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2011年10月 2日 (日)

暁の明星 宵の流星 #161 その②

夜通し山をあちこちとさすらい、夜も空けて鳥が鳴き始める頃、やっと四人は下山し、麓に着いた。
そこで半日歩いた宿場町で、昂老人とリシュオン達と合流し、今、やっと小さな宿に身を潜められたのだ。
だが次の潜伏先を準備しに、リシュオンと彼の兵士達はここには泊まらず、一足先に宿を出て行く事になった。
「大丈夫か?こんな強行軍で」
心配したアムイが、馬に乗ろうとするリシュオンにこう言った。
「大丈夫。気にしないで、今晩はゆっくり寝台で休んでください。
アムイは少しでも養生した方がいい」
全く疲れを感じさせない爽やかな笑みを向けて、彼はそのまま兵を引き連れて去って行った。
心苦しさをキイとアムイは彼に向けてはいたけれど、当のリシュオンは将来この大陸を背負う事になるかもしれない重要人物の力になれる事に、心が躍っていた。
自分のできることなら何でもしよう…。
リシュオンは久々に、自分が燃えているのを実感していた。
見かけによらず、彼は根っからの開拓精神の塊だったようである。
 

疲れた身体を休めるために、それぞれ部屋に入って夜半。
キイとアムイは同室で、久々の寝台には目もくれず、ずっと床に腰を下ろし、それぞれの話に夢中になっていた。
互いに離れていた頃の、互いの話。
尽きる事のない、二人の空白を埋めるがごとくの時間。
アムイが獄界での、うっすらとした記憶の糸を手繰り、父アマトの霊との交流をキイに話し始めた時だった。

「本当、化け物の弟はやっぱり化け物だったわ」
半ば感心しながら、突然シータはアムイとキイのいる部屋にやってきた。
「何だ、その化け物ってーのは」
アムイがぶすっとして、入ってくるシータに口を尖らせた。
どうやらアムイも少し調子が戻ってきたらしい。文句を言うアムイに、シータはそっと笑みを漏らした。
それでもたまに心あらず、というように、ぼうっとする事も度々あり、そういう時はまだ向こうの世界に心が行ってしまっている様で、周囲を不安にさせてはいたが、体力的には問題ない感じだ。
「だってねぇ。キイもそうだったけど、アンタなんかひと月近くも臥せっていて、しかも昨日まで仮死状態だったのよ?一度死んだも同然じゃん。なのに、どうしてそう簡単に立って歩いちゃうわけよ?しかも山を早足で下りるなんて芸当、よくできるわねぇ。
……やっぱ、化け物の弟は化け物だ、としか言いようないじゃないの」
シータは腰に手をやって、わざとツン、と顎を突き出して言った。
「化け物って…。そりゃ俺のことかよ、おっかさん」
こめかみをピクピクさせて、キイは睨み上げるようにしてシータに振り向いた。
「誰がおっかさん…」
対するシータも頬をひくつかせながら、床に胡坐をかいて頭から湯気を出している男を見下ろした。
「まぁまぁ、んな小さな事で争わない、争わない。
そっ、それよりもシータは何か用があって来たんだろ?」
昔からこうやって、些細な事でよくキイとシータのいがみ合いを見てきたアムイにとっては、つい、条件反射に流れを変えようとする癖が出てしまう。ついさっきまで自分もシータに文句を言っていたとしてもだ。長年培われた習性はなかなか抜けきれない。
案外もっと食い下がるかと思ったが、意外とシータはコロッと態度を変えた。
「うん、アムイ、実はアンタに…」
突如、神妙な面持ちになったシータに、アムイは首をかしげるように彼を見上げた。
シータはするっとアムイとキイが座っている床に同じように両膝を付くと、懐から白い布にくるまれた小さな包みを取り出した。
「それは…?」
アムイが不思議そうにシータを見る。
その包みを見て、キイが息を詰めた。
シータは大事そうにその包みをアムイに差し出す。
アムイは思わずその包みを手に取った。
「…これ、アンタが復活したら、渡そうと思っていたの」
シータはそう言って目を伏せた。思わずちらりとキイのほうを見ると、やはりキイも同じような表情で俯いていた。
何かがアムイの胸をざわめかせた。
「…サクちゃんの遺品よ…」
多分そうであろう、と推察したとおりの言葉がシータから発せられて、アムイは息を吸い込んだ。
掌に乗るくらいの、小さな包み。
アムイは震える手で、その白い布を開いていく。

……布の上には、小さな白い小瓶と、片方だけの耳飾りが乗っていた。
「サクヤ…」
思わずその名を声に出す。辛くても、彼の最期の場面が甦る。
切ない思いが交差する。
やはり生きて傍にいて欲しかった。
血肉の通う存在として、共に生きる事ができたなら。
そうしたらあいつと、色んな場所に行って、様々な物を一緒に見よう。
約束した雪。
もう一度桜花に行って見事な桜を堪能してもいい。
生きていたら自分が身に付けた全ての技を伝授して…。
だがもう、それは叶う事のない夢である。
「…キイから聞いていると思うけど、毒素が酷くて、骨も残せなかったの…。
だからせめて、灰だけでもと思って」
アムイは小さな白い瓶を手でそっと触れた。
「その灰は俺が浄化した。…そうしないと、基本穢れ人の遺品を人の手には渡せないからな…。
ほら、その片方の…」
キイがそう言い終わらぬうちに、アムイは耳飾りを手にした。
「これもキイが浄化してくれたのか?」
「ああ」
そっと震える指で、その小さい耳飾りをつまんでじっと見詰める。
銀の土台に珍しい輝石…。セドの守護石“女神の涙”が指の間で小さく煌いた。
「ありがとう」
アムイはそう言うのが精一杯だった。
彼はおもむろに白い包みを床に置くと、空いた手で左耳から自分の耳飾りをはずし、代わりにサクヤの形見をその耳に取り付けた。
その滑らかな一連の動作を、キイとシータは黙って見守っていた。
二人の沈痛な面持ちに気が付いて、アムイはふっと笑った。
「…これを残してくれて本当にありがとう…。これでいつでもあいつと話せる。
…おい、二人とも、そんな顔するなよ。俺は大丈夫だから」
「アムイ…」
シータは何か言いかけて止めた。思いのほかアムイの顔が晴々していたからだ。
「そう…。お前達には話しておこうと思ったんだけど」
アムイは二人に獄界でサクヤに助けてもらった事を語り出した。
そして、彼が自分のために今も世界の結び目で、見張り役を買って出てくれている事も説明した。
「そうか…!サクヤが境目の門番となってくれているのか!」
キイは驚きを隠せないでそう言った。
「そうなの!…よかったね。そう、サクちゃんが死後アンタの守護にまわってくれたんだ…。
アタシも薄々感じていたけど、アンタあっちの世界から戻ってから、かなりそういうのと繋がりやすくなっていない?
気を抜くと悪しきものにやられやしないか、実の所、心配していたのよ」
「うん、感じやすいのはいいが、あまりあちらと通じやすくなるのも良し悪しだからな。
特に今生、やらねばならない事が多いのに、それに邪魔されちゃかなわない。
サクヤが境目でその見張りをしてくれているのなら、安心だ」
安堵で微笑む二人の顔を見て、アムイもほっとして頷いた。
確かに向こうの世界から戻ってきて、アムイはそういう目に見えない世界と通じやすくなって、その存在を感じやすくなっていた。だからたまにあちらの世界と繋がってしまい、ぼうっとしてしまうのは、まだ抜けきっていないからだと思っていた。
だが、時間が経ってその感覚が少なくなるにつれ、代わりに別の感覚がはっきりとしてきた。
自分は守られている、という感覚。
その中にサクヤの気配がある事を、アムイは気が付いていた。
生前サクヤが思い入れていた品を身に着けている事で、彼の存在を確かなものにできる。
「……そうか、彼はいつもお前と共にいるんだな…。多分、お前がこの世を去るまで」
「………」
しんみりとした沈黙が三人を包んだ。
そうしてしばらくの間彼らは、一人別世界に旅立った仲間を想って目を閉じた。


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「爺さん、本当に感謝する。…サクヤの荼毘(だび)といい、俺の身体の管理といい、色々と世話になっちまって」
次の目的地である港町に向かう道すがら、アムイは昂老人と肩を並べながら彼に感謝の意を述べた。
ほぼ時間を押しての強行軍な為に、まだゆっくり昂老人と話をする機会に恵まれていなかったのだ。
「いやいや、礼には及ばんよ。
それよりも、わしの作った滋養の薬はなかなか効いた様じゃな」
「ああ。お陰様でこうして動いても力が落ちない。
仮死状態だった俺がこうして普通にできるのも、全て爺さんの処置のお陰さ」
実はアムイが仮死状態に陥った時、万が一、何か起こってもすぐに動けるようにと、目が覚めても筋力が普通の状態でいられるよう、昂老人が配合した秘薬を身体に施しておいてくれていたのだ。
シータは大げさにアムイを化け物とか言っていたが、何のことはない、こういう年長の知恵と技術に助けられて、アムイの回復が早まっただけである。本当にこのご老人が傍にいてくれて良かった。
言葉では言い尽くせないほどの恩義を感じてやまないくらいだ。
アムイは幼い頃、この老人と会った事があるらしいが、不思議と忘れていた。
ただ、最近、昂老人の傍にいると、育ての親であった竜虎様と一緒にいるような懐かしさを感じて、胸が切なくなる時がある。昂老人と竜虎様は、無二の親友だったと聞く。
キイと二人、どれだけ彼らの世話になってきたか、アムイはしみじみそう思いめぐらした。

一行は地味なマントに身を包み、乗っている馬を西に向かって走らせていた。
リシュオンの停船している港は、少し進行方向逆に戻った所にあった。
港町に着いても、船に乗るまでは慎重に行動しなければならない。
すでに強い海軍を持つ、東の荒波州提督の愛妾であるカァラに、アムイの存在を確認されてしまっている。
彼らは注意深く、目的地に進まざるを得なかった。
とにかく船の準備が整うまで、数日は港町で足止めされるのを覚悟しなければならない。
その最初の停泊場所として、今、リシュオンは港町に入る手前で潜伏できるような宿を用意しに行ったのだった。
これから細かく移動しながら、準備整い次第に船に乗り込み、一気に北を脱出する計画だった。

船に無事、乗り込めれば…。

誰もがそう考えていた。

だが、アムイ達はまだ知らない。
あのティアンがもの凄い執念でもって、彼らを追い込もうとしているなどと。

実はリシュオンの船がある港から、東寄りにあるかなり大きな港には、無国籍風の大型船が着港しようとしていた。
見るからに最新型の船。一見、豪華な王侯貴族仕様の船であるが、実はそれは表の姿であった。
実際は最新型の戦闘装備がされている軍艦だ。
だが、それはどの国のものとは明確にされていない、完全な私設軍隊の戦艦だった。
これなら何処の領域でも、いざとなったら無敵であろう。
その船がティアンの持ち物であるとは、誰もが想像していない事であった。
「ティアン様」
今その船が入港しようとするのを、波止場で見守るティアンに声をかける者がいた。
「ご苦労だったな、ロディ。やっと長年の計画を実行できる」
ロディと呼ばれた男は、紺色の長いマントに身を包み、年齢は見るからに若そうだった。
風になびく肩までの黒い髪が、その若い男の整った能面のような顔を引き立てていた。切れ長の双眸は無表情で、本当に血の通った人間なのかと疑いそうだ。
「ロディ、ゴルバ、本当によくやった。
あの南軍からよくぞ私を救い出してくれたもんだ」
満足そうにティアンは笑うと、後方に控える二人に振り向いた。
ロディ、という若い男と、ゴルバと呼ばれた老齢の大男だ。
老齢といっても、彼の姿には見るからに百戦錬磨のつわものという証が顔だけでなく、体中に刻まれている。
「我々はこの時をずっと待ち望んでおりました。やっと動けて嬉しい限りです」
ゴルバがそう言うと、淡々とした口調でロディが言った。
「南の大帝軍というから、覚悟していましたけどね、我が私設軍の敵ではありませんでした」
隣のゴルバが彼の言葉に不敵な笑を浮かべると、船を見上げて話を変えた。
「では、この船に宵の君をご招待すればよろしいわけですね。
…難色を示されたとしても、力づくでもお迎えせねばなりますまい」
ゴルバの有無を言わさぬ声色に、ロディは口の端だけを上げた。どうやら笑っているらしい。
「楽しみです、ティアン様。やっと神の力を目の当たりにできるチャンスがやってきたのですね」
ロディの言葉に、ティアンも口元を緩ませる。
「そう、だ。この美麗な船にはあの美しい宵がよく似合う。その様に設計した。
この船こそ、これから私の組織の真の拠点となろう。
…その為に、長年研究し、人と金を集め、長い間準備してきたのだ。
この私と、美しい宵。神の力を制し、大陸を凌駕する為に」
うっとりと船を見上げるティアンの隣で、側近のチモンの興奮したような声が響く。
「ああ…、何て待ち遠しい事でしょうか!
ようやく神の力をこの手にする事ができる。
ティアン様がその力を充分に発揮される所を、早く見たいものでございます。
ねぇ、ロディ様!やっと我々の念願が叶う時がきたのでございますねぇ」
ティアンに向けていた、恍惚とした眼差しをそのまま後ろのロディに向ける。
「まだ油断は禁物だ、チモン。最後まで気を抜いてはいけない」
ロディの硬い声に、チモンは赤くなって俯いた。
「確かにそうだ、チモン。ロディの言うとおり、まだ気を緩めてはならぬ。
キイをこの手にしてこそ、だ」
と、ティアンは目を細め、ニヤリとしながらロディの顔を見詰めた。
「ロディよ、さすが我が甥だ。お前には幼い頃から私の気術の全てを叩き込んでおる。
お前の働き、楽しみにしておるぞ」
「ええ。お任せ下さい」
ロディは再び、端正な顔を能面のようにして、深々とティアンに頭を下げた。

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