暁の明星 宵の流星 #169 その①
《お前、もしかしてそれが素か?》
確かに最初の頃は、カァラの肉体にアベルは溺れていた。(今でもだが)
いつもの自分なら、今まで惹かれなかったタイプもあって、物珍しさから好奇心を抑えられなかった、というのが、彼と深い関係になった理由のひとつであったと思う。
もちろん、今までこのように女女した容貌で、見るからにセックスアピールの強いタイプは全く興味がなかった自分が、彼の魅力に敢え無く堕ちたのは、噂どおりの魔性の男だからかと思っていた。
だけど。
こうして短いながらも密度濃く彼と共に過ごしてきて、どうやら自分はそれだけで彼に溺れていたわけではなかったのでは?と気が付く事が多々あった。
その一つが、カァラの父親である極悪人、吸気士シヴァが投獄されたのを知った本人が、どうしても面会したいと言って、寄り道して連れて行った先での言動だった。
《この、糞親父っ!!》
いつも上品に優雅に振る舞い、完璧で綺麗な言葉使いをする【姫胡蝶】からは想像できないほどの乱暴な口調。
《狙った相手に返り討ちされるわ、骨抜きにされるわ、全くなっさけねぇ》
当の父親シヴァと対面したカァラは、父親の脈絡のない告白を聞くなり、周りを気にせずに激しく罵った。そのようなカァラが初めてだったアベルは、新鮮な気持ちと共に驚きを隠せなかった。
カァラの口調もそうだが、親子と言われるこの二人の不可思議なやり取りを目の当たりにして、かなり戸惑ったというのもあるだろう。
邪眼を持ち、また親子でもあるというシヴァとは、やはり深く通じ合うところがあるのかもしれない。
はっきり言ってシヴァはまともに会話すら出来ない状態で、カァラ以外の者には、ほとんどの話は理解不能であったのだ。
それが、カァラは二言、三言聞いただけで、何がシヴァに起こったのか、どんな状態だったのかを、瞬でに理解したようだった。
《はん、自業自得だね。あんたの末路がこうなって、俺もせいせいしたぜ》
結局好奇心には勝てず、こっそりと後をついて来てしまったアベルであったが、口調は激しいながらも、カァラの手がぶるぶると震えているのには、遠目ながらも気がついていた。
それは怒りの為だと取るのが妥当な状況であったが、何故か、アベルにはカァラが泣いている様な錯覚を抱いた。
《今まで欲望のままに人を餌食にしてきた報いだね。
もう充分、好きにやってきただろう?
俺はかえって、今の方があんたは幸せかと思うよ。………ええ?ふぅん…。
そんなによかったの、相手の奴…。
いや、もう無理だよ。あんたは本当の姿の戻っちまったんだぜ。
ただのよぼよぼの爺さんなんだよ。……諦めな》
乱暴ではあったが、最後の言葉には哀れみと切なさが入り混じっていた。
アベルはそこに、カァラの、父親に対する複雑な思いを感じ取った。
この時から、アベルはカァラの内面を知りたいと思うようになったような気がする。
《お前、もしかしてそれが素か?》
思わずカァラに声をかけて、アベルは後悔した。
父親との面談中、自分に向けていた背中が瞬時にびくっとした後、しばらく無言だったからだ。
もしや、触れてはいけなかったことなのか?
一瞬、そういう思いがアベルによぎったが、振り向いたカァラの顔は、取り繕ったように微笑を浮かべていた。
《ああ申し訳ありません、提督》
いつもの、他人行儀でお上品な口調。
《まさか提督がここまで(収監所の面会の間)まで一緒に来てくださるとは思っておりませんでしたので…》
確かに、いくら興味に負けたからといって、本人の承諾も得ずに勝手について来たのは軽率だった。
《つい、お見苦しい所をお見せしました…》
《いや、勝手についてきた俺が悪かった》
《……できたら見られたくありませんでした。……がっかりなされたでしょう?
育ちがわかりますよね…》
節目がちに、淀みなくすらりと答えるカァラに、アベルは本能で違和感を感じた。まるで作られたシナリオ通りに演じている役者のようだった。
《でもご存知の通り、私の父はこの大罪人。
世間でも有名な事を、無理に隠そうとしていたわけではないのですが、少しでも粗野になって嫌われないようにと、努力はしているつもりです。…ですからどうか、至らぬ所がございましたらすぐに治しますので…》
《いいんじゃないのか?別に》
自分でも笑えたが、勝手に言葉が出ていた。
《は?》
《俺はそのような男口調の方が性に合う。別に無理に飾らなくていいじゃないか。
というか、どうもこれまでの口調だと、俺の方が堅苦しくて困る。
今のが普段のお前だというのなら、俺はその方が助かるんだが。
……俺は淑女然とした女のような風情が…実は、苦手でね》
その時のカァラは一瞬目をぱちくりさせ、まるで思ってもみないことを言われたような顔をしていた。
考えてみればこの時まで互いの中身を探る、という事に無頓着だった気がする。
それは仕方のない事だ、と気恥ずかしく思う。
何故なら、先に身体の方に溺れていて、そういうコミュニケーションの部分だけで、今まで何も支障がなかったらだ。
(このような時に、そんな事を思い出すなんてな…)
アベルは顔にこそ出さなかったが、内心苦笑していた。
それだけ今のカァラは、全てのメッキを剥がされて、素のままの普通の青年に見える。
振り返ればあの日から、徐々にではあったが、カァラが自然に男言葉で自分と会話するようになったのだ。それが、心底嬉しかったのを思い出した。
もちろん、男を惑わす【姫胡蝶】にしてみれば、男っぽいのが好みと知れば、そのように合わせるなどという芸当は、いとも簡単に出来る事であろう。無理に自分に合わせているのかもとも考えた事もあった。
しかし、こうして今の表情を見れば、自分の感じた事は間違いでなかったという思いが湧く。
「で、一体何?用ってさ」
不機嫌極まりのないカァラを無視し、アベルは二人に向かって言った。
「とにかく、座れ。落ち着いて話を聞いていてくれればいい」
冷静さを取り戻し、うなだれた風情で近くの椅子に腰を下ろしたライルとは反対に、アベルの言葉を無視し、カァラはふてくされた顔で窓際に近寄り、無言で外を眺める。
アベルは諦めたように一息つくと、先ほどの事を簡潔に、二人に説明し始めた。
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