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2011年8月24日 (水)

暁の明星 宵の流星 #155

《暁の明星》とは多方面の意で例えられる天体の神名(かみな)よ。

暁を司る女神の存在が大きければ、太陽の神を虜にし、彼女を追った日の光が下界に朝をもたらす意となる。
だが、
明星の名の存在が大きければ、また違う意となるのを、お前は知っておるか。

明星…お前の明星が何を指すのかはわからぬが、それが金星であった場合、先の意味が異なる。
明けの明星(金星)は太陽と月の次に下界において激しく輝ける星。
至高天に逆らい、地に落ち、魔界の帝王と復活した元天神を意味する事もある。
すなわち破壊神。

荒ぶる神の金星は、天空との決着が付いてからは、愛と美の女神が代わりに誕生し支配する事になったが、それでも美しさには変わりない。
いつの世にでも、明け方の明星の存在は暁闇(ぎょうあん)であって、夜明け前が一番暗く、それが破壊を表すのか、新生を表すのかは、天のみぞ知ることよ。
ただお前の明星が違う星であっても、その暁闇(夜明け前の一番暗くて薄明るい時)という意が変わる事は決してあるまい。

暁の女神も夜明けをもたらす重要なお方である。

すなわちお前は光と闇の境界にいる者。どちらに傾くかはお前の御心に掛かっているわけなのだ。

だからこそよく聞くのだ、《暁の明星》の名を持つものよ。
お前の異名は夜明けを告げるもの。
暗き中に一粒の光をもって、全てを闇から光へと導く魂(たま)であることよ。
または闇の中にあって一筋の光明を持って、真実を見抜き導く存在であるということよ。

それだけは思い出せ。
それだけは取り戻せ。

お前に眠る真実の力を目覚めさせてみよ!

光。
アムイの目の前が一瞬真っ白な光に支配された。

これはキイの“光輪”とは違う、乳白色の光、だ。

雷鳴を受けたごとく、魔王であるのか誰なのかよくわからない先の声が頭に反響し、アムイの全身がしびれた。
光と共に目の前が開かれ、迫る怪鳥の姿が弾け飛び、ある姿が浮かび上がった。
アムイは目を疑った。
今、見ているものは現実のものなのか?これは真実なのだろうか。
呆然とその姿から目が離せない。それと同時に、自分の理性とは別のところで、何かが懸命に何かを感じていた。
それは目の前にある存在の感情。心。想い。…そして言葉。
それらが自分の中を駆け巡り、それが全て真実であると告げていた。

驚きが確信に変わった時、涙が自分の頬を伝っていくのを、アムイは止める事ができないでいた。
「ああ、お前…。何ていうことだ…」
居た堪れなくなったのか、気が付くと泣きながら呟いていた。

「さあ、お前には今、何が見えている?」
あの恐ろしいと感じていた邪悪鬼魔王の低い濁声が、何故か優しげに聞こえてきて、アムイは我に返る。
何故、地獄の魔王が自分にこのような事を言うのか。先ほどまで怒りを自分に向けていたのではないのか…。
などという疑問すら、今のアムイにはどうでもよい事であった。
魔王の言葉に気付きながらも、アムイの心は目の前の存在に引き付けられていた。

今までの恐怖の表情から一変して、徐々に憐れむような顔で涙を流すアムイに、そして魔王のいつもと違う様子に、周囲の鬼達は皆、言葉なくその場を凝視していた。
彼らの目には、ただアムイを今にでも喰らい尽くそうと、雄叫びを上げている恐ろしげな地獄鳥の姿があるだけだ。
興味津々とその場を見るもの、不安げに見守っているもの様々であるが、共通してこれから起こるであろう状況に、いや、どのような結果が待ち受けているのか、鬼達の眼(まなこ)は期待で輝いていた。

「お前…」アムイはぼそりと地獄鳥に向かって言った。
鬼達はざわめいた。
何故ならアムイが何やら呟きながら、唐突に怒り狂っている地獄鳥に手を差し伸べたからだ。
「おい…自分から喰われる気か?」
「まさか…あの恐ろしい鳥に情けをかける気なのか?」
「何考えているんだあの男は…」
「情をかけても通じない鳥だぞ…おかしいんじゃないか?」
口々に囁きあう鬼達に、魔王が大きな咳払いをした。
「うるさい、黙れ」
魔王のその一言で、騒いでいた鬼達はしん、と静まり返った。
そのせいか、やけに妙な緊張した空気が流れる。

「ああ…何ということだ…お前は、どうしてそのような姿になったのだ」
アムイは恐れもなくそう言うと、差し伸べた手で地獄鳥の首を抱き寄せた。
鬼達が驚いて息を呑む音が場内に響く。だが次の瞬間、鬼達はまた違った驚きでざわめき出した。
「クゥ…クゥルル…」
何と甘い声で鳴きながら、あの地獄鳥がアムイの絡めてきた腕に口ばしを摺り寄せているではないか。
「鳥が…!」
「あの大魔王様以外に懐くとは…!」
「まさか、そんな只の亡者に…」
「あやつは何者なんだ」
今度は鬼達の騒ぎも、魔王は何も咎めなかった。
ただ、満足そうに頷くと、大声でもう一度アムイに問うた。

「さあ、【暁の明星】よ。お前の心の目に何が映る?何が見える。
はっきりと今、ここで答えてみよ!」

アムイは鳥の緋色の羽毛に頬を摺り寄せながら目を閉じ、涙声でこう答えた。
「邪悪鬼魔王よ。この鳥は何故にこの姿になってしまった?
この鳥は天界の尊き楽園に住まう、極楽鳥(ごくらくちょう)ではないか。
何故、このような姿で、このような心で、このような状況に堕ちているのだ。
何故、この鳥は心の奥底で悲しみに暮れながら、ここで怒り狂っているのだ?」
その言葉に、場内の鬼達はその場で硬直し、固唾を呑んだ。
「俺にはこの鳥が、慈悲深き天神仏(てんじんぶつ)の飼う癒しの鳥以外何者にも見えぬ。
何故だ?どうしてこのような餓鬼地獄に堕ち、このような浅ましい姿で、亡者を喰らい続け焼き続けているのだ。
その度にこの鳥の心は破壊され、もう本来の姿が自分でさえもわからなくなっているではないか!」
アムイの目に映ったもの。それはこの目の前の鳥の本来の姿であったのだ。
緋色と山吹色、そして新緑色の翼と、長い尾を持ち、冠のような大きな赤いトサカを悠然と立て、静かで優美な青い瞳で自分を見ている…。その麗しくも毅然とした姿に、アムイは心から感嘆していた。
これがこの地獄鳥の本来の姿というならば、何とむごいことであろう…。
「何故?か?お前はこの鳥の心の奥底、本来の姿を見極めたのではないのか?」
邪悪鬼魔王の探るような言葉に、アムイはしっかりと目を開けて、巨大な鳥の目を覗き込んだ。
「魔王様、これは…」
魔王の傍にいた側近の鬼が、身体を震わせながら話しかけた。
「ふふ。さすが大地を司る“気”を持って下界に降りた者よ。
“金環”は下界に生きる全ての獰猛な獣すら、その安定によって懐柔する魅惑の宝じゃ。
この獄界においても、立派に通じるとは…。ともすれば暗黒魔界の魔獣すらも骨抜きにするやもしれぬ」
まるで独り言のように言う魔王の言葉に、鬼の顔色が変わった。
「では…!この獄界に穴を開けたという異種の波動というのは…」
「しっ!」
魔王は何か思うような顔つきで側近の鬼を黙らせ、すぐさまアムイの動向に意識を戻した。
じっと見つめていたアムイの目が、驚愕の色に変わる。

そうか…!そうなのか…。
アムイの心に、鳥の全てが流れ込んできた。
この鳥の、極楽での幸せそうな姿から、主である天神との仲睦まじい様子など…。
そして…そして…。
アムイは感動で言葉に詰まった。だが、これは声に出して告げねばならぬ事だった。
何故なら、それは鳥を本来の心に戻し、己の使命を覚醒させるために必要であると、アムイ自身の魂の奥から涌き出た答えであったからだ。

アムイは意を決して邪悪鬼魔王の顔をひたと見つめた。
不思議な感覚がアムイを包む。
そう、このような気持ちになるのは、今が初めてではない。
このような感覚に支配されるのは、何度もあった事だ。
ああ、何故に俺はこの事を忘れていた?
それこそ鳥の本来の姿を見知ると共に、己本来の感覚を、アムイ自身が思い出し、取り戻した瞬間であった。
アムイは魔王を見据えながら、はっきりと朗々とした声で告げた。

「この鳥は、魂の救済のために極楽浄土にて自ら高い地位を退き、地の奥に向かわれた天神仏殿の愛鳥。
元は極楽鳥、名は友禅(ゆうぜん)。
このものは慕う天神仏殿の深い慈悲に感銘を受け、その方を追って獄界に自ら降りた。
このものの使命は穢れし亡者の浄罪。
あまりにもの多大な不浄を飲み込んだがために、己の存在を、使命を、志願を忘れ、己を失って怒りと悲嘆に暮れている」
そこで一息つくと、アムイは友禅に向き直った。
「だが、本当のお前の御心はそうではないであろう?
思い出すのだ、友禅。
涙を呑み、己を奮い、炎の地獄鳥と化して獄界に堕ちた亡者を浄化の炎で焼き戒め、亡者を喰いながらその亡者の魂の穢れを喰う事を、自ら願い、この身を捧げた覚悟を、思い出せ!
地獄鳥よ、それがお前の本来の姿だ!」

「見事じゃ!!」

アムイが言い切った瞬間、邪悪鬼魔王は膝を叩いてそう叫んだ。
その途端、今まで見えていた獄界がパーン!と弾け飛び、空間が歪み始めた。
驚いてその様子を眺めていたアムイに、周囲にいた鬼達が手を叩き、狂喜乱舞して誰もがアムイを讃え始めた。

「見事じゃ!」
「見事じゃ!」
「お見事じゃ!」
「素晴らしい!」
「見事なものよ、暁の君!」
「お見事である!」
「さすがじゃ!」

四方八方から歓喜の声が反響しては揺れ動く。
その歓喜の声が沸きあがるほど、先ほどまで自分の居た真っ赤な世界が、ガラス破片のようにバラバラと崩れ落ちていく。全て崩れ落ちた後には、薄明るい、静寂な藍色の世界が四方に広がっていた。
それは、ほの暗いのに全く邪気を感じさせない、安らぎさえ感じさせる静寂な世界だった。
…到底、地獄界とは思えない清純で厳かな空間である。

何事が起こったのかと目を丸くしているアムイに、魔王が嬉しそうにアムイを讃えた。
「よくぞ本来の姿を見破った!何と素晴らしい魂(たま)であろう!
それにしてもよくもまぁ、天も思い切った事をなさる。これほどの魂(たま)を…」

気が付くと、沢山いた鬼達がいつの間にか、藍色の水面に浮かぶ蓮華の花と化していた。
所々その空間に、小さな光が煌いている。
不思議だった。前にも来た事のあるような世界…。
アムイの心も同じくその静けさと同化していく。

「…ここは…?一体、何が起こったんだ?」
完全に大人しくなった地獄鳥に寄り添いながら、アムイは目の前の邪悪鬼魔王に問うた。
「お前が真実を見抜いたからじゃ、暁の君。
この世界は本来の場所、でもある。…だが、そんなに長くは維持はできないがね。
それよりも、よくぞ来た。ずっとお待ち申しておりましたぞ」
じっと魔王を見ていたアムイはハッとした。
「あ、あなたは…まさか…」
魔王は笑った。
「はは。見破られてしまったかね、わしも」
醜悪で恐ろしげな姿をしていても、アムイには見えてしまったのだ。
この獄界で3本の指に入るほど恐ろしい魔王の正体……本来の姿が。

「貴方は…。極楽浄土から獄界に降りたという天神仏殿…【大地の宮】…クシティガルバ…天…」

アムイがポツリと呟いたその途端、巨大な邪悪鬼魔王の身体の中心に光が走り、それが魔王の身体を真っ二つに割った。
驚愕して目が離せずにいたアムイは、その二つに分かれたその中心にそろそろと歩み寄った。
その分かれた中心をよく覗いてみて、アムイは再び驚いた。
アムイの目線の先、30センチほどの場所で、手のひらサイズの小さな天神仏らしき姿が浮いていて、じっとこちらを向いていたのだ。

『参りましたなぁ。我が異名を二つまで見破られてしまうとは。
さすがに私もお手上げです、アムイ=セドナダ』
その姿は清純として、凛として、全身が真珠色に輝いていた。
乳白の衣に身を包み、長いと思われる絹の髪を頭頂に丸く纏め上げ、その白くて穏やかな表情のお顔は、やや半眼で長い睫が陰影(いんえい)を作り、それがこの天神仏を両性に見せていた。ただ、朗々とした若い声は、少年のように聞こえた。
その立ち姿はほっそりとして雅にて、ある意味年齢不詳だ。大人と子供の中間のような姿。
確かにその清純な御姿は、幼い子供のようであり、また熟練した大人のようでもあった。
不思議な、としかいいようのないその存在…。
この御方が最高天の位を戴きながら、荒んだ魂の救済のために、自らを地に落として地獄を行脚している尊い存在であるのか。
実はこの時、アムイは聖天風来寺でこの天神仏を学んだ事を思い出していたのだ。

《“クシティガルバ天”は大地が命を無条件で包み育むと同様に、その大いなる慈悲でもってもがき苦しむ魂(たま)を自らの身を穢してまでも救おうとする、そのためならどんな不浄をも厭わぬ強靭なお方である。だからここでの教典は【大地の宮】と呼ばれる。(※クシティ=大地。ガルバ=子宮の意)
救済のためにその御姿を様々なものに変化させ、臨機応変に奈落を渡る。
いくつもの分魂で、姿を変えながら奈落を支えるその方の本当の姿は、まだ幼き子供の姿とも、妙齢な母神の姿ともいわれる…。個人的に思うにこの天神仏殿が、人に一番身近で、慈愛と強靭な御心を持つお方である》

当時の講師である僧侶の言葉が、自分の頭にはっきりと反芻された。この教えがアムイのひらめきと繋がって、名前を導き出せたのだ。
もちろんこの御方の異名は、世界各国に散らばって、この二つだけではない。
有名な天神仏には当たり前の事であった。
国も変われば、天神仏の名も変わる。
働きが変われば、もちろんそれに合わせて名も変化するのが常であった。

位が高くなればなるほど、働きが大きく多くなればなるほど、呼び名が増えていく。
それは人間界だけでなく、天界でも、獄界でも、はたまた暗黒界でも同様の事。

『暁の君よ、そなたの心の目を開かせたくて、乱暴な振る舞いをして申し訳なかった。
…頭のよいそなたの事だ、我が愛鳥、友禅がそなたの現実(いま)を写していたのはわかったであろう?』
そう言ってクシティガルバ天は微かに微笑んだ。
その微笑が不思議とキイと重なって、アムイの胸に温かいものが流れた。
「…ああ…、そうです…。友禅は俺と同じだ…」
胸が苦しくなって、また涙が出そうだった。
『どれほど自分が崇高な志を持って地に降りたのか、己の魂(たま)の輝きがどれだけのものかを、人間(ヒト)は忘れてしまうものだ。それは地上において、己の魂を磨き、学びを深め、進化するためでもある』
「そうです」
クシティガルバ天は頷くと、そのまま話を続けた。
『そしてたまに、天界からそのまま人間(ヒト)の世を憂い、手を貸そうとして自らの波動を下界に合わせ、地に生まれる天神もいる。…だが、波動を下げ、肉を持って生まれるという事が並大抵な事ではないと、肉体を持って初めて身に沁みる事になる。そしてその何とも言えぬ不自由さに、愕然とするのだ。そうして幾人もの天神が、粗暴な下界の波動に翻弄され、傷つき、志を忘れ、どれだけ闇に落ちて行ったことか…。私はこの獄界において、幾度もそれを見てきたのである』
クシティガルバ天の悲痛な波動が、直にアムイの心に触れた。
この御方は、こうして幾人もの地に堕ちた天神にも、救済の手を差し伸べてきたのであろうか…。
『想像を絶する肉界の苦行に、純真無垢な魂(たま)の中には、耐え切れないのものも多い。 
あまりにもの辛さに、目を閉ざし、心を殺し、いくら本人の魂の輝きを思い出そうとさせても無理なのものが多い。
それほどまでに、現状の人界の調和が狂っているのだ。波動が荒んでいるのだ。
お前も、今までそうであったろう?』
その通りだった。アムイは俯いて、目の前の天神仏に何も言えなかった。
『我が鳥もお前も、その現状の辛苦に翻弄され、本来の自分を見失っておった。
もちろん、そのようなものばかりではない。
お前の半身である宵の君のように、どれだけ荒波にもまれようとも、その強靭な御心で、幾度も闇から這い上がったものだっている。宵の君はお前の魂の片割れ。…ならばお前だって同じくできる筈。
闇を恐れず、本来の自分の御心を思いだすだけでよいのだ。
…そうであろう?太陽の神子(みこ)よ』
突然出てきたその名にアムイは思わず顔を上げた。
『その名で呼ばれるのは何故か慣れません』
「父さん!」
アムイは驚いた。いつの間にかクシティガルバ天の傍に、父アマトが立っていたのだ。
しかも半透明であるが、その懐かしい姿をアムイの前に晒してくれていた。
…ただ、やはり本体はかなり遙かにあるのであろう、最初の頃のように顔だけはぼんやりとしてよくわからない。
「父さん!一体何処へ行っていたんだ?それに光の玉でもないし…」
目を丸くしている息子の魂に、アマトは優しい声でこう語った。
『悪かった、アムイ。
この御方の本来の姿に会わせる為には、どうしてもお前を一人で行かせなければならなかった…。
お前一人の、お前自身の力で、この場を切り抜けるのが必要だったのだ。
お前には私が見えていなかっただろうが、私はずっと、お前を見守っていたのだよ。
ちゃんとガイド(案内)として、お前の傍にいた。…気付かなかっただろうがね』
「そう…だったのか…」
アムイは張り詰めていた気が緩んだのか、その場にへなへなと腰を下ろした。
そのアムイの目の位置を追って、クシティガルバはふわっと移動し、アマトもアムイの前に身を屈めた。
『手荒な真似をして申し訳なかった暁の君よ。
そなたが本当に天が定めし魂(たま)であるか私は知りたかったし、またこの獄界において、私の本来の姿をただで晒すわけにはいかなくてね。
……見た目やまやかしでなく、相手に正体を見破られない限り、真の姿を現すことはできない。
此処は現実に地獄界、奈落である。この不浄の場では無防備に本体を晒すと危険でもあるからだ。
今居るこの平穏な場も然り。我が本質を晒す為にだけ現れた、獄界の中の清浄な場。
……ここに居る間は安心して話ができる。ただし、そんなに長く維持はできないが…』
アムイは感慨深く溜息をついた。
「それじゃあ、俺は…」
アムイの言葉にクシティガルバ天は大きく頷き、満面の笑みを向けた。
『お見事であった、暁の君よ。本来のそのお力、目覚められて喜ばしい限りよ』
「本来、の、ちから…」
戸惑う自分に、父アマトがくすっと笑ったような気がした。
『おや、完璧に発揮しておいて、お前はまだ気付いていないのか?
あれだけ私がお前に諭していたというのに…』

≪お前の異名は夜明けを告げるもの。
暗き中に一粒の光をもって、全てを闇から光へと導く魂(たま)であることよ。
または闇の中にあって一筋の光明を持って、真実を見抜き導く存在であるということよ≫

「じゃあ、あれは父さんが!?」
雷鳴を受けたごとく頭に響いた、誰なのかよくわからない声。
アムイの頭にはっきりと、その時の声が語っていた内容が甦った。
あれは父が自分に語っていた言葉だったのか…。
『真実を…いや、真理を見抜く目を持っている…。それがお前の異名の意味のひとつだ』
初めて聞いた自分の異名の意味。
アムイの心に震えが湧き起ってきた。
『よく思い出した。これであと、お前が探し求めているものを手にすれば、本来の自分を取り戻す事ができる筈。
……本来の自分の役割も、使命をも』
「父さん…」
表情はわからなくとも、父が喜んでいる事はわかった。
二人の穏やかな波動を、近くにいたクシティガルバ天は、しばしその“気”を堪能していたが、小さく咳をすると再び口を開いた。
『さて。もう時間もあまりないから手短に言う。
暁よ、そなたが探しているもの…。
天から預かりし物であれば、お前が此処で願えば簡単に手に戻るであろうから心配なさるな。
ただし、時間がないのは肝に銘じよ』
厳かなその言葉に、アムイは力強く頷いた。
『もたついていたら、元の世界に戻れなくなるぞ。
そなたを待ち焦がれている人間がいるのを忘れてはならぬ。
そなたには、人界でやる事が山程ある筈だ』
「はい、肝に銘じます」
アムイの明瞭とした返事に、クシティガルバ天は満足げに頷くと、再び穏やかな表情をしてこう言った。
『では、最後に私からこれを差し上げよう』
「え…?」
クシティガルバ天は目を見開くアムイの目前に、一本の緋色の矢と、円球であるが頂点をつんと尖らせた珠を出現させた。
「これは…」
緋色の矢と珠がアムイの手に渡った。
『これは破魔矢。…全ての魔を打ち破り貫く魔除けの矢でもある。
そしてその珠は、現世での願いが叶うのを助ける宝珠である。ただし、真理正統に基づく願いに限られるが…』
見えない世界で貰った品は、現世に戻れば見えなくなるが、ちゃんと魂の中に保管してあるものだ。
アムイはそのいただいた宝を、大事に大事に胸に仕舞った。
『さぁ、これでそなたはこの私と繋がりを持てた事になる。
大地の花弁、神聖な宮を預かる鍵の持ち主よ。
【大地の宮】と呼ばれる私といつでも通じる事ができる。
何かあったら私に請いなさい。
これでそなたは地とも完全に繋がる事ができるであろう』
アムイははっとして目の前のクシティガルバ天を見やった。

「………完全に…俺が地と繋がる…」

アムイがそう呟いた途端、突然藍色の水面に浮かんだ蓮華の花が散った。
幾千とも幾万ともいえるほどの淡い薄桃色の花びらが舞い、アムイの視界を遮った。


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コメント

お久し振りです。何年も前に拝読させていただいていた者ですが
また(ようやく!)購読再開させていただきます!
どこまで読んでいたのか……確か、壁や海に囲まれた閉鎖的な国、世界樹のあたりだったような記憶が。女性の誇り高さに当てられて感動していたあたりです。
また探して読み始めたいとおもいます!

投稿: pega | 2015年10月31日 (土) 午後 01時15分

うわぁっ!すみません!!

ずっとこの場に来ていなくて(事情がありまして…)
今、コメントに気が付きました!

もう返信に気が付かないかもしれませんが……
(何せひと月以上にかかるほどの間を空けてしまったので(;゚Д゚)

再度のご訪問、本当にありがとうございます!

しかも嬉しいコメントまで……(ノД`)・゜・。

実は今年中に終わらせるつもりが、諸事情でパソコンを開けられず
今更新再開のための下準備を水面下で進めている最中です。

再開は来年になりそうです……。

途中で止まってしまっていますが、必ず更新再開しますので
お時間あったらまた覗いてみてくださいね!

返信が遅くなって本当にごめんなさい
そして、コメントありがとうございました!!
 

投稿: kayan | 2015年12月 1日 (火) 午前 09時05分

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投稿: cipit88 | 2023年10月23日 (月) 午前 03時15分

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