暁の明星 宵の流星 #160 その②
…完全に…こいつのペースにはまってしまっている!
もうこれ以上、この男と対峙しているのは危険だ…!
カァラはやっとそう判断し、悔しいがここで撤退する事に決めた。
自分を─…今の自分の立場を守るために。
だからといって、このまま尻尾を巻いて逃げるのもプライドが許せない。
だが一方で、完全に負けを認め、彼に全てを委ねたがっている自分がいる事にも苛立ちを覚えていた。
カァラは怒ったようにアムイから離れ、立ち上がると見下ろしながらこう言った。
「……もういい。あんたは俺にわかったような口を利きながら、結局は光である宵のものなんだ。
こんなんで俺を従わせようなんて、…その手に乗るものか!」
そんなカァラに、アムイは心外だな、というような顔をした。
「俺は別にお前を従わせるつもりはないし、怒らせるつもりもなかった。
ただ、お前が望んで俺に向かってきたから、受けただけだ。
言っただろう?好きにすればいい、と。
逃げも拒絶もしない、お前の気の済むまで、黙って受けてやる、と」
カァラは羞恥でぶるぶると震えた。
「……畜生。俺の事、偉そうに語っておきながら、それを俺自身が望んだって?
無責任な事、言ってんじゃねぇよ!!」
マズイ、と思いながら、カァラは自分が泣きそうになるのを自覚し、懸命に堪えていた。
何で俺が泣かなくちゃならない。何で涙が出そうになるんだよ。
それは相手に自分を素性を暴かれ、指摘された悔しさ?
それとも自分の誘惑が通じず、あしらわれたという恥辱?
…それとも…。
本当の所、混乱した感情のはけ口を、カァラは持て余していた。
こんなに激しく、自分の感情に翻弄されるのは初めてだった。
何も感じない。何も信じない。自分だけの檻の中で守られている…自分。
それを壊されたくない気持ちと、光への解放の誘惑。
この二つの感情がせめぎ合い、カァラを感情的にさせていた。
やっと築き上げた己の世界を手放す事は、今の自分を否定し、壊してしまうと同じ。
簡単に手放せるほど自分は単純ではないし、むしろ闇の魅力を知ってしまっている今の自分ならば尚更だ。
しかし…。
この男が発するこの魅惑の世界に全てを委ね、闇から解放されてみたい、という思いがあるのも否定できない。
だからこそ、この男に惹かれる自分が恐ろしい。この男がくれる無償の愛の手にとことん溺れてしまいたいという自分の気持ちが許せない。
……これじゃあ親父と一緒じゃないか。
自分の父親ほど、闇に染まっている人間はいない。だからこそ悪しき魅力のある男でもあった。
まるで麻薬のように、堕落と破滅に向かうスリルある魔の媚薬みたいな男。
この男に、“改心“というものを望めない事は、息子である自分がよくわかっている。
父親に対して多少の侮蔑はあるが、この男の血を受け継いでいる事は紛れもない事実で、それを否定した事はない。
その父親を、あそこまで腑抜けにしてしまった。
【暁の明星】…この男の凄さは、悪である父親を改心させるを通り越して、まるで麻薬患者のように廃人とさせてしまった事なのだ。
それだけこの男の持つ力は絶大だという事。
単なる興味本位で近づくと、かえって痛い思いをする。
特に魔性や悪しきものを持つ人間が手を触れれば、引き返すことのできない所まで持っていかれてしまうだろう。
悪しき者にとって、そのような底知れない恐ろしさが暁にはあるのだ。
カァラの邪眼はそう告げていた。
今の自分のように、父はこの男の密腺…大地の愛に触れてしまった。
特に父親は、巨多なその甘美な力を極限に与えられ、己の本性を晒され戻された。
極悪を極限の愛によって中和す…。そのような現象が、信じられない事だが自分の父親に起こったのだ。
完全に悪だった父だからこそ、廃人とまでなるような有様となったのだ。
それと対する【宵の流星】が持つ“気”は、神気とされるだけあって、暁の持つ大地の“気”を、純度高く精製し、より精錬されたような印象を受けた。
いや、元がその力なのであろう。それが地に降り、地を創った後に留まり、まるで熟成させるがごとく地に篭った。
……そうなのか…!
元はきっと同じ力であったのだ。それが役割を与えられ、変化していった。
元は宇宙の大愛の力。……有無を言わさぬ浄化と創造の“光輪“。
熟成煉られ安定と創生の“金環”。……似ていて非なるこの“気”が合わされば……。
今は違う役割となっている二つを再び合わせる事で、新たな磁場を生み出そうとしているのでは…。
そう考えると、益々カァラは苛立った。
……暁を支配するなど、そして宵を支配するなど、到底無理ではないか。
二人の間に入り込む事など、できやしないのではないか。
何故なら二人でひとつ、だから。
天地合わさり、世界は一つなのだから。
カァラの胸に、羨望を伴う激しい痛みが突き刺さった。
だが、あえてそれを無視する。
他の者が脅かす事などできないくらいの…二人の宿命の絆。
それは彼らの奥底にある歴然とした事実ではある。
そうではあるのだが…。
「……はは…!ははは、おかしい!あはははっ!」
急にカァラは笑い出した。
皆はとうとう彼が壊れてしまったのかと疑った。
ただでここを去るわけにはいかない。逃げるんじゃないという名目のために、この男に一矢報いたい。
追い詰められた思いで、感情に翻弄されながらも、カァラは必死になってアムイを邪眼で覗いていたのだ。
その結果、最後の最後で自分が気づいた事…。
「だからあんたは男なんだ」
その言葉に、アムイではなくキイが青ざめた。
他の皆はカァラの言葉の意味がわからず、ただ目を丸くするばかりだ。
「せっかく今生で魂の片割れに出会えたというのに、残念だね。
こうまでしなきゃ、この力を使うのは難しい、というわけか。
互いに一つに戻ろうとする、その飽くなき激情の流れ。それを引き止めようとする肉体の枷。
それこそ二人に課せられた激流の堰(せき)。
まるで一箇所だけ、激流をわざと塞き止め、それを他の流れへと導き入れるように。
ま、あんたは今まで女の生で苦労してきたんだ。
今生はせいぜい男としての生を全うするんだね!」
カァラは思わせぶりにそう言い捨てると、その場を去ろうと踵を返した。
「カァラ」
「何?」
アムイが呼び止めたが、カァラは振り向く事ができなかった。
やっと取り戻したプライドを、ここで崩すわけにはいかない。
「お前の邪眼が何を見たのか知らないが、確かに俺とキイの間には堰があるかもな。
……でも、愛の形というのは一つじゃないだろう?
それだけじゃない、時間と共に愛の形も中身も変化していくものだ。
この想いが苦しくとも、俺は今生、あいつと同じ世界で生きる事を許されただけで幸せだ。
……いつか、この苦しみは必ず昇華される。
俺はそう信じているんだ。……この世にあいつがいる限り」
アムイの真摯な告白に、キイは胸を詰まらせた。
まずい。俺、泣きそうだ…。
キイが目を潤ませているのを見たイェンランも、また彼とは違った別の思いで胸が詰まっていた。
それは嫉妬…?というには単純すぎる。憧憬ともいうべき二人の絆。
……こんなの見てしまったら、自分が立ち入る隙がないのを痛感してしまうではないか…。
奇遇にもイェンランと同じ思いを、言葉を聞いていたカァラも、リンガ王女も感じていた。
……この世に己の魂の半身がいるかどうかはわからない。
でも、互いの不足を補うようにして、求めて止まないもう一人の自分を、人は無意識のうちに捜しているのかもしれない。
「だからキイはすでに俺の一部でもあって、選ぶとか、そういう次元の存在ではないんだよ。
それはきっとあいつもそうだ。
今生では肉によって結ばれなくとも、俺にとって唯一無二の存在だ」
その言葉が再びカァラを刺激した。
彼の顔を見ないようにと努めていた気持ちが決壊し、思わずアムイを振り返る。
まるで心奪われた相手に決まった相手がいて、速攻に振られたような、嫌な感情がカァラを支配し、その目には憤りが浮かんでいる。
「だったらそいつ以外の人間に、そんな甘い蜜をちらつかせるんじゃねぇよ!!
簡単に受け入れて、人の心を丸裸にして、全てを委ねさせるようになんてするなよ!
そこまでしておきながら、結局肝心なあんた自身はくれないんだろう?
あんたの心に依然とその人間がいる限り、どんなに焦がれても、独り占めしたくても、…あんたは俺のものには完全にはならない」
そこまで言って、カァラははっとして、頬を真っ赤に染めた。
“誰のものに”が"俺のものに”と、つい無意識で言ってしまった事に。
それに自分でもわかっていた。これは八つ当たりだ。
最初に近づいたのは自分だ。そしてこの男は拒否しなかっただけだ。
それが思いの外に危険な魅力があって、心を奪われそうになったからといって、逆切れするのも恥ずかしい。
そんな事ぐらい、カァラだって充分わかっている。
だが、このように懐の大きい甘い優しさは、ともすれば相手を不幸にする事もあるのだ。
それだけ人間というものは欲深いもので、全てを独占し手に入れられないのであれば、初めから優しくするな、とカァラは思う。いや、誰だって思うだろう。
まぁ、それはカァラの個人的な感情の結果であって、触れたこの男の真の優しさはもっと大きい所にあるようだ。
この男が真に持つもの。それはきっと深くてもっと奥行きの広い、常人では計り知れない大地の愛の領域。
ただ、人間は浅はかで愚かだから、それを個人の愛情と勘違いしてしまうのだ。
「どうか闇を恐れるなかれ」
赤くなっているカァラを憂いた表情で見つめ、まるで詩を朗読するようにいきなりアムイは呟いた。
意表を突かれたカァラは、眉根を寄せて怪訝そうにアムイの顔を見る。
そんなカァラに臆する事もなく、アムイは言葉を続けた。
「光が生まれたと同時に闇も生まれた。
光あればそれが影を作り闇となり、そして闇の中にこそ光が存在する。
光が強いほど闇は濃くなり、その闇を通して光を見出すのが宇宙の学び。
…魂の進化にとっては、それは必要な事…。
だから本来闇とは、それ自体何も恐れる事はない。
闇は光と同じように、ただ、そこにあるだけ」
それは自分が獄界で出会った天神の語った話であった。
この世界に戻ってから、獄界で起こった事が時間と共に記憶が薄れつつあって、この事を教示してくれた天神の御名も、実は思い出せないでいた。だが、このように教えてくれた、という事実は覚えていて、それがまるで天上の詩のように、すらすらとアムイの口から飛び出てきたのだ。
「そう、だから」
アムイはそこで、瞳を伏せた。
まるで再度、己に言い聞かせるように、ゆっくりと吟味するように言葉を紡ぐ。
「闇も光も表裏一体で、誰の中にも存在する。
それは俺にも、そしてお前にもだ。
お前の言う闇も、俺が持つとする光も、互いに存在しているものだ。
……だから、俺はお前が尋ねたように、どちらかを選ぶ事はしない。
闇でもなく、光でもなく。上でもなく下でもなく、右でもなく左でもない。
……俺は己の中央を往く。自分の魂(たま)の中心に向かう。
それと同時に、闇であり、光である。上下であって、左右であるごとく、中心より広がっていく。
そして中庸を貫き相剋排他よりも相生和合を目指す。
……恐れるな。
恐れを乗り越え、受け止め離せ」
アムイの言葉は空気を振動し、カァラだけでなく、聞こえている他の者達の心にもストンと落ちていく。
特にキイは、歓喜の表情を隠せない。
(よくぞ、よくぞここまで…!アムイ、俺は凄く嬉しいよ)
アムイにとって、獄界はどんな所だったのかは計り知れないが、本人を見る限り、いい影響をもたらしてくれたのは、一目瞭然だ。
まだ完全ではないが、本来のアムイの素が見え隠れしている。
キイにはそれがはっきりと感じられ、心の中で安堵の溜息を漏らした。
よかった。歯を食いしばって耐えてきた甲斐があった。
アムイを信じきって、見守っていてよかった。
嬉しくて、叫び出しそうなくらいだ。
ここでキイは不思議な感覚…いや、忘れていた記憶の一部が再現された。
それは遙か遠く、人間である前の記憶かもしれない。
ずっとずっと待ち続けた時間。
戻って来るのをただひたすら待ち続けていた気持ち。
短くも、再び共に一つに溶け合うその歓喜を。
別れ、戻り、そして再びまた別れ。
幾度となく続けてきた天の計画。
その度に自分はもっと強くなろうと決意するのだ。
その想いがあるからこそ、自分は誰よりも強くあろうと思うのだ。
あの一体感を、あの恍惚とした共有を、もう一度味わいたいがために。
アムイはゆっくりと立ち上がると、おもむろに右手をカァラに差し出し、彼の手を取った。
思わずびくっとカァラは身を竦ませる。まるで怯えた子ウサギのようだ。
「……お前がどういう風に俺を見たのかわからないが、これが俺だ、カァラ。
変わっていくのは世の常で、変化していくからこそ魂は先を行く。
その中にあって、俺は在るがままに、こうして在るだけだ。
様々な姿を変えても、核は変わらずそこに在る、大地のように。
……だから、恐れ、焦燥に駆られなくても、何も案ずる事はない。
恥じ入る事などあるものか。
お前が必要ならば、いつだって俺はこの扉を開ける。
それを自分に活かすかは、お前次第だ」
その言葉に、カァラは口元を震わせ、アムイの手を振り払った。
「もう、いい」
きゅっと唇を噛み締め、触れた手をもう一つの手で庇うように胸に寄せると、カァラは急いでこの場を駆け去った。
結局、逃げ出すように退散してしまった。羞恥で顔が赤く染まり、悔しくて顔が上げられない。
カァラはそのまま、リンガ達のいる森の方向へと走った。
もちろん邪眼を発動させていた時、周りで複数の見物人がいるなんて事、すでにカァラにはお見通しだった。
きっと…自分の邪眼とは違う、正の心眼を持つあの男も、多分気づいていたに違いない。
だから互いに向きあってながら、それと並行して他方にも意識が向かっていたのである。
カァラ自身は、誰かに対するあてつけのために。
そしてアムイは、カァラに語っていながらも、全体に向けて言葉を意識して発していた、というように。
呆然としているリンガ王女達の姿が見え始めると、カァラは走ることを止め、大股でずんずんと彼らの傍に近づいた。
いきなりこちらに向かって来たカァラに驚くリンガ達は、声もなくその場で立ち竦んでいる。
カァラはリンガの横をわざと通り過ぎると、ピタッと歩を止め、思わせぶりにこう言った。
「……王女、貴女は大変な男を愛してしまったようだ」
リンガは息を潜めて、カァラを凝視している。
その彼女の様子をちらりとカァラは見やると、皮肉な笑みを浮かべた。
「悪い事は言わないよ、あの男はやめた方がいい。
扱い間違うと、身を滅ぼすよ?……並の人間じゃ、あの男は手に入れられない」
リンガはかぁっと頭に血が昇るのを感じ、全身に震えが沸き起こるのを止められないのに愕然とした。
「勝手な事、言わないで!」
噛み締めた歯の隙間から、自分のものではないような声が出た。
「貴女だって、見てたでしょ?
……あの男は諸刃の剣だ。よほどの覚悟がない限り、自滅するよ」
ニヤニヤと当て付ける様にそう言い捨てると、カァラはそのまま悠然とリンガの前を去って行った。
「………」
悔しい。何も言い返せなかった…。
リンガは蒼白となって、ただ、去っていくカァラの背を睨みつけていた。
だとしても。
また別のアムイの顔を見たとしても。
いや、かえってまずい事になった、とリンガは思った。
先ほどのカァラとアムイの絡み。
確かにカァラの言う様に、彼はある意味危険かもしれないのは、傍から見てもよくわかった。
だが、それで気が引けるわけでなく、反対に強烈に惹かれている自分に戸惑いを感じていた。
(ああ、でも、どうしよう…)
リンガは不安と焦燥。国に対する責任や、彼を欲しくて仕方がない自分の気持ちを持て余していた。
彼女の葛藤を、幼い頃から見守ってきたモンゴネウラには、手に取るようにわかっていた。
隣にいるドワーニも、眉間にしわを寄せて何かを考え込んでいる。
「…王女、どうします?このまま暁の元に行きますか?」
突然モンゴネウラはそう言って、無言のまま突っ立っているリンガに優しく声をかけた。
「……お前、止めないの?」
ポツリと彼女はそう呟いた。
モンゴネウラは、彼女の声が震えていた事に、相当のショックを受けているのだと理解した。
「ええ。本音を言えば、このまま手を引いていただきたい。
私は貴女の幸せも、国の安泰も守る役目がありますからな。
……あの男は諸刃の剣…確かに」
モンゴネウラはそう言ってリンガの傍に寄った。
「ただ、まだ余りにも情報が少ないと私は思いますのでね。
暁自身の件が、宵を手にしようとする我が国にとって、どういう存在となるのか。
脅威となるか、強力な助力となるか。
それはまだ五分五分と言っていいでしょうな…」
モンゴネウラの言葉に、今まで沈黙していたドワーニが口を開いた。
「暁のいる所、宵は必ず現れる…。またその逆も然り。
そう誰かが言っていましたな…。
ならばある意味これは好機かもしれませんぞ。
……こうして暁の姿が現れた、という事は、近くに必ず宵の姿もある、という事で…」
と、言っている最中に、何者かが暁の前に姿を現したのに気が付いて、ドワーニは慌てて口を閉じた。
煌々とした月を背景に、優雅な足取りでアムイの前に進むその姿。
この世のものとも思えない、溜息が出るほど優美で魅惑的なその御姿。
モンゴネウラとドワーニはその圧倒するような輝く姿に息を呑み、反対にリンガは眉を顰(ひそ)めた。
これは間違う筈もない。
これが全大陸がこぞって手に入れたがっているという…セドの王子…。
【宵の流星】キイ・ルセイ=セドナダなのか。
南の二人の屈強な武将は、ただただその迫力に鳥肌を立たせ、食い入るように見入っている。
男であって、美しい姿を誇る姫胡蝶とは、全く違った質の美しさだった。
力強さ…。目を引くほどのカリスマ性。そこに立っているだけで、王としての貫禄は充分であった。
あの豪胆で有名なゼムカ族のザイゼムや、闇の気術士であるティアンが躍起になって執心するのも無理はない。
この男が…宵なのか。
うっとりと目を奪われている従者二人に、リンガは面白くなさそうに口を尖らせると、近づくアムイとキイに嫉妬の眼差しを向けた。
どうも、彼女はキイが気に食わないようだ。
それもそうだろう。
あの魔性のカァラにして、宵と暁の関係をほのめかすように吐露され、相手への想いを本人の口からも聞いてしまっては、過去すでに二人の仲の良さを目の当たりにしていた彼女にとって、不快この上もない事である。
「アムイ」
月夜に響く声も、宵を彩るような忘れられない心地よさを感じさせる低音だ。
まるで夢を見ているような、そんな二人の逢瀬に妙な緊張感が漂う。
まあ、これは見ている側だけの事であって、当の本人達は嬉しさと、安らぎの中にいたのだが。
やっと、こうして目を合わせ、言葉を交わせる事ができる…。
目を潤ませて、極上の笑みを浮かべ、キイは優しい声で囁いた。
「お帰り」
その言葉に、アムイも微笑んだ。
遠くで二人を見守るイェンランにも、彼を追い求めるリンガにも、今まで見せた事もない極上の笑みで。
「ただいま」
そう言うアムイの目にも、涙が浮かんでいた。
二人はそう言い合うと、まるで磁石が引きあう様に近づき、向き合って互いの手を取り見つめ合った。
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