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2010年12月19日 (日)

暁の明星 宵の流星 #127

《お知らせ※#126の、ミカエル少将、キイの台詞部分を若干改めました。最初の内容がわかりにくく申しわけありませんでした

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…


目立たぬように、二人が急いで裏庭に回った時には、まだ何事も起こっていないかのようにひっそりとしていた。
だが上空を見上げると、赤々と燃える炎が目に入り、火の粉がぱらぱらと落ちてきている。
キイはイェンランを伴って、裏にある出入り口を調べ始めた。
離れの屋敷は、さすがに貴賓客も泊まる事もあって、かなり大きい造りとなっている。
そして所々、むき出しの廊下があり、入り組んだ設計の間取りであるこの離れの屋敷に、絶妙なアクセントを作っていた。
この所々に現れるむき出しの廊下には、赤い丸木の柵がかかり、そこから外の景色と、丹念に手入れされている庭を臨められるようになっていた。
屋敷には正面に据えた広くて風雅な造りの正規の庭、風流な中庭、そして手入れはされているが、シンプルな造りの裏庭がバランスよく配置されている。
屋敷から見て北側の裏口付近にキイとイェンはいた。
二人は周りを覗いながら、茂みから入り口に近寄ろうとした。
その瞬間、東側の裏口の方から、一人の人間が転がるように飛び出てきた。
「大丈夫か!?」
キイは思わず、煙にむせながら慌てて飛び出た中年の男に駆け寄り手を貸した。
「あ、ああ…!よ、宵様よかった…!ご無事でしたか!」
それはこの屋敷の管理を任せられている住み込みの奉公人だった。
彼は僧侶ではないが、若い時から信仰深く、ずっとこの寺院に奉仕してきた男だ。
「他には誰もいなかったか?」
「はい、誰も見ませんでした。気がついたら辺り一面が煙で…・。
宵様、一体何が起こったのでしょうか」
彼はかなり動揺しているようだった。
「大丈夫よ、おじさん。早くここから逃げましょう」
イェンランがそう彼に言った時だった。
「人がいたぞ!捕まえろ!」
彼らの前に十数人程の兵士達が姿を現し、あっという間に立ちはだかった。
兵士達は三人を襲おうとしたが、その姿に目を見張り、次の瞬間には感嘆の声があがった。
「何という…見目麗しい…」
「まさか、これが噂の…あの、【宵の流星】…?」
もちろん彼らの目を奪っていたのは、キイの麗しい姿なのは言うまでもない。
その兵士らの一瞬の隙を見逃すキイではなかった。
もの凄い速さの手さばきで剣を操り、先手を打つ。

カキーン!!

【宵の流星】突然の攻撃に、兵士らはひるんだ。しかも姿同様、美しい剣使いに翻弄される。

「お嬢ちゃん、おっちゃんと一緒にあの木陰に身を隠してくれ!すぐにここを片付ける」
キイは機敏な動きで、固まっていたイェンランに近づくと、こっそりとそう指示し、再び兵士らの前に躍り出た。
「う、うん。わかった」
イェンランは慌ててこの奉公人の男の腕を引っ張り、言われた木陰に移動しようとした。
すると、キイと対峙していた兵らとは別の隊が、反対の方向からやってきた。
「!」
二人がハッとする間もなく、多勢の兵に囲まれ、もみくちゃにされる。
「キイ!」
イェンランの叫びにキイはすぐさま気がつき、驚くほどの跳躍力で対していた兵士を飛び越え、二人の元に駆けつけた。
この光り輝くばかりの美貌、隙のない大胆な剣さばき。敏捷な身のこなし。
どう考えてもこの男こそ、上官から伝えられた【宵の流星】の特徴そのものだった。
「に、逃がしませんっ!!宵の君!」
兵の声が裏庭に反射する。
それを合図に他の兵士らもわっとキイの後を追い、その場が乱闘となった。
多勢に無勢。
それなのにキイの剣の腕はひるまない。次々と敵がなぎ倒されえていく。
だが実は、やはり“気”を封じられているためか、今ひとつ力が足りないのに本人は焦っていた。
頑丈なタイプの兵には一時の衝撃らしく、倒されても倒されても、しばらくすると再び立ち上がる。
(く、このままじゃ…)
珍しく【宵の流星】に不安がよぎった。やはり己の“気”が全開でないのは厳しいか…。
キイは心の中で舌打ちした。
「さあ、観念してください!宵様!」
自分をすでに【宵の流星】と認識した兵の声に、キイは唇をギリッと噛み、相手を睨み据えた。
次に屈強な一人の兵が、キイの肩にゆっくりと手をかけた。
キイは突然、その手をなぎ払うと、思いっきりその兵の顔面に拳を叩きつけた。
兵が後方に吹っ飛び、その様子に他の兵士らもどよめいた。
「この俺に触るな!!」
キイの低くて凄みのある声が響く。
「お前らの思い通りにはならん。やれるものならやってみろ!」
キイの目が釣りあがり、まるで大陸一獰猛で、大地の王者とも呼ばれる白虎、ビャクのようにぎらぎらと険しく輝いた。
イェンランは言葉なく、そのキイの形相を見つめていた。
いつも知っている彼とは違う。そこにいるのは戦いの本能を滾らせている野生の猛獣そのもの。
これが【宵の流星】の戦闘モードだとは、イェンランは知らなかったが、十分に敵が気負わされる迫力である。
本当のところキイの“気”が封印されていた事は、女のイェンランには刺激が弱くてよかったのかもしれない。
彼が本気を出し、“光輪(こうりん)の気”を全身に漲らせて戦いに挑むその有様は、今より数段も恐ろしいものだからだ。
それは怖いもの知らずの屈強な猛者でも、一瞬で震え上がらせるほどの、鬼神の気迫そのものであるのだ。

「きゃあっ!」
彼女は突然、後方から兵士に抱き捕まえられた。
キイに気を取られ過ぎて、自分に意識を向けるのを忘れていた。
彼のまた違った一面を見て、イェンランはしばらく呆然としていたのだ。
「嬢ちゃん!」
彼女の悲鳴で振り向くキイの隙を突いて、敵が畳み掛けるように襲ってくる。
「くっ!」
キイは彼らの攻撃をかわすのが精一杯で、イェンラン達の傍に行くのが遅れた。
「いやっ!離して!離しなさいよぉっ」
手足をばたつかせて抗うイェンランに、もちろん兵士は手を緩めない。
「こら!その子を離せ」
イェンランを助けようとする奉公人の男も、すぐに捕らえられてしまった。
「嬢ちゃん!おっちゃん!ええい、そこをどけ!!」
キイは渾身の力を込め、目の前の兵士達を押し退けようとした。
しかし、相手も必死である。死に物狂いでキイに突進してくる。
「宵様!お覚悟を」
「無駄な抵抗はお止めください!」
よほど目当ての人間に傷をつけては不味いと見える。多分そう上から命令されているのであろう。
キイに攻撃されても手酷い反撃はせず、彼らは必死に説得にかかってきたのである。
「お止めください、宵の君!
お仲間がどうなってもよろしいのか」
突然、イェンランを羽交い絞めにしていた兵士がそう怒鳴った。
ピタ、とキイの動きが止まる。
「さぁ、宵様。彼らのお命が大事なら、その剣をお捨て下さい!」

キイの頬がピクリと動いた。
「やめて!キイ、捨てちゃだめ!」
イェンランの叫びが辺りをこだました。
が、しばし緊迫した空気の後、ふっとキイは力を抜くと、無造作に己の剣を地面に抛(ほう)った。
「キイ!!」
相手の兵士達が一瞬、ほっと息をついた。そして彼らはじりじりとキイの傍ににじり寄り、捕らえようと手を伸ばす。
「よいお覚悟です、宵様」
イェンランを捕らえている兵士が、にっと笑った。
その瞬間、キイの目がきらりと光り、兵達の手がかかる寸でで、彼は突然屈んだ。
「!?」
一瞬気を取られた兵士達は、イェンランらの後方の茂みから、勢いよく人影が飛び出してきたのに気がつかなかった。

ガキーン!!
「うぁあぁぁぁっ」
突然、前方上空から襲われて、兵士達は身構えるのが遅れた。
その隙にキイは低姿勢で手を伸ばし、落とした己の剣を素早く手に取った。
「宵様っ」
兵士の悲鳴と同時に、キイは見事な剣さばきでイェンランを捕まえていた兵士を斬った。
彼は後方に勢いよく倒れ、その反動でイェンランは前方に突き放された。
「お嬢ちゃん!!」
キイは間髪入れずに彼女を受け止め、つかさず振り返り大声を張り上げた。
「アムイ!!」
キイの叫びで、イェンランはハッとして顔を上げた。
彼女の視線の先には、多勢の兵を見事に蹴散らす一人の男の姿があった。
茂みから飛び出した人影はアムイだったのだ。
「キイ!早く二人を安全な場所へ!」
「おう!さすが俺の相棒。いい所に現れてくれるぜ」
キイはアムイに片目を瞑ると、イェンランと奉公人を抱え、人気のない場所へと移動した。
「逃がすか!」
アムイと対峙していた幾人かの兵士らが、突然“気”を凝縮し始めた。
「!!」
アムイはぎょっとした。多勢の兵士達の中に、何人か気術使いが紛れ込んでいる。
(来る!)
アムイはすぐさま、己の“気”も凝縮し始める。

グヮアアァーッ!!!

キイはその衝撃音に驚き、音の方向に振り返った。
「アムイ!」
キイはイェンラン達を茂みに隠すと、急いでアムイの元へと向かった。

キイが元の場へ戻ると、すでに決着がついていた。
思わずキイは口笛を吹く。
あの手入れされた裏庭が、気術戦のために見るも無残な有様となっていた。
辺り周辺が焼け焦がれ、その場に大勢の人間が倒れている。
その燻る煙の中、アムイが剣を収める姿が、キイの目に飛び込んできた。
「相変わらず、やるねぇ」
「二人は」
「ああ、大丈夫だ」
アムイはまだ神経がピリピリしている様子で、さっと辺りを見回した。
「気術士が中に混じっていた。…あの気術将校の“気”を感じる…。
ということは、俺の“気”をたどって、奴が追ってきたとしか思えない…」
アムイは唇を噛んだ。
「おいおい、この襲撃が自分のせいとか何とか、まさか言わねぇよな?」
キイは釘を刺した。アムイはぐっと言葉を飲み込む。
その様子にキイは目を細め、アムイの傍に寄ると、がしっと肩を抱き寄せた。
「なら、早くここを立ち去ろう。もちろん、お前の“金環の気”をあちらこちらに置き土産してね」


巨大な“金環の気”の発動を察知し、慌ててミカエル達が現場に駆けつけた時には、アムイ達はすでに去った後だった。
「何っ!?取り逃がした!」
ミカエル少将は珍しく声を荒げた。
「この俺が来るまで、何故持ち堪えられなかった!!あれ程鍛錬していたにも拘らず!!」
「も、申し訳ありません…。確かに宵の君は通常以上にお強かったですが、“気”を封じられている事で、我々も多少侮っておりました…。
そ、それにまさか暁が、このように想像以上に強かったとは…」
何とか生き延び、うな垂れる少数の兵士らに、ミカエルは喝を入れた。
「馬鹿か!?お前達は!!
何のために、俺が直々に訓練した気術士を紛れさせているんだ!
いつも言っているでないか!あれ程“金環”の使い手に油断するなと」
ミカエルは地団太を踏んだ。
「しかも宵の君を逃すなどと…宰相になんて報告すればよいか…」
ミカエルは頭を抱え、一通り悪態をつくと、大きく息を吐いた。いつもの冷静さを取り戻そうと必死になる。
「くっ、くく…」
「ミ、ミカエル少将…?」
突然、彼の中から、どうしようもない笑いがこみ上げてきた。
「ふっふふ…この俺を、惑わそうなんて。やるじゃないか、暁。
益々楽しくなってきたぞ」
「少将?」
兵士達は、自分らの上官がおかしくなったのではないかといぶかしんだ。 
だが、そうではない。怒りを飛び越えてミカエルの胸の内に、【恒星の双璧】の二人に対するかなり興味が膨れ上がってきたのだ。
神の“気”を持つ男。そしてその男に影のように寄り添う王者の“気”をもつ男。
(面白い…)
ミカエルは絶対に彼らを手にすると、今まで以上に心の中で誓った。
「俺が暁の“気”を追って来たと見抜いたようだな。
この俺の鼻を惑わすために、あちこちに“金環の気”を凝縮した玉を撒き散らしていきやがった!
しかもこの敷地内だけに、だ。
その上、外に出た事を悟られないよう、暁の“気”を封じた者がいる」
それは容姿に似合わず、曲者という噂の【宵の流星】しか考えられない。
「おい、急いで宰相の元へ引き返すぞ。
宵の君はここを出られた。早々にここを引き払い、彼らを追わねば」
「はっ!」
ミカエルの一言で、まるで潮が引くように、彼らは離れの屋敷から撤退していった。

その様子を東側の高台で眺めていた昂極(こうきょく)大法師は、するりと身を躍らすと、下に控えているリシュオンの元へと降り立った。
「キイが寺院を出た様じゃ!さ、リシュオン王子、我々も北西へ向かいましょうぞ」
リシュオンと彼の従者や兵士達も、何とか先に難を逃れ、昂老人と共に、この森の中に避難していた。
「チガン町に行くにはちょっと遠回りですが、幸いな事に我々の姿を敵に見られぬままここまで避難できた。
相手は西の国の我々が仲間だとはわかっていない筈。ならば多少変装し、堂々と北西に向かいましょう。
かえってこそこそしない方がいい」
昂老人も頷いた。
「そうじゃの。ネックはわしだろうが、なぁに、小さいのが幸いして、どこにでも隠れる事ができるしのー。
ふぉふぉ、本当に東の避難口が、この森に直通していてよかったわい」
「確かに」
北の鎮守、北天星(ほくてんせい)寺院の最高峰となる前、実績を積むために、昂老人が何年かこの寺院の住職をしていただけあって、隅々まで建物の構造を熟知していたのが幸いした。
彼らは隠し扉に守られていた東の避難口から、何事もなく逃げられたのだ。
「では、急ぎましょう」
リシュオンはイェンランの存在がかなり気になったが、複数の兵を抱える身、今は個人的に動けなかった。
彼は彼女がキイと共に行動していると信じ、とにかくここにいる全員を無事に目的地まで誘導しようと、支度を始めた。


一方、サクヤ達は何とか西の避難口を出て、北西にある小高い山を登り始めた。
(この人達を早く安全な場所に連れて行かないと)
サクヤは歩を緩め、後ろから続く二人の若い僧侶を振り返った。
「白鷺(しらさぎ)さん、ここら辺にあなた方が安全に身を寄せられるところはありますか?」
だが、彼から返事がなかった。二人とも、そわそわと周辺に気を取られている様子だった。
「どうしましたか?白鷺さん、周明(しゅうめい)さん?」
サクヤは立ち止まり、眉根を寄せた。
「あの、サクヤさん」
突然、最少年の周明がおずおずと顔を上げて、サクヤに言った。
「私、寺院に戻ります」
「何だって?」
思いもしない言葉に、サクヤは驚いた。
「何を言っているんですか!今戻っても寺院は火の海ですよ。
襲ってきた敵がまだいるかもしれないのに」
うな垂れる周明に代わって、先輩僧の白鷺が答えた。
「だからです、サクヤさん」
「白鷺さん…」
「私達は自分の事よりも、御堂や住職、仲間の僧侶が心配なんです。
大事なものを放っておいて、このまま私達だけ安全な所に逃げたくない。
せめて、せめて御堂や他の者の安全を確認したいのです」
「……」
「サクヤさん、ありがとうございます。
あなたはどうか、このまま逃げてください。
私達は引き返します」
二人はそう言って深々とお辞儀をすると、慌てて今来た道を引き返し始めた。
「ちょっと!」
彼らの気持ちもわからなくはない。
だが、だからといってこのまま放って置けるわけもなかった。
あの多勢の兵士達がまだ残っていたら…。
「くそっ!」
サクヤは舌打ちすると、彼らを追って、自分も今来た坂道を下っていった。


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