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2010年10月 2日 (土)

暁の明星 宵の流星 #115

「別にキイに惚れていた訳じゃねぇよ。宵を異常に崇拝していたのはヒックだろ。
俺は奴に頼まれて一緒につるんでただけだ。…ヒックの奴、よほど腕に自信がなかったと見える」
ヘヴンは喉元でくっくっと笑った。
「俺はどちらかというと、お前の方に興味あったけどなぁ。
いつも無表情で何を考えてるのかわからない。
キイ以外の人間には興味ないし、わざと遠ざけている。
聖天風来寺(しょうてんふうらいじ)にいたあの頃が一番酷かったよな。
この俺がお前にあんなに傷をつけてやっても、泣くどころか怒りもしねぇ。
いつも冷めた目をしやがってよ。…それに比べりゃ随分と人間らしくなってきたじゃないか」
ヘヴンは今まで見たこともない、アムイのぎらぎらと燃える目に釘付けになった。胸が異常なまでに高揚してくる。
ああ!あの綺麗な顔をもっと崩してみたい!
いつも取り澄ましていたこいつの、怒り、叫び、取り乱して苦痛に歪み、泣き濡れ、俺に許しを請う…そんな顔が見たい。
何度、その姿を想像し、夢にまで見た事だろうか。
まるで目の前に、追い求めていた獲物がやっと現れた獣のような目つきで、ヘヴンはアムイを眺めた。赤い舌がちろりと上唇をなぞる。その仕草にアムイはぞっとした。

「何だよ、知り合いか?」
ミカエル少将がヘヴンに声をかけた。
「いやいや、知り合いも何も、なぁ?アムイ」
その言葉に、アムイは露骨に嫌な顔をした。ヘヴンはぞくぞくした。
「いいねぇ。10年経てばこういう顔もできるんだ。…やはりキイ様の努力の賜物って感じか」
「……」
「麗しの宵様は、昔からお前を何とか並の人間にしようと、それはもう、傍から見ていても涙ぐましい努力をされてたからなぁ。
なるべく自分のお仲間と接するようにお膳立てしたり、なるべく会話に入らせようとしたりね。
だが、聖天風来寺を途中で追い出されちまったから、お前が普通の人間に成長していたのは知らなかったぜ。
あの頃のお前、本当に感情のない人形のようだったから」
神経を逆なでするような、からかった言い方だった。
「…反論はしない…。だが、それがどうした」
アムイは言いにくそうに呟いた。できれば昔の自分を思い出したくない。
生きているのに、まるでずっと霧の中にいたような感覚。夜、目を閉じるとあの日の悪夢が襲ってくる。恐ろしくて眠れない。だからこそ隣にキイがいなければ、きっと耐えられなかった。その反動で、昼間の自分は他人の存在を考えたくなかったのだ。
幼い自分を守るために、記憶を箱に閉じ込め、封印していたとしても、恐怖の感情だけは完全に封印できたわけではなかった。
月の異名を持つ母を亡くしてから、アムイは夜、怯えるようになってしまった。
一体自分は何に怯えていたのか、まったく思い出せないのだ。だが、とにかくキイの存在が自分にとって救いだった。
キイが共にいてくれたことで、徐々に自分を取り戻す事ができた。完全とまではいかなくても。
夜の恐怖が、キイのお陰で薄らいでいくと同時に、昼間の自分も人間らしさを取り戻していった。
ただ、それは肝心の闇の箱を抱えたままであったから、完全に立ち直っていたわけではなかったけれど。
表面は普通に人として感情を出し、会話し、行動できるようになったが、心の奥底では他人を異常に拒否する人間になってしまっていた。キイ以外の人間を、決して自分の懐に入らせない。そう、この間までは…。

アムイはヘヴンを睨み続けながらも、サクヤを拘束していた紐を剣で切った。
両手が自由になったサクヤは、躊躇なく自らシャツの袖を引き破り、歯で端を噛んで裂くと、アムイの額の傷を抑えるように頭にぎゅっと巻き締めた。そのスムーズな二人の動作に、ヘヴンは興味深そうに言った。
「ふぅん。お前ら随分と仲良しさんなんだな。妬けちゃうねぇ」
アムイはその言葉に凍りつく。なんだかとっても嫌な予感がするは自分の思い過ごしだろうか。
自分の知っているヘヴン=リースは、とにかく同期の中でも一番残忍で、血を見て興奮を覚える男だった。
当時、キイの崇拝者達に幾度となく自分は狙われ、襲われた。
その度にアムイは、彼にナイフで傷をつけられた。
人と関わりたくなかったアムイは、最初のうちはされるがままだったが、執拗なまでの攻撃に、やっと腰を上げ、何の感情もなく相手をやっつける、というパターンだった。だから当時は生傷が絶えなくて、どれだけキイは神経をすり減らした事であろうか。それに耐え切れなくなったキイが爆発するまで、アムイは彼らに執拗に苛められていたのだ。
その後、ヘヴンは同期でもかなりの使い手だった相手を非公式に手合わせをし、半殺し状態にしたために、聖天風来寺でも余程のことがないと実行されないという、破門を突きつけられた。破門後のヘヴンの行方は知らない。だが、この風貌ならば、彼がその後、堅気な道を歩いていたとは到底思えない。ただ現在は、ミカエルとの会話で明かされたとおり、ヘヴンが南の国の傭兵をしているというのは事実だ。
ヘヴン=リースという男は、今でもアムイにとって、できれば会いたくない人間の一人だった。

「いい時に再会できて嬉しいってことよ、暁。お前の名が世に広まるにつれて、俺様の胸は切ないほど掻き毟られたなぁ」
ヘヴンは持っていた鎌を器用に腰に括り付けると、両手で懐から数十個ものの細身のナイフを取り出し、カードのように広げて見せた。
「途中で破門されちまった俺には気術は習得できなかったが、その代わりいろんな武器を使いこなせる。例えば」
ヘヴンは片手で多数のナイフを掲げると、いきなり見事な手さばきで、アムイ達めがけて投げつけた。
「特にこういう飛び道具にね」
アムイとサクヤは咄嗟に身を翻すと、ナイフを上手くかわす。
間髪いれずにもう片方の手からナイフが放たれる。二人は向かってくる凶器を、全て剣で払い落とした。
「やるじゃん」
ヘヴンは笑った。「そうこなくちゃ、叩き甲斐がないっていうもんさ!」
彼は再び鎌を出すと、嬉々としてアムイ達に飛び掛っていった。

「結局は自分が手を出したかっただけか」
傍から眺めていたミカエルは、呆れたように呟いた。
こうなりゃ傭兵のヘヴンに任せてもいいが、奴は筋金入りのサディストだ。
大事な要人を滅茶苦茶にされては困る。ま、しばらく見物して後から制止すればいいか。
ミカエル少将は腕を組み、アムイ達の様子を眺めることにした。

突然現れた伏兵に、唖然としたのはガラム達だった。
完全に横から餌を奪われた獣のような気分だ。
これからどうするか、再び参戦するか、思い巡らしているレツに、セツカがガラムを伴いながらやってきた。
「レツ、どうします?私は別に貴方の行動を咎める気も、邪魔をする気もありません。
ですが私としては、宵の君にお会いできるまでは、暁に手を出さない所存です。
彼が犯人かどうかは、今の時点でははっきりしていない。
ならば、私はロータスの仇とは思うことより、宵の君への足掛かりとしてアムイに接しますから」
「セツカ!」
淡々と言うセツカに、思わずガラムは声をあげる。
「ジース・ガラム。冷静におなりなさい。私は今でも、確証のない仇討ちには賛成していないのですよ。
それは貴方の父君である長のお気持ちと同じです」
ガラムは不服そうに口を歪めた。
「しかし、我らの目的のひとつが、宵の君に会う事だということは、他国には知られてはまずいだろうな。
今や東の国では、あのセド王国の最後の王子という事実で、宵の君の事がどこもかしこも大騒ぎだ。
どのくらいの権力者が、彼を狙っているかははっきり言って予測できん。
慎重に行動し、【暁の明星】の方に用があると思わせた方がいい」
レツの抑揚のない声を、セツカは何か感じ取りながら聞いていた。
「…よそ者のアムイ以外、姉さんを殺すわけないじゃないか…。ユナの民は、あんな残酷なことしないよ…。 
あの状況からどう考えても、奴しかいないじゃん。アムイじゃなきゃ誰が殺したんだ…。
セツカは身内がやったとでも思ってるの?一族の人間を疑うの?」
最後はほぼ泣きそうな声だった。セツカは俯くがラムを複雑な思いで見つめると、優しく頭に手を置いた。
「ジース。私も長も、貴方が個人的な感情より、もっと客観的に、冷静に物事を見る人間であって欲しい、と思っているだけですよ」
セツカは自分が仕える長、ガラムの父でもあるダンの気持ちを考えると、それ以上言えなかった。
ガラムが異母兄である他の二人の長候補と、長の座を争う時まで三年ある。
ユナは実力主義でもある。彼らを統べる頂点に立つリーダーも、全て兼ね備える人間でなければならないのだ。現在の長の血筋から、次の長が決まるわけだが、年齢序列で選ばれないところは、東の要だったセド王国と一緒であった。ただ、ユナの方は長の意向よりも、もっと客観的に選ばれるため、末の候補者が18歳になった時に、あらゆる事で候補者を競わせ、各有力者が審議して決める、という完全に実力で選ばれるシステムだった。だから長には次の長を誰にするか選べる権利がほとんどないだけあって、この末に生まれたガラムに期待を寄せている長のダンは、陰ながら息子の成長を見守るしかなかった。…もちろんダンは、前妻との間に生まれた息子も可愛い。が、後妻が産んだガラムは、中身が自分によく似ていた。しかも外見が寵愛する後妻に似ている事もあり、ダンは贔屓目だとわかっていても、できれば彼に跡をついで欲しかった。それは他の人間の手前、表には出さない分、側近であるセツカには、痛いほどわかっていた。だから、ついガラムに自覚を持って欲しくて、セツカは口煩くなってしまうのだ。
今回の件は、全てがあの、キイ=ルファイ・【宵の流星】が、セドナダ家の王子である、と東全土に公表された事がきっかけだった。
ガラムはロータスの事件当時、何度もアムイを追いかけようとして、引き止められてきた。それでも彼は、成人を迎えてから、それを理由にアムイを捜すためにユナを出る事を懇願していた。だが、仇討ちなどの理由で、長の許可が下りるわけがない。
その中でのセンセーショナルなセド王家の生き残りの公表。
【宵の流星】が恒星の双璧として、【暁の明星】と共に東に名を馳せていた事から、キイに会う、という名目で彼はやっとユナから出ることを許されたわけだ。
「とにかく、様子を見ましょう」
セツカはガラムとレツの顔を見渡し、同意を促した。だが。
「いやだ…」
「ジース?」
「やっとアムイの奴を見つけたんだ!俺、このチャンスを逃したくないっ!」
ガラムはそう叫ぶと、なりふりかまわずアムイの方へと駆け出した。
「いけません、ジース・ガラム!」
慌てたセツカはレツと共に、アムイとヘヴンが激しく戦いの火花を散らす場所へと、ガラムの後を追った。

ガキーン!!
ヘヴンの鎌の刃先がアムイの剣に引っかかる。アムイはその相手の力を利用して、上手く刃先の攻撃をかわしていく。
その無駄のない動きに、ヘヴンは舌を巻いた。
「だてに名が有名になったわけじゃないんだなぁ、アムイ。ここまでやるとは俺も思わなかった。
お前が有名になったのは、キイの力が大きいからだって、ずっと思っていたんだよ」
ヘヴンは切りつけるためにアムイににじり寄りながらそう言った。
「俺だってただ単にキイに守られていたわけじゃない。だてに四年も一人でやってきていない。
…あの頃の俺とは違うんだ」
「確かに。今の方が数段いいぜ。人形みたいなよりは、ある程度抵抗してくれた方がやりがいがある」
ヘヴンは空いている方の手から、細かい棘がある弾を取り出し、アムイに放った。
「!!」
咄嗟にアムイは避けようと身体を屈めた。その隙をついてヘヴンは鎌をアムイめがけて振り下ろした。
「兄貴!」
二人の後方に回り込んでいたサクヤがいきなり突進し、ヘヴンに勢いよく体当たりした。
「うわ!」意表を突かれよろめいたヘヴンは、アムイをやり損ない、カッと頭に血が昇った。
「邪魔しやがって!!お前の方から血祭りに上げてやろうか!!」
叫びながらヘヴンは、サクヤの腹に拳を叩きつける。
「ぐっ!!」
サクヤは血反吐を吐きながら後方にすっ飛んだ。
「動けなくしてやる!!」
切れたヘヴンは執拗なまでにサクヤを追いかけ、倒れたサクヤの髪を引っ掴み、張り手を食らわした。
「よせ!!」
それを目の当たりにしたアムイは背筋が凍った。今までにない感情が、アムイを突き動かし、珍しく“恐れ”という感情が、己を支配した。…それはあの時…闇の箱に記憶を封じた時と同様の感覚だった。
アムイは何かに突き動かされたかの様に、無我夢中にヘヴンに掴みかかって行った。
「お前の相手は俺だろう!!こいつに手を出すな!!」
アムイの取り乱した様子に、ヘヴンは我に返った。そしてアムイの拳を避けながら、ニヤリと笑った。
「へー…。やっぱりなぁ…」
その呟きにアムイは冷や汗が出た。アムイはヘヴンを蹴り飛ばし、サクヤの身体をヘヴンからもぎ取り抱えると、彼の攻撃を避けるためになるべく遠くに移動した。
「この馬鹿っ!!」
思わずアムイは怒鳴っていた。
「戦っている最中に勝手に入ってくる奴がいるか!!」
「ごめん、兄貴…。だってオレ…」
だが会話に割り込むような形で、二人の元にあっという間にヘヴンが迫ってきた。
「逃がすかよ!」
ヘヴンが鎌を振り上げた瞬間、アムイは彼を振り仰いだ。その目は赤く染まっている。
「!!」
ヘヴンは息を呑んだ。
アムイの全身から赤い“気”が立ち昇っている。
思わず振り下ろす鎌の刃の勢いがそがれた。
(来る!波動攻撃!)
ヘヴンは咄嗟に自分の身を守ろうと身構えた。

グワァァァーン!!!

赤い光はヘヴンの身体をかすめ、すり抜け、後方の木にぶち当たった。
「くそうっ!!」
ヘヴンは素早く体勢を整えると、アムイ達を目で捜した。
(どこ行きやがった?)
ヘヴンの視界から二人の姿がない。
「おい、何やってんだヘヴン!!暁が北の方に逃げたぞ!」
遠くでミカエルの叫ぶ声が聞こえる。
「畜生!アムイめ!!」
ヘヴンは突風のような速さで北の方向へと、アムイ達を追い始めた。
「逃がすなよ!」
後ろでミカエルの怒鳴り声がする。
そしてそのミカエルの後方には、ガラムが必死になって追いつこうとする姿があった。
「おい、ヘヴンどけ!波動攻撃をかけないと、奴に逃げられる!」
痺れを切らしたミカエルが叫ぶ。その次の瞬間、灰色の光線がヘヴンの頭上をぎりぎりに走り抜けていった。

遥か彼方、豆粒ほどのアムイ達二人に、その光が当たるかと思われた。
だが次の瞬間、アムイ達の方向から巨大な向かい風が吹いてきた。
「!?」
二人を追っていた男達は、突然の暴風に面食らった。
強い風が彼らの追跡をまるで拒むかのように吹き荒れる。
最後尾で追ってきたユナの人間達も、吹き飛ばされないようにと、近くの木々に掴まった。
「何だ!?この風は!!」ヘヴンは叫んだ。
「これは…まさか…鳳凰…」ミカエルは吹き飛ばされまいと、足に力を入れる。
それだけでも視界が悪くなる一方だというのに、突然、雷鳴が轟いた。
「!?」
その場にいた人間達は驚いた。雷鳴と共に、大粒の雨が降ってきたのだ。彼らの一帯は物凄い暴風雨に見舞われた。
それは誰かが故意に仕掛けたとしか思えない嵐だった。
なぜなら、その雷雨は、ヘヴン達のいる場所だけに起こっていたからだ。 
(こ…こんな芸当ができるのは…まさか…)
ミカエルは唸った。これは“鳳凰の気”(風)と“水竜の気”(水)を融合させ、雷を呼んだ雷雲の術。
これを使いこなすのは並大抵の術者ではない。賢者の中でも大賢者クラス。そう、噂に聞いた事がある。気術者最高峰…の大賢者の得意技だが…。まさか…そんな馬鹿な。

その様子にアムイ達も唖然とした。
自分達の場所よりも少し戻った場所が、信じられないほどの暴風雨となっている。
「兄貴…これって…」
「これが噂の雷雲の術…?」
アムイは記憶の糸を手繰り寄せる。このように九位の“気”を合わせ、違う力に変化させる術は、賢者クラスの人間が得意とするものだ。…という事は…。

「何をぼーっとしとるんじゃ、アムイ!早くこっちに来るんじゃ!!」
突然、背後から喝を入れられ、二人は飛び上がった。
「ご老人!」
「やっぱり爺さん、あんたか!!」
二人は弾かれるように声の方に走った。
少し走った先に、小人数ではあるが、どこかの王国の騎馬隊が二人を待っていた。
(紋章を隠しているが、よく見ると北の軍隊ではない…。一体どこの…)
アムイがいぶかしんだその時、先頭の馬上から再び声が飛んだ。
「もうわしも限界じゃ!早く誰かの馬に跨れ!お前たちの馬まで連れて行くぞ!」
昂老人(こうろうじん)の言葉通り、追っ手を翻弄させている雷雨が収まり、徐々に晴れて、風の力も弱まっていく。
アムイとサクヤは走るスピードを速めた。
「アムイ!サクヤ!早くこちらへ!」
騎馬隊の中から、二頭、アムイ達を迎えに走ってくる馬があった。
その先頭の馬を操る人物を見て、アムイは驚きの声をあげた。
「リシュオン王子!!」

それは西の国ルジャンの第四王子、リシュオン=ラ・ルジャングだった。
「何故貴方が…」
「いいから早く乗って!」
アムイはリシュオンの差し出された手を掴んで、軽々と彼の後ろに跨った。
もちろんサクヤも、彼の後からついて来た兵士の馬に拾われた。
「詳しい話はあとで」
リシュオンはそう囁くと、華麗に馬を操り森を駆け抜ける。それに従い、騎馬隊も一斉に彼の馬を追う。
それはあっという間の出来事で、嵐が収まった跡地には、呆然と佇む人間達だけが取り残された。


「昂極大法師(こうきょくだいほうし)…。まさかあの法師が絡んでいるのか?まさかな…」
嵐が過ぎ去った後、しばらくしてからミカエル少将は呟いた。
もし、大法師が暁側に絡んでいるとしたら…。これは我がティアン宰相殿には厄介なことだ。
「ちっ!逃がしちまったか」
ヘヴンは忌々しそうに大地を踏み鳴らした。

「大丈夫ですか、ジース」
セツカが身なりを整えながらガラムの傍に近づいた。
ガラムは立ち上がりながら、しょんぼりと頷いた。
「怪我がなくてよかった。
しかし、初めて見たが、あれが大賢者の術、雷雲か。噂以上に凄まじい」
レツもガラムの傍に寄った。
「悔しい、俺。アムイを取り逃がしてしまった…」
「ジース・ガラム…あなたはまだ…」
セツカが眉をしかめた。
「俺もガラムと同じ気持ちだ、セツカ。今回は逃がしてしまったが、この辺りにいる事がわかっただけでも良いではないか。
次は絶対見つけ出す。そして…」
「俺がアムイをヤルんだよ」
いきなりレツの言葉を遮ったのは、ヘヴンだった。
「お前ら勝手なことすんじゃねーぞ!アムイはこの俺のモンだ。お前らよりずーっと昔から奴の血を見るのが好きなんだからな!
この俺の邪魔しやがったら、ただじゃおかねぇ!」
この男、よほどアムイに逃げられたのが頭にきているらしい。ヘヴンの剣幕に、ガラム以外のユナの男達は、呆れて肩をすくめた。


「これはこれは、なかなか面白いものを見せていただいた」
突然、男の声と共に、パンパンと拍手する音が森の奥から聞こえてきた。
皆が驚いてその方向に目をやると、ぼうっと灯りが近づいて、数人の護衛を従えた一人の若い男が姿を現した。
「…アベル=ジン提督」
レツが男を見て呟いた。
「アベル=ジン?東の荒波州(あらなみしゅう)の提督か!」
いつの間にか皆の傍にやって来ていたミカエルが言った。
「何故あんたがここに…」
いぶかしむミカエルにセツカが言った。
「彼が我々をここまで連れてきてくださったのですよ」
「へぇ、そうなの?じゃあ、あんた達、東の人間かい?」
「そうですね」
あっさりと言うセツカの横顔を、ミカエルはじっと見る。
「そちらは南の将校とお見受けする。先ほどの貴方の気術、素晴らしい腕前だ」
アベルは金色の髪をかき上げながら、ミカエル少将に近づいた。
「いや…あんなの大した事ないでしょう。まんまとお目当てに逃げられてしまったし」
「それでも最高レベルですよ、貴方の“鉱石の気”は。
さすが南のガーフィン大帝。士官もかなりいい人材をお持ちだ」
胡散臭そうなその笑顔に、ミカエルは思わず苦笑いした。
「東の州の提督が、このタイミングで北の国…か。目的は我らと同じ…。
そういう事でしょ、提督?」
アベルはくっくと下を向いて笑うと、こう宣言した。

「そうです、南の方。我々は【宵の流星】を追ってここまで来ました。
彼は我が東の国にとって重要な人物。
どちらが彼を手に入れるか。……ちょっと楽しみですね」

アベルの馬鹿丁寧な言葉使い、柔らかな声は、かえって彼の奥に存在する冷酷さを際立たせていた。
ミカエルは身震いした。東で二番目に大きい州とはいえ、南の国にもその男の評判が流れてきていた。
噂に違わず、なかなかの曲者そうだ。

闇の中、所々に浮かび上がる灯りに照らされながら、それぞれの立場で、それぞれの思惑で、宵と暁の二人をめぐる男達が、互いに顔をつき合わせていた。

それはこれから繰り広げられる、凄まじい争奪戦への布石のひとつであった。

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