暁の明星 宵の流星 #144
13.獄界を彷徨う
地の底に 沈んでいるのは何だ
それは虚構か はたまた真実か
隠されしものをしかと見よ
表は裏に 裏は表に
表裏一体となって世界は動く
それは 己の身の内に
それは 己を映す鏡となって
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この世に繁栄をもたらすために 妹女神(いもうとめがみ)がこの地に降臨されたのは
絶対神(ぜったいしん)が自らお創りになったこの世界を
ことのほか愛しておられるからである
絶対神の創造するこの大地に 生きるすべてのもの
調和の元に存在するものなり
その調和のために神は地の王を欲した
天から注がれる神の愛を受け止め広げる器
愛する大地から天を支えてくれる人の王 支天(してん)の王を
大地の母である妹女神は 天に帰りし兄の願いで地に降り
人と交わり 子を産み落とす
神の意を具現化する人間を世に送り出すために
........................オーン経典第5章.創世記その2................
だがあらゆる調和が乱れし時は
天は我らをお見捨てになるとなると思うか?
私は神の御前に
生涯この身を捧げ 生涯この清い体をもってする
そうして神と一体となる 霊性にして神の命を受け継ぐ姫巫女と化身する
姫巫女は血よりもその霊性をもって受け継がれる神の子なり
巫女である私の言葉は神の言葉であり 天のものであり
我が言の葉は神と睦んで生まれし子供と同じ
さあ、人よ
恐れ多くも天の力を手に入れたければ この清い巫女の純潔の体に種を入れよ
だがそれも普通の種では芽は育たぬぞ
我が母の 女神の血を引く種でなければ 天の力は花開かぬ
さあ、人よ
お前たちにその勇気はあるか?
それほどまでにこの荒れた大地をおさめようとするか?
この地を創った天の力を手にするには
このように難儀であるという事を知れ
神の声を聞く 神と一体である純潔の巫女を失うと知れ
それができるというのなら
お前達の覚悟を認めよう
神の声を聞く巫女と女神の種を持つ王が交わりし
再び神の原点に戻ろうとする力で
光の輪は再びこの地に現れる
それがいつの時代でも
地の調和乱れしとき
最後の最後に隠された秘法(秘宝)であると
最初で最後の神の言葉をここに伝えよう
...........セドナダ経典第3巻最終語録 .オーン巫女・女神の娘の言葉................
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ああ…寒い…
身体が凍えるように寒い
ここは何処だ?
俺は何処にいるのだ…
霞がかった風景が、徐々に明瞭になっていくたびに、アムイは寒さに打ち震える。
ああ、そうか。
俺はあいつと共に、奈落の底へ落ちたのだった。
暗い…暗いなぁ…。
だから寒いのか。…だから俺は一人なのか…。
では、此処は俺の望んだ地獄なのだろうな…。
俺はとうとう罰せられるために、やっと地獄に来れたんだ…。
ずっと生きながら己を苦しめていた罪悪感…怒り、悲しみ、恐怖…全ての暗い感情を、アムイの魂はただ、ただ、感じていた。
この暗闇の中で。全身をなぶるようなこの寒さの中で。
気が付くと、荒れ果てた荒野に自分は立っていた。
赤茶けた不毛の大地。所々に凍りついた岩石が転がっている。
半分砂漠。半分が氷の世界。
赤黒い空。まるで人の血を吸っているかのような色。今にでも血の雨が降ってきそうだ。
ここに存在する己の不安定さ。不確かさ。
ひび割れた大地の隙間から、なにやらおぞましい空気が立ち昇っている。
黒くて、ざらざらとした…空気…。
いや、あれは霊魂の嘆きだ。怒声だ。悲鳴だ。
そうか…。寒かったのはこのせいか。
ここから洩れてくる念がこの場を凍らせているのだ。
………此処は…入り口にすぎない…。冥府と地獄の境…。
なんだ…俺はまだ地獄の大王にさえ会えるような場所にいけなかったのか。
聖天風来寺(しょうてんふうらいじ)で習った、東の国の寺での教え。
それは地獄には審判の大王が存在して、罪深き魂を裁いているという…。
国によって多数の宗教、宗派が存在するも、大陸の共通信仰の要となった一神教であるオーン教と、それに類似した一部のセドナダ信仰以外は、基本、多神教であった。細かな教えの相違や、全く別の世界が表現されても、不思議な事だが根本的な仕組みには、全ての宗教に類似点が多いように思う。
昔起こった宗教戦争の悲劇は、この相違だけを焦点にし、己の教えが絶対であり、他宗を除外するという愚かで次元の低い考えから端を発した。
………その血みどろの神の教えにあるまじき行為が、宗教家達を地獄に陥れた。巻き添えになったのは一般市民であった。
血で血を洗う神という名の戦い。
国も巻き込んでの何年もの抗争の果て、愚かなことに気付いた者達が集い、賢者衆という組織をつくり、これが大陸の宗教戦争を終息に導いた。
《神の教えを守り、神の意を伝え、天の理に従順し、天の恩恵をもって、人々を導く立場の人間が、このように愚かでよいのであろうか!互いの相違点ばかり見るな!互いの類似点に焦点をもて。
天や神の申す事、それが見えてくるではないか。
互いを敬い、互いを愛し、そう説いている筈の者が、何故そのようになる。
オーンでいえば、絶対神が望んだのは何だ?
東や北の多数の天神が説いたのは何だ?
南の龍神が火を人に与えたとき、約束したものは?
西の海神が一番に必要と教えたものは?
──もう、お分かりであろう──…愛と調和。
今、これを実践している宗教家がどれだけいるのだ。…それをわかっているのなら、このような愚行ができるわけがないのだ》
それから一気に全大陸の宗教・宗派は和解し、譲歩し、今の縮図が出来上がった。
大陸は広く、それぞれの歴史が息づき、それがその地を作り上げている。
統合し、全大陸の宗教をひとつにするのが理想であろうが、それは無理だと悟った人々は、先の理由で彼らは統合よりも調和を選んだ。
互いの違いを認め合い、譲歩し、尊敬し、高い次元での信仰の調和を求めた。
今は他宗教同士、理解し合い、お互いを敬いながら、手をつないでいる。
それは大陸の雛形となった。……国同士の確執を残したまま…。
宗教は、“信仰”という共通項のおかげで調和の道を取ったが、今でも戦いの傷跡がまったくなくなったとはいえなかった。その傷跡は国家間に軋轢を残し、水面下で今も燻り続けているのだ。
………宗教がまとまった今、大陸を制する野望を抱く者が出てくるのは当たり前の事である。
本当の意味での大陸統合。
絶対神の言う、天を支える唯一の大陸の王。神同様に君臨する支天(してん)の王。
あの神の血を引く神王(しんおう)でさえ、大陸の王となれなかった、覇王に。
小さな戦いはまだ方々に残り、今だ仮初(かりそめ)の平和の中で、それらがどんどん激しく摩擦し、いつか必ず全土戦争に向かう。
あの、宗教戦争と同じ、いやもっと私利私欲と野望と欲望渦巻く、非人道的な戦いがいつか必ず起こる。
………神の力を手に入れたいという輩が出てくるのは、至極当たり前の事だったのだ……。
その渦の真っ只中にいる事を、アムイもキイも嫌というほどわかっていた。
どんなに忘れたくても。どんなに逃げたくても、避けたくても。
その事実はずっと二人に付きまとっている。そう宿命を受けて生を受けた。
……父が神に背き、純粋な神の巫女を穢してから。神と契った女と通じてから。
その結果として生まれた自分達が、己の運命から逃れられる訳がないのだ。
だが…。
アムイはその場で涙を流した。
久方ぶりの涙。
最初から、許されるなんて思ってなんかいない。
自ら奈落に落ちると決めたのは、運命から逃れたいと思ったからだ。
己が天との契約を反故するつもりだからだ。
己の弱さが自暴自棄にさせてもおかしくはない。
地上での教えが確かなら、人はこの地に降りるとき、必ず天と契約するという。
天がこの地に生まれるのを許す代わりに交わした数々の誓約書。
生まれ出でる衝撃で、その契約を忘れてしまうといわれるが。
その契約は人によってそれぞれ異なるらしい。だが唯一、全ての人間が交わさなければならない誓約があるという。
それに同意しなければ、人は決して地に降りる事を許されないといわれる。
…それは……天と契約した天命を全うすることなく、自らを滅ぼしてはならない、という天との誓約…。
どんなに苦しくても、辛くても、天がここまでという寿命を無視し(これ自体が契約だという)自分から地を去ってはいけないと。
自らを殺してはいけないと…。
実行すれば、それは天との最大の契約違反。…それ相応の罪状が待つ、一番厳しい契約なのである。
それを破った人間は、簡単に天には戻れない。
もう一度同じ課題をやり直すために転生するか、自分のように奈落に落ちて苦行するしか道はない。
……ここは…地獄の入り口なのだろうか…。
自ら地獄の炎に焼かれたがるほど、アムイは絶望していたのだ。
周りにも自分の弱さにも。全てに絶望していた。
…地上に残してきたキイの気持ちをも遮断し。
いや、キイの契約では、あと数年しか地上での時間がないというではないか。
…なら、キイを失って自分が悲嘆するよりも、先に自分が地獄に行ったほうが数倍いい…。
冷静に考えれば、全く自分本意な勝手な思いに占領されているのがわかった筈だ。
だが、今のアムイはその思いに全て囚われていて、完全に思考が鈍っていた。
アムイは地獄の入り口を求めて、ふらりと一歩を踏み出そうとした。
「う、うわ!?」
突然、アムイは前に倒れそうになった。なんと、赤茶けた地面からずぼっと手が出て、アムイの足首を掴んだのだ。
…自分の足首を掴んだ手をよく見ると、それは爪を赤く染めた女の手だった。
「…な?…は、離せ!!」
懸命に足を動かし、その手を振り払おうとしても、がっちりと離れない。
仕方なく自分の手でその手をこじ開けようと試みたその時、また同じ手が地面から出てきて今度はそのアムイの手首をがちっと掴んだのだ。
アムイの中で、言い知れぬ恐怖が沸き起こった。
「く、そーっ!!離せったら!!」
もの凄い力で地面に引きずり込まれそうになる。
アムイは必死で抵抗した。その力は尋常ではなかった。
…そう、これは人ではない…死霊の手だ…。
地獄に落ちてもいい、とまで思っていたアムイの中で警鐘が鳴る。
いくら地獄に行くとしても、死霊に捕らわれてしまうのは本意ではない。
思いっきり引き摺り下ろそうとする力に抵抗し、渾身の力を込めてその死霊を引っ張り上げてアムイはぎょっとした。
乱れた真っ黒な長い髪が白い顔を覆い、赤い唇だけが引きつるように笑いを浮かべている。
長く地の底にいたのであろうと思われるほど、女の身なりは薄汚れ、風化している。
だが、その死霊の執念だろうか。かろうじてその身は、朽ちて崩壊するのを拒んでいるかのように、見た目美しく保たれていた。
……執念…!
アムイにはその波動に覚えがあった。…女の…執念…。
「…うれしい…」
赤い唇が誘うように動いた。
ああ、この口に何度自分は責められ、弄られ、歯を立てられたか…。
「…お前は…」
やっとの思いで声が出た。…きっと、死霊とはいえ一番会いたくなかった女であろう…。
「来てくれたのねぇ…!やっと会いに来てくれたのねぇ…うれしい…!
長かったわ…。
待ってた…。ずっとここで待ってたのよ、あなたが来るのを」
まるで甘えるような猫撫で声に、背筋が凍る。
何度も何度も囁かれたその甘い声は、次の瞬間、決まって恐ろしい罵声と化したのだ。
「……間違えている!お、俺は…父さんじゃない…!アマト王子ではないぞ、ミカ神王大妃(しんおうたいひ)…!!」
名前を口に出すのにも勇気がいった。
散々幼いアムイを好き勝手に弄んだ、その女の生気のない顔が自分を見てへらへらと笑っている。
「そんなこと、わかっているわよ、私のかわいいアムイ」
自分の名を呼ばれ、ますます寒さが増していく。
「あなたのそのあま~い“気”を、私が忘れられるわけがないじゃない。
ああ、お父さんになんてそっくりなの…。うれしいわ…こんなに立派に成長して。
ずっと待ってたのよ、お前を」
父を愛するあまり、父に執着するあまり、己を壊した女、ミカ・アーニァ神王大妃。
ある意味、愛憎という闇に堕ちた、可哀相な女…。
その女がじわじわと自分の身体に手を這わせてくる。
アムイは金縛りにあったがごとく、その手を払いのけられないで、彼女の言葉を聞いていた。
『 …あの方はねぇ、ずっと捜していたけど此処にはいないの…。
神に許しを請いに天に向かわれたのかしら。
どうして迎えに来てくれないのかしら。
そう思ったら哀しくて辛くて…。
あの方のいる天に行きたくても、何故だか此処の砂に足を取られて、上に行けないの…。
だからあなたを待っていたのよ、アムイ。
あなたなら此処から私を救ってくれるでしょ?
あなたならあの方の元へ私を連れて行ってくれるわよね?
だってあなたは私とあの方の子供ですもの…』
「違う!俺はあんたの子供じゃない!目を覚ましてくれ!気付いてくれ!
…現実を思い出してくれ…」
アムイは抵抗し、必死になってそう叫んだ。
あのままだ。
死してもまだあの時のまま、この女の思念は変わってはいない。
いや、変わらないからこそ、ここにずっと捕らわれて動けないでいるのだ…。
その事に、アムイは気が付いた。
現実と向きあわずに、正しい目で世界を見なかったために、この場に縛られているという事を、彼女自身、気付いていないのだ。
『ああ、私のかわいいアムイ。
そんな冷たいことを言うのなら、もういいわ』
「何…?」
アムイの拒否に、彼女の思考が変わったらしい。がらりと声の種類が変化した。
それと共に、アムイを捕らえていた姿が恐ろしいものに変化し始めた。
髪はばらけてごそりと抜け落ち、その美しく保っていた姿が崩れ始めた。
…彼女の、本来の姿がそこにあった。
『アムイ…アムイ…。あの方が手に入らなければもうお前でもいいのよ!』
地の底から這い上がってくる死霊そのままの、声。
『だから一緒に来て。もう離さないわ…』
「う、うぁああっ!!」
アムイは悲鳴を上げた。再び、恐ろしい力で地に引き摺り込まれそうになる。
アムイは恐怖に駆られながら、その場に必死にしがみついた。が。
ああ、やっと捕まえた。
本当にあの方にそっくり…。うれしい…!私、寂しかった…。
ずっとずっと私と一緒にいてくれるでしょ…?
…だって、昔からお前はいい子だったもの…。
私の言う事を素直に聞いてくれたいい子だもの…!!
「やめろ!!違う!違う!!」
拒否の言葉以外出せないほど、アムイは恐怖の中にいた。
嫌だ!このまま引きずられるのは嫌だ!!
あの頃はまだ抵抗できない子供だった。だが、今は…。
「俺はお前のものではない!父さんだってお前のものじゃないんだ!!
独占したい気持ちはわかるが、執着も過ぎれば罪となる!
その執着がお前をここに繋ぎ止めてる!何故それがわからない…」
必死に諭すアムイの言葉など、執着の化身と化しているミカの亡霊には理解できない。
ずる…ずるずる…。
彼女の執着はアムイの身体をがっしりと抱え込み、そのまま赤茶けた大地の割れ目に引き摺り込む…。
「やめろぉぉ──!!!」
抵抗もむなしく、アムイはミカの亡霊と共に、地の底へと落ちていった。
...................................................................................................................................................................................
「…アムイの容態は…。まだ意識が戻らないの…?」
イェンランのか細い声に、キイはやっとのことで顔を上げた。
胡坐をかいている彼の手の中には、血の気のないアムイの手がぐったりと納まっている。
そこは不思議な灯火(ともしび)がたくさん揺らいでいる場所だった。
方々に散った小さな灯火…。よく見ると、それは丸い光の玉が浮かんでいるだけであった。
“気”を凝縮して作った灯りだという事が、この事からよくわかる。
それがうっすらとその場を優しく照らし出していた。
こじんまりとしたその場所は、どこかの洞窟のようであった。
周りを囲むように露出した岩肌が、その事を物語っている。
屈まなければ通れないような小さな入り口をくぐったその奥に、アムイは仰向けに寝かされていた。
柔らかな草木を敷き詰め、布をかけたその上に横たわるアムイの姿は、一瞬見るとまるで死んでいるかのように見える。
キイはあの日から、アムイの傍を離れなかった。
いや、離れられなかった。
あの、満月の夜以来…。
月は、アムイの母の死と同様に、サクヤの死も連れてきてしまった…。
本来月は母性の象徴で、誕生を促すものである。が、滅多に現れない月夜に大事な人がこうも命を奪われれば、思いたくなくても、そう思わざるを得ない。
そんな自分が、キイは哀しかった。
アムイの母、ネイチェルが殺された夜に浮かんでいた赤い月を、幼いキイは覚えていた。
彼女の死の後に、姿を消した月。
月光という異名の彼女が、地上から去った証のごとく。
あの時、泣き叫ぶアムイの背後の窓から覗く、赤々と闇夜に浮かぶ…月。
その月がサクヤの死に際に輝く黄金色の満月と重なった。
……あの後、アムイがヘヴンを切り捨て、奈落の底に落ちてから、キイは再び月が夜空から消え去っていた事を思い出した。
ネイチェル…。
アムイを助けてくれ。
闇夜を照らす、月光の君よ。
もしできることならば、奈落に落ちた貴女の愛し子を、どうか、地上への道へと導き、その光で行く先を照らし出してくれ。
憔悴しきったキイの顔に、イェンランは胸が締め付けられた。
奈落の底に落ちた、という当のアムイは、ここに落ち着く前から、生きているか死んでいるかわからない状態であった。
あの、キイが意識を閉じた状態と同じく、肉体は機能していても心はそこにはなかった。
そう、肉体が目覚めても、アムイの魂(たま)は完全にそこには存在していないのが明白だった。
「…アムイはあの時のキイと同じ、意識が奥底に沈んでいる…って事なの?」
思わず疑問を呟いたイェンランに、キイは苦しそうに微笑んだ。
「似ているけど、アムイの場合は違うよ」
「違う?」
「ああ、…確かに意識を閉じて、沈んでいる事は沈んでいるのだがな…。
アムイの場合、その意識が肉体の中には無いんだ」
「無い?それって…どういうこと?」
キイはふう、と溜め息をついた。
「アムイの意識は、肉体の底を突き抜け、さらなる奥底に沈んでしまったんだよ。
つまり、肉体を離れ、魂(たましい)が外に出てしまった。
ただ、まだ肉体が生きているのは、かろうじて命の鎖で魂(たま)と身体が繋がっているから…」
「た、たましいが、肉体を出てしまっている?」
イェンランは信じられなくて、思わずアムイの身体に目を移した。
まるで眠っているかのような顔。だが、青白いその顔は、死んでいるといっても違和感がない。
「…で、アムイは自分の身体から出て、何処に行ってしまったの?
まさか、本当に…その…」
イェンランは恐ろしさのあまり、その先の言葉を言えずに口ごもった。
「……多分、地の奥深く。冥府と地獄あたりだろう。…アムイ自身が、そう望んだ」
キイらしくない、抑揚の無い疲れた声が、イェンランの涙を誘った。
だが、一番辛いのはキイであろう。彼女はぐっと堪えた。
アムイは初めてキイの存在を忘れ、キイの手から離れ、自分自身で旅立っていったのだ。
「キイ、私…」
震えるイェンランの声にキイは弱々しく笑うと、アムイの顔を眺めながらこう言った。
「心配いらないよ、お嬢ちゃん」
「え?」
「……地と通じる必要があるアムイにとって、冥府は絶対に避けて通れない道だ…」
自分に対してというよりも、まるで独り言のように言うキイに、意味がわからなくても、イェンランは黙って彼の言葉を聞いていた。
「それが地獄、とはなぁ…。アムイの奴、なんて思い切ったことを…」
そう言ったまま、沈黙してしまったキイを残し、イェンランは涙を浮かべながらその場を後にした。
…あまり泣くと、またシータやリシュオンに心配かけてしまう…。
あれからもうすでに一週間は経っていた。
あの日。
最悪なあの夜の日を、イェンランは忘れたくても忘れられない。
リシュオンが自分を迎えに来た、あの日の事を。
その報告に信じられない自分が目の当たりにした、サクヤの死に顔を。
──…悲痛な面持ちでアムイを見つめる、キイの端正な横顔を。
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コメント
キイのバナー……押しちゃった(^^
数日前に村で見かけてたまに村ポチさせてもらいながら
一気に一番からここまで読ませて頂いてます
凄いですね。笑いあり、涙あり、純真あり、狂気あり、人間のすべてが入っている恐怖に打ち震えながらもじっくりと世界に飲まれさせてもらって何日目でしょうか。
息着く間もないという進みでつくりが丁寧なので全てが頭の中で整理されやすいです。人物が多くても私の場合は完全に大丈夫ですよ。
私も主人公達と共に喜んで怒って泣いて八つ裂きにしたくなって夢心地で切り抜けられて安堵してまた次が気になってと、もしかしたらこれからやラストはこうかなと予想しながら進んでいてはらはらものです。
本当は全部読んだら感想をしたためたいと思ったのですが、キイのバナーでついコメントさせてもらっちゃいました。
時々つぶやきを見て、「きゃああ日常を優先して無茶しないでよ~」と焦りながらも先に進ませてもらっています。
神秘的且つ凄まじい人生の作品つくり、凄いですよね。
最後まで頑張って下さい☆応援しています。
投稿: pega | 2013年1月29日 (火) 午後 05時51分
pegaさん
ようこそいらっしゃいませ!初めましてkayanです。
とっっっても嬉しいご感想、本当にありがとうございます!
いつもこれで大丈夫かな……、わかりづらいかな……とか、思いながら書いているので、>整理されやすい、とのことでほっとしました。
実はご新規さんがいらしているかも……とは、薄々気がついてまして、どのような印象をお持ちになるか、ここ何日かドキドキしていました(すいません、小心者で)
まだ途中だというのに、コメントくださって本当に嬉しいです。
読んでくださった方がいて、感想をいただけるということがとても幸せなことなんだと、今更ながらに実感しました。
もちろん、作品で悪いところもあると思いますが、自分の書いているもの(世界)に対して、素直な感想をいただけることは至福の極み、本当に感謝です。
このような稚拙なものに、もったいないくらいのお褒めの言葉をいただき、本当に恐縮です…。
しかも貴重なお時間をさいていただいてます…どうかご無理をなさりませんように……かなり長くてすみません。
まだまだ精進しなければ、と思いつつ、今年中にはこの話を終わらせる所存です。
ノロノロ亀さん更新ですが、よろしければ最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
最初の方で視点が結構変わるので、戸惑われたかもしれません。
結局群像劇?と思いながら更新しています(汗、汗)
まだまだ二人の旅は続きます。
これからもよろしくお願いします。
投稿: kayan | 2013年1月30日 (水) 午前 09時50分