« 新年のご挨拶 | トップページ | 暁の明星 宵の流星 #129 »

2011年1月 9日 (日)

暁の明星 宵の流星 #128

白鷺(しらさぎ)と周明(しゅうめい)が、息を切らして坂道を下り、御堂のある本殿に向かおうと、横道に続く高台をぐるりと回り込んだ時だった。
「ああ、何てことだ」
その高台から見下ろすような位置に正門が見え、しかもその近くの森林に、住職ら他の僧侶達が多数の兵士に囚われているのが目に飛び込んできたのだ。
ざっと見たところ、御堂には火は回っていない。その事には、二人ともほっと胸を撫で下ろしたのだが…。                     
「ああ…住職…」 「大僧正様…みんな…」
囚われている住職や仲間たちを見て、二人はいたたまれなくなった。だが…。
「どうしたものか、私達は…」
「白鷺さん、助けを呼んだ方がいいのではないですか?見るからに自分達では…」
二人は、多勢の兵士達に圧倒され、目を奪われていたため、背後に近づく人影に全く気がつかなかった。
突然、二人は三人の男達に体を捕まれた。
「ああっ!!」
驚きの声も空しく、あれよあれよと二人は拘束され、がっちりと後ろ手に縄で縛り上げられてしまった。
「あなた方は!?」
白鷺が男達の姿に叫んだ。見るからに兵隊にしか見えない。しかも自国の兵士…。
「上官の言うとおり、遠くまで足を延ばしてみてよかったじゃね?」
一人の兵士が縛り上げた二人を見て、ニヤニヤしながら言った。
「 本当に。こんなところで坊さんが二人もうろちょろしてるなんてな」
屈強なもう一人が顎髭を触りながら笑った。
「あなた方は…!何なんです?何故寺院を…我々を…」
白鷺が震える声でまくし立てた。その様子を薄目を開けて見ていた最後の一人が言った。
「これでも俺たちゃ信心深いんだぜ、坊さん。俺たちの懇願がなければ、御堂にだって火が放たれていたかもしれねぇし、坊さん方も皆、 焼け死んでいたかもなぁ」
「……」
事態が飲み込めない、といった表情の白鷺に顔を近づけ、兵士は言った。
「ま、恨むんなら俺たちじゃなくて、お前さん方が匿(かくま)った客人を恨めよ」
その言葉で、白鷺は全てを解したようだ。みるみると顔色が赤くなっていく。
「こ、こんな…!こんな乱暴な形でっ!!」
「ふふ。ま、とにかくあんたらのお仲間の所に行こうか。特にあんた達、こんな所でふらついていたという事は、結構いい情報(はなし)でも持ってるかもしれんしね」
「ま、ちょっと痛い目にでも合わせてやれば、何か喋るんじゃね?」
白鷺はくっと唇を噛み、後ろの周明は青くなってがちがちと震えている。
「ほら、来い!!」
二人の体がぐいっと前に引っ張られる。兵士達が足元がもたつく二人に焦れ、体を抱えようとしたその時だった。

ガツッ!!

突然、周明の体を抱え込もうとした兵士の一人が後方に吹っ飛んだ。
「あっ!サクヤさんっ!!」
よろめく周明を片手で支えながら、拳を握り締めたサクヤがそこにいた。
「何だこの野郎!!」
サクヤは素早く向かって来るもう一人のわき腹を蹴り上げた。
「ぐえっ!」
「サクヤさんっ!何故お逃げにならなかったんですか!!」
よたよたと近づく白鷺の顔は苦痛に歪んでいる。目は助けられたという安堵ではなく、助けに戻って来たサクヤを咎めているようだった。
「こいつ、やりやがったな!!」
「くそ!」
倒された兵士の二人は憤怒の表情で、自分達よりも小柄なサクヤに向かっていく。
サクヤは無防備な二人を後ろで庇いながら、兵士に応戦していく。
「だ…って!見過ごすわけにはいかないじゃないですか!!」
戦いながら、サクヤは白鷺に叫んだ。
「それに、オレはこんな奴らには負けない!」
ガギッ!!
サクヤの膝が、襲ってくる一人の腹に入った。
「ごふっ!」
相手は血を吐きながら倒れこんだ。
「言うじゃん、ちっこいの……ん?お前どっかで見た…」
最後に向かってきた大柄な髭面の兵士がサクヤの顔を近距離で覗き込み、一瞬目をぱちぱちさせた。
きっと睨み上げるサクヤの整った白い顔に、兵士は戦っている最中なのも一瞬忘れ、ピュウッと口笛を吹いた。
「何だよ」
拳をを振り上ようとした、サクヤの腕を兵士は掴んだ。
「お前、あの時のカワイ子ちゃんじゃねぇか!」
「は?」
「この間は町で世話になったよなぁ!あの時、お前が邪魔しなければ、若い子と楽しんでいた筈だったんだぜ」
「あ!」
「ふん、思い出したか。その時のお前の蹴り、あの後なかなか忘れられなかったぞ」

サクヤの脳裏に、町で遭遇したユナ人のガラムを助け出した時の事が、はっきりと浮かんだ。
連れとはぐれて迷子になっていたガラムを、下心で絡んでいた北の兵士…に、確かこんな髭の男がいたような…。
「よぉ、あの時は邪魔が入ったけどな。どうだ?続きしようぜ」
髭の兵士はそう言うと、サクヤの腕を捻り上げた。
「うっ!」
サクヤは痛みに眉をしかめる。だが、やられっぱなしは嫌いだ。
サクヤは思い切り兵士の股間めがけて足を振り上げた。
「ぎゃ!」
気絶しそうな痛みに、兵士は思わずサクヤを離し、その場に蹲(うずくま)った。
その隙を狙い、サクヤは横から兵士の頭を狙って蹴り入れようとした。

ガギッ!!

鈍い音がして、身体が大きく後方に吹っ飛ぶ。
「うぁあっ!!」
地面に背中を叩きつけられた格好となったのは、髭の兵士でなく、何とサクヤの方だった。
「く、そ…」
横から大きな衝撃を食らったサクヤは、一瞬、何が起こったのか把握できなかったが、次の男の声で悪寒がするほど震え上がった。
「ヘヴン!!」
髭の男は嬉々とした声で、自分の前に立ちはだかる細くて背の高い男に叫んだ。
(ヘヴン!!)
サクヤは恐怖が足元から襲ってくるような感覚に陥った。
この男にアムイの額が切りつけられた場面を思い出し、不覚にも足ががくがくとして止まらない。
「サクヤさんっ!大丈夫ですか?」
白鷺が思わず叫び、彼の元へ行こうと走ろうとした。が、うまく動けない。どうやら白鷺もだったが、近くで震える周明も、腰が抜けてしまったっていたようだ。
「いい所に来てくれたぜ、ヘヴン=リース!早くこいつをやっちまおう」
髭の兵士はそう言うと、まだ痺れる股間を片手で押さえながらも、よろよろと立ち上がり、剣を抜こうともう片方の手を鞘にかけた。
が、その兵士に対し、ヘヴンはぎろりと鋭い目付きを投げかけると、突然容赦なく彼を足で蹴り上げた。
「ぐわっ!」
髭の兵士は再び地面に蹲った。
「な、何するっ!!味方に向かって…!!」
血反吐を吐きながら恨めしそうに叫ぶ兵士を、ヘヴンは冷ややかに見下ろした。
「味方ぁ?何言ってる。俺は南軍の傭兵だ。北の軍なんか知ったこっちゃねぇ」
ペッとヘヴンは兵士に唾を吐きかけると、尊大な態度でこう言った。
「こいつは俺の獲物なの。お前らになんか渡してたまるかよ」
そしてヘヴンは、固まって動けないでいるサクヤの方にゆっくりと振り向くと、獣のような目で舐めるように見、ニヤリと笑った。
「よぉ、カワイ子ちゃん。また会えて嬉しいぜ」

……逃げなくては…

サクヤは、思ったよりも自分が怯えているのに愕然とした。
(だけど駄目だ…。今こいつに捕まるわけにはいかない…)
サクヤの脳裏にアムイの姿が浮かんだその時、ヘヴンの口元から赤い舌が覗き、自身の薄い唇に這い回る様子が更にサクヤを追い込んだ。まるで蛇に睨まれた蛙のようだ。
それでもサクヤは、何とか残る平静さを掻き集め、ヘヴンの隙をついて逃げようと様子を窺った。
その気持ちに気づいてか、ヘヴンはニヤつきながらじりじりとサクヤの方に歩み寄ってくる。
「 ああ…、あんた本当に可愛いねぇ。その怯えた様、かなりそそるよね。
アムイの奴も、あんたくらい可愛げがあるといいんだけどなぁ」
すすっと音もなくヘヴンはサクヤの間近に迫ってきた。
「に、逃げてくださいっ、サクヤさん!」
「早く…」
若い僧侶達の悲痛な叫びも、周辺の木々に吸い込まれ、まるで遠くから聞こえる木霊のようだ。
とうとうヘヴンがサクヤのすぐ目の前に立ち、長い胴を折るようにして彼の顔を覗き込んだ。縮こまるサクヤの顔にふっと息を吹きかけた瞬間、サクヤは全ての気力を掻き集め、近距離に迫っていたヘブンに体当たりし、逃げようとした。
「おっと」
だが、まるで大人と子供のようだ。かえってサクヤは、あっけなくヘヴンの腕の中に納まってしまった。
「カワイ子ちゃん、俺から逃げようったて無駄だね」
喉からの、クックと笑う声が耳障りだ。
「あんたを餌にアムイの奴を誘き寄せてやる。…あいつ、どんな顔するかな?泣いちゃうかな?
ああ…想像するとぞくぞくするぜ…」
ヘヴンの狂気にも似た恍惚とした表情に、サクヤは身体が強張った。
「だがその前にカワイ子ちゃん、あんたを昇天させてやるよ。
アムイに天国見せてやるまでの、ま、繋ぎだな」
その言葉にサクヤはぞっとして、ヘヴンの顔を見上げた。
ヘヴンはますますいやらしい笑みを浮かべ、青くなっているサクヤの顔を一瞥した。

「…アムイに比べたら物足りないが、ま、そこそこ楽しませてくれるだろ?カワイ子ちゃん」


「何たる失態ぞ!ミカエル少将!」
案の定、頭上からティアン宰相の激昂が飛んだ。
ミカエル少将は、ティアンの怒りを受けるべく、今、彼の目前で膝を地面に付き、頭(こうべ)を垂れていた。
「いや…、言い訳もできませぬ。これもすべて私が至らなかったため…」
「己の不甲斐なさを素直に認めたからとて、この私の怒りが収まると思ってか?
やっと…、やっと久方ぶりにあの麗しい姿を愛でられると、心浮き立たせておったのに…。
この、大馬鹿者!!」
大声に首を反射的に竦めたミカエルは、相手の様子を窺うため、恐る恐ると自分の顔を上げた。
ティアンの表情を見て、ミカエルは心の中で溜息をついた。
…ああ、これが大陸一の気術士だと豪語する男の顔だろうか。まるで恋煩いしている未成年(こども)のようだ。
(宰相殿は、よほど宵の君にご執心とみえる…)
これは益々、と、ミカエルの【宵の流星】への好奇心は膨らむばかりだ。
「何をじろじろと、人の顔を見ている?」
むっとしてティアンはミカエルを睨み付けた。
「いえ、宰相。確かに此度の失態は、己の責任。…必ずや宵の君を…」
「当たり前だっ!ミカエル、そこまで言い張るならば、何か確かな策でもあろうな?口だけは何とも言えるからな」
「そ、それは…」
ミカエルは内心うんざりしながらも、答に詰まる自分に舌打ちした。
「おいおい、随分メタメタにやられてるじゃんか、気術将校さんよ」
その時、ぞわっとする波動を持つ声が、ミカエルの背後で響いた。
「何だ、ヘヴンか…」
ぼそっと呟くミカエルに、ヘヴンはニヤニヤと薄笑いを浮かべながら、ティアンとミカエルの間に割って入った。
「ひでぇなぁ、あんたらにいい土産、持ってきてやったっつーのにさぁ」
「いい土産?」
「そう。いいもの」
やたらと上機嫌なヘヴンにいぶかしみながら、ミカエルは跪いていた自分の身体を起こした。
「もったいぶらずに早く言え。…まさか、宵に関する事じゃないだろうな?」
ティアン宰相が苛々と吐き捨てるように言い、珍しくヘヴンの肩を掴み揺さぶった。
いつものティアンなら、禍々しい“気”を漂わせていると言って、ヘヴンに近寄ろうとさえしないのに。
「おやおや、天下の南の宰相さんも、キイ…宵に対して余裕がないと見える」
小馬鹿にした言い方に、ティアンはむっとする。
「とにかく早く報告しろ。我々はこんな所で油を売っているわけにはいかないんだ」
不穏な空気に、ミカエルが努めて冷静にヘヴンに話しかけた。
「へへ、わかったよ。………おい!」
ヘヴンが顎でミカエルの後方を指すと、それを合図に二人の南軍の兵士が、両脇をがっちりと支えながら一人の青年を連れて来た。彼は拘束されながらも、激しく抵抗している。
サクヤだ。
「おい、大人しくしろ!」
片方の兵士が、あまりにも暴れるサクヤに業を煮やし、荒々しくサクヤを地面に叩きつけ、背中に馬乗りになって身動きを封じた。
「く…くそ…」
サクヤは自分の不甲斐なさに涙が滲み出た。
…このオレが…。ヘヴン=リースの毒気に当てられ、ほぼ無抵抗で拉致されるとは…。
必死に抵抗し、相手に致命傷のひとつでも負わしているならいざ知らず、今こうして簡単に拘束されている事が無念で仕方がない。
(ああ、兄貴…キイさん、みんな、ごめん…)
鼻腔を刺激する土埃の匂いが、サクヤの心を益々惨めにさせる。
「お前は…」
サクヤの顔を見たミカエルの表情に、ティアンは眉を上げた。
「こいつ…!あの時は暗くてよくわからなかったが、この“気”には確か覚えがある。暁と共にいた男…だな?」
「暁?…ほぉ、そう言えば私もどこかで見た事がある顔だと思っていた。
うん、確かにこの男、暁と一緒に宴の場にいた若造じゃないか」
中立国ゲウラにある娼館、桜花楼(おうかろう)の酒宴の席での事を言っている事は、サクヤにもすぐにわかった。
「な?いいもの拾ったろう?」
ヘヴンは上機嫌で、ぐるりと周囲の人間を見渡した。
「でかしたぞ、ヘヴン。これで暁達の痕跡を追えるかもしれん。
…あの他人と馴れ合う事が嫌いな暁が、宵以外で傍に置いている男ぞ。これは利用価値がある…」
ティアンの機嫌が直った事に、ミカエルはほっと安堵した。
「さて、これからこの男をどうしましょうか?」
「とにかく口を割らせるしかないだろう?…仲間なら、この先どこかで落ち合う手はずくらいは踏んでいるんじゃないのか?」
ティアンの言葉に、サクヤはどきりとした。
「じゃ、ちょっとこのカワイ子ちゃん、俺に任せてよ。
すぐに喋りたくなるよう、いい思いさせちゃうからさ」
ヘヴンのからかうような物言いに、ミカエルは“またか”というそぶりで肩をすくめた。
「ほどほどにしろよ?ヘヴン。お前、夢中になると歯止めが利かなくなるからな。
…殺さないよう、うまくやれ」
冷たく言い放つミカエルの言葉に、サクヤは全身が凍りつくような感覚に支配され、気が遠くなりそうになった。
それを堪えるため、サクヤは自分の唇を噛み締めた。じわり、と痛みと共に血の味が口内に広がる。
(兄貴…。…オレ、やはり足手まといだった…。ごめん)
悔しさと情けなさで目の前が霞む。だが、この追い詰められた精神状態が、かえってサクヤの覚悟を強固にさせた。
(…だけど。絶対オレ、兄貴達を守るから。絶対悪魔の手に落ちないから)
サクヤは胸の内で、そう叫んだ。
何が来ようがされようが、セド人は誇り高い民族。絶対に屈服するものか。
たとえ、たとえこの身が果てても…。
サクヤはこの時、もう再びアムイには会えないだろうと、覚悟を決めた。
とにかく、こんな悪魔のような連中に、神王の血を引く王子達を引き合わせてなるものか。
これはサクヤの、古から流れる先祖の血がそう思わせるのかもしれない。
だがそれ以上に、サクヤはアムイを魔の手から守りたかった。これが今自分ができる唯一の覚悟と思わなければ、目の前の恐怖に負けてしまいそうだったのだ。
(兄貴…)
再び乱暴に身体を引き上げられ、揺らめく視界に薄笑いを浮かべるヘヴンの姿が映る。
「連れて行け」
無情なミカエルの声が、サクヤの耳を通り過ぎていった。


チガンの町は、確かにひっそりとした漁村だった。
最近、この町を隠し要塞にしようという話が、北のミンガン王から極秘にあったばかりだ。
南に通じた第一王子ミャオロゥ対策のためでもあった。
だから、表向きはひっそりとしたのどかな港町だが、この町に多い海沿いの洞窟内には、様々な武装を施された武器や船が揃っていた。
その一角を、西の王子、リシュオンの中型船が匿われていた。

最初にこのチガンに辿り着いたのは、途中でシータと合流したキイとアムイ達だった。
その二日後に、堂々と隊を成してリシュオン王子と昂老人(こうろうじん)一行が着いた。
彼らは町に着くなり、波止場近くにある居酒屋で一息入れようと、多勢で押しかけていた。
「いや、意外と警備が薄くてびっくりしました」
リシュオン王子が、軽く飲み物を口にした後、爽やかに笑いながら言った。
「ただの旅商人の扮装で正規の道を行ったのですが、拍子抜けするほど安泰な道中でしたよ」
「ま、何か不穏な動きがないか、常にわしがチェックしてたがの」
二人の話に、シータが小首をかしげた。
「…もう少し目を光らせてると思っていたけど…。あれかしら?やはりミャオロゥ王子も自分の身が大事だから、かえって目立たない様にしている…とか?」
「…とにかく、ざっと見て追っ手も来てないようだし、この場所に我々がいるというのは、相手にはまだわかっていないじゃろう。
…ま、長居は出来ぬな。とにかくすぐにでも東に行くことを懸念しなければ」
そしてぐるりと皆を見渡し、昂老人は溜息をついた。
「…サクヤがまだ来てはおらぬか…。アムイ、ちゃんとこの町の事は言っておるんじゃな?」
何となく、沈んだ面持ちのアムイが黙って頷いた。
「アムイの話だと、サクちゃんはお寺のお坊さん達と一緒だったそうよ。
という事は、その人達を安全な場所に送ってからこっちに向かうと思うの。
サクちゃん、ってそういう子だから」
シータがアムイの代わりに答えた。
「そうですか…では、あと二日くらい待ってみましょうか。
…その間にこれからの事を綿密に打ち合わせしましょう」
リシュオンは、はきはきとそう言うと、おもむろに立ち上がった。
「さて、これから我が船に案内致します。どうぞ、こちらに」
「船?」
イェンランが好奇な目を輝かせて彼の方を見上げた。
「興味ありますか?、なら尚更ご招待しなければ。…中型の船ですが、一応これでも八十人は人が乗れるタイプなのですよ」
「そんなに?」
思わず大声を出して、イェンランは赤くなって口を塞いだ。
その愛らしい様子にリシュオンは思わず顔をほころばす。
「ごめんなさい、はしゃいじゃって。だって初めて傍で見るんだもの、船。
ほら、私ずっと草原育ちで、海になんて行った事もなくて」
そう、こうして皆にくっついて旅をしてから、何度も話で聞いていた海を見る事ができたのだった。
初めて見た海の感動は、言い表せないものだったが、色んな事がありすぎて、ゆっくりと浸っている暇もなかったのである。
「よし。じゃ、そこで会議だな。…と、リシュオン、王族関係の船という事は、あれか?」
優雅に立ち上がりながら、キイはリシュオンに言った。
「はい?」
「書斎…書庫くらい備えられてる?ちょっと調べ物したいんだけど」
「もちろんですよ。長い船旅にはある程度の知識も積んでなきゃなりませんからね。
王家の船には必ず小さいですが図書室が設けられていて、全大陸や他大陸の蔵書を取り揃えております」
「ええ?図書室?本!?」
イェンランの目が益々煌いた。
「あれ、随分と食い付きがいいわねぇ。さては文学少女?お嬢って」
シータがからかうように言った。
その言葉にイェンランは赤くなって頬を軽く膨らませた。だが、きらきらした目だけは衰えない。
「…うち、貧乏だったから本なんてそうそう持った事なかったんだけど…」
言い出しにくそうにイェンランは呟いた。
その様子を見て、リシュオンは彼女を微笑ましく思った。
そしてイェンランを見つめると、優しい声でこう言った。
「よかったら、船にいる間は自由に本を見て構いませんよ。本も請う人に読まれれば本望でしょう」
その言葉に、ぱあぁっと表情が明るくなったイェンランに、リシュオンは益々目を細めた。
「それでは、早速、洞窟内にある我が船に行きましょうか」
彼はにっこりとすると、ゆっくりと歩き出した。
それに続いて、他の者も立ち上がり、彼の後に続いた。
だが、最後までアムイだけはこの場を動かなかった。
「アムイ?」
それに気がついたキイが、行きかけた身体を戻し、アムイの傍に近づいた。
「あ?ああ。ごめん。ちょっとぼうっとしてた」
今気がついたかのように、アムイはキイに顔を上げると、のろのろと立ち上がった。
「アムイ…お前」
「何だよ、その、何か言いたそうな顔」
アムイは心配そうなキイの顔を一瞥すると、ぷいっと反対の方に顔を向けた。
「そうか?…何もねぇよ。ほら、時間がないんだ。早く行くぞ」
キイはわざとぶっきらぼうに言うと、アムイを急き立てた。
「わかったよ」
アムイもむっとしながらキイの後について行く。
(…何年一緒にいるんだよ。お前の気持ちくらい手に取るようにわかるんだよ)
キイは後ろからとぼとぼ歩いてくるアムイの姿をちらりと見やった。
今のアムイの心には、今だに到着していないサクヤの事で占められているくらい、キイにはわかり過ぎるくらいわかっていた。
キイは再び前方を向くと、アムイに悟られないように小さな溜息をついた。
(サク…。お前の事だから大丈夫だと思うが…)
だが、そう思う反面、言い知れぬ不安がキイの胸にまとわりついている。
自分がそうであれば、相方のアムイだって同じな筈だ。

リシュオンの船に着く間、ずっと二人は重い沈黙を抱えていた。


にほんブログ村 小説ブログ ファンタジー小説へ
にほんブログ村

|

« 新年のご挨拶 | トップページ | 暁の明星 宵の流星 #129 »

自作小説」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 暁の明星 宵の流星 #128:

« 新年のご挨拶 | トップページ | 暁の明星 宵の流星 #129 »