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2011年4月

2011年4月29日 (金)

パソコンクラッシュと戦って…

Sh3800630003
《あまりにも綺麗だったので》


しばらくぶりです。

なかなか更新ままならないブログに毎回アクセスいただきまして、
本当にありがとうございます。

これで12章『奈落』が終了し、次回第13章に取り掛かる事になります。

いやー…。

この章が一番辛かった…。

更新が遅れた要因のひとつに、パソコンのアプリケーション等々がとうとうクラッシュし、長くネットに繋がらなくなってしまったという事が、一番痛かったです。(その間、自分で何とかしようとして墓穴を掘った)


何とか義弟に泣きつき、半日で復旧してもらって、ネットに繋げられたのですけれど、今まで使っていたマウス(PC)ちゃんではワードが使えなくなってしまい、大ショック。
でも、もう一台復活させてもらったコンパックちゃんの方に、ネット繋げてもらっていて助かった…。
データーを移動し、今はコンパックちゃんで作業再開しております。


もうひとつ苦しんだ理由に、……こんなに長くなる予定ではなかった…という、私的部分で苦労した背景が。

前にも書きましたように、12章はもともと11章とひとつでした。
長くなるという事で分けたのですけれど、結局これも長かった…。


書いても書いても終わらないんだもん…(泣き事)


ここに自分の力不足が露呈してしまったわけなのですが。

とにかく日常がめまぐるしくて、執筆する時間が取れないのが悩みです。

もっとゆっくりと専念したいと思っているのですが。

結局、もうすでに春


当初の終了予定を軽々越えて、今に至っております…。


すみません、あと2章残っています。…もしかしたらそれも納まりつかなくて、最後にその後エピも書くかもしれません。

……いや、もう、ここまできたら最後まで突っ切るしかないのですけれど。
こんな小説にお付き合いいただける事こそ奇跡としか言いようのない事ですけど。


まだまだ続きます。

仕方ない、付き合ってやるか!と、思ってくださった方、どうかこの後もゆるく見守っていてくださると嬉しいです。

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で、ここからいつもの勝手なつぶやき。
興味ない方はスルーお願いします。
(ちょっと裏話なので…)

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この12章…。

一番のウツ章でした。

読まれた方の反応が気になったのもこの章でした。

書いていて苦しかったのもこの章が一番でした。

主人公らと共に、一緒になって苦しんだ章でした。

とにかく書いても書いても終わらないのが一番苦しかった。

ふぅーーーー(やっと一息)


それでも実験的作品ともあって、このまま思うまま突っ切るしかないのですけれど。

普通、しっかりとした小説は、ちゃんと構想を立て、配分よく組み立てていくものなのでしょうけど(制限もありますよね)…思うまま書いているこの作品、本当に予定を軽く越えちゃう…。
一応、頭に構想はあります。
大まかな骨組みは全部できています。
ただ、細かな場面が詳しくできていない。
…そこに問題があります

だいたい自分のは妄想の延長なので、めまぐるしく変わっていくのが常です。

その妄想中が一番楽しいのですが

どういう話にしようかな、と、必死に考えているとなかなか浮かばないのですが、あまり考えず、違う事をしていてぼんやりと物語の妄想している方が浮かびやすい。
その時にすぐにメモればいいのですけど、メモできない状況だと、非常に辛い。
今、この小説で自分が描きたい場面は、ポーンとやってきてメモノートに乱雑に書きなぐっているのですけど、はっきり言って読めない部分が多くて泣きます。(字、汚すぎて)
…ということで、ほぼ半分はぶっつけ本番です。
書いている途中で、自分が作っていた場面を変更させられる事はしょっちゅうです。
だからほとんどがその場で頭に浮かんだ事を書いていると同じです。

当初の予定では、こういうふうにシンプルにまとめよう、と思って入力し始めるのですが、気が付くと全く思ってみなかった場面になっていたりする…。
結局今回の章も、その場その場で必要なシーンを取り入れているので、変に長くなってしまった…。

反省…。

もっと緻密にきっちりと客観的に構想を立ててやらないとあかん、と常々思うとります(って、どこの人?)


実はここだけの話ですが、#143での子供のアムイの存在の扱い…。
これは書こうとしている直前に内容ができて、リアルに書き足した部分です。
初め考えていたのは、ただ単にアムイが激しく動揺しているシーンだけだでした。

こういう感じで、細かな部分ができていない状態で書きますので、何が飛び出すか自分でもわからないのが、このぶっつけ本番の恐ろしさと、面白いところです。(自分にとってはですが…)


なのでもっと集中できる環境が欲しいなぁ…などと、ちょっと贅沢を言ってみたりして…(苦笑)

それでもやっと!自分が書きたかった13章に…やっと突入します!!

長かった…。

本当にここに来るまでが長かった…。

だいたい最初から順を追って話を書くのも初めて。
大まかな骨組みだけでぶっつけ本番に書いていくのも初めて。
こんな長い話を、小説にするのも初めて。

初めて、初めて、初めてづくしの作品です。

こんなに長い間、自分を拘束しているキャラ達も初めてで、思い入れが半端ないのが困ってしまっていますが…。
(もともと飽きっぽくて、しょっちゅう違う話のキャラをとっかえひっかえに妄想してる女なので…)


次章はなるべく間を空けないで更新するつもりです。


できればできれば。

こんな作品ではありますが、どうかラスト(最後)までお付き合いください


最後どのように物語の決着をつけるかは、多分皆様のご想像の範囲内に収まると思いますが、登場人物達がどういう運命を辿るかを、見ていただけると嬉しいです。
(書ききれないキャラは、スピンオフで描きたいのですが…。やはりくどいでしょうか?)


と、またつらつらと好き勝手につぶやいてしまいましたが、次章13・『光輪発動』で、お会いいたしましょう。。。。。ではでは。。。。

kayan拝

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2011年4月28日 (木)

暁の明星 宵の流星 #143

アムイの目の前に広がる、まるで赤い花びらのような飛沫(しぶき)。
どこかで見た…!あれは…あれは…。

サクヤの身体から飛散したおびただしい血が、両親の溢れる鮮血を思い出させた。

アムイの、何かが決壊した。

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ミカエルに拘束されていたアムイは突き飛ばされ、その場に転がった。
その時は一体、何が起きたのか…。痛みに支配されていたアムイには把握できていなかった。

「これだけの高位の“気”を持っていたら、さぞかしこいつも満足だろうよ」
痛みを堪えたアムイの耳に飛び込んできたのは、そう言い放つサクヤの声だった。
「宰相!!」
「なっ…!?何を宰…」

パァァァーーーーン!!!!

何かが弾ける音と同時に、ぐちゃ!と肉が弾ける音に、アムイはハッとして身体を起こしその方向に振り向いた。

アムイは信じられなかった。
今起きた事、今自分の目に映っている事。
まるで幻を見ているかのような感覚。

その惨状が、幼い頃に見た母と父の最期の記憶を鮮明に呼び起こし、アムイの脳裏にフラッシュバックする。

特に父の、あの赤い花びらが舞うような血飛沫(ちしぶき)。

「父さん…」

父は腹心のラムウの手で、背中から身体を剣で一気に貫かれ、おびただしい血を飛散させながらその場に崩れ落ちたのだ。

自分の目の前で。
《何故?何でラムウが父さんを!?》

アムイは混乱していた。
今自分の脳裏には、返り血を浴びたまま、まるで何もなかったかのような、不思議な表情をしていたラムウが佇んでいた。
その恍惚とした表情に、アムイは怯えた。

次の瞬間、ラムウはまるで眠っているかのような父の遺体をかき抱き、はらはらと涙を流していた。
それがだんだんと父達の姿が揺らぎ、泣きながら血まみれたサクヤを抱くキイの姿と変わっていく。

過去と現在が混沌とする中、徐々にアムイの意識もはっきりと“今”を認識し始めた。

「何…?アムイ…どうした?」
泣いていたキイが顔を上げて自分に話しかける。
まだ少し意識が混乱しているアムイは、思わずこう呟いていた。
「…父さん…」
キイが驚愕したように目を見開いた。
「アムイ…?何を言っているんだ…?」
その思いがけない言葉に、キイは反射的にそう返していた。
アムイの目が揺らぐ。
そして何かを振り払うように彼が頭を左右に振った事で、過去の傷がアムイを襲ったのをキイは本能的に感じ取った。
それは自分が、アムイに対して常々不安を感じていた事。危惧していた事だった。

アムイは今、現況を把握しようと必死になっていた。
瞳は揺らぎ、口元がわなないた。

かろうじて復活した己の理性が目の前の事実を少しずつ知らせてくる。
そう、自分は敵の手中に嵌り、危ういところだった。
……どう考えても、今、こうして自分が無事なのは…、あの時、叫びながら飛び込んできた人間のおかげであるのが容易に想像できる。その人間が…自分の守ろうとした人間であった事も、目の前の状況が物語っている。

……ということは…。
自分を助けようとして、サクヤが身を投げ出した…という…。

理性ではそう訴えている。だが、アムイの感情はそれをまだ否定する。

ゆっくりとアムイは立ち上がると、まるで幻を掴もうとするかのように片手を伸ばした。
「サクヤ…」
その手はサクヤを求めるかのように宙を舞い、そろそろとサクヤの方に近寄ろうとする。
「アムイ…!」
「嘘だろ?キイ…。サクヤはまだ大丈夫なんだろ?」
うわ言の様に言うアムイの視線は、キイではなくサクヤに注がれている。
ふらふらと傍に行こうとするアムイに、キイの方が焦り、思わずこう叫んでいた。
「アムイ!駄目だ!来てはいけない!!」
いくら自分の浄化の力が作用しているとしても、毒素は馬鹿にできないほど酷く、サクヤの遺体を汚染しているのだ。
無防備なアムイが触れたら、大変な事になるのは明白だ。
だが、アムイはキイの叫びに異常に反応した。
「どうして…!」
アムイは顔面蒼白となって、歩みを止めようとしない。
「だから!来てはいけないんだよ!」
キイの叫びに弾かれるようにシータが飛び出し、アムイの行く手を遮るために正面から抱き抱えた。
「離せ!」
「駄目よ、アムイ!」
「何でお前も邪魔するんだよ!」
「サクちゃんは毒素が酷いの!普通の人間は触ったら危険なのよ!!」

《触るな!!》
突然アムイの頭に、ラムウの怒声が響いた。
あの時ラムウは幼いアムイを片手で払い飛ばしたのだ。
《汚らわしいその手で、セドの太陽に触るな!!》
彼の、今まで見たことのない冷たい瞳が、幼いアムイの心を貫く。 
《お前が…お前達のせいで…セドの太陽は穢された》

その声は冷たく、まるで刃物。
お前達が生まれなければ…私のアマト様は罪びとにならなかった…。
ああ、セド王国の太陽!!この国の希望!!真の神王!!
それをお前達は壊したのだ!!
この悪魔め!!お前達は悪魔に唆され、やって来たのであろう!!》

アムイの心の奥底に、真っ黒なものがうごめく。


「嘘だ…」
「アムイ…」
「嘘だ、嘘だ、嘘だぁぁぁっ!!!」
アムイは叫び、頭を掻き毟った。
「しっかりして!アムイ!」
押さえつけるのも難儀になるほど、アムイは暴れた。
「アムイ!」
堪らなくなったキイはサクヤを地面に横たえ、アムイの元に行こうとして思いとどまった。
そうだ…。いくら自分を浄化しているとはいえ、サクヤからついた毒素全てが消えているわけではない。
自分の衣類に付着しているサクヤの血液からは、まだ微量であるが穢れ虫の毒素が放出されている。
この大事な時に、アムイを抱きしめてやれない事を、キイは歯がゆく思った。
そう、あの時と似ている…!!
その瞬間、キイはアムイの意識と繋がった。

18年前、ラムウの言葉の刃で傷つけられたアムイを抱きしめたくても、できなかった自分が今と重なる。
あの時はすでに“光輪”が発動を初め、自分の力ではどうしようもなくなっていた。
アムイの元へ行きたくても、守ろうとしてもできなかった。
あの無力さを、キイはまざまざと思い出していた。

今、キイはアムイの心の中で何が起こっているのか理解した。
それはキイだけではない、前にアムイの心を覗いた事のある、昂老人(こうろうじん)もまた然りである。

アムイの奥に巣食っている、根本の闇が、まさに今、浮き上がろうとしていた。

「…どうして…」
震えながらアムイは言った。
「どうして…俺を傍に行かせてくれないんだ…」
「アムイ?」
急に大人しくなったアムイにシータは困惑した。
「…俺が…穢れているから?俺が神に疎まれているから…?」
「何言ってるの…アムイ…」
触れているアムイの身体から、何か得体のしれない力がうごめくのを、シータも感じ取ってぞっとした。
…それは、今まで奥深く隠れて出てこなかった…もの。

己の中に潜む追憶の森………。
アムイの中で、色々な場面と感情が吹き荒れ、嵐のごとく暗黒の森を揺るがした。


慕っていたラムウの罵声。
真っ赤な血の海で眠るように息絶えている父。

(父さん…!!)

アムイの心が血を流し、追憶の森に赤い雨が降る。

(おれは父さんに触ってはいけないんだ…。おれが父さんを穢したから)


《アムイ…どうしたんだ?助けに来たんだ。さあ、父さんが来たからもう大丈夫》
《嫌だ…来ないで…》

自分に触れようとした父のその手を、自分は振り払った。


そう、俺が父さんを拒否したから。


《父さんは…悪い人なの?皆…父さんの事悪く言う…。
キイのお母さんに酷い事したのも…みんな父さんが…!!》
《アムイ、私は》
《父さんは神様から許されない事をしたんでしょ!?
大罪人なんでしょ!?
その子供のおれも穢れてるんでしょ?
だからおれは痛い思いをしなくてはいけないんでしょ?》
《何て事を…!違う、アムイ》
《そうなんだよ!おれは罪の子だから生きてちゃいけないって。
おれも母さんと同じ、神様に嫌われてるから!!償わなければいけないんだよ!》

どうしてあの時差し伸べてくれた手を俺は拒否してしまったんだ。
……父さんをなじって、父さんを責めて…。
あの時の父さんの顔が目に焼きついて離れない。
ごめん…。ごめんよ父さん…。
あの絶望した顔を、俺は一生忘れる事はできない。


まさかその罰に、永遠に自分の前から消えてなくなるなんて。

愚かな自分はわからなかった。
目の前であの手を永遠に失うなんてまったく思ってもみなかったのだ。

あの太陽のように暖かな胸に抱かれ、優しく自分を慈しんでくれたあの父を
俺は最後の最後に酷いことを言って拒絶してしまった。

だから神は俺に罰を与えた。
母さんと同じく
俺から大事な人を奪うという形で。

「いや…だ…」
「アムイ?」
「…もう…いやだ…」

血にまみれた父の死に顔が、サクヤの顔と重なった。

……もう、現実を受け入れるしかないのだ。

目の前に横たわるは心を許した友の骸(むくろ)。

ほら、やはりそうじゃないか。

自分が心から許した相手を、必ず死神が奪っていく。
母も父も…サクヤも…罪深い俺から奪っていくんだ…。
神に疎まれ、罪を背負って生まれた俺への罰として。

《お前がこの地にいる限り、俺はお前の傍にいるぞ》
キイの嘘つき。
たったひとつの拠り所だったキイでさえ、死神は命を奪おうと今でも鎌をもたげているじゃないか。

だから俺は自分から人を愛し、慈しんではいけないんだ…。

「あ…ああ…あ…」
アムイの喉が引きつった。
どうしようもない、止められない激しい感情。
それが今、彼の表面にまさに出てこようとしていた。
奥深く。
封印していた最後の闇の扉が、アムイの感情の嵐で解かれようとしていた。

もちろん繋がっているキイにも、そのアムイの負の感情がダイレクトに伝わってくる。
「く…ア、アムイ…」
そのあまりにもの苦しさに、キイは己の胸を手で押さえた。
それは罪悪感。そして未曾有の恐怖。
いけない…!このままではいけない!!
だが、アムイの苦しみに同調してしまうキイは、ただ、ただ彼の苦悶を受けるしかなかった。
どうにかしたくても、まるで呪縛のように心も身体も動かない。
どうにも耐えられなくてキイは叫んだ。
「じいちゃん!!」


.......................................................................................................................................................


昂老人また、翻弄されているアムイの心の中に、何とか潜り込もうと必死であった。

以前、アムイの闇の箱を開けた時と打って変わって、アムイの心の中は荒れ狂っていた。
あの時はまだアムイに己と向かい合うという覚悟があった。
だが、今は手がつけられないほど凄まじい状態で、なかなか中まで入り込めない。
「アムイ!落ち着け!!落ち着くんだ!!!」
昂老人の叫びも、アムイには届かない。
「じいちゃん!俺も何とか協力する!!だからアムイの心を助けてくれ!!」
遠くでキイが叫んだ。
昂は頷くと、動けないでいるキイを介してアムイと繋がり、何とか己の意識をアムイの中に入り込ませた。
だが想像を絶する彼の心象風景の惨さに昂は愕然とした。もちろん昂だけでない、キイもまた同じものを見て震え慄く。


............................................................................................................................................................

赤い雨が暴風と共に激しく荒れ狂い、心の森をlこれでもかと痛めつけるように降り注いでいた。
狂ったように、泣き叫ぶように、森は騒然としていた。
昂とキイの二人はアムイの心の嵐を受けながら、ある場所に違和感を感じ、意識をその場所に向かわせた。
闇に溶け込む森の最奥に、ぞっとするような真っ黒な鉄の扉がそこにはそびえ立っていた。
(ここか…?)
あの子供だったアムイが持っていた闇の箱と同じ波動がする。
いや、それ以上に禍々しい波動がそこから湧き上がってくるようだ。
その扉はアムイの心の嵐のせいでガタガタと揺れ、半分開き始めていた。
二人の意識は気を引き締め、その扉の中でうごめくものを確かめようと目を凝らしたが、よくわからない。
(これか…?これがアムイの元凶か…?)
しばらく躊躇していた昂老人は意を決すると、扉を開けるために手をかけ、思い切り引いた。

そこには闇がうごめいていた。
真っ暗で、何も見えない。だが…。
微かだが、何やら音がする。…音?いや、あれは…人の…声…?

耳を済まして二人は仰天した。

子供の…泣き叫ぶ声が聞こえる。…あれは小さな子供の泣き声だ。

それも、ただ、悲しくて泣いているのではない。

まるで虐待を受け、助けを求める、今にも死にそうな子供の悲鳴のよう…。
耳を覆いたくなるような心をえぐるような叫び。

《いや!やめて!もう許して!!》
悲痛な子供の…聞き覚えあるその声…!
《怖い!怖いよう!!やだ!やだぁぁぁ》

昂老人は確信した。
これは幼い頃のアムイだ。
あの時、闇の箱を抱えていた7歳のアムイと似ているが、また別の…!
闇の箱を渡してくれたアムイ少年は安心して消えた筈だった。
幼い頃の傷ついた心を、大人になった自分自身に癒され、統合されたと思っていた。

…だが、これで腑に落ちた。

本当のアムイのトラウマ(傷ついた幼少の自分)はこの暗黒の扉に押し隠されていたのだ。
だから闇の箱を解放しただけでは、真の解放にならなかった。
だから涙も枯れたままだったのだ。
それほど、彼の心の傷は深く、深過ぎたゆえになかなか表面に出にくかった。

罵詈雑言。
荒れ狂う言葉の刃(やいば)で、今にでも息絶えそうな…これは18年前、あの日に崩壊した7歳のアムイ。
キイの目に涙が浮かび、身体が震えた。
その罵声は、あらゆる人間のアムイへの罵り、嘲り、否定、嫌悪…。
いや、違う。
確かにその声も聞こえるが、7歳のアムイを最も痛めつけ、殺そうとしているのは…。

《俺は生まれてはいけなかった》
《俺は罪の子》
《俺がいるから大事な人が死んだ》
《……皆、俺といると不幸になる》
《俺と関わったばかりに…死んでしまった…》

「アムイ!」
キイは遠くから叫んだ。
「いけない、自分を責めてはいけない!!」
ああ、俺のアムイ。お前はわかっているのか。
子供のアムイを今にでも殺そうとしているのは、自分の心を消そうとしているのは、他でもない、自分自身だということを。
罪悪感。虚無感。恐怖感。
その自虐が、お前自身を殺すんだぞ!!

《…兄貴、優しい人だから、オレが死んだら自分のせいだと責めるかな…》
「サク…」
《もしそうだったら、お願いです…。
そう思うなって。絶対にそう思ってはいけないと…》
サクヤの最後の言葉が、キイの脳裏にこだました。
自分の最期にそう伝えてくれと言い残したのは、この事を危惧していたからではないのだろうか。
…いや、サクヤがそこまで見抜いていたとも思えない。ただ無意識のうちにアムイの抱えるものを正確に感じていただけかもしれない。
そうだとしても、今、サクヤが危惧した状態にアムイが追い込まれているのは事実だ。

自分を卑下し、貶め、責めるのは…幼い純真無垢な子供の自分を虐待すると同じ。

その子の悲痛な叫びが、お前には聞こえないのか。

駄目だ、いけない、今度こそ本当にアムイの心が死んでしまう。

あの時はまだ本人も幼くて、ただ防衛本能から己を閉じるだけで済んだ。
だが、今度のは。
守るべき大人の自分が自分を否定したら、もう、幼い自分は絶望と共に死ぬしかないではないか!!

「じいちゃん!助けて!!」
キイは再び、昂老人に助けを求めた。
今、一番傷ついたアムイの心の中で、その近くにいる人間に。
「その子を助けてくれ!頼む!!このままではアムイの心が死んじまう。
今度こそ本当に死んじまう!!」
最後は泣き声だった。
昂老人はキイの叫びに動かされたごとく、無理やり闇の扉に押し入った。
数々の激しい虐待の刃(やいば)から身を守りながら、やっとの思いで瀕死のその子を外に救い出す。
幼いアムイは息も絶え絶えで昂老人の腕の中で丸くなり、徐々に小さくなっていった。
昂にはもうそれしかできなかった。
死にかけた幼いアムイを救うため、傷を最小限に抑えようと術を施したのだ。
幼いアムイはどんどん彼の手で小さくなり、最終的には掌に納まるほどの小さな光の玉と化した。
「キイよ!受け取れ!お前にこの子を託すぞ!!」
アムイの意識から飛び出した昂の意識は、繋がっているキイの意識にその子を放った。
「ああ、アムイ!!」
キイは手を伸ばし、愛する人間の化身である光の玉を、両手で大事そうに受け止め、己の心に仕舞った。


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ポタ…。

アムイを押さえつけていたシータは、自分の頬に落ちた冷たいものを感じ、驚いて上を向いた。

ポタリ…。ポタ…。

「アムイ、アンタ…」
振り仰いでアムイの顔を見たシータは、呟いた後そのまま絶句した。
見上げたアムイの両の目から、きらきらと光る、大粒の雫が零れていたのだ。

「アムイ…」
周囲で見守る皆も、息を呑んでアムイの様子を凝視していた。

まるで堰を切った川の水のように。
閉じた水門を解放し、放流し、流れを作るかのように。

それはアムイにとって18年も封印していた解放の涙。
そして人々が初めて見る、【暁の明星】の涙でもあった。

幼い自分を奪われたと同時に、アムイの闇が解放されつつあった。

「あああああ…」
「アムイ!」
涙を流しながらアムイは宙を睨み、喉から言葉にならない呻きを発した。
「うあああぁぁぁ…」


そうだ。

俺は怖かったのだ。

大切な人間を目の前で立て続けに奪われて。

自分が心から愛し、心を預けられる人間を…失う事がどれほど恐ろしいか。

耐えられなかったのだ。
自分が命と同様に大事にしている人間を失う事が。

他人から受けた虐待よりも、俺にはこの事の方が恐怖だったのだ。

だから俺は自分自身を閉ざした。
だから俺は自分自身を戒めた。
俺がここにいる限り、天に帰らないと誓ってくれたキイ以外の人間を、受け入れることを拒否したのだ。
そうすれば、もう、このような恐ろしい思いはしなくて済む…。

そうか…。
そうだったんだ…。
今、気が付いた…。

アムイはやっと己の闇と向かい合い、その本質を見ることができたのだった。

自分自身を傷つけ、他方から植えつけられた罪悪感から自分を貶め、父に対する後悔で己に罰を与え…。
ずっとずっと自分を責めて。
神に疎まれ、嫌われていると信じ、自分のせいだと、自分の存在を拒否して。
なのに何故、神は天は自分を生かし、この地に縛り付けているのか。
それはキイがいるから。キイを守るためと…そして。
こうして自分だけ生きているのは罪を償わなければならないだからだ。
取り残され、罰せられ、生きている事自体が贖罪だからだ…。

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ああ…。

キイは今のアムイの気持ちが、手に取るようにわかっていた。
わかり過ぎるほど理解していた。
それは昔、自分自身も落ちた地獄だからだ。

己の存在の意味。

キイにとって、自分の生まれが生まれだけに、この地に降りてからずっと纏わり付いていた事だった。
何故、天は己を生かす?
何故、天は己をこの地に降ろしたのだ…。
それがアムイの存在に気づいてから、アムイと共に生きるのが己の生きている意味と信じ、辛くても、苦しくても、怒りに震えても、自分は耐えてきたのだ。
それが、本意でないとしても一国を滅ぼしてしまい、アムイが自分以外の人間に心を閉ざし、長い間さすらう事になる生き地獄に堕ちて、キイはずっと自分がこの世に生まれてきた意義を模索していた。
(アムイが自分を罪の子と貶め苦しむのなら、この俺こそ一体何であろう。
俺こそ父が罪を背負う事になった元凶ではないか)
背徳の王子として、母の苦しみから生まれたこの自分こそ、神に疎まれ、抹殺されるに値する存在ではないのか。
しかも実の弟を愛し、その罪悪感に苦しんでいた時期は、神はあまりにも自分を嫌っているので、故意に天に戻さないのでは、とまで思い込んでいたほどだ。
その生き地獄から這い上がるあの時まで、キイは自分自身を呪っていたのだ。
特に制御不可能なほど、巨大な神気を身に宿して生まれてきた自分を。


長い、長い間。
二人は己自身の存在意義を、ずっとずっと葛藤し続けてきたのだ。


川の流れである流星のキイは、先に天と通じ、根本の闇からはすでに抜け出せていた。
そしてやっと、眠れる海である片割れのアムイが、闇と対峙する時が来たのだ。

アムイの頬を伝う涙。それは許しの涙ではなく、気付きの涙である。
その事にキイは気付いていた。
闇は露呈し、それに向き合い始めたばかりで、まだまだアムイは自分を責め続けている。
闇に呑まれそうになっている。
無意識のうちにそのはけ口となっていた、純真無垢な幼い自分が分離したのにも拍車をかけ、アムイを翻弄する闇が噴出した。

その証拠にアムイの瞳は益々絶望にどす黒く煙(けぶり)、表情は厳しく強張っていた。
ぽろぽろと溢れ出す涙には、絶望と、諦めの色が濃く出ている。

「アムイ…、聞いてくれ、アムイ…」
キイは上ずった声で呟いた。
でも、今のアムイにはキイの声は届かない。
喉を引きつらせ、息は乱れ、今にでも壊れてしまいそうだ。
シータもアムイの様子に不安を隠せず、両腕を掴む手に力を込めて揺さぶった。
「しっかりして、アムイ!キイの言葉を聞くのよ!お願い、そんなに自分を追い込まないで…」

「聞く必要なんてないさ、あんな奴の言葉なんか」

突然シータの背後で、面白がったような声が響いた。
「ヘヴン…」
シータは苦々しく呟いた。
ヘヴン=リースが楽しそうな面持ちで、いつの間にか二人の近くに立っていた。
「おいシータ、お前も早くアムイを離しな。…こいつは俺のもんだから」
シータの顔が険しくなった。どうしようもない嫌悪感が湧き起こってくる。
「まだそんな事言っているの?アンタなんかにアムイを渡すもんですか!」
「力づくでも?」
「力づくでもよ!!」
そう言ってシータはヘヴンに振り向くと、アムイを庇うように立ち、剣を抜いた。
それを合図に、少し離れた場所で待機していたりシュオンも剣を構えた。
「ははは!お姫様を守る騎士っていうやつか?…その肝心のお姫様は今にでもぶっ壊れそうだけどな」
ヘヴンはそう言って、舐めるようにアムイを眺めた。

まったく、なんてぞくぞくさせるんだ…、こいつは。
追い詰められ、今にでも精神が崩壊しそうな危うい風情が、なんとも艶っぽくヘヴンの目に映っていた。
そして初めて見るアムイの涙にも、ヘヴンは今までになく興奮していた。

「でもよぉアムイ、よかったな。お前の代わりにあの男が死んでくれて」
ヘヴンのからかうようなその言葉に、アムイはピクリと反応した。
「俺が始末する手間が省けたっつうか。あいつも自分の身の程をちゃんと理解してたっつうか。
俺は心配してたんだぜ!いつお前がやつに穢されるかヒヤヒヤでさ」
アムイの目に冷ややかで青白い炎が灯った。
「あーあ、勝手に死んでくれてせいせいした。本当によかったぜ」
ちりちりと、アムイの全身から何かが立ち上った。
それはアムイの持つ、封印されている“金環の気”のようでもあった。彼の“何か”が、封印を外しかけているのかもしれない。
だがそれは他の者にはわからないほどの変化であった。
いや、キイ以外には…。

「よくもそんな事を!」
ヘヴンの心無い暴言に頭にきたシータは、剣を振り上げようとし、その手を止められて驚いた。
「ア、アムイ?」
「シータ、こいつは俺が相手をする」
有無を言わせないアムイの冷たい声に、サクヤの死で混乱しているとばかり思っていた皆は、信じられない思いで彼を見た。
どう見ても先ほどまで取り乱していた人間と同じには見えない。
すでにとめどなく流れていた涙は止まり、平常に戻ったかのようなアムイの無表情な顔。
正気に戻ったのかと、誰もが思った。
ただ、キイにだけはわかっていた。
……今のアムイが一番危険な状態だということを。

「なんだ、元に戻っちまったのかよ。つまんねえな!」
ヘヴンは自分の懐からナイフを取り出した。
アムイは無言でシータの剣を奪い、ふらりと前に進んだ。
シータも皆も、アムイの只ならぬ気迫に気負わされて、その場に固まり、息を呑んで二人を見つめるばかりだ。
「だが面白いもの見せてもらったよ。なぁ、アムイ?」
ヘヴンはアムイの変化に子供のようにわくわくしていた。
今度こそ、こいつを俺の手でぶっ壊してみせる!!
あの時に見せた、あの泣き顔を、もう一度自分で再現したい…。そして永遠に自分のものにするのだ。
ヘヴンは舌なめずりをして、まだ剣も構えていないアムイに向かって行った。
「お前は俺のもんだよ!アムイ!!」
アムイの目が、かっと見開いた。
ヘヴンの攻撃寸前で、アムイは剣でそれを受け止めた。
それを合図に、二人は激しい戦いに突入していった。
その恐ろしいほどの激しさに、誰もが二人に割って入れない。
ヘヴンも強いが、それに立ち向かうアムイも凄かった。

今だかつて、【暁の明星】の、このような鬼気迫る戦いを見たことがあったであろうか。

互いに肉を斬り合い、飛散する赤い血。
獰猛な獣同士の戦いを見ているようで、周囲の人間はあまりにもの恐ろしさで動けないでいた。

ここにきて、皆はアムイが尋常ではない、という事に気が付いた。
まるで彼に悪鬼が取り憑いているかのようであったからだ。
アムイはすでに怒りに支配され、死しても辞さない覚悟だったのだ。


..............................................................................................................................................................


(アムイ…!ああ、俺のアムイ…!!)
キイは豹変した愛する片割れの魂(たま)を想い、成す術もなく涙を流した。
怒り、憎しみ、自虐、後悔、…全ての負の感情に支配されていて、もう自分の手には負えない…。
今はもう、ここまで来たらアムイ自身を信じるしかなかった。
天と地に祈り、相方の魂の行方を見守るしかなかった。


アムイの中で、初めて味わう憎悪の波動が、目の前の男に注がれている。
無数に傷つけられ、皮膚が裂けて血にまみれても、アムイには関係ない。
それどころか、この血がすべて無くなってしまえばいいとさえ思う。
この、呪われた罪人の血、すべて。

だが、この目の前の男だけは絶対に許せない。

お前が俺の憎悪を引き出した。

俺の大事な人間を、貶め、軽く扱った罪は重い。

俺の抱える罪と同じく重いのだ。…だから…。だから…。


ザシュッ!!!


ヘヴンの刃(やいば)がアムイの頚部の付け根から右肩に向けて綺麗に入った。
真っ赤な鮮血が飛び散り、ヘヴンの頬を染めた。
その衝撃にアムイはよろめき、その隙を狙ってヘヴンががっしりと背中から羽交い絞めにする。
「アムイ!!」
「近寄るな!!」
深手を負わされ、捕らえられたアムイを助けようと動いた仲間に、アムイは怒鳴った。
「でもアムイ…」
シータの言葉を、アムイは荒い息をしながらきっぱりと遮った。
「いいから誰も来るな!!」
かなり出血が酷いのか、アムイの顔はどんどんと血の気が引いていく。
今にでも気を失いそうであった。
そのアムイをやっと自分の腕に収めたヘヴンは、反対に上機嫌であった。
彼もまた、アムイにかなり傷つけられて、息が上がってはいたが。
「嬉しいぜ、アムイ。そんなに俺と二人でいたいか」
自分でつけた傷に、ヘヴンは止血するかのように、ぎゅっと片方の手を押し当てた。
べっとりとアムイの血で自分の手が染まっていくのを、ヘヴンは恍惚と眺めていた。
抵抗しない事をいいことに、ヘヴンはねっとりとした舌をアムイの耳に押し付けながら囁いた。
「壊れちまえよ、アムイ。壊れて俺に全部委ねちまえ」

禍々しいほどの劣情。
どうして自分はこうもこの人間が欲しいのか。
それは本能の成せるワザかもしれない。
こいつが男であろうが女であろうがまったく関係ない。性別を超えたところで自分の本能を刺激する。
欲しい、こいつが欲しい。
飽くなき欲求…。
まるでそれはこの世で生きていくために必要不可欠な三大欲と同じに等しい、いや、それ以上の欲求だ。


いつもなら、アムイに危機が訪れれば、正気でいられなくなる筈のキイがやけに静かだった。
ヘヴンに絡まれているアムイの様子を、じっと冷静に見つめていた。
二人を長く知っているシータには、それが異常な光景として目に映っていたほどだ。

キイはヘヴンの欲求を、アムイから介してまざまざと感じ取っていた。

………人間という生き物は、厄介なものだな。

キイは不思議と、その光景を客観的に分析していた。
野生の本能で、アムイの奥に眠っている花弁を嗅ぎ取る人間は少なからず存在するが、誰も彼も負の力に引きずられやがって…。
確かにアムイの花弁に気が付く人間ほど、欲求が強い人間が多い。
本能のままに、自制なく、己の欲望を求めるタイプの人間たちだ。
そういう人間ほど、アムイを躍起になって手に入れたがる。
アムイの蜜に気付いたものは、必ずその甘い汁を永遠に自分だけ独り占めしたがる。

野生動物に例えるのもおこがましい人間たち。

まだ自然の摂理に従い、自然の本能のままに生きる彼らの方が、まだいい。
それがどんな獰猛な獣であろうが、彼らは決してアムイを独り占めしようとは思わない。
彼らはアムイの恩恵を素直に受け入れ、敬服し、従順であるだけだ。
あの神の使いビャクオウの原型となった、大陸一獰猛である白虎ビャクでさえも、アムイの前では牙を収めるのに。

人間は複雑怪奇な生き物と、よく言ったものだ。
自然と逆らい魔が入りやすいのは、それだけ人の方が闇に近いのかも知れぬ。
キイはそう思いながら、目の前の二人の行く末を見届ける覚悟を決めた。
それが、どんな結果となったとしても。

...................................................................................................................................................................

確かにその厄介な人間であるヘヴンは、今まさにアムイを強引に手に入れようとしていた。
彼は喜びのあまり喉を鳴らし、アムイの耳たぶに軽く歯を立てた。
「…もう逃がさねぇ…。
アムイ、永久に俺のものになっちまえよ。そうすりゃもっといい思いをさせてやる。
──お前が望むなら、何度だって天国にイカせてやるぜ」
「…天国…?」
今まで黙って成すがままだったアムイが口を開いた。
「ああ、とびきりの楽園だ、アムイ」
そう上機嫌に言い切ったヘヴンは、アムイの肩が上下に突然揺らいだのに眉根を寄せた。
「…ふっ…。く、くくっ…」
「おい…」
アムイは込み上げてくる笑いに、とうとう我慢できないというように頭を大きく仰け反らした。
「はは、あはははは!!」
全身を振るわせ、アムイは笑った。おかしくて、どうしようもないくらいだ。
とうとういかれちまったのか、とヘヴンが思ったその時、アムイはピタリと笑いを止めた。
「天国だって…?笑わせるな!」
「何?」
態度の急変したアムイに、ヘヴンのみならず、周りの人間も驚いた。
アムイは嘲りながら、ヘヴンに吐き捨てるように言った。
「お前のような奴が、天国になんてイケるわけないだろうよ」
次の瞬間、口の端を上げてニヤリとしたアムイの顔は、まるでこの世のものとは思えないほど、禍々しくも妖艶であった。
魔界に堕とされし天人が、魔界の王となってこの世に姿を現したとしたら、このように笑うのではないだろうか。
「おい、どういう意味だ」
いつもは鈍いヘヴンでも、アムイの波動ががらりと変化したのに気が付いた。
アムイはゆっくりとヘヴンに振り向いた。
ヘヴンはその顔を見て初めて背筋が凍った。
もうすでに、アムイの表情は生きた人間としての温もりが消えていた。
そこに存在しているのは、一体誰だ?
人の気配を感じさせない、この存在は…。
「お前…」
人でないものがゆっくりと自分に微笑んだ。どっとヘヴンの毛穴から汗が噴出した。
まるで魔物に狙われた生贄のように。
その魔物が楽しそうにヘヴンにこう囁いたのだ。
「……お前がイクのは…地獄だよ」
「───!!!」
ヘヴンは息を呑んだ。

「なあ、ヘヴン。お前は俺が欲しいんだろう?
だったら一緒にいこうぜ。
お前は俺と、共に行くんだ。
魑魅魍魎の…─お前の仲間がたくさん待っている──…
──奈落の底へ─」


硬直しているヘヴンのわき腹を、アムイは己の剣で深く刺し貫いた。
ヘヴンの返り血を浴びながら、アムイは一気に剣を抜くと、思い切りヘヴンを上から斬りつけた。
悲鳴を上げるのも許さないアムイのその剣は、本当に一瞬の出来事だった。

皆、今何が起こったのかを把握するのも遅れたくらいだ。

大量の血の海で横たわるヘヴンに、アムイは折り重なるようにして自らも倒れこんだ。

「アムイ!!」

その場が惨状と化して、初めて皆は我に返った。

シータ達は弾かれるようにその場に駆けつけ、血にまみれる事も構わず、アムイを抱き起こす。

「アムイ!!!」

だが、アムイはピクリとも動かない。

遠くでその様子を眺めていたキイは悟った。

偽りの天国(ヘヴン)を斬り捨て、アムイはその魂(たま)と共に、深い深い奈落の底に堕ちたのだという事を───。

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2011年4月17日 (日)

暁の明星 宵の流星 #142

その瞬間、アムイは‘しまった’と思った。
ヘヴンの襲撃からキイを守るため、庇うように躍り出たアムイは、剣で相手の刃(やいば)を払いのけたまではよかった。
だが、無我夢中で突進してきていたヘヴンの刃の勢いはそれだけでは止まらなかったのだ。
「うあっ!!」
阻止した筈の刃(やいば)はその反動で勢いよく彼の手を離れ、思わぬ方向に跳ね返り、それがアムイの太股を直撃した。
「アムイ!」
「だ、大丈夫だ」
キイの叫びに咄嗟に答えたアムイだが、苦痛に顔を歪め、その場に膝を付いた。
切り裂かれた皮膚からはおびただしい血が流れている。
アムイは素早く自分の腰紐を解くと止血のために傷口を覆い隠すようにきつく縛った。
手もとの武器を無くしたヘヴンが、その場に呆然と立ち尽くしている隙に、リシュオンを振り切ったミカエルが叫びながら飛び込んできた。
「でかしたぞ、ヘヴン!」
「!」
体勢を整うのが遅れたアムイは、呆気なくミカエルに捕らえられてしまった。

反射的にアムイを助けに動こうとしたキイであったが、突然、自分の腕の中にいるサクヤの異常に気が付いた。
「…サク?」
明らかに様子がおかしい。
サクヤは喉をひきつらせて脂汗を掻き、小刻みに身体を震わせながら、苦痛を我慢しているかのようだった。
「い、いかん!」
傍にいた珍学士(ちんがくし)が青くなって叫んだ。
その次の瞬間、サクヤは「こふっ」と小さく口から血を吐いた。
「サク!」
彼の腰を支えていたキイの手に、何やら生暖かいものが触れた。
見ると、瘤を覆い隠すようにきつく縛られていた緑色の布から、赤い血がどんどんと滲み出てきている。
「いかん!虫が皮膚を…」
珍学士がそう呟いた時だった。
「ははははっ!!
さすが私の虫!暁の血に混じった“金環の気”を嗅ぎ取って興奮したな!
さあ、ミカエル!今が好機だぞ。早く暁の“気”の封印を解け!!」
遠方でその様子を眺めていたティアンが大声で笑うとそう叫んだ。
「何っ!?」
その言葉にキイは激高した。
「アムイ!逃げろ!」
サクヤの血を止めようとしながら、キイは叫んだ。
「くそ!」
言われなくてもわかってる!
アムイは心の中でそう叫びながら、ミカエルの腕から逃れようともがいた。
「大人しくしろ!暁!」
そう言われてもアムイだって必死だ。
先ほどのヘヴンの攻撃で、負傷したと同時に自分の剣もどこかにすっ飛んでしまっていた。
足と手を使って、ミカエルから逃れようとするが、ミカエルだって必死なのだ。
後ろから抱きしめるようにアムイの身体を羽交い絞めし、もう片方の手で彼の額に手を伸ばそうと懸命だ。
そう、封印の玉がある場所を解除するために…。

アムイの血が呼び水となって、興奮した穢れ虫は、サクヤの内臓を鋭い牙で裂き、皮膚を食い破って外に出ようとしていた。
サクやの皮膚を裂いてできた小さなその穴は、ちくちくと虫が懸命に広げようとしていた。
その度にサクヤの全身に激痛が伴う。
「くそぉ!出るな!出てくるんじゃねぇ!!」
キイも必死になって広がりそうな穴を手で押さえて、己の癒しの力を送り込む。
その浄化作用によって、ある程度虫の動きが緩慢になった。が、出てこようとしている虫は、キイも想像する以上に手強かった。
しかも羽化して間もない穢れ虫は飢餓状態で、獰猛だ。
月の力も借りて、虫はもう抑えきれないところまできていた。
……それは、周りの者よりも直接虫を抱えているサクヤが一番わかっていた。
虫の気持ちが朦朧としているサクヤの心を刺激するのだ。

ハヤク、ハヤク…!!
ゴチソウ、ゴチソウ…!!

あまりにもの痛みに、サクヤの意識がはっきりした。
「キイ…さん…」
「サク!気が付いたのか!
大丈夫だ。俺が押さえているからな!」
「サクヤ君、もう一度この布を巻きつけるんだ」
珍学士がそう言ってサクヤの身体に手をかけようとした。
が、していた手袋が血に触れた途端、赤黒く変色していく。
「さわっちゃだめだ、先生…。ど、毒素にやられる…」
荒い息でそう呟くと、サクヤは珍の手を腕で押し退けた。
確かに、すでに毒素に犯されたサクヤの血は、辺りを汚染し始めていた。それをキイが己の癒しの力で浄化していた。
それでも汚染は留まらない。
サクヤの血が付いた場所は赤黒く変色し、草木は毒素で枯れ始めた。
そのために周囲にいた兵士は、その変化に恐れをなして、じりじりと後退し始めた。
「早くオレから離れて…!」
サクヤは全身の力を振り絞り、身体を起こした。
「サク、無理するな」
サクヤはすがるようにキイの腕を掴み、頭を起こして辺りを見回した。
「兄貴…!」
サクヤの目に入ったのは、今にも封印を解かれそうになって、抵抗しているアムイの姿だった。
「キイさん!オレよりも兄貴を…!」
「だけど、お前が!」
キイはどうしようかと正直迷った。
アムイの封印が解かれてしまったら、完全にやばい。それは誰もがわかっている事だ。

先ほどまで呆然としていたヘヴンが我に返った。
アムイの血を見るのが好きなヘヴンは、思わぬ所で彼の血を見たことから、微かに言い知れぬ興奮を覚えていたのだ。
陶酔していたとも言える。
だからしばし思考が停止していたヘヴンだったが、そのアムイがミカエルに抱きかかえられて突如目が覚めた。
「ミカエル!!俺のアムイに抱きつくんじゃねぇ!!」
憤怒したヘヴンは、まっすぐに二人が揉めている所に突っ込んできた。
「おい、ヘヴン!何をする!?」
アムイからミカエルを引き剥がそうと、ヘヴンは二人の間に割って入った。
「だからアムイは俺のものだ!手を離せよ、この野郎!!」
「馬鹿か、お前は!!俺は、味方だぞ、味方!」
「味方も糞もねぇ!アムイに近づく奴は誰だろうと許せねぇんだよ!!」

思わぬところで、状況が変わった。
それをきっかけにして、リシュオンがアムイを助けるためにヘヴンに続き、一方のセツカは何とかしてキイの傍に駆けつけた。
他の所で戦っていたレツやガラム、昂老人は、アムイ達の騒動を知り、敵を振り払いながら助けに急ぐ。
この状況に、のんびりと構えていたティアンも焦りを感じ始めた。
「ええい!お前達、何をしておる!!敵を蹴散らせ!宵を確保しろ!!」
周辺の兵達に激を飛ばしながら、ティアンはミカエルがいる方向に走った。
虫の毒素に気負わされた兵士たちの不甲斐なさに腹を立てたティアンは、やっとの事で腰を上げたのだ。
「ミカエル!何をやっているんだ!あと少し…後もう少しで手に入れられるものを!
何をもたもたしているのだっ!!」
「し、しかし宰相…!!」
アムイの抵抗の上に、ヘヴンとリシュオンの攻撃を受け、気術の使えないミカエルにはもうどうすることもできない状態であった。
「早くしないと虫が出てくるぞ!おい、第二隊!こうなったら虫が出てくる前に男の腹を掻っ捌け!毒素を恐れてはならん!
もうこうなったら腹から出すが早いか、暁の封印解除が先か、両方執行する!!」
その言葉で、近くにいた第二隊がやっと動いた。
キイは迫りくる敵から、サクヤを守ろうと剣を振り回し、そのキイを守ろうとセツカも敵に向かっていく。
だが、意外に兵士の数が切れ目なく、キイとセツカは苦戦した。
特にサクヤを守りながらだと、どうしても手が足りない。もっと味方が欲しい状況であった。
「先生、サクを頼む…!」
襲ってくる敵を倒しながらキイは叫んだ。
「じいちゃん!じいちゃん!早く助けに来てくれっ!!」
天下の【宵の流星】も、今回ばかりは助けを求めた。とにかく、一刻を争うのだ。

「ええい、暁を私に貸せ!私が封印を解いてやる!!」
「宰相!!」
ミカエルの傍に辿り着いたティアンが、身を躍らせながらそう叫んだ。
「させるか!くそぉ、離しやがれっ!!」
アムイは叫んで抵抗した。が、ミカエルはアムイをがっちりと拘束しながらティアンに勢いよく差し出した。
そのミカエルをヘヴンが素手で殴りかかろうとするのを、近場にいた南の兵士が身を投げ出して阻止した。
「この野郎!邪魔すんじゃない!!」
吼えるヘヴンに臆することなく、兵士は彼の腰にすがり付いて離さない。
懸命に足蹴りを食らわしているヘブンに、駆けつけた他の兵士達も彼の動きを封じようと大勢彼に群がった。
それはアムイを助けようとするリシュオンも例外でなく、あっという間に行く手を敵によって遮られてしまった。
一方、額に手を伸ばそうとするティアンに抵抗を試みたアムイであったが、負傷した太股をミカエルに執拗に足で蹴り上げられた。
強烈な痛みがアムイを襲い、抵抗する力を封じられる。
「アムイ!!」
皆の叫びにお構いなく、ティアンはニヤリとすると、ゆっくりとアムイの額の玉に手をかざし始めた。
「今こそ、お前の“金環の気”を解放してやるぞ。死ぬまで虫の餌食となるがいい」


.........................................................................................................................................................................


サクヤの目には、今にでもアムイの“気”を開放せんとするティアンの姿が、はっきりと映っていた。

その一方で、身の内の虫が興奮しているのを、まるで人事のようにサクヤは感じていた。


タベタイ
タベタイ


オイシソウ
オイシソウナニオイガスル


ドコダ?
ドコニエモノガイル?

何故だろう…。
虫の感情そのままが、直接サクヤの心を刺激していたとしても。
虫が興奮して暴れる度に、その牙が自分の肉を食いちぎる度に、不思議な事にどんどん冷静になっていく自分がいた。

静かだった。
外の騒ぎとは反対に、ざわついていた心が不思議と静かで、明瞭になっていく。

虫が興奮状態になればなるほど、間逆な方向へとサクヤの心は向かっていった。

今、自分が出来ること…。
今、自分がしなければならないこと…。

目に映るアムイとティアンの姿に、サクヤははっきりとしたひとつの答えを見出した気がしたのだ。
虫は甘く漂う高位の“気”を嗅ぎ取って、執拗にその場へ急ごうと、自分の皮膚を押し広げようとうごめいている。
虫の動きに同調するかのように、サクヤはおぼつかない足でゆっくりと立ち上がった。
まこと、今の彼のどこに動く力が残っていたのだろうか。
サクヤは虫が出てこようとする箇所を右手で覆うと、小さく呟いた。
「わかったよ…!そんなに腹が減っているのか」
「サ、サクヤ君!?」
いきなりふらりと立ち上がったサクヤに驚いた珍学士は、彼を引き留めようとした。
が、横からサクヤを襲おうとした敵兵に気づき、懸命にその兵を阻止しようと身体を張った。
「サクヤ君!」
邪魔された兵士が珍学士を斬りつけようとしたその時、負傷しながらも駆けつけたシータがぎりぎり間に合った。
「大丈夫?学士!」
シータは兵士をなぎ倒すと、彼の傍に近寄った。
「それよりも、サクヤ君が…」
「え?」


それはあっという間のでき事だった。

「サク!?」
周囲も何が起こったのか一瞬理解できなかった。
もう身体も動かないだろうと思われたサクヤが勢いよく走り出したのだ。
一直線に、ある場所を目指して。

(喰いたいか?喰いたいんだろ?)
サクヤは押さえた掌に虫の牙が触れるのを感じ、そう心の中で言った。
実はこの力は半分虫の力でもあった。
執拗に餌を求める虫の勢いがサクヤをある場所に連れて行く。
そう、そこは…。

「ふふ、そうだ、しっかり押さえていろミカエル」
アムイは額に熱を感じて身じろいだ。だが、それをがっちりとミカエルが押さえ込んでいる。
今まさにアムイの“金環の気”が解放されようとしていた。すればこの芳醇で大量な“金環”が放出され、虫はそこに喰らいつくのだ。
あと少し…。
ティアンが心の中でそう呟いた時だった。

「させるかぁ!!」
突然叫び声を上げて、サクヤが突進してきたのだ。
「お、お前!」
驚きのあまりティアンの手がアムイの額からずれ、同時に押さえていたミカエルの手が緩んだ。

(そんなに喰いたかったら、喰わしてやる!!)
サクヤは心の中で言い放った後、大声で叫んだ。
「だけどお前が喰うのはそっちじゃねぇ!!こいつだ!」

サクヤは思い切りティアンに体当たりすると、ミカエルとアムイよりもなるべく遠くに突き進んだ。
もちろん、ティアン宰相にがっちりと食らいついて。
「な、何をする!!」
胴体にしがみつくサクヤに脅威を覚えながら、ティアンは引き剥がそうともがいた。
「宰相!!」
ミカエルは拘束していたアムイを突き放し、急いでティアンの元に走った。
突き飛ばされたアムイはその場で転がった。
一体、今何が起きたのか…。痛みに支配されていたアムイには把握できていなかった。

衝撃で腹が大きく揺らいだ感覚に、サクヤは嘲った。
「これだけの高位の“気”を持っていたら、さぞかしこいつも満足だろうよ」
腹の虫が狂喜したのがわかった。
この近距離では、いくら“気”を封印していたとしても、この虫には全く効果がないとわかって、同様にサクヤも喜んだ。
ティアンは焦った。彼もまた、虫の限界が来ていることを察したのだ。
「宰相!!」
ところが好都合にもミカエルが自分を助けに割って入ってきた。
その隙にティアンはサクヤの手からするりと抜けると、何を思ったのか代わりにミカエルをサクヤに押し付けたのだ。
「なっ…!?何を宰…」

パァァァーーーーン!!!!

何かが弾ける音が周囲に広がったと同時に、ぐちゃ!と肉が弾ける音が不気味に響いた。

敵を蹴散らせながら、慌ててサクヤの後を追って来たキイの目に映ったのは、何とも悲惨な現状であった。
「サクッ!!!」
キイの叫びで、周りにいた者は、今何が起こったのか瞬時に理解し、絶句した。

弾けたのは、ミカエルの“気”を封印していた術が解けた音だった。
虫は微かに漂うミカエルの高位の“気”を嗅ぎ取って我慢できなくなり、そのままサクヤの腹から弾丸のように飛び出て来たのだ。その途端、封印は消し飛んだ。

「ぐわぁぁぁぁぁぁぁーーーーー!!!」

ミカエルの悲鳴が山中にこだました。
成虫は解放されたミカエルの“気”に誘われて彼にかぶりついた。
もちろん、彼の持つ“気の核”を貪るため。

とうとうサクヤの肉を食い破って、姿を現したその虫は、世にも恐ろしき、皆の想像を超える異形の姿をしていた。
確かによく見れば普通の穢れ虫に似ている。蜂にも似た姿、羽の形。先端が尖った鉤(かぎ)状の六本の足。
だが人の赤子同然の大きさと、顔は虫の様でも剥き出した二本の牙が鋭く肉を食い漁っている姿は、まるで羽の生えた悪魔が取り付いているように見えた。異常に長い触角の先端は針のように尖り、それが獲物の“気”を感知するために、ミカエルの身体をまさぐっている。
人を食い破って出てきたその姿は、真っ赤な血で濡れそぼり、不気味に赤黒くぬらぬらと光っていた。
「何故だ宰相っ!何故この私を!
あ…ああ…あ…誰か!!誰か助けてくれっ…!!」
虫を必死に引き剥がそうとしながら、近くにいるであろう仲間に助けを求めるミカエルの絶叫が月夜を引き裂く。
「宰相ぉぉ…!!」
彼のいる方向にミカエルは手を伸ばした。
(まずい…!!)
キイは飛散したサクヤの血から、毒素が舞い上がってくるのをこの目で捉えた。
四方八方飛び散ったサクヤの血が、確実にその場を穢していく。
彼らの近くにいたティアンも被っていないわけがない。
が、
「宰相様!!」
騒ぎを聞きつけて、助手のチモンが護衛を伴い素早くやってきた。
「おお、早くしろ!チモン!」
毒素を被ったかと思われるティアンの平静な声に、キイはいぶかしんだ。
「宰相様!お言いつけの解毒剤です!早くこれを服用してください!!」
そう言ってチモンは小さな箱をティアンに投げて寄こした。

(解毒剤?解毒剤だと!?)
キイは耳を疑った。
そんなものを奴はすでに開発していたのか?だから余裕があったのか?

ティアンはすぐ様箱を開けて光る粒状の玉を飲み込むと、急いでチモンの元に駆けつけ叫んだ。
「このままではやられる!仕方ないが、毒素が充満する前にここを撤退する!!急げ!!」
「宰相殿!!助けてください!わ、私も…」
穢れ虫に襲われ、助けを求めているミカエルを、ティアンはちらりと憐れみの目で見た。
「悪いな、ミカエル。この薬は宵の“気”のサンプルで作ったものだから一つしかないんだ。
扱いが繊細なものでね。こうしてチモンが大事に守ってくれてなければ、私も助からなかった」
ティアンの話にミカエルは凍りついた。
「さ、宰相様、どうにかなりませんか?本当に少将をお見捨てになる気で…」
見兼ねた護衛の一人がティアンに問うた。
彼は気術をミカエルから教わっていたという縁もあり、人となりを知っているからこその発言でもあった。
が、ティアンはまったくといっていいほど、その言葉に耳を貸さなかった。
それどころか冷たい目でミカエルを見下ろすとこう言った。
「生贄となってくれて助かるよ、ミカエル。
よくやった。お前の今までの働き、感謝しておるぞ。
さぁ、チモン急げ!ミカエルに虫が喰らいついてうちに!」
「宰相!!」
まるで使えなくなった道具を簡単に捨てるかのようなティアンの態度に、ミカエルもチモン以外の他の者もその場で固まった。
そうこうしているうちに、ミカエルの皮膚は見る見るうちに毒素で土気色に変色し、どう見てももう助けようがない風貌と化していた。
このまま虫が彼の“気の核”を喰らい尽くすまでは、これ以上毒素は飛散しないだろう。が、それ以降はわからない。
ここまで追い詰めた宵の身柄を確保できなかったのは悔しいが、この状態であれば、他の人間も穢れるのは時間の問題。
もちろん、大事なキイ以外の人間だからこそ、だ。
「ここで穢れたくない者は、私に続け!急げ!!ここを撤退する!!」
ティアンは兵達に命令しながら、走って来るキイをちらりと見た。
穢れ虫が失敗したからには、ここは潔く撤退するしかない。
…次こそ用意を万端に整え、必ずや【宵の流星】をこの手にしてみせる。そう心で誓って。
そのためには早く例の研究を完璧にしなければ…。
苦しみもがくミカエルをさっさと残し、ティアンとそれにならった兵隊は、まるで潮が引くようにこの場を去った。
この一帯で残ったのは、味方と、そしてまだ戦っている少数の兵士達くらいである。
「ティアン!!」
キイは去って行くティアンに怒鳴りながら、己の剣に自分の癒しの力を封じ込めると、それを成虫めがけて振り下ろした。
「ぐぎゃあっ!!」
何ともおぞましい悲鳴を上げて、虫はミカエルから弾かれて転がった。
それをキイが止(とど)めとばかりに剣で地面ごと突き刺す。
虫はしばらくヒクヒクと全身をうごめかした後、縮み込むようにぴたりと動きを止めた。
完全に絶命したようだった。
思い切った行動は、もうこれ以上、虫の体液に含まれる毒素の拡散を防ぐためであった。
キイが己の剣に封じ込めた癒しの力が浄化となって、虫は青白く輝き、その場が白く浮き上がっている。
癒しの力を持っているキイだからこそできた荒業であった。
普通だったら、虫を斬ったと同時に、余計に毒素が撒き散らされる所である。

キイは毒素で身悶えるミカエルを放って、サクヤの元へと急いだ。
「サク!!」
血が飛散していた中央で、サクヤが血に染まって倒れていた。
キイはなりふり構わずサクヤを抱き起こし、息を確認する。まだ身体は温かい。
「サク!しっかりしろ!サク!!」
サクヤの脇腹に大きな穴が開いていた。それでも微かだが彼の息を確認する。
(まだ息がある!!)
「サク!」
サクヤの名を呼びながら、どうにか彼の傷口を塞ごうと、キイはありったけの力を掻き集めた。
それを右手に集中させ、血が溢れるその場所にあてがう。
浄化しながら懸命に傷を塞ごうとするが、なかなか血が止まらない。
「くそ、サク!!」
キイは涙を浮かべて声を震わせた。
「畜生!何で止まらない?何で塞がんないんだ!!」
止まったかと思うと、しばらくするとまた、じわっと血が滲み出て、力を送っているキイの手を染めた。
それだけサクヤの損傷は激しかった。
自分の血の気が引いていくのがわかる。今ほど自分の無力さを嘆いたことはなかった。
中途半端な自分の癒しの力。
簡単な傷は癒せても、損傷の激しいものは元に戻すことはできない。…死んだ人間を元に戻せないのと同様に。
「くそ!塞がれ!塞がってくれ!!」
キイは全身を震わせながら声を絞り出した。涙が出るのを懸命に抑える。
泣いたら、それは諦めたと同じだと思ったからだ。
(逝くな!逝ってはいけない!!)
すると、その心の声に反応したのか、必死に力を送るキイの手を、サクヤの震える手が押さえたのだ。
「サク!?」
「も…もう…やめて…」
「……」
「もう、いいから…やめてくださ…」
「サク?いや、それこそ駄目だ!大丈夫、きっと傷は塞がる。きっと助かる!」
いけない、と思いながら、キイの声は震えていた。

「サクヤ…君…」
戦いの波が引いて、駆けつけた珍学士や昂老人、シータは、遠巻きに二人を見守っている。
見るからにその場所は、人が近づけない状態であった。
いくらある程度、キイの癒しの力で毒素の飛散が止まったとしても、だ。飛散元の中心である彼らの周りは、まだ危険度が濃く、それが収まるまでは普通の人間は近寄れない。

キイの無念さはピークに達しようとしていた。
出血のため、サクヤの顔はどんどん青白くなり、身体も徐々に冷たくなっていく。
精一杯送り込んでいる力がまったく追いつかず、キイはもう、手の施しようのない所まで来てしまった事を悟った。
今にでも、消え入りそうな命を感じて、とうとうキイは涙を零してしまった。泣いてはならない、と決めていたのに。

「…すまない…」
キイの両目から涙が溢れる。いけない、と思いながらも、もう止められない。
「俺は無力だ…!身の内に神気を持っているくせに、役に立てられぬ愚か者だ。
サク、お前を助けると誓ったのに。すまない、本当にすまない。…無力な俺を罵ってくれ!」
キイはせめて少しでもサクヤが楽になるように、もう限界の近い癒しの力を彼に注ぎ込んだ。
もう、自分が彼にしてあげられることは、これしかなかった。
その力が少しは作用したのか、サクヤの息が楽になったようだった。
彼は震える手で、自分を支えてくれているキイの手を取った。
「……だめだよ。自分を責めないで…くだ…さい」
小さいが、はっきりした声でサクヤは言った。
「サク」
「責められるのはオレの方。…皆の言うことを守らず、勝手にし行動した…オレの…。
オレが自分で…選んだこと…だから」
最後の力を振り絞っているのか、彼が話しをする度に、少しは止まった血が再びキイの手を濡らす。
見るからに体力が消耗され、息が上がり、苦しそうだ。
「いい。もう喋るな、サク。もうわかったから…」
言いながら頭を振るキイに、サクヤはそれでも言葉を続けた。
どうしても、言わなくては…伝えなくてはならない事…。
「ごめん…みんな。あれだけオレのために…最善を尽くして…くれたの…に。特…に兄貴は…」
サクヤは焦点の合わない目を懸命にキイに向けた。
「…兄貴、優しい人だから、オレが死んだら自分のせいだと責めるかな…」
「サク…」
「もしそうだったら、お願いです…。
そう思うなって。絶対にそう思ってはいけないと…。責めるならオレを責めてくれ、と…」
「サク!」
「どう…か…伝え…て…」
話す息が上がってきた。掴まれた手の力が弱まる。
「わかった…、必ず伝える…!!サク?」
力尽きたのか、サクヤはゆっくりと目を閉じる。意識がどこかに落ちていくようだ。

どこに?


今この時。自分はどこに向かっているのだろう。


辺りは真っ暗で、その闇に己自身が吸い込まれていくようだ。
その端々で、光がちかちかと点滅している。
よく見ると、それは今まで自分が見てきた感じてきた…この地の世界。
夢なのか、現実なのか。
サクヤにはもう、関係なかった。
ただ、その意識の渦の中に、自分がいるのが全てだ。

急にサクヤの視界が開けた。
辺りは真っ白な光の世界。
そして自分の目に広がったのは…。

……小さくてひらひらと舞っている、幾千万ともつかない、白いもの。
その中で佇む一つの人影…。
ああ…あれは…。


.....................................................................................................................................


「…違うよ…」
「え?」
「………これ、雪じゃ…ないよ、…兄、貴…」
「サク?」
誰に言うでもない、途切れ途切れの言葉が、サクヤの口から微かに漏れた。
意識が混乱している。
「サク!!おい、サク!」
キイはサクヤの耳元で叫んだ。だが、反応はない。
「……さ、く…ら…」
「え…」
キイは呼ぶのを止めて、サクヤの口に耳を寄せ、何を言っているのか彼の言葉を聞き取ろうとした。
「これは…さくら…のはな…、あ、に…」
もうサクヤは夢と現実の区別がつかないようだった。
夢…?間際に見る夢。
…サクヤは何を見ているのだろうか…。


...................................................................................................................................................

《違うよこれ、雪じゃないよ、兄貴。桜の花びらじゃん》
《そうか?》
《兄貴、よく見てみなよ。うっすらと桃色掛かっているだろ?
それにちっとも冷たくないよ》

彼は空を仰ぎ、その白い花びらを自分の掌で受け止めた。

《ほら!目の前にたくさんの桜の木が》

指差す方向に、一面の桜の木。満開の桜の花。
それが風に乗って四方八方、幾千と散っていく。

綺麗だなぁ…。

その美しい風景に溶け込むように、目の前で立つ、この人が呟いた。
《本当だ…。なんだ、一緒に雪を見たかったのに…》

ああ、そうだね、兄貴。

なんてこの人は桜の花が似合うのだろう…。自分の生まれた国の象徴であるこの花が…。
あの時は不思議だったけど、今ならわかる。
花が似合うなんて、男に向かっていう言葉じゃないよな。
だから思っていても、サクヤは言葉にしなかった。
どちらかというと、誰が見ても見目麗しいキイを花に例えるのが普通だろう。
確かにそうだが、キイは桜というよりも、豪華絢爛な芍薬牡丹といった方がしっくりくる。

サクヤは思い出した。
初めて出会った時もこうやって桜が満開だったけ。
あちこちと旅をしてきて、中立国であるゲウラに着いた時は、懐かしさのあまり息を呑んだものだ。
セド王国から親睦の証と、中央国にある桜花楼(おうかろう)に植林された数多の桜は、何て見事だったことか。
その桜吹雪の中でサクヤはアムイの戦闘に遭遇し、彼の華麗な戦術に、衝撃と共に全て持っていかれたのだ。

《このオレを弟子に!》

あの時の迷惑そうな顔。
こんな綺麗な顔をしているのに、どうしていつもしかめっ面なんだよ。
面白い人だな…。

................................................................................................................................................


(笑って…いる?)
キイは耳を離して、サクヤの顔を見つめた。
血の気のうせた顔は、幸せそうに微笑んでいる。
キイの目から大粒の涙が零れ、それがサクヤの頬を濡らした。

死の間際で、幸せな夢でも見ているのだろうか。

....................................................................................................................................................


見事な桜吹雪の中、彼が自分に振り向いた。

《じゃあ、今度は一緒に雪を見に行こう》

…びっくりした…。
笑うとすごく優しい顔になるじゃん…。
何でもっと笑わないんだよ…。

《約束、な》
《約束…?》
《忘れちゃったのか?……俺との約束を…》

ああ…、そうだ…。そうだったね…。でももう…。

...........................................................................................................................................................


再びサクヤの口が微かに開いた。
「ごめ…ん、や…くそく…」
もう、本当に消え入りそうな小さな声。
「まもれな…く、て」
そう言い切った後、こふっと小さく吐血をし、サクヤは再び目を開けた。
「サク?」
だが、その目にはもう何も映ってはいない。
キイを掴んでいた手が滑り落ちた。
「サク!!」

命が自分の腕の中で消え入る瞬間に、キイは初めて立ち会った。

「サクーーーッ!!!」

キイの絶叫に、皆、顔を背け、無念の涙を流した。

何度も何度もサクヤの亡骸を揺さぶり、キイは嗚咽した。
その後、震える手でサクヤの開いた目をゆっくりと閉じてやる。
まるで眠るように穏やかなサクヤの死に顔を見ているうちに、どうしようもない後悔と怒りが噴出した。
「畜生!!畜生!!」
激しい思いがキイを駆け巡る。
「こんな力!!何が神の気だ!何が大陸を支配する天の宝だ!
情けない!人ひとりさえも救えない!
大きすぎて使いこなせぬ力なんて!」
「キイ…」
思わず傍に行こうとしたシータを、いつの間にか隣にいた昂老人が止めた。
「うう…俺は…俺は何のために、苦しい思いでこの身に神気を宿しているのか…。
抑制なくては破壊するだけの力が…、何ゆえこの地に必要なのか…!
天よ…!!
我々から大事なものを奪ってまで、何を言いたい?何をさせたいのだ!!」
あの日。自分が生まれた意義を確認したあの運命の日から、己は奈落から這い上がった筈だった。
だが、今のキイは冷静に考えられないほどに動揺していた。
わかっている。
天のせいにして、自分の未熟さ、無力さ、無能さに目を瞑っていることを。
《自分を責めないで…》
サクヤの言葉が頭に響く。だけども…。
どうしようもない自分に対するその怒りを、天にすり替えることで均衡を保とうとする、己の弱さ。
天を罵倒しながら、本当は自分を貶めているのだ。
「この男は我々にとって、なくてはならぬ人間だった…!!
なのになんて惨(むご)い事を…!
守れなかった…。たった一人も守り通せなかった…!!」
「キイ!落ち着け!」
「でも!!」
泣き叫んで首を横に振リ続けるキイに堪らなくなった昂老人は、人が近づけるぎりぎりの所で叫んだ。
「とにかく今、珍がこの場の毒素を抑える薬を取りに行っておる。
奴が戻ったら…」
「キイ!!」
突然遮るようにシータが叫んだ。
「キイ、しっかりして!アムイが変なの!!」
その言葉で、キイは我に返った。
(そうだ、アムイ!アムイは!?)
弾かれるようにキイは顔を上げ、アムイの姿を探しながら、自分の感情ばかりに気を取られていた事を後悔した。
自分よりも、サクヤに近かったアムイの衝撃の方がはるかに大きい筈ではないか。

斜め振り向いた先に、アムイの姿があった。

月を背にした彼は、片膝を付いたまま、その場から微動だにしない。
彼の目はじっとキイとサクヤに向けられている。
だがその表情はまるで、今見ている現実を拒否しているかのようにも見えた。

アムイの周りで異様な空気が渦を巻いていた。
今にでも、何かが爆発しそうな、そんな緊迫した空気…。

「アムイ…?」

感情を爆発させたキイとは反対の、現実を受け入れられず、硬直したままのアムイの方が危うさを感じさせた。


張り詰めた重い空気がしばらく続き、どうしたらいいか皆が迷っているその時、それを破るかのようにアムイが小さく呟いた。

「何…?アムイ…どうした?」
慎重に話しかけるキイに、再びアムイが口を開いた。
思いがけなく出てきたその言葉が、キイに大きな衝撃を与えた。


「…父さん…」


  

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2011年4月12日 (火)

暁の明星 宵の流星 #141

未開の山林は戦場となった。

アムイとシータはヘヴンと激しく剣を交え、キイを得ようとした南の宰相ティアンとその軍隊が攻撃を始めた。
特に南軍と対峙しているキイと昂老人(こうろうじん)は見るからに不利に思えた。
何せ二人に対し、敵将ミカエル率いる隊は、“気”を封じた気術使い三十数名とそれを援護する兵士が数百人。
それがぐるりと二人を囲み、次々と襲い掛かってくるのだ。
なのに相対するキイと昂老人は、敵が驚愕するほどの腕っ節で、一向に勢いが衰えない。
さすが【宵の流星】と東で畏れられたキイの強さは、特に半端ないものだった。
次から次へとやってくる敵を、軽々と剣だけでなぎ倒していく。
「やるのぉ、キイ。前の不調が嘘のようじゃな」 
昂老人は感嘆したように言った。
「ははっ。あれからばっちりアムイの近くにいたんだ。
あいつの“金環の気”のお陰で十分に安定させてもらってる。
“気”は使えなくとも、“力”は復活してる。
今は体調も万全だぜ」
「しかしのぉ、こう囲まれては、サクヤ達を追えぬ。仕方ない、わしの“気”を一瞬解放しようかの」
「やめろじいちゃん。…ティアンの奴、穢れ虫を使ってよからぬ事を考えているに違いない。
一瞬の高位の“気”でも、虫の刺激になったらサクヤがやばいんじゃないか?
……とにかくサクヤ達があそこまで辿り着くまで時間を稼ぐしか…」
「これはこれは昂極大法師(こうきょくだいほうし)殿。
貴君のお力がこの程度のものだとは、がっかり致しました。
噂は本当でしたなぁ。一世を風靡した雷小僧も老いて術も錆付いたと。
今それがよくわかりましたよ。それが明るみになることを恐れて“気”が出せないとね」
高みの見物と決め込んだティアン宰相が、突然二人に向かって言い放った。
彼はキイ達の戦闘を見渡せる場所に、護衛としてミカエル少将と腹心のチモンを連れ、さっさと移動していた。
その場は険しくも切り立った岩場の頂点で、全体を指揮するには好都合であった。
もちろん、サクヤを抱えて逃げる珍学士(ちんがくし)の姿もよく見える。
その二人を守るように、後から追いかけて来たガラムとリシュオンが、両脇をがっちりと固めていた。

「何っ?何でそんな聞き捨てならぬデマを…」
思わずむっとする昂老人に、キイが叫んだ。
「じいちゃん!あいつに乗せられるな!…くそ…!これではっきりした。
あの野郎、わざと挑発してこちらの高位の“気”を解放させようとしてやがる!
……虫の奴に餌をちらつかせ、早急に食らわせるつもりだ!」

ガキッ!!!
カキーンッ!!!

キイは焦る気持ちを抑えつつ、大鉈を振るうように剣を使い、一気に数十人をなぎ倒した。
もちろん昂も、小柄さと身軽さで敵を翻弄し、八位の“気”でキイの援護をする。
が、焼け石に水。次から次へと兵士が二人を襲ってくる。

「まったく可愛くないなぁ、我が君は」
ふふ、とティアンは笑った。
「宰相様」
隣で不安げに腹心のチモンが呟いた。
「まぁ、いい。どうせすぐに私の思うとおりになるさ。…私の可愛い穢れ虫を腹に持つあの男を手にすればな。
…ミカエル!」
「は、宰相殿」
「何としてもあの男をここに。…いや、なんならその場で腹をかっさばいて取り出しても構わんぞ。
もう羽化が済んでいるのなら、本当ならば宿り主がどうなろうがこちらは知らんことだ。
…その時は毒素にはくれぐれも気をつけろ。
“核”(※注釈・#135)を持つ者は、普通の人間よりも毒素にやられ易いのはお前もわかっておるだろう?
ただ、初めに言った事を踏まえて行動してくれよ。…我々に被害を広げない為の策だからな」
「ええ、もちろんですよ」
ミカエル少将は一瞬強張った顔をしたが、すぐにいつもの冷静な声でこう言った。
「もうすでに第2軍を向かわせております。すぐに彼らをここに連れてくるでしょう」


ミカエルの言うとおり、鍾乳洞を目指していた珍学士達はいきなり脇から現れた南の兵士達に行く手を遮られた。
いち早く珍とサクヤを守ろうと、ガラムとリシュオンは剣を抜き、迫りくる兵士らに応戦する。
だが、思ったよりも兵が多い。
埒が明かないリシュオンは、応戦しながらも助けを求めた。
「キイ!昂極様!!」
彼の叫びがキイ達に届かない筈がない。
「くそぉっ!!」
キイは反転して助けに行こうと身を翻した。が、
「行かせはしません、宵の君!」
その軍でも腕の立つ、大柄な兵士がキイの行く手を遮った。
「このぉっ、どきやがれ!!」
いきり立って剣を振り回すキイを避けながら、兵士は彼に向かって行った。
「東で何度も噂を耳にしておりました!一度は手合わせしてみたい、ずっと焦がれていたのですよ!」
そう叫びながら、兵士はキイの剣を受ける。
「んなこと、俺には関係なぁいっ!!」
確かにそうだ。そんな敵の気持ちより、今はサクヤの身の方が重要なのだ。
ガキガキーンッ!!
「くそぉ、どけーっ!!」

サクヤを抱え、蹲っていた珍学士の元にも、南の兵士の手が伸びようとしていた。
「さぁ、一緒に来い!」
兵士達は皆黒いマントに身を包み、完全に毒素から身を守る出で立ちであった。
「やめろ!」
口でしか抵抗できない珍は、サクヤを守るかのようにぎゅと彼を抱きしめた。
自ら毒素に犯されても構わない、というような行動であった。
「抵抗するなら仕方ない。別にお前達の命なんてどうだっていいんだ。
我々の目的はその男の腹の中だからな」
「!!」
珍は目を見開いた。
「悪く思うなよ」
そう言いながら兵士は二人めがけて剣を振り上げた。
ザシュッ!!
肉を斬る音と共に、その場に崩れ落ちたのは南の兵士だった。
「大丈夫!?」
兵を斬ったのは、慌てて駆けつけたガラムであった。
「あ、ああ!助かった…」
珍がそう呟いた時だった。
「危ない、君!後ろ!!」
遠くで敵に応戦していたリシュオンが叫んだ。
「うわっ!!」
間一髪のところでガラムは敵の攻撃をかわしたが、そのせいで体勢を崩し、もう片方から襲ってきた敵の刃(やいば)を諸に受けそうになった。
ガキッ!!
その場で転倒したガラムの視界に、セツカの背中が広がった。
「セ、セツカぁっ!!」
ガラムの代わりに剣を受けたのは、ユナのセツカだった。
「ジース!あなたって人は!」
敵を倒しながらセツカは叫び、その声にガラムはびくっと身を縮まらせた。
「帰りが遅いと思って探してみれば!宵の君の一大事と知って駆けつけてみれば!
こんなところにいたのですか!」
「ご、ごめん…セツカ」
しょんぼりと言うガラムに、容赦ないセツカの声が響く。
「将来、セド神王のお役に立とうというお方が、別から来る敵に気がつかないなど、言語道断!
ユナの頂点に立とうとするなら、今すぐ立ち上がって宵の君をお助けなさい!!」
「セツカ…」
「ここは私が請合います!さあ、ジース!」
見事な棒捌きで、次々と敵を振り払いながらセツカは叫んだ。
そう言われても、ガラムはサクヤが心配で仕方がなかった。
躊躇しているガラムにセツカはため息をつくと、
「今、宵の君を助けにレツが行っています。…いいですか?貴方は将来ユナの長になるつもりでしょう?
優先するのが誰なのか、よく考えて行動しなさい!!」
その言葉にガラムはきゅっと唇をかみ締めると、勢いよくキイのいる方向へと走り出した。


.......................................................................................................................................................................

戦闘の騒々しさと、誰かにきつく抱きかかえられて、サクヤは意識を取り戻した。
「…せ、せんせ…」
自分を抱きかかえていたのは珍学士と知って、サクヤは声を振り絞った。
「大丈夫だ、サクヤ君!いいから何も考えてはいけないよ」
そう言われても、彼の体の震えがサクヤに伝わらないわけがない。
それにもうすでに自分の中で羽化してしまった穢れ虫の波動が不気味に蠢いているのを、気にするなというのはかなりの無理があった。
その波動は虫の意思とシンクロし、サクヤの心を直に揺さぶってきていた。

……オソトニデタイ…

……オナカスイタ…


羽化したばかりのこの虫が、いつまで大人しく自分の中にいられるだろうか。
その恐怖の中に、サクヤは放り出されていた。
…この虫が自分を食い破れば自分は確実に死ぬ。
だがその恐れ以上に、出てきた虫の周囲への被害を考えれば、その方がサクヤとしては脅威だったのだ。

もう疑いもなく。
この状況は現実なのだ。

……今、自分はどうしたらいいか…。
珍学士に考えるなと言われても、サクヤにそれはできなかった。
ぐるぐるとあらゆる思いが彼の頭を駆け巡っていた。


.........................................................................................................................................................

キーンッ!!!

「助かったぜ!お前ユナの者か?随分腕が立つなぁ!」
「お褒めいただき恐縮でございます」
敵を斬りつけながら、レツは抑揚のない声で答えた。
先ほど戦いを挑んできた大柄な南の兵士は、このレツに不憫にもあっけなくやられてしまった。
それでも周囲はキイを得ようとする輩がどんどん襲い掛かり、確かにキイら二人だけでは埒があかないのは事実だった。
だからレツの突然の援護ははっきり言って大助かりだった。
「じいちゃん!もうこうなったら俺がサクヤをあそこへ連れて行く!!
ここは頼んだ!アムイが来たらすぐに追っかけてくれと言ってくれ!」
そしてくるりとレツの方を振り向くと、
「頼む。ユナの猛者ならここを何とか食い止めてくれ!」
「承知しました」
キイは頷くと、弾かれる様にサクヤのいる方向に走った。
それを追おうとする敵を、レツはことごとく打ち負かす。
「よ、宵の君!?」
途中ですれ違ったガラムに、キイは叫んだ。
「君も頼む!君の仲間と一緒にここを死守してくれっ!俺はサクを守る」
「は、はいっ!」
キイの勢いにガラムは反射的に返事した。
ガキーン!
「ジース!気を抜くな!早く体勢を整えろ!」
自分の方向に飛んできた矢をはらってくれたレツがそう叫んだ。
「ごめん」
ガラムは慌てて体勢を立て直すと、降って来る矢を剣で叩き落した。 
キイが逃げようとしていると踏んだ南軍は、とうとう矢を放ってきたのだ。
「とにかく宵の君の命令だ!あの方の手をこれ以上煩わせてはならない。
いいか?ジース、この境から敵を向こうへ行かすなよ!」
「うんっ!」
ガラムは素直に頷き、気を引き締めた。
宵の君がサクヤを守ってくれるためなら、ここは死んでも守らなければ。


.................................................................................................................................................

「おい!ミカエル!私達も宵を追うぞ」
「は?」
突然のティアンの言葉に、ミカエルは思わず聞き返した。
「宰相、今部下達が任務を遂行している最中ですぞ。宰相自身が宵の君を追うのは危険では…」
「何を言っている!私の目的は宵と虫だ!
だからこそこの満月を待っていたのではないか!
宵のことだ、宿り主の元へ行ったのだろう。
なら、今が好機!今この私が行かなくてどうする?
何のために指揮官のお前を私の傍に置いているのだ!」
「宰相様…」
恐々とティアンを見上げるチモンに、ティアンは言った。
「チモン、お前はここで見ていろ。兵でもない研究助手のお前を連れてきたのは、何かあったときのため。
いいな。虫のことで緊急な事態が起こったら、すぐに言われたとおりにするのだぞ」
「はい、宰相様」
ティアンは、チモンの傍に待機している数人の護衛にちらりと目くばせし、暗に彼を守るように指示した後、すぐに隣にいたミカエルに命令した。
「ミカエル、早く私を連れて行け!“気”を封じているのはもどかしいが、それは相手も同じこと!
お前は私を守ってくれればよい」
そう言い放ってさっさとティアンは身を翻した。
「ティアン宰相!」
ミカエルは慌てて彼を追う。
(まったくこの人は…)
気術使いとしては最高であっても、このティアンという男、人間としては甚(はなは)だ疑問が残るミカエルであった。
が、そう薄々とわかってはいても、この男が次々と繰り出す気術の世界は、まるで魔法を見ているかのようで、完全にミカエルを魅了していた。
それがどんなに世間では邪道と、天に背く行いと叩かれようが、多大な犠牲を伴う研究なくして気術の進歩はありえないのではないか…。医術同様そうであろうと、ミカエルは信じていたからだ。
気術を極めるためには、人としての感情を一部捨てなければならぬ。
ミカエルはティアンという刺激的な人物に出会ってからというもの、そう思い込んでいた節があった。
それはまるで麻薬のように。元は神宮出身であるミカエルさえも、人としての道よりティアンの存在の方が魅力的だったのである。
己の心の中に、一抹の疑念が残っていたとしても。

............................................................................................................................................................................................

「先生!サクは俺が連れて行く!
リシュオン!先生を守ってくれ!」
弾丸のごとくサクヤの傍に辿り着いたキイに、その場の者は皆驚いた。
「宵の君!どうしてここに!」
もちろん驚いたのはセツカもだった。
「よぉ、セツカ!お前の仲間が今、向こうの兵を食い止めてくれてる!
お前はこの俺の援護をしてくれ!頼む」
有無を言わさぬ勢いでキイは叫ぶと、サクヤと珍学士の方に向かった。
だが、敵もそう簡単には許す筈もなく。次々とキイの行く手を遮っていく。
「ええいっ!邪魔だ!!そこをどけーーーっ!!」

キイ、リシュオン、セツカの3人は急いでサクヤと珍学士の元に駆けつけようとした。が、同じく敵も彼らを追ってわっと集まったため、収拾のつかない事態となっていった。
まるで蜜を求める蟻のように、中心に向かって渦を描くがごとくその場が騒然となった。

もちろん敵の手はサクヤだけでない。
キイにも手が伸びるは当たり前だ。
それをセツカとリシュオンが遮る。だが、そうしているとサクヤ達の方が手薄になってしまう。
「くっ!キイ、すまない!サクヤの所まで行けないっ!!」
珍学士の事を頼まれたリシュオンは、敵を倒しながらも申し訳なさそうに叫ぶ。
そうこうしている間に敵兵が珍学士とサクヤの体に手をかけた。
「やめろぉっ!!」
キイは声を張り上げた。

「キイ!!」
はっとしてアムイは自分の後ろを振り返った。
「どこよそ見してんだよ!こっち向けよアムイ!」
ガキッ!
ヘヴンの声で引き戻されたアムイは、咄嗟の判断で襲ってくる刃を跳ね返す。
「どうしたのっ!アムイ」
アムイの様子の変化に気がついたシータは、素早く彼の傍に寄った。
「キイが呼んでる!あいつが危ない!」
戦闘体勢のままアムイはうわ言のように繰り返し、見るからに動揺していた。
長い付き合いのシータは、すぐにこの状況を察知し、アムイの肩を押しながら叫んだ。
「行きなさい、アムイ!ここはアタシがやるから!早くキイの所に行って!!」
その言葉で、弾かれるようにアムイは向かった。
「おい!こら、待てよっ!!逃がさねぇって言っただろうが!!」
ヘヴンが激高するのは無理もない。
鬼のような形相でアムイを追いかけようとした時、軽やかなシータの剣が彼を遮った。
「邪魔すんじゃねぇ!このオカマ!!」
「アンタって本当に失礼ねっ!こうなったら絶対アンタをアムイの元になんか行かせないわよ!」
頭が沸騰したのはヘヴンばかりではなかった。
シータも普段とは違う、大の男でも震え上がるほどの睨みをきかせながら、ヘヴンに向かって行った。
「覚悟しなさい、ヘヴン!!」


あわや珍学士とサクヤが数名の兵士に抱えられ、連れ去られそうになったその時、激高したキイが渾身の力を搾り出し、一気に二人の前に躍り出た。
「連れて行かせるかあっ!その手を離せっっ」
キイの振った一太刀で、多勢の兵士がなぎ倒された。
急いで二人の元に駆けつけたキイは、珍学士の肩に手を置いて言った。
「さ、早くサクを俺の方に」
素早くサクヤを自分の手元に引き寄せようとしたその時、

ボンッ!!!

いきなり煙玉が三人の手前で爆発し、むせるような煙が周囲を包んだ。
「げほっ!ごほっ」
咳き込む三人の前方に、ティアン宰相とミカエル少将が現れた。
「く…!ティアン、お前か」
喉を押さえながら、キイは呟いた。
「さあ、いらっしゃい、美しい宵の君。
おやおや、もう私の可愛い子が出たがっている状態ではありませんか!
可愛そうに。今その男の腹を切って出してあげた方がいいかな?」
「ばっ!馬鹿なこと言うんじゃねぇ!そんなことしてみろ!お前のその“気”を無理にでも解放してやる!!」
すでに南軍の気術使い全員が、穢れ虫対策のために“気”を封印していることを見抜いていたキイは、堂々とそう宣言した。
「おお、怖い。いいですよ?ま、放っておいても結局は毒素と共に出てくるんだから。
そうなったらどうします?…貴方の高貴な“神気”でも解放されますか?」
キイはぐっと言葉に詰まった。本心はそうしたいのが山々だ。
だが、ここで“光輪(こうりん)の気”を解放するということは、この一帯を破壊すると同じであるのはキイ本人も重々わかっている。
……そう、この己の強大な力を、受け止める存在がいない限り…。
受け止めて欲しいと願う肝心のアムイは、覚悟は出来ていると言っても、まだ不安定なのは明白だった。
自信がないのは…実はキイもだった。だが、あえてそう表には出さなかった。
自分も揺れているのを悟られれば、皆が不安がるだろう。
だからこそ安心して己の力を解放できる場所が必要だったのに…!
キイもアムイと同様、不可抗力に“光輪の気”を発動することに恐れを持っていた。
18年前、セド王国を滅した事がまだまだ二人に重く圧し掛かり、それが今でも傷となっているのだ。

宰相と少将の登場で、キイを取り巻くこの場での南軍の攻撃は止んだ。
もちろんリシュオンとセツカはまだ後方で戦い続けている。
キイは唇を噛んだ。
「ああ、この時をどれほど待っていたか!
さ、手をお取りなさい!…その男を救いたいのでしょう?
私の元に来れば、安全に中の虫を取り出して見せましょうぞ」
「嘘をつくな…!」
会話を聞いていた珍学士が唸った。
「もうこのような状態で、安全に手術が出来るわけがない…。
何をしても虫の毒素は免れない。…安全は保障できない筈だ。
だが何か?貴君には安全に行える術(すべ)でもあるというのか?」
珍の言葉に、ティアンは不気味に笑った。
「私を信じるか信じないかは、宵の君の問題だ。…さあ、どうされるか?キイ。
大人しく私の元に来た方が得策だと思いますがねぇ」
ニヤニヤとしながらティアンは舐めるようにキイを見た。
冷たいものがキイの背に流れる。
「さあ、【宵の流星】。ご決断を」
と、じりじりと迫るティアンに、キイが口を開こうとしたその時、
「お前は信用できない!!」
と、叫びながら、一心不乱に戦場を駆け抜けて来たアムイが、キイを守るがごとくティアンの前方に躍り出た。
「アムイ!」
キイの驚喜の声にティアンは気分を害した。いや、害したなどとは生ぬるい表現だ。
喜びの目でアムイを見上げるキイの姿に、ティアンは底知れぬ憤りを感じた。…単純に言えば、激しい嫉妬。
その激しい感情は当たり前のようにアムイに向けられる。
「暁…!いつもいつも私の邪魔をしくさって!
ええいっミカエル!!こやつを宵から引き離せ!!」
ミカエルはその言葉と同時に、アムイに向かって剣を突き立てた。
「!!」
それを寸での所でかわしたアムイは、自分も剣を抜いて応戦する。
鋭い金属の音が、森にこだました。
「暁!互いに“気”を封じられて、やり合えないのが残念だな!
まぁ、いい。久々にお前の剣を受けてやる」
ミカエルの話など、アムイの耳には入らない。
彼の気持ちはキイとサクヤに占領されていたからだ。
「キイ!早くサクヤを!」
アムイはミカエルと戦いながら叫ぶ。
「そうはさせぬぞ!」
ティアンが近くの兵に命じ高と思うと、すぐさまキイ達を捕らえようと兵士らが再び動いた。
「させるか!」
キイは片手でサクヤと珍をかばいながら、もう片方の手で剣を敵に振り回す。
「くそぉ!----キイ!!」
アムイは急いでキイの元に駆けつこうと身をよじった。が、それを許すミカエルでない。
「キイーーーーーっ」
アムイの叫びに呼応したかのように、やっとその場に駆けつけたリシュオンとセツカが、キイ達を取り囲んでいた敵中に斬り込んだ。
ティアン宰相は死闘が繰り広げられているその場から、身を守るために少し後退した。
(…何にせよ、満月のエネルギーを浴びて羽化した穢れ虫は、かなり獰猛だ。…高位の“気”に飢えているに違いない…。
ということは、微量の“気”でも刺激になる筈…。
………ふふ、ミカエルよ。当初の指示通り、上手く暁の懐に飛び込み、奴の額の封印を解くのだ!)
そう心の中で笑うと、ティアンは近くに立っていた木の上に身を移した。
ここならば全体を見ることができる。隙あれば無理にでもキイを手にする思惑だった。
(暁の“金環(きんかん)の気”が少しでも放てば、虫はあやつに喰らい付く。
そうすればその隙を突いて宵を奪える。邪魔な奴らも一網打尽にできる。
この一帯が宿り主の穢れた体液で汚染されても、毒素を分解するキイには心配も及ばぬ。
この私がかけた高位の“気”の封印は、どこぞの老いぼれなんかよりも強固だ。
……穢れ虫は一つの“核”を喰らい尽くすまではその者からは離れないという習性がある。
だからこそミカエル!思う存分、暁の封印を、“金環の気”を解放してやれ!!!)
ティアンの妬みを伴う激しい憎悪は、まっすぐにアムイに向けられていた。
(宵の力を受けるのはこの私一人でいい!暁め、この世から抹殺してくれるわ!)


そしてもう一人。同じく妬みを伴う激しい憎悪を持つ者がこの場にいた。

「キイだな!!!」
まるで猛獣のようにヘヴンは吼えた。
「アムイはキイの所に行ったんだなっ!!」
ガキッ!!
狂おしいほどの激しい憎悪。
昔の二人の仲をまざまざと思い出したヘヴンは、すでに頭に血が上り、もうわけが分からなくなるほど怒りで我を失っていた。
゛キイ”の存在を思い出しただけでも、全身の血が嫉妬の炎で沸騰するかのようだ。
「ヘヴン!!」
懸命に阻止しようとシータは向かって行く。が、今のヘヴンは完全に手に負えない猛獣そのものだった。
「うるせぇ!そこをどけぇーーーー!」
ザシュッッ!!!
「!!!」
刃(やいば)を止めようとしたシータの左腕から、真っ赤な鮮血が噴出した。
咄嗟によろめいた彼の隙を狙って、ヘヴンは烈火のごとくアムイの元へと駆け出した。
「ま、待ちなさいっ、ヘヴン!」
追いかけようとしたシータは、己の血で足を取られ膝を付いた。
思ったよりも出血しているようだ。
「く…、思い切りやってくれたわね…!!」
歯ぎしりしながら、シータは緑の布を引き裂き、負傷した腕にきつく巻きつけ止血する。
(このアタシに深手を負わせるなんて、アイツ、かなり危険な状態だわ!)
だからとて、このまま放って置いてはどうなるか…。
ぞっとした感覚がシータを襲った。
「アムイ…!キイ!」
痺れる腕を庇いながら、彼は気丈にも立ち上がると、ふらつきながらも懸命にヘヴンの後を追った。


....................................................................................................................................................

今宵、満月が支配したこの地上に、二つの恒星を取り巻くように運命の渦が加速する。


ミカエルと互角に戦っていたアムイだったが、彼の意識は常にキイとサクヤに向けられていた。
サクヤを守りながら戦うキイには限界があった。
誰かがサクヤと珍学士保護してくれないと…!!このままではキイが持たない!
アムイはそう直感した。
だが現状は、キイ達を助けようと傍で戦っているリシュオンもセツカも、次々と迫り来る大群に為す術(すべ)もなく、かなりの苦戦を強いられていた。
しかも遠方で戦っているガラムやレツ、昂老人も、その場を死守するだけで必死だったのだ。

思ったよりも南の兵隊の数が多い。いや、この数では北の第一王子の軍隊も混じっているであろう。
この事からも、ティアン宰相の本気度の強さが窺(うかが)える。
どんな事をしても必ずや目当てのものを手にしようとする、貪欲な執着心…。
その対象がキイなのは明白な事である。
アムイの怒りが最高潮に達しようとした時、疲れの出たキイが不覚にも剣を払い取られてしまった。
「キイ!!」
ミカエルの剣を受けながら、アムイは叫んだ。
「くそぉっ!」
キイは素早くなぎ払われた己の剣を取り戻そうと、身を屈めて手を伸ばした。
そこを好機とばかりに数人の敵がキイを取り押さえようとする。
「やめろ!」
アムイは身を反転させ跳躍すると、ミカエルを飛び越え、そのままキイの元へと走り去った。
「待て!暁!!」
ミカエルも慌てて彼の後を追う。

ガッ!ザシュッ!!カキーン!!

「アムイ!」
キイの元へ間に合ったアムイは、もの凄い勢いで周囲の敵兵を蹴散らした。
「キイ!大丈夫か?」
「ああ!助かったアムイ!」
代わりに剣を拾ってきて手渡したアムイは、サクヤの様子がおかしい事に気がついた。
彼は全身を真っ赤に染め、荒い息をし、辛そうに目を閉じている。
「サクヤ?…一体これは…」
思わず彼に手を伸ばそうとしたアムイの腕を、キイが咄嗟に掴んで首を横に振った。
「駄目だ、アムイ!サクヤに触ってはいけない」
「だって」
「………もう羽化した。いつ食い破って出てくるかわからない」
苦渋の表情で呟くキイの言葉が、アムイに衝撃を与えた。
「サクヤの中でか?」
震える声で訊ねるアムイに、キイは目を背けた。アムイの顔を見ることができない。
どんなにかショックを受けていることだろう。
だが、辛くても真実を告げなければ、今のサクヤの危険性を理解してもらえない。
「そうだ。…だからお前は絶対サクに近寄ってはならない。…特に芳醇な“金環の気”を持つお前が…。
いくら額に封をしているとはいえ、特殊なこいつに気づかれないとは断言できない」
「宵の君の言うとおりだ、暁殿」
キイの話を受けるがごとく、突然珍学士がアムイを振り仰いで言った。
「…虫にも意思がある。特に羽化したばかりの虫は、ひどく飢餓状態だ。
微量でも餌の波動に敏感になっている今、どんな事が呼び水になるかわからんのだ。
近くに高位の“気”を感じれば、虫は興奮し性急に出てこようとするだろう」
顔面蒼白で動揺しているアムイに、キイは激しく彼の肩を揺らしながら厳しく言い放った。
「しっかりしろ!
お前がこんなんでどうする?
いいか、今から俺はサクを連れて鍾乳洞に突入する。
お前は追っ手を食い止めろ!
だが俺達が入ったらお前もすぐに来い!」
その言葉でアムイはキイの覚悟を悟った。 

解放する気だ…。

キイは結界の張ってある鍾乳洞に入り、自ら“光輪”の封印を解く気なのだ。
それは一か八かの、キイの苦渋の決断でもあった。
無防備なこの場所で解放するよりは、結界の効いているあの場所の方が、確かにまだ無難かもしれない。
だがそれだって、幾人ものサポートもなく、熟練の先導者がいない所で、無理やり封印を解除する事が、どれだけ周囲に影響し、どのような被害を生むかなんて、今の自分達にも計り知れない事であった。
…そして…最後に自分を呼んだという事は、お前も覚悟しろ、というキイの暗黙の要請だった。
今度こそ、“光輪”を受け止めろと。
全ては自分の受け方で、最小に被害を食い止められるか否かにかかっている。
アムイは武者震いをした。
18年前、受け損なって国を滅してしまった自分には、まだ確固たる自信などない。
だが、覚悟は決めている。いつかは、このキイの神気を受ける覚悟を。

........................................................................................................................................................................................../

ちょうどその時ミカエルは、懸命にアムイの元へと急いでいた。
だが、思わぬ邪魔が入った。アムイを追ってきたと気付いたリシュオンが前方を遮ったのだ。
「ここは行かせません!」
「これはまたお若い剣士だ。…悪いが君の言うことは聞けないぞ」
ミカエルは前方いるアムイとキイに気を取られながらも、リシュオンと剣を交える。
(早く!早く暁の元へ行かないと、虫が出てきてしまう!)
ミカエルはのここに来る前に言われた、ティアン宰相の話を思い出していた。

《虫が自然と宿り主の体を食い破って出てきた場合、毒素の被害が拡散する恐れがある。強行に腹を切り開いて出した場合とは対処法も異なるのだ。
外部の力で外に出された場合、そのショックでしばらくの間虫も硬直して動かない。そこを薬剤を染み込ませた布に包んで捕獲すれば大丈夫だ。
だが、自分の力で出てきた場合はやっかいなのだ。
何故ならその時の虫は激しく飢えているからだ。
あたりかまわず人を襲い、餌である“気”を求め、貪り、毒素を撒き散らす。
いいなミカエル。もし、埒(らち)が明かなくなって、宿り主も手にする事ができなかったら、だ。
その場に高位の“気”を持つ者がいたら、そいつを差し出せ!
封印しているだろうからそれを解くだけでいい。
その“気”をめがけて虫はそいつに喰らい付く。そしてそいつを喰らい尽くすまで離れない。
周囲に被害が拡散せずに済むし、その混乱時に宵を連れ去る事ができる。
その後に贄の屍から、虫の産んだ卵を回収すれば研究にも支障がない。卵を産み落とした親は勝手に息絶えるから問題もないしな。…ただそこ一帯が穢れの地になるだけだが。
わかったな?ミカエル。
…できたらその生贄が【暁の明星】なら尚更好都合ではないか?》

だからこそ今、うまい具合にアムイが宿り主の近くにいるという事は、恰好のチャンスなのだ。
焦るミカエルに、リシュオンは食い下がった。
「くそっ!」
邪魔するな、と叫ぼうとしたミカエルは、一陣の風のごとくもの凄い速さで駆け抜ける、一人の男に気が付いた。
「ヘヴン!!」
驚愕してその方向を目で追うと、ヘヴンはそのままアムイとキイのいる場所に突っ込んで行った。

それはまるで狂った野獣のようで、その恐ろしさに誰も彼を遮ることができなかった。

ヘヴンはアムイがキイと共にいた事に、激怒した。
昔は奴の強さにひれ伏した。
その時の悔しさも手伝って、ヘヴンのキイへの憎悪が頂点に達していた。
「キイ!!お前をぶっ殺す!アムイから離れろ!!」
「ヘヴン!!」
驚いたのはアムイだけではなかった。
キイも突然の乱入者に、無意識のうちにサクヤを守ろうと彼に覆いかぶさった。
「やめろ!ヘヴン!!」
ヘヴンの凶器は完全にキイの背中を狙っていた。
「死んでしまえ!キイ=ルファイ!!」

アムイは反射的にキイとサクヤを守ろうと、ヘヴンの刃(やいば)の前に躍り出た。

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2011年4月 3日 (日)

暁の明星 宵の流星 #140

熱い…!

意識が朦朧としてきた。全身が沸騰したかのように熱い。
まるで燃えるようだ。

サクヤはじんじんと脈打つ瘤(こぶ)…もとい、自分の中にいる蛹(さなぎ)を片手で強く押さえた。
それは穢れ虫が羽化し、己の身を破って出てこないようにと、無意識のうちにした行動かもしれなかった。
(兄貴…!)
サクヤは心の中で叫んだ。
薄れそうになる意識の中、サクヤは懸命に歯を食い縛って意識を保とうと試みた。
しかし。

(あああ…。駄目だ…。オレにはもう、虫の羽化を止める力が…ない…)

絶望。

足元から襲ってくるこの感覚は絶望だ。

《だから、サクヤ。約束してくれ。…諦めないと。悪魔と戦うと》

(あくま…と…たたか…う…)
アムイの言葉がサクヤの頭をぐるぐると駆け巡り、今襲ってきた絶望を懸命に押さえ込もうとする。
サクヤの、唯一の抵抗。唯一の希望の言葉。
そうだ。このままアムイとの約束を反故する事などできない。
(悪魔に…なんて…負けてなるか…!)
サクヤが心の中で叫んだその時だった。

ザシュ!!

一本の鋭い木の枝がサクヤの顔面をかすみ、頭近くの地面を突き刺した。
「!!!」
その衝撃で、朦朧とし始めていたサクヤの目が一気に覚めた。
驚愕して振り仰ぐと、そこには鎌を手にしたヘヴンが冷ややかに自分を見下ろしていた。
「おい、羽化が始まったようだな」
ヘヴンは珍しく淡々とした声でそう言った。
「俺は戦地で穢れ虫の惨状を嫌になるくらい見てきたよ。
……羽化が始まるとさぁ、皆全身が赤く染まるんだよね。熱を帯びるからさ。
まるで今のお前のように」
「く…そ…」
「こうなっちまったら、何をしても無駄だぜ。…そいつが食い破って出てくる前に、一気に息の根を止めてやるよ。
…成虫が出てきたらもっと悲惨な事になる。
周辺はお前の穢れた体液で汚染され、虫は次の宿り主に卵を産むために人を追い求め、さらに毒素を周囲に撒き散らす。
…そうなったらここにいる人間だって、どれだけの被害を被るかわからねぇ。
しかもその虫、アムイの“気”が好物だっていうんだろ?
お前ごと虫を殺さなきゃ、俺のアムイが穢れちまうんだよ」
そう語るヘヴンの冷淡な声とは対照的に、すっぽりと覆った黒いマントから覗く目は、怪しくぎらぎらと光っている。
その目はもう尋常な人間のものではなかった。彼の目に潜む狂気にサクヤは震えた。
「なあ…アムイのためにお前、死んでくれよ。
お前だってアムイの事好きだろう?あいつのためを思うなら、大人しく死ぬのが筋じゃねぇか」

………こいつは…。

サクヤの心の奥底から、怒りにも似たどす黒いものが湧き出てきた。
ついこの間までのサクヤなら、ヘヴンの言い分も最もだと、素直に従っていたかもしれない。
だが…。

《共に戦ってくれ。そして運命に勝ったら、俺達の片腕になって欲しい》
《そうだよな?ずっとずっと目的の為にしぶとく生きてきたお前が、簡単に諦めたりしないよな?》

《……俺達の為に、生きてくれ》

アムイの言葉がサクヤを奮い立たせる。
彼の思いを受け止めた今は、こんな男の言葉に耳を貸すわけにはいかない。

こんな…!こんな奴のいいようにされてたまるものか…!
「…お前なんかに…指図される謂(いわ)れなんてないね」
息を荒げ、持てる力を振り絞って言い切るサクヤに、ヘヴンは冷たい目を益々ぎらつかせた。
「へぇ…、言うじゃん。お前って顔に似合わず強情だよな。
…自分の今の状態、よく見てみろよ。こんなんで、よくもまぁ、そんな強がりを」
「強がり?…馬鹿にすんな」
サクヤの語気が強まった。
「何?」
「セドの男を馬鹿にするんじゃない…。
神王を頂点にいただく誇り高き国民(くにたみ)、お前ごときの悪党なんかに、この身を斬らせてなるものか!」
自分にこんな力がまだ残っていた事に驚いた。
サクヤは思い切りそう叫ぶと、左手に一握りの土を握り、それをヘヴンの顔面めがけて投げつけた。
「がっ!!」
思いがけないその所業に、油断していたヘヴンはもろに土を顔に受け、それがわずかだが目の中に入った。
「くっ!…き、きさまぁ…!!この期に及んで抵抗するとは!!
この…!ぶっ殺してやる!!」
目を擦りながらも、いきり立ったヘヴンは鎌を振り上げ、サクヤめがけて振り下ろした。
その隙に逃げようと無理に身体を起こそうとしたサクヤの頭上に、刃の先端が喰い込まれるかと思った瞬間、二人の間を邪魔するかのように黄色の光が走った。

キーーーーンッ!!!

その光はヘブンを吹き飛ばし、草木をしならせ、サクヤは身を守るため近くの木に必死にしがみついた。
転がったヘヴンはすぐに態勢を整え、光が放たれた方向を睨み付けた。
「誰だ!!」
その光には殺傷能力はない。長き戦場にいたヘヴンには馴染みある波動攻撃の一種だった。
ある程度の者なら簡単に使えるという、第八位の“気”、“生命体の気”だ。
自然界の力を借りる高位の“気”(第九位以上)よりも破壊力は数段に落ちるが、人や動物の力でなす“気”は、様々な用途に変化させる事ができる便利なものだ。
例えば凝縮させて灯りの代わりにしたり、目くらましや目印にも使え、このように放ってその場をかく乱させる事だってできる。
「サクヤ!大丈夫か!」
と、頭上で老いた男の声がサクヤの耳に届いた。
「ご老人!?」
はっと顔を上げ、きょろきょろと見回すが昂(こう)の姿は見当たらない。
「すまない、サクヤ。わしは“気”を半分しか封じておらんため、お主の近くには寄れぬ。
だがもうすぐ珍(ちん)達が来る。あと少し辛抱しておくれ!
その間、あの男をお主に近づけないよう、簡単な“気”で邪魔をする。このくらいなら虫を刺激しなくてすむ筈じゃ」
どうやら高い木の上にいるらしい。ざわざわと風でざわめく木の葉の音に混じって、昂老人の声が届く。
「ふっっざけんじゃ…ねぇ!邪魔すんな!出て来いこの野郎!!」
邪魔されて頭に血が上ったヘヴンは、もの凄い形相で鎌を振り回し、怒鳴りながらサクヤの方へと向かった。
ビシッ!ピシッ!!
ヘヴンが歩を進める度、黄色い光がその前を遮るように降り注ぐ。
だがその妨害も、怒りで一杯となっているヘヴンには何の役にも立たない。
俊敏な動作で上手く昂老人の放った光を掻い潜り、ヘヴンはあっという間にサクヤの元へと辿り着いた。
「こんなの、屁でもねぇ!おい、お前は虫と共に死ぬんだよ!!」
「!!!」
恐ろしい剣幕で振り下ろされた鎌に、サクヤは思わず目を瞑った。

ガツッ!!!

その瞬間、鈍い音が辺りに響き、昂老人の叫びがサクヤの耳に飛び込んできた。
「アムイ!」
その名にサクヤはハッとして目を開けた。
「あに…き…!」
サクヤの目には、煌々と輝く満月を背にしたアムイと、膝を付きながらも、その彼を見上げるヘヴンの姿が映っていた。
「お前の相手はこの俺だ!」
怒気を含んだ激しい声に、辺りの木々が震えたかのように呼応した。
霞みそうになるその目で、サクヤは何度も夢見た彼(か)の姿を、必死の思いでに凝視した。
緑色の布にその身を包んではいたが、急いで走ってきたためか、白くて端正な顔立ちと乱れた黒い髪があらわになっていた。
その白い顔は怒りで歪み、闇と燻(くすぶ)る黒い瞳は目の前の男を射るように見据えている。
珍しく感情をあらわにするアムイの姿に、ヘヴンの喉元が動いた。

…それはこの場であっても、鳥肌を立たせるほどの美しさであった。
地獄に落とされた天人(あまびと)とも連想させるほどの危険で妖しいまでの美しさ。
怒りの表情を、これほどまでに妖艶な美を持って具現する存在が、この世にあろうとは…。

「……そうだよ…」
思わずヘヴンは呟いていた。
「そうだよ…!この俺の相手はお前だ…!!」
恍惚とした目をアムイに向けながら、ヘヴンはおもむろに立ち上がった。
「来いよ、アムイ!俺がお前を天国に連れて行ってやる」
「ほざくな!!」

カキーンッ!!

互いの刃が火花を散らして交差する。
月に照らされたその激しい攻防は、森林全体を揺るがすものだった。
「あに…き!」
サクヤは震える声で呟いた。
思うように動かない己の身体を、この時こそ心底呪ったことはない。
悔しい思いでなすすべも無く、遠目で戦う二人を見ていたサクヤは、突然誰かが自分に触れたのにびくっとした。
「大丈夫か、サク」
「キイさん」
それは後からやってきたキイだった。
キイが熱を帯びているサクヤの身体を抱き起こすと、すぐ後ろにいた珍学士(ちんがくし)が、急いでサクヤの容態を確かめる。
「せん…せい…、オレ」
「何にも言わなくていい。わかっているから」
短く珍はそう言うと、懐から液体の入った小瓶を取り出し、それをサクヤに飲ませた。
「…これで多少は虫の動きがおさまるかもしれない」
そう呟く珍学士であったが、今の状態を見る限り、それは気休めにしかならないと思った。
通常の反応よりも激しい。
今にでも虫が羽化しそうな勢いであるからだ。
飲ませた薬が一時的にその虫の羽化を止めたとしても、それがいつまで持つかなんてわからない。
そんな状態にまで、サクヤの容態は悪化していた。
珍の気持ちを読んだキイは、かえって安心させるようにサクヤに言った。
「すぐに鍾乳洞に移動しよう。大丈夫、あの野郎はアムイに任せて」
「…で、でも」
「いいから黙りな」
そう有無を言わせない勢いでキイは言うと、軽々とサクヤを肩に担いだ。
「キイさん…」
「ったく、ヘヴンの奴。何が天国に連れて行く…だよ。
アムイはお前のいいようにはならないって、昔あれだけ俺が身体に教えてやったっつーのに」
忌々しげに吐き捨てるキイに、サクヤは思わず心の中で笑った。
この人が傍にいれば、兄貴は大丈夫だ…。
今更ながらサクヤはそう確信し、安堵した。

宵の流星は闇夜を飾り、暁の明星に光を注ぐ。

何故かふと、そんなイメージがサクヤの脳裏に浮かんだ。
“希望”を表す暁の明星を異名に持つアムイに、サクヤはずっと憧れていた。
この異名を授けた人は、どんな思いで彼にこの名を与えたのだろうか。
きっと将来、この世界の希望の星と育つことを、その人は彼に期待したのではないだろうか。
本人は絶対に否定するだろうけど。
その明星に光を注ぐための流星となり、宵を飾るこの人は、やはりその異名のごとく輝かしい存在だった。
この二人が共にいれば、絶対にこの世は大丈夫…。
何故だかサクヤにはそんな確信が芽生えていた。
将来、この人達なら必ずやセド王国を再興してくれるだろう。
そして荒れまくっている東を安泰に治めてくれる筈だ。
一国を滅ぼしたと罪の意識を背負っているのかもしれないけど、それだって腐りきったセドナダ王家の犠牲になった結果に過ぎない。

...........................................................................................................................................................................................

ガキッ!!
アムイは寸での所でヘヴンの刃を剣で受け止め、相手の顔を睨みつけた。
「アムイ、ぞくぞくするぜ、その目。たまんねぇ」
「うるさい!」
ヘヴンはその瞬間、まさか近寄ってくるとは思わなかったアムイの隙をつき、いきなり彼の懐に飛び込んだ。
「!!」
驚くほどの速さで、ヘヴンはアムイの剣を持つ手を掴んだかと思うと、抱き込むようにしてアムイの身体をもう片方の腕で拘束した。
その手には鎌が握られている。一瞬でヘヴンは喉元にその刃先を突きつけた。
「詰め、甘いよ。お前の相棒に言われなかった?お前の弱いとこ」
「くっ…ヘヴン…」
アムイは喘いだ。そのつど、鎌の刃先がアムイの喉元にちくちくと触れる。
振り払おうと力を込めるが、それ以上に相手の力が勝っていた。
どこにこんな力がこの男にあるのだろうかと思うくらいだ。
「自分だって敵の懐に飛び込む戦術した事があるだろうが、お前は反対に敵が身を捨てて飛び込んでくると弱いんだよ。あそこにいた当時、無駄にお前の手合わせを見ていたわけじゃないんだぜ。
…何でだろうなぁ…。昔からお前はそういう押しの一手に弱いところがある。
それまで虚勢を張って、命一杯他人を近付けさせないくせによ」
アムイは目を見開いた。…確かに。幼い頃からそんなところがあった気がする。
そしていつもキイに言われるのだ。
“何故、悪すらも受け入れることを許してしまうのだ”と。
アムイの心の動揺が伝わってきたヘヴンは、内心ニヤリとし、舌なめずりをした。
「ああ、アムイ。ずっとずっとこうして俺の腕の中に閉じ込める事を夢見てきたんだ。
抵抗してもいい、もっと取り乱せよ!だがお前がどんなになっても、俺はもう逃がさないからな」
悪魔のような囁きを直に耳に受けたアムイはぞっとした。
この絡みつくような禍々しい劣情に、アムイは眩暈しそうになり、吐き気を催した。
まるで獲物に巻きつくような大蛇のごとく、ヘヴンはアムイを封じ込める力を強めた。
「離せよ!お前なんかの言う事を素直に聞くわけ無いだろう!!」
アムイはぞわぞわと粟立つ皮膚を意識しまいと努めながら、まっすぐヘヴンの顔を見据えた。
「いいねぇ。そうだよ、そういう反応を俺は見たかったんだ。
昔みたいな人形じゃなく、人間らしい感情を剥き出しにしたお前を」
ぎらぎらとした目を向けながら、ヘヴンはゆっくりとアムイの首筋に突き立てた鎌の刃先を軽く滑らした。
「……!」
首筋から赤い血がつつーっと一筋流れ、アムイの白い肌を際出たせるように染めた。
その少しばかり彩った筋を、ヘヴンは身をかがめて舌で追った。
「なっ…!何を…」
「甘いんだな、お前の血は」
うっとりと呟くヘヴンに対し、物凄い嫌悪感がアムイを襲った。
(何なんだこいつ…!!!)
その嫌悪感は怒りに変化し、押さえ込められた手に力が再びよみがえった。
ガツッ!!
力を振り絞ってアムイは、剣を持たない方の手でヘヴンをなぎ払った。
「おっと!」
だが、ヘヴンは執拗にアムイを離そうとせず、自由になった左腕をも掴もうと手を伸ばす。
「この野郎!離せっ!!」
アムイが叫んだその時、ヘヴンの後方から空気を切り裂くような速さで剣が振り下ろされた。
「!!」
咄嗟にヘヴンは己を守るために身を翻した。その隙を狙ってアムイは力づくでヘヴンの拘束から抜け出す。
「誰だっ!」
邪魔をされたヘヴンは激高し、繰り返し襲ってくる剣を己の鎌で遮った。
「相変わらず、気持ち悪い男よね、ヘヴン」
「シータ!!」
ヘヴンとアムイは同時に叫んだ。
「ごめんアムイ、遅くなって!老師(昂老人)の様子を見に行ってたから…。
それよりも何よ、ヘヴンってばちっとも変わってないじゃないの!
サディストで変態なのは、昔のままねー。成長してないんだから」
それはシータだった。
「なんだ、あんたもいたのか。
だが気持ち悪いってどうよ。久しぶりだが、あんたこそなんだその格好…」
ヘヴンは緑色の布から見え隠れするシータの派手で煌びやかな出で立ちに絶句した。
「あら、着飾って何が悪いのよ、アンタなんかより、美しいアタシの方が数倍いいに決まってるでしょ!」
カキーン!!
(シータ…!)
アムイは体勢を整えながらも感嘆した。
あのヘヴン相手に、悪態を叩きながらも剣の勢いが衰えない。
派手な女装をして、一見弱そうな印象のあるシータであるが、戦いとなると何でこうまで…というくらい、屈強になる。
隙の無い剣捌き、身軽さを武器にした滑らかで力強い動き。
さすがに同期門下生の中でも、将来の総師範代では、とまで讃えられていたシータである。
聖天風来寺(しょうてんふうらいじ)きっての豪傑児と言われたキイと、お互い避けていたのか何なのだか、一度も勝負したことがないというのも不思議であったが、多分互角の実力の持ち主だ。
いくつくらい年上かはアムイは教わってはいないが(というかシータ本人が言うのを拒否)、自分が幼い頃からあの姿だったシータは、どちらかというと同期というよりも武道の師匠のような存在でもあった。…普段はただの世話好きな兄さんなのだが。
「くそぉ!邪魔するんじゃねぇよ!」
「するわよ!アンタねぇ、いい加減にしなさいっ!!元級長だったアタシをなめんじゃないわよ!
アンタのような汚らわしい奴に、アムイをいいようにさせないからね!」
「くそぉ!」
頭にきたヘヴンは益々暴れだし、周りの木々をも破壊するほどの勢いでシータに向かっていった。
「くっ!」
その激しい攻撃をかわしていたが、大きく振り回したヘヴンの一撃が、とうとうシータの腕を掠めた。
「優等生面して大きな顔するんじゃねぇ!!いつも偉そうに説教たれやがって!
あんたは何か?アムイの親のつもりかよ!」
その言葉に、シータはふっと不思議な目をした。だがそれは一瞬の事で、次の瞬間には何事もなかったかのようにシータの蹴りがヘヴンの脇腹を直撃した。
「ぐっ…!!」
怯んだヘヴンに畳み掛けるようにしてシータは華麗に足蹴りを食らわす。
「よくもこのアタシに傷をつけてくれたわねっ!覚悟なさい!!」
だがヘヴンも負けてはいない。さすがに傭兵としてあらゆる戦(いくさ)に借り出された男だ。
「へっ!痛くも痒くもねぇ!!これでもくらえ!!」
ヘヴンはそう叫ぶと、懐から小型ナイフを多数取り出し、それをシータめがけて投げつけた。
カキーン!カキ!ガキンッ!!!
「アムイ!」
素早い動作でシータの前面に躍り出たアムイが、ものの見事にヘヴンのナイフを弾き返す。
「許さない!よくも俺の仲間に手を出してくれたよな!!」
アムイの剣幕に、ヘヴンは嘲笑した。
「仲間?ははっ!お前からそんな言葉を聞くなんてさぁ」
「もうお前の手には落ちない!」
「どうだかな」
「もぉっ!いい加減にしなさいよっ!!」

ガキーン……ッ!

シータとアムイ、対するヘヴンの激しい攻防が始まった。


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一方、サクヤを担いだキイと珍学士は、一目散に鍾乳洞へと向かっていた。
「あっ…ああ…」
移動の最中、サクヤの熱はどんどん高くなり、息も荒くなっていく。
「大丈夫か?サク」
担いでいるキイには、サクヤの熱が直に伝わってくる。それが今まで押し込めていた、キイの不安に拍車をかけた。
「先生…!またサクの波動が変化した!どうにかならないか?」
キイは我慢できなくなり、後から付いてくる珍を振り返りながら言った。
珍はずっと苦い表情で、キイ達の後をついて来ていた。
「まいった…!やはりあの薬が効かないとは…。
普通あの薬は、どんな虫でも症状でも、半日は麻痺させ、進行を遅らせる事のできる妙薬の筈だった。
…サクヤ君に何か起こった時のためにと、西の国から取り寄せたものだったのだが…!
嫌な予感はしていたのだ。反応を見たときから」
珍は思わず悔しそうに本音を漏らし、その言葉が滅多に動じないキイを一気に焦らせた。
「じーちゃん聞いてるか?!上の方にいるんだろ!今ここで俺の封印を解けねぇか!?」
その大声にはっとしたサクヤは、途切れがちな声でキイに言った。
「い…いけない…!キイさん、そんなこと…だめだ…」
「いや、だって…」
直に接しているキイにはわかっていた。波動がめまぐるしく進行していく。
中の虫の動きがおかしい。…今にでもサクヤの腹を食い破りそうな勢いで…!
だが…。
「サクヤの言う通りじゃ!今ここでお主の力を解いたらどうなるか。
大人になったお主の力は、セドを滅した時の数十倍となってる筈ぞ!
そうしたらどうなる?こんな山だけでは済まぬ、最悪の場合、北の国どころか周辺の国も危ないぞ!!」
木の上から昂老人の声が響いた。
「でも、じーさん!!こうしている間にサクが…」
「とにかくあそこへ移動じゃ!あそこなら外界への影響を少しでも和らげられるかもしれん。
…結界を張りまくったあの場所なら…!もう少しじゃ、もう少し…」
キイは唇を噛み締めた。
(アムイ!!早くあんな奴ぶっ倒してこっちに来てくれ!
…お前がいてくれなくては…俺を受け止められるお前がいてくれないと…!!)
キイが心の中でそう叫び、今以上に足を速めたその時だった。
「がふっ!!」 
「サク!」
突然、サクヤが吐血した。
もう疑いもない。穢れ虫が蛹を破って羽化したのだ。
…もう、こうなってしまったら、いつ虫がサクヤの肉を食いにかかるか時間の問題である。
「サクヤ君!」
珍は叫び、キイの足を止めると、虫が嫌うとされる薬草を織り込んだ布で、サクヤの腹部をきつく締めた。
もう珍にはこれしかできなかったのだ。
彼の無念の声が森にこだまする。
「くそ…!なんでだ?何故あの薬が効かなかった?…一体何が羽化の進行を止められなかったのだ!」

「当たり前だ。満月はあらゆる生命を産み出す力を持っているからな」

突然、からかうような声がキイ達の鼓膜を刺激し、一気に彼らは声の方向に目を走らせた。
「………ティアン…!!」
キイの口から、まるで忌むべきものを見つけたかのような声色が絞り出た。
そう、キイ達の後方には、目以外を布で覆った南の宰相ティアンならびに、その従者であるミカエル少将率いる多勢の南軍がずらりと顔を揃えていたのだ。
「満月…。満月!…そうか、満月!!
あの虫のもうひとつの栄養となっていたのは、月のエネルギーだったのか!!」
珍の言葉に、ティアンはハハ、と乾いた笑いを返した。
「そう。私の可愛い子は人の“気”や高位の“気”だけでは大きくならないのだよ。
…天体の月の波動が、この子の栄養源だ。
特に新月から満月にかけては、月の波動が大きくなる時期。
……本当に好都合だったよ」
ティアンは面白そうに目を細めた。
「そんなしょぼくれた布、悪いが私の子には効かないぞ。ふふ。
……ずっと生まれる日を楽しみにしていたんだ。さ、早くあの男の身を破って私の元に来ておくれ」
「ティアン…!!!」
挑発するようなティアンの科白に、キイの頭が沸騰した。
その凄みのある声に気が付いたティアンは、ねっとりとした視線をキイに送った。
「宵の君」
ぞっとするするような気味の悪い声だ。
「会いたかったぞ、私のキイ。…どんなにお前を手にしたかったか!」
「ざけんじゃねぇ!!俺は会いたくなかったぜ。このスケベ爺!!」
キイの脳裏に、5~6年前、この男にいいように身体を触られた嫌な記憶がよみがえった。
「おやおや。やはりあの時、物心つく前に貴方をさらっておけばよかったですなぁ、キイ・ルセイ殿。
この様な口の悪いならず者に成長なさるとは。…まったく竜虎殿はどういう育て方をなさったのかな?
いや、それとも貴方のお父上が悪かったのか。やはり神をも裏切る大罪人ではねぇ…」
「おい、口を慎め!」
キイはぎらぎらと怒りの目をティアンに向けた。
「唯一の心残りは、この私が手元でお育てしていれば、このようなお方にはならなかったであろう事ですな。
うんと慎ましく従順で、誰もが見惚れるほどの優美さを備えた、大陸一の貴人とお育て出来たのに…!ああ、残念」
「その結果がカァラ…、シヴァの息子なんじゃねぇの?」
「…どうしてカァラを…」
「会ったことがあるからさ。…お前の好みってああいう奴なのかよ?
趣味悪ぃ…!」
吐き捨てるように言うキイに、ティアンはむっとして目を細めた。
「本当に一から教育し直さなければいけませんね、我が君。
……さ、大人しく、その男と共にこちらにいらっしゃい」
「けっ!ざけんじゃねぇぞ!!…何が二十も後半の男に再教育だよ。
馬鹿にすんじゃねぇ!
…この俺様がお前の思うようになると思ってんのか!」
キイの啖呵に、ティアンは眉根を寄せ、仕方ない、という風に溜息をついた。
「額に封をしたままの貴方なんて、何も怖くありませんよ、宵の君。
そこまで言うのなら私は力づくでも、貴方を手に入れる」
「やってみろ!!」
「おい、キイ!」
頭上で昂老人の声がする。だが、もうこうなっては一戦交える覚悟だ。
この多勢を振り切って鍾乳洞に行くには、ティアンとぶつかる事はどうしても避けられないとキイは踏んだ。
だが唯一、サクヤだけが心配だった。
キイはゆっくりとサクヤをその場に下ろすと、悔しそうにこう言った。
「サク、すまねぇ。もうしばらく我慢してくれ!
先生、サクの事を頼みます!」
珍はその言葉に頷くと、残っていた薬をもう一度サクヤに飲ませた。…無駄かもしれないと思いながらも…。
「キ、キイさん…」
サクヤの声に、キイは安心させるようにニッと笑った。
「すぐに片付ける!……先生、申し訳ない、できればサクをできるだけ遠くに…」
「承知した」
いつ腹を破るかわからない。もう手遅れかもしれない。
だが、キイは自分の“光輪の気”の解放を諦めていなかったのだ。
暗に鍾乳洞に向かってくれ、という意が含まれていた。
そして必ずやすぐに追いつくから、と。
キイの頭ではあらかた敵をなぎ倒したら、隙を窺って鍾乳洞に向かうつもりであった。

「キイ、わしも手伝うぞ!」
昂老人がそう叫び、木の上から飛び降り、キイの前方に躍り出た。
「じーちゃん、やめとけ。もう歳だろう」
「何を言う。サクヤが遠くにいてくれれば、わしの力も使えるではないか。
それにお主一人では…」
その様子を見ていたティアンが笑った。
「ほぅ、賢者衆の老いぼれ様も、まだ現役のおつもりですか。
面白い、どちらが上か、試させていただこう」
「言うね」
キイはすっと姿勢を正すと息を整え、腰から剣をすらりと抜き、相手に刃先を向けた。


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そろそろ再開します

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4月になりました。

ご訪問、ありがとうございます。

なが~のお休み、実は少しでも書き溜めようとしていたのですが、
……なかなか筆が進まず、予定通り再開できるか多少不安でした。

実は、まだ#140執筆中です(ひぇぇ~)

昨日のうちにあげるつもりだったのですが、なかなかうまくいかず

ですが、今日(もしくは明日)には書き上げてアップできると思います。

もうしばらくお待ちいただくとは思いますが、これから通常通り?再開したいと思います。


よろしくお願いします


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・と、

ここからいつものごとく単なる呟きで(興味ない方はスルーお願いします)

まだ落ち着かない日々が続いていますが、皆様はいかがでしょうか?

私もようやくいつもの調子が戻ってきまして、今自分がやれる事をしながら、徐々に日常を取り戻しています。

お陰さまで、宮城にいる親戚とは連絡も取れ、無事だと確認できました。
(それでも気仙沼にいた従姉妹の周りはかなり亡くなられたということです)
ほっとすると同時に、被災された方々を思うと、胸が痛いです。
それから原発問題も、言いたいことは山ほどありますが、今は情報収集をしている所…です。


これからの復興やエネルギー問題。
自然を侮ってはならないですよね。(想定外、って何だそれは、と思いました。それこそ自然を軽視している)
人はつい、自分がこの地に生まれ生かさせてもらっている事を忘れてしまう。
この自分だって、文明の恩恵にどっぷり使って楽させてもらってる。
だから自省も兼ねまして…

これをきっかけに、よりよい未来を創造する事を、切に願い、祈り、努力します。
(微々たるものかもしれませんが)


で、ここから個人の話です


実はここまで長くなるとは自分でも思わず、改稿したものを別の小説サイトに投稿するつもりが、ここにきて悩んでしまいました。
う~ん、この長さを、自分はうまく改編して色んな人が目にするサイトに出せるであろうか…とか。

元々小心者なので、読んでもらいたいけど、その反応が怖いという…(矛盾)
色々葛藤がそこにあるわけなのですが、それらも含め、創造する、文を書く、表現する…という事に対してのリハビリを兼ね、もうかなりの時間を費やしてきました。

使わないと鈍る。

自分が一番楽しかった創造する作業を、生活のために封印?してから、本当に何もできなくなったのがショックで。

本当にネット始めてブログを持つ前は、普通の文章すらスラスラと書けず(というか文章が思い浮かばない)、しかも極めつけは(これは今でもですが)たまに起こる言語障害(汗)
身内には脳を使っていないからだ、と言われ、言いたいことをちゃんと日本語にできないという最悪な状態を脱するために、実はブログを始めたという経緯がありました。

すみません…今でも日本語がおかしいです…

これでも小・中学生の時は感性も豊かで、絵画で特賞や、感想文で佳作を取ったりと、当時の友人はほとんど自分がその道を行くのだと思ってくれてました。(得意な教科は現国…だったのに)

でも、色々人生ありまして~(汗)
そういうのをやりたいのに挫折して、ほったらかしにして感性が鈍り、この歳まできてしまったという。

それがある一人の俳優さんのお陰で昔の情熱スイッチが入り、そのきっかけが自分の妄想・想像力を刺激し、再び昔のように創作したいという思いに突き動かされました。
いや、もう当初は数行の文を書くだけで息切れして、必死でしたね~。
文字通りリハビリ。

すらすらと文章が書ける人がうらやましくて。

そう思って書いてきてもう5年くらい?

こうしてやっと長編を書ける時が来るとは、当時の自分は思ってもいなかったです。

実験的、というのは、この事も含め、どこまで自分がやれるかの挑戦でもあったわけです。

実は長編を完結させたことが無い。

語彙も少なく表現力も無い。
そういう自分がどこまで書けるか。


もちろん、この話を書くにあたって、下調べもしてます。(設定については30%くらいであとは勝手に出てきた)
でも半分以上、自分の湧き出る心に従って書いています。
行き当たりばったりなので、何が出てくるかわからない(一応骨組みはありますが)
その中で出てきたものを後から検索して確認しながら書いてる時もあります。

支離滅裂にならないよう、注意しているつもりですが、とにかく自分がこう書きたいという気持ちを優先して書かせてもらってます。
これは、やはり自己満足で自分が勝手に書いているブログという場の恩恵で、プロなど、多勢の目に触れる作品とは異なる、と思っています。

そういう小説なので、読んでくださる方がいるとは思っていませんでした。

だから本当にわずかでも、ご訪問がうれしいのです。

長い話を、気にかけてくださり、ここまで読んでくださってありがとうございます。

この章が終わったら、あと2章。

まだまだ続きますが、よろしくお願いします。

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