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2012年11月 8日 (木)

暁の明星 宵の流星 ♯179

「はい、今日はユナの女として、妻として、母としての心得を学びます。
これは女として生まれたならば、必ず必要な事です。
しっかり聞いて、覚えて、胸に刻んでおくように」

初潮を迎えた少女から、15の成人を経て嫁ぐまで、ユナの未婚の女達はこうして女舎(にょしゃ)に集められ、妻として、母として、女としての教育を受けさせられる。
それは年々女が減少していく上での、社会に混乱が起きないようにとの上からの指導だった。

一妻多夫制…。
一人の妻が複数の夫を持つ制度である。
ただユナの場合、兄弟が一人の妻を共有するという“父性一妻多夫”を徹底していた。
その婚姻制度については、厳しい掟が絡むほどだ。
それはユナの社会の秩序を保つ為。彼らの苦肉の策でもあった。

まだこの一族にも女が多い頃には、大陸同様に恋愛も男女間の営みも自由に謳歌していた。
だが、女が生まれる数が減少してから、この平和な島でもいざこざが絶えなくなってきた。
一人の女を男達が取り合って争いになるのは常で、もっと最悪な場合にはあぶれた男達が暴走して凶悪な事件を起こしてしまう事も多くなった。
一時期、こうしてユナも大陸同様に深刻な女不足に見舞われて、かなり混乱した事があった。
まだ広い大陸では、他の民族や国から女を調達したり、場末の娼館から高級娼婦のいる桜花楼まで、女を提供する商売が賑わい、何とかまだ社会の均衡を保つ事ができたが、単一民族であり、よそ者の血を受け入れる事をしない(すれば大罪)ユナには他方から女を入れる事ができない為、色々と模索した結果、このような結婚制度を作り上げた。

元々、大陸の貧困地域が取っていた結婚形態からヒントを得た。彼らが少ない土地や財産を兄弟で共有すると同様、妻も共有すると知って、それをユナの制度にできないか、と当時の中枢部(政府)と長の方(おさのかた)が討議した結果だ。
大陸の彼らは、少ない土地を兄弟に分けてあげれないからという理由が多かったが、ユナは東の果てにある大きな島(本土)以外にも複数の小島(無人島も含む)を所有していた為、女を確保するという理由の方が重点だった。
もう一つは、他人に妻を寝取られるよりは、同じ血を引く兄弟の方が安心、という事もあった。それが家を大事にするユナの風習にマッチした。

今は男だけの民族であり、狩猟を主にして生活していたゼムカ族も、昔は本拠地である集落があり、もちろん女もいて、彼女らが家を守っていた。男が狩りに長期出かけたり、遊牧(当時はそれもしていた)で家を空ける事が多いゼムカでは、夫不在中に他の男と関係して夫以外の子を持つ事は日常茶飯事だった。
一部の少数民族の中に存在する集団婚を取り入れている所のように、生まれた子は自分の子でなくても誰もが受け入れる風習があれば別だったのだが、一つの社会としては上手く機能できず、それが混乱を生じ、ゼムカにとって問題視されていた歴史があった。
だからそれを防ぐ為にも、自分の兄弟の誰かを妻の監視役と夜の相手として家に残すという事が常となり、それが制度として定められていなくても、父性一妻多夫婚に似た形態を持つ婚姻の一つとして民衆に認識されていた。
ただゼムカの場合、 女減少と男が増えて狭い土地を所有するのが困難になったと同時に、元々狩猟で移動する事を好む民族だった事もあって、完全に男だけの社会を設立した。別に強制的に女を排除したわけではなく、自然にいなくなってしまったようなものだが、大陸に所々点在する隠れ里には、ゼムカの息のかかった女達が存在しているのは事実だ。特に彼らの子を育てているのはゼムカ族発祥の地(今はない)に近い、東にある小さな島であるというのは有名な話だ。そこには彼ら縁の者(女・年寄り)を住まわせ、ゼムカの子供(男のみ)を育てる見返りに、彼らの生活を保障している。もちろん、ゼムカの王がその島に幾人もの妻や妾を囲っている、というのも有名だ。

男だけの民族ゼムカの例を出したが、男だけの社会として上手く機能しているのはどこを捜してもこの民族だけである。(ここ近年では正式に王制を取っている)
だが、ほとんどの大陸の国や民族では、ある程度の差はあれ、女性の出生率の低下に悩んでいて、様々な対策を取っているのも事実だ。そして稀な民族であるユナも同様で、その対策がこの婚姻制度だった。

こうしてユナの民は何とか混乱せずに、どうにか平等に“家”に女を与えることができた。
だが、それだって万能な制度ではない。だから、結局民を縛り付けるような結果となってしまうが、それを強行する為の掟が必要となった。
それがいい、悪い、ではない。民族の存続として、どうしても必要だったのだ。
……故にユナでは自由恋愛はできる環境でなくなった。
だが人の感情というものは、どの時代でも自由な物だ。
恋い慕うという、人としての気持ちはいつの時代になっても抑制できるものではないのだ。
だからこそ、掟が必要なのだ。
男女間の不確かな一時の感情に振り回されては、一族の団結が崩壊してしまうのを危惧した結果でもあった。

女が少ないということは、大陸同様、ユナも男の力を必要とする男社会であった。彼らが秩序よく生活する為には、何かしらの犠牲がいる。それがほとんど数の少ない女性の負担となったとしても、仕方のない事であった。
重要なのは彼女らはユナにとって宝である子供を産む存在であるということ。よって子供を生めない女は尊重されにくく、また違う事で男に奉仕を強いられる存在となってしまった。


事実、女が少ないからといって、この世界で尊重されているのは稀だと思っていい。
確かに少ない故に大事にはされるが、それは男の都合でされているのが多い。
男が多いということは、物質的な力が大きくなると言う事だ。力は力を過信し、弱いものを従わせるという欲も生じさせやすい。
良くも悪くも、今のこの世は力を必要とする男の世界だ。そうでなければ生き抜いていけない厳しい世界だ。
体力的にも弱い立場の女性は、その力に飲み込まれてしまうしかない。
特に男が増えて、この大陸(ユナもだが)全体、男独特の波動が強まり、充満して今にでも弾けそうな状態であればこそ、だ。

この不均衡がこの先もっと進行すれば、益々殺伐とした世界となるのは確かである。

それが無秩序を生み、動乱が起こりやすくなり、社会が不安定になる。
表立った理由は様々であろうが、その根底には女の持つ波動の不足が起因している。
この柔らかな波動の不足が、今のこの世界に大きな影響を与え、混乱に陥れているだろう事実に気づいている者が、どれくらいいるであろうか。

この混乱を鎮める為には、この男の力(波動)を抑えるもっと大きな力が必要だ。

だが、それは同じ力ではいけない。力が力で殺し合い、破滅する恐れがあるからだ。

また真逆の力は有効でもあるが無理だ。反発しあうか融合するか、それはその時の力のレベルによる事が多いからだ。
それはまるで男と女がぶつかり合いながらも理解しあい、愛しあい、融合するのと似ている。
だが、それはかなり難しく、特に時間を有する事だ。しかもそのぶつける力が圧倒的に減少している。

ではいかに?どの力が必要であるか。

同じであって、同じではない。そしてまたその上をいく力…。

全てを浄化し、全てを組み替える、大陸創生時に奮われた大いなる力。

それこそ絶対神が駆使したとされる、天界の神気。陰陽全てを超越し、人知を超えたその神の力。


この時だからこそ満を期して、ある一人の男の身に鎮まってこの地に降りたのかもしれぬ。

天界の神気。神の力。……そう、それこそは、かつて人が持つ事を許されなかった“神気”
その名を…………。


ユナの話に戻そう。

とにかく女舎に入って、15歳の成人の儀式までに、ユナの女として全てを叩き込まれるのだが、それは将来“家”に嫁ぐための、花嫁修行の場(学校)と考えていい。
そして成人を迎え、20歳(はたち)までは、ある意味花嫁としての売り出し期間である。
余程の事がない限り、全ての健康な少女達は必ず期限までに嫁ぎ先は決定する。男はあぶれても、女は足りないくらいだからだ。
だがそうは言っても、やはりユナの花嫁として優秀とされた者は、率先していい家へもらわれていくので、ここでも男女問わず熾烈な戦いを有した。男も女もレベルの高い相手を望むのは、至極当たり前の事である。
男は自分達の優秀な跡継ぎを。女はより安定した生活のために。

「これからあなた達は、未来のユナの子供たちを生み育てる母となるのです。
そのためにはいくつか、守らなければならない事があります」

少女達の講師は、現役の上級階級の夫人か、もう妻の役割を終えた年配の女性が担っていた。
それは本当に多岐にわたり、健康面から知識面、実技および素行まで、あらゆる事を考慮して教育を行う。
もちろん、学校のようなものだからそれぞれに採点がされ、その時の成績も婚家を決める要素のひとつになる。
そして成人を迎えた後は、未婚期限までに己をなるべく男達にアピールし、よい家に嫁ぐ努力をする。
ただ、やはりユナも男の力の強い社会。相手の決定権は女にはない。全て、“家”を持つ男達がその家に迎え入れる女を選べるのだ。
よりよい嫁ぎ先を望むなら、女として内面も外見も磨き、結婚適齢期にどれだけの男達の目に止まるかが大事だった。
《まるで競売にかけられる家畜のようだ》
と、ロータスは口には出せなくても、常々そう思っていた。
彼女は母親の件もあって、他の少女達とは違う感覚を持っていた。
ほとんどの少女達は素直にそういうものだと、そうやって男達に選ばれてもらわれていくのが女の幸せだと信じて疑わない。そうやって彼女達は自分の母親を見て育ち、そう教え込まれていた。
でもその当時はロータスは違っていた。
一般の少女達が夢見る将来よりも、彼女には他に見てみたい、やってみたい事があった。
もっと広い世界を見てみたい。色々な民族の風習を知ってみたい。それを生かしてユナのために貢献したい。
それは義理の父親、長の方であるダンの仕事振りを女ながらに間近で見てきた事が大きかったかもしれない。
女は政治などに興味を持つな、という風潮の中、ダンは懐の広い人物で、男であろうが女であろうが関係なく、子供の好奇心を大事にする人だった。だからロータスが興味を持つ事柄に関しては、咎める事を一切しなかった。かといって、奨励するわけでもない。ただ、ありのままを提示する人だった。
男の様な格好をしていたせいか、当時の彼女を女扱いした子供が少ない事も手伝って、ロータスは他の家庭の女の子達よりも外界に目を向ける意識が高かった。特に彼女の近くには優秀と言われるレツがいた。レツもロータスに色々と教えるのが好きだった。だから並外れてロータスは一般の婦女子よりも世界の情勢に詳しかったであろう。
そんな彼女であったから、今のユナの結婚制度を皮肉って思うのも仕方がなかった。


「ではラン。今開いている所を読んで」

ロータスの隣に座っているランが、薄い冊子を持って立ち上がり、朗々とした声で読み上げた。
「一、ユナの女は一族の存続を担う、重要な位置にあるということを心得よ。
 二、ユナの女はユナの繁栄に貢献することを私欲よりも重んじよ。
 三………」

そのベージに書かれていた全部で25項目を、ランはすらすらと読み終わる。
「それでは、次をめくりましょう…。そうね、次はロータス、あなた読んで」
ロータスは溜息をつきながらおもむろに立ち上がり、次頁の【結婚の心得~妻として母として】という項目を読み始めた。

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