もうぐちゃぐちゃな気分だ、とカァラは寝台の上に身を投じながらふてくされていた。
頭はガンガンし、目の奥も、喉すらも、ヒリヒリと痛い。
結局我慢できなくて、先程宿の人間に頼んで薬を持って来てもらったところだ。
これで横になっていれば、少しはよくなるだろうと、のろのろと毛布の中に潜り込む。
さっき、薬が欲しくて自分が寝室を出て行った時には、もうすでに誰もいなくて、静まり返った空間にほっとするも、一抹の寂しさを感じてしまった自分に舌打ちした。
廊下に出て宿の使用人を捕まえるまで、アベル達の姿が見えなかった事から、きっと階下で、これからの準備に取り掛かっているのだろう。
無理やり目を閉じても、目の奥がズキズキと疼き、一向に気が休まらない。
皆の前では涼しい顔で退場したカァラであったが、心中では、まるで激しい嵐のような葛藤が渦を巻いていた。
認めたくはないけれど、今日起こった突然の出来事に、この自分が驚くほどに動揺したのだ。
それは、今まで揺れに揺れていた波紋に追い討ちをかけるような投石。
その衝撃はもっと大きな波紋を呼び、心の水面(みなも)は自分でも止められないほどに荒れていた。
「ちくしょうっ…」
思わずしわがれた声が出る。
「この天下の胡蝶様が…こんな事で泣くもんか」
込み上がる嗚咽を無理に飲み込んで、鼻腔の奥がツン、と痺れた。
同じように母親を陵辱され、愛によって作られたわけでもない、大人の思惑によって生まれてきた子供。
なのにどうして、あの宵と自分はこんなにも違うのであろうか。
そう思うと、段々と虚しさが襲い掛かってきて、このまま褥に沈んで消えてしまいたいくらいに気力を失くした。
まさか…この悪名高き【姫胡蝶】様が、こんなにも追い詰められてしまうなんて…。
屈辱的な気持ちと、もう早く楽になりたい気持ちがせめぎあって、カァラは身悶えた。
泣きそうになる自分と戦って、懸命に噛み続ける唇から血の気が失せていく。
だから…だから…こんな風になりたくないから…。自分は今まで目を瞑って生きてきたのだ。
その思いが突然浮かんで、カァラは呆然とした。
そうか…。
自分は今まで目を瞑ってきたのか…。
抵抗したままでは依然、辿り着く事のなかった、答え。
知りたくなかった本当の気持ち。
カァラは溢れそうになる涙を、この期に及んで抑え込んだ。
それは自分が今まで生きてきた軌跡に対する小さなプライドでもあった。
自分が【宵の流星】に固執したのも、自分が彼の代わりに生まされたからだ。
その彼だって、自分と同じように大人の思惑によって世に生み出され、多分彼も幼い頃は自分と同じく研究の対象にされていた筈だ。
なのに何故、と。
幾度となく浮かぶのは、何故自分はここまで堕ちて、彼は常に光の中にいるのだろうという思いだった。
でもそれも、彼は太陽と光の異名を持つ親から生まれた天の御子で、自分は大罪人でもある極悪非道な悪人の血を引くから仕方のない事だとずっと信じていた。
だからこそ彼を自分と同じ闇に引きずり込んでやったら、胸がスッとするだろうとずっと思っていた。自分をいいように扱ったティアンではなく、この自分が宵の君を支配できれば、面白いだろうとも思っていた。でもそれはティアンの目的である神の力を欲っしたからではない。そんなもの、カァラには興味はないし、必要のないものだ。
でも今ならわかる。自分が宵の君に対して持っていた感情…。それはただの理不尽さから来る妬みだった。
“何故、宵の君と自分がこうもかけ離れているのか?”
この問いの答えがわかったのは、実際に宵と暁の二人と会ってからだと思う。
いや、正確には、今日、ライルという男の出現によってはっきりしたというのが、皮肉な事であった。
カァラがはっきりと知った答え…。
それは宵の君が姫巫女とセドの王子の血を引くからではない。
格の違いでもない。
もちろん、自分が極悪人の子供だからだという言い訳でもない。
ただ、自分には【暁の明星】のような人間が傍にいなかったという事実だけだ。
それを思い知ったのは、暁本人と触れ合ってから。
カァラはぎゅっと自分の身体を自分の腕できつく抱き締め、まるで胎児のように丸まった。
あの無欲な慈愛のこもった手で触れられた事で、カァラの頑なな心に一つの裂け目を作ったのだ。
己を培ってきた今までの世界が、その小さな裂け目からがらがらと音を立てて崩れそうになるのを、やっとの思いで留めて来たというのに…!
それがアベルの情人(こいびと)と思われるライルによって、無理矢理こじられ壊されてしまった。
だから自分はあんなにも相手に攻撃的だったんだ…。
カァラは自虐的に喉の奥で笑った。
その途端、急に堰を切ったかのように、浮かんで欲しくなかった羨望の念が沸き起こってきた。
自分はいつだって一人だった。
それがとても当たり前の事で、そんなものだとずっと思っていた。
……子供の頃から、宵の君も同じ境遇だと、少なからず彼に近しいものを感じていた。
だけど、それは全くの思い違いだった。
宵の君…キイ・ルセイは一人ではなかった。
彼にはずっと影のように寄り添う暁…アムイ=メイがいた。
暁こそが、あの孤独の思いを抱えながら地に降りた天の御子を、この地に留まらせた大地の御子なのだ。
彼の孤独をどれだけあの暁が癒しただろう。そしてまた、同じように宵は暁を癒やし支えてきたのだ。
二人でひとつ。
その概念は何となく知ってはいたけれど、それはまるで形のない幻のような感覚で捉えていた。
だが、二人の存在が現実味を帯び、はっきりと形として見せ付けられて、カァラに大きな変化をもたらしたのだ。
羨望。
神の力も権力も…そんなものなんかいらない。
揺るがない魂で結ばれた相手。
そんな人間がひとりでもいいから自分だって欲しい…。
──本当は自分こそ、その様な相手が心底必要だったんだ──
宵の君やあのライルという男のように、自分が無我夢中になれる…信頼に値する相手が。
今まで考えたくなかったその思いが、全身を支配していく。
自分は今まで、人はどこかで裏切るものだから、信じないように生きてきた。
もちろんそれは自分の方から、人を拒絶し裏切りながら生きてきた結果であり、証であるというのは分かっている。
でもそれは仕方がない事だろう。
カァラは今まで愛情というものを知らないで生きてきたのだから。
ティアンから逃げ出して、最初の男に拾われるまで、カァラは幾度となく死に目にあった。
ひと際目立つ容姿が災いしたか、出会う大人は全てカァラを利用する事しか頭になかった人間ばかりだった。
飢えの恐ろしさもその時知った。大人が小さな子供に惨い事を平気でするという事も経験した。
カァラは何度も何度も機転を利かせて彼らから必死に逃亡した。
その時に出会った最初の男は、この哀れな少年を初めは親切心で拾ってくれたのかもしれない。
彼は初めて優しい言葉をかけてくれて、乞食同然だった自分に食べ物を与えてくれた。
不憫だと思ったか、そのまま彼はカァラを連れ、各国を行商して回った。
だがその数年後、花がほころぶように美しさに磨きがかかったカァラを無理矢理摘み取ったのは、他でもないその親切な男だった。
彼には故郷には妻も子もいて、カァラと共に過ごした行商生活の合間に家族に会いに行っていた。だから普段は良き家庭人の良識のある男だったのだろう。
だが、自分から襲ったくせに、その男はカァラのせいにした。
《お前が悪いんだ。お前が俺を狂わせた》
《お前が俺を誘ったんだ。俺をこんなにさせたのはお前なんだ》
少年であるカァラには身に覚えのない事を、グダグダと言い訳する男を、冷めた気持ちで見上げていた事を思い出す。
それから彼は何度もカァラを罵りながらのめり込むようにして関係を続けた。それが結局、本人を家庭から遠ざける結果となって、それが風の噂で男の妻の耳に入り…。
運が悪い事にコトの最中に男の妻が乗り込んできた。
そこからの修羅場は、多分想像の通りだろう。殺傷沙汰の最中、カァラはどさくさに紛れて逃げ出した。
また自分は一人になってしまったのだ。
後から聞くと、その男は妻に刺殺され、妻も嘆き苦しんで自殺したと聞いた。
これが、カァラの魔性といわれる所以の始まりであった。
それから過ごしてきた自分の人生は、人に語れないくらいの悪夢と欲と修羅の日々だった。
だが、それで滅することなく今まで無事に生きて来れたのは、この美貌と、授かった邪眼、そして…大の悪人も恐れをなしたほどの、自分の豪胆さだ。
『見かけと違って、お前は肝の据わったガキじゃけん』
そう感嘆したのは、大陸でも恐れられていた、当時シャン山脈で暴れていた山賊の親方(ボス)だったと思う。
その山賊の親玉は、もうすでに老齢で引退していたが、賊の中で一番権力があった。
運悪く人買いに拘束されたカァラが、逆に手玉に取って、逃げ出そうとした所を彼に捕まった。
その時の、カァラの平然とした振る舞いを、彼はいたく気に入ったようだった。
『こんな可愛い顔して、まだガキなくせにたまげた肝だな、カァラ。
どうだ?俺らと組んで、一儲けしないか?』
そうしてカァラは客を取って金を稼ぐという事を覚えた。だが、彼らは普通の組織ではない。かなり阿漕(あこぎ)な事を平然とやるような人間達だ。幼いカァラを見下して、かなりいいように利用しようとした。
だが、利用されて我慢ができるカァラではなかった。
カァラが頭をフル回転し、この賊党を内部から色仕掛けで潰すまで、そんなに時間は掛からなかった。その間、全ての悪事を彼らから教わった。
世間では、まさか大陸を脅かすほどの賊を、たった一人の美貌の少年が潰したとは誰も信じられなっかったようで、一笑に付された。賊達は欲目に眩んで、内部分裂起こし、自滅したとしか思われなかったのである。
そうして自分が男に与える影響力に自信を持ったカァラは、流れ着いたゲウラの町で、桜花楼(おうかろう・高級娼館)に女を買いに訪れるという、南側にある小国の王に自分を賭けてみようと思った。
この時すでに、不特定多数の男ではなく、名誉も財も持つ男一人と契約をし、己の立場を上げていく、という図式がカァラの中で出来上がっていた。
その手始めがこの小国の王だった。
まだ若くて割りと男前の、うぬぼれの強い王は、すでに后を娶っていたが子供ができなかったので、種付けの気分で桜花に女を買い漁るつもりでいた。桜花に入る前、手始めに城下の町で女達に接待を受けている所が狙い目と睨んだカァラは、女に混じって酌をした。
王はカァラが男だと知って大層驚いたが、すぐにカァラの手に堕ちてきた。
王は完全にカァラの虜になった。
だが、元々女好きだった彼は、カァラに女装する事を強く望んだ。
そしてカァラを国に連れ帰り、愛妾として囲うことを宣言した。
その為に一国の王の相手として恥ずかしくないくらいの教養を身につけさせられ、【姫胡蝶】という異名までつけられた。
カァラの本音としては、男に“姫”はないだろう、と苦々しく思っていたが、すんなりと認可が下りてしまったから仕方がない。自分のような後ろ盾のない人間が、異名を授かる機会はほとんどないという事もあって、笑って受け入れたのだが…。結局自分にはこの名が妥当と言われたみたいで、実はしばらくは気落ちした。
だから、公以外では【姫胡蝶】と呼ばれたくないというのが本心だ。
できれば“姫”を取った呼び方がいいなぁ、と常に思っていたくらいに。
それでも自分を“姫君”のように崇める男達ばかりで、胡蝶呼びを誰にも伝える機会のないまま数年経ち、こうして荒波の提督と出会ったのだ。
(アベル…)
カァラの目の奥で、アベルの澄んだ深い青い瞳と、太陽に輝く金色の髪が映った。
彼が初めて自分の事を『胡蝶』と呼んでくれた男だった。
もちろん、それは話の流れで自分からそう呼んで欲しいと言ったからで…。
でも今ならわかる。
たとえ、男らしい方が趣味だと知ったとしても、自分が相手に心を開いていなければ、きっとそう呼んで欲しいなどと、口が裂けても言わなかっただろう。だから…。
そう…自分は…いつの間にか、彼に心を開いていた…。
目元が熱くなって、思わずカァラは目を開けた。
泣きそうになるのを、ここでもぐっと堪えてしまう。
何回も長い睫を瞬(しばた)かせると、ふぅっと大きく息を吐いた。
ブル・ノ・ウェアールの輝石の瞳を持つ男。…荒波の軍神…アベル=ジン。
彼は自分が今まで関係を持ってきた男達と全く違う。
何故、自分は彼を選んだのだろう。
自分の気まぐれがそうしたと信じていたカァラは、全く思いもしなかったその疑問に、ずっと引きずられていた。
それは、やはりあのライルが、アベルを十年も思い続けていたという告白を聞いてからだった。
その自分の気まぐれで、アベルと愛人契約を結び、身体の関係だけが一人歩きして、まさか彼が真性で男が好きな人間だとは思ってもみなかった。
きっと、アベルの本当の好みは、あのライルのように精悍で凛とした男なのだろう。
もちろん、アベルが男らしいのが好みだと知れば、その様にするのは簡単である。だが、それを知ったとしても、アベルは一度もカァラに自分の好みを押し付けたりはしなかった。ただ、自分に、『別に無理に飾らなくていい。今のが普段のお前だというのなら、俺はその方が助かる』と言っただけだ。
実際、契約した愛人の好みに合わせて、己を演出し、変化させるのを得意としてきたカァラである。
だが、今までの相手は、自分が女っぽく振る舞う事を望んだものばかりであった。昼は貞淑で夜は淫らな娼婦で、というのを好んだ者ばかり。
粗野で男丸出しの自分に、興味を持つ男なんて初めてだった。
と、そこまで思ってカァラは気がついた。
今までなら、自分に売り込んでくる男ばかりで、だからこそどのような嗜好かなんて、ある程度は事前にリサーチを済ませておくのが当然だった。
だが、この荒波州の海軍提督という男は、自分が気まぐれで突発的に選んだ相手であって、ちゃんとした事前の身辺調査とかをする間もなく愛人契約した異例の人物であった。その後、二人で過ごす時間は充分ある方だったが、すぐに北の国へ行かなければならないのと、相手の任務に同行するということで、結局互いに深く知り合う機会を逃していた。
ただ、その反対に肉体の方ばかりがどんどん親密になっていった。それははっきりと言えば、互いの身体に夢中になっていて、互いがどういう人間なのか、どういう嗜好の持ち主なのかも、その時の二人には、何の支障も感じなかったからだ。
それだけ珍しく、身体の相性がよかった。
もちろん初めに触れてきたのはアベルの方だ。
だが、それはカァラ自身気が付いていなかっただけで、無意識に彼が来る事を望んで誘ったような気がする。
相手を誘惑して虜にさせるのがカァラの仕事であるに関わらず、自分自身が彼を欲しかったのだと、カァラはこの時に自覚した。
アベルの青い瞳に魅入られたからこそ、自分から初めて自分からこの男を欲しいと思った。単純に、まるで宝石を手にい入れたい気分で、アベルに声をかけたのだと思っていた。以前は。
でもそうじゃなかった。
彼の持つ何かが、自分を惹きつけた。
それが何なのかはまだはっきりとわからないが、確かに引き寄せられたのだ。
占者が自分自身を占えないように、邪眼もあまり自分自身の事は見えないものだ。いや、見てはいけないものかもしれない。よほど自分を無にできる者でなければ、必ず己の我や欲が入り、事象を正しく見る事ができないとも言われているからだ。
だからカァラは絶対に自分を邪眼で見ることはしなかった。
認めたくないけれど、本当の自分を知るのが怖い気持ちが強かったからだと、今は素直に思う。
カァラは再び目を閉じて、今度は暁…アムイの澄んだ黒い瞳を思い返した。
アベルがブル・ノ・ウェアールの海ならば、彼はまるで大地を包む夜空のよう。
明け方に現れる明星の煌きが、彼の瞳に息づいている。
カァラの胸にひとつの結論がストンと落ちた。
【暁の明星】との邂逅が、己にもたらしてくれたもの。
彼が自分に与えてくれたもの。
それは自分を中庸にして客観に見れるという力ではないのだろうか?
真の自分。
状況によって、薄皮のように幾重にも存在する自分の、奥のそのまた奥深く存在する真実の自分。真性の核を。
それを知るために自分は【暁の明星】に出会ったのだ。
ならば、もう足掻く事は馬鹿らしい事ではないか。
いつまでも揺れる自分に、カァラは嘲笑した。
今なら素直に受け止められるのではないだろうか。
彼が自分に何を言わんとしたかを。
『……お前がどういう風に俺を見たのかわからないが、これが俺だ、カァラ。
変わっていくのは世の常で、変化していくからこそ魂は先を行く。
その中にあって、俺は在るがままに、こうして在るだけだ。
様々な姿を変えても、核は変わらずそこに在る、大地のように。
……だから、恐れ、焦燥に駆られなくても、何も案ずる事はない』
あの蜜腺に触れたがごとくの優しい手と変わらない、暁の柔らかな声。
『恥じ入る事などあるものか。
お前が必要ならば、いつだって俺はこの扉を開ける。
それを自分に活かすかは、お前次第だ』
【暁の明星】という異名が、何故彼につけられたのか。その真意が今になって理解できる。
彼は夜明け前の一番深い闇に潜む暁星。
宵の君が天から使わされた神の宝だとすれば、暁はその宝に愛でられる器である。
いや、…愛でているのは器の方か。
そしてまだ少し揺れ動く、アベルへの思い。
自分はあの時完全に嫉妬していた。
ライルの一途さに、アベルの誠実さに。
認めてしまおう。もう楽になろう…。カァラの芯の部分で、そう幼い子供の声がする。
だけど、それでもまだカァラの心は藻掻(もが)いていた。
自分が彼に対して感じている思いを認めてしまったら、ますます惨めになるだけではないか?という安っぽい懸念のせいで。
アベルが自分に寄せる気持ちは、多分、仮のものだろう。
ちょっと毛色が違う愛人に一時溺れているだけ。
本来の彼はこんな女みたいな男は見向きもしない、と誰かが言っていたのを耳にした事がある。
もちろん自分の肉体に溺れているなら、数多の男達同様、簡単にアベルが自分から去って行くとは考えられない。
それだけ己の性戯には自信がある。自分だって何度我を忘れて彼と戯れたことか。
だが、それだけではかえって虚しいという事を、カァラは宵と暁に教えられたような気がする。
今生、あの二人がこういう肉体的に結びつくことは絶対にないだろう。
だが、彼らの別の次元での結びつきは、カァラにとって、いや他の人間にとっても滅多にない稀有なもので、それはただ単に心が結ばれているというだけではない、もっと深いものではないかと思うのだ。
普段では簡単に手に入らないもの。いや、手に入りづらい絆。
だからこそ、カァラは憧れるのだ。
熱く、激しく。心躍るほどに。
《見たい…》
それは震える心の奥底からの魂の望み。
地獄ばかり見てきたカァラの求める、一筋の光でもあった。
《俺は見たい。二人が通じ合う…その瞬間を》
カァラが興奮でぶるりと身体を震わしたその時、遠慮がちに扉が開く音がして、誰かが入ってくる気配を感じた。
(アベル…?)
もちろん、彼以外にこの寝室に入ってくる者はいない。
彼がこの部屋に帰って来た事に何故か緊張したカァラは、思わず身を硬くして慌てて目を瞑り、そのまま眠っている振りをした。
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