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2011年11月 5日 (土)

暁の明星 宵の流星 #164 その①

「おい、ハウル。お前知っていた?今年入寮する新入生の中に、ヒヨコちゃんがいるんだって」
「ヒヨコちゃん?」
「あれ、覚えてない?ほら、何年か前に、親の都合で他の学校に転校したちっちゃい子、いたじゃん。
あの有名なジン家の三男坊だよ。リッサ家のお前の方が、よく知っているんじゃないの?」
ジン家、と聞いて、ハウルはやっと思い出した。
「……ああ、そういえば、いた。
テリー先輩の弟だよな?確か一つ下の…。あの黄色い頭の子か」

確かに三大豪族は、親戚付き合い並に親しい間柄で、幼少の頃、たまに親達が集まった時には、よく子供達だけで遊んだ。だが、本当の事を言うと、そんなにべったりと親しいわけでもない。ジン家を内心よく思っていない母親に、たまに遊ぶならいいが、あまり彼らと深く親しくしないよう、言われていたからだ。
その当時はどうしてだろう、と思っていたが、どうやらハウルの母は、特にジン家の奥方…つまりアベルの母親…と、どうも反(そり)が合わないらしいのだ。

アベルの母であるミンティア=ジンは、荒波社交界の中でも異端な存在で、見るからに浮いていた。
いつも奇抜な格好で己を飾り立て、派手で奔放な姿は、決して社交場に来る様な上品な奥方風情ではない。それだけでも、ハウルの母は眉を顰(ひそ)める所なのに、その上、言いたい事ははっきり言うし、やりたい事はどんどんやるし、元々踊り子だっただけあって、色っぽい振る舞いが見るからに蓮っ葉なイメージを彷彿させている事も、益々彼女の気分を害するに充分であった。
それでもまだ本家でなく分家の奥方、という事で、周囲の奥方連中からは、あからさまな中傷は受けずに済み、かえって気さくで邪気の無い性格が幸いし、上流階級では意外と彼女のファンがいて、それが取り巻きのようになっていた。
もちろんそれすらも、ハウルの母としては面白くない事実であろう。
だがハウル自身は、そのアベルの母筆頭に、ジン家の人間は嫌いじゃなかった。
自分の母が眉根を寄せる存在だとしても、自由で陽気な、常識に囚われない明るいジン家の人々といると、子供心に楽しかったし、自分の家では余り感じない、開放感を味わえた。
長子であった自分は、どうしても早熟でませていて、上に兄弟がいない事もあり、当時は年上の少年といる方が楽しかった。だから年下や弟達よりも、もうすでに成人に近かったゴツラ家兄弟達や、すぐ上のアベルの兄達の輪の中ばかりにいて、ほとんど下と遊んだ事がない。それでも親に命令されて、小さい子達の面倒をみた事があるが、確かにその中に、小さくて可愛い黄色い髪の子がいたな、と思い出した。
その子は東では珍しい金髪と、青い目をした人目を引く子で、一人その浮いた容姿から、多少引っ込み思案で内気な所があった。背丈も自分の2番目の弟と同じくらい小さくて幼かったので、ずっと弟と同じ歳かと思っていたくらいだ。それが初等部になって、その子が自分とたった一つしか違わない事にハウルはとても驚いた記憶がある。

「へー。あの子、ヒヨコちゃんって呼ばれてたのか…」
「そうそう、上級生の間で、まっ黄色の癖っ毛をふわふわさせて、ちょこちょこと歩く姿がヒヨコみたいで可愛いってさ、ちょっとしたアイドルだったんだぜ」
「なるほど」
「だけど、入学してすぐに両親の都合で転校しちゃったろ?
その時の上級生達の落胆ぶりったらさぁ。俺、兄貴が高等部にいるからよく知ってんだ」
同級生でルームメイトの少年は、鼻の上に散らばるそばかすを擦りながら、ハウルに説明した。
「だから高等部の先輩方が、最近騒がしかったのは、そのせいだったのか…」
ハウルは納得した。毎年、新入生が入塾する頃になると、アイドルを求めて上級生が色めき立つのは良くある事だ。だが、やけに昨年以上に盛り上がっているなぁと、最近ハウルは不思議に思っていたのだ。
「じゃ、その子は中等部からこの学園に戻ってくるのか」
「そういう事情、お前の方が詳しいと思ったけどな」
ハウルは肩を竦めた。
「この所、勉強に専念したいからって、家に帰っていないからね」
というよりも、家に帰っても母がジン家の話をしたがらないのだから、耳に入りようがない。


貿易商を営んでいる分家のアベルの父は、やり手の経営者としても有名な人物だった。
人に任せるよりも、持って生まれた好奇心のせいか、自分の目と耳で確かめなくてはいられない性格のようで、自社専用の貿易船で自ら買い付けに行ったり、他国と交渉したりしていた。だからよく、交渉する相手が変わるたびに港も変えるので、ぐるぐると拠点を移動しては、まだ年端のいかない子供だけが、それにつき合わされていた。
後からアベルから話を聞いた所によると、当時は親の都合で振り回された生活が、5年以上も続いた様で、その半数が船の上で生活していたらしい。だから本当は陸よりも、海の上の方が落ち着くんだと、アベルはよく零していた。
その時、すでに初等部中学年と中等部にいたアベルの兄二人だけは、すでに入寮していた事や、ジン一族本家の意向もあって、この学園に留まっていた。だからハウルとしては、その一つ下のヒヨコちゃんよりも、2学年上のアベルの兄、テリー=ジンの方が馴染み深かった。それでも同じ寮にいても、高等部と中等部は階が別れているので、彼が高等部に上がってしまったからは、ほとんど接触がなくなっていた。
だから、彼の弟達がこの学園に戻ってくるという話も聞いていない。
「どんな感じになってると思う?当時のまま、ヒヨコちゃんって感じかな。
あれだけ珍しい髪と目の色をして、目立つくらい可愛かったんだ。
あのまんま成長したら、完全に上級生に狙われるだろうね。
そしたらこの寮もアイドル争奪戦で煩くなるんだろうなぁ…」
級友はやれやれという風に、頬杖を付いて溜息を漏らした。
男ばかりの寮生活に、刺激を求めるのは仕方ないと思うが、いささか常識を逸脱するような振る舞いは、ハウルも賛成しかねない。できれば心穏やかに、寮生活を送りたいもので…。
そう思うのも、やはり自分も入寮した頃は(初等部だったが)、そういう上級生のターゲットにされて嫌な思いを散々したからだ。
今では寮生活が他の学生よりも長く、古株のような存在になっているハウルである。
もちろん、持ち前の頭と要領の良さで、最高権力者である寮長や生徒会を味方に付けた事によって、自分に不埒な思いで近づく輩がぱったりといなくなった。お陰で平和な学園生活を送れているのはありがたい。
だからこれから入寮してくる、(少し)幼馴染でもあるそのヒヨコちゃんが、どんな目にあうかと思うと、ちょっと可哀そうな気がした。

だが、それは自分の単なる杞憂であった事に、その後ハウルは思い知らされる。


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「喧嘩だ、喧嘩だ!」
生徒達の叫ぶ声が、穏やかだった晴天の広場に反響する。

それは入学式も終わって、新入生歓迎会が始まろうとする直前に起きた。
一学年上のハウル達が恒例の幹事となって、中等部に進学する、しかもこれから共に寮生活を送ろうとする新入りの歓迎会を、学園の園庭で催す事になっていた。その準備で右往左往していたハウルは、突然の喧騒に驚いてその場に駆けつけた。
「一体、何事だ」
騒ぎを収めようと、もうすでに野次馬で人だかりになっている場所を掻き分け、突き進んだ彼の目に、見るも鮮やかな黄金の色が飛び込んできた。

「二度とお袋の悪口を言うな!
言ったら今度はそれだけじゃ済まないからな!!」
それは今激昂している少年の、日の光を受けてきらきらと輝くばかりの髪の色だった。
「だって、本当の事じゃないか!お前の母親、ごてごて着飾って変な格好してさ!さすがふしだらな踊り子だっただけあるって、僕の両親が言ってたぞ」
目の前には顔を殴られたであろう相手の少年が、崩れるようにして尻餅をつき、金髪の少年を悔しそうに見上げていた。
「何?もう一回、言ってみろ」
金髪の少年が目を眇めて、凄みのある声で言うと、相手の少年の顎に自分の靴先を向けた。
今にでもその足を蹴り上げそうな迫力に、相手は青ざめ口を閉ざした。
「おい、やめろ…」
ハウルが声をかけようとして前に進んだその時、その少年がふっとハウルの方を振り向いた。

「……ブル・ノ・ウェアールの…輝石…」

彼の、その力強くも意思の強そうな瞳と、自分の目が合わさった途端、吸い込まれてしまうような感覚に、ハウルは一瞬、息が止まった。
その瞳は信じられないほど青い。
その青は、大陸でも最も美しい海域と賞賛される、南東の果てにあるブル・ノ・ウェアールの海を彷彿させた。
いや、正確には自分はその海を見たことはない。が、大陸全土で発掘される全ての青い輝石の中で、その海と同じ美しさを持つ青が、最高の青だと格付されているのは、誰もが知っている事である。
だからその輝石になぞらえて、美しい碧眼の持ち主を『ブル・ノ・ウェアールの輝石』と称するのは、最高の賛美であった。
裕福なハウルの実家にも、母が輿入れした時に父が贈ったとされる『ブル・ノ・ウェアールの青』、と判定された大粒のサファイアを何度か見た事があるが、それよりも彼の瞳の方が美しい気がする。

それよりも相手を気負わすような、力強い眼力。
それが周囲を圧倒しているのは確かだった。

「マジかよ…」
いつの間にか、同じように喧嘩を止めようと駆けつけてきた、同室の級友が自分の背後で呟いた。
「信じられない…!あのヒヨコちゃんが大きくなって、鷹になっちまうとはね…」
「じゃあ…彼が」
ハウルは絶句した。いや、この髪の色、目の色。間違うわけもないのは、自分だってわかっていた。だが、幼い頃の面影しか知らなかったハウルにはかなりの衝撃だった。
彼の名前を呼ぶにも、喉が引きつる。
「彼がアベル…ジン?」


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確かに今の彼を、誰もヒヨコちゃん、なんて呼ぶ人間はいないであろう。
小さかった身体は、ここ数年で勢いよく成長したのか、クラスの中でも割と背の高いハウルと並ぶ勢いだし、どこで鍛えたのかと思うようなしなやかで柔軟な身体に、長い手足がバランスよく映えて、輝く金髪が縁取る端正な顔立ちが、すでに可愛らしいを通り越している。それよりも、彼の気性が、ハウルを一番驚かせた。
内向的で、いつも兄達の後をちょこちょこ付いて回っていた小さい頃と、全く変わっていた。
長年の放浪?生活が彼を逞しくさせたようだ。
はっきりと通る声、物怖じしない性格。頭の回転が速く、適格な判断力もあって、意外と世話好きだった。
これではアイドルというよりも、プリンスといっても文句のない存在だ。
事実、彼の迫力に気後れして、上級生達は誰も彼をどうこうしようとする気力は失われていた。
でもそれは人気がないという事ではなく、まるで高嶺の花を愛でるような雰囲気に変わっただけである。
事実、彼が中等部に入ってから、瞬く間に学園の中枢である生徒会から一目置かれ、ハウルと同じく出入りを許可された。
中等部の生徒が、高等部の生徒会に出入りを許された、という事は、将来の生徒会の役員と期待されている、という事だ。
もちろん、彼らが高等部に上がってからは、それぞれ半分ずつ、ハウルとアベルが交互に生徒会長を務めた。

そのような学園の花である二人が、一緒にいる時間が増えるにつれ、惹かれ合わない方が無理である。
ただ、その恋は、ハウルの家の手前、公にはできなかったのだが…。


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二人の関係は、時間差で卒業し、ハウルが大学院、アベルが海軍にと別れても続いた。
だが、二人の付き合いが、微妙に十代の頃と変わったのは、将来の話が出始めてからだった。

寮生活を卒業してから家に戻ったハウルは、改めて自分の恋が、自分の家族に、特に母親に祝福されるものではない事を、身を持って知った。
ジン家の人間、というだけではない。相手が男だという事が、一番の問題だった。それがハウルを現実に引き戻したのかもしれない。何年もハウルの心は揺れ動いた。家の為を考えれば、いつかは別れなくてはならないと思っても、ハウルはアベルを手放す事ができなかった。そう、父親が亡くなるぎりぎりまで。


一方、アベルはハウルの家の事情を知って、軍に入って間もない頃に、自由な家風である自分の家族にさりげなく聞いた事があった。
「俺の結婚に規制はある?」
食後の団欒中に、突然息子から何を聞かれたのかわからなくて、きょとんとしている父親に対し、動物並みに勘が冴える母親はすぐにピンと察したらしく、緊張する自分ににっこりと笑ってこう言ったのだ。
「アーちゃん(いくつになっても、母親は自分をこう呼ぶ)が連れてきた人は、誰であろうと歓迎するからね」
「……男でも?もしも結婚できない相手でも?」
「いいんじゃないの。だって、アーちゃんが選んだ人だったら、男でも女でも間違いないでしょ?
これだけ兄弟がいるんだもの、跡継ぎの問題だって何とかなるでしょうし。要はアーちゃんが幸せであれば、それでいいのよ」
呑気な言葉に、アベルは肩透かしを食らった。
「それでいいわけ?」
「おう、いいぞ。別にうちは分家だし、父さんも母さんも好き勝手生きてるし。
ま、お前を信じているっていうのもあるけれど、ただ、自分を偽るような結婚だけはして欲しくないよなぁ。
ほら、私達みたいに、心が求める運命の相手と添い遂げた方が、幸せだとわかっているんでねぇ。
なっ?ミーちゃん」(母の名前がミンティアだからだ)
父親の言葉に嬉しそうに母親が頷く。
「さすが私のデュー君!」(父の名前がデュークだからだ)
気持ちが昂ぶった二人は、手を取り合ってうっとりと互いを見詰め合う。
「ミーちゃん♪」
「デューくん♪」
今にでもキスしようという勢いの二人に、アベルは顔を赤らめて席を立った。
そうしていつものごとく、子供の前でも恥じることなく、いちゃつく両親を片目で見ながら、アベルはその場からそそくさと退散した。

当時のアベルはここまで自分の家と、ハウルの家が両極端だと知って、絶望的な思いに囚われた。
確かに風来坊な両親は、分家だという事も手伝って、自分の意思を尊重し、何かと優先してくれる。(ある意味、それを放任だという人もいるが)
そうだからとて、自分だって男だ。他の誰よりも野望はある。
機会があれば出世のために、政略結婚だって厭わないと思う。
それが両親の顰蹙(ひんしゅく)を買おうとも、いや、最終的にはアーちゃんの決めた事だから、と言って、渋々許してくれそうだが、昔から将来の事は自分で責任を負う覚悟は持っているつもりだ。

…しかしここまでハウルと自分の家の違いを、実感したのは社会に出てからで、その現実は思ったよりも厳しかった。
学生の時は、自分達の事だけを考えていればよかった。だが、社会に出ればそんな事は言っていられない。
周りの意向が、互いの運命を翻弄する事になるのに、時間は掛からなかったのである。
たとえ自分の親が、味方になってくれるだろうとわかっていても。


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今考えれば、結局俺は周囲の重圧に負けたんじゃないか…!

久し振りに再会した中央国で、ハウルの話から逃げるように目を逸らしたアベルは、冷静になろうとして目をぎゅっと瞑った。
だが、かえって様々な思いに襲われて、どうも心が苛立つのが収まらない。

ハウルもまたアベルと同様、昔の事を色々と思い出していた。
彼の心は一瞬、初めてアベルを意識した、あの13歳の時に飛んだ。

顔を逸らし、目を頑なに瞑るアベルの横顔を見ていると、どうしても切ない思いが込み上げてくる。

ブル・ノ・ウェアールの輝石…。

そう讃えられる彼の瞳を、もう一度見たい。
そしてその瞳が、再び自分の姿を映して欲しい…。

ハウルは衝動的にそんな感情に囚われて、再び彼の名を口にした。
「アベル…」
だがその声は、先ほどみたいな責め入るようなものではなく、昔のような甘みのあるものとして、アベルの耳に切なく響いた。

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