暁の明星 宵の流星 #160 その①
今更こんな感情に気が付いてどうしろというんだ?
駄目だ。絶対、駄目だ。
この男に取り込まれてはいけない。
「俺の事をわかった風に言うな!
誰が辛かった?誰が泣いてる?誰に向かってそんな事を言う!」
激昂したカァラの叫びが静寂を破り、月夜に響き渡った。
カァラとしては精一杯否定したつもりだったが、かえって傍から見れば、単に図星を突かれて虚勢を張っているとしか思えない有様だった。
「俺はね、自分を惨めだとか、可哀そうだとか、そんな風に他人から思われるのはだいっ嫌いなんだよ!
親でも兄弟でも何でもないあんたに、知ったように言われる筋合いはないね!!」
カァラは気が付いていなかったが、完全に己の被っていた面が吹き飛んで、素の感情があらわになっていた。
あの妖艶で、涼しげな表情で達観しているような、いつのも彼とは全く違う姿だった。
カァラは興奮する余り、目の前の男をどうしても傷つけたくなった。
そうしなければ、自分が相手に負けてしまいそうだったからだ。
今のカァラはまさしく手負いの獣と化していた。牙をむき出し、己を守るために…。
「俺の事、そんな風に言えないじゃないか、あんただって」
カァラはアムイに向かって拳を振り上げた。
「あんただってガキの頃、女に玩具にされてたじゃん!俺と同じく」
その言葉に、遠くで見ていたキイの顔色が変わる。
カァラは拳を無我夢中でアムイの胸に向かって打ちつける。
「あんただって大罪人の子じゃないか!!
王家で忌み嫌われてたのだって、王族のくせに名簿にも名を載せられなかったのだって、いくら王子の種でも、元々聖職者が禁忌を破って生んだ子供だからだろ!!
しかもその王子である父親は神聖な巫女を孕ませた大罪人。
神に背いた者同士から生まれたのがあんただ!
その巫女の腹から生まれた兄貴より、あんたの方が数倍穢れてる!呪われた生まれじゃないか!
そんな奴が、何知ったような綺麗事を言ってるんだよ!!」
カァラのアムイへの罵倒にキイは青ざめ、思わず出て行きそうになった。
だが、アムイの顔を見た彼はハッとし、思いとどまった。
(……わ、笑っている…?)
そう、アムイは微かだったが、目を少しだけ細め、口元に笑みを浮かべていたのだ。
(アムイ…)
キイはアムイが今までとは違う事を本能で感じ取った。
あの、全ての贖罪を背負ったような面持ちで生きてきたアムイが…。
カァラの言葉はキイだけでなく、立ち聞きしていたリンガ王女達にも波紋を起こした。
(アムイが聖職者の子供…?)
リンガは信じられない、というような顔で、アムイを凝視している。
その後ろで、モンゴネウラは眉をしかめた。
(なんと…。暁の出生には、こんな事実があったのか…。
しかもあの太陽の王子の国を負われた罪状が…巫女陵辱?何ていう事だ…!)
異教徒である南の国の者には、関係ないといえばそうなのであるが、大陸全体の事を考えると、どうしても大陸宗教の要であり、統括組織でもある、神国オーンの天空飛来大聖堂(てんくうひらいだせいどう)を無視する事なんてできない。しかもオーンの巫女、といったら、オーンだけでなく、全大陸にとっても、神の声を聞く唯一の存在として神聖であるのは常識でもある。
(…ということは、まさか…。
先ほど言っていた兄貴、とは…まさか【宵の流星】の事なのか?
これは凄い事を聞いてしまったかもしれん。
まさか神王の血筋者(ちすじもの)が巫女を陵辱して生ませた子だったとは…。
しかもその弟となるであろう暁は…多分他の聖職者が生んだ子か。
全く難儀な事だ。セド王家の生き残りは…二人とも諸刃の剣だな…)
そう、この事実が好(よ)きものとして受け入れられるか、それとも忌み嫌われるか、それはそのオーン次第という事だ。
普通に考えれば、それは背徳で物凄いスキャンダルな事なのだが、また別の角度から見れば、その大罪を犯したのが王太子までなっていた直系の王子、というのがミソだ。
元々オーンとセドナダ家は縁が深い。親戚も同然。
……創始の時代に別れていた神が、これによって原始に戻ったという見方をする者がいてもおかしくはない。
その二つの血を合わせ持つ、【宵の流星】。
もしかしたら彼の持つセドの秘宝とは、これに関するものなのではないか。
そうなればこれは怖ろしい。
“神”という名の元で…彼こそ大陸の頂点に立つに相応しくも、一番近い所にいる人物という事になる。
だからこそ、あのティアンが躍起になって手に入れたがるのだ。
モンゴネウラは冷や汗を掻きながら、ちらり、とリンガ王女の顔を見る。
彼女は口元をきっと結び、蒼白となって二人を睨んでいた。
王女とて馬鹿ではない。
この事実が彼女の恋の行方に、明暗を分けるであろう事をちゃんと把握しているようだ。
(しかも暁は聖職者が生んだ子…となれば、これはまた微妙だな)
異教とはいえ、オーンは別格。
その聖職者が神に背き禁忌を犯した末に生んだ子が罪の子であるという認識は、神国に近い所にある南の国でも浸透している。
オーンが許さず、聖職者から生まれた子を罪とするならば、いくら神王の血を引くとはいえ、一国の王家の娘と子を生(な)す事は周囲から忌み嫌われるだろう…。
モンゴネウラはリンガ王女を思って溜息をついた。
そういう意味から、結局はオーン次第という事なのである。
オーンが認めてこそ、罪も解け、反対にその血脈に価値が高まる。
だが同じ聖職者でも巫女となると、これまた話は違ってくる。
陵辱された証としたら、特にその子供は背徳の子として脅威になるだろう。
しかも創立されてからそのような大それた事態、前例のなかった事もあり、これこそオーンの判断がものを言う。
もちろん巫女を陵辱されたとなると、その怒りは計り知れないものがあるだろうが、神に一番近い巫女の生んだ子は、神の血を持つとも考えられる。しかも、その絶対神の妹女神の子孫である、神王の種である。
それでも陵辱の罪状は全て当の父親が負うだろうが、生まれた巫女の子は神の申し子、と考えるのが本来のオーン教の筈だ。
話は遡るが、当時、セドを攻め入り、姉である姫巫女の生んだキイを殺そうとしたオーンの現・最高天空代理司(さいこうてんくうだいりし)サーディオの考えは、そこにあった。
彼は天から、神の申し子を天の宝と共に、地上の人間が奪った、と考えた。
確かに姉への仕打ちに怒り狂っていただろうが、それと同時にキイの事は自分の甥である事実よりも、天の子であるという認識を優先したのだ。だからこそ、天に返すためにキイを殺そうと考えたわけである。
はっきり言うと、そこが巫女の子であるキイと、単に聖職者の子であるアムイとの違いである。
両方とも、結局はオーン教の“許し”や“認め”を必要とするが、格といえばキイの方が上である。
将来の神王となっても、キイの場合、誰も文句はないであろう。
(この事実が明るみになり、オーンがどのような判断を下すかが肝だな。
なにせセド王国は完全に滅んでいる。国民(くにたみ)だって少数が難民となって散り散りになってしまっている。
…再興再建すら難しいだろうが、オーンが認め、後ろ盾になれば…神王の位だけでも復活するかもしれん)
そうなれば南のリドン帝国も、弟である暁の存在価値を見出すかもしれない。
もちろん、それは宵が神王と立ち、暁を正統な弟であると宣言すれば、という事だ。
だが果たして、そのように上手くいくであろうか…。
またしても嫌な予感がモンゴネウラを支配する。
まだ単に暁が東の荒くれ者であった方が気が楽だった。…しかも…。
モンゴネウラにはもう一つ、【暁の明星】について、気にかかる事があった。
あの魔性と言われる姫胡蝶を、まるで赤子のように扱うとは。あの誘惑に動じないとは。
…この男、こんな肝の据わった男だったか?
「凄いな、お前の邪眼は。そこまでわかるのかい?」
アムイのやけに明るい声に、一斉に皆は彼に注目した。
あれだけ自分や親を貶めるような事を言われたのに、全く怒る様子でもなく、かえって面白がっているような態度。
「何だと?」
カァラはアムイをきっと睨んだ。
相手の反応に何でも突っかかるようでは、もうすでに勝敗が決まっているようなものである。
「……俺は支配するつもりなどないよ」
淡々とした言葉に、カァラはまたびくっと身を竦めた。
「何も怖がる必要ない」
カァァーッと再び勢いよく血が昇るのを感じたカァラは、もうこんな自分に我慢ができなかった。
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