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2012年2月 7日 (火)

暁の明星 宵の流星 #167 その②

どうしてこんなに、心がかき乱されるのだろう。
今までだって、散々、恋敵たちに罵倒され続けてきた。
いつだって笑って相手になんかしなかったのに。
……傷つく事だって…。

傷つく?

カァラは、はん、と心の中で嘲った。
この魔性といわれた自分に、そんな感情があるわけがない。
そんな感情…。

カァラは近くにあるライルの端正な顔をじっと見詰めた。
…自分とは違う、精悍な男の顔だ。
自分なんかよりも、ずっと男性的な姿。
アベルはこの男を抱いたのだろうか。女のように装った自分と同じように…。
ざわざわする感情を、カァラは押し込もうとした。
今まで噛み付いてくるのは大抵が女だったから、きっといつもと調子が違うだけ…。
そう思い直して、カァラはそのままライルから離れ、ツン、と顎を突き出して、扉の向こうへと行こうとした。
が、完全に頭に血が昇っているライルは、そんな事させるかという勢いで、カァラの肩を掴んで吐き捨てるように言い放つ。

「…お前、いい気になるなよ!」
ライルは尊大な顔でカァラを見下ろし、その言葉にカァラの目が怪しげに光った。
「そんな色気でアベルを虜にしていると思ったら、大間違いなんだからな!」
「へぇ、何だ、あんたアベルの男かよ」
わかり切った事を、カァラはわざと相手にぶつけた。
「そ、そうだ…」
ライルは一瞬口ごもったが、カァラの目を見てはっきりと言った。
「そうだ!僕は彼の伴侶になる男だ!お前ごときの下賤な妾男とは違う!!」
「ふぅん、じゃ、あんたとアベルを共有するってことかい」
そのカァラの言葉に、ライルはかぁっとなった。
「共有、だ?」ライルは怒鳴った。
「共有も何も、お前なんてそのうち用済みになるに決まっている。
愛人契約が切れたら、それこそお前などアベルには不要な人間だ。
お前だってそうなったら、また他の下衆な金持ちの所に尻尾振って行くんだろうし。
男を食いものにして生きているんだろう?
ならいいじゃないか、今すぐ契約を反故して、早く別の男に囲われればいい。
何も好き好んで海軍提督と火遊びしたって、思ったほど贅沢できないだろうよ」
「ふぅん、だから?」
相手の馬鹿にしたような目線に、ライルはむかっとした。
「だから!
言っておくが、アベルは元々お前のような女みたいな男は好みじゃないんだ。
特にその化粧。
アべルが一番嫌っているのを知らないのか?
まぁ、だからこそあの人が飽きるのも早いだろうから、別に僕は何とも思わないけどね」
カァラの片眉が上がった。
「そう」
「そうだとも。だからお前はあの人の一時の気の迷いに過ぎない。
だから早くあの人の目の前から…。
僕達の目の前から消えてくれ!!」

(ふーん…。つまり、男らしい自分の方がアベルの好みだと…言いたいわけか…)
険しいライルの目を見ながら、カァラの心にドロドロした感情が湧きあがってくるのを感じていた。
それは、目の前の相手に対する……。

何の返答もないカァラにしびれを切らしたのか、カァラの肩を掴むライルの手が怒りで震え始めた。
そのライルの激情をまざまざと感じ取ったカァラは、衝動的に彼のその手を握った。
「な!」
驚いて目を剥くライルにカァラは素早く反転し、わざと彼の胸元に飛び込んだ。
「な、なに…」
激しく動揺するライルに、カァラの嗜虐心が膨れ上がった。
傷つけたい、屈服させてやる…。
どうしてそんな激情に支配されてしまったのか…。当のカァラもよくわからない。
ただ、この目の前の男に一泡吹かせないと、この感情の矛先が収まりそうにもなかった。

カァラは淫靡な声色で、ライルの耳元に囁いた。
「あんたさぁ、どっち?」
「は?」
「だから、どっちなんだよ。男役?女役?」
カァラの言わんとすることに、ライルの顔が真っ赤になった。
「そ、それは…」
「……俺にはわかるよ、あんただってアベルに抱かれたんだろ?」
「それが一体、なんだっていう…」
するり、と、カァラの細い指がライルの胸元に触れ、卑猥な曲線を描きながら彼の腰に伸びた。
その艶かしい動きに、ライルは息を詰めた。
「女役で男に抱かれていようが、あんたは立派な男だ」
カァラの扇情的な吐息が、誘うようにライルの耳元に吹き込まれる。
ライルの全身が燃えるように熱くなり、たとえようもない快感に支配され始めた。
(く…こ、これは…)
頭ががぼうっとして、身動きが取れない。
「いくら女役でも、男は男。ちゃんとついているんでしょ?
男は皆、俺の事を抱きたくなるんだよ。
特にあんたのようなどちらでも大丈夫な男なら、俺の事、拒めない筈だよ?
そしたら2度と、男に抱かれたいなんて思わなくなるだろうねぇ。
ねぇ、一度試してみない?……俺と…」
カァラは囁くと、するりとライルの下肢に手を這わせた。
「や、やめ…ろ…」

これが、悪名高い【姫胡蝶】の魔性の色か…。
ライルは懸命に流されそうになる自分と戦っていた。
だが予想以上に、この男の肌と手の動きが激しい快感の渦を呼び起こした。
(…ああ…だめだ、持って行かれてしまう…)
お己の理性を引き止めようと、何度もライルは身をよじった。
だが、それも刺激となって、益々快感を増長させる事となリ、そのつどカァラの含み笑いが鼓膜を刺激した。
「やっぱり、男だねぇ…ほら、もうこんなに…」
(ああ、くそう…こ、この僕が…!堕ちてしまう…)

悔しい。
身体が思うようにならない。

こうもいとも簡単にこの男の毒牙にかかってしまうものなのか!
その飛ばされそうな最後の理性で、ライルはふと思った。
アベルも…。アベルもこうしてこの男に簡単に陥落したのだろうか………。
今の…自分のように…。

心に反して、もう身体の方が悲鳴を上げていた。
目の前の快楽に溺れそうだ…。
朦朧とする意識の中、ライルは無意識にカァラの身体に擦り寄り、彼の白い喉元に唇を落とした。
カァラの中で、意地悪い笑いが沸き起こった。

ホラね…。男なんて、みぃんな、おんなじ……

カァラは半ばやけくそな気分で、ライルの唇を首筋に受けた。


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「とにかく、これからの事を話し合わないと…」
アベルとレザー大尉は客人を庭先まで見送った後、そのままライルがいるであろう部屋に向かおうとして、再び宿に戻った。
「そうですな…。
とにかく船を預かってくれる所を探さないと、このままですと船だけを荒波に帰すようになってしまいますな」
「そうだな…」
アベルが玄関の扉を閉めて、大きな溜息をしたときだった。
「提督!」
奥の廊下の方から、先ほどまで共に客人を接待していたもう一人の部下が、慌ててアベル達に走り寄ってきた。
「どうした」
「はい、実は、この宿の主人に話しましたところ、停船できそうな港があるという情報を…」
「本当か?」
気がつくと、部下の肩越しに宿の主人の白い顔が覗いた。
アベルとレザーは、その部下についてきたであろう、この宿の主(あるじ)の顔を一斉に見る。
しかし、部下の返答は、少々困惑気味であった。
「ええ、そうなのですが……」


アベル達はずっと、大きな港町から数里離れた、こじんまりとした一つの宿を貸しきって滞在していた。
そこを拠点として色々と北の国を移動するに、都合が良かった位置にこの宿があったからだ。
宿をずっと貸している当の主(あるじ)の本音としては、いつもなら観光シーズンでないこの時期に、ずっと宿に滞在してくれている団体客を逃したくなかった、というものであった。が、そんなのはお互い様である。

秋の短い北の国は、すぐに厳しい冬が来てしまうため、この時期は客足も遠のくのが通常であった。
特に貧しさの厳しい北の人々には、この時期にどのような目的であれ(極端な話、それがやくざでも、だ)客人がいる事だけでもかなり潤いが違うのだ。

できれば帰って欲しくない…なるべく長く滞在して貰いたい…。
宿の者達の切羽詰った気持ちは、彼らとしてはかなり強引なツテを使う事となった。

この場ですぐさま、この宿の主人から詳細を聞いたアベルは、その港の事を聞いて驚いた。
「いや、これは本当に内密にしていただかないと…。その、王家に関わる事でして」
声を潜める宿主(やどぬし)に、アベルは苦笑しながら頷いた。
「もちろん、守秘義務は守る。
ま、自分達もあまりおおっぴらにしたくない、というのが本音だからね。
ひっそりと停船できるのなら、その方がいいんだ。…しかし、なぁ…」
アベルはふうっと溜息を漏らした。
「今空いていて、紹介してくれるという港が…あの、チガン、とはね…」
アベルも傍にいたレザー大尉も複雑そうな表情で宿主を見やった。
「おお、チガンをご存知でしたか!…それが…何か、不都合でも…?」
不安そうな宿主の声に、アベルはいやいやと手を目の前で振った。
「いや、実は前に入港した事があってね。…いや…、ちょっとした偵察だったんだが…。
その時、ちょっとそこに入港していた他国の船と、しかも無断でこちらがやって来たものだから、そこの港の責任者とも、気まずい思いをしてね」
入港していた船とは、西の国ルジャンの王子、リシュオンの中型船の事である。
西の国のリシュオン王子と、北の鎮守、北天星の昂極大法師(こうきょくだいほうし)との関わりを調べに行ったとき、かなり西の兵士ともめてしまったのだ。
その時は西の兵士が有能であったか、感心するほど何も出てこなかったのには驚きもしたが、それで西の船とは気まずくなっているのは事実だ。
肝心の噂の第四王子リシュオンには会えなかったのが残念ではあったが、再び自分達が入港してきたらどうなるのだろうか…。
しかも、そこはある御方の隠れ里であり、秘密の港であった。
アベル達は、カァラの邪眼から導き出された方角を進んでいただけであったが、西の船が隠れた港に入港していたとは思わなかったのである。もちろん、無断に入港したということで、自分達がそこの管理者の心象を悪くしてしまったのは言うまでもない。
「そうでしたか…。そのような事が。
……実は、私の姪が王族の愛人をしておりまして…」
困った顔をしたアベル達に、宿主は突然、言いにくそうにそう告白した。
「何しろ姪…兄の娘なのですが…、第一王子と第三王子が取り合いになったほどの器量良しでしてね…。
う、ゴホン、いや、そんな事はいいのですが、とにかくその姪を第三王子が匿う為にお作りになった秘密の里なのですよ。向こうも姪の存在が明らかになるのを恐れておりますので、咎められてしまったのは仕方がありません…。
ですが、ここは私が姪に直に談判いたしましょう。
本当はあの好色な…失礼しました…第一王子にさえ、姪がそこにいるというのがばれなければ良いので…。
ですから何とぞ内密にしていただき、私個人の大事な客人の船という事であれば…私の口利きでその港に停船できるかと思います」
「それはありがたい!しかし…」
アベルの憂いた顔をちらりと見ると、レザーが言った。
「西の船はまだ停泊しておるのでしょう?そうであれば、いささか困った事にはならないでしょうかね。
我が船は西の船と接触しており、向こうが気がつけば、何かとトラブルとなってしまう恐れもあるのでは…」
「ですからそこは、 入港するときに素性をお隠しいただきたいのです」
「隠す?」
アベルとレザーは顔を見合わせた。
「はい。そうしていただければ、こちらでもう一つの入港場所にご案内致しますので」
「もう一つの入港場所?他に波止場があるというのか?」
「はあ…」
宿主は、もうこうなったら仕方がない、という風情で天を仰ぐと、一際声を落としてこう言った。
「身内の内情を、他国の方に話すのは…いささか忍びないのですけれど」
宿主はこう前置きしてから、説明を始めた。

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