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2011年9月 7日 (水)

暁の明星 宵の流星 #158 その①

※本投稿いたしました。
訂正更新(本投稿)が17時を過ぎましたことお詫びいたします。
詳細については仮投稿時に書いたように、本日の夜中~明日にかけて更新致します。
中途半端で申し訳ございませんせんでした。  kayan.


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満月…だからか?
眠れない…。
胸がずっとざわついて、胃が落ち着かない。
あまりにも寝返りを打っていたせいだろうか、隣で寝ていた相手が居心地悪そうに手を伸ばし、自分を引き寄せた。
「眠れないのか?」
半分、寝ぼけたような声。
「ごめん、起こした?」
「……夕べから何か変だったぞ。そわそわして、落ち着かない…。
あの最中だってお前は上の空だった。……どうした?もしかして、俺以外に好きな男でもできたのか」
最後の方は、嫉妬交じりの怒気の含んだ声だった。
「そんな…こと、ない、けど」
と、思い巡りながら言い淀んだ事に、相手は益々気分を悪くしたようだ。
「カァラ」
低く、くぐもった声でそう呼ばれ、意外に筋肉質な彼の体躯に、華奢なカァラは組み敷かれる。
彼──荒波州(あらなみしゅう)提督アベル=ジンが自分を本名で呼ぶ時は、かなり個人的感情が絡んでいると思ってよかった。
ふと見上げると、間近にアベルのぎらぎらした瞳とぶつかった。
「アベル…」
「他の男に気持ちを移したというなら、その男を殺す」
まるで脅迫…、とうっすらカァラは思う。
一見冷たそうな面持ちの何処に、こんな剥き出しの感情が潜んでいるのか。
いや、とカァラは心の中で苦笑した。
荒波州きっての冷酷で何事にも動じない男から、このような激情を引き出したのは、自分、だ。
どんなにクールで取り澄ましたプライドの高い男でも、カァラを抱くと、誰しもがこのように盲目的に自分を独占したがる。
それはそれで、カァラは面白い、と思う。だってそれは自分に夢中だという証に他ならないからだ。
男と女では、どちらが嫉妬深くて、独占欲が強いのだろうか。
ただこれほど男を虜にして、今までその矛先がカァラ自身に向けられた事は少なかった。
カァラに夢中になった男達は恋敵が現れると、、必ずといっていいほどその矛先をその相手の男に向ける。
これは男の性(さが)なのかな、と、男でもあるカァラはふと思う。
自分のものとするために、戦って奪い合うのだ。
たまに戦いに自信のない男が、カァラを道連れに心中しようとしたが、そんな弱い男は論外だ。
カァラは強い男が好きだった。
そんな男達が自分を取り合って、殺し合うのを傍観するのが好きだった。
…自分を切望している…自分が必要とされている…そう感じるだけで、カァラの気分は高揚した。
ああ、でも…。
このような嫉妬、というような感情にはさほど男女に違いなどないのかもしれない。ただその出方が異なるだけで。

昔、自分が愛妾として請われ、数多の妻や妾達のいる宮殿に連れて行かれたことがあった。
そこではひとりの君主をめぐり、互いに牽制し合っていた…。
女と女の醜い争い…。

そうか、かえって…、とカァラは考える。
よく男が気移りすると女は相手の女を憎む、というが、その反対で女が気移りすれば男は当の女を憎む、と聞く。
これは主従関係が意味しているのではないか、と思う。
男は支配している女の心変わりは許せないものなのだ。己のプライドが許さないからではなかろうか?
ならば、こうして男の独占欲を煽り、互いの男達を憎ませて戦わせている自分というのは何なのか。
その男達にとってこの自分は、己の支配下に乏しいという認識があるせいではないだろうか。
つまり自分の方が優位である、という事だ。
確かに、自分は誰にも支配されたくない。どちらかというと自分が支配したい、陰から主導権を握りたい性質(タチ)である。だからたまに己の所有物と勘違いして、自分に対し滅茶苦茶な振る舞いをする男もいるが、それは死を持って考えを改めてもらう。
そう、この【姫胡蝶】カァラの身も心は、誰一人として独占出来る筈もないのだ。
もちろん、相手を支配するために、“お前のものだ”と甘く囁くが、本当の所、本心ではない。
その機微がわかる大人の男が実はカァラは好きだった。

そんな事をうつらうつら考えていたら、突如として、カァラは自分を生んだ女の事を思い出した。
…自分はあの女のようにはなりたくない…。
苦々しい想いがカァラに甦る。
父の毒牙にかかり、身も心も奪われた末に自分を生んだ女。
非道で奔放な男に翻弄された可哀そうな母親。
その男への独占欲から、嫉妬に狂って実の息子を殺そうとした…母親。
……今でもその女が自分の首にかけた、白い指の冷たさを思い出す。

「カァラ?」
アベルの不機嫌な声で、カァラははっと我に返った。
「何を考えていた?」
その男の事でか?と言いたげな眼差しに、カァラは溜息をつく。
「違うよ、アベル。……何か胸がざわついて仕方ないんだ…」
「胸がざわつく?」
「うん。まるでどっかから何かやってくる…?みたいな?」
「予感…か?」
「予感?ああ、そう、だ。予感だ」
彼の言葉に、今しがた気がついた、というような顔で、カァラは呟いた。
「おいおい、大丈夫か?しっかりしてくれ」
アベルもそんなカァラの様子に、やっと柔らかい態度に戻った。
「お前がそういう事を言うのは、“何か”を感じ取っている時だ。
それが喜び事だったり、不吉な事だったり…。
何か重大な出来事がやってくる、と感じているのではないか?どうだ」
「そう…、何だろ。確かに大きな事が動きそうだって感じと、……この世ではない所で何かが起こっている…ような?」
「この世ではない…。つまり、天か地獄か黄泉の国か…。
まぁ、お前のもう一つの眼が何かを捕らえて疼いているんだろう。
そういう訳なら仕方ないな。……許してやる」
そう言うとアベルはカァラの柔らかな髪にくちづけた。
「ねぇ、アベル。俺に少し時間をくれない?この予感をちょっと確かめたい」
安堵したアベルが再び恋人に愛撫を施そうと動いた途端、いきなりそう言われ、怪訝そうに眉根を寄せた。
「時間?…また単独行動するって事か?」
それはこの前、自分の願いで【宵の流星】に会いに行った時の事を指していた。
「…だめ?」
精一杯愛らしくカァラは相手に擦り寄る。こうすれば、大抵の男は自分の言いなりになるからだ。
「多分そんなに時間かからないで戻って来れるよ。
…もしかしたら、貴重な情報も手に入れて来れるかもしれない…」
カァラは思わせぶりな言葉を投げかけた。
「…という事は、宵に関係しての事だな」
アベルはそう呟くと、ふーっと溜息をついてカァラの身体を解放した。
今の彼には、東の国統一の野望が一番大きかった。
共和国を築いた、神の子孫といわれるセドナダ王家の生き残り…。
滅したと思われるその国の後継者が生きて存在していたのだ。
その事実は、統一を夢見る東の民なら願ってもない美味しいものであった。
国民(くにたみ)のない神王を手に入れ、自分の州や民族の頂点と据える。
(もちろんその為にも自分達のトップと婚姻を結び、ゆるぎない関係を結ぶつもりである)
東では2番目に大きい州、荒波は昔から勢力の強い三つの豪族が支配してきた。
州の最高位である州長(州知事)には必ずこの豪族の中から選出されてきた。
普通、海軍提督ともなれば、他では州知事同様であるが、荒波では別になっている。
海軍が発展している荒波には、海軍もまた大きな権力のひとつでもあった。
昔から、州知事と海軍提督の2本の柱で州を動かしてきた、というのも過言ではない。
現州知事となっているリッサ家や、もう一つの豪族にも年頃の娘がいないため、結局、16歳の妹を持つアベルに有利となる筈だ。
もし今、宵…キイ・ルセイ=セドナダを荒波に迎い入れようとするならば、その自分の妹と結婚させるつもりだ。そうすれば、完全にジン家が荒波の実権を握る事になるだろう。
そして神王復活させ、妹を神王大妃に据え、世継ぎを生ませれば…。
東の国統一だって夢ではなくなる。
それにカァラの話が本当ならば、宵の君には神の力があるという事。
これは東のみならず、もしかして大陸を制覇する事だって夢ではないかもしれない。
そう考えると、アベルはゾクゾクしてくるのだ。
「わかった。…だが、一人は物騒だ、護衛を連れて行け。…無茶な事はするなよ?」
「うん」
カァラはにっこりと微笑むと、軽くチュッと音を立てて、アベルの唇にくちづけした。

その当のアベルは内心、複雑だった。
今の所、宵の君を手に入れる事が、自分の最優先する事だと信じ、そのためにカァラを傍に置いていたつもりだった。
彼の邪眼は自分にとって利用価値もあった。
それに男好きのする扇情的なカァラに興味もあったし、彼の噂だって知っていた。
自分は世継ぎの心配はないから、そんな噂は全く恐れるものではなかったし、自分は元々女よりも男の方が趣味だったから、何の問題もない。
東の統一にも、自分の欲情にも、カァラは都合のいい人材だっただけだ。

そう…最初は本当にそんな軽い気分でカァラを囲う事になった筈だったのが、今はどうだ?
この俺がこの細くて白いしなやかな身体に溺れ、翻弄されるとは…。

今まで何でも手に入れてきた自分なのに、この男を抱くと全て手に入らないような焦燥感がやけに募る。
もっと、もっと自分だけのものにしたい…。ある種の飢えが、アベルを占領し、満足してもすぐに飢餓感が自分を襲うのだ。
この底なし沼のような甘美な劣情…。このような事は、今まで自分にはなかった感情だった。
魔性…。確かに皆が言っていたとおり、自分は大変な相手に捕まってしまったのかもしれない…。
麻薬のような甘美な魔物。
それはカァラが元々持つ、小悪魔的な性格にも起因していると思う。
彼は本来自由な人間だ。いつも甘い声で“貴方だけ”、と囁いても、気まぐれで何を考えているのかわからないところがあった。
独占しようにも、するりと上手にかわし、事の首謀者の癖に一歩引いて傍観している。しかもそれを楽しそうに見ているのだ。
他の人間ならば苛つくのだろうが、不思議な事にカァラにはそのような感情が起きない。
とらえどころのない謎の多いところが、彼の魅力でもあるからだ。
だが今まで人に執着した事がなかったそんな彼が、宵と暁には異常な関心を持っているのだ。
アベルはそれを、彼の好奇心が今のたまたま彼らに向いているだけだと思っていた。
だが、時を長くしてわかった事だが、どうやらそれだけではないらしい。
詳しくはわからないが、カァラと彼らには因念じみたものをどうしても感じてしまうのだ。
それがどういう意味であれ、今の所、自分も宵の君を手に入れたい。その為にカァラが必要なのも承知している。
だからアベルは、この件に関してはわざと目を瞑り、カァラの自由にさせようと決心していた。
たとえ、カァラの並々ならぬ関心を寄せている憎い存在だとしても、己の嫉妬で他のチャンスも潰すわけにいかないのだ。
そういう面では、アベルはさすが海軍提督だ。そのプライドがかろうじて彼のカァラへの暴走を抑えていた。
宵の君を荒波の所有とし、東を統一するまでの辛抱だ…。
アベルはそう心に刻み込んでいた。


その数時間後、満月の下、カァラは黒いマントに身を包み、警護の者一人と共に馬を走らせていた。
この、胸騒ぎ。
ワクワクするような躍動感。
これが決してカァラにとって不吉な感覚ではないのは、時間が経つにつれ、己の魂が教えてくれていた。
「ああ、月が」
思わず彼の美しい赤い唇から、溜息のような言葉が洩れた。
きっともうすぐ、この胸のときめきの原因がわかるであろう…。多分、そう、きっと…。
それが自分の父親を腑抜けにしてしまった男との邂逅も意味しているのでは、と、カァラの胸は踊り、期待に全身が打ち震えた。
本人は意識していなかったが、それはまるで恋の予感と似ていたかもしれなかった。
その予感は、しばらくして確信へと変わる。

月の光の導きによって。


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「王女、やはり【姫胡蝶】がお忍びで宿を出られましたな」
モンゴネウラの落ち着いた声が、闇夜に響く。
それを聞いていた南の王女、リー・リンガはこくんと頷くと、手にしていた馬の手綱を握り返した。
「行くわよ、モンゴネウラ、ドワーニ。あの男の後をつけるわ」
緊張した声でそう言うと、リンガは馬を走らせた。
その後を黙って二頭の馬が追いかける。
(絶対…絶対あの男はアムイの元に行くに違いない…!)
そう思うとリンガは吐きそうになるほど落ち着かなくなる。
絶対にあの男にアムイを会わせてならない…。
そのような警鐘が、彼女の頭でずっと鳴り響いていた。
(アムイは私のものよ!誰にも渡さないんだから…)
リンガはそう心の中で叫ぶと、ぎらぎらと前方に眼を向けた。


その少し前、【姫胡蝶】を追うリンガ一行の様子を窺っていた一つの人影があった。
彼女らが出発したと同時に、その人影も馬に飛び乗り、彼女らに気づかれないように馬を走らせた。

煌々とした月明かりの中、様々な思惑を持った者達が、運命の糸に向かって動き始める……。


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どのくらい走っただろうか。
いつの間にか激しかった風は止み、唸り声もなくなり、豪華に彩られていた宮殿のような広間もなくなり、アムイはただ、薄明るい紺色の空間を一人歩いていた。
自分の足音だけが反響するのを、まるで人事みたいに聞いていた。
静かな、静かな空間。
この方向でいいのだろうか?
アムイは自問自答した。
気がつくと、父アマトの声もしない。
ただ呆然と前に進んでいるだけだった。
こうして歩いて行けば 、いつか元いた世界に戻れるのだろうか…。
ふと、アムイの心に不安が込み上げる。

キイが辛そうな顔でずっと自分の傍に居る姿が脳裏に浮かび、たとえようもない衝動に胸が苦しくなった。
(キイ!)
やっとアムイはここにきて、キイの事をゆっくりと考えられるようになったのだ。

どれだけ相手に苦しい想いをさせてきたんだろう。
どれほど心配かけて、どんなに辛くて悲しい気持ちをさせてしまったのか…。
それなのにあいつは、何でもないよ、という平気な顔して笑うんだ。
お前の暗い表情を、俺が知らないとでも思っているのか…!

そう思っていたのに、俺はあいつの気持ちも考えず、勝手に地獄に落ちて、勝手に終わらせようとしていたんだ…。
何て身勝手な、何て浅はかな…。

ぐるぐるぐると、自責の念が再び湧いてきた。
いけない、いけない…。
アムイは自分を責めるのを止め、なるべく客観的に自分の心の内を見ようと努めた。
ああそうか、と、突如アムイは思い当たった。
こんなに自暴自棄になったのは、キイが自分よりも寿命が短いという事実を知ってからだ。
そこまで気づいて、アムイは何処からともなく聞こえてくる声に耳を傾けた。
それは自分の心の奥底から自然と沸き起こってくる思い、のようだ。

《せっかく、やっと今生で共にいられるようになったのに…。どうして先に帰るんだよ》
《あんなに自分と死ぬまで一緒にいるって…約束したのに、どうして》
《もう離れたくない、ずっと傍にいようって、あれだけ言ったのに…》

アムイはその恨みがましい自分の心の声に、呆れたと同時に苦笑いした。
まるで、子供(ガキ)の戯言…だな…。

ただその幼い叫びの分、自分の素直な感情であるのは間違いない。
その時になって、アムイはどれだけキイと今生を共に生きたかったのか、という事を痛切に感じた。
そして少し再確認したのだ。
自分達が元々一つの魂(たま)であった事。
それがある時真っ二つに別れ、引き離された事。
そして自分達は…。

気がつくと、また両頬が生ぬるいもので濡れていた。
「ちくしょう、参ったな、本当に涙腺、緩くなり過ぎ」
今まで涙が枯れていたのだ。
その通りがよくなり、感情の解放がし易くなったのだから、仕方のない事だ。
恥ずかしいと思っても、涙腺は正直者で、どんどん今までの溜めていたものを、外に出そうとしている。

そこで、ふと、芽生えた疑問…。

俺は 無駄に人生を過ごしてきたのではないだろうか…、という…。

この18年もの間、自分は一体何をしてきたんだ?
恐怖に縮こまり、恐れのために人を遠ざけ。
自分が見境なく相手を受け入れてしまう事も、理不尽だと思っても従ってしまう事も、相手に引きずられそうになる性質も。
全て己の恐怖心が招いた事。

表面は強く鍛えられたとしても、内面はこんなにも脆くてボロボロだった。

「キイ、ご免よ…。こんなに時間がかかってしまうとは…。無駄に時間だけが過ぎて…。
大切なお前との時間も…無駄に過ごして…」
アムイの胸中に悔しさが沸き起こったその時、突然、自分の前方で父の声がした。

「アムイ、人生には無駄な事など一つもないぞ」
「と、父さん…?」
アムイは目を疑った。
生前の父と変わらぬ若い姿で、アムイを待っているかのように目の前に佇むのは父、アマト=セドナダであった。
あれほど会いたくて会いたくて仕方がなかった……もうすでにこの世の者ではない人…。
それが実体を伴うようなはっきりとした姿で、アムイの目前で微笑んでいたのだ。
「父さん!」
アムイの心は、あの幼い七歳の頃に戻っていた。
父さん…!父さんにはうんと感謝の言葉を言わなければ…!こんな自分を心配して、力を貸してくれた…。
いや、それよりもアムイは謝りたかった。
心の底から謝って、自分の言葉で謝って…!
最期の時、父を傷つけ悲しい思いをさせて死なせてしまった事を…。
そして、そして…!!

「よく、ここまで来たね、アムイ」
父は生前と変わらぬ満面の優しい笑顔で両手を広げ、アムイを待ち受けていた。
まるでアムイの気持ちは充分わかっているよ、というような風情で。
「父さん!」

アムイは父の懐かしい腕の中に飛び込んだ。


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