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2013年1月 4日 (金)

♯183と♯184の合間。そしてご挨拶

大陸の東の中ほどに、神の血を引く王様がいる。
神の申し子である王様を、大陸の民は畏敬を持って神王(しんおう)と呼んだ。

古き昔にその神王は東の果ての島に住むユナの民を救ってくれた。
その時から、ユナは神王の僕(しもべ)となった。

だけどそれは、先代神王が認め、ユナの長が認め、大樹の恩恵を賜った真の神王のみが彼らの守護を受ける資格を持つ。
古(いにしえ)に神王とユナの長で決めた盟約。その約束は今でも大きな効力を発揮する。

その資格は現代神王より指名を受けた神王太子からゆるやかにもたらされるものではあるが。
即位し、ユナに認定されて初めてユナが守護する神王と成り得るのだ。

それは、この神王の最後の血筋とされる二人の王子とて、まだ知らぬ事実。

ユナの民がただ闇雲に神王に仕えていたわけではない事を、まだ彼らに知らしめる段階ではない。
それは全て、長の方の仕事であり、……十八年前の、元王太子との取り決めでもあったからだ。

「ごめんね?さっきは急いでいたから……。怪我はなかったかい?」
形の良い細くて長い指が、少女の柔らかな茶色の巻き毛に触れる。
向けられた、柔和でそれでいて哀しげな笑顔に、少女はかなり動揺した。

ずっと憧れていた肖像画の人物が、リアルに今、彼女の前で微笑んでいる。
そして想像もしてなかったほどの……素敵な声。
初めて知る衝撃に、少女は今までにないくらいに頬を染めた。

「どうかされたか?アマト様」
背後から慌てた様子で義理の父、長の方であるダンが駆け寄ってくる。
「ああ、こちらに向かった時に私が考え事をしていたせいで、この子にぶつかって転ばせてしまったんだ」
申し訳なさそうに言うと、再び彼は彼女の方に向き、屈んで同じ目線を取る。
吸い込まれそうな黒い瞳に、少女は緊張した。
「本当にごめんね。女の子なのに、傷などつけてしまっては、親御さんに申し訳たたない」
その言葉にダンと少女は目を丸くする。
「…よく、娘が女の子とわかりましたね」
ダンの言葉はもっともだった。

少女……長の方の養女であるロータスは、一見すると男の子みたいだからだ。
あえてロータスは、幼い頃からわざとそうしている。その理由は、養父であるダンはよく知っていた。
本人には全くそんな気はないのに、どうしても男を引き寄せてしまう実母を見て育ったという事が、男に対する警戒心を嫌というほど彼女に植え付けた結果だと。
でもそれも十歳になる頃には、養父であるダンにも慣れ、周囲の男の子達と仲良くなっていくにつれ、女の子でいるということに対して少しずつ緩やかになっていったように見える。その証拠に最近は誕生日に贈ったユナの女性が着る民族衣装に、こっそりとではあるが袖を通し、嬉しそうにしている事を、彼女の母親であり自分の妻から聞かされていたからだ。
もう少しすれば初潮も始まり、否応なく女を意識させる女舎(にょしゃ)に移る。
その微妙な年頃の彼女が、目の前の大人の男性に顔を赤らめ、憧れの眼差しでうっとりと見上げている。
彼女も女だったな、と、ダンは微笑ましく思い、ほっとした。
義理であっても本当の娘のようにかわいいロータス。
成長し、女として母としての幸せを享受して欲しい。その願いは妻と一緒になった時から変わらない。
長として、ある意味孤独だったダンが、初めて自ら欲してやっと掴んだ家庭の幸せだった。同じように我が子にもそう考えるのは当たり前の事ではないだろうか?

娘の、娘らしい反応にダンは気恥ずかしさを覚えつつ、ロータスの頭をぐりぐりと撫でた。
その仕草にはっと我に返ったロータスは、慌ててユナ式の正式な挨拶を目の前の男に披露した。
「これはこれは」
にっこりと、これまた罪な微笑を携えて、アマトは立ち上がり姿勢を正すと、彼女に向けて淑女に対する自国の礼を返す。
「こんなに可愛らしいお嬢さんを、どうして男の子と見間違えるだろうか。……まぁ、うちの子も一見してどっちかわからない容姿をしてたりしするので、なんとなくわかるというか……」
と、照れたように言葉を濁すセドの元王子は、まるで十代の少年のようにはにかんだ表情を見せた。
それでも彼がどこかしら疲れた様子を抱えている感じに、幼いながらもロータスは気がついていた。最初出会った時の様子がただならぬ雰囲気があったからかもしれない。
今では長の方と話し終わったために安心したのか、上手くそれを隠してはいるけれど……。ロータスは目の前の憧れの人を再びまじまじと眺めた。

彼の肖像画がユナの地に届いたのは十年も前、ロータスが生まれた頃だった。
ユナの民にとって、東の神王は一族揃って御守りする大事な御方である。
その為に島民全員が神王の御顔を知る必要があった。よそ者を良しとしない閉鎖的な民族であれば尚の事。
だから神王が王太子(次の後継者)を決定してすぐに、一族にそのお世継ぎの肖像画がお披露目となるのだ。

だが。
近年のセドナダ王家は尋常でなかった。
お家騒動、もしくは内部分裂。当時即位していた神王と密に連絡を取っていた一人が裏切り大それた事をしてくれたのも打撃であった。
第五王子アマト=セドナダが王太子と決定してすぐに彼の肖像画が到着してまもなく、彼が大罪を犯し、その為に第四王子に即位を譲ったという事が明るみになったからだ。その真実を探ろうと当時の長の方は幾度もセドに赴こうとしたが、何者かに阻止され当時の神王との接見が叶わないまま神王が崩御してしまった。

宙ぶらりんとなってしまった密約。

最悪な事に、セドとユナの密約は当の神王と長の方個人同士が結び、次代に取り次ぐもの。
その要となる神王は、次の王太子をユナの地に連れて行き、その説明をする事もできずに亡くなってしまった。
神王の気を許した数少ない側近以外、ユナとの事は本当に極秘であり、特に密約に関して言えば、それ自体が存在するという事を知っている者もほとんどいないという事実。
しかも先代長(せんだいおさ)の一番の右腕ともいえる側近の裏切りが拍車をかけた。そのせいで神王と連絡も取れず、神王指名の王太子の失脚を許し、古くから護りを頼まれていた裏の教典すら盗まれてしまっていたのだ。
その責を取って先代長は自害した。そして急遽次期長(じきおさ)のダンが跡目を継ぐ事となった。


セドナダ王家といえば、新たに神王に即位した第四王子は、もちろんユナの密約の事なども知らず、玉座にふんぞり返っているだけだった。ユナが守護するのは彼ではない。そして彼の亡き後即位した彼の息子でもない。
ユナとの秘密を暴き、ユナの側近と手を組んで裏教典を奪った輩は、幸いにも密約の事までは調べに及ばなかったようだ。何故なら彼らの目的はその裏の教典のみだったから。もちろん、ユナを裏切った先代長の側近は仲間内に捕らえられ制裁を受けた。


だからこの十年ほど、セドとユナの絆は切れていたにも等しかった。
現神王が次代の神王にその座を譲る時に“渡される筈のもの”を持って、セドを追われていた元王太子がユナの島を訪れたその時まで。
神王の隠密としてのユナの機能は眠ったままであったのだ。

本来ならば王太子として、華々しくユナに御姿を披露されたであろう方──。
失脚したせいで日の目にあわなかったその肖像画は、長の方の部屋にひっそりと飾られていた。それを義理の娘になったばかりのロータスが見つけて問うた時から、この絵の王子は彼女の憧れの王子様となったようだ。
『この方は本来ならば我らが御守りする筈の神王となる方だったのだよ、ロータス』
肖像画からでも見て取れる、溢れるほどの聡明さ。当時次期長であったダンですら、彼に仕えることを夢見たくらいだったのに。
『……私も。この方にお仕えしたかったなぁ……』
ぼそりと呟く娘の顔は、まるで幼い頃、ユナの使命に心を躍らせていた自分と重なって見えた。だから思わずダンは彼女にこう言ったのだ。『大事にしてくれるのなら、君にこの絵をあげるよ』……と。


その本人が今、目の前にいる。

確かに絵の頃よりも年を取って、若々しい風情は通り過ごしている。それでも彼の聡明な美しさは全く損なわれていない。
「うちの……子?」
思わず聞いてしまったロータスに彼は、彼女に向かってこう言った。
「私の大事な息子達だ」
その短い言葉に息子達への誇りと愛が溢れていた。ロータスは彼の息子達がとても羨ましく感じ、少し興味を持った。
「私と同じくらいの歳なんですか?今日はご一緒ではないのですか?」
「いけないよ、ロータス。そんな不躾な質問をしては……」
彼女を止めようとしたダンを、アマトは軽く制すると、小さく微笑みながら、でも少し寂しそうな目をしてこう答えた。
「うん、君くらいの歳だよ。もう少し小さいかもしれないが。
……今は一緒じゃないんだ。残念だけどね。君と年が近いから、きっといい遊び相手になっただろうに。
でもいつかはこの島にくるかもしれない。……いや、きっと来る時があるかもしれないね。
その時は息子達をよろしく頼むよ、えっと……」
「ロータスです」
「そう、ロータス。……素敵な名前だね。東の国では水面に咲く花の名前だ」
「そうなんですか?」
お花の名前……。どんな花なんだろう。その花に似合うような自分だろうか……。そう思いめぐらしていたロータスに、アマトは優しい声でこう言った。
「とても上品で、凛としていて……天神仏なるものが降り立ち、お休みになる花だ。君によく似合うと思うよ」
これ以上もない褒め言葉に、ロータスは真っ赤になった。どう答えたらいいか、言葉が出ない。
そんな娘にダンは微笑んで追い討ちをかけた。
「私もそう思う。アマト様の言うように似合うだろうなぁ。将来お前はあの花のように綺麗な娘となるだろうよ。私も東に行った時に目にした事があるが、本当に凛として美しい」
「やめて下さいっ、長の方!」
耳まで赤くしてロータスは照れ隠しに抗議した。その少女らしい愛らしさにその場が和む。

「……早く……」
その様子を和やかに眺めていたアマトが突然口を開いたのに、ロータスは彼を見上げ、あ、と声が出そうになった。
彼女の目に映ったセドの元王子の何ともいえない憂いた表情。まるで遠くを見るような、哀しみで溢れた暗い瞳。
自分の隣にいるダンでさえ、いつの間にか同じように暗い表情になっていた。
「早く私は我が子をこの手に抱きたいと思う。……その子達がもし、将来何かあった時…」
「アマト様……」
ダンの声にアマトははっとした。ゆるりと苦笑を浮かべる。
「すまない…。最近の私は少しおかしいんだ」
「アマト様、今お付の方が迎えに来られたようです。さぁ、ご案内します」
ダンの後ろで控えていたセツカが頭を垂れてそう促した。ちらりと外の方を窺うと、遠く波止場の方から大柄で髪の長い人物がやってくるのが見える。アマトはその姿を認めると、表情を厳しく引き締めた。
「では、ユナの長の方、くれぐれもよろしくお願いします」
丁寧に頭を下げるアマトに、ダンも恭しく礼を返す。
「できるだけの事をお約束します。……先代神王様のご遺言でもある事ですから」
アマトは力強く頷く。
全く話の見えないロータスは、呆然と二人の男達をただ見上げるばかりだ。
「では、こちらへ」
ダンが出て行く後についてアマトが足を少し進めた時だ。いきなりロータスの前で立ち止まると、アマトはまた彼女のために少し屈んで静かに微笑んだ。
「ロータス、元気でね」
そう言いながら、彼は目をくりくりしている彼女の頭を優しく撫でた。
「お、王子さま……も」
しどろもどろに答えるロータスに、アマトの目に自嘲の影がちらついた。
「もう私は王子ではないけどね……。ないけど……」
その声があまりにも辛そうだったので、ロータスは子供ながらに話題を変えようと必死になって思わずこう尋ねていた。
「あの、息子さんたちの……お名前…は」
アマトは面白そうな目を向けて、小首を傾げると彼女の手を取った。
「可愛いユナのお嬢さん。私の息子の名前はキイとアムイ、というんだよ」
そして切なげな声を震わすと、まるで独り言のようにこう続けた。
「今はわけあって隠しているけれど、いつかはそうもいかなくなるかもしれない……。だから頭の片隅にでもいいから覚えておいて?……あの子達に血筋の枷をはめたくなくて頑張ってきたけれど……」
アマトは泣きそうな顔をしてひとつため息をついた。
「それももう、限界が来ているのかもしれない……。最近はすごくそう思うんだ」
やはり話がわからないロータスはきょとんとした。それでも彼の辛そうな瞳で、とてつもなく大事な話かもしれないと彼女は思った。
「私の血を引いた息子はこの二人だけ。……それはセドナダの血を否応なく継承しているという証でもあるんだ。
だからロータス、君をユナの子として信頼して教えるんだよ。私の大事な子達の名を。
……だから、時期が来るまで内緒にしていておくれ。いいかい?」
よく理解できないままロータスは黙って何度も頷いた。
憧れていた相手からの、直々の頼みごと。幼い彼女にとってそれはとても大切なものだった。


だがそのすぐ後にセド王国は崩壊し、国自体がなくなった。風の噂ではセドの太陽だった元王子もその時に亡くなったらしいと伝えられた。
その衝撃も覚めやらないうちにロータスは初潮を迎え、女舎に移る事になり、自分の事で手一杯になった彼女は、憧れの王子との会話もいつのまにか記憶の彼方で薄れてしまっていた。

その十四年後。
先代長の側近の裏切りの件も関係し、特によそ者に関しての対処が厳しくなったユナ族の砦に、元王子の残した名前の一人が浜辺に流れ着く。
何かの導きか、それともただの偶然なのか。

ただ、それがロータスという花の名を持つ女の悲劇の始まりとなったのは、間違いのない事実であった。

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ご挨拶
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初春のお喜びを申し上げます
・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

と言いつつも、三が日を過ぎてしまいましたが。
皆様良い新春を迎えられましたでしょうか?
どうぞ今年もよろしくお願いいたします。

本当に昨年は、ご訪問ありがとうございました。
コメントもいただいて、とても励みになりました。

なかなか昨年は更新もままならぬ日が続き、申し訳なくもごそっと間が空いてしまった時期もございました…。

実際、本当のことを言ってしまえば、このブログサイトを最初からご覧いただいている常連の方は、だいたい2-3人位です。それでも長く、こうしてお付き合いいただいている、という事に、本当に感謝してもし足りないくらいです。
結局、一年で終わらせようと始めた話が…4年も経ってしまいました……。

しかも最終最終とうたいながら全然終わる気配もないし、光輪すらも発動しないし、いい加減見限られた方も……いらっしゃると覚悟して。

今年はそんな自分に喝を入れ、終わらせる事を第一目標に精進したいと思います。

実は、↑のお話は、大晦日にアップする予定のものでした
それで締めの挨拶をと頑張ったのですが、結局……年明けのご挨拶と一緒になってしまいましたぁぁ─。

蹴り入れてくださいませ(人><。)


今回のアマトとロータスのエピは、もっと終りの方に用意していたものです。
ですが、ちと、♯183~184の合間に、ご披露させていただきました。どうせ次はロータスのお話なので。

元々主格よりも脇のエピが多いというこの物語。テレビで例えれば2クール以上ののアニメもの??でしょうか。そういうイメージで始めてしまったから、さあ大変。……慣れない小説執筆に、大いに冷たい汗をかかせていただきました……。

今年は前にも書きましたように、今年の中までにこの物語を終わらせ、別サイトに加筆及び修正を施したもの(設定も微妙に変更してあります……。徐々に設定置き場もそれに合わせて変更する予定です。ただ、今書いているお話は一貫性をもたせたいために、そのまま貫くつもりです。ご了承ください)を、某サイトに投稿します。そのために早くこの作品を終了する予定です。

その後のここのブログについては、もうしばらく…お付き合いいただけるとうれしいな、と思います。

本当はドメイン持っているので、徐々にサイトを移そうかと目論んでいるのですが、ココログは有料で自分が慣れきってしまっている、ということ、自分が初めて書いたお話がリアルに残っていて、しかもコメントまでいただいている場所……などなどで、どうもここを離れがたいのです。


実はこのお話の??年後の続編を、同じ形式で始める事をすでに決めています。詳細はこの物語の最後にお知らせいたします。それが終了しましたら、別ブログかサイトへと移動するつもりです。


今年は真剣に作品と向き合おうと、色々と考えています。
そのために、時間をなるべく作り、勉強しなくちゃ、と思っています。
とにかく書く、何でも書く、ひたすら書く、という一年にしたいと思います。


このような自分ですが、どうか今年もよろしくお願いします。


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2013年1月4日  kayanこと此花かやん(コハナカヤン)拝

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