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2012年2月11日 (土)

暁の明星 宵の流星 #167 その③

宿主の説明は、簡単に言うとこうだ。


若くして病死した第二王子というのが、実はミンガン王が外で生ませた子供であり、その王子を産んだのが、宿主の言う姪の母親であるというのだ。
その王子は病弱ながら王と共に国の行く末をを憂い、いつか国の為になると信じて、チガン村に軍事基地を内密に作らせていた。北の国一番の要塞にするつもりで。
だが、志半ばで彼は流行り病に倒れ、その数年後に亡くなり、その第二王子の未完の要塞は、王と関係者以外、誰にも知らされずに何年も放置されているという。

「なるほど。海側に要塞を作ろうとしたということは、その第二王子は海軍を強化するつもりだったのだな。
ということは、軍艦を保管できる場所も設備もあるということか」

とにかくそこは、ミンガン王と第二王子の関係者しか知らない事で、今は宿主の兄とその娘である第二王子の異父妹である姪が管理しているという、世間には知られていない秘密の場所でもあった。
宿主のかいつまんだ話によると(これは王家の内情を晒す事になるので、詳しくは語らなかったが)、ミンガン王の最初の后と第一王子の、第二王子への確執はかなり陰湿なものであって、それにいつも巻き込まれていたのが第三王子だったそうなのだ。
例の娘を取り合ったという話だが、実際は第二王子へのあてつけと、彼の異父妹の美貌に目が眩んだ第一王子の手から彼女を守る為、もうすでに容態の悪かった第二王子が第三王子に彼女を託し、このチガンの場所を教えたというのが真相だった。
元々、第三王子は、実の兄である第一王子よりも、異母兄である第二王子と仲が良かった。良かったというよりも、第三王子はこの優しい異母兄を敬愛していた。実の第一王子よりも、この第二王子の言う事が全てだったらしい。
だから、表面的には王の補佐として協力しあっている第一王子と第三王子の仲は、実の兄弟であるが、はっきり言っていいものではなかった。
まあ、そのような詳細は、他国の者に言うべきことではないので、宿主はほのめかしただけであったが、聡いアベル達には容易に理解できた。

さて、そういうわけで、本来なら他国の船などにその場を提供できないのであるが、これから始まる極寒の季節を里が乗り越えるには、どうしたって多額な収入が必要であった。
だから宿主は、この時期にかなりの金を落としてくれる団体を、いくら他国の者であれ、むざむざ逃したくなかったのだ。だから思い切った事を提案する事にした。
素性を隠し、この宿主個人の客人と偽ってくれれば、その要塞に停泊できるように手配する、と。

アベル達には願ったり叶ったりの提案だった。宿主の決断に感謝し、一つ返事で手配を頼む事にした。
そうすれば、表向きには帰国したと見せかける事ができ、他国や他の組織を欺く事だってできよう。そうなればセドの王子の件で動くのも有利になる。
アベルは洲知事長に相談しようという考えを変更し、独断であれ、ここに残る事を決意した。

「なぁ、レザー。この事をハウル(荒波州知事長)は容認してくれるだろうか」
宿主との話が終わって、部屋に向かおうとするアベルの声に、少々の懸念が混じっているのを、長く彼を個人的に見守ってきたレザーはすぐに気がついた。
「ハウル様…というよりも、先にライル様に納得していただくようですね…」
溜息混じりのその声に、アベルも力ない笑いを浮かべた。

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ここで少々補足をしよう。

今の舞台である北の国の、モ・ラウ王家の内情である。

昔から北の国では、王には何人もの妻を娶るのが当たり前とされてきた。(後宮制度があった)
だが、いささか女が少ない今の世では、余程の権力と唸るほどの財産がない限り、そのような贅沢はどの国も自重されている。(だが、かえって一夫多妻を誇る君主は、己に力があるという事を世に誇示し、他国を牽制しているともいえよう)
もちろん、財政難に喘ぐ北の王家も例外ではなく、ミンガン王は后を一人持てばよい、という考えの持ち主だった。
ところが、長きに亘り栄華を誇り北を治めてきたモ・ラウ家は、今にでも血筋が絶えてしまいそうな、一族の危機に瀕していた。
百年前に起こった大飢饉のために、沢山の人が死に、また子を産む女が減り、しかも国を立て直す為に一気に国の財も底をついてしまった事から、北の国の受難が始まったとされる。
その為に、昔は数多の后を迎えていた王宮ではあったが、ほとんどが死に絶えてしまい、その上、何かの呪いか、とまで囁かれるほどに、王家には跡継ぎがなかなかできない、育たない、という状況にすら追い込まれた。
それだというのに、昔からプライドだけが高かったモ・ラウ王家は、他国の君主のように遊び女や、桜花楼などの高級でも娼婦のような女の血を入れるのに躊躇(ためら)うどころか、完全に拒否していた。
そこのところは、血筋を重んじる東のセドラン王家に影響されていると見る者もいたが、それは定かではない。
なので他と同じく、嫁いだ后の身分が一番尊んじられているのは、この王家でも同じだ。
ミンガン王の父である先代の王は、それでも血を絶やさぬ為にと何人もの后や妾を作ったのだが、結局、第一后と、自分が一番寵愛した妃の間に生まれた二人の王子だけしか恵まれなかった。
身分の高い家出身の母を持つミンガンが、王に即位するのは至極当たり前の事ではあったが、子に恵まれないという不幸も受け継いでしまったかのように、なかなか世継ぎに恵まれなかった。
しかも皮肉な事に、反対に妾腹の弟であるイアン公は多産系の妻のお陰か、すでに何人もの息子が生まれていた。
このままでは、弟であるイアン公の息子に王位を譲らなければならなくなる…。
焦った若きミンガン王は、先の后には内密に外で女を作った。この際、自分が惹かれる女であれば誰でも良かった。今思えば、それは若かりしの傲慢さにも似て、ミンガンは一目で虜になった農民の娘と関係を結んだ。
それが第二王子の母親であり、宿主の姪の母親である女だった。
彼女はミンガンとの間に王子を儲けた。だが、それを后が知ってしまった事から、后の実家や王宮内の中枢を巻き込んでの修羅場となってしまった。
その理由の一つに、身分の高い者を尊んじる王家であったが、跡継ぎ不足のこのご時世、王の血を引くならば、いくら平民の女が産んだ子でも初子であるに変わりないと、その子を嫡男にしようとした事だ。
怒ったのは、ミンガン王の先の后と、長年王家を支えてきた后の実家だ。
それが収まったのは、運良く、すぐに后にも王子を授かったからだった。
后はこの自分が産んだ王子を嫡男(第一王子)とするならば、先に生まれた愛人の子供を王宮に引き取っても良いと、渋々と承諾した。少しでも王家の血を絶やしてはならない、との周囲の声に説得され、折れた結果であったが。
そうやって内密に、先に生まれた王子の誕生月日を偽らせ、第二王子として迎えたのだ。
もちろん平民だった王子の母親は、王宮に入る事も許されず、しかも后の怒りの矛先を受け、彼女の身を案じたミンガン王は、涙を飲んで彼女と別れた。
その後、彼女は同郷の地主の息子と結婚し、そうして生まれたのが宿主の姪である。

様々な思惑の中、先の后が亡くなった事をきっかけとして、離れていた兄と妹を会わせてやりたい(この時、すでに第二王子は病気で床に伏せっていた)という、ミンガン王の慈悲が裏目となり、それがきっかけで異父妹の存在を第一王子に知られてしまった。あまつさえ彼女の美貌に目をつけた第一王子は、彼女を手篭めにしようと執拗に追い掛け回した。その異常なまでの執念に恐怖を感じた彼女は、精神的にかなり追い詰められてしまった。
それを知った病床に臥せっていた第二王子は、信頼できる第三王子に涙ながらに彼女の安全を懇願し、託したのだった。
異母兄の最初で最後の頼みを、ずっと彼を愛してきた第三王子が断れるわけがない。
第三王子は一念発起して、最愛の異母兄の為に、いつも恐れを感じていた実の兄に初めて立ち向かった。それが世間の目には、一人の女を争った、と映ったのだ。
結果、表では彼女は第三王子の愛人として身を隠す事になった。
ただ、その込み入った事情は、身内といえども、王と彼女の父親しか真実は知られていない。
それも全て、第二王子の異父妹を守る為に、第三王子が決めた事であった。

それは、アイリン姫の母親が後妻として王宮に入る直前の話である。
大陸でも数本の指にでも入るという美貌の持ち主だったアイリン姫の母親が、このような王家に嫁いで平穏であったわけがない。彼女に様々な波乱が待ち受けていた事は、誰にでも容易に想像がつくであろう。
その為、姫を産んだ数年後に心労で命を縮め、まだ20代の若さで早世してしまったのは、悲劇だったとしか言いようがない。

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ライル大佐がいるであろう部屋の前にたどり着いたアベルは、気を引き締めて息ひとつ吸うと、扉を開けようとノブに手をかけた。
が、予想に反して鍵が掛かっている。
「どういたしました?」
「いや、おかしいな…。まだライルはこの部屋に来ていないようだぞ」
「そんな…。あれから随分と時間が経っている筈ですよ?
では、ライル様は一体どこへ…」
レザーが呟くと同時に、アベルははっとした。
「…まさか、まだ…」
嫌な予感がアベルを襲った。
その表情に、レザーもはっとする。
アベルは慌てて振り返ると、向かい側の自分の部屋に急いで向かった。
「て、提督…」
慌てて追いかけたレザーが、アベルにそう声をかけた時だった。

アベルの部屋の扉の向こう側から、激しく言い争う怒鳴り声が廊下まで響き渡り、その殺伐とした様子に、アベルは息を呑んで立ち竦んだ。

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