密かに東の国では知れ渡っていた。
その一族が確か、ユナ族だ。この大陸に、閉鎖的な民族や国は多少存在するが、この東の東端のユナほど、閉鎖的な民族はないとされている。ほとんど大陸にその姿も名も現さない。本当に東の国の人間しかその存在は知られていない民族なのだ。

このように多種多様な東の国を統べる事が、どれだけ大変なのかは、この国をまとめていたセド王家の滅亡で顕著になってしまった。

今は東の国で一番大きな州である風砂(ふうさ)が何とか東を統率しようと奮闘しているが、好戦的で、次の東統治を夢見る2番目に大きい東端の荒波(あらなみ)州の干渉で、うまくいかず、隣国である南にも脅かされ、治安も乱れ、ほぼ無法地帯のところも多数でき、カオス状態が続いている。
この状況から、どれだけ東の国民(くにたみ)が、セド王国の統治に甘んじていたのは、やはりセド王国のセドナダ家が、神の血を引く神王である、という事が大きかったのがはっきりしたのだ。
セドは東の象徴だった。
その存在が無くなって初めて、東の人々はセドの存在の大きさ知った。セドに成り代わろうとする州村が多かったのに、今更皮肉なことであったが。

そういう事情の東の国ではあったが、特に自治民族が多い島国も、セドラン共和国の時は、セド王家の意向に沿って、東の大陸の一員として協力していた。しかし、そのセド無き後、自治国は自治国というスタンスを持って、ここ数年、大陸と交流しないところもあった。その一番が先ほどの東端のユナ族である。
そのユナの、しかも長の後継者がなぜ北の国に?
サクヤは驚きのあまり、ガラム達を凝視していたのに気づいていなかった。
「どうかしましたか?サクヤ」
セツカが不思議そうにサクヤの顔を見た。
「いえ、あの…。ユナって、あの東の端の…ですよね?」
「うん、そう!」
代わりにガラムが人懐っこい笑顔で答えた。
「でも俺、ここでセドの人に会うとは思ってもみなかった…。一部のセド人が難民になって大陸に散った、っていうの本当だったんだね…」
サクヤはガラムのその言葉に、力なく笑うしかなかった。
滅多に大陸に出て来ないと言われているユナの人すら、セド王国が滅んだことは関心の的になっていたようだ。
南の国を飛び出してからは、自分と同じセド人と、サクヤは会ったことがなかった。いや、互いにセド人とわからずにすれ違っていたのかもしれないが、生き残りは自分だけではないかと常に思っていた。…アムイに、キイに会うまでは。

かなり日も落ち、辺りは暗くなってしまった。
結局サクヤは、ガラム達の好意に甘えて、アムイが待っているであろう町の外れへと、一緒についてきてもらうことにした。
確かに繁華街を出てしまうと、あとは寂しい林道が続くばかりだ。これでは男であろうがなかろうが、一人歩きはかなり危険といってもいい。だからこそサクヤの足は無意識のうちに速くなる。天下の猛者である【暁の明星】だとわかっていても、サクヤは一人にしてしまったアムイが心配でならなかった。

各々小さな携帯用の灯りを持って、四人は足早に町の外を目指した。
サクヤの横にガラムが肩を並べるようにして歩き、他の二人はそれに続くよう、後方からついてきている。
「ねぇ、ガラム。さっきも言いかけていたけど、ユナとセド王家には、何か繋がりがあるの?」
サクヤは小声でガラムに尋ねた。実はさっきからずっと気になっていたことだ。
しかし、その話を遮ったレツの強固とした物言いが、この件については他言してはならない、という無言の圧力であるのは明白だった。それでもサクヤは我慢できずに、こっそりとガラムに訊いた。
「…ごめん。それについてはやっぱり父さんの了承を得ないと、言えない事だったんだ…。サクヤがセド人と知って、つい…気が緩んじゃって…」
「そうか。オレこそごめんな」
サクヤはちょっとがっかりした。本当は少しでも、故郷に関する事を知りたかったからだ。自分は7歳まで故郷にいたが、崩壊後は他国で世話になっていた。強くなる事ばかり思って生きてきた自分であったが、意外と郷愁の念に駆られていたのに最近気がついた。
それもやはり、アムイと出会ってからだ。
「ううん、俺こそ。こんなだから一番の側近のセツカを寄越したんだよなー、父さんは。俺が他国に出ることをすごく反対していたから」
「そうなんだ…。オレもユナ族って、滅多に他国には来ない民族だと親から聞いていたから、どうしてかな、と思っていたけど…。
ガラムはどうしてこんな物騒な北の国に…?」
ガラムの顔が、突然曇った。言おうかどうか、迷っているような表情だった。
「あ、いいよ!またオレ余計なことを…。ごめんな、話したくないなら別に…」
「いいよ、サクヤなら」
ガラムが決意したように小声でポツリと言った。
「え?」
「セド人のサクヤなら信用できる。…それに、もしかしたら協力してもらうこともあるかも…しれないし…」
サクヤは思わずガラムの横顔を凝視した。そしてガラムは続けて低く小さな声ではっきりと言った。

「俺ね、仇を討つんだ」
思わぬ言葉にサクヤの目が見開いた。
「仇…?」
ガラムの口元がわなわなと震えている。
「仇って…誰の…」
「俺の姉さん」
「お姉さん?」
ガラムは力強く頷いた。
「俺の、大事な、たった一人の姉さん…」

ガラムには他に兄弟がいる。だが、女の姉妹は一人しかいない。しかも彼女は…。
「姉さんと俺は母さんが一緒なんだ。…父さんの前の奥さんが死んで、後妻に入ったのが俺の母さんでさ。姉さんはその連れ子。だから長の家系とは関係ないんだけどね。…俺には優しくて、大好きな姉だった…」
ガラムは遠い眼をしてそう説明した。
「その姉さんを、穢して尚且つ残酷に殺した…。
俺、やっと15になったんだ。成人式を終えたら、絶対そいつを捜して仇を討とうとずっと思っていた」
サクヤは言葉なく、ガラムの厳しい横顔を見つめた。まるで十年前の自分を見ているようだった。
絶対許せない、仇を取ってやる…!
15歳の自分も、その復讐心を胸に秘め、ずっと生きてきたのだ。
サクヤは人事には思えなかった。ガラムの様子を見ながら、胸がちくちくと痛む。
「…それで…。こうして旅を…。じゃあ、他の二人は君と一緒に…」
「うん。でも父さんの側近であるセツカは、俺を思いとどまらせようとくっついてきてるけど、レツは俺と一緒なんだ」
ガラムはちらりと後方からついてきている二人を見た。
「レツは姉さんの第二夫君(だいにふくん)だからね。俺と同じ気持ち」
「第二夫君?」
「あ、そうか。他の国は違うんだっけ。
…ユナ族は一妻多夫婚。レツは姉さんの2番目の夫なんだよ」
その話は初めて知った。
確かに女が少ないこの大陸では、このような結婚形態があって当たり前のようだが、昔からの習性が今だ続いており、男性中心の大陸では、かなり稀な方であった。
「…とにかく、俺、島には今戻れない。絶対あいつをこの手で殺すまでは。それが無理なら、あいつの大事なものを奪ってやる!」
あどけない顔して物騒な言葉を吐くガラムに、サクヤはその事について何も言えなかった。彼の気持ちがわかるほど、どう言葉をかけていいのかわからない。
「で、そいつがこの国にいるの?だから?」
やっとの思いで、サクヤはガラムに尋ねた。
昔、自分と通じ、共に逃げようとしたが見つかってしまい、多数の男達に弄ばれた末に惨殺された、可憐な少女を思い出す。今でも彼女の顔を思い浮かべると、いたたまれなくなる。
そして自分もガラムと同様、大事なたった一人の姉を、セドの娘というだけで、手篭めにされ、死に追いやられている。
だからガラムの気持ちも痛いほどわかる。
できればガラムの力になってやりたい。
…サクヤは彼の暗い目を見ながら、そう思った。
「…そう教わって案内してくれた人達に連れてきてもらったんだ、俺達。この町で買い物をした後、また今晩合流する予定で…」
「ジース・ガラム!あれは…」
突然、後ろについて来ていたセツカが叫んだため、ガラムの話は中断した。
「どうした?セツカ」
不思議に思ってセツカが指差した方向を、ガラムとサクヤは一斉に見た。

林道から奥、もうそこは町外れといっていい、木々が鬱蒼と茂っている森の方向で、ちらっと赤い光が揺らめいている。
「光?…やけに赤いけど…」
その赤い光はちらちらと、またはいきなり弾けたりして、どんどん大きくなっていくように見えた。
「赤い…。まさか…!」
サクヤは嫌な予感に囚われ、思わずその方向に駆け出していた。
「あ!サクヤ!!どうしたんだよ、いきなり…」
ガラムが驚いて走っていくサクヤを追いかけた。もちろんセツカもレツも、いぶかしみながら後に続く。
向かう四人の目前に、その赤い光の正体が徐々にはっきりと迫ってくる。
「光…、いや、炎だ!」
そう、その赤い光は爆発の炎であった。

ガゴォゥーン!!!

赤い光が闇夜を引き裂き、木々に命中し火花が散った。
だが、それはただの炎ではない。燃え広がるどころか、不思議なことに破壊するだけで、木々を燃やす事をしない。
そんな特徴は…。
「金環…?あれは“金環の気”か!!」
無口なレツが突然叫んだ。
(やはりそうだ…)
サクヤは心の中で呟いた。あれは間違いなく“金環の気”の波動攻撃。とすると使い手はもちろん。
それにしても何故レツが、使い手が少なく、知名度のほとんどない“金環の気”だとすぐにわかったのか。サクヤには検討もつかず少し驚いたが、次の瞬間、あれだけできる武人なら、最高気術くらい学んでる筈だと、思い直した。

そう、今戦っているのはきっと、“金環の気”の使い手、【暁の明星】に他ならないのである。

「兄貴っ!!」
サクヤは自分でも気づかないうちに叫んでいた。
次の瞬間、反対方向から灰色の光が闇を引き裂いた。
グゥオオオ……!!!
ガツーンッ!!
バリバリ………!
まるで硬い鉱物が飛び出し、弾ける様な轟音が辺りを襲った。
(灰色の光!!確か…“鉱石の気”?じゃあ相手も“気”の使い手なのか!?)
サクヤの背中に冷たい汗が流れ落ちた。

オレが早くしなかったばかりに!兄貴が危ない目に…!!

サクヤはアムイを一人残した事に、もの凄い後悔を感じていた。
(ああ、ごめん、兄貴!オレがもたもたしていたから…!)
サクヤは自分の剣を懐から抜くと、闇を裂く光の中心へと飛び込もうとした。
「やめろ!何をする!波動戦の時は通常の武器が通用しないのがわからないのか!」
いきなりそう怒鳴られ、サクヤはレツに腕を掴まれた。
「だけど!どちらかを止めないと!!」
「まさかサクヤの連れ?今戦っているの…」
後ろで驚いた声を発したガラムに、サクヤは夢中で頷いていた。
「わかった。君はここで待っていなさい」
レツはそう低く呟くと、サクヤをガラムに引き渡した。
「いえ、オレも!」
サクヤはそれでも我慢できずに、剣を抜いたレツの後を追う。
「待って!二人とも!俺も加勢する!」
ガラムもそう叫んで剣を抜きながら二人を追いかけた。
「ガラム!ジース・ガラム!!」
残されたセツカも慌てて皆の後を追った。

闇を引き裂く閃光の中、レツは波動戦真っ只中に侵入し、中央に自分の剣を振り上げた。
「波動防結界!返気魔方陣!」
高々と掲げた己の剣で、レツは上空に魔方陣を描く。
これが黄色い光となって浮かび上がり、“気”を使った波動攻撃が、中央に作られた魔方陣で跳ね返り、効力を失っていく。
「兄貴!」
この隙を突いて、サクヤはその場に飛び込んだ。
しかし、突然の邪魔に気づいた筈であろう戦闘中の人間は、まったく意に介していないようだった。

ガキーンッ!!
 
サクヤの近くで剣の交わる音が響く。まだ戦いをやめようとする気配がない。
「兄貴!!」
追いついたセツカが気を利かし、自分の灯りを周辺にばら撒いた。
辺りはまるで、月の明かりに照らし出されたようにほんのりと明るくなった。

サクヤの目の前で二人の男が剣を交えていた。
一人はがっしりとした厳つい中年の男。マントから見え隠れする制服で、彼が南の将校だとわかった。
そしてもう一人は、背が高くてしなやかな肢体を持つ若い男。
もちろんそれは…。

「暁…!!」
アムイに加勢しようとしたサクヤの後ろで、ガラムが突然呟いた。
「え?」
サクヤが振り向いた隙に、ガラムはサクヤの脇を通り抜け、戦っている二人の方に走り出した。
「ガラム!?」
一瞬サクヤは、突然の彼の行動に頭が混乱した。
何故ならガラムが剣を振り上げた相手…。それはアムイだったからだ。
「うわ!何だこのガキ!!」
突如戦いに割って入った少年に、南の将校は戸惑い、思わず攻撃の手を緩めてしまった。
その隙を突いて、ガラムはアムイに剣を振り下ろす。
鈍い金属音がして、ガラムの高価な剣と、アムイの護身用の短剣が合わさった。
「何するんだ!ガラム!!」
慌ててガラムを止めようとサクヤは走った。
「【暁の明星】!!アムイ!!」
ガラムの目が怒りのためか、涙が浮かんでいた。
「お前…」
アムイはいきなり剣を向けてきた少年に驚いて目を見開いた。

「どうしたんだよ!何で兄貴を…」
「見つけたぞ!アムイ=メイ!!」
サクヤの介入を遮るように、ガラムはアムイに向かって、信じられないような科白を叩きつけた。


「姉さんの仇!四年前、よくも俺の姉さんを辱めて殺してくれたな!!
許せない!お前をぶっ殺してくれる!!アムイ!」


サクヤは驚愕し、耳を疑った。


にほんブログ村 小説ブログ ファンタジー小説へ
にほんブログ村

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年9月 5日 (日)

やってしまいました…↓↓↓

最近、週一でしか更新できないのに、覗きに来て下さる方々には、本当に感謝しております。
この暑さのせいでしょうか。
自分の頭もパソコンも、かなり危ない今日この頃です

実は、今日の今頃、#112がアップするはずでした。

休みの半日を費やして、しかも我ながら気に入った文面になって、…あと少しで書き上がる、という所で!

いきなりパソコンの電源が飛びました…(涙)

最近の暑さで、リセットしがちな我がパソコン君。
やっと直したと思って油断していました。

そしてアホな自分は、今までの教訓でマメに保存する事を念頭に置いていたにもかかわらず、今回に限って、文章保存を怠っていました…!!

がーんっ!!書いたうちの三分の二が、見事に消えてしまいました…

半日が…。自分のミスでほとんどが泡と消えてしまったのです(くすすん)

自分が悪かったとはいえ、完全に立ち直れませんー

また最初から書き直しです

毎回アクセスしていただいてる方に、顔を向けられません(と、思うほど動揺しています)

…と、いうことですので、もう少しお待ちください…。

ど、どうか見捨てないでくださいまし(号泣)


♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪


と、またまたここから、ちょっと気分を向上するために呟きます(汗)

ご興味ない方はどうかスルーをお願いします(人><。)


♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪

11章に入りまして、元来の遅筆に拍車がかかって、悔しいほどです。
更新が遅れています。

実は後半のこの章からは、一章が長くなる予定で進めております。

なかなか自分の思ったとおりの文章が浮かばず、ここに来て苦労するとは…。
そしてまた新キャラも出てきて、わかり辛いのではと、頭を悩ませながら書いています。

この分では今年いっぱい、やはりかかってしまいそうです。

うわーん。

といいつつ、脳内では最終の骨組みがやっとポロポロ出てきてくれまして、本人ほっとしています。
これから書く内容になるまでに、どのくらいのパターンを思い浮かべては壊し、考えては壊し、繰り返していたでしょうか。キャラも色々作りましたが、最終に(メインで)残ったのはこの下の人達。
ちょっと時間的にまだ余裕がなく、設定書の整理がまだできそうにもないので、ここでではございますが、これから関わってくるキャラを紹介します。
詳しい設定は今は書きません。本文にてお楽しみください
時間があったら、ちゃんと整理します(すみません…)。

No11_convert_20100905171304

ここまでお付き合いいただいて、本当に感謝です。

#112、しばらくお待ちください…(u_u。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年8月 | トップページ | 2010年10月 »