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2012年11月

2012年11月28日 (水)

暁の明星 宵の流星 ♯181

それからの数日間は、美貌のミシル=カイト嬢の結婚の話題で持ちきりだった。

元々の美貌に加え、良妻賢母としての知識や実践力も女舎(にょしゃ)で一番だった彼女に、男達からの熱い要望が集中するのは当たり前の事であった。女舎で最高の成績で成人となったミシルには、途端に多くの“家”からの求婚が殺到した。
だが、実家の計らいかそれとも本人の意思か、速攻して彼女は嫁に行く気配がなかった。
それも周囲の人間達の間では、彼女は英雄と名高いカルアツヤ家に嫁ぐ為に、時を待っているのではないか、と囁かれていた。

カルアツヤ家には五人の息子達がいる。そのうちの三人が成人になれば妻を娶れる事から、三男のシキが成人するのを待ってミシルに求婚するものと思われていた。
だから今度の婚儀決定も、周囲の少女達には半ば予想通りのことであって、きっとミシルはレツのいるカルアツヤに嫁ぐのが決定したものだとばかり思い込んでいた。
事実、その話を聞いたロータスは、眩暈がするほどショックを受けたのだから、噂も相当に信憑性を持って流れていたといえる。

だが、話がはっきりとするにつれ、噂は単なる噂だったという事が判明した。
彼女の嫁ぎ先は、医者の中でも名門中の名門であるシリファ家である事が伝わったからだ。

冷静に考えれば、宮中医師の家柄であるカイト家のお嬢様が、同じ医師関係の家に嫁ぐのは当たり前の話である。
だがあまりにもお似合いといえる、妖精のようなミシルと凛々しい戦士であるレツの二人がくっつく事を、彼らをよく知る者達は信じて疑っていなかった。ある意味、少女達には憧れのカップリングでもあったといえよう。
しかも、ミシルとレツは互いを思いあっている二人、と噂が広まっていたので、彼女達の中ではミシルの心中を慮(おもんばか)っては彼女に対して腫れ物に触るような態度を取った。もしくはかえって同情を隠してミシルに祝辞を述べる少女らもいたが、ほぼ全員、ミシルの婚家先については、レツとの事も含め、何やら微妙な雰囲気が流れていた。

当のミシルといえば、周囲の思惑など我関せず、にこやかに対応していた。
そして仲の良い友人達と、婚礼の話や身につける衣装の事、そしてその後に夫達と住む豪華な新居の事で楽しそうに話している姿を見かけるようになっていた。
しばらくすると、彼女の幸せそうな笑顔で、やはりレツとの事は周りが勝手に噂していた事ではないか、と皆思い始めていた。
彼女は幸せな結婚を掴んだのだと、ほとんどの者は彼女を見てそう感じた。

ロータスも一時は本当にレツの家と婚姻が決まったのかと目の前が真っ暗になったが、本当の事が明るみになるにつれ、二人の事はそれは根も葉もないただの噂だったんじゃないか、と思うようになっていた。

そう、あれはただの噂。
ミシルがレツと只ならぬ関係とか、成人の儀式での相手だったとか…。
それは人伝に耳に入っただけの事。真実は違うのかもしれない、とロータスは気持ちが明るくなった。


その日ロータスは久々に宮中に行こうと管理人に許可をもらい、まだ日も高い明るいうちに女舎を出た。
かの噂の主、ミシルが婚礼のために女舎(にょしゃ)を出て行く事になったその前日の事だ。
今朝は準備のために実家に戻るミシルの話題で持ちきりだった。ロータスはその中心で皆の質問に穏やかに微笑んで答えているミシルを思い出し、複雑な気持ちながら彼女はお嫁に行く事に満足しているのだな、と普通に思った。
噂は噂…。その考えがロータスの心に平常をもたらしたが、やはり引っかかるものはあった。
ミシルの様子は直接見ることはあっても、噂の相手であるレツの様子がわからないからである。
もしかしたらレツは本当にミシルに恋していて、彼女の結婚が決まったと知ってショックを受けているのではないか?
失恋して寡黙な彼が、益々内に籠もっているのではないだろうか…。
そんな考えが現れては消え、今のレツがどんな状態か気にしてしまってじっとしていられなくなったのだ。
だから彼女は今日、母を見舞い、弟に会いたいからなどという理由をつけて宮中に向ったのだ。
もしかしたらそれとなく母から、または運がよければ長の方(おさのかた)やセツカからレツの様子をさりげなく聞けるかもしれない、と思って。
逸(はや)る気持ちを抑えつつ、ロータスは大股で女舎の裏庭をつっきていた。
実はこの方が宮中へ行くには近道だった。
本来は正門からの出入りが普通なので、いつもは遠回りしてそのようにしているが、とにかく急ぎたかったロータスはお行儀悪いと思われようが裏門の方へと向かった。勿論、裏門には鍵がかかっている。
それを門番に気付かれないように、少し手前の塀を乗り越えていくのが彼女流であった。……人が滅多に来ない裏庭ということもあって、今までばれた事はない。それだからといって油断は禁物だ。見つかったら最後、延々とお小言を食らうかもしれない。

あと少しで塀に…というところで、ロータスはどこからか人の気配を察知した。
なぜかというと、まるで嗚咽を堪えるような、でも上手くいかないような、そんな感じの泣き声が彼女の耳に伝わったからだ。
そのあまりにも悲痛な雰囲気に、思わずロータスの足が止まった。
余計な事かもしれない。だけど人を放ってはおけない彼女の性分がそうさせた。
ロータスはそっとその声がする方に向かった。
塀の近くの茂みの向こう側に、蹲った少女の背中が見える。
声をかけようとしてロータスは、はっとしてその場に立ち尽くした。
「ひ…っぅ…く…」
懸命に声を殺そうとして、だけどどうしても洩れてしまう泣き声…。
見たことのあるその後姿に、ロータスはどうしたらいいかわからなくなってしまった。
戸惑うロータスの気配を感じたのか、彼女はビクッと肩を震わせると、恐る恐るロータスの方を振り向いた。
(ミシル…!)
その小さな白い顔。泣き腫らして目が赤くても彼女の美しさに遜色はない。
彼女はロータスの姿に一瞬目を瞬かせた。
そして小首を傾げると、小さな声で呟いた。「……もしかして……ロータス…?」


ロータスは頷くと、自分のハンカチを彼女に無言で差し出し、そのまま隣に並んで腰を下ろした。
何て声をかけたらいいかロータスは困っていた。
……このような誰も来ない所で、隠れるようにして泣いている…なんて…。思い当たるとしたら、自分が想像していることしかない。だけど、ロータスはどうしても怖くて口に出せないでいた。だって…それは…。
すると、そんな彼女の動揺を知ってか知らないか、涙を拭きながらミシルの方から話し始めた。
「ごめんね…。変な所を見せてしまって…」
ミシルは自嘲気味にそう言った。ロータスはふるふると首を振る。
「……ハンカチ、ありがとう…。でも、見られたのがあなたでよかった」
どうしてそんな事を言うのか、ロータスは疑問の目を彼女に向けた。ミシルは無理矢理笑顔を見せると、俯いてポツリと言った。
「小さい頃、たまによく遊んだわね?…宮中の託児所って女が少なかったから、私、妹ができたみたいでとても嬉しかったのよ」
ああ…と、ロータスは頷いた。自分は男の格好してよく男の子達に混じってはいたが、彼女や他の女の子が来ると、率先して彼女達の輪に入った。やはり同性だからか、彼女達の傍にいる方が気を張らずにほっとできた。……あの当時のロータスには、たまに来る少数の女の子達と、レツだけが気の許せる存在だった。…そう、レツ…。
ロータスはっぎゅっと膝の上で拳を作り、握り締めた。
「……幼馴染のあなたの前だからかしら…。何か隠してもしょうがないって気持ちになるのよ。
それに泣いている所も見られてしまったし」
もじもじしながらミシルは俯いて呟くように言った。
「…結婚…嫌なの…?」
とうとう言ってしまった!ロータスは思わず口を開いてしまって後悔した。ミシルの本当の気持ち、彼女自身から本当は聞くのが怖い。怖いけど、気になるのは確かで…。
その問いにミシルはぶるっと震えると、美しい瞳から再びつうっと涙が零れ落ちた。
「…私はユナの女だから」
そう顔を真っすぐにして凛とした態度で言い放ったミシルは、女のロータスから見てもとても美しかった。
「…カイト家の人間だから、この結婚は当たり前で…そう、もうすでに決まっていた事なのよ」
ミシルの話によると、医者の家に生まれた娘は、やはり医師同士の横の繋がりを強くする為に、同じ医者の家に嫁ぐ事が決められているという。たまに医者以外にも嫁ぐものはいるらしいが、それでも医療に携わる家柄が多かった。だがそれでも家に医者になっている者が一人だけ、という家には普通嫁がないようだ。彼女らが嫁ぐのは一家全員が医師や医療関係の仕事を担っている“家”だけだ。
それが、名門の家に生まれた女子の定めという事か。
「公にはされていなかったけれど、シリファ家の彼らは私の許婚同然だった…。もう、最初から決められた事なのよ、だから」
毅然としようとしても、それが堪えきれなくなったか、ミシルは震える両手で顔を覆いつくし沈痛な思いで本音を吐露した。
「私は最初から、諦めなければならなかったの…!欲しいものがあっても、飛び込みたい胸があっても!」
ロータスは彼女の悲鳴にも似た叫びに、ビクッと身体を震わせた。
(……レツのことだ…)
思ったとおり、ミシルはこう続けた。
「……私、知ってた。レツとの事、皆が噂していたのを。
…彼はどう思っているのかはわからない。
……もし好き合っていたとしても、もうすでに相手が決まっている女には…言えないでしょ?普通…。
でも私は…!」
ミシルの想いがロータスの胸に棘のように刺さる。
「あの人が好きなの!小さい頃から、ずっと。でも…でも…そんな事、言えない…言えないの…。
掟を、破る事はできない…。だって、私はユナの女なのよ。
親が決めようが、家の男性が私を選ぼうが、女に嫁ぎ先の決定権はないのだから。
でも、ね、ロータス。私はそれでも少しは期待していたの。
彼が弟の成人を迎えたら、すぐに私に求婚してくれるかもって…」
その言葉にロータスの胸は締め付けられた。
「親が決めたといっても、競争者が出れば競技か何かで女を勝ち取るのがユナの掟よ。
話し合いで折り合いがつかない場合、戦ってでも決着をつける…。だから戦士の家柄である彼の家が、もしかしたら私を獲得してくれるのではないかと、夢に見たことはあったわ…でも…」
ミシルの嫁ぎ先であるシリファ家は腕力がない代わりに知識だけはどこの家にも負けないくらいで、医学博士を何人も輩出してきた名門中の名門だった。そのような家柄に嫁ぐ事はユナにとっても実家にとっても名誉な事だ。彼らの意向に口を出す人間は長の方くらいではないか、と言われているくらいだった。いくら英雄ベン=カルアツヤの一家でも、親交のあるシリファ家に逆らう感覚は無きにも等しいようだ。その証拠に三男のシキが成人したのに、一向に結婚の意向を公にしていない。
皆はミシルが今まで多くの求婚を退けてきたのは、カルアツヤ家の求婚の表明を待っているからだと噂していた。
事実はそうじゃない。彼女は親が決めた家、医師の妻になるための準備をこっそりとしていたからであった。
今まで嫁ぎ先が決まっているという事を公にしてこなかったのは、まだシリファ家の末の息子が、医師試験に合格していなかったからだ。何事も完璧を有するシリファ家は、全て綺麗にお膳立てしてからユナで最高の花嫁を迎え入れるつもりだった。そのためには他からの求婚の数も多ければ多いほど花嫁に箔がつく。その数多の中から自分達が名乗りを上げれば、多分話し合いの段階で周りは手を引くだろう。無理をしてまで自分達と戦おうとは思わない、と踏んでいた。
頭脳派の多いシリファ家ではあるが、武道はユナの必須技術のひとつ。彼らとてちゃんと戦う術を身につけている。ただ、それが代々近衛隊長などを輩出してきたカルアツヤ家が出てきてしまえば逆転される恐れもある。
だから彼らはすでにカルアツヤ家には手を回していた。ミシルには内緒で…。
ミシルはそんな事も露知らず、いつかレツが自分を迎えに来てくれるかも、という淡い希望を抱いていた。
だが、それも無理だという事がシキの成人後にわかってしまった。覚悟はしていた事だけど、実際そうなると身を切られるほど辛かった。
延々とレツへの想いを吐き出すミシルに、ロータスはいつの間にか自分と重ねていた。
レツへの激しい思慕が、二人の共通点だった。ただしミシルはロータスの胸の内は知らないけど。
「でも…最近はこれでもいいのではないか、と思うようになったの」
ミシルは薄く微笑んで遠い所をぼんやりと眺めた。
「結局彼の元へ嫁ぐといっても、夫は彼一人じゃない…。彼と同等に彼の兄弟も愛さなくてはならないって事…。
勿論、愛する彼の家族だもの。同じように愛そうと思うわ、でもね…」
ミシルはそこで一瞬口を閉ざした。結んだ唇が微かに震えている。
そして大きく息を吐くと、まるで自分に言い聞かせるように話し出した。
「……私、男として…レツを愛しすぎてしまうのが怖いの…」
「え?」
「…私、自信がない…。彼を愛しすぎて…その愛が同じように他の人に回せるという…自信が」
「ミシル…」
「きっと彼の妻になって、彼と肌を重ね合ってしまったら、私、彼以外の人とそうなる事を拒んでしまう…。それじゃ駄目なのよね?ユナの女は…同じように夫を愛する…それが掟なのよね?」
ロータスはミシルが言わんとする事を何となく理解した。
まだ成人も迎えていないロータスではあったが、…そう、何となく想像でわかる。自分だって…好きな人以外に…触れられて我慢できるか…本当は…わからない……。
「だったらまだ決められた人達のところにお嫁にいく方がいいみたい。……そうすればきっと、自分を見失う事もないかも…」
ロータスは何と言ったらいいか、困惑していた。
まだ彼女にはわからない世界だ。
だが、それも一年後には成人になり、そして彼女と同じように結婚という競(せ)りに出されるのだ。……そう、それが…ユナの掟。
ユナに子孫を残す為の…大事な女の仕事…。
「それに私には一生の思い出もあるから」
「思い出?」
突然明るく言い放ったミシルにロータスは怪訝な目を向ける。
先程の諦めに憂いだ表情ではない、何かを思い出してうっとりとしている彼女の顔は、女の顔そのものだった。
「そう、思い出」
ミシルは弱々しく笑うと、スカートについた葉を払いながらゆっくりと立ち上がった。
「ありがとうロータス…」
「え?私は何も」
戸惑うロータスに手を貸しながら、ミシルは彼女を立たせると同じようにスカートの汚れを手で払ってくれた。
「私の話を聞いてくれてありがとう…。昔馴染みのあなただから話せたのね…それに…今の話は、内緒、ね?」
優しい声は昔のままだ。ロータスは思わず頷いた。…誰にも話せない…心の内を自分に話してくれた…彼女のために。
「自分の勝手で…話したのに…本当にありがとう…。これで私も踏ん切りがついたわ」
「そんな…」
「ハンカチ、洗って返すわね。…婚礼が終わってからになってしまうけど」
「いいえっ!いいです。そんな…捨てちゃっても」
「そうはいかないわ」
「本当にいいんです。…だって…結婚してしまったら色々と大変でしょう?…」
「でも…」
「では、いつでもいいです。私がここにいる間に…覚えていたらで…」
じっと見詰めていたミシルが、ふっと笑った。
まるで本当に妖精のように儚げで、男なら誰でも彼女を愛し、守ろうとするだろうなぁと、ロータスは感嘆な思いで見つめ返した。
「綺麗になったわね、ロータス」
「へ?」
いきなりそう言われてびっくりして目を見開いた。…きれい?私??
そういえばセツカも同じ事を言っていたっけ。でもあれは社交辞令みたいなものだし。
「……私の話を聞いてくれたお礼に、いい事を教えてあげる」
彼女はそう言ってきょろきょろと辺りを見回し、誰もいないのを確認すると、ロータスの耳に口を近づけた。
「もし、あなたに意中の人がいるのなら」
小さな声だったが、ロータスにははっきり聞こえた。
「成人の儀式で最優良を取りなさい」
ロータスは意味がわからなくてぽかんとしたままミシルを見やった。
「いい?これは本当に内緒の内緒なんだから…。
私が恋に悩んでいたのを知った年上の友人が教えてくれたのよ」
そして彼女はもったいぶったような感じでこう続ける。
「儀式について、詳しく習ったわよね?」
「ええ…、あ、はい」
「儀式まで一年あるわ。だからまだ充分間に合う。
…儀式は大人の女になる為の過程であり、女としての課題が出るのは知っているわよね?」
ロータスはコクコクと頷いた。何だろう、何かとてつもない事を聞かされるような気がする。
確かに女…というよりも良き妻、良き母としての心得や生活などの実技、今まで女舎で学んできた事全てを試されると聞いている。
つまり女の成人の儀は花嫁学校の最終試験のようなものだ。…そう、試験と同じで…。
「平均点よりも上が良で、その上が優良…そうやって点数をいただくのよ。勿論中には落第点の子もいるけど、それは何とかできるまで成人の儀はお預けになるけど、まぁ、今まで習ったことだから大丈夫よ。
……私が言いたかったのは、優良の更なる上、最優良を取る、という事。
つまり、最優良ライン以上の点数を取れば、恩恵が賜るの」
「恩…恵?って?」
「………これは儀式の相手を決める時に教わると思うけど、相手の決定権は女にある、って知らないでしょう?」
「え!そうなの!?」
「しっ!声を落として」
ミシルは自分の口に指を1本押し当てるとまた周りの様子を窺った。
「そうよ。……女は嫁ぎ先については決定権はない。だからこその恩恵よ。
それでも段階があって、これはその成績を取った者しか伝えられないのだけど、例えば普通の成績ならば自分の好みを申請する事ができて、それを機関に提出すればそれに見合う男性があてがわれるわ。
相手は勿論、後腐れのない自分と関係性のない男性。本当に名前も素性もしれない、その場限りの人。ただし、ちゃんと機関は把握しているけどね。…どうしてかというと、15の誕生日を迎えて機関が計算する“子供のできない時期”を選んで儀式をするのだけど、それでも女の身体はデリケートだから、できちゃう事だってある。…まぁ、あまりないみたいだけど」
「結婚前に赤ちゃんができちゃうってこと?…その子はどうなるの?」
「ちゃんと産むようよ。…でも、その子は共同養護施設で育てられるらしいわ。よく知らないけど」
「……そうだったんだ…」
確かにそういう細かい事は授業ではやらなかった。
「そして優良を取った場合は、もっと選択肢があるの」
「選択肢?」
「そうよ。好みのタイプを申請すると、候補者が数人選ばれるの。その中からいいな、と思う人を選べるのよ」
「はぁ…」
「男性は女性がそうやって初めての男を選ぶとは全く知らされていないわ。…その方が、何かと気持ちのトラブルが少なくて済むから、って…言っていたけど…。
中央もよく考えてこの制度にしたようよ。……だってユナでは女が少なくて…男を選ぶ事は許されないのだから。
だったら初めての相手だけは、女性の好みを優先させたい…と、そんな所だと思うわ」
「でも、どうして成績の違いで…選択肢が変わるの?」
「……ユナの女は妻となり母となったら、その責務を全うしなければならない。
…だから尚更、その意向に沿えない女性は中枢部(政府)が信用できないからじゃないかしら…」
ミシルは含んだような言い方をした。ロータスにはよくわからない、と思った。…信用できない、ということは、成績の低い女は…ユナの女として失格だというのだろうか?
「…だから最優良を取ると、更なる恩恵をいただけるのよ」
「更なる…って?」
ミシルは一呼吸すると、ゆっくりと言葉を噛み締めるように言った。
「…最優良を取った女性は…この先“家”の妻として道を外さないだろうという、中枢部からの特別の恩恵なのよ。
それは…」
ロータスは息を詰めた。
「…そう、儀式の相手に個人を選んでもいいのよ!」

ロータスはつい先程聞いたミシルの話が頭から離れなくて、ふらふらとそのまま宮中に向かった。
宮中に通じる道に差し掛かると、奥の庭園の方から団体が綺麗な列を伴ってやってくるのが見えた。
彼らはロータスとは別の方向に行くようで、彼女の姿に気がつかず、そのまま反対方向に歩を進めていく。
それは長の方の近衛隊だった。
ぼうっとその姿を見送るロータスの目に、見慣れた横顔が飛び込んできた。
(レツ…!)
彼はいつもと変わりない表情で、隣の同僚らしき青年と話しながら歩いて行く。
その姿に彼女の胸は激しく高鳴り、ただ、ただ彼の凛々しい姿を見つめるばかりだ。

《……そう、将来間違いを犯さない、という契約書を書かされるけど…。
もう結婚したら夫達以外の男性とは姦通してはならないでしょ?
だからこそ、最優良を取った者には最後にこう聞かれるのよ。
“…成人を迎えている男の中で、誰か指名する人はいませんか”……って》


ミシルの言葉がぐるぐると頭を駆け巡る。

《いなければそれはそれで。…でも、いるのだったら…そして成人している男の人だったら…。
自分の初めての人を、最優良を取れば、自分で指名できるのよ!
…もちろん、相手の人はそんな事知らされない…。
それでも…。
思い出だけは…残るわ。…痛みと共に…。切なさと共に…》

ミシルの切なげな艶やかな声。
彼女は思い出している。その相手との一夜を。
生涯で一度だけになるかもしれぬ、その夜の事を。

その相手を……わかっていたからこそ、ロータスは声に出して聞けない。怖くて、苦るしくて。

《……いっそのこと、彼との子を身ごもりたかった。……でも、残念だけど、叶わなかったわ》

ロータスは自分の視界から離れて行くレツの背中をただ呆然と見ていた。
……まるで、自分の知らない男の人がそこに存在しているようで。
この張り裂けそうな思い、どうしたらいいの!?


その叫びが届いたのだろうか。突然レツが後ろを振り向いた。
ロータスはびっくりして目を見開く。

──彼が、レツが─…ロータスの姿を見つけて……笑いかけて手を振った。
口元が、 あ と で ね    ──と、言っている様に動く。

そしてそのまま彼は前を向くと、仲間達と何事もなく去って行った。

残されたロータスは彼の姿が見えなくなると、耐え切れなくてその場にしゃがみ込んだ。


好きだ───。

私はレツの事が…大好きだ──。


それは一人の男として。ロータスにとってただ一人の異性として──。


(私…)
自分の意に反して奮える身体を、ぎゅっと自分自身で抱き締める。

(私、絶対最優良を取る)

それは彼女がユナの女として生きる覚悟を決めた瞬間だった。

女が好きな人の元へ嫁ぐことの可能性が少ないのなら、せめて私だって一度でいい、そのチャンスがあるのなら…私は…。

怖い気持ちがない、とは言えない。
もしかしたら一度彼とそうなって、彼を忘れられなくて一生地獄の苦しみを味わうかもしれない。

それでもしないよりはした方が数倍後悔しないだろう。

こうして彼女はユナの模範的な妻になるという事を心に誓ったのだった。
今まで外に向けていた情熱を、これからは女として妻として母として完璧になるために注ごうと決めた。


…………たった一人の男のために。


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2012年11月25日 (日)

決意表明

本編の前に

今年もあとわずかになったことも含めまして

ご報告方々

ここにつぶやくことに致します。


実は別館の方で先に書かせていただきました


→その記事はこちらです。


私生活がゴタゴタしていたことと、体調不良も相成って
なかなか筆が進まなかった今年。

とうとう自分に嫌気がさしてしまいました


これでは、いかん、と。

自分を律するためにも今までのようにのんびりしていられないぞ、と。
(あくまで自分の中での都合です)

頭の中ではこの話以外の物語が、書きたいものがウズウズと、
まるで魑魅魍魎のごとく自分を襲ってくださいました。

結局、“内観しろしろ”という外からの忠告に従い、
やはり自分はこうしてなにかしら物語を綴るのが好きなんだな、と。
改めて感じた次第です。

自分は何をしたいんだろう?
自分は何をすればいいんだろう?

……もうすでに自分の中で答えがあったにもかかわらず、
何か気がついてなかったようです。←阿呆

実際、この世界に没頭してしまうと、普段の生活に破綻をきたすのは昔からで
それを知っている周りの人が危惧して、注意をし続けた…そのトラウマが根強くて。。

なので自分をセーブしていた所があったのです。
他の人のように、うまくバランスの取れない自分が
やってはいけない、と頑なに信じ込んで……
この歳まできてしまった。

好きなことだけをしてはいけない、好きなことばかりしては生活できない。

そんな事がまるで呪縛のように自分をがんじがらめにしてたようです。

でも。
好きなことは好きなんですよね。
諦められないんですよね。

ついつい、好きなことに没頭して、でもその中に罪悪感を持つ自分がいて。

やることをやって、生活が安定していたら誰にも何も言わせないのに。
だから今好きなことはしちゃいけないんだ。
母として妻としてきちんとしなくてはいけないんだ。

そう混沌としながら、でも結局こうして好きな物語を家族に内緒でちまちまと書いている。


もう、答え、出てました。


自分はこれを諦められないし捨てられない。

なら、もう開き直ればいいや、と。


だらだらしても仕方ない。


どんどんやっちゃえと。

………今年までに何とか方向性を模索して、結局来年からもっと書こう、と決意しました。


本当に稚拙だけど書きたいんです。
その時間がいっぱい欲しいという欲求にはちょっと目をつぶってもらいますが(苦笑)

なので別館でもお知らせしましたとおり
ここでも決意表明しちゃおうと。

何が何でも来年の夏までには今のお話を終わらせます。(ちと不安ですが)

で、違うお話もどこかで発表しつつ
この暁と宵の物語を他のサイトに改稿して投稿する事に決めました。

どこに投稿するかは、だいたいの目処を立ててますが
確実に投稿開始しましたら、こちらでも必ずお知らせします。


Photo

まだ現在ユナ編ですが、早く本筋に戻ろうと思います。
あともう少し。
イェンランとキイの二人のお話と、アムイの運命、シータの本当の思いなど。
まだまだ書ききれてはおりませんので
これから最終に向けて、気を引き締めようと思います。

なるべく更新できるだけ、したいと思います。(次の更新は準備中です
そのなかでちらちらと呟き、もしくは他の事を何かやろうと計画しています。

今年に引き続き、来年もよろしくお願いします。


それでは、また。


kohana★kayan(此花かやん)

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2012年11月19日 (月)

暁の明星 宵の流星 ♯180


「近年、ユナの女が少なくなった理由により、現在の婚姻形態を取り決めました。
女は多勢の夫を持つ事が許されたのです。
そのためにいくつか我々ユナの女が守らなければならない教えがあります。
それはこれから幸せな結婚生活を送る為にも、大変重要な事で……」

ロータスは前置きを読みながら、いささか憂鬱になっていく。
こんな事を学ぶよりも、もっと重要な事を学びたいわ。
半ば投げやりな気持ちでロータスは読み進める。

「……第三目、妻の不貞は許されない。特に婚姻契約をした家の夫以外の者と姦通すれば、即、重罪となる。
…第四目、妻は婚家の共有財産である。夫達が妻を共有する権利を心から受け入れ…妻は夫達に公平に接する事を義務とする
。第五…」

やっと長い文章を読み終わったロータスは、ほっと一息ついてその場に座った。
講師の夫人が先程の文章に補足を加える。
「結婚するという事は、多数の夫にお仕えするという事です。特に第三目と第四目は特に重要ですからね、胸に刻んでおくように。
何故なら、妻の一人の軽々しい行動で、家庭崩壊、一家離散…を招きかねないからです。
不貞は説明するまでもありませんが、第四目の内容は、幸せな家庭生活を営む為の重要事項と心得ましょう。
特定の夫だけを愛してはなりません。愛は“家”に注ぎましょう。
妻の愛は複数の夫に対し平等に分け与えなければなりません。
それが多夫一妻制を余儀なくされた、ユナの女の努めであり、知恵でもあるのです。…それが、家庭円満、夫婦円満の秘訣ですよ」


まだるこしい長い講義がやっと終わり、少女達は休憩を取るために騒々しく教室を飛び出して行く。
ロータスも廊下に出ようとしたその時、入り口に一人の老婦人 が立っているのに気がついて破顔した。
「おばあちゃん!どうしてここに?」
「ロータス、元気でやってるかい?」
「ええ、何とかね。でもまさかおばあちゃんに今日会えるとは思ってなかったわ」
「そうだろうねぇ。次の講師をするシュナが急に産気づいてね。その代理だよ」
「え!シュナさん、生まれるの?」
彼女は高官の妻であり、6人の子持ちの賢夫人だ。そして7人目がお腹の中に宿っていると言う事は皆知っていた。多分、その経験の豊かさを見込まれて講師をしていたのだろうが…。
「あの子も結構いい年齢での妊娠だったんで、周りは心配していたけど、まぁ、大丈夫だろうよ。何せ出産にかけてはもうベテラン中のベテランだからね」
「…ということは、次の授業、お産、とかに関係あるの?」

ロータスの目の前にいる老婦人は、彼女の母親の父親、つまり祖父の姉だ。本当の祖母ではないけれど、ロータスの母アニタを育ててくれた人でもある。しかも腕のいいお産婆さんだ。
「関係はあるけど、その前の事をね」
ロータスは祖母の言う言葉の意味がわからず首を傾げた。その様子を見ていた祖母は困ったような笑みを浮かべた。
「おいおいとわかるよ。女として大事な話だからね。
……それよりも、お前、つまらない顔して授業受けているんだねぇ…。いつもああなのかい?正直と言えば聞こえはいいけど、私は本当に心配だよ」
「どうして?」
娘らしい邪気のない顔で言うロータスに、祖母は益々苦笑する。
「お前は母親と違って、好奇心が強いというか、ま、それは長所として受け止めるが、特に反発心が子供の頃から強かった。
……わざと男の子の格好したり、外界に目をやったりしてね。
だけどね、ロータス。ユナの女として生まれたからには、この地の風習に従って生きるのが定め。後からできた掟だって、必然だからこそできたもの。それに倣って生きるのは…逃れなれないよ」
「おばあちゃん…」
「お前も知っていると思うが、アニタ(ロータスの母)は私の可愛いたった一人の弟の娘で…。だけど掟に背いた両親のために、どれだけあの子は苦労したか。
…生まれた子にはまったく罪はない、いやむしろユナでは子供は宝だ。それでも流刑地で生まれた、と言う事だけでも、他人の偏見な目は免れないのだよ…」
溜息と共に、この快活な孫娘に対して彼女は諭すように続けた。
「それを身を持って知っているからこそ、お前の母さんは素直で謙虚だった。…良妻賢母になろうと真面目に努力していた。
ただ、あの子は親から受け継いでしまった美貌のために、それは大変な思いをしたんだよ。
良家のお嬢様として生まれていたのなら、または地位の低い者でも上を目指す女には、それは有効な武器になったろうがね。
でもあの子はそうじゃなかった。普通の幸せを望んでいた。だからこそそれが不憫でならなかったよ。
このユナでは女、として生まれただけでも、重宝がられるわけだからね。並以上の付加価値なんてなくても、誰も嫁き遅れたりなんぞしない。みんな、それ相応の家に嫁いでいけるんだから」
ロータスは祖母が何故今更そんな話をするのかわからなかった。
母アニタの事情は小さい頃からしょっちゅう聞いているし、祖母がどれだけ母の持つ美貌に対して懸念していたかもうすでに知っていた。だがそれも母が長の方の唯一の奥方に納まってからは安心したのか、ここ何年か話題にした事なかった。
なのに今更?
ロータスは祖母の真意が計り知れなくて、目を瞬かせた。
子供である今の彼女にはわからなかったが、祖母の心配が母から年頃の自分に移ったのだという事に気づくのは、ロータスがもっと大人になってからである。
「いいね、ロータス。お前も母にならって、もっと真摯に女であるという事を受け止めなければならないよ。
それが一番、重要な事だ」
「どうして?」
「それがお前の幸せのためだからさ。…お前の顔は、母親には似ていないが、やはり血の繋がった娘だ。
お前の体型、華やかさ、目を引く存在感。…そして誰もが聞いていたくなる美しい声は、母親から受け継いでいる。
……私はね、心配なんだよ。お前も母親と同じ、苦労をしそうでね」
「いやだ、おばあちゃんったら!私はお母さんよりも綺麗じゃないし、それに今まで男の子達からちやほやされた事なかったわ」
そう言いながらロータスは頭の中で、妖精のように美しいミシル=カイトを思い浮かべ、気持ちがざらついた。
もてるというのは、彼女のような人をいうのだ。
ロータスはいつも男の子達の賞賛の目を集め、そしていつもレツに優しくされていた彼女に、嫉妬にも近い感情が湧くのを抑え切れなかった。
「…それは子供の頃の話じゃないか…。
ロータス、大人になれば、男が求める女のタイプというものは、変わっていくものだよ。
お前は母親と同じで、男に対する自分の影響をわからなさ過ぎる。
……それがいい方向にいく事を私は祈るばかりだ」
またもや意味深な言葉に、ロータスは首を傾げた。まだ無邪気な彼女に苦笑すると、祖母はポツリとこう言った。
「ロータスや、次の私の授業をよくお聞き。……これは大人の女として重要な事だからね」

次の授業は少女達にとって確かに衝撃的な内容だった。
とはいえ、もうすでに女舎に入ってきてすぐに、女性の体のこと中心ではあったが、簡単な性教育はされていた。
だが、今始まった授業の内容は、赤裸々な男女の性についての講義であった。
中には成人を迎えた年上の少女達から性の知識を密かに聞いていた耳年増な子達もいるが、余裕を持って聞いている彼女達にも、最後に息を詰めるような内容が語られた。

「……これからあなた達が大人になるために、女になるために、通らなくてはならない道があります。
それは男にも平等に訪れる、成人の儀式、というもの。皆はもうすでに知っていると思いますが…。
ユナでは15になったら、男女共に大人の仲間に入り、それぞれの責任において、生きる事が定められています。
そのために、大人の社会に認められ、受け入れられるために代々、儀式、というものを行ってきました。
男も儀式には色々な試練を与えられ、一人前の男であることを大人の社会に認められる事を重大としています。
女も、これから社会に出て、よき妻、よき母、となれるかどうかの修練の成果を大人社会に認められるために様々な試験を受けます。
その成績が高いものほど、女の価値がその時に決まると思いなさい。
……もちろん、いい婚家に嫁ぐ基準ともなりますよ…」
その言葉に少女達はざわめいた。講師であるロータスの祖母は、コホン、と咳をすると、再び口を開いた。
「何故、この授業の最後に、儀式の話を持ち出したのかというと、それはあなた方がもすぐ成人を迎える年齢だからです。
この成人の儀式の内容は、数えで15になる一年前に教えるもの。…そして、聞いたものは公言しないようにいい含められるもの。
それはどうしてだか、わかりますか?」
少女達は皆、思い思いに首を振る。
「それは全ての試練を終えて、最終的に社会がこの者を大人と見なす行為…を、必ず受けなければ、立派な成人とは見なされない。
ただ、その行為自体がデリケートな部分のあるもので、おいそれと簡単に教えられない、という事です」
その含んだ言い方に、少女達は再びざわめく。聞くにも恥ずかしい、あのような男女の交わりについての講義の後で、もったいぶったように聞かされる儀式の内容…。それはもしかしたら。
「…何となく、想像ついているかもしれませんが、そうですね。
はっきり言いましょう。
成人の儀式の仕上げに行われる事…それは樹祭司(じゅさいし)機関が定める相手と…その晩だけに契りを交わすという事です」
次の瞬間、少女達はどっとどよめいた。中には顔を真っ赤にして俯く少女もちらほらいるが、ほとんどが興味津々に興奮して隣と話をしている。
ロータスは一瞬、講師である祖母が何を言っているのか、わからなかった。
そりゃ、あのような本人が望まなくとも男が寄ってくる母の傍にいたロータスだ。
男が何を望み、何をしようとして母に近づこうとするのかくらい、幼い彼女にも薄々はわかっていた。ただ、今日のように具体的にどうするかは知らなかったが。
だから彼女が面食らっていたのは別の部分だった。
呆然とするロータスを残し、何もなかったように淡々と講師である祖母の話は続く。

「…そうです。男も女も分け隔てなく、成人の儀式の仕上げは、実践して異性を知る事。
つまり、男は童貞を、女は処女を捨ててこそ、ユナの一族では、真の意味での成人として認められるのです」

それが昔からのユナの一族では当たり前に行われていた儀式なのかは定かではない。
が、昔のユナは意外に性に関してはおおらかだったと聞く。
だから当時の民は、特に女性に関しての処女性にはあまり意味を持たなかったのだろう。
しかし、成人の儀式については、特に一妻多夫制となってから強固に儀式に組み込まれていったかと推測される。
それは男社会での牽制とも言えるものかもしれない。特定の相手の処女性にこだわることで、不穏な空気を男達に充満させるわけにはいかないからだ。
昔から儀式で一晩だけ契る相手を簡単に公表できるものではなかったが、女が少なくなってからは、その秘匿性が顕著になっていったようだ。
今では完全に最初の相手が誰であるかという事を、口に出してはいけない、特に婚姻する相手に漏らしてはならない、といった暗黙のルールができあがっていた。
それはある意味、男達に対して平等に女を配する為の配慮とも言えた。
何故なら、兄弟で妻を共有する為に、いくら今でも長子に優先権があるとしても、妻は共有の財産であり、兄弟平等にするという事がユナの家庭円満の基本とされていたからだ。簡単に言えば、妻が生娘で夫の誰が最初の男になる事を、兄弟間でもめられると困る、と言うことだ。
もちろん、長子優遇の考えだと初めは長子が手を付けた方が皆も納得するように思える。確かに今でも、長子を持ち上げている兄弟はユナの民にはかなりいると思う。が、それだとしても表面化しないところでは、兄弟の誰かが不満を持つ事だって有り得るのだ。
ならば、最初から生娘でないという方が、彼らには一番気楽で、確執が少なかった。
そして誰もが儀式の一貫として考えれば、そのようなものだと気持ちは片付けられる。そうすれば夫達は諦めがつくだろうし、もちろん妻は分け隔てなく夫に尽くす事ができる。
だから、その一晩限りの選ばれた相手、というのは、絶対に口外しない、という事が代々守られてきている。
それでも噂がのぼる事もあるが、皆、懸命にも噂という範疇にとどめている。
特に女の少ないユナの民が、女を奪い合わず、平和に共存する為には、どうしてもある程度の良識も必要となるのだ。
おかげで兄弟が二人以上の家には必ず妻が配され、どんなに魅力のない男でも、共有ではあるが結婚できるようになった。
細かいいざこざはあるが、今の所、ほとんどの家庭は上手くやっている。それが一族の繁栄に繋がり、そういう円満な家庭こそ、ユナの模範なのだ。

それもひとえに、こうして大人になるための教育を、男女問わず未成年のうちにきちんとされている制度があるからだろう。

そんな事よりも。

  成人の儀式の仕上げに行われる事…
  それは樹祭司(じゅさいし)機関が定める相手と…
  その晩だけに契りを交わすという事…………


頭の中で、その言葉だけがぐるぐると回る。

成人の…儀式の仕上げに…?何をするって?
定めた相手と?
契りを交わす…?  交わすっていうことは……。

その相手と…相手と………! 

真っ白になった頭が徐々にはっきりするにつれ、昔耳にした言葉が甦ってくる。

《それにね…》
《これ、ミシルの同室の人から聞いちゃったんだけど…。絶対黙っててくれる?》
《何々?》
それは一年前に偶然聞いてしまった、成人している少女達の話。

《ミシルの成人の儀式の相手、レツだったんだって!》


成人の、儀式の、──相手……!

ミシルの成人の儀式の相手……が……レツだった…???

その事実と、先程の男女についての赤裸々な講義の内容が自分の中で一致した途端、ロータスは愕然とした。

それに伴って、彼女の心を押し潰したのは、あの華奢で優美なミシルを引き寄せ、その白い肌を、あのレツの男らしい大きな手が撫でるように触れている場面だった。
二人は生まれたままの姿で寄り添い、優しくレツはミシルに口付けし、そして……。
そんな映像が頭に浮かんでしまうのを、ロータスは何度も振り払おうと必死になった。が、どうしてだか止められない。
激しく動機がする。どくんどくんとこめかみに血が集まり、頭がズキズキと痛む。胸がきゅっと締め付けられ、みぞおちの辺りが苦しくなって何かが迫り上(せりあが)ってきそうだ。

何とか平常心に戻ろうと試みたロータスであったが、どうしても二人が睦みあおうとするイメージが払拭できない。
あの澄んだ瞳がミシルだけに向けられ、もっと深い部分で二人は繋がろうと…。

それは彼女が初めてレツを、生身の男だと認識した瞬間だった。

今までは優しくて頼りになる一番大好きなお兄さん…そんな感覚で彼を見ていたつもりだった…。
でも違う。ロータスははっきりと悟ってしまった。
心の奥底で自分が彼に恋していたという事実に。憧れがいつしか思慕となっていた事に。
彼が他の女性と肌をかさねているであろう事実を、いや、現実をはっきりつきつけられた瞬間、ロータスは殴られたような衝撃と共に、自分の本当の気持ちに気付いたのだ。

嫌!!!

ロータスの耳には、もう完全に祖母の講義の声は届いていなかった。

何やら最終の儀式について、具体的な進め方を話していたようだったが、一向にロータスの頭には入ってこない。
ただ、自分の激しい感情と戦うのに必死だった。

《お似合いの二人》
昔から、周囲の人達がこっそりと言っていたのをロータスは知っていた。
背の高い黒髪の少年と、それに寄り添う小柄な妖精のような少女。
子供心に自分も、まるでを聖地に飾られている絵のような二人だと思っていた。

《ねぇ、知ってる?レツ=カルアツヤの想い人よ》
あの時の声が、はっきりとロータスの頭に響き渡る。
《ミシル=カイト。ほら、彼女よ》
《え~!?うそぉ!それじゃもう勝ち目ないじゃん!》

激しい鼓動を抑えようとロータスは胸の前に拳を当てて、ゆっくりと息を吐いた。
だが、彼女を襲った黒くて重い、嫌な感情は鎮まってくれない。

これが嫉妬だという事を知るには、彼女はまだ子供過ぎた。
どうしてここまでレツとミシルの事を考えると、拒絶を伴う苦しみと憎しみが湧くのか…。
ロータスは、初めて経験する激しい感情の渦に巻き込まれ、そんな自分が、只只恐ろしいと感じているだけだった。


その数週間、ロータスは何とも酷い毎日を送っていた。
授業は上の空で講師には怒られるし、食欲もなくなり、夜は夜で眠れない。
何とか眠ろうと目を閉じても、どうしてもレツとミシルの姿が浮かんでしまう。
みるみるやつれていく彼女に、周囲の友人達はどうしたのかと心配してくれた。
だけど本当の事が言えるわけがない。
だから当たり障りなく、ここ数週間続いている猛暑のせいにした。

東の果てとはいえ、ユナの島は南寄りに存在している。
だから尚更夏の暑さも北寄りの地よりもきつい。それでも完全に南に配している南の国よりはましではあるが。


なので初夏だというのに、ここ最近うだるような夏の日が続き、ロータスでなくても女舎の少女達もあまり元気ではなかった。
だが彼女達よりも相当な精神的ダメージを受けているロータスは、とうとう授業中にばったりと倒れてしまった。
教室を騒がせたという事も手伝って、その後ロータスは三日間自室療養を命じられてしまった。
同室のチエルや友人達にひどく心配され、過保護のように過ごしたロータスは、皆のお陰でやっといつもの調子を取り戻してきた。皆の献身的な様子に、ロータスはひどく反省した。もうこれ以上皆に迷惑をかけてはいけないと気付いたロータスは、あえてレツやミシルの事を考えるのを止めにした。もちろん、そんなに上手くなどいかなかったが、そのつど無理矢理頭の隅に追いやる事で、何とかロータスの精神は保たれた。

そんなこんなで夏が終わり、大人の世界では婚礼の儀が賑わう季節になった。

未婚の女性は、成人未成年関係なく女舎で過ごすが、成人している者としてない者とでは過ごす棟が違う。彼女達が交流できるのは、管理人や世話役などの人間が集う、棟と棟を廊下で結ぶ中央棟の二階の、共有遊技場──サロンと呼ばれる広間だけだった。
そして今日もまた、夕食前の一時を少女達がサロンで思い思い過ごしている。
いつもと変わらないその風景に、一つの波紋が広がったのは、数人の成人した娘が息を切らしてサロンに入ってきてからだった。

「聞いて、聞いて!」
彼女達は興奮しながら自分達の仲間と思われる、テラス側にいたグループに走り寄った。
成人を迎えている少女達は、誰もがわかるように緋色のサッシュベルトをしている。
こうしないと、間違って未成年に求婚してしまう男がいるからだ。未婚の成人女性がつけるその緋色のベルトは、ある意味『夫募集中』の目印にもなっていた。そして彼女達が嫁ぐ事が決まった時、そのベルトは紺色となる。

同じフロアにいるベルトを持たない未成年の少女達も、何事かと思って一斉に彼女達を見ていた。
だがロータスだけは、チエルと卓上ゲームに夢中になっていて、彼女達の騒ぎには気がつかない。
だが、興奮している彼女達の一人の言葉に、ロータスは思いっきり反応した。

「ミシル=カイトの婚儀がようやく決定したんですって!彼女を巡ってすごい争奪戦だったらしいよ!」


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2012年11月 8日 (木)

暁の明星 宵の流星 ♯179

「はい、今日はユナの女として、妻として、母としての心得を学びます。
これは女として生まれたならば、必ず必要な事です。
しっかり聞いて、覚えて、胸に刻んでおくように」

初潮を迎えた少女から、15の成人を経て嫁ぐまで、ユナの未婚の女達はこうして女舎(にょしゃ)に集められ、妻として、母として、女としての教育を受けさせられる。
それは年々女が減少していく上での、社会に混乱が起きないようにとの上からの指導だった。

一妻多夫制…。
一人の妻が複数の夫を持つ制度である。
ただユナの場合、兄弟が一人の妻を共有するという“父性一妻多夫”を徹底していた。
その婚姻制度については、厳しい掟が絡むほどだ。
それはユナの社会の秩序を保つ為。彼らの苦肉の策でもあった。

まだこの一族にも女が多い頃には、大陸同様に恋愛も男女間の営みも自由に謳歌していた。
だが、女が生まれる数が減少してから、この平和な島でもいざこざが絶えなくなってきた。
一人の女を男達が取り合って争いになるのは常で、もっと最悪な場合にはあぶれた男達が暴走して凶悪な事件を起こしてしまう事も多くなった。
一時期、こうしてユナも大陸同様に深刻な女不足に見舞われて、かなり混乱した事があった。
まだ広い大陸では、他の民族や国から女を調達したり、場末の娼館から高級娼婦のいる桜花楼まで、女を提供する商売が賑わい、何とかまだ社会の均衡を保つ事ができたが、単一民族であり、よそ者の血を受け入れる事をしない(すれば大罪)ユナには他方から女を入れる事ができない為、色々と模索した結果、このような結婚制度を作り上げた。

元々、大陸の貧困地域が取っていた結婚形態からヒントを得た。彼らが少ない土地や財産を兄弟で共有すると同様、妻も共有すると知って、それをユナの制度にできないか、と当時の中枢部(政府)と長の方(おさのかた)が討議した結果だ。
大陸の彼らは、少ない土地を兄弟に分けてあげれないからという理由が多かったが、ユナは東の果てにある大きな島(本土)以外にも複数の小島(無人島も含む)を所有していた為、女を確保するという理由の方が重点だった。
もう一つは、他人に妻を寝取られるよりは、同じ血を引く兄弟の方が安心、という事もあった。それが家を大事にするユナの風習にマッチした。

今は男だけの民族であり、狩猟を主にして生活していたゼムカ族も、昔は本拠地である集落があり、もちろん女もいて、彼女らが家を守っていた。男が狩りに長期出かけたり、遊牧(当時はそれもしていた)で家を空ける事が多いゼムカでは、夫不在中に他の男と関係して夫以外の子を持つ事は日常茶飯事だった。
一部の少数民族の中に存在する集団婚を取り入れている所のように、生まれた子は自分の子でなくても誰もが受け入れる風習があれば別だったのだが、一つの社会としては上手く機能できず、それが混乱を生じ、ゼムカにとって問題視されていた歴史があった。
だからそれを防ぐ為にも、自分の兄弟の誰かを妻の監視役と夜の相手として家に残すという事が常となり、それが制度として定められていなくても、父性一妻多夫婚に似た形態を持つ婚姻の一つとして民衆に認識されていた。
ただゼムカの場合、 女減少と男が増えて狭い土地を所有するのが困難になったと同時に、元々狩猟で移動する事を好む民族だった事もあって、完全に男だけの社会を設立した。別に強制的に女を排除したわけではなく、自然にいなくなってしまったようなものだが、大陸に所々点在する隠れ里には、ゼムカの息のかかった女達が存在しているのは事実だ。特に彼らの子を育てているのはゼムカ族発祥の地(今はない)に近い、東にある小さな島であるというのは有名な話だ。そこには彼ら縁の者(女・年寄り)を住まわせ、ゼムカの子供(男のみ)を育てる見返りに、彼らの生活を保障している。もちろん、ゼムカの王がその島に幾人もの妻や妾を囲っている、というのも有名だ。

男だけの民族ゼムカの例を出したが、男だけの社会として上手く機能しているのはどこを捜してもこの民族だけである。(ここ近年では正式に王制を取っている)
だが、ほとんどの大陸の国や民族では、ある程度の差はあれ、女性の出生率の低下に悩んでいて、様々な対策を取っているのも事実だ。そして稀な民族であるユナも同様で、その対策がこの婚姻制度だった。

こうしてユナの民は何とか混乱せずに、どうにか平等に“家”に女を与えることができた。
だが、それだって万能な制度ではない。だから、結局民を縛り付けるような結果となってしまうが、それを強行する為の掟が必要となった。
それがいい、悪い、ではない。民族の存続として、どうしても必要だったのだ。
……故にユナでは自由恋愛はできる環境でなくなった。
だが人の感情というものは、どの時代でも自由な物だ。
恋い慕うという、人としての気持ちはいつの時代になっても抑制できるものではないのだ。
だからこそ、掟が必要なのだ。
男女間の不確かな一時の感情に振り回されては、一族の団結が崩壊してしまうのを危惧した結果でもあった。

女が少ないということは、大陸同様、ユナも男の力を必要とする男社会であった。彼らが秩序よく生活する為には、何かしらの犠牲がいる。それがほとんど数の少ない女性の負担となったとしても、仕方のない事であった。
重要なのは彼女らはユナにとって宝である子供を産む存在であるということ。よって子供を生めない女は尊重されにくく、また違う事で男に奉仕を強いられる存在となってしまった。


事実、女が少ないからといって、この世界で尊重されているのは稀だと思っていい。
確かに少ない故に大事にはされるが、それは男の都合でされているのが多い。
男が多いということは、物質的な力が大きくなると言う事だ。力は力を過信し、弱いものを従わせるという欲も生じさせやすい。
良くも悪くも、今のこの世は力を必要とする男の世界だ。そうでなければ生き抜いていけない厳しい世界だ。
体力的にも弱い立場の女性は、その力に飲み込まれてしまうしかない。
特に男が増えて、この大陸(ユナもだが)全体、男独特の波動が強まり、充満して今にでも弾けそうな状態であればこそ、だ。

この不均衡がこの先もっと進行すれば、益々殺伐とした世界となるのは確かである。

それが無秩序を生み、動乱が起こりやすくなり、社会が不安定になる。
表立った理由は様々であろうが、その根底には女の持つ波動の不足が起因している。
この柔らかな波動の不足が、今のこの世界に大きな影響を与え、混乱に陥れているだろう事実に気づいている者が、どれくらいいるであろうか。

この混乱を鎮める為には、この男の力(波動)を抑えるもっと大きな力が必要だ。

だが、それは同じ力ではいけない。力が力で殺し合い、破滅する恐れがあるからだ。

また真逆の力は有効でもあるが無理だ。反発しあうか融合するか、それはその時の力のレベルによる事が多いからだ。
それはまるで男と女がぶつかり合いながらも理解しあい、愛しあい、融合するのと似ている。
だが、それはかなり難しく、特に時間を有する事だ。しかもそのぶつける力が圧倒的に減少している。

ではいかに?どの力が必要であるか。

同じであって、同じではない。そしてまたその上をいく力…。

全てを浄化し、全てを組み替える、大陸創生時に奮われた大いなる力。

それこそ絶対神が駆使したとされる、天界の神気。陰陽全てを超越し、人知を超えたその神の力。


この時だからこそ満を期して、ある一人の男の身に鎮まってこの地に降りたのかもしれぬ。

天界の神気。神の力。……そう、それこそは、かつて人が持つ事を許されなかった“神気”
その名を…………。


ユナの話に戻そう。

とにかく女舎に入って、15歳の成人の儀式までに、ユナの女として全てを叩き込まれるのだが、それは将来“家”に嫁ぐための、花嫁修行の場(学校)と考えていい。
そして成人を迎え、20歳(はたち)までは、ある意味花嫁としての売り出し期間である。
余程の事がない限り、全ての健康な少女達は必ず期限までに嫁ぎ先は決定する。男はあぶれても、女は足りないくらいだからだ。
だがそうは言っても、やはりユナの花嫁として優秀とされた者は、率先していい家へもらわれていくので、ここでも男女問わず熾烈な戦いを有した。男も女もレベルの高い相手を望むのは、至極当たり前の事である。
男は自分達の優秀な跡継ぎを。女はより安定した生活のために。

「これからあなた達は、未来のユナの子供たちを生み育てる母となるのです。
そのためにはいくつか、守らなければならない事があります」

少女達の講師は、現役の上級階級の夫人か、もう妻の役割を終えた年配の女性が担っていた。
それは本当に多岐にわたり、健康面から知識面、実技および素行まで、あらゆる事を考慮して教育を行う。
もちろん、学校のようなものだからそれぞれに採点がされ、その時の成績も婚家を決める要素のひとつになる。
そして成人を迎えた後は、未婚期限までに己をなるべく男達にアピールし、よい家に嫁ぐ努力をする。
ただ、やはりユナも男の力の強い社会。相手の決定権は女にはない。全て、“家”を持つ男達がその家に迎え入れる女を選べるのだ。
よりよい嫁ぎ先を望むなら、女として内面も外見も磨き、結婚適齢期にどれだけの男達の目に止まるかが大事だった。
《まるで競売にかけられる家畜のようだ》
と、ロータスは口には出せなくても、常々そう思っていた。
彼女は母親の件もあって、他の少女達とは違う感覚を持っていた。
ほとんどの少女達は素直にそういうものだと、そうやって男達に選ばれてもらわれていくのが女の幸せだと信じて疑わない。そうやって彼女達は自分の母親を見て育ち、そう教え込まれていた。
でもその当時はロータスは違っていた。
一般の少女達が夢見る将来よりも、彼女には他に見てみたい、やってみたい事があった。
もっと広い世界を見てみたい。色々な民族の風習を知ってみたい。それを生かしてユナのために貢献したい。
それは義理の父親、長の方であるダンの仕事振りを女ながらに間近で見てきた事が大きかったかもしれない。
女は政治などに興味を持つな、という風潮の中、ダンは懐の広い人物で、男であろうが女であろうが関係なく、子供の好奇心を大事にする人だった。だからロータスが興味を持つ事柄に関しては、咎める事を一切しなかった。かといって、奨励するわけでもない。ただ、ありのままを提示する人だった。
男の様な格好をしていたせいか、当時の彼女を女扱いした子供が少ない事も手伝って、ロータスは他の家庭の女の子達よりも外界に目を向ける意識が高かった。特に彼女の近くには優秀と言われるレツがいた。レツもロータスに色々と教えるのが好きだった。だから並外れてロータスは一般の婦女子よりも世界の情勢に詳しかったであろう。
そんな彼女であったから、今のユナの結婚制度を皮肉って思うのも仕方がなかった。


「ではラン。今開いている所を読んで」

ロータスの隣に座っているランが、薄い冊子を持って立ち上がり、朗々とした声で読み上げた。
「一、ユナの女は一族の存続を担う、重要な位置にあるということを心得よ。
 二、ユナの女はユナの繁栄に貢献することを私欲よりも重んじよ。
 三………」

そのベージに書かれていた全部で25項目を、ランはすらすらと読み終わる。
「それでは、次をめくりましょう…。そうね、次はロータス、あなた読んで」
ロータスは溜息をつきながらおもむろに立ち上がり、次頁の【結婚の心得~妻として母として】という項目を読み始めた。

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2012年11月 4日 (日)

暁の明星 宵の流星 ♯178

(レツ…)

ロータスは彼の名前を心の中で呟いた。
セツカと呼ばれた青年の肩越しに覗く彼は無表情だったが、瞳の奥がきらりと光ったのはロータスの思い過ごしだろうか。

その背の高い少年は名門カルアツヤ家の次男であるレツだ。
ロータスとは4歳違いで、すでに成人を迎え、この歳若さでユナではエリートとされる長(おさ)直属の近衛隊に配属され、将来を有望されている少年だ。
ロータスとは幼い頃の宮中での遊び相手。昔からよく知る優しいお兄さんだった。


「いくらジス殿でも、宮中で、しかもジースご誕生のおめでたい日に、このようなお言葉は感心しませんね」
その言葉でロータスは我に返り、彼女を守るように進み出た青年を呆然と眺めた。
物言いは柔らかいが、双子の叔母であり乳母でもあるジスを見る目つきは氷のように冷たい。
彼は長の方(おさのかた)ダンの一番の側近中の側近、宮中総合護衛官であり一級戦士のセツカ=ロゥワである。
名家の出でもあり、しかも若くして長の側近となっている彼には、彼女も頭が上がらないようだ。
「それに、あの事故の真相ははっきりしていませんよ。
だからこそ、憶測で決め付けるなんて愚かしい事だと思いませんか?」
セツカの言葉にジスは顔を歪めると、
「別にそんなつもりでは…」
と、誤魔化しながら、そそくさとその場から退散していってしまった。

ジスが去ってほっとしたロータスは、セツカに向かって深々と頭を下げた。
「ありがとうございます、セツカ。
……それと、見苦しい所を見せて…本当に申し訳ありません…」
恐縮がっているロータスを見下ろすと、セツカはふっと笑って彼女の肩を叩いた。
「いや、君のせいじゃないよ。
本当にあの方には困ったものだ。
でもいいね?宮中のほとんどの人間は、君の母君を悪くは思っていない。
宮中に嫁いで5年の間、彼女は奥の方(おくのかた)として立派な働きをしている。
最初、あらぬ事を言う者達がいたが、そのほとんどが今は君の母君を尊敬しているよ」
「セツカ…」
思わず涙ぐみそうになって、ロータスは口元に手をやった。その様子を見ていたセツカは、話題を変えるようにこう言った。
「それよりも女らしくなったね、ロータス」
「え?」
「ここにいた時は、男の格好を好んでしていたから」
その言葉にロータスは赤くなった。
確かに、女を意識する格好を避けてきたのは事実だった。
それは母が女らしすぎる容姿を持っているという反動だったかもしれない。
それに女が少ない宮中では、女である自分が浮いて見えたようで、そのつど周りからのからかいにどれほど傷ついたか。だから意地で女らしさを拒否していたのかもしれない。何よりも自分が男だったら、母を守れたと強く思う事もあった。
女だから、という無言の男達の視線…いや、多分ユナ一の妖艶さを持つ母親の娘だという邪な目を避けたかったのかもしれない。
ロータスはちらりとセツカの後ろにいるレツを盗み見た。
彼だけは宮中の遊び相手の中で違った。
自分を一人の人間として見てくれた。
何かと問題があるたびに真っ先に駆けつけて助けてくれた。
それは自分だけではなく、誰に対してもそうなのだけど。
そう思うとちょっと落ち込む自分を発見し、ロータスは胸のうちで苦笑した。
いつのまにか幼馴染の優しいお兄さんから、憧れの人になっていた。彼に追いつきたくて、無理に剣の相手をねだった事もあった。彼と、ユナの歴史や政治の話をするのが好きだった。
幼い自分を疎まず、同等に扱ってくれる懐の深さが好きだった。
……でも、彼は成人を迎えてすぐに男舎(だんしゃ)に移ってしまった。ロータスの心に小さな痛みを残して。

「君が女舎(にょしゃ)に移ってしまって、この宮中も寂しくなってしまった。
君の威勢のいい声は、実に気持ちよかったからね。
それが…見違えたように綺麗になったなぁ」
セツカの呟きに、ロータスは宮中では絶対に着た事のなかった長いスカートの裾を、照れくさそうに叩(はた)いた。
確かに子供の頃と比べ、胸も膨らみ、ずっと女らしい体型に変わっていた。それがユナの女達が着る、体の線を際立たせる衣装とよく合っている。
上は胸を強調させるようなぴったりとしたブラウスのような衣服。細腰を強調するようなコルセット風の幅広の帯の下から、ふわりと広がる柔らかな生地のスカートはくるぶしまでの長さで、それがちょうど彼女の細い足首惜しげもなく覗かせている。
「まだ、その…着慣れなくて。女舎ではずっとこの格好なの」
「いいね、でも似合ってる」
女ならば誰でも見惚れるであろう笑顔をセツカに向けられて、ロータスは益々赤くなった。
だがそれ以上にロータスの意識はセツカの後ろの少年にいってしまう。

久々に会った彼の目に、自分はどのように映っているのだろうか。

セツカの話よりも何故かそちらの方が気になった。
特に自分が初潮を迎え、女舎に移ってからはほとんどレツに会っていなかった。
レツも男舎に移り、そこから宮中に出入りしているとはいえ、ばったりと出くわす確立はかなり低い。
それでもちらちらと姿を見る機会があったが。
なので、こうしてちゃんと出会うのは、2年ぶりともいってよかった。
(少しでも、女らしく映っているかな…)
そんな事をつい思ってしまう自分にロータスは舌打ちした。
(今更レツに女をアピールしたいだなんて、どうしちゃったの、私…)
内心ドキドキしながら、ロータスは彼に再び目を合わせた。
だが、レツはいつもと変わらないように見える。
元々口数の少ない、落ち着いた少年だったから、あまり何を考えているのかわからない所があったので仕方ない。

「………ということで……、って、聞いている?ロータス?」
はっとしてロータスは意識をセツカに戻した。
「えっと、…ごめんなさい。何だっけ…」
「大丈夫かい?…だから、これから私達が君を女舎に送る、って言っているんだけど…」
「え?でも、私一人のために、近衛隊が護衛?
そんな、いくらなんでも…」
要人であるまいに、と慌てるロータスに、セツカはにっこりとすると、
「いや、まぁちょうど女舎のある方向に用事があるので、ついででもあるけど…。
実は長の方に頼まれてね。大事な娘を無事女舎まで連れて行ってくれ、と」
「長の方ったら!」
ロータスは困ったような嬉しいような複雑な顔をした。
「長の方にとって、君は幼い頃から育てた娘同然。確かに義理の娘であるし。
だからこそ大事な娘が帰途で何かあってはと、心もとないからだろう」
「大げさね。まだ日は高いのに」
とは言ったものの、さすがに一民族の島国であるため、治安の面では大陸なんかよりもはるかにいいが、やはりこの数年の女減少により、若い娘が一人で島を出歩く事には特に注意を必要とした。特に日が落ちる頃は要注意で、邪(よこしま)な気になっている男達が襲ってこないとは言い切れない現状だ。
特に年頃の女を預かる未婚の女子を集めた女舎では、政府が選んだ屈強な戦士で守りを固め、不埒な男達の侵入を許さないほどだった。それほどユナには女が少なかった。
それはどこでも同じ問題ではあったが、島国単一民族で、しかもよそ者を受け入れないユナにとっては他よりも深刻かもしれなかった。
「確かにぞろぞろと部下を引き連れて行くので、君には居心地が悪いかもしれないけど」
と片目を瞑ると、セツカは有無を言わさずロータスの腕を取った。
「ん…もう、セツカ!」
ぷっと膨れるロータスに、後ろからついて行く戦士達の中に紛れたレツが、ひっそりと微笑んだ。
そのまま引きずられて行ったロータスには、惜しい事にその顔を見る事ができなかったけれど…。

颯爽とした近衛隊をぞろぞろと引き連れて、女舎に戻っってきたロータスを待ち構えていたのは、その様子を見ていた同じ年頃の娘達の羨望の眼差しだった。
だがそれだけではない、ロータスが広間に戻ると、少女達が大騒ぎになって彼女を迎えた。

「きゃぁああっ!ロータス、ロ-タス!!」
ロータスと相部屋で、同い年のチエルが彼女の元へ息を弾ませて走ってくる。
「な、何?ど、どうして皆興奮してるの?」
薄々その理由はわかっているけれど、ロータスはちょっととぼけてこう言ってみた。
「当たり前よ!これが騒がずにいられますか!
あああ、さすがに長の方の義理の娘!羨ましい!」
これまた同い年のランが目を輝かせてロータスに突進してくる。
「ちょっと、待って…」
ロータスは苦笑しながらランの身体を受け止めた途端、次々とやってくる少女達にもみくちゃにされてしまった。
「ロータス!私はじめて見たわ!あれが長の方の近衛隊でしょ!」
「あ~ん、やっぱりみんなカッコイイ~~」
「すごいわ、ロータス!あんなエリートに送ってももらえてぇ~~~」
「いえ、そんな…。たまたま方向が一緒だったってだけで…」

ということは、みんな自分が彼らに連れられて来た所を、しっかりと見ていたのか。

特にここは年頃の独身女性を集めた舎であり、いい年頃の男性には滅多にお目にかかれるわけがない。なので、彼女達の反応は健全とも言える。その上、見目も腕も選りすぐられた長の方直属の戦士達だ。もちろんそんな上等な男達を見られる、もしくは出会える機会は滅多になく、彼女たちが過剰反応するのは仕方がなかった。
ただ、幾分まだ余裕を見せているのは、帰っていく彼らをベランダの方で熱い眼差しを送り続けている、成人を迎えている女性達だ。
彼女達はすでに成人の儀式も済んでおり、男に対しての免疫もあった。
少なからず成人していない者たちよりも、男性とコミュニケーションを取る場を設けられているので、そのような大騒ぎをする行為は、子供っぽくてみっともないと自覚していた。自分が男性にどういう印象をもたれるのか、成人の独身女性はそれが一番だったからだ。
そう、なるべく男性に好意を持ってもらい、自分がなるべくいい家へ嫁ぐ為に、この女舎で彼女達は色々と教えられる。
だが、それでも最高の男達を目にして、浮ついているのは彼女達も同様だ。

「あっ!あの赤毛の人、私の方を見たわ」
「違うわよ、私よ」
「見て見て、彼、近衛隊所属だったのね。ほら、この前の催しで…あなたと踊った…」
「ああ、もっと彼に身体を押し付けておくんだったわ!」
庭を横切り去っていく彼らも、二階のベランダから手を振る華やかな女性達に、まんざらでもないようだ。
中には上司に隠れて彼女達にウインクする者もいた。

「ああ~、でもセツカ様、素敵…。さすがに長の側近中の側近で、しかも腹心の友、でしょう?」
別の女性達の熱い視線の先には、先頭を仕切って歩いているセツカがいた。
「本当ねぇ…。でも無理よ。あの方にはもう奥方がいらっしゃるじゃない。
しかも家柄は名門中の名門でしょ?庶民の自分じゃ違いすぎる…」
「あら、そんなのとっくに承知よ!
でも、素敵な方は素敵だもの…。羨ましいわ、あの方の奥様」
「だけど聞いたところによると、セツカ様は末子だから、形だけの奥様みたいよ。
もうすでに跡継ぎのお子様達がいるから、セツカ様は家を出て生涯を長の方の傍にいることを選んだみたい。
……もったいないわぁ、あんなに美しい方なのに」
「あら、そうだとしてもあの方だって男だもの。あちらの方(ほう)は奥方か…どこかで、絶対によろしくやっているわよ」
まだ成人に満たない少女達が聞いてもわからないような会話をさらりとするのが彼女達である。
「…あ~あ、できれば結婚前に一度お相手してみたかったなぁ…。だって嫁ぎ先が決まれば不倫は重罪になっちゃうしね…」
「無理無理。あのような方と知り合うには、何かツテがなきゃ…。
ううん、ツテがあっても、よほどの事がなければ相手してもらえないわよ。
それに婚家が決まる前に許可なく深い仲になった男がいたと知れたら、いい所へ嫁に行く機会がなくなるわ。
そういうところ、ユナの男達は厳しいのよね…」
溜息と共に、彼女達は名残惜しそうに去って行くセツカに視線を送っている。


未成人の少女達からやっと抜け出せたロータスは、空気を吸おうとしてベランダに出た。
眼下に去っていく彼らが見える。
その中に黒髪の背の高い少年を見つけて、胸が騒いだ。
結局、彼とは一言も話せなかった。
『元気?』とか
『久しぶり』とか、何で言えなかったんだろう。
と、ロータスが気落ちした時だった。

「ねぇねぇ、あれ、レツじゃない?」
突然、彼の名前が出て、ロータスは内心慌てた。
「本当!やはり格好いいよねぇ、彼」
何故かドキドキする胸を抑えて、ロータスはついつい、彼女らの会話に聞き耳を立てる。
レツの話を始めた彼女らは、ロータスの右側にあるテラスに寄り掛かって近衛隊を見下ろしていた。
ロータスは隅の方にいたので、彼女らからは見えない位置にいる。だが、話し声だけは風に乗ってよく聞こえる。
「この間の春の聖誕祭でね」
まっすぐな黒い髪を払いのけながら、その中の一人が切なそうに話し始める。
「もの凄い覚悟でレツを誘ったのよ」
その言葉にロータスの心臓が跳ね上がった。
「え?本当?彼、どうだった?」
「どうって…少し話して…。でも、あまり相手にされなかったわ。悔しいけど」
彼女の気落ちした声に、ロータスは何故かほっとして胸を撫で下ろした。
「でも!」
と、彼女は夢見るように言った。
「あの時初めて間近で見たけど、本当に彼って素敵よ!
背は高いし、肌なんか他の男達よりも断然綺麗で、目なんかすっごい澄んでいるの!
もう引き込まれそうなくらい」
他の少女達のほうっという溜息と共に、ロータスの胸はちくちくと痛んだ。

私だって、そんな事よく知ってるわ。
ううん、あなたの知らない事だってもっともっとあるんだから!

そう言葉に出掛かりそうになるのを、ロータスは必死で我慢した。
「でね、とても礼儀正しくて紳士的で。話す声も落ち着いていてうっとりしちゃう…」
まだまだ彼女のレツへの賞賛は続く。
「それにねぇ、男らしい大きな手をしているのぉ。あの手に触ってもらったら気持ちよさそー、なんて」

そんなの子供の頃、よく撫でてくれたわよ。
あなたの言うその大きな手で私の…頭を。

「彼、私達と同い年だっけ?」
「そう、17歳。なのに同じ歳の男達よりも、何もかもが大人よね、彼は…。はぁぁ…」
「あなた、狙っているわね。カルアツヤ家」
「う…」
「そうね、確かそろそろあの家の三男坊が成人するんじゃなかった?
そうすればあの有名なカルアツヤ兄弟も嫁募集が始まるわけじゃん。チャンスよ!」

カルアツヤの三男坊…レツのすぐ下の弟、シキの事だ。
子供の頃、散々私をからかっては何かと意地悪してきたあいつ…。
ロータスは嫌な事を思い出したかのように、頭をぶんぶんと振った。

「でも狙っている人、かなり多いわよ」
「わかってるわよ」
「だってあのユナきっての勇者、ベン=カルアツヤの息子達でしょう?
……いくら庶民が頑張ったって、宮中に出入りできるくらいのコネがないと…。
ちょっと高嶺の花過ぎない?」

彼の父親の一人、長父(ちょうふ※長男である父親の意・妻側から見れば長夫)であるベン=カルアツヤは、先代長(せんだいおさ)の側近の中の一人であり、一族きっての豪傑である。誰も知らない者がいないというほど、レツの父親の名前は広く知れ渡っていた。
彼らの五人の子供達の中でも、特にレツの容姿と武術の才がベンに似ていた事もあり、本人の意思に関わらず、自然に誰もがレツに対して多大な期待を寄せるようになっていた。

ベン=カルアツヤの再来。
ベン=カルアツヤの真の跡取り。

自分達の長(おさ)を競い合いで決める伝統はあれ、まだまだ一般には長子優遇の名残があって、家長は暗黙の了承で長男が担っていた。それにも拘らず、長男のルオゥよりも次男のレツの方になまじ才能があったために何かと注目を浴びていた。しかもユナ一の勇猛果敢な最高戦士のベンと見た目が似ていたとあれば、それも仕方がないことだろう。
事実、豪傑ベン=カルアツヤはその評判と同様、私生活でも厳格で、家長に相応しい威圧感を持ち、他にも彼の兄弟が三人いたが、一家に君臨し、全ての権限を持っていた。
周囲に尊敬されているベンではあるが、ロータスの印象ではかなり我が強くて、幼心にも自分本意な人と映っていた。
厳格で強情で、意外に人の話──特に自分よりも下の者─の話に聞く耳を持たないという印象だ。
だが、レツは違う。唯一ベンと違う所を挙げよ、と言うのなら、彼の優しさをロータスは一番に挙げる。
母が再婚し、まだなれない宮中暮らしで馴染めなかった彼女を、何かと気にかけ、面倒を見てくれたのはレツだった。
レツは5人兄弟の2番目であったが、他の兄弟達はあまりロータスに興味がなく、特に彼女と歳の近い三男のシキは彼女の事をチビ、ブスと言っては、何かと意地悪した。
それでよく取っ組み合いの喧嘩をしたが、いつも飛んできて止めてくれたのはやはりレツだった。


「でもまだ20歳には時間があるもの。それまでにどうにか彼と近づいて…ううん、彼の兄弟の誰かでも知り合いになれば、もしかしたら花嫁候補に挙げてくれるかもしれないわ」
黒髪の少女は赤くなって力説している。
ユナの民の詳しい結婚制度については、後ほど説明するとして、とにかくこの成人女性達の憧れの嫁ぎ先が、レツの家だという事はわかった。

……私だって…。

思いもしない考えがロータスの頭に浮び、慌てて振り払った。
(馬鹿、ね。何を考えてるの、私ってば!)
こんな気持ち、一緒にいたときには思いもしなかった感情だった。
そらそうだ。
だって、いつも会いたい時にはいつだって会えた。

彼が成人を迎えるまで。

そして自分もあと二年したら彼と同じく成人を迎える。

彼女らが言う、三男のシキが成人したら…というのは、兄弟の半数が成人であれば、妻を娶れるという制度の事だ。
だからといって、どこの家もすぐに妻を娶るとは限らない。できる、とだけで強制ではないからだ。
ならば、シキが来年15になって成人となり、その一年後には自分だって成人になれば……。
おのずと彼らの花嫁候補と成り得る、と、ロータスはぼんやりと思った。
それまでに、どうかレツの家にお嫁さんが来ませんように…。
そう考えてロータスははっとしてまた頭を振った。

何だろう。

どうしてこんなにレツの事が気になるのだろう。


「でも、さぁ。あなた知ってる?」
今まであまり会話に加わっていない一人がぼそりと言った。
まだ彼女達の話は続いているのだ。
段々と頭の痛くなったロータスは、そっとこの場から離れようとしたが、また初耳な話題が彼女をその場に釘付けにした。
「レツ=カルアツヤの思い人よ」
ロータスの心臓がどきりと音を立てる。
「え~?何それ!」
「ミシル=カイト。ほら、彼女よ」
「え~!?うそぉ!それじゃもう勝ち目ないじゃん!」
黒髪の彼女は泣きそうだった。

ミシル?
って、あのミシル?

ロータスも衝撃を受けて固まった。

「あの医者一族のカイト家のお嬢様よ。…ミシルって、昔からレツにお熱だって、私の兄さんが言ってたもの。
兄さん、ミシルに憧れているから、すっごくショックだったみたい」

知っている。
父親が宮中の医療官だから、彼女も幼い頃宮中の保育施設によく来ていた。
自分とは違って小さくて華奢で、色の白い、男の子達が讃えるように本当に妖精のような人だ。
ふわふわと流れるような亜麻色の腰までの髪に、煌く藍色の瞳に縁取る長くて濃い黒い睫が印象的だ。
お人形みたい、と初めて彼女を見たロータスは感嘆したほどだ。
しかも容姿だけではない、性格も穏やかで誰にも優しかったし、それだからといって、ちゃんと自分を持っている人だった。

「レツだってまんざらでもないみたいよ。だって、あんな綺麗な娘に思われて、嫌がる男、いると思う?」

そりゃいないだろう…。

思わずロータスも彼女らと同じく同意した。

確かに彼女はレツとよく仲睦まじく話をしていた事を思い出した。
あの時は、彼女の事を優しいお姉さん、という目でしか見ていなかったから、無邪気に何とも思っていなかったし、たまに会えば普通に慕っていたと思う。
彼女はレツとは一つしか違わなく、早々に女舎に移っていたから、そんなに親しい、というほど知っているわけでもなかったが。
そうか、二人はそういう関係にあったのか。
でも、いつ頃から?

「それにね…」
それまでの声をワン・トーン落として、彼女は続けた。
「これ、ミシルの同室の人から聞いちゃったんだけど…。絶対黙っててくれる?」
「何々?」
興味津々の言葉の後に、また声を落として彼女が話し出す。
いけないと思いながらもつい、ロータスは耳を傍立ててしまう。
「ミシルの成人の儀式の相手、レツだったんだって!」
「うっそぉ!」
「何それ!羨ましすぎる!」
「しっ!声を落として!」
思わず大声を出した子達を戒めると、きょろきょろと辺りを見回し、誰もいない事を確認してからこそこそとまた話し始めた。
柱の影に隠れていたロータスは、かろうじて彼女らに見つからなくてほっとした。
当の彼女らは顔をつき合わせて小声で何か話し合っている。先程よりも余程聞かれては拙い内容なのだろうか。
ロータスの耳には彼女らの話はもう聞こえてこない。

(成人の…儀式の"相手”?)

初めて聞く言葉に、ロータスは首を傾げたが、益々頭痛が酷くなってきたので、とにかく早くそこから離れ、部屋に戻った。


一年後、成人の儀式を学ぶ過程で、ロータスはその時年上の彼女らの言っていた言葉の意味を理解する事となる。

その内容が、ロータスを愕然とさせ、暗澹たる気持ちにさせる事になろうとは、この時の彼女は全く思いもしなかった。

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2012年11月 1日 (木)

暁の明星 宵の流星 ♯177

「赤ちゃん、可愛かったねぇ。ロータス」
13歳のロータスは、今年7歳を迎えたばかりの二人のジース(長候補者…長の息子達の総称でもある)の小さな手を引きながら、赤ん坊のいる部屋を後にした。
「ロータスと同じ髪と目の色だったねぇ」
この双子のジース達は、さすがに長の方(おさのかた)であるダンの血を引いて、聡明で愛らしい子達だった。実の母を自分達の命と引き換えに亡くした彼らは、2歳の時から奥の方(おくのかた)として嫁いだロータスの母を、実母のように慕っている。
もちろん連れ子のロータスは、彼らにとって義理の姉となるのだが、彼女はユナス家の血を引く人間ではない故に、長一家とは家族であっても一線を引いた立場に置かれていた。つまり彼女は家族同様に過ごす事は許されても、周囲は一般人として彼女を扱った。でもそれは、ユナにとっては当たり前の事だ。

長の直系は代々宇宙の大樹(そらのたいじゅ)に通じ、島と民を守ってきた、ある意味尊い存在である。彼らが頂点に立ってくれているからこそ、大樹は恩恵を与えてくれるのだ。
もちろん、大陸同様、神官や巫女のように神(ユナでは大樹)と通じる能力者や祭事官などはいるが、大樹と通じる能力にかけては長の方(おさのかた)とは比べ物にはならない。彼ら能力者や祭事官は畏敬を持って、大樹と繋がる長の方の補佐として先祖代々仕えているのである。
その長の方の能力というものは、ユナス家の血を引く人間であれば、可能性が潜んでいると言う事で、結局はジース(長候補)から長となる事が決定し、その時点で大樹の洗礼を受けてから能力を開花させ、能力者としての長なる。だからユナス家の人間が全て長の方となるわけではない。民に認められ大樹の洗礼を受けなければ、ユナの唯一の統率者にはなれないのだ。
だからユナにとって、長の方になる血筋というものが何よりも重要なのはこのためで、彼らは代々長の方の血筋であるユナス家を敬い、守ってきた。
それはまるで、大陸で神の血を引くセドナダ家…女神の子孫であるセド王国の神王(しんおう)を特別視するのと似ている。
だからこそユナの人々はセド王家の血筋を重んじる事に理解を示し、しかもセドの女(おんな)神王が島を外部から守ってくれたという恩義もあり、ユナの民にはセドナダ王家の血筋であるということはユナス家同様に絶対であった。


とにかくこの愛らしい双子の兄弟も、将来のジース(長候補)だ。
そして今日、皆が切望して生まれてきたロータスの弟も。
「弟ができて嬉しい?」
そう、自分の弟は彼らの弟でもある。
ロータスの問いかけに、双子の兄弟は口を揃えて言った。
「もちろん、最高だ!」
ロータスはくすくすと笑った。本当に仲がいい兄弟。
「だって、ロータス。弟が生まれたってことはジースがもう一人増えたってことでしょう?」
左側のジース・リードが言った。
「そうよ。…ジースが増えた方が二人には最高なことなの?」
するとつかさず右側のジース・シードがこう言った。
「そうしたら、僕ら二人だけで競わなくてもいいってことだもん」
「そうそう。ほんとはね、僕ら競争したくないんだよ」
いつになく真面目な顔で言い出す二人に、ロータスは小首をかしげた。
「みんなだって言ってる。双子は不吉だから、二人だけで争わせてはならないって」
ジース・シードの言葉に、ロータスははっとした。
だから…だから中枢部は母との再婚をあっさり許したのか…。早く次なる候補者が欲しい為に。
母アニタは決していい所出身の令嬢ではない。しかも長の方よりも年上だ。
強いての利点は出産経験者であること…しかも女児を産んでいる事だけ。
大陸での女減少は、この東の果ての島でも例外ではなかった。
いや、大陸よりも数少ない単一民族であるが故、もっと深刻だった。
だからおのずと女の価値は、若いこと以上に、経産婦(子供を生める証拠)というのはポイントが高かった。もちろん、一人しか産めない女性もいるわけだが、それでも産めなかった者よりも待遇がよかった。しかも希少とされる女児を産んだ女の立場は、罪(軽いものなら特に)を受けた者が恩赦されるほどに優遇された。
確かに長の方であるダンの初恋の人であったという事実はあったにしろ、それだけでは中枢部の同意は得られない。(まぁ、かなりダンが押したかもしれないが)しかも年上という事が問題視された事実はあったろう。
本来、すでに亡くなった前の妻との間に息子が二人もいるのだから、別に長の方に後添えは必要ないと思われてもいい筈だ。
が、ユナス家の血を継承する人間は、どうしても3人以上必要だった。
競わせて長とするシステムが続けられている事もあるが、それよりも何より、継承候補者が双子だけ、というのが問題だった。
それはこの長を決めるシステムが採用されたきっかけとなった、ユナにとって不吉な忌むべき事だからだ。
今は仲のいい双子の兄弟だとて、過去のようにいつか争い、分裂するかもしれない、ある意味爆弾を抱えているに等しい。
だからこそ、もう一人以上後継者候補が必要だったのだ。

「ぼくもやだ。だってぼくらはふたりで一人なんだもん。ふたりで長の方になれるんならいいけど、そうじゃだめでしょ?
ぼくらはいつも一緒にいたいんだもん。だから本当は長になりたくないんだよ、ロータス」
ロータスを見上げているジース・リードは口を歪めた。
「そうそう僕らは普通の家の人たちみたいに、ずっと一緒にいたいんだ。
僕らはふたりで一生家族なの。
……大人になったら可愛いお嫁さんもらって、3人で仲良く幸せに暮らしたい」

まだ学校にも行かない年齢だというのに、この二人はそんな遠い未来の事までもう話し合っているのか。
そう思うと、彼ら にそう言わせている周囲の大人達に少しの苛立ちを感じる。
でも、これがジースである、ということなのだ。
まだ年端もいかない子供だから、という理由なんて、将来の長となる可能性の者には必要ない。
理解できない子供であろうとも、現状を包み隠さず開示する、というのがユナス家のやり方だ。
特にジースともなれば、物心がついたときから大人のような扱いを受ける。
そのように教育されるので、彼らは一般の子供とは違った。

「それが将来の二人の夢?」
複雑な気持ちでロータスは優しい笑顔を二人に向けた。
「そうだよ!」
と、同時に叫ぶと、次にジース・シードが顔を赤らめこう言った。
「僕らは何もかも同じ考えだし、好きな物も嫌いな物も同じ。
…あのね、こういうの、みんなが言っている…その…」
「共有」
つかざすジース・リードが口を挟む。
「そう、共有!
僕らは共有するのが他の人よりまったく苦じゃないの」
「うん。喧嘩はするけど、結局わかりあえるしね」
「だからきっと好きになる人も一緒だから、お嫁さんが来ても仲良くできると思うのね」
ロータスは彼らの話を半ば感心しながら相槌を打っていた。
「だから嬉しかったんだよ、新しいジースが生まれて」

実際ユナでは、結婚して5年もの間に子供ができなければ、即離縁させられるという掟があった。
それを婚姻の猶予期間とも言われ、その5年がくるまでに流産でもあれ、死産でもあれ、とにかく妊娠できれば猶予期間も少しは延びる。
ロータスの母のアニタは再婚してすぐに妊娠したが、結局死産だった。
猶予期間は延びたが、夫である長のダンにとっては、彼女が本当の妻となるかならないかの瀬戸際でもあった。
"もっと若い妻を娶ればよかったのに”と、この結婚を快く思っていない者から影で言われていた事も重々知っていた。
だからなおさら第三子ガラムの誕生は、長にとっても一家にとっても、待望のものであった。

「あ~あ、ロータスが僕らと歳が同じだったらよかったのに」
「え?」
突然、ジース・リードが残念そうに溜息をついた。
「そうだよ。そうしたらロータスを僕らのお嫁さんにできたのに」
「あら、まぁ」
「そうそう、そうしたらずっと変わらず、ずっと家族みんないられるのにねぇ…」
しみじみとそうジース・シードに言われて、ロータスは何と答えたらいいかわからなかった。

……確かに、ここユナでは女は初潮を迎えると女だけの舎に移り、15歳の成人を迎えたら、十代の間に結婚を決めなくてはいけない。
もちろん結婚相手の対象は基本自分よりも歳が上の男達だ。
ただ、多夫一妻制であるため、兄弟の半数以上が成人であれば、妻を娶る事が許されており、嫁いだ先に未成年の夫がいる事もあり得たが、でもほとんどが同年代から上の年齢の男性に嫁ぐのが当たり前であった。
だから再婚とはいえ、年上の初恋の女性を後添えに迎えられたダンは幸運ともいえた。
自分より年上の女性は、もうすでに人の妻となっているのが一般的であるからだ。


「ジース様方、こんな所にいたのですか?
そろそろお昼の時間ですよ」
廊下で話していた3人の前に、太った中年の女が二人の女官を伴って現れた。
着た物から察するにかなり身分の高そうな感じで、ロータスを見下ろす冷たい眼差しが、高慢な印象だ。
事実、彼女はジース達の叔母でもあり、乳母でもあった。つまり、前の奥の方の兄弟の妻。
本人もなかなかの家柄出身という事と、ユナス一族の血を引く家系に嫁いだという事もあり、彼女はもの凄くプライドが高かった。
義理の妹である双子のジースの母親を、長の方の妻に推薦したのも彼女だった。
義理の妹亡き後は、自分の選んだ女性を後添えにしようとしたのを、ダンの強い希望で打ち砕かれてしまった。
その恨みがまだ根底に彼女にはあるのだ。
双子はロータスとの会話を中断されてか、不機嫌な表情を彼女らに向けた。
「ジス様、ご機嫌いかかですか?」
上の者への礼儀として、ロータスは丁寧にお辞儀した。
だが、彼女はフン、と鼻を鳴らすとロータスを無視して、双子のジース達を部屋に連れて行くよう女官達に命じた。
双子は不服そうな声を出したが、じろりと叔母に睨まれ、渋々と女官達について行った。
廊下に二人だけになると、突然彼女はロータスを見下ろし、嫌味たっぷりにこう言った。
「本当に良かったこと、ジース様がお生まれになって。
これであなた方親子も追い出されなくてすんだわね」
むっとしてロータスは顔を上げた。
「まったく、長の方の強い要望がなければ、本来は後添えすらもなれない身分なのよ。
特にお前の母親は、流刑地出身だもの。しかも男をたぶらかすのがお得意みたいだし。
……でもある意味よかったのかもしれないわね。 
何かと男とのトラブルが絶えないお前の母親を、ユナの平安のために奥の方として据えているという事実を、決して忘れてはいけませんよ。
これ以上被害を出さない為に、長の方が犠牲になってくださっているという事をね」
ロータスは怒りで声を出しそうになった。
だが、母の立場もある。それに大半は嘘ではない。
ロータスは噴出しそうになる感情を何とか抑えた。
確かに奥の方に収まるまでの母は、幾度となく男がらみの災難に襲われてきた。
だが、それでも母が一度も自分から男を招き入れたことなどない。それは娘である彼女が一番よく知っている。

「……確かに母は流刑地の出です。でも、それは母自身、関係のないことです。
それに、お言葉ながら、母は自分から男の人誘ったりたぶらかしたりなんかしていません。
…事実、ジースを産んだ母は、もう立派な国母です。
…いくらジス様でも、今の言葉あんまりだわ!撤回してください」
ロータスの緑色の瞳が強い光を帯びる。それが彼女の気の強さを物語っていた。
「まぁ、何という口の利き方!
いくら母親が奥の方だからって、目上の者に何て生意気な!
さすがあの女の娘だこと。
お前も将来、母親と同じく、男をたぶらかし自滅させるでしょうよ。
死んだお前の父親達のようにね!」
高位の者とは思えぬ暴言に、ロータスは怯んだ。でも、ここで負けてはならない。
「父は!父達は事故だったんですっ」
目に涙を溜めてロータスは訴えた。
「違うわよ。お前の父親達を殺したのはお前の母親だ。
その証拠に、お前の母親を取り合ってお前の父達は仲が悪いって評判だった」
「ジス様!」
「だから兄弟揃って時化(嵐)だったというのに、全員沖に出たんじゃないの?
普通誰か一人、家に残るのが当たり前なのに」
確かに兄弟が多ければ、何かのときに妻子を守るため、一人ぐらい家に夫が残るのが普通である。
「なのに当時、お前の母親の気を引こうとして率先して海に繰り出したっていう話じゃないの」

「ジス殿、もうこの辺で口を慎まれたら如何か」
泣きそうになって反論しようとしたロータスの背後から、突然落ち着いた男の声がして、二人ははっとして同時にそちらを向いた。
「あ、ま、まぁ…これはセツカ殿」
数人の戦士を伴って近寄ってくる、物腰の柔らかな美しい青年に、彼女はバツの悪い顔をして呟いた。
だが、ロータスはセツカと呼ばれた青年よりも、彼のすぐ後ろについてきている背の高い少年に目が引き寄せられていた。
黒い髪に精悍な顔つき。
彼と目が合った瞬間、ロータスの胸は大きく高鳴った。

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