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2012年3月

2012年3月25日 (日)

本日は燃料切れです…

お話の途中ですが…(人><。)

すみません。本日は燃料切れです…。

ストックしていたものも底をつきまして(;´▽`A``

これまた初期のように毎日更新を目指してみたのですが
ここらで限界でございました… il||li _| ̄|○ il||li

Photo

ということで、ちょっと久々に落書きしていました。
(そのちょっとの時間はある)

実はスキャナも新しくして、まだ繋げていないものなので、携帯から写メしたものをアップしました。
思いっきり見にくいです…。ふぅ…。

最近本当に目が悪くなってしまったので、描かないからと、道具も仕舞い込んでいたので近くにあった色鉛筆で…。
カァラ、怖い顔になってしまってかなり凹んでます
考えてみれば、女装キャラにはシータがいたんですよねぇ…。
この二人が絡むのは、最後の方で少しありますが、変な所で競わないといいなぁ、とふと思ったりしてました。(妄想全開ですね


あああ。
すみません。

次は自分が一番書きたかった所。
気合がはいっておりますので(自分のイメージしたとおりに展開できるか、という意味で)再考を重ねながら文章を打つと思います。
で、それで更新が少々遅れるかもしれません…。

多分、うまくいけば次回でアベルとカァラの話は終わります。
長くてすみませんでした。
本当は二人の話、スピンオフでと思ったのですが。
アマト・太陽の王子編と同じく、詳細に展開したかったので、結局だらだらと続けてしまいました…。


もっと時間があれば、別館の方にも手を入れたいところなのですが、まったく放置になっております。
一年が三年目突入…。
四年目にならないよう、本編だけはさくさくっと、更新したいものです…。

それではまた…。

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2012年3月24日 (土)

暁の明星 宵の流星 #172

もうぐちゃぐちゃな気分だ、とカァラは寝台の上に身を投じながらふてくされていた。
頭はガンガンし、目の奥も、喉すらも、ヒリヒリと痛い。
結局我慢できなくて、先程宿の人間に頼んで薬を持って来てもらったところだ。
これで横になっていれば、少しはよくなるだろうと、のろのろと毛布の中に潜り込む。
さっき、薬が欲しくて自分が寝室を出て行った時には、もうすでに誰もいなくて、静まり返った空間にほっとするも、一抹の寂しさを感じてしまった自分に舌打ちした。
廊下に出て宿の使用人を捕まえるまで、アベル達の姿が見えなかった事から、きっと階下で、これからの準備に取り掛かっているのだろう。
無理やり目を閉じても、目の奥がズキズキと疼き、一向に気が休まらない。

皆の前では涼しい顔で退場したカァラであったが、心中では、まるで激しい嵐のような葛藤が渦を巻いていた。
認めたくはないけれど、今日起こった突然の出来事に、この自分が驚くほどに動揺したのだ。
それは、今まで揺れに揺れていた波紋に追い討ちをかけるような投石。
その衝撃はもっと大きな波紋を呼び、心の水面(みなも)は自分でも止められないほどに荒れていた。
「ちくしょうっ…」
思わずしわがれた声が出る。
「この天下の胡蝶様が…こんな事で泣くもんか」
込み上がる嗚咽を無理に飲み込んで、鼻腔の奥がツン、と痺れた。


同じように母親を陵辱され、愛によって作られたわけでもない、大人の思惑によって生まれてきた子供。
なのにどうして、あの宵と自分はこんなにも違うのであろうか。

そう思うと、段々と虚しさが襲い掛かってきて、このまま褥に沈んで消えてしまいたいくらいに気力を失くした。

まさか…この悪名高き【姫胡蝶】様が、こんなにも追い詰められてしまうなんて…。
屈辱的な気持ちと、もう早く楽になりたい気持ちがせめぎあって、カァラは身悶えた。
泣きそうになる自分と戦って、懸命に噛み続ける唇から血の気が失せていく。

だから…だから…こんな風になりたくないから…。自分は今まで目を瞑って生きてきたのだ。

その思いが突然浮かんで、カァラは呆然とした。

そうか…。
自分は今まで目を瞑ってきたのか…。

抵抗したままでは依然、辿り着く事のなかった、答え。

知りたくなかった本当の気持ち。

カァラは溢れそうになる涙を、この期に及んで抑え込んだ。
それは自分が今まで生きてきた軌跡に対する小さなプライドでもあった。

自分が【宵の流星】に固執したのも、自分が彼の代わりに生まされたからだ。
その彼だって、自分と同じように大人の思惑によって世に生み出され、多分彼も幼い頃は自分と同じく研究の対象にされていた筈だ。
なのに何故、と。
幾度となく浮かぶのは、何故自分はここまで堕ちて、彼は常に光の中にいるのだろうという思いだった。
でもそれも、彼は太陽と光の異名を持つ親から生まれた天の御子で、自分は大罪人でもある極悪非道な悪人の血を引くから仕方のない事だとずっと信じていた。
だからこそ彼を自分と同じ闇に引きずり込んでやったら、胸がスッとするだろうとずっと思っていた。自分をいいように扱ったティアンではなく、この自分が宵の君を支配できれば、面白いだろうとも思っていた。でもそれはティアンの目的である神の力を欲っしたからではない。そんなもの、カァラには興味はないし、必要のないものだ。

でも今ならわかる。自分が宵の君に対して持っていた感情…。それはただの理不尽さから来る妬みだった。

“何故、宵の君と自分がこうもかけ離れているのか?”

この問いの答えがわかったのは、実際に宵と暁の二人と会ってからだと思う。
いや、正確には、今日、ライルという男の出現によってはっきりしたというのが、皮肉な事であった。

カァラがはっきりと知った答え…。
それは宵の君が姫巫女とセドの王子の血を引くからではない。
格の違いでもない。
もちろん、自分が極悪人の子供だからだという言い訳でもない。

ただ、自分には【暁の明星】のような人間が傍にいなかったという事実だけだ。

それを思い知ったのは、暁本人と触れ合ってから。
カァラはぎゅっと自分の身体を自分の腕できつく抱き締め、まるで胎児のように丸まった。
あの無欲な慈愛のこもった手で触れられた事で、カァラの頑なな心に一つの裂け目を作ったのだ。
己を培ってきた今までの世界が、その小さな裂け目からがらがらと音を立てて崩れそうになるのを、やっとの思いで留めて来たというのに…!
それがアベルの情人(こいびと)と思われるライルによって、無理矢理こじられ壊されてしまった。
だから自分はあんなにも相手に攻撃的だったんだ…。
カァラは自虐的に喉の奥で笑った。

その途端、急に堰を切ったかのように、浮かんで欲しくなかった羨望の念が沸き起こってきた。


自分はいつだって一人だった。
それがとても当たり前の事で、そんなものだとずっと思っていた。
……子供の頃から、宵の君も同じ境遇だと、少なからず彼に近しいものを感じていた。
だけど、それは全くの思い違いだった。
宵の君…キイ・ルセイは一人ではなかった。
彼にはずっと影のように寄り添う暁…アムイ=メイがいた。
暁こそが、あの孤独の思いを抱えながら地に降りた天の御子を、この地に留まらせた大地の御子なのだ。
彼の孤独をどれだけあの暁が癒しただろう。そしてまた、同じように宵は暁を癒やし支えてきたのだ。
二人でひとつ。
その概念は何となく知ってはいたけれど、それはまるで形のない幻のような感覚で捉えていた。
だが、二人の存在が現実味を帯び、はっきりと形として見せ付けられて、カァラに大きな変化をもたらしたのだ。

羨望。
神の力も権力も…そんなものなんかいらない。
揺るがない魂で結ばれた相手。
そんな人間がひとりでもいいから自分だって欲しい…。

──本当は自分こそ、その様な相手が心底必要だったんだ──
宵の君やあのライルという男のように、自分が無我夢中になれる…信頼に値する相手が。

今まで考えたくなかったその思いが、全身を支配していく。


自分は今まで、人はどこかで裏切るものだから、信じないように生きてきた。
もちろんそれは自分の方から、人を拒絶し裏切りながら生きてきた結果であり、証であるというのは分かっている。
でもそれは仕方がない事だろう。
カァラは今まで愛情というものを知らないで生きてきたのだから。

ティアンから逃げ出して、最初の男に拾われるまで、カァラは幾度となく死に目にあった。
ひと際目立つ容姿が災いしたか、出会う大人は全てカァラを利用する事しか頭になかった人間ばかりだった。
飢えの恐ろしさもその時知った。大人が小さな子供に惨い事を平気でするという事も経験した。
カァラは何度も何度も機転を利かせて彼らから必死に逃亡した。
その時に出会った最初の男は、この哀れな少年を初めは親切心で拾ってくれたのかもしれない。
彼は初めて優しい言葉をかけてくれて、乞食同然だった自分に食べ物を与えてくれた。
不憫だと思ったか、そのまま彼はカァラを連れ、各国を行商して回った。
だがその数年後、花がほころぶように美しさに磨きがかかったカァラを無理矢理摘み取ったのは、他でもないその親切な男だった。
彼には故郷には妻も子もいて、カァラと共に過ごした行商生活の合間に家族に会いに行っていた。だから普段は良き家庭人の良識のある男だったのだろう。
だが、自分から襲ったくせに、その男はカァラのせいにした。
《お前が悪いんだ。お前が俺を狂わせた》
《お前が俺を誘ったんだ。俺をこんなにさせたのはお前なんだ》
少年であるカァラには身に覚えのない事を、グダグダと言い訳する男を、冷めた気持ちで見上げていた事を思い出す。
それから彼は何度もカァラを罵りながらのめり込むようにして関係を続けた。それが結局、本人を家庭から遠ざける結果となって、それが風の噂で男の妻の耳に入り…。
運が悪い事にコトの最中に男の妻が乗り込んできた。
そこからの修羅場は、多分想像の通りだろう。殺傷沙汰の最中、カァラはどさくさに紛れて逃げ出した。
また自分は一人になってしまったのだ。
後から聞くと、その男は妻に刺殺され、妻も嘆き苦しんで自殺したと聞いた。
これが、カァラの魔性といわれる所以の始まりであった。

それから過ごしてきた自分の人生は、人に語れないくらいの悪夢と欲と修羅の日々だった。

だが、それで滅することなく今まで無事に生きて来れたのは、この美貌と、授かった邪眼、そして…大の悪人も恐れをなしたほどの、自分の豪胆さだ。

『見かけと違って、お前は肝の据わったガキじゃけん』
そう感嘆したのは、大陸でも恐れられていた、当時シャン山脈で暴れていた山賊の親方(ボス)だったと思う。
その山賊の親玉は、もうすでに老齢で引退していたが、賊の中で一番権力があった。
運悪く人買いに拘束されたカァラが、逆に手玉に取って、逃げ出そうとした所を彼に捕まった。
その時の、カァラの平然とした振る舞いを、彼はいたく気に入ったようだった。
『こんな可愛い顔して、まだガキなくせにたまげた肝だな、カァラ。
どうだ?俺らと組んで、一儲けしないか?』
そうしてカァラは客を取って金を稼ぐという事を覚えた。だが、彼らは普通の組織ではない。かなり阿漕(あこぎ)な事を平然とやるような人間達だ。幼いカァラを見下して、かなりいいように利用しようとした。
だが、利用されて我慢ができるカァラではなかった。
カァラが頭をフル回転し、この賊党を内部から色仕掛けで潰すまで、そんなに時間は掛からなかった。その間、全ての悪事を彼らから教わった。
世間では、まさか大陸を脅かすほどの賊を、たった一人の美貌の少年が潰したとは誰も信じられなっかったようで、一笑に付された。賊達は欲目に眩んで、内部分裂起こし、自滅したとしか思われなかったのである。


そうして自分が男に与える影響力に自信を持ったカァラは、流れ着いたゲウラの町で、桜花楼(おうかろう・高級娼館)に女を買いに訪れるという、南側にある小国の王に自分を賭けてみようと思った。
この時すでに、不特定多数の男ではなく、名誉も財も持つ男一人と契約をし、己の立場を上げていく、という図式がカァラの中で出来上がっていた。
その手始めがこの小国の王だった。
まだ若くて割りと男前の、うぬぼれの強い王は、すでに后を娶っていたが子供ができなかったので、種付けの気分で桜花に女を買い漁るつもりでいた。桜花に入る前、手始めに城下の町で女達に接待を受けている所が狙い目と睨んだカァラは、女に混じって酌をした。
王はカァラが男だと知って大層驚いたが、すぐにカァラの手に堕ちてきた。
王は完全にカァラの虜になった。
だが、元々女好きだった彼は、カァラに女装する事を強く望んだ。
そしてカァラを国に連れ帰り、愛妾として囲うことを宣言した。
その為に一国の王の相手として恥ずかしくないくらいの教養を身につけさせられ、【姫胡蝶】という異名までつけられた。
カァラの本音としては、男に“姫”はないだろう、と苦々しく思っていたが、すんなりと認可が下りてしまったから仕方がない。自分のような後ろ盾のない人間が、異名を授かる機会はほとんどないという事もあって、笑って受け入れたのだが…。結局自分にはこの名が妥当と言われたみたいで、実はしばらくは気落ちした。
だから、公以外では【姫胡蝶】と呼ばれたくないというのが本心だ。
できれば“姫”を取った呼び方がいいなぁ、と常に思っていたくらいに。
それでも自分を“姫君”のように崇める男達ばかりで、胡蝶呼びを誰にも伝える機会のないまま数年経ち、こうして荒波の提督と出会ったのだ。

(アベル…)

カァラの目の奥で、アベルの澄んだ深い青い瞳と、太陽に輝く金色の髪が映った。
彼が初めて自分の事を『胡蝶』と呼んでくれた男だった。
もちろん、それは話の流れで自分からそう呼んで欲しいと言ったからで…。
でも今ならわかる。
たとえ、男らしい方が趣味だと知ったとしても、自分が相手に心を開いていなければ、きっとそう呼んで欲しいなどと、口が裂けても言わなかっただろう。だから…。
そう…自分は…いつの間にか、彼に心を開いていた…。

目元が熱くなって、思わずカァラは目を開けた。
泣きそうになるのを、ここでもぐっと堪えてしまう。
何回も長い睫を瞬(しばた)かせると、ふぅっと大きく息を吐いた。


ブル・ノ・ウェアールの輝石の瞳を持つ男。…荒波の軍神…アベル=ジン。

彼は自分が今まで関係を持ってきた男達と全く違う。
何故、自分は彼を選んだのだろう。

自分の気まぐれがそうしたと信じていたカァラは、全く思いもしなかったその疑問に、ずっと引きずられていた。
それは、やはりあのライルが、アベルを十年も思い続けていたという告白を聞いてからだった。


その自分の気まぐれで、アベルと愛人契約を結び、身体の関係だけが一人歩きして、まさか彼が真性で男が好きな人間だとは思ってもみなかった。
きっと、アベルの本当の好みは、あのライルのように精悍で凛とした男なのだろう。
もちろん、アベルが男らしいのが好みだと知れば、その様にするのは簡単である。だが、それを知ったとしても、アベルは一度もカァラに自分の好みを押し付けたりはしなかった。ただ、自分に、『別に無理に飾らなくていい。今のが普段のお前だというのなら、俺はその方が助かる』と言っただけだ。
実際、契約した愛人の好みに合わせて、己を演出し、変化させるのを得意としてきたカァラである。
だが、今までの相手は、自分が女っぽく振る舞う事を望んだものばかりであった。昼は貞淑で夜は淫らな娼婦で、というのを好んだ者ばかり。
粗野で男丸出しの自分に、興味を持つ男なんて初めてだった。

と、そこまで思ってカァラは気がついた。
今までなら、自分に売り込んでくる男ばかりで、だからこそどのような嗜好かなんて、ある程度は事前にリサーチを済ませておくのが当然だった。
だが、この荒波州の海軍提督という男は、自分が気まぐれで突発的に選んだ相手であって、ちゃんとした事前の身辺調査とかをする間もなく愛人契約した異例の人物であった。その後、二人で過ごす時間は充分ある方だったが、すぐに北の国へ行かなければならないのと、相手の任務に同行するということで、結局互いに深く知り合う機会を逃していた。
ただ、その反対に肉体の方ばかりがどんどん親密になっていった。それははっきりと言えば、互いの身体に夢中になっていて、互いがどういう人間なのか、どういう嗜好の持ち主なのかも、その時の二人には、何の支障も感じなかったからだ。
それだけ珍しく、身体の相性がよかった。
もちろん初めに触れてきたのはアベルの方だ。
だが、それはカァラ自身気が付いていなかっただけで、無意識に彼が来る事を望んで誘ったような気がする。
相手を誘惑して虜にさせるのがカァラの仕事であるに関わらず、自分自身が彼を欲しかったのだと、カァラはこの時に自覚した。

アベルの青い瞳に魅入られたからこそ、自分から初めて自分からこの男を欲しいと思った。単純に、まるで宝石を手にい入れたい気分で、アベルに声をかけたのだと思っていた。以前は。
でもそうじゃなかった。

彼の持つ何かが、自分を惹きつけた。
それが何なのかはまだはっきりとわからないが、確かに引き寄せられたのだ。

占者が自分自身を占えないように、邪眼もあまり自分自身の事は見えないものだ。いや、見てはいけないものかもしれない。よほど自分を無にできる者でなければ、必ず己の我や欲が入り、事象を正しく見る事ができないとも言われているからだ。
だからカァラは絶対に自分を邪眼で見ることはしなかった。
認めたくないけれど、本当の自分を知るのが怖い気持ちが強かったからだと、今は素直に思う。

カァラは再び目を閉じて、今度は暁…アムイの澄んだ黒い瞳を思い返した。
アベルがブル・ノ・ウェアールの海ならば、彼はまるで大地を包む夜空のよう。
明け方に現れる明星の煌きが、彼の瞳に息づいている。
カァラの胸にひとつの結論がストンと落ちた。


【暁の明星】との邂逅が、己にもたらしてくれたもの。
彼が自分に与えてくれたもの。

それは自分を中庸にして客観に見れるという力ではないのだろうか?

真の自分。
状況によって、薄皮のように幾重にも存在する自分の、奥のそのまた奥深く存在する真実の自分。真性の核を。


それを知るために自分は【暁の明星】に出会ったのだ。

ならば、もう足掻く事は馬鹿らしい事ではないか。
いつまでも揺れる自分に、カァラは嘲笑した。

今なら素直に受け止められるのではないだろうか。
彼が自分に何を言わんとしたかを。


『……お前がどういう風に俺を見たのかわからないが、これが俺だ、カァラ。
変わっていくのは世の常で、変化していくからこそ魂は先を行く。
その中にあって、俺は在るがままに、こうして在るだけだ。
様々な姿を変えても、核は変わらずそこに在る、大地のように。
……だから、恐れ、焦燥に駆られなくても、何も案ずる事はない』

あの蜜腺に触れたがごとくの優しい手と変わらない、暁の柔らかな声。

『恥じ入る事などあるものか。
お前が必要ならば、いつだって俺はこの扉を開ける。
それを自分に活かすかは、お前次第だ』


【暁の明星】という異名が、何故彼につけられたのか。その真意が今になって理解できる。
彼は夜明け前の一番深い闇に潜む暁星。
宵の君が天から使わされた神の宝だとすれば、暁はその宝に愛でられる器である。
いや、…愛でているのは器の方か。

そしてまだ少し揺れ動く、アベルへの思い。

自分はあの時完全に嫉妬していた。
ライルの一途さに、アベルの誠実さに。
認めてしまおう。もう楽になろう…。カァラの芯の部分で、そう幼い子供の声がする。
だけど、それでもまだカァラの心は藻掻(もが)いていた。
自分が彼に対して感じている思いを認めてしまったら、ますます惨めになるだけではないか?という安っぽい懸念のせいで。

アベルが自分に寄せる気持ちは、多分、仮のものだろう。
ちょっと毛色が違う愛人に一時溺れているだけ。
本来の彼はこんな女みたいな男は見向きもしない、と誰かが言っていたのを耳にした事がある。
もちろん自分の肉体に溺れているなら、数多の男達同様、簡単にアベルが自分から去って行くとは考えられない。
それだけ己の性戯には自信がある。自分だって何度我を忘れて彼と戯れたことか。
だが、それだけではかえって虚しいという事を、カァラは宵と暁に教えられたような気がする。

今生、あの二人がこういう肉体的に結びつくことは絶対にないだろう。
だが、彼らの別の次元での結びつきは、カァラにとって、いや他の人間にとっても滅多にない稀有なもので、それはただ単に心が結ばれているというだけではない、もっと深いものではないかと思うのだ。
普段では簡単に手に入らないもの。いや、手に入りづらい絆。
だからこそ、カァラは憧れるのだ。
熱く、激しく。心躍るほどに。

《見たい…》

それは震える心の奥底からの魂の望み。
地獄ばかり見てきたカァラの求める、一筋の光でもあった。

《俺は見たい。二人が通じ合う…その瞬間を》

カァラが興奮でぶるりと身体を震わしたその時、遠慮がちに扉が開く音がして、誰かが入ってくる気配を感じた。
(アベル…?)
もちろん、彼以外にこの寝室に入ってくる者はいない。
彼がこの部屋に帰って来た事に何故か緊張したカァラは、思わず身を硬くして慌てて目を瞑り、そのまま眠っている振りをした。

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2012年3月23日 (金)

暁の明星 宵の流星 #171


ライルは【姫胡蝶】を刃物に例えていたが、以前のアベルだって相当なものだった。
もちろん、身内にはとことん情が厚くて頼りにはなる。が、その実、誰にも心から気を許していないのでは?と思うような節があった。始終緊張感の中にわざと自分の身を置いて、心からリラックスして笑う事など忘れてしまっているのではないかと心配するくらいに。
幼い頃のアベルを知っているからこそ、レザーはここ十年のアベルの様子を懸念していたのだ。

それだけアベルの様相が、昔とはかなり違って見えていたのである。
軍で久々に再会したアベルは、確かに様々な武勇伝に伴う激務によって、全体的に厳しくて冷酷な印象が拭えなかった。
少年の頃の、屈託のない、明るい少年時代しか知らなかったレザーは、軽いショックを受けたのものだ。
元々、律儀で誠実なお人柄の方であった。
奔放な親を持つ故の、自己抑制が人並み以上に働いていたのだろう。本人はいたって計算されたような言動を好む傾向があったが、冷淡と言えるようなものではなかった。
その反面、ある意味、人に対して愛情深い割りに不器用なところがあり、滅多に人に入れ込む事がないからこそ、これだと思う人間にはとことん一途であった。
意外と融通の利かない無骨な性格が、彼を益々ストイックな青年にしたのだとも思う。
それを楽しんでいた時も、少なからず少年時代にはあったように見えたのだが、大人になった彼は、完全に自分を抑制する事に固執すらしているように見えた。
それも人らしい感情の全てすらを禁じているような…。

アベルとハウル二人の間に何かあったということは、薄々は感じていたけれど、それをおくびに出さずに見守ってきた。ライルについても同様だ。
今回こうしてアベルの補佐として任務につき、この悪名高い男【姫胡蝶】との関係だって、直接本人に向かって何かを言う事はしなかった。
だが、ずっと傍で見てきたレザーは、当事者よりもよく見えていたのは事実だ。
例えば、アベルが【姫胡蝶】と出会ってからの、今までの変化。
刺々しい茨のような壁が、彼の前ではいつの間にかほとんど消え去っている事に、レザーは気がついていた。
二人が親密になればなるほど、アベルに笑顔が増えていった。
本人はあまり気がついていないようだが、昔馴染みであるレザーにはその変化が手に取るようにわかった。
時折、耳にする事が多くなった、アベルの笑い声。
まるで心の底から無防備に笑い、合間に聞こえてくる楽しそうな声が、レザーを事の他驚かせた。
それが一回や二回ではない。そして気がつくと、必ずやその笑い声の傍にはあの【姫胡蝶】がいるのだ。
もちろん、人の心を意図も簡単に操れるであろう美貌の愛人ならば、このようにして主人を楽しませる術を心得ているのは当たり前であろうと思っていたレザーであったが、二人がプライベートで過ごす姿を見れば、本当に純粋に二人でいるのを楽しんでいるように映った。
まるで、そこだけが違う時間が流れているかのような二人。
本人達はそれに気がついているのであろうか?それだけ親密で自然な感じなのだ。
緊迫した公務の中、たまに訪れる穏やかな時間は、レザーや配下の兵達にとって一時の清涼剤でもある。
だが、こうした隙間の時間でさえも、いつものアベルならば緊張した時間の下に、休む、などという事すらも忘れているのが常であった。
それが【姫胡蝶】の愛人となった頃から、アベルは進んで彼のために時間を取るようになった。
傍から見ても、あの冷徹な男が、愛人に夢中になっているのがわかるくらいに、任務に支障がない限り彼を傍から離さなかった。
だからこそ、スキャンダルな噂に拍車をかけた結果となったのだろうが、レザーにはそれは普通に恋に落ちた者の振舞いのように感じていた。
それをことさら強く感じたのは、ある日偶然に見た、一時の休息の中での二人の様子からである。

その日はうららかな日が柔らかく、北の国の初冬には珍しいくらいの暖かい陽気であった。
偶然通りかかった宿の中庭で、二人は日差しを心地よく浴びて肩を寄せてベンチに座り、はるか彼方、うっすらと木々の合間から覗く水平線に面差しを向けていた。
何かを互いに話すこともなく、ただ、本当にぼんやりと座っているだけに見えたのだが、時折アベルの楽しげな笑い声で、二人が和やかに会話して過ごしている事に気がつく。
というよりも、アベル自身がゆったりとした面持ちで、完全に寛いでるようで、それが全体をこのような緩やかな空気にさせているようだ。
それに呼応するように、隣にはいつもとは違う魔性の男の表情(かお)があった。
いつもは仮面を被っているような、どこか不自然に映る美貌が、この時だけは表情豊かにくるくると変わっていた。
たまに交わす会話は、自然と口から出ているようであり、何の気負いもない、そこには他人が入り込めない、二人だけの世界が形成されていた。時には喧嘩らしく言い争っている場面もあるが、それすらもただじゃれ合っているしか見えない。
普通に見れば、それは他愛のない、どこにでもある恋人同士の風景である。
だが、それがアベル提督となれば別だ。
レザーはともすれば少年の頃以来に見たことのなかった彼の完全に寛いだ様子を、そこで発見したのに驚いたのである。

あの方が…このように無防備な様相で、他人と過ごしているとは…。

この時、レザーは言い知れぬ感動を覚えたものだ。
  
(お互いに、まだお気づきではないかもしれないが…。
アベル様を変えられる事ができるのは、【姫胡蝶】殿なのかもしれないな…。
いや、本来のあの方を引き出してくれるのは…)

そう感じるからこそ、ライルの言動が痛々しくてかなわない。
(私は…。できればアベル様もライル様も…幸せになっていただきたいが…)

無意識のうちに溜息が出ていたのであろう、突然、アベルに肩を叩かれた。
「色々と迷惑をかけてすまなかったな、レザー。もう戻って休もう」
「あ、はい。ぼんやりしていて申し訳ありませんでした」
「いや…、謝るのはこっちの方で…。その、あなたには恥ずかしい所を見られてしまったし…」
言いにくそうに顔を赤らめ、普段とはらしからぬ有様で口ごもるアベルに、レザーは安心させるように微笑んだ。
「私はこのくらいの事、気にはしておりませんよ」
普段とかわらないレザーに、アベルはホッとした顔をした。その表情を見て、レザーは眩しそうに目を細めた。彼が自分の前ではこのような顔をしたのは、果たして、幾年ぶりであろうか。

それぞれの部屋に帰る途中、しばらく無言で廊下を肩を並べて歩いていた二人であったっが、突然、アベルが前を向いたまま口を開いた。
「ありがとう」
レザーは軽く驚いて、思わず隣の背の高い男を振り仰いだ。
「一体、何のことですかな?」
アベルは気恥ずかしそうに俯くと、ポツリと言った。
「いや、貴方が二人の会話を止めなかったら、俺は何をしでかすかわからなかった」
「アベル様…」
それは先程、ライルとカァラが言い争っていた時の事を指していた。
「あなただけは気がついていたんだろう?俺が爆発寸前だったって事を」
「……ええ。そうですね」
レザーはあっさりと認めた。他の二人は自分らの事だけで気が付いていなかったようだが、真正面から見ていたレザーには、アベルの感情の波が手に取るように理解できていた。
「止めてくれてよかった。…そうでなかったら、俺は…」
アベルはそう言いかけると、一瞬押し黙り、しばらくしてから吐き出すように言った。
「ライルを危うく殺してしまう所だった」
「ア、アベル様!」
ぎょっとしてレザーはアベルの顔を見た。まさかここまではっきりと本音を吐露するとは思っても見なかったからだ。
アベルは自嘲気味に唇を歪めて、軽くレザーのほうを見下ろした。
「俺は何という酷(むご)い男だろうか。
あの時、俺の怒りの矛先は確かに二人にあったけれども、その二人が何をしていたか何て事は、聞きたくなかった。…聞いて…我を忘れそうだった。その瞬間、両方とも憎んだよ。
二人の間に、どのようないきさつがあったかはよくわからない。
だけど、その事実だけが、俺を愚かにさせた。
あの胡蝶の白い肌に、俺以外の男が触れたなどと。
それが自分を慕ってくれているライルであれ、他の誰だろうが、俺は…」
アベルは苦しそうに顔をしかめた。
「俺は…一瞬でもあのライルに殺意を抱いてしまった…」
「ああ…!」
レザーの声にアベルは緊張の面持ちを緩めると、ふうっと大きな溜息を零した。
「一瞬でも、だよ。それがどんなに自分を愕然とさせたかわかるか?レザー。
後の半分の激しい怒りは自分自身にだ。
醜い嫉妬に駆られ、自分を慕ってくれている青年に殺意を抱くなんて…。
…このようにして俺を愚かな男にさせる…。
笑ってくれよ。
この時になって、完全に気がつくなんて。
俺は確かに、胡蝶にいかれてしまっているんだよ、我を忘れるくらいに」
自責の念で一杯一杯という風情のアベルに、年季を思わせるレザーの優しい手が彼の肩を叩いた。
「いやはや。
鬼神、軍神と言われるほどの御方に、このような思いをさせるとは、さすが悪名高き天下の【姫胡蝶】殿ですなぁ。
…貴方からこのような人間臭い感情を引き出すとは、恐れ入りましたよ、このレザー」
思っても見なかった返答に、アベルが目を白黒させていると、レザーはハハハッと軽く笑った。
「半分冗談ですけどね、でももう半分は、本当にそう思っているのですよ」
様子を窺うように、レザーの顔をじっと見ていたアベルだったが、つい自分もつられて笑ってしまった。でもそれはレザーとは違って、かなり情けない笑いであったが。
「本当に笑われるとはね」
明るいレザーの態度は、アベルの気持ちをかなり軽くしてくれた。今更ながらに、彼が今ここにいてくれる事を、心底天に感謝した。
それと共に、カァラにはこういう大人が近くにいたのだろうか?などという、先程懸念していた思いに、また囚われてしまう。
それだけ今のアベルの心の中はカァラで一杯だった。
だが、彼の悪名高いほどの魔性の魅力に、単に虜にされてしまっただけかもしれないという思いも、完全に拭い切れはしなかった。いい年齢(とし)して、若くて綺麗な恋人に入れ込んでいるだけの、ただの色ボケた親父かもしれないとまで、己を卑下してしまう自分に呆れる。
レザーに気を許していたアベルは、思わずその事をポロッと口に出してしまった。
それを聞いたレザーは驚きながら、愉快そうに笑った。
「アベル様がいい年齢(とし)の親父なら、この私はどうなんですか?
これでもまだまだ、老いぼれてはいないと思っているのですがねぇ」
と、面白がるような口調から、一変して真面目な表情でこう続けた。
「まぁ普通に世間では、天下の海軍提督が、悪い男娼の色香に惑わされて、我を失っているように見えてるでしょう。
何しろ、沈着冷静、自己抑制の賜物、ある意味堅物。
まぁ、浮いた話はあるにしろ、相手に夢中になった姿すら見せた事がない…というのが普段の貴方ですからな。
そのように隙のない御方の、その余裕のない顔が見れただけでも、私は得した気分になります」
「言ってくれるなぁ、レザーは」
アベルは苦笑しながら頭をかいた。
でも事実、【姫胡蝶】との関係を罵倒されても仕方ないと思っていたアベルは、少々拍子抜けした。
それよりも今の自分の状況を面白がっているような、そんな彼の懐の深さにただ敬服するばかりだ。
「……貴方様は良識のある大人の男なのですから、これからどうするかは、私が口を挟む筋合いはございませんでしょう。
ただ老婆心ながら、己の感情を素直に認め、本心に従う事も長い人生には必要ですよ。
そうやって心に沿って生きていく、というのも悪くないと思いますがね」

いつの間にやら二人は、レザーの部屋の前まで辿り着いていた。
カァラのいるアベル達の部屋へは、まだこの廊下の先、奥まった所にある。
扉の前でレザーは軽く敬礼すると、改まってこう言った。
「では、提督、明日は早めに準備をし、船の移動を遂行致します」
「うん、よろしく頼む。世話をかけるな」
「いいえ、それよりも、後はしっかりと【姫胡蝶】殿と話し合われて下さい。
……色々と、お有りようみたいですから……」
レザーの言葉に、アベルは目を見開いた。
「胡蝶がか?」
レザーも気がついているのか。
まぁ、最近ずっと荒れているから仕方のない事だが、彼にまでも心配されているのかと思うと、これは益々、カァラと話し合う方がいいように思えた。今までのように、腫れ物に触るような扱いだけでは、きっと駄目なんだろう。
その思いが顔に出ていたのか、レザーは扉の中に入る手前で、ふっと微笑むとこう言った。
「客観的に物事を捉えられる貴方の事だ。そうやって今のご自分を色々と分析されているんでしたら、私が心配するような事はありませんな。たとえ感情が先走っても、すぐに貴方はそうして最善を求めて一歩引き、己を客観に見る事ができる。
それは素晴らしい才能で、……きっと、貴方のそういうところが、今の【姫胡蝶】殿には必要だと思うのです」
「レザー…」
「では、お休みなさいませ、提督閣下」
アベルが何かを言う前に、穏やかな物腰で軽く会釈をすると、レザーはそのまま部屋に入って行った。
(客観的…か)
カァラを前にすると、今の自分には一番難しい事だと思うのに、レザーはどうしてあんな事を…。
心の中で呟いたアベルは、次の瞬間思わずクスリとした。
結局、こうしていつも自分の中で色々と思い巡らしている事を言っているのだとしたら、それは買いかぶり過ぎだ、とアベルは思った。


しんと静まった廊下をゆっくりと歩きながら、アベルは様々な事を思い巡らし、己の気持ちを整理する。
今日は色んな事がありすぎて、自分の感情が追いつかないほど翻弄されていたように思う。
船の事、セドの王子の事、これからの事。
ライルの事、カァラの事、そして…自分自身の事。

思い巡らすほど、はっきりしてくるのは、自分のカァラへの感情(きもち)だ。

愛と呼ぶにはまだ遠いかもしれぬ。でもこの激しい思いは確かに恋だ。
【姫胡蝶】の毒牙にかかって堕ちていった数多の男達同様、彼の色香や淫らな肉体にのめり込んで、自分を見失っているのかと思っていた。
だが、いつからか、それだけではないものを彼に感じていた。
その正体を、皮肉にもライルによってはっきりと知ってしまうとは。

溜息とともに自室に戻ったアベルは、胸を詰まらせて仕事場兼応接間である部屋を横切り、奥にある寝室へと向かう。
アベルは自分がどうしたいのか、自問自答した末に出した答えを胸に、その奥まった寝室の扉を開けた。

これからどうなろうとも、ましてや皆の気持ちがどうであろうが、自分に正直に行動しようと固く決心して。

うっすらとほのかな灯りを頼りに、アベルは自分達の寝台に向かいながら息を潜めた。
天蓋つきの豪奢で広い寝台の上、ふかふかとした褥の端っこで、背中を向け、赤ん坊のように丸まって寝入る彼の姿が目に入る。
薄い毛布を肩まで引き上げ、柔らかな長い髪は、自分を守るかのように毛布と共に身体に纏わり付いていた。
まるで己を外敵から護るような風情であるのに、それでも自分ひとり分の空間を褥に空けてくれていた事に、アベルは胸が締め付けられた。

アベルはそっと唇を噛むと、ゆっくりと彼のいる寝台にあがった。


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2012年3月22日 (木)

暁の明星 宵の流星 #170

カァラが部屋を出て行った後、気まずい雰囲気がしばらく流れた。
その張り詰めた空気を最初に破ったのは、明るいレザー大尉の声だった。
「では、提督。早速ですが、どの者をライル様におつけしましょうか。
あまり人数が多くても、かえって怪しまれるでしょうから…」
「あ、ああ、そうだな。…二人ぐらいがいいだろう。人選は君らに任せる。
重要なのは…」
半ばほっとして、アベルは話を進めた。
機転の利くレザーに、心底感謝していた。
それはライルも同じだった。
互いを知る、良識のある大人。
彼の存在が、どれだけ自分達に恩恵をもたらしていたかなんて、普段気がつかない分、こうしていざとなると本当に身に染みる。
細かな事を取り決めながら、アベルはふと、カァラの言葉を思い出していた。

《ああ、そうだ。偉そうに愛を語るお前こそわからないだろうよ!
温かな人の庇護を受けるのが当たり前に育った、恵まれている奴になんか!》

突然耳に飛び込んできたカァラの悲鳴のような声。
アベルはカァラの口から放たれる心の叫びに心臓を掴まされ、思わずその場に立ち竦んでしまった。
立ち聞きなどいけない、と思いながら、アベルは凍りついたまま彼の言葉を胸に受けていた。

《愛だって?そんなもので腹が膨れるのか!》

《毎日が必死だった!
生きるか死ぬか、毎日が戦いだったんだよ!!》

《ガキが、自分の力だけで生きていく為には、どんだけの事をしてきたか。
その日の食いもんを手にする為に、どんだけ手を汚さなくちゃならねぇか!!》

アベルの胸に、その言葉が刃(やいば)のように突き刺さっていった。

今まで、どういう人生を彼は送ってきたんだ…。

その狂おしいまでのその時の痛みに支配されそうになったアベルは、レザーの穏やかな声にはっとした。
「…で、よろしいですよね?提督」
「あ、ああ…。うん、それで任せよう…」
優しく頷くレザーを見やりながら、アベルは切ない思いに疼いていた。

自分達の周りには、こうした大人達が何人もいてくれて、何かと庇護してくれていた。
そしてそれを当たり前のように受けてきたのだ。
カァラには…そのような大人がいなかったのだろうか?
一人も?

《父は極悪人、母は狂人だ!養い親だって名ばかりで俺を毎日弄んだ。
守ってくれる大人なんて、俺にはいやしなかった。皆が俺を物扱いした。
皆、俺を人間として扱った奴なんていやしねぇ!!
だから俺は一人で生きていくって決めたんだ》


アベルはカァラの気持ちを思って苦しくなった。
同情?
いや、それでもその範疇を越えている。
好奇心から?
いや、この切ないまでの感情は、ただの好奇心と済まされるものではなかった。

彼の激情に駆られての告白は、とても演技と思えない。
あれは彼の、本音…。心からの叫びであると、アベルは受け止めた。

もし…。
幼いカァラの傍に、レザーのような大人が一人でもいてくれていたら…。
いいや、自分こそ、その時彼の傍にいられたのなら…。

アベルはこのような感情に揺れ動きながらも、努めて平静さを装いながらその場にいた。
本心では、今すぐにでもカァラの傍に飛んでいきたかった。
飛んでいって、力強く彼をこの手で抱きしめたかった。
目の前にいるライルの気持ちを思えば、申し訳なさが込み上げてくるが、どうしようもない程にカァラの事が頭から離れない。


……全く…。
俺、幾つだよ…。


沈着冷静を絵にしたような奴、とよく学生時代ハウルにからかわれていたこの俺が。
アベルは自虐的に心の中で笑うと、自分の中に隠し持ってきた、熱く吹き出そうな熱に身を包まれそうになっていく快感に浸っていた。
それは、少年時代に燃え上がったと同じ情熱。
あのハウルと別れてから、もう自分には枯れて無くなってしまっていると思っていたその熱が、再び自分に湧き上がってくる衝撃に、戸惑いながらも歓喜していた。

自分にはまだ、人を激しく思う気持ちが残されていたんだ、と。

それに気付かせてくれたのは、カァラである。
たとえ、彼が巷で噂されるような、魔性の力で男を魅了し、しまいには堕落させるという危険人物だろうとも。
彼の魔性で自分が誑(たぶら)かされ、利用されていようとも。
誰が何と言おうとも。

この感情は本物だ。

......................................................................................................................................................................................................


「では、重々お気を付けて、ライル様」
レザー大尉の思いやりのある言葉に、ライルはバツの悪そうな顔をしながらマントを被り直した。
「ありがとう。大尉には心労をかけてしまったようだね…。
醜い醜態を晒して迷惑をかけた。本当に申し訳ないと思っているよ…」
素直に頭を下げるライルに、レザーは明るくはっはっと笑うと、ポンポンと彼の腕を軽く叩いた。
「どうしても、これからすぐに出発なされるのですか?もう結構な遅い時間帯ですぞ。
提督の言うように明け方を待ってからの方がよかったのでは…」
「いや、時間が迫っている。できるだけ早く荒波に戻りたいからね」
快活にレザーの前ではこう言ったが、本当はここに泊まりたくなかったのだ。
アベルがあの【姫胡蝶】と部屋を同じにしていると思うだけで、きっと自分は心騒いで眠れない。
いくらアベルが気を使って、その時だけ別室に就寝したとしても、それはその場の事だけだろう。
彼らが寝所を共にしている事など、嫌というほど自分が懇意にしている部下から聞いている。
彼らが同じ屋根の下で暮らしているというだけでも血が昇るのに、しかもこれから重要な任務を背負う事となった以上、ライルの神経は持ちそうになかったのだ。
ならばできるだけ早く、この任務を片付けてしまいたい。
その衝動に駆られているライルは、引き止めるアベルとレザーに、無理言って支度を早めてもらったのだ。
「何でもお見通しのレザーには、隠せるわけもないから、正直に言っておきたい。
知っての通り、僕はあの【姫胡蝶】と派手にやり合ってしまったよ」
苦笑いするライルに、レザーは包み込むような笑顔を向けた。
「……僕はあいつが、ただの色仕掛けが得意な男妾と侮っていた。
自分の浅はかさに…いや、違うな。
嫉妬で目が眩んで何も見えていなかった自分が、とてつもなく惨めだったよ」
そう呟くと、ライルは怖いくらいに真剣な面持ちになった。
「あれは確かに魔性だね。…色仕掛けの事じゃない。
あの女のような姿形に誰もが魅了され、騙されるが…。そんなに甘いものじゃない。
レザーだってわかるんじゃないか?この僕よりも、あの男と接している時間が多いんだろうから。
あれは兎の皮を被った魔物だね。
あいつの本質はとてつもなく強靭で、鋭利な刃物。まるで近づく者を滅ぼす凶器のようだ。違う?」
ライルの淡々とした分析に、レザーは声もなく聞いていた。
さすがにあの、若くして州知事長の座に登りつめた方の弟君。
あれだけ感情をあらわにし、我を忘れていたというのに、ちゃんと見るところは見ているのだな、と、我ながら感嘆した。
「悔しいが、アベルが心を奪われた理由がわかったよ。……さすがはアベルだね。
外見でなく、本質で相手に惹かれたってところが」
それもきっと無意識に、だ。
無意識に、ヤツの見た目ではない“男(オス)”の部分を本能で感知した。
そうでなければ、絶対にアベルが相手にするような人間ではない。
その事にライルは激しい妬みを感じずにはいられない。そして、その事がわかってしまう自分自身が憎い。
………悔しさが、全身を駆け巡る。だが、今はそんな事に囚われている場合ではないのだ。
そのくらいの事ぐらい、ライルだって子供じゃない。わかりきっている事だ。
だが。

「それだって僕は、希望を捨てたりしないよ、レザー。
今はこうしてゆっくりとアベルと話し合う事ができないから、仕方なく一旦引くけどね。
でも長い人生で、この二人が上手くいくなんて事、あると思うかい?
アベルだって、今は同じ目標があるだろうからいいけれど、将来必ず気がつくと思う。
互いに住む世界が違うって事をさ」
ライルの言葉に、レザーは微かに眉を曇らせた。
「その時こそ、一番近くにいるのは僕だ、レザー。
傷ついた彼を慰められるのも僕だけだ。
………だから今は、アベルの優秀な腹心のまま、ずっと傍で仕えてみせるよ。
きっと僕の存在を、彼の人生の中でなくてはならないものにしてみせる」
思いつめたようなライルの決意に、口を挟もうとしたレザーは思いとどまった。
今、彼に何を言っても、耳を貸すような状態ではない事を、幼い頃から彼を知るレザーには、哀しいほどわかっていたからだ。
「そうだ。あんなぽっと出てきたような奴が、僕のアベルの何がわかるっていうんだ…。
彼に必要とされる人間はあいつなんかじゃない。……この僕なんだ」
ぶつぶつと口の中でそう呟くライルに、レザーの表情は益々曇っていった。

そうこうしているうちに、馬の手配を終えたアベルと二人の部下が戻ってきた。
「待たせてすまない、ライル。君の方の支度は大丈夫か?」
息を切らしながらそう言う様で、アベルがライルのために出来る限り急いで準備を整えたという事がわかる。
(ああ、僕の愛しい君)
ライルは心で切なく呟くと、アベルの前ではできる限りの虚勢を張って姿勢を正し、こう言った。
「では、提督閣下。必ずや任務を遂行致します」
「ああ、幸運を祈る」
「……私も貴方のご武運をお祈りしております。
早く目的を遂行され、凱旋なさりますように」
まるで戦に向かうような物言いに、アベルは微かに苦笑した。

…そうだな。もしかしたら、宵の君を巡って戦う事もあるかもしれない。

感慨深げにライルの目を見詰めると、ライルもまたアベルの瞳を見返した。
そして力強く頷くと、供をする二人の兵士と共に、各自馬乗するや、そのまま勢いよく馬を走らせ、一度も振り返ることなく闇夜の果てへと駆け込んでいく。

その遠ざかる影が闇に紛れて見えなくなるのを眺めつつ、レザーは心の中でライルに向けてこう呟いていた。

(ライル様…。
貴方には申し訳ないと思うが、このレザー…。
提督と【姫胡蝶】殿に言い知れぬ縁を感じておるのです。
……今は…、今は何と言ったらよいのかわからないので、口にできませんでしたが…)
そうしてついっとレザーは隣のアベルを盗み見る。
(…あの方と出会われてから、アベル様にいい変化が見受けられている事など、長年親しい知人でもある私にしかわからぬ事でしょう…)
再びライルの去っていた方向を複雑そうに眺めると、レザーはおもむろに目を閉じた。


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2012年3月21日 (水)

復活しました(-^〇^-)

お久しぶりでございます!

Naha212321b
─店先に満開、サイネリア♥─

昨日は慌てておりまして

きちんと挨拶しないままに、更新を先にしてしまいました。

長らくネットができなくて、モヤモヤとしておりましたが、昨日、やっと復活いたしました。
2週間も…更新できなくて申し訳ございませんでした。
昨日久々にブログを更新…。その後に皆さんのアクセス…嬉しかったです。

……忘れられていなかったんだと思うと………( ´;ω;`)ブワッ

……見捨てられていなかったんだと思うと……つД`)・゚・。・゚゚・*:.。

それに、いつもコメントくださるお二人から、励ましのお言葉をいただき、携帯から深く頭(こうべ)を垂れましたです、はい。
お言葉に甘えてお返事コメをしませんでしたが、この場でお礼申し上げます!
本当に嬉しかったです。ありがとう~


Hana2012321色どり乱舞


……ケータイでね…ブログ更新できればよかったんですけどね…。
実は、昨日更新した♯169-③の下書きを終えてからネットができない状態になってしまってたので、すわ、携帯!?と思ったんですが…。
この文章の量を携帯から打つ事を考えたら、気が遠くなってしまいましたとです…

とにかく携帯で文字打とうものなら、パソコンの2倍~3倍の時間がかかると思ってもよい、携帯音痴の自分でございます(情けねぇ!←by.キイ様
そういうことで、何とかお知らせの文だけ携帯から更新したのですが…。

えらい時間かかっちゃいました!


ダメだわ本当にもう…。


で、この長い期間、ネットできない日々は何をしていたかというと、結局携帯を毎日、いつもより多めに覗いていたわけですが、この時、はまってしまったのです…。

何が?と言われると、こそばゆいのですが、
ええ…実は…その……ケータイ小説に……。

今更っ!?と言われてしまいそ-なのですが、はい。今更でしょうが、今更に、ええ今更ジローで、ハマっちゃったわけです。

前からケータイ小説の某サイトで、ちょっとしたきっかけから、ある連載ものをパソコンで読んでまして。その作品の更新が楽しみで毎回覗いていたのが、自分がネットできなくなって、続きが読めなくなる!と焦燥。
でも、よく考えてみたらケータイ小説ですもんね。携帯で読めばいいわけなんですよ。
でも、実際自分では画面が小さい、というので躊躇していたんですね。
定額とはいえパケ代が~とか、変な気を回したりして
で、とうとう自分もケータイ小説読者デヴュー♥とか、しちゃったりしたんです。

で、よせばいいのに、その中で長編の大人の恋愛物(完結してるけど、長い)の設定が面白そうだったので、つい、読んだのが運のツキ。

…と、止まらないのね…。
その方、本当に素晴らしくて。今、連載しているラブコメが、携帯ゲームになるとか…というくらいのレベルの方なんですよ。自分は今まであまり小説方面はよく知らないので、きっと文章読む方は知っているかもしれませんが、本当、その方の描く世界にはまってしまったんです。
2日かけて読みましたがねぇ…。
携帯ってやはり便利だけど、すぐ電池なくなるわ、本当に読むのに苦労したのです。やっぱり画面、小さいし…。
でも作品は素晴らしかった。自分にとって珍しく感動したんですよ。
本屋さんに並んでいる売り物の恋愛小説は数多くあって、国も男女もお構いなく好きで読む方なのですが、ここまで引きずられるほどに感動したのは、販売小説でもそんなになかったです。読後感、引きずられるというのは、滅多にないことで。
これがタダで読めるんですよ!!(普段立ち読みしている人には言われたくないかもだけど)
   ↑
 一番感動したトコロ 

目からウロコでした。侮ってましたケータイ小説…(ごめんなさい)

やはり、ランキング上位の人の作品は、面白いですねぇ。
このブログを始めてから、こういう文章方面の世界も知ることになったんですけれど(それまでは漫画オンリーでしたので…)奥が本当に深い世界です…。
このような世界に触れて、自分も拙い中、己自身が恥ずかしく感じる事が多いですが、やってみてよかったなぁ、と思います。
(この話は、自分の雑記帳ブログにでもレビューしようと思っとりますが

海は広いし大きいなっ♥ということで、まだまだ井の中の蛙ちゃん状態の自分でありますが、それでもこのブログ、当分続きます…。


で。
お休みしていた間、色々と考えていたのですが、これからはどんな文章量だとしても、♯番号、と明記しようと思います。①とか②とかで、区切らず、このまま(長くなっても構わずに)更新していこうと思います。
なので、短い文量でも、長い文量でも、気にせずナンバー振っていきます
(ここにきて構成崩壊かっ?Σ( ̄ロ ̄lll))


文章も、構成も、内容だって稚拙な所が多い小説ですが、これからも、よかったら覗きにきてください。
ラストまでお付き合いいただければ幸いでございます。


…というよりも…すごく長い話になってしまいました…。
自己満足に走っていると言われても否定できないような内容だとも自分で思います(まだまだですねぇ…)
それなのに、ここまでお付き合いいただいているということに、本当に感謝しております。


まだ本作の主格以外の人間模様が続きます事、ご容赦下さいませ。

いつか改編して発表する時には、多分ほとんどカットの部分だと思いますので…。

行き当たりばったりライブ感覚は、ラストまで変わらないので、大目に見ていただけると助かります…(>_<)
(甘えてすみません…)


Hana3120321a
 店頭には、春、が来てますよぉ~

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2012年3月20日 (火)

暁の明星 宵の流星 #169 その③

「あの石板…セドナダ王家の家系図だけど、本当に手に入ったのは偶然だったんだ。
あの時こそ、珍しく神に感謝した事はなかったよ」

そう。
本当にその時はただの偶然。何とも幸運な事よ、と思っていた。
ただの腹いせ。これであのむかつく男に一泡吹かせてやれる。
いつも傍観を決め込み、他人の出来事にはせせら笑って眺めているのが性に合っている筈の自分だったが、事実そうして気持ちが晴れたのは確かだ。

だが、最近。
いや、あの運命の二人、宵と暁に出会ってから、言い知れぬ何かを感じ、こう思うようになっていた。
あの石板が自分の手に渡ったのは、偶然ではないのかもしれない、と。
…邪眼を持つ自分に引かれたのか、はたまた大きな見えない力が動いて、石板が手に入り、それを公にするように何かが自分に働きかけたのではないかと。
……人ではない、何か、が。

事実、あれ以来自分の運命が急展開した。
東の国の有力州のトップとの出会い。
宵の君の存在感。……そして、【暁の明星】の波動に触れた。
今までの自分を根本から揺るがす出会いを、この短期間で立て続けに遭遇した。
まるで何かに導かれるがごとく微細な流れに流されて、気がついた時には一本の大きな河に合流しているような。

運命、とそれを人は呼ぶのかもしれない。
この公表が、宵と暁の二人にとってひとつの波紋を投じたと同じように、また、己自身も渦巻く波紋に巻き込まれている。……全ては巧妙にして繊細なる運命の仕組み。

この波紋がこれから、どのように形を変え、どのように広がり、どのようにこの世界に影響を与えていくのか。
………カァラは己自身が変化していきそうな恐れと共に、激しい好奇心をも覚えていた。


その好奇心が、カァラを雄弁にさせた。
先程とは打って変わって意気揚々と語るカァラに、アベルは不思議そうな顔で眺めた。

「でも、肝心なところが削られたていたけどね。…何処だと思う?」
カァラの問いかけに、その場にいたアベルやライル、そしてレザーは頭(かぶり)を振った。
「宵の君…キイ・ルセイ=セドナダ…。
彼の父親がアマト第5王子というだけで、母親の名前が完全に消されていた。
きっと、その石板を手にしたオーン神教の大聖堂が抹消したに違いない。
それだけ、王子の母親の素性が世に知られるのを懸念したという事だよ」
「……天空飛来大聖堂(てんくうひらいだいせいどう)の…巫女の頂点…姫巫女…?」
ライルの呟きに、カァラはにやりとした。
「俺が推察するには、セドナダ王家はそれを全面に押して、この王子を持ち上げる気満々だったようだけどな。
さすがにこの生き残りの王子が、巫女を陵辱した果てに生まれたなどというのは体裁が悪そうだけど、そんなことも構ってられないほど、セドナダ王家って追い詰められていたみたいだ。
今でも王家が存続していたら、この背徳の王子について、どうとでも言い逃れしていたとか思うと、面白いと思わねぇ?多分それまでも色々と自分達に都合よく脚色してきたんだろうけどよ。
例えば、巫女様自身が望んで神の子孫である王子と恋に落ちた、とか、結婚したとか。はたまた手を出した王子に全ての罪を被せたりとかさ…。
まかりなりにも、巫女様のお子だぜ。しかも種は神王の直系だ。
いくら大聖堂がお怒りになっても、この事実を正当に美談にし、宵の君を奉る気満々だったってことだ。
どんな事をしても、セドナダ王家はこの背徳の王子を…いや、この王子の神の力を欲していたようだもの。
そこのとこは、同じ東の国民である、荒波さんがお詳しいのではないの?」
「いや…。そのような込み入った内情は、きっと機密部分だったろうから、洩れてくる事がほとんどなかったと思う。
ただ、あの当時、前任の提督の話では、国の情勢は芳しくなかった、と聞いている。
東の国、全体でのこと。つまり、その中枢であるセド自体が衰退していた、ということだ」
答えたアベルは、前髪をかき上げると、自分も近くのソファに腰を下ろした。
「当時のセドの国勢は、かなり危ぶまれていた、と聞いている。
それまでも、元々少ない国民(くにたみ)…民族であり、この数百年とも言われる、ゆるやかな女性の減少。それに拍車をかけての近親婚が続いた事もあり、太古と違って、神王たる王の質が衰えていた、と。
だからこそ当時の荒波は、セドの中枢の座を度々狙っていた。それが東の存続にも繋がると、荒波なりの正義があった。…まぁ、荒くれ州と称されるだけあって、その手段はかなり強引なものだったらしいが。
……だが、オーン神教と同じく、その兄弟ともいえるセド王家のプライドも限りなく高い。
彼らが自分達の存続を焦って、何かしら無茶をしたというのも、わからない話ではない。
それだからとて、巫女に神王の血筋を生ませるなどという、そんな大それた事…」
アベルの話を聞いていたライルが、ふと呟くように話し始めた。
「あの大聖堂の大神官、サーディオ様の姉君であられる、亡き姫巫女様は、歴代の巫女様の中でも、最高にして純粋で清廉、しかも癒しの力を持つ、有難き女神様のごとき姫巫女、と聞いた事がある。
……それが、いつの間にか退位され、亡くなった…と。
でも世間の噂では、神を裏切り、駆け落ちし、しかもその相手がセドの王子で、その後、神の裁きを受けてまもなく病死されたと。
だけど当時、母はその噂を聞いて凄く立腹して…。そのような下賎なデマを聞くな、信じるな、と大層な剣幕だったと、兄達が話していた事を…思い出した。
あれって本当の事だったんだ…」
ライルはつと顔を上げて、挑むように佇むカァラを見据えると、低い声で話かけた。
「だが、お前こそ、よくそんな詳しい事を知っているな。
……東の…民でもないくせに」
「だから言ったじゃん。
その内情に詳しかろうティアンが俺の養父だったって。
………俺はね、あのティアンご執心の宵の君の事は、生まれたときから嫌というほど聞いてきたんだぜ。
あいつは…俺の…」
と、カァラは言いかけて、やめた。
このようなこと、他人には言いたくないし、言うような事でもないと思ったからだ。
自分が宵の君の代わりに…いや、ティアンらの実験対象として、母を陵辱し自分が産まされたなどと。
「ま、こんな俺でも全て知っていたわけじゃない。
……段々と明らかかになってきたのは、こうしてアベルと宵の君捜索に出かけてからさ。
邪眼はね、意外と厄介で、対象が近くないと力は弱いし、近くても波動が合わないと発動しないものなんだ。それを合わせてもいいが、俺の気分が乗らねぇとな。
それでも、結構、お蔭さんで色々とよーくわかったよ。……セドナダ王家の生き残り……最後の王子の事を」
アベルは話しているカァラの様子をじっと観察していた。
ここまで雄弁なカァラは初めてだ。しかし、一番自分が知りたいこと…カァラ自身のことは意図的に隠しているように見える。…最初は宵の君の情報を知るだけで胸が躍ったものだが、今は、それだけでは足りなくなっている。
それ以上にカァラの情報を知りたいという衝動に気付き、アベルは複雑な心境になった。……ということは、つまり。
アベルは観念したように、ふっと表情を崩した。
ずっと、自分の中で自問自答していた答えを、はっきりと知ったような気分だった。
カァラを…この魔性といわれる男に、自分は…やはり恋している。
自分ではっきりと自覚したのなら、ここは潔く認めるしかないではないか。


密かにアベルの顔色を窺っていたライルは、彼の急な表情の変化にはっとした。
そして、陰欝な気持ちで俯いた。膝の上で組んでいた両手の指が、微かに震えだす。
あの、【姫胡蝶】を見るアベルの瞳。
紛れもないあの輝きを目の当たりにしても尚、認められない、認めたくない自分がいた。
だが、それを今、表に出す事をライルはかろうじて押し止めた。
今は個人的な話し合いをしているわけじゃない。今はセドの王子の話だ。
己に残されている、アベルの右腕というわずかな希望が、感情に抑制をかけてくれている。
ライルは自分の気持ちを悟られないよう、淡々とした声でカァラに問うた。
「貴君が、かなりセドの王子に心を入れ込んでおられるのは、よくわかりました。
では、これからどうするおつもりか?【姫胡蝶】殿。
我が提督は、貴君の王子を荒波に保護するおつもりです。…貴君はそれで構わないと?」

アベルはその問いに微かに緊張した。
カァラの宵の君への思いを、怖くてはっきりと聞いていない自分に情けなさを感じると共に、このようなことでビクつく自分に苦笑した。しかし、これはこれから同じ人物を追うもの同士として、はっきりとさせないといけないことであろう。
カァラは、一体宵の君をどうしたいのか。どうするつもりなのか…。それとも…。

カァラはライルのその問いに、面倒臭そうに溜息をつくと、きっぱりとこう言った。
「お宅らの事情なんて、俺には関係ねぇし、興味もないね。
ただ、目指す興味の対象が一致したってだけさ。
その影を追うのに、俺はあんたらの武力や調査能力を欲していたし、あんたらは俺の邪眼と情報を当てにしたんだろう?
利害の一致って奴で、最終的に宵の君をどうこうしたい、何て事は、今回の契約にはないと思うがね」
そう。それは表向きの事情ってやつで、実際、個人的に二人の間では、セドの王子を手にし、天下を狙うという話も出ていた。男としての浪漫を刺激され、最初のうちはその気だったアベルも、様々な情勢が彼を冷静に引き戻した。カァラとて、その話にどこまで本気だったか…。今考えるとお互いを昂らせる為の単なる睦言の延長だったような気もする。
それゆえに、今のカァラの冷ややかなその言い方が、アベルの胸の内に冷たいものを走らせるのには充分だった。

いけないな、このようなカァラの正当な言葉で、感情が乱れてしまうなんて。

アベルは自嘲しながらも、努めて平静を装い、周りを見渡し口を開いた。
「確かにそうだな。
……ならば、宵の君の件は、これからゆっくりと話そうか、胡蝶。
ライル、君ももういいだろう?
とにかく俺はもうしばらく胡蝶と行動を共にして、宵の君自らと接見し、彼の考えを聞き出すつもりだ。
俺としても、実際にキイ・ルセイ=セドナダ王子に会って、その人となりを確かめたい。彼がどのような男であるのか、どのような思惑を持っているのか、果たして頂点と立てるような器であるのか。
だから我々も彼をどうするかなんて事は、ご本人に会ってからの話だと思う。
自分のこの目で確認した上で、正直な見解を荒波政府に届けるとしよう。
そのために、君は君の兄であるハウル州知事長に説明をし、対策を煉っていて欲しい。
なるべく細かに情報は密偵で知らせるが。
……頼まれてくれるかい?」
しばらくライルはアベルの顔を見詰めていたが、意を決したように頷いた。
「……それが貴方のお望みならば」
そう呟くように言うと、ライルは立ち上がった。
「それではすぐに、僕は行動に移した方がよろしいですね?
…こうしている間に、あのティアンの方が先に、セドの王子を手にするかもしれない…」
「ああ。一刻を争う、と俺は思っているが…。
とにかく、ティアンめの動向も、別口で調べてはいる。出来る限り、荒波州としての政策を固めていて欲しい、と告げてくれ」
「わかりました」
ライルはそう言うと、ちらりとカァラを横目で見ると、目を伏せてこう言った。
「では、【姫胡蝶】殿との契約が無効になるまで、僕はお二人の件に関しては口出しするのを自重しようと思います。もちろん、兄にも…。ハウル州知事長にもその事を説明いたします。ですが…」
ギリッと力強い目で、ライルはアベルの顔を見据える。
「これはあくまで、佐官として任務を遂行する一環である、という事をお忘れないように。
……個人的に…ゆっくりとお話できる機会を、僕は…僕は…ずっとお待ちしております」
哀しげな眼差しを、つい、とアベルに向けると、ライルは出口に向かって歩き出した。
「ライル…」
アベルの呼びかけには答えず、扉に手をかけたライルは、一瞬立ち止まり、背を向けたまま独り言のように呟いた。
「ここまで…ずっと待ち続けて来たんです…。それがまた長くなったというだけ。
僕にとっては…どうってことのない事だ…」
その切ない呟きに、アベルも、そして顔には出さなかったが、カァラまでもが胸を締め付けられた。
「お、お待ち下さい、ライル様!」
出て行こうとするライルに、レザー大尉が急いで引きとめる。
「でしたらこれからこの任務について、提督と打ち合わせをしないとなりませぬ。
お一人の身では、何かと不都合と思います。
もっと詳細な打ち合わせを…」
「そうだ、ライル。まだ待ってくれないか?レザーの言うとおりだ。
これからお前に何人かの部下をつけようとも考えている。
それだけその機密を運ぶのに、念には念をいれておきたい。
頼む」
アベルの言葉に、ライルの動きが止まり、ゆっくりと振り返った。
その顔は平静を保っているようだったが、揺らぐ眼差しは嘘をつけなかった。

どんなに、辛い思いをさせてしまったんだろうか…。

アベルはこの時思い知らされ、暗澹たる気持ちになった。だとしても、どうしてやれるだろう?
アベルはライルに対し、自信を失いつつあり、どのように接したらいいかもわからなくなっていた。
しかし、そんな気持ちは押し隠す。皆の手前があるからだ。
「ほら、戻って座れ、ライル大佐」
いつもと変わらぬ態度でそう促した時、ずっと無言でこの様子を見ていたカァラが、不機嫌な調子で口を挟んだ。
「じゃあ、俺への用事はもう済んだんだろ?
いい加減行ってもいいかなぁ。
俺、頭痛いんだよ。悪いけど、先に寝させてもらうわ」
自分のこめかみを手で押さえながら、カァラはむっつりとして寝室に続く扉へと向かった。
「カァ…【姫胡蝶】…」
呼び止めようとしたアベルに、カァラはふん、と鼻を鳴らした。
「これ以上、俺に用なんてないだろう?
アベルの用件だって、結局は今の状況を俺に確認させたかった事だろうし。
安心しなよ、“海軍提督閣下”殿。
契約は目的までとりあえず有効だからさ。
前にも約束したとおり、あんたを必ず宵の君に会わせてやる。…それまで協力してやるからよ」
「カァラ…」
思わず本名で呼んでしまったアベルは、皆の手前、慌てて口を噤んだ。

「だから言ったじゃん。
俺はティアンの助平ジジイに一泡吹かせられればいいって。
こうなりゃ、あいつの野望を潰すのも面白そうだ。
あいつがずっと追い求めていた…セドの王子も神の力も、……こうして徐々に明るみに出始めたんだしね」
投げ捨てるように言うと、カァラはアベルの答えを待たずに勢いよく寝室へと退場した。

.....................................................................................................................................................

宵の流星…。
その異名を持つ者が、いつの頃かセドの秘宝の鍵を握る人物であるかも、と東の国で噂されたのは、宵と暁、二人の聖天風来寺(しょうてんふうらいじ)出身きっての猛者が、名と共にその武勇伝を世に轟かせた頃からであろうと推測される。
その噂を、誰が広めたかわからない。
ある王家に詳しい者が生き延びて、ある事ない事を言いふらしているとも言われていた。
ただ、伝承では、王家はすでに絶えていて、まさかその噂の鍵となる人物が、生き延びた王族であるという話は、全く聞こえてこなかった。……当時は生き残りの王族がいるのでは、と詮索していた学者もいたらしいが、いつの間にかそれも自然と消えていた。
だから宵の流星は、何かしらセドの滅亡した事を知っている何者かの縁者である、という説が世間では有力視されていた。
大陸では、あのようにして一夜のうちに壊滅したセドの国。その謎や秘宝に浪漫を感じている者は、少なからずいたが、これがどこまで真実なのかは、結局噂の範疇で終わっていた。
……そう、一部の一握りの人間達を残して。


宵闇に輝く、煌びやかなる流星よ。

それは大地に使わされた天の福音か。
はたまたこれから起こりうる、戦という災いの予兆であるのか。

かの存在は人知では意図できぬ、大陸の脅威となる者か。

神の力を持って生まれし巫女の子よ。
その強大な力を世に示し足る時こそ、大地の夜明けが見えてくる。

それが人に幸となるか否かを知るには
まだ遠き段階を踏まねばなぬ。

神の宝の鍵を握って大地に現われし流星の
全てを握る鍵は暁星ぞ。


大河の流れに気付く者。
着々と流れる意識の果て。

耳を澄ませ、心を澄ませ。

久遠の叡智に今、思いを馳せよ。

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2012年3月10日 (土)

ご迷惑をおかけします

ご訪問いただいている方々には、本当に感謝しております。

なかなか更新がままならないブログでありますが、少しでも覗いて下さって嬉しいです

実は今回、お詫びのお知らせです

おとといからパソコントラブルで、二週間ほどネット出来ません(>_<)

やっとモバイルでログインできましたが、なにせ携帯での文字打ちが大の苦手で遅いので、これでの更新はダメそうです(T_T)

申し訳ありませんが、パソコンが復活するまで更新をお休みしたいと思います。

次回更新は二十日前後を予定しております。
ブックマークの方は、それを目安に覗いてくださると助かります(^_^;)
よろしくお願いします。


実はこの文を書くだけでも三日…かかりました…

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2012年3月 5日 (月)

暁の明星 宵の流星 #169 その②

「ちょうどいいじゃないですか。早々に荒波に帰るべきです。
海軍提督自身が、わざわざ危険を犯してまで首を突っ込む事ではありません。
そんな事は密偵、もしくは部下にでも任せていればいいんです!」

ライルの思いっきり渋った表情に、彼の考えが表れている。
想定内の言葉が返ってきて、アベルは心の中で溜息を付いた。
もちろんライルの主張も一理ある。
そう、内地は州知事長が治め護るが、荒波海域は海軍提督が治め護りきらなければならない場所。その場を離れてまで、いくら国の重要人が絡んでいるとはいえ、“わざわざ”出向く事もないだろう、という内地の見解は正しいかもしれない。
自分が主張している事は、無謀なだという事も、重々承知している。
しかし。

「……優秀な佐官だと、貴方はさっき仰った。
ならばその優秀な佐官である僕の話こそ聞くべきではないのですか?
荒波の柱でもある貴方が、もうこれ以上、祖国不在のままでは支障が出てきますよ。
州知事長と約束した期間だって、もうとうに過ぎているではないですか。
セドの王子の件は、そこまでして貴方自身の手を煩わせなくてはならない事なのでしょうか」
ライルの生真面目な物言いに、アベルは一呼吸置いてから、きっぱりと言った。
「そうだ、と言ったら?」
それを聞いたライルは、思いっきり不機嫌な表情でアベルを見上げた。
「それは提督の我が儘を通せ、という事なのでしょうか」
辛辣に言い切るライルに、思わずカァラが忍び笑いする。
それに気がついたライルは、馬鹿にされたような気がして、きっとカァラの背中を睨んだ。
「説明…。そう、納得のいく説明をお願いします。
そうでなければ、僕は提督の命令を素直に受ける事は出来ません」
「ライル様!あなたは提督の腹心ですぞ!それこそあなたの…」
「いや、いい。今のライルは州知事長の命でここに来ているのだから。
州知事長の意向は、俺をそろそろ呼び戻そう…という事だろうしな」
レザーの言葉を制ししつつ、アベルは自分の机の引き出しから、分厚い紙束を取り出し、ライルの目の前に突き出した。
「これは…?」
「今までの調査報告書だ」
有無を言わさない威圧感で、アベルはその紙束をライルの手に押し付けた。
ライルは仕方なく手渡された書面をパラパラとめくりながら、その膨大なデーターに絶句した。
「かなりの機密が詳細に記録してある。
ハウル州知事長には、漏洩しても差し支えない程度の報告書は送ってはいたが、この内容の物は決して他のものには知られては困るもの。
……これを見てくれれば、俺が言わんとしている事を、ハウルならわかってくれる筈だ」
「……提督…」
ライルの振り絞るような声に、アベルは畳み掛けるようにして言った。
「このような重要機密、お前のような優秀な腹心でしか預けられない。…お前にしか託せない。
……引き受けてくれるか?」
ライルの眼差しが揺らいだ。
このように言われて、心躍らぬものがいようか?だが、それは提督の腹心としての信頼なのだ。決して他意などありはしない。そのくらいのこと、ライルにだってわかっている。
嬉しい気持ちと、やるせない気持ちがないまぜになって、ライルは口元を歪めた。
その様子を見ながら、アベルは話を続けた。
「俺も初めはハウル州知事長と同じ考えだったのは確かだ。
だが、北の国に来て、こうして【姫胡蝶】と行動を共にして…そのような単純なものではない、と思い始めた。
……これは、東の国だけではない。この大陸全土に影響を及ぼす。
今、我らが追っている、【宵の流星】は、…セド王国の最後の王子…というだけではなく、ここに書かれたようにかなりの重要人物と思われる。その王子を他国が狙っている。そのお力を手に入れようとしている…。
その事実を知ってしまっては、国運をかけて、何とかせねばと思わないか?」
沈黙のまま、書面に目を走らせているライルの眉間に皺が寄った。
「……提督。ここに書いてあることは、事実ですか」
いつになく真剣な表情のライルに、アベルは頷いた。
「ああ。……お前だって知っているだろう?
セドが壊滅してから、幾度となく干渉してきた南の国。……その憎き南の宰相に、近年納まった素性の怪しい気術士。
そいつがかなり裏で関係している」
「ティアン宰相ですか。確かにいけすかない悪党、という感じですよね」
「うん。俺もあいつは大っ嫌いな男の一人だが、今は南にも追われ、裏組織に潜んでいる。
……その男が、昔、セドナダ王家のお抱え術者だった男の一番弟子であったという。
セドが壊滅した辺りの詳細を、よく知る人物のうちの一人だと推測する」
「……本当だったんですか?……その…セド王国の秘宝…というのは…。
ただの噂…伝承ではなかったのですか…?」
ライルの声は上擦り、どうも信じられないという表情で、アベルを見上げた。
「そう。しかもその壊滅した原因の鍵をも握るとされている」
「……神の…力…。本気で…その、セドナダ王家は…そんな大それた事を…」
「俺がここまで調べられたのは、全てここにいる【姫胡蝶】のお陰だ。
ライル、君が個人的に彼をどう思おうが、この件に関しては彼の力がなければ辿り着けなかった」
ちらりとカァラの方を窺うと、彼はまだぶすっとした表情で窓の外を眺めている。 
「にわかに信じられない、このような重要な内容だ。
実は俺としても、確証が持てるまでは己だけの胸にだけ秘めて、その神の力というものを我がものにしたい、という欲求を感じていたのは認めよう。そう、あのティアンのように。
それほど、セドの最後の王子である、宵の君が持つとされる神の力は魅力的なのだ。
巷では単なる噂でしかないその力を追い求め、すでに少数の輩が動いているらしい、とも知った。
世間での真実としては、その鍵を握る宵の君の素性が公表された事だけ。
彼が秘宝の鍵を握り、あまつさえ神の力を持つ、オーンの姫巫女の子供だとは、まだ限られた人間しか知らない筈だ」
「オーンの……姫巫女の子…。だからこそ、オーンが激怒しセドに攻め入った…。
そしてその直後の国の壊滅。
父や母も、あれは『神の制裁を受けた結果らしい』と雑談していた事を…思い出しました…。
詳細はわからずとも、セドがオーンに対し、余程の事をしでかしたのだろうと…。
安易に想像がついたのでしょうね。特に母はオーン信徒ですから。
セドの王子がそのような生まれ…!ならば神の力というのも信憑性がある。
しかしこれは…。こうなると…」
「よくよく考えたが、これは単に国だけの利益の問題ではない。
ましてやあの方は我欲の為の存在ではない。
……この、大陸全土の命運を握る事実。あの方は天よりこの地に遣わされた、この大陸の王なのではと……最近、俺は思うようになった」
カァラの肩が、ぴくっとしたのをアベルは見逃さなかった。
もう、自分の考えを彼が聞いてどう思うかなんて、今は考えまいとした。
私情が少しでも混じれば、聡いライルを説得するなどできない。ここはいつものように、己自身の己のみの考えを、しっかりと言わなければならないのだ。それを聞いてカァラが離れていくならば、仕方がないとも思う。だが、そうだとしても、アベルにはさらさらカァラを手離す気はないのだが。
「……この話が真なら、あの方を私利私欲の亡者となっている輩には手渡せない。
神の力を悪のために使わされることは、この大陸が暗黒統治に見舞われる可能性が高い。
……特にその中心が、東を席巻していたセドの神王の血筋の御方であればこそ、我が荒波が、東の先頭を切ってお護りするのが正しい事だとは思えないか?」
「………荒波が…」
「あの方を頂点にいただく事こそ、そしてそれを我が荒波が力添えする事に意味がある。
………それが揺るがない東の統一に繋がると俺は考える。……どうだ?」
ライルはぐっと息を飲み込むと、おもむろに口を開いた。いささか、興奮しているようだった。
「だからこそ、提督はご自分がこの件に強く関わろうとされているのですね」
さすがに長年、自分の配下で采配をふるっていただけある。ライルはアベルの言わんとする心情を察したようだ。
「……うん。今までカァラ…胡蝶の言う通り、彼に動いてもらっていたが、そろそろ俺も直に宵の君に会おうと…いや、会わなくてはならん、と決心したところだ。
その宵の君が、あの小賢しいティアンの手に落ちるなんて事は、決して許してはならないのだ。
できればこの手であの方を東の国にお連れしたいと考えている。
……その為にも、もうしばらく時間が欲しいのだ、ライル」
その言葉に、ライルはじっと何かを考えていたが、意を決したかのようにきっぱりと言った。
「……そして僕がこの機密を持って、兄…州知事長を説得すればよろしい、という事なのですね」
「そのとおりだ」
「……わかりました…」
アベルはほっとしてライルを見た。だが、しばし沈黙した後、ライルは伏せていた目を上げると、いささか言いにくそうにアベルに吐露した。
「提督は……これからも………その……やはり【姫胡蝶】をお傍に置くつもりなのでしょうか…」
「ライル…」

「公の立場として、提督の腹心としては納得しました。
……提督の、セドの王子に対する考えもわかりました。そのお覚悟も。
そしてこの件を遂行するには、どうしても【姫胡蝶】の持つ邪眼が必用だという事も…悔しいけれどわかります。
でもそれは、この件が終わるまでの事なんですよね?」
幾分、女々しいとライル自身も思ったが、どうしても止められなかった。
なにせ先ほど、あれだけ派手にカァラとやりあったのだ。感情が治まっていたわけではない。
それは自分の感情の問題で、勝手な事だと思ったが、せめてすっきりとした気持ちで任務を遂行したかった。
このままでは、時間がないとの理由で、話し合う機会すらなくなってしまうだろう。
この件が片付く日だって、いつになるかもわからない。
だから、ライルはアベルの真の気持ちを探りたかった。
「それは…」
アベルが困った顔をして口を開いたその時、今までふてくされていたカァラが、急に笑い出した。
「あはははっ。やだねぇ、男のヤキモチってさ」
「カァラ!」
アベルの制する声や、ライルの目が憎悪にぎらついても、別に気にした風でなく、カァラは振り向きもせずにそのまま話を進める。窓ガラスに映るその表情には、何の感情も見えないまま。
「安心しなよ。……愛人契約での条件のひとつが、【宵の流星】捜索だからさ。
だから契約切れは、宵の君の件がクリアしたら、ということが最優先。
さすがお宅の大事な提督閣下は馬鹿じゃないだろ?
俺の他の愛人達とは違う、特約での契約だった。今回に限りね」

アベルはそうだったと思い出した。
カァラの言う愛人契約。
確かに渡りに船という感じで、彼の申し出を安易に受けてしまったアベルは、散々州知事長であるハウルに責められたのだ。それで彼を納得させる為、特例での愛人契約、という事をアベルは考え、カァラに申し入れたのだった。
その時点では、まだアベルはカァラと深い仲になろうという気持ちを自制していたので、かなり事務的な契約内容だったと思う。だからこそ、あのハウルが渋々と認めてくれたのだ。
その自制が脆くも崩れてしまったのは、北へ旅立って、二人きりになってすぐであったが。
「だからさ、そんなに目くじら立てんなよ。
俺も宵の君については、荒波の軍事力に恩恵を賜っているからさ。
………ちょっと個人的に思うところがあって、アベルにはそれを協力してもらっているだけだから」
その淡々とした言葉に、アベルの胸がツキッと痛んだ。だが、それを表に出さないようアベルは平静を装う。
そんな二人の表情を交互に見比べ、見極めようとしていたライルだったが、ゆっくりと息を吐くと、アベルの方に向き直った。
「……承知しました。
では、その思うところがおありになる、【姫胡蝶】殿の見解をお聞きしたい。
このように我々にとっては重要な任務を、どのようにお考えあられるか」
取ってつけたようなライルの固い口調での質問に、冷めた目つきでゆっくりとカァラが振り向く。
「おい、ライル?お前…」
アベルの声を遮り、今度はじっとカァラを真正面に見据え、ライルは言葉を続けた。
「提督もお尋ねする所存でしたのでしょう?
これから船を隠し、このまま宵の君を探し、そしてそのティアンめの陰謀を砕く。
そのために【姫胡蝶】殿の力が必要なのはわかります。
しかし、提督の目(邪眼)となっている【姫胡蝶】殿こそ、セドの王子をどうお思いで、どのようにしたいのか、僕は皆目検討つかない。
……貴君は、今の提督のお覚悟を知って、どのように思われる?
我が提督に協力できるのか?…それとも、貴君こそセドの王子に私欲があられるのではないか?」
確かにアベルもカァラの胸の内を聞きたい所だった。
何やら確執のありそうなカァラが、自分が当の相手を保護したいと思っている事をはっきりさせたのを、どう思っているのか。複雑そうな生い立ちであろうカァラ自身、……本心は…語ってくれそうにはないだろうが…。
「どうか、お答えいただきたい。
私欲があるからこそ、我らの力を利用する為に近づいたのか?
……セドの王子というエサをちらつかせ、荒波の提督を使い、果ては貴君そのものが、王子の力を手にしようとしているのでは?」
「ライル…」
アベルが聞けないズバリとした事を、ライルはカァラに投げつけた。
そう、怖くて聞けなかった…カァラの、宵の君に対する思惑…。
「ただ解せないのはそれならば何故に、王子の所存を公表したのか」
ライルはじっとカァラの表情を見詰め、何かしらの感情を読み取ろうとした。が、カァラは怜悧な顔を崩そうとせず、ぶっきらぼうに口を開いた。

「面白いから」
「は?」
思いもかけない言葉が彼の赤い唇から放たれる。
「その方が、あの助平ジジイの鼻を明かしてやれるかなぁって」
「助平ジジイ…?」
「ティアンのことか…」
きょとんとしたライルに、アベルは補足した。
「実は胡蝶は、ティアンの養い子(やしないご)だったんだ。な?」
その言葉に、ライルは驚きの目を益々見開かせた。
「まぁね。…俺の親が指名手配の極悪人というのは、あんたでも噂で知っているかと思うが、まさかあのティアンが俺の親父と繋がっていて、その結果、俺がいるというのは知らねぇだろ?
あいつ、そういう闇の部分を隠すのが上手い奴だったからなぁ。
…ま、あいつが宵の君にご執心なのは、もう知ってのことだろうから?
だから対抗者を増やして邪魔してやろうかなぁって、そんな軽い気持ちだよ」
それが本心なのだろうか、アベルもライルもにわかに信じられなかったが、カァラはそのまま話を進めた。

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2012年3月 1日 (木)

暁の明星 宵の流星 #169 その①

《お前、もしかしてそれが素か?》

確かに最初の頃は、カァラの肉体にアベルは溺れていた。(今でもだが)
いつもの自分なら、今まで惹かれなかったタイプもあって、物珍しさから好奇心を抑えられなかった、というのが、彼と深い関係になった理由のひとつであったと思う。
もちろん、今までこのように女女した容貌で、見るからにセックスアピールの強いタイプは全く興味がなかった自分が、彼の魅力に敢え無く堕ちたのは、噂どおりの魔性の男だからかと思っていた。

だけど。

こうして短いながらも密度濃く彼と共に過ごしてきて、どうやら自分はそれだけで彼に溺れていたわけではなかったのでは?と気が付く事が多々あった。
その一つが、カァラの父親である極悪人、吸気士シヴァが投獄されたのを知った本人が、どうしても面会したいと言って、寄り道して連れて行った先での言動だった。


《この、糞親父っ!!》
いつも上品に優雅に振る舞い、完璧で綺麗な言葉使いをする【姫胡蝶】からは想像できないほどの乱暴な口調。
《狙った相手に返り討ちされるわ、骨抜きにされるわ、全くなっさけねぇ》

当の父親シヴァと対面したカァラは、父親の脈絡のない告白を聞くなり、周りを気にせずに激しく罵った。そのようなカァラが初めてだったアベルは、新鮮な気持ちと共に驚きを隠せなかった。
カァラの口調もそうだが、親子と言われるこの二人の不可思議なやり取りを目の当たりにして、かなり戸惑ったというのもあるだろう。

邪眼を持ち、また親子でもあるというシヴァとは、やはり深く通じ合うところがあるのかもしれない。
はっきり言ってシヴァはまともに会話すら出来ない状態で、カァラ以外の者には、ほとんどの話は理解不能であったのだ。
それが、カァラは二言、三言聞いただけで、何がシヴァに起こったのか、どんな状態だったのかを、瞬でに理解したようだった。
《はん、自業自得だね。あんたの末路がこうなって、俺もせいせいしたぜ》

結局好奇心には勝てず、こっそりと後をついて来てしまったアベルであったが、口調は激しいながらも、カァラの手がぶるぶると震えているのには、遠目ながらも気がついていた。
それは怒りの為だと取るのが妥当な状況であったが、何故か、アベルにはカァラが泣いている様な錯覚を抱いた。

《今まで欲望のままに人を餌食にしてきた報いだね。
もう充分、好きにやってきただろう?
俺はかえって、今の方があんたは幸せかと思うよ。………ええ?ふぅん…。
そんなによかったの、相手の奴…。
いや、もう無理だよ。あんたは本当の姿の戻っちまったんだぜ。
ただのよぼよぼの爺さんなんだよ。……諦めな》
乱暴ではあったが、最後の言葉には哀れみと切なさが入り混じっていた。
アベルはそこに、カァラの、父親に対する複雑な思いを感じ取った。

この時から、アベルはカァラの内面を知りたいと思うようになったような気がする。

《お前、もしかしてそれが素か?》
思わずカァラに声をかけて、アベルは後悔した。
父親との面談中、自分に向けていた背中が瞬時にびくっとした後、しばらく無言だったからだ。
もしや、触れてはいけなかったことなのか?
一瞬、そういう思いがアベルによぎったが、振り向いたカァラの顔は、取り繕ったように微笑を浮かべていた。
《ああ申し訳ありません、提督》
いつもの、他人行儀でお上品な口調。
《まさか提督がここまで(収監所の面会の間)まで一緒に来てくださるとは思っておりませんでしたので…》
確かに、いくら興味に負けたからといって、本人の承諾も得ずに勝手について来たのは軽率だった。
《つい、お見苦しい所をお見せしました…》
《いや、勝手についてきた俺が悪かった》
《……できたら見られたくありませんでした。……がっかりなされたでしょう?
育ちがわかりますよね…》
節目がちに、淀みなくすらりと答えるカァラに、アベルは本能で違和感を感じた。まるで作られたシナリオ通りに演じている役者のようだった。
《でもご存知の通り、私の父はこの大罪人。
世間でも有名な事を、無理に隠そうとしていたわけではないのですが、少しでも粗野になって嫌われないようにと、努力はしているつもりです。…ですからどうか、至らぬ所がございましたらすぐに治しますので…》
《いいんじゃないのか?別に》
自分でも笑えたが、勝手に言葉が出ていた。
《は?》
《俺はそのような男口調の方が性に合う。別に無理に飾らなくていいじゃないか。
というか、どうもこれまでの口調だと、俺の方が堅苦しくて困る。
今のが普段のお前だというのなら、俺はその方が助かるんだが。
……俺は淑女然とした女のような風情が…実は、苦手でね》
その時のカァラは一瞬目をぱちくりさせ、まるで思ってもみないことを言われたような顔をしていた。

考えてみればこの時まで互いの中身を探る、という事に無頓着だった気がする。
それは仕方のない事だ、と気恥ずかしく思う。
何故なら、先に身体の方に溺れていて、そういうコミュニケーションの部分だけで、今まで何も支障がなかったらだ。


(このような時に、そんな事を思い出すなんてな…)
アベルは顔にこそ出さなかったが、内心苦笑していた。
それだけ今のカァラは、全てのメッキを剥がされて、素のままの普通の青年に見える。
振り返ればあの日から、徐々にではあったが、カァラが自然に男言葉で自分と会話するようになったのだ。それが、心底嬉しかったのを思い出した。
もちろん、男を惑わす【姫胡蝶】にしてみれば、男っぽいのが好みと知れば、そのように合わせるなどという芸当は、いとも簡単に出来る事であろう。無理に自分に合わせているのかもとも考えた事もあった。
しかし、こうして今の表情を見れば、自分の感じた事は間違いでなかったという思いが湧く。

「で、一体何?用ってさ」
不機嫌極まりのないカァラを無視し、アベルは二人に向かって言った。
「とにかく、座れ。落ち着いて話を聞いていてくれればいい」
冷静さを取り戻し、うなだれた風情で近くの椅子に腰を下ろしたライルとは反対に、アベルの言葉を無視し、カァラはふてくされた顔で窓際に近寄り、無言で外を眺める。

アベルは諦めたように一息つくと、先ほどの事を簡潔に、二人に説明し始めた。

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