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2011年9月 9日 (金)

暁の明星 宵の流星 #158 その②

温かい…。まるで陽だまりのような、優しい温もり。
いつの間にかアマトの腕の中で、アムイは7歳の少年の姿になっていた。
「父さん、父さん」
少年のアムイは泣きじゃくり、何度も何度も父を呼びながら、懐かしいその温もりを堪能した。
そんなアムイを、父アマトはしっかりと抱きしめながら、片方の手で優しく頭を撫でる。
「ご免なさい、父さん。おれ、おれ…あんな事言って父さんを拒否して。
父さんの事、一番知っていた筈なのに、悪いように言って責めて…!
本当にご免なさい…!」
とにかく、謝りたかった。アムイは懸命に父の胸の中で、今までの思いの丈を声に出した。
最期の時も、そして大人になっても、ずっと父を責め続けていた事。
父を悪く言う事によって、己を正当化していた事。
今まで積もり積もった事を、アムイは全て吐き出した。
それを父は静かに黙って聞いていてくれた。
時折、わかっているよという感じで、アムイを抱く手に力が入る。
アムイはそれが嬉しくて、そして何ともいえない安らぎに浸った。

父の胸の中で泣くだけ泣いて、気がつくとアムイはもとの成人した姿に戻っていた。
顔を上げると、優しく微笑む父の顔が間近にあった。

そうか…。俺はもう、父親の身長を超えていたのだな…。

何故かぼんやりと、アムイはそう痛感した。
「本当に、大きくなったなぁ、アムイ」
自分の思った事がわかるのか、父アマトは感慨深げにこう言った。
「こうして成人した姿に会える時がくるとは…。お前のガード(守護)役を申し出てよかった…」
自分と似た面持ちの、でもやはり少し自分とは違う、父の顔がほころんでいた。
「…そう、そうだった、父さん!」
アムイは父の言葉で思い出した。
「俺のために、分魂を飛ばしてまで獄界に来てくれたんだよな?
俺、嬉しかった。父さんがいてくれなかったら、俺、ここまで来れなかったよ…」
アマトはうんうん、と軽く頷きながら、うっすらと瞳に涙を滲ませている。
「……必ず、“金環の気”を持つお前は、冥府へ来ると思っていた。…地の“気”を持つお前に冥府は避けて通れない世界でもあったからね。だから、成人したお前と、こうして直に接する機会は、この時しかない、と私も思っていた。
……だが、驚いたなぁ。まさか冥府通り越して獄界とはね。
さすが私の息子。やる事が半端なく大胆だ」
そう言いながら、アマトは笑った。
「…という事は、父さん。…こうして触れ合えるってことは、これ、父さんの本体なんだよな?
…声もはっきりと聞こえる…」
アムイは少し離れ、父の両肩に自分の手を置くと、目の前の本人をまじまじと見つめた。
「そうだよ、アムイ。やっと、本体が降りてこられる位置まで、お前は来てくれたんだ」
「じゃ、ここは」
「そう。お前の肉体のある世界との境だ。……もう安心していい。
お前の友人が邪鬼悪霊を抑えてくれている。……いい友達を持ったな、アムイ」
その言葉に、アムイは涙が溢れた。
「……父さん、俺は」
「アムイ」
泣きながら何か言おうとする息子を、アマトは宥める様に話し始めた。
「人の死とは辛いもの。特に深く懇意にしていた者ならば尚更だ。
それは残された者だけでない、残して旅立たなければならない者とて同じ。
……もう、物質の世界では触れ合う事ができない。別次元に旅立てば、周波数が合わなければ…また、“許し”もなければ、思いを交わす事も難しくなる。
……でも、それが天の摂理。生と死、出会いと別れ。
そうしてあらゆる魂と触れ合いながら、人は生きていくのだよ。
転生を繰り返してきたお前なら、もうすでにわかっている筈だ。思い出せる筈なのだ。
…恐怖、という枷をはずせば、それでいい」
「……恐怖という枷…」
「それがお前の覚醒を妨げていた一つだ。
お前の柔らかで優しい魂を咄嗟に守ろうと発動した感情でもある。
……多分、それがお前の本来の力も封印してしまった。
何故そうなったのかは、あらゆる見方があると思うが、ただ、それがお前の今生での無駄と考えるのは浅はかだと思う。
必要だから、そうなった。そう思いなさい」
「俺に必要だったから…?ずっと苦しんで来たのは、俺に必要…?」
「苦しみもまた、乗り越える事によって糧となる。
ただ、お前の場合、様々な要因が絡み合って作用していた。だから時間がかかってしまった。
……まずは、お前自身が己を守ろうと自分を封印した事。
魔がお前の覚醒を邪魔し、魂を潰そうと画策してなった事。
それがかえってお前の本来の力を温存する事になった事。
時間をかけてじっくりと、まるで熟成させる美酒のごとく、お前の本来の魂を寝かせている時間も必要だったのだ。
その間、キイが頑張ってくれた。……キイでなければ、ここまでできなかった」
キイの名が出た途端、父の声は心なしか震えていた。
「キイ…」
「だからこれからは、お前はキイと共に高みに昇っていかなくてはならないよ。
キイの働き、お前の働き。
天と地は互いに支えあい、そしてどちらも欠けてはならない。
同じ目線になって初めて、双璧となる」
「……」
じっと俯くアムイに、アマトはポンポンと頭を掌で軽く叩いた。
「お前は私の性質を受け継いで、お人好しの部分があったからなぁ。
……キイもそんなお前が危なっかしくて仕方なかったんだろう。
でも、もう大丈夫だ。己の力を思い出し、信じきれば、簡単に乗り越えられる。
お前はそのくらい大きな器の持ち主だ」
「本当に、そうだろうか…」
「お前の場合、その鋭い心の眼で真実を見抜く力が大きい。そういう者は得てして他人の心や波動を感じやすく、その者の気持ちを自分のごとく理解しやすい。つまり同調し易いのだ。
一見、長所のように思えるが、それができるだけでは駄目なのは、今までのお前が一番よくわかっているだろう?
それは相手を受け入れて引きずられやすくなったり、相手の気持ちを理解しすぎる分、相手と同化してどうしたらいいかわからなくなる。それが良き者ならばいいが、悪しき者であったら、己が破滅する。
相手を受け入れ、適切な処理ができるには、自分というしっかりした芯がなければならないのだよ。
自分の適格な判断…相手の幸(こう)を基準とした正確な判断ができてこそ、この力はお前の武器となり利点となる。
自然の摂理に沿った基準と、お前のその大きな大地の懐があれば、そして己の軸がきちんと立っていたら、もう人に脅かされ、浸食される恐れはなくなる。
いいか、アムイ。もうお前はその事に目覚めていい時だ。いや、目覚めなければならない」
きっぱりとした父の言葉に、アムイの心は引き締まった。
「わかった…。ありがとう父さん」
アムイの振り切ったような清々しい表情に、アマトも安堵の笑みを浮かべた。
「……さ、早くキイの元に戻りなさい。あの子の苦労を考えると、父として何もできない自分が歯がゆかったが…」
と、少し悲しげに眉を曇らせる父に、アムイの心は痛んだ。
父とキイの確執は、やはりまだ消えていないものなのだろうか…。
「これで少しはあの子の役に立てたかな……」
ポツリと小さく呟く言葉が、アムイには痛々しく響いた。
「父さん、あのさ…」
アムイがキイの事を言おうと口を開いたが、アマトは笑って話を変えた。
「お前は何も心配しなくていい。このまま進んで行きなさい。
あの黄色の光がお前を人界に導いてくれる」
「黄色の光?」
そう言われてふと頭上を見やると、チカチカと小さな黄色い光が煌いている。
「この光は、あの時助けてくれた…!」
そう、見覚えのあるこの光。自分がミカ神王大妃の亡霊に引きずられた獄界から逃げる時、助けてくれた黄色い光だ。
アマトはアムイの驚いている様子ににっこりと笑うと、その正体を言って益々アムイを驚かせた。
「この黄色い光はずっとお前の事を心配して見守っていた光だ。…名前は月光、というけどね」
「月光!?って、まさか…!」
「…母さんだよ」
「母さん…!」
アムイは黄色い光を凝視した。心なしか光は照れて、困ったように不規則に瞬いた。
「天のルールで、獄界においてのガード(守護)およびガイド(案内)役は一人、って決まっているんだ。
本当はネイチェルもお前に会いたかったんだと思うよ。
特に月の女神の光。闇夜にあって、私よりも獄界に近しい場所にいるからね。
でも彼女は私にその役を譲ってくれた。…それでもお前が心配で、こうして光だけになって照らしてくれていた」
アムイの涙腺がまた緩みかけ、慌てて手でそれを払う。
「お前は、一人じゃないんだよ。孤独を感じる必要はないし、お前の友人が言っていたように、お前が望めばこうして繋がれる。……それを、お前に思い出して欲しかった…」
「父さん…母さん…」
「忘れるな、アムイ。お前は愛されている。どのような次元であろうが、お前を愛している魂が、光が存在している事を…」
アムイは力強く頷くと、小さく「ありがとう」と呟いた。
涙が出そうで、声をはっきりと出せなかったのだ。
アマトはポンっとアムイの肩を叩くと、促すように方向を指差した。
「行きなさい、お前の必要としている世界へ」
「父さん」
「会えて嬉しかった」
アムイはもう一度大きく頷くと、黄色い光、月光に視線を向けた。
月光はチカッと大きく瞬くと、すうっと動き始めた。
「行ってくる、父さん」
アムイの力強い声に、アマトは満足そうに頷いた。

月光は闇夜を照らす慈悲の光。
それは闇を支配する世界では分け隔てなく存在する光。
闇夜を照らす光を追えば、冥府と人界の橋渡しをしてくれる月が、必ず目的の場所に導いてくれる。
アムイは母である月光に導かれ、闇夜を走った。


今、帰るから。
自分が自分でいられるように。
もう、大丈夫だから。

逸(はや)る気持ちを抑え、アムイは懸命に走る。

気がつくと、目の前に大きな満月が眩しく輝いていた。
闇を照らし出す、夜の天体。
アムイはその光の中に飛び込んだ。


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煌々と輝く満月の光。
いつの間にかキイは眠ってしまっていた。
木に寄りかかるようにして眠るキイの胸から、ふわり、と小さな光の玉が飛び出した。
その小さな淡い光を放つ玉は、ふわりふわりと浮かびながら、ある方向に向かって移動し始めた。
その事にキイはまだ気づかず、ぐっすり寝入ってしまっているようだ。
光はのろのろと他の者が寝静まっている洞窟の一ヶ所にすっと入って行く。
その小さな洞穴にたどり着くと、光の玉は小さな男の子の姿と変貌した。
黒い髪、黒い瞳。その子は口元をわななかせながら、その洞穴の奥に進んだ。
割と広めのその洞穴には、子供が一人通れそうな亀裂があって、そこは外界にも通じていた。
そこから外の新鮮な空気が流れ込み、また、明るい月の光も差し込んで、灯りなくても充分明るかった。
その近くでイェンランが、地面に敷いた布の上に顔を埋め、突っ伏して眠っていた。
彼女の脇を音もなく前に進んだ少年は、その先に居た一人の男の姿を目にし、顔を歪めた。

……それはまるで絵画のように、幻想的な光景であった。
月の光に照らされた端正な横顔が、微動だにせずに、ぼんやりと浮かんでいる。
彼は今までそこで横たわっていたのだろうか。身体にかけられていた布を取り去った形跡があり、彼のために敷き詰められていた沢山の布がくしゃくしゃに乱れていた。
その上に、当の本人は上半身を起こした状態で、呆然と月の光を見つめていた。
まるで今しがた寝起きたばかりの表情だった。
男の姿を見るや否や、少年の目から大粒の涙が零れた。
その気配に、男も気がついて少年を振り向く。
しばし互いを見つめ合った後、言葉を最初に発したのは少年の方だった。

「ねぇ、どうして迎えに来てくれなかったの…?」
哀しげな少年の涙声に、男は申し訳ないかのように呟いた。
「ご免…遠くに行ってた」
少年はしゃくり上げた。
「おれ…おれ…ずっと待ってたのに…」
「ご免な。…今まで、どうしていた?」
その問いに少年は涙を拭くと、ポツリ、と言った。
「うん。ずっとね、キイが抱っこしていてくれたよ。…優しくて、あったたかったよ」
その答えに、ふっと笑うと男は俯いた。
「そう…キイが…。……よかったな」
「でも、ね」
ん?とまた顔を上げて少年の顔を見る。
「やはりおれ戻らなきゃ、って思ったの」
「うん、そうだね」
少年はふるふると震えると、また大きな目から涙をこぼした。
「……おれのこと…ずっと、いらないと思ってた…?」
男は…アムイは目をきつく閉じた。

この傷は人から付けられたものではない。
自分で付けた傷なのだ。

自分で自分を貶め、否定するたびに、小さなこの子は痛めつけられ、血を流し続けたのだ。
そしてずっとずっと、心の奥の闇にこの子を自分は閉じ込めてきた。
───忌み嫌われた自分…。
だけど本当は追い詰め、傷つけ、嫌っていたのは己自身だった。

アムイの口から悔いの言葉が洩れた。
「悪かった…」
小さな自分は目を大きく見開いて、今の自分を見る。
その瞳に涙がまた溢れそうになるのを見て、アムイは言い知れぬ感情が沸き起こってきた。
「ああ…おいで…」
アムイは小さな自分に手を差し伸べる。

やっと。
やっとこの当時の自分を受け入れられる。

小さな自分は顔をくしゃくしゃにすると、勢いよく自分の胸に飛び込んできた。
アムイはその小さな、傷だらけの自分を抱きしめる。
闇の箱を手にした時、最初に抱いた感じとは違う、確かな存在を感じていた。

「ご免…、ごめんな…!」
アムイの声も涙で震えている。
「ずっと嫌っていてごめん。ずっと痛い思いをさせてごめん。
……ずっと…否定し続けて…本当に悪かった…」
その言葉に小さな自分は号泣した。
「…本当だよ!ずっと…ずっと痛かったよ…!
ずっと…怖かった!…苦しかった…」
「そうだね、辛かったね。苦しかったよね。
…長い間怖い思いをさせてしまった」
アムイも、込み上げる感情に抗えずに嗚咽した。
小さな自分を胸に固く抱き、互いに泣き合った。
「もう、おれは戻っていいの…?」
おずおずと顔を上げて呟く自分に、アムイははっきりと告げる。
「ああ!もちろんだよ!戻っておいで…。
いや、一つに戻ろう!」
幼い自分が安心したような満面の笑みをほころばした。それはまるで満開の桜の花のようだった。
その途端、小さな自分はぱぁっと光り輝き、突如として腕の中で弾け飛び、細かな粒子となってアムイの全身を覆った。
きらきらと光の粒子を受けながら、アムイは上を向いてじっと目を閉じた。
どくどくと己の血の流れる音がする。
……気持ちがいい…。
ふわふわとした気分のまま目を開けると、岩壁の隙間から柔らかな月の光が差し込んで、それが自分を誘っているかのように見えた。
アムイはふらりとその場から立ち上がると、まるでその月光に引き寄せられるように、軽い足取りで外に続く出口に向かって歩き始めた。


微かな物音で、イェンランはふと目が覚めた。
(やだ、私寝ちゃってる…?)
慌てて身体を起こすと、辺りの様子が前と違うのに目を瞬(しばた)いた。
あれ…?何かさっきと違う…?…ええ?
寝ぼけた頭がそこではっきりと覚めた。
「アムイがいない!」
がばっとその場から立ち上がると、イェンランは慌てて洞穴の中を探し回った。
「ええ?どうして?何でアムイがいないの…?」
そんなの答えは決まっている。
誰かに連れ去られたか、自分で出て行ったか、だ。
…自分で出て行った…?まさか!
イェンランはその考えに動転して、形振り構わず外に向かって走り出した。

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