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2012年11月 1日 (木)

暁の明星 宵の流星 ♯177

「赤ちゃん、可愛かったねぇ。ロータス」
13歳のロータスは、今年7歳を迎えたばかりの二人のジース(長候補者…長の息子達の総称でもある)の小さな手を引きながら、赤ん坊のいる部屋を後にした。
「ロータスと同じ髪と目の色だったねぇ」
この双子のジース達は、さすがに長の方(おさのかた)であるダンの血を引いて、聡明で愛らしい子達だった。実の母を自分達の命と引き換えに亡くした彼らは、2歳の時から奥の方(おくのかた)として嫁いだロータスの母を、実母のように慕っている。
もちろん連れ子のロータスは、彼らにとって義理の姉となるのだが、彼女はユナス家の血を引く人間ではない故に、長一家とは家族であっても一線を引いた立場に置かれていた。つまり彼女は家族同様に過ごす事は許されても、周囲は一般人として彼女を扱った。でもそれは、ユナにとっては当たり前の事だ。

長の直系は代々宇宙の大樹(そらのたいじゅ)に通じ、島と民を守ってきた、ある意味尊い存在である。彼らが頂点に立ってくれているからこそ、大樹は恩恵を与えてくれるのだ。
もちろん、大陸同様、神官や巫女のように神(ユナでは大樹)と通じる能力者や祭事官などはいるが、大樹と通じる能力にかけては長の方(おさのかた)とは比べ物にはならない。彼ら能力者や祭事官は畏敬を持って、大樹と繋がる長の方の補佐として先祖代々仕えているのである。
その長の方の能力というものは、ユナス家の血を引く人間であれば、可能性が潜んでいると言う事で、結局はジース(長候補)から長となる事が決定し、その時点で大樹の洗礼を受けてから能力を開花させ、能力者としての長なる。だからユナス家の人間が全て長の方となるわけではない。民に認められ大樹の洗礼を受けなければ、ユナの唯一の統率者にはなれないのだ。
だからユナにとって、長の方になる血筋というものが何よりも重要なのはこのためで、彼らは代々長の方の血筋であるユナス家を敬い、守ってきた。
それはまるで、大陸で神の血を引くセドナダ家…女神の子孫であるセド王国の神王(しんおう)を特別視するのと似ている。
だからこそユナの人々はセド王家の血筋を重んじる事に理解を示し、しかもセドの女(おんな)神王が島を外部から守ってくれたという恩義もあり、ユナの民にはセドナダ王家の血筋であるということはユナス家同様に絶対であった。


とにかくこの愛らしい双子の兄弟も、将来のジース(長候補)だ。
そして今日、皆が切望して生まれてきたロータスの弟も。
「弟ができて嬉しい?」
そう、自分の弟は彼らの弟でもある。
ロータスの問いかけに、双子の兄弟は口を揃えて言った。
「もちろん、最高だ!」
ロータスはくすくすと笑った。本当に仲がいい兄弟。
「だって、ロータス。弟が生まれたってことはジースがもう一人増えたってことでしょう?」
左側のジース・リードが言った。
「そうよ。…ジースが増えた方が二人には最高なことなの?」
するとつかさず右側のジース・シードがこう言った。
「そうしたら、僕ら二人だけで競わなくてもいいってことだもん」
「そうそう。ほんとはね、僕ら競争したくないんだよ」
いつになく真面目な顔で言い出す二人に、ロータスは小首をかしげた。
「みんなだって言ってる。双子は不吉だから、二人だけで争わせてはならないって」
ジース・シードの言葉に、ロータスははっとした。
だから…だから中枢部は母との再婚をあっさり許したのか…。早く次なる候補者が欲しい為に。
母アニタは決していい所出身の令嬢ではない。しかも長の方よりも年上だ。
強いての利点は出産経験者であること…しかも女児を産んでいる事だけ。
大陸での女減少は、この東の果ての島でも例外ではなかった。
いや、大陸よりも数少ない単一民族であるが故、もっと深刻だった。
だからおのずと女の価値は、若いこと以上に、経産婦(子供を生める証拠)というのはポイントが高かった。もちろん、一人しか産めない女性もいるわけだが、それでも産めなかった者よりも待遇がよかった。しかも希少とされる女児を産んだ女の立場は、罪(軽いものなら特に)を受けた者が恩赦されるほどに優遇された。
確かに長の方であるダンの初恋の人であったという事実はあったにしろ、それだけでは中枢部の同意は得られない。(まぁ、かなりダンが押したかもしれないが)しかも年上という事が問題視された事実はあったろう。
本来、すでに亡くなった前の妻との間に息子が二人もいるのだから、別に長の方に後添えは必要ないと思われてもいい筈だ。
が、ユナス家の血を継承する人間は、どうしても3人以上必要だった。
競わせて長とするシステムが続けられている事もあるが、それよりも何より、継承候補者が双子だけ、というのが問題だった。
それはこの長を決めるシステムが採用されたきっかけとなった、ユナにとって不吉な忌むべき事だからだ。
今は仲のいい双子の兄弟だとて、過去のようにいつか争い、分裂するかもしれない、ある意味爆弾を抱えているに等しい。
だからこそ、もう一人以上後継者候補が必要だったのだ。

「ぼくもやだ。だってぼくらはふたりで一人なんだもん。ふたりで長の方になれるんならいいけど、そうじゃだめでしょ?
ぼくらはいつも一緒にいたいんだもん。だから本当は長になりたくないんだよ、ロータス」
ロータスを見上げているジース・リードは口を歪めた。
「そうそう僕らは普通の家の人たちみたいに、ずっと一緒にいたいんだ。
僕らはふたりで一生家族なの。
……大人になったら可愛いお嫁さんもらって、3人で仲良く幸せに暮らしたい」

まだ学校にも行かない年齢だというのに、この二人はそんな遠い未来の事までもう話し合っているのか。
そう思うと、彼ら にそう言わせている周囲の大人達に少しの苛立ちを感じる。
でも、これがジースである、ということなのだ。
まだ年端もいかない子供だから、という理由なんて、将来の長となる可能性の者には必要ない。
理解できない子供であろうとも、現状を包み隠さず開示する、というのがユナス家のやり方だ。
特にジースともなれば、物心がついたときから大人のような扱いを受ける。
そのように教育されるので、彼らは一般の子供とは違った。

「それが将来の二人の夢?」
複雑な気持ちでロータスは優しい笑顔を二人に向けた。
「そうだよ!」
と、同時に叫ぶと、次にジース・シードが顔を赤らめこう言った。
「僕らは何もかも同じ考えだし、好きな物も嫌いな物も同じ。
…あのね、こういうの、みんなが言っている…その…」
「共有」
つかざすジース・リードが口を挟む。
「そう、共有!
僕らは共有するのが他の人よりまったく苦じゃないの」
「うん。喧嘩はするけど、結局わかりあえるしね」
「だからきっと好きになる人も一緒だから、お嫁さんが来ても仲良くできると思うのね」
ロータスは彼らの話を半ば感心しながら相槌を打っていた。
「だから嬉しかったんだよ、新しいジースが生まれて」

実際ユナでは、結婚して5年もの間に子供ができなければ、即離縁させられるという掟があった。
それを婚姻の猶予期間とも言われ、その5年がくるまでに流産でもあれ、死産でもあれ、とにかく妊娠できれば猶予期間も少しは延びる。
ロータスの母のアニタは再婚してすぐに妊娠したが、結局死産だった。
猶予期間は延びたが、夫である長のダンにとっては、彼女が本当の妻となるかならないかの瀬戸際でもあった。
"もっと若い妻を娶ればよかったのに”と、この結婚を快く思っていない者から影で言われていた事も重々知っていた。
だからなおさら第三子ガラムの誕生は、長にとっても一家にとっても、待望のものであった。

「あ~あ、ロータスが僕らと歳が同じだったらよかったのに」
「え?」
突然、ジース・リードが残念そうに溜息をついた。
「そうだよ。そうしたらロータスを僕らのお嫁さんにできたのに」
「あら、まぁ」
「そうそう、そうしたらずっと変わらず、ずっと家族みんないられるのにねぇ…」
しみじみとそうジース・シードに言われて、ロータスは何と答えたらいいかわからなかった。

……確かに、ここユナでは女は初潮を迎えると女だけの舎に移り、15歳の成人を迎えたら、十代の間に結婚を決めなくてはいけない。
もちろん結婚相手の対象は基本自分よりも歳が上の男達だ。
ただ、多夫一妻制であるため、兄弟の半数以上が成人であれば、妻を娶る事が許されており、嫁いだ先に未成年の夫がいる事もあり得たが、でもほとんどが同年代から上の年齢の男性に嫁ぐのが当たり前であった。
だから再婚とはいえ、年上の初恋の女性を後添えに迎えられたダンは幸運ともいえた。
自分より年上の女性は、もうすでに人の妻となっているのが一般的であるからだ。


「ジース様方、こんな所にいたのですか?
そろそろお昼の時間ですよ」
廊下で話していた3人の前に、太った中年の女が二人の女官を伴って現れた。
着た物から察するにかなり身分の高そうな感じで、ロータスを見下ろす冷たい眼差しが、高慢な印象だ。
事実、彼女はジース達の叔母でもあり、乳母でもあった。つまり、前の奥の方の兄弟の妻。
本人もなかなかの家柄出身という事と、ユナス一族の血を引く家系に嫁いだという事もあり、彼女はもの凄くプライドが高かった。
義理の妹である双子のジースの母親を、長の方の妻に推薦したのも彼女だった。
義理の妹亡き後は、自分の選んだ女性を後添えにしようとしたのを、ダンの強い希望で打ち砕かれてしまった。
その恨みがまだ根底に彼女にはあるのだ。
双子はロータスとの会話を中断されてか、不機嫌な表情を彼女らに向けた。
「ジス様、ご機嫌いかかですか?」
上の者への礼儀として、ロータスは丁寧にお辞儀した。
だが、彼女はフン、と鼻を鳴らすとロータスを無視して、双子のジース達を部屋に連れて行くよう女官達に命じた。
双子は不服そうな声を出したが、じろりと叔母に睨まれ、渋々と女官達について行った。
廊下に二人だけになると、突然彼女はロータスを見下ろし、嫌味たっぷりにこう言った。
「本当に良かったこと、ジース様がお生まれになって。
これであなた方親子も追い出されなくてすんだわね」
むっとしてロータスは顔を上げた。
「まったく、長の方の強い要望がなければ、本来は後添えすらもなれない身分なのよ。
特にお前の母親は、流刑地出身だもの。しかも男をたぶらかすのがお得意みたいだし。
……でもある意味よかったのかもしれないわね。 
何かと男とのトラブルが絶えないお前の母親を、ユナの平安のために奥の方として据えているという事実を、決して忘れてはいけませんよ。
これ以上被害を出さない為に、長の方が犠牲になってくださっているという事をね」
ロータスは怒りで声を出しそうになった。
だが、母の立場もある。それに大半は嘘ではない。
ロータスは噴出しそうになる感情を何とか抑えた。
確かに奥の方に収まるまでの母は、幾度となく男がらみの災難に襲われてきた。
だが、それでも母が一度も自分から男を招き入れたことなどない。それは娘である彼女が一番よく知っている。

「……確かに母は流刑地の出です。でも、それは母自身、関係のないことです。
それに、お言葉ながら、母は自分から男の人誘ったりたぶらかしたりなんかしていません。
…事実、ジースを産んだ母は、もう立派な国母です。
…いくらジス様でも、今の言葉あんまりだわ!撤回してください」
ロータスの緑色の瞳が強い光を帯びる。それが彼女の気の強さを物語っていた。
「まぁ、何という口の利き方!
いくら母親が奥の方だからって、目上の者に何て生意気な!
さすがあの女の娘だこと。
お前も将来、母親と同じく、男をたぶらかし自滅させるでしょうよ。
死んだお前の父親達のようにね!」
高位の者とは思えぬ暴言に、ロータスは怯んだ。でも、ここで負けてはならない。
「父は!父達は事故だったんですっ」
目に涙を溜めてロータスは訴えた。
「違うわよ。お前の父親達を殺したのはお前の母親だ。
その証拠に、お前の母親を取り合ってお前の父達は仲が悪いって評判だった」
「ジス様!」
「だから兄弟揃って時化(嵐)だったというのに、全員沖に出たんじゃないの?
普通誰か一人、家に残るのが当たり前なのに」
確かに兄弟が多ければ、何かのときに妻子を守るため、一人ぐらい家に夫が残るのが普通である。
「なのに当時、お前の母親の気を引こうとして率先して海に繰り出したっていう話じゃないの」

「ジス殿、もうこの辺で口を慎まれたら如何か」
泣きそうになって反論しようとしたロータスの背後から、突然落ち着いた男の声がして、二人ははっとして同時にそちらを向いた。
「あ、ま、まぁ…これはセツカ殿」
数人の戦士を伴って近寄ってくる、物腰の柔らかな美しい青年に、彼女はバツの悪い顔をして呟いた。
だが、ロータスはセツカと呼ばれた青年よりも、彼のすぐ後ろについてきている背の高い少年に目が引き寄せられていた。
黒い髪に精悍な顔つき。
彼と目が合った瞬間、ロータスの胸は大きく高鳴った。

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