暁の明星 宵の流星 ♯184
初め彼の顔を見たとき、息が止まるかと思った。
今年11歳になる次期長候補であり異父弟でもあるガラムが、見聞を広めさせる為の第一歩として、大陸にあるユナの砦に自分達と来てはや二日目。初めてユナの島以外の土地に来た、好奇心旺盛の彼のために砦付近の案内を任された日だった。
ユナの砦は大陸との接点である。
そして閉鎖的な民族であるユナの人間にとって、唯一外界とのつなぎ目だ。
いくら大陸から遮断された秘匿の場所だとしても、島のように海で遮られてはおらず、それ故に外部の大陸の人間が間違って紛れて来る可能性が高い。ゆえに普段は女子供はほとんど在住せず、許されているのは戦士を生業とする夫達を持つその妻が彼らの世話に来る、もしくは砦に勤める戦士達を慰安するために呼ばれた女くらいだった。
もし、大陸の人間にこの場が知られ襲撃されれば、女子供を危険に晒してしまう。だから滅多に女は常住しない。子供にいたっては皆無だ。そのわずかな女達も砦と島を行ったり来たりするのが普通だ。
ロータスもまた同じようにここ半月は3日に一度、この砦に通ってきていた。
彼女の嫁いだ先は、代々英雄を輩出してきた家柄だった。だから彼女の夫達も、半数以上は何かしら戦闘・護衛に関する職についている。ほとんどが長の方などの要人や中枢部での護衛、島の警護、そして諜報捜査活動……などを中心に任されていた。
閉鎖的であり、自衛の意識が高いユナの男達は全てが戦士としての能力を備えているといってもよい。だが、それを専門にしている家柄であるカルアツヤは、さらに一族のなかでも抜きんでいた。代々がユナの中心人物の護衛を任され、また側近となり、戦いでは必ず武勲をあげた。先代の裏切った側近を執念のごとく見つけ出し、制裁を加えたのも当時護衛隊長だったべン=カルアツヤ、ロータスの舅のひとりだ。
もちろんロータスの夫達も、ほとんどが戦士として活躍していた。
長男ルオゥは大樹の管理護衛官、次男のレツは長の方の親衛隊の副官、三男のシキはユナの軍といわれる戦士達を束ねるギラン戦隊の諜報員。年下の夫である四男は同じくギラン戦隊に入ったばかりで、五男は今年に成人を迎えるため、まだ進路は決まってはいないがゆくゆくは兄達同様の道を行く予定だ。
普段ならば長くても四日以上砦に留まる事のないロータスであったが、ガラムの件と、近々やってくる秋の祈願夜の仕度などでひと月ほど滞在することになってしまった。
初めて島以外の土地に来たガラムは興味津々で、とにかくあちこち見て回りたがる。隠れた波止場の他に入り江はあるのかと目を輝かせて聞いてきた。洞窟からちょっと行った所に船が一隻通れるくらい小さな入り江があると教えると、すぐに行こうとはしゃいだ。
無理もない。将来の長候補はまだまだ箱入りで幼かった。しかも嫁にいってからはほとんど会えない大好きな姉と一緒である。ガラムが狂喜して浮ついていたとしても仕方のないことだった。
もちろん彼の義兄や砦の者達だってここに滞在している。だが彼らは遊びで来ているのではなく、仕事のためだ。幼い彼の相手などできるわけもなく、かろうじて最初は長の側近でお目付け役のセツカが彼の面倒をみていた。ところが滞在してすぐに、肝心のセツカは中枢部でのいざござで本島に急遽戻らなくてはならなくなった。もちろんガラムはすぐに帰るのを嫌がった。それで異父姉であるロータスにその役目が回ってきたのだ。
『申し訳ない、ロータス。こんな大事な時に人事部で揉め事が起こるなんて。
でもなるべく早く片付けてきますよ。
女性の君をひと月も砦に置いとくわけにはいかないですからね。いくらご主人方が滞在しているといっても、本島に子供達を置いてきているわけだから。……くれぐれも、ジース・ガラムの我が儘に振り回されないように。彼は君を独り占めしたくてウズウズしているんですからね』
そう言われてもロータスにとっては唯一の可愛い弟だ。久々に会えば、ついつい甘やかしてしまうのは、自分でもいかがと思うのだけど。
だからこの日も、人気(ひとけ)のない入り江になど男も連れずに行ってはいけないと本当は夫達に忠告されていたのに、どうしてもというガラムのおねだりを断れなかった。
だが、そのおかげでロータスは怪我を負った一人の青年を見つける事になる。
“大陸の人間だ”と怖がる弟を制し、おそるおそる倒れた青年の様子を窺おうとして、ロータスは息を呑んだ。
その青白い血の気の失せた顔は、自分が幼い頃にときめいた人物にあまりにも似ていたからだ──。
偶然、といったらそうなのかもしれない。
運命、といってもよいのかもしれない。
ただ幸運、というのなら救われた青年に向けてだろう。
そして彼を助けた彼女は、そのおぼろげな記憶と昔知った思いを頼りに、青年を助けようと決意する。
それが彼女にとって……今までの人生を失う事になろうとしても。
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「ああ、だから」
顎に手をあて、納得したようにシータが頷いた。それまでの経緯をアムイから聞いていたキイは承知していたのだろう、表情も変えずに目を伏せて呟くようにこう言った。
「アマトの顔を見た事があったから、彼女はアムイを疑ったんだな……もしかしたら、セドの王子の子供かも、と」
「でも、確かにアムイはその王子だったというお父さんによく似ているらしいけど、それだけでそんな断定できないんじゃない?」
隣のシータは小首を傾げてセツカに疑問の目を向ける。
「それは……」
「ロータスは知っていたんだ、アマト元王太子には二人の息子がいる事を。そして彼らの名を聞いていた。うろ覚えだったけどね……」
アムイの言葉に言いよどんでいたセツカも頷く。
「……実は彼女が長に出した嘆願書に……その事が書かれていました」
「セツカ!?」
初めて聞く事実にガラムが驚く。
「嘆願書……?嘆願書って何だよ!姉さんはそんなものを?何で?そんなのがあるなんて、全然おしえてくれなかったじゃないか!
じゃあ何?中枢部はどのくらいの事実をわかっていたというの?
俺には手がかりもなく何もわからないって言って何年も……!!」
「それは……守秘義務……いえ、重要機密に相当するという長の判断で、真相が解明されるまでは明かす事ができなかったのです。
たとえジース、長候補である貴方でも。これが次期長(じきおさ)というお立場であれば話は違っていたでしょうが……」
「で?その嘆願書にはどんな事が書かれていたの?」
セツカに詰め寄ろうとしたガラムは、シータの冷静な問いかけに取り乱したくなるのをぐっと堪えた。一族の重要機密に触れる事のできない、まだ半人前であるジース(長候補)という自分の立場を、今更ではあるがはっきりと痛感したからだ。
「……嘆願書とはいえ…彼女はとても急いでいたのでしょう。簡潔な文章でした」
『【暁の明星】という大陸の者を保護しております。本名(ほんな)はアムイ。この者の名にお心当たりがあるのなら、どうか処刑宣告された彼の命をお助け下さい。
十四年前に太陽と密約したロータスより』
セツカの話だとこうだ。
その嘆願書が届いたのは、ちょうど祈願夜が始まる直前だった。
伝達の管理官が直接中枢部に届けた書簡。本来ならば祈願夜の3日前から島と大陸の行き来はほとんどできなくなるのだが、ちょうど砦に勤めていたある戦士達の妻が祈願夜に出産というめでたい事が重なり、特別に島へ帰還できることになった。彼らは急遽特別便を出してもらってぎりぎりに島に帰ってきた。その時に彼らが中枢部に渡すよう、伝達部に渡した文書の中にその嘆願書が混じっていた。
長の方に宛てた、検閲済みと判を押された砦内部の月間報告書の間に挟まっていたそれは、長の方の足元にぱさりと落ちた。表向きに親展と記されたその嘆願書は、何者かに見つからないための配慮を感じた。しかも裏は無記名だった。
緊急の書簡や、軍事機密の重要な伝達は、ほとんどが大樹の実によって、大樹と繋がれる者同士が直接伝達するのが常だった。
大樹と繋がれる者が大樹の実を使うと、そのような便利な使い方ができる。そのためにすばやく情報が伝わる通信という利点をユナは持っていた。
ただ、それ以外の普通のやりとり、もしくは急を要さないものは、人…伝達士という者が手紙や荷物などを運んで来る。
それは大陸となんら変わりはない。大陸では配達人もしくは配送者、と呼ばれる人間が集う大規模な組織がその役を担っていた。
(ちなみに気術士の使う伝鳥は特殊な部類に入るが)
いくら義理の娘だとしても、長の方に連絡を取る為には色々と面倒な手順があった。その逆、長の方から用があって彼女らの元に連絡を取るのは安易な事なのだが、やはりユナを治める最高統治者の警備の関係上、下から上へというのは容易くできる筈もない。
しかも嫁にいった義理の娘であれば特に、他者同様、長に渡す手紙すら簡単な検閲が入ってようやく届けられるのだった。
だからその無記名の、長の方宛のものに違和感を感じたセツカが本人に手渡すのをしばし躊躇した。だが、長の方はその宛書の文字に見覚えがあったらしく、すぐさまセツカからその書簡を取り上げ封を切った。
一枚の紙に、走り書きしたその内容と名前。
それだけで長の方には充分だったらしい。読むや否や血の気が引いていく様で、周りの側近達はこれは尋常ではないと悟った。
長の方はすぐに嘆願書の返事として、大陸人への処刑を延期し、中枢部がその者の身柄を預かる旨を伝達しようとした。だが、折り悪く祈願夜が迫っていた。その夜だけは大樹は己に実を実らせるために一切の通信ができない状態となるのだ。実を使っての通信は、大樹の大いなるエネルギーを必要とする。特にその夜は己の実を成すがため、この時に大樹はほとんどのエネルギーをそちらにまわしてしまう。
長の方であるダンは、ここにきてアマト元神王太子の子息、つまりセドナダ王家の直系が生きているかもしれない事を知った。
この幾年か、彼と、その彼の父王である先代神王との約束を密かに守り続けてきた。
あのセド王国の壊滅で、彼も、そして彼が苦渋の面で吐露していた愛息たちもその時に亡くなってしまったと思って、だからこの十数年、もう神王の復活はないと落胆していたのだ。それが、まさか生きていたとは……。
“アムイ” 確かに覚えのある名だ。
しかもそれを知らせて来たのは、元神王太子の顔を拝見し、その声で直接彼の息子達の名前を聞いていた自分の義理の娘。
早く自分自身で確認しなければ……。長の方は焦った。
せっかく見つけた希望の星を、ユナの手で潰してはならない。それ以上にユナの民にその間違いを犯させたくはない。恩義ある血筋を無知のままに絶ってしまうという大罪を。
民族としての恩義と大樹の前での誓約は、未来永劫貫かねばならない貴きものである。破る事は大樹と先祖への冒涜だ。知らなかったと言っても、何の言い訳にもならない。
十四年前の不祥事で、前から閉鎖的だったユナは、ますます大陸人を警戒するようになってしまった。
特にその接点である砦は、大陸にあるということもあり、特に外界からの侵入者には異常に厳しかった。酷い時には一目見て賊とわかればその場で斬って捨てるということもあった。
本島と遠くは慣れている事もあって、そこは砦を管理する長官が全ての権限を持っていた。まるで小さな自治国家といっても過言ではない。だから、外部の人間の処分は全て砦の最高責任者の一存で決まっていたのだ。
もちろんその報告はすべて終えてからひと月後に本島の中枢部に書面にてされるのだが。
だから尚更、政治的、軍事的には元々首を出す権利のない女であるロータスが、口を挟む事柄ではなかった。この件についてかなり責任者側から疎んじられたであろう事は明白だ。
だからこうして嘆願書として無記名の親展として、しかも目立たないよう報告書に忍ばせ、ロータスは長の方宛てに密書を出したのだと考えられた。
彼女とてこの事実の確信はなきにしろ、重要機密だと踏んだからこそ、中枢部の者ならわかるような簡潔な文をしたためたのだろう。
だが、あいにく直の通信は使えない。だから急遽その旨を文書にし、祈願夜のために動けない長の代わりに、セツカが砦に向かう事になったのだ。
それでも大陸──砦まで本島から船で一日以上かかる。セツカは簡単に祈願夜の祈りを済ますと、特別に船を出してもらい、砦に向かったのだ。セツカも、当時アマト元神王太子と会っていたひとりでもあったから。
とにかく、と。
逸る心と押し潰されそうな不安を抱え、セツカは船上でずっと大樹に祈り続けていた。
どうか、どうか間に合いますように──、と。
だが。
結局間に合わなかった。
いや、大罪になるところは回避できたが、唯一の大切な女を救えなかった。
もう少し早く嘆願書が届いていたのなら。
もう少し早くセツカが砦に着いていたのなら──。
もっと早く長の方の通達が届いていれば──。
この件が明白になるまで引かれている緘口令も相成ってセツカは……無論、長の方でさえ今でも悔やんでいるのだ。
──あれからずっと。
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寒い。
宿には暖房がついているはずなのに、階段の隅で膝を抱え丸くなっていたイェンランはその小さな身体をぶるっと震わせた。
込み入った話を聞いてはいけないとは言われなかったが、皆の目から外れた場所でじっと待機しているのも何だか居心地悪い。
(何かまるで盗み聞きしているみたい。おじいさんは手洗いに行ってしまったし……。私も一緒に行けばよかったかなぁ……)
まったく昂老人という人は、こういう時でもひょうひょうとして実にマイペースなお人だ。
『生理現象じゃ、話が終わるまでに戻ってくるとしよう』などと緊張感も何もなく彼女を置いてさっさと行ってしまった。
……そんな悠長な…。深刻な問題に直面しているという事は、内容を聞いていると明白じゃない……。
つい心の中でぶつぶつと文句が並ぶ。
一人薄暗い所に放り出されている今の自分は、まるで迷子の子猫みたいに思えて仕方がない。
手の空いている時には必ず自分の傍にいてくれるリシュオンも、昨日から自分の船の具合を見に行ってしまって、ここにいないというのも彼女の孤独感を募らせていた。いつもいる人間がいないというだけでも、もの凄い寂しさを感じさせるものだ。
男の中で女一人という慣れない環境での最初の緊張や気苦労は、気がつかないうちに周りの男性陣によって払拭されていた。それもひとえに彼女を気遣っての事なのだろうが、イェンラン自身の中で彼らは既に気心の知れた戦友でもあり、無意識のうちに頼りきれる身内同様の存在となっていた。
一人がこんなに心細くて寂しいものだなんて……。
そのために感じてしまう孤独感にイェンランは自嘲した。そして大きな不安が襲う。
……この旅は、長くは続かない……。
それはわかっている。わかってはいるけれど、その終わりを本当のところ考えたくなかった。
もちろん、自分の中で大きく占めるキイ・ルセイという男性への想いに対しても、だ。
たまに突きつけられる自分の不安定な心。
イェンランは自分がどうしたいのか、どうしたらよいのか、当初の目的だったキイとの再会を果たしてから彼女の心は混乱し、まるで迷子のように自分の行き場を探し続けている。初めは彼にさえ会えれば答えが出るだろうという思惑も、結局は見事崩れてしまった。かえってもっと複雑な心境に陥ったと言える。
肝心のキイを想えば、彼への激しい思慕が激流のごとく渦巻く。かといって、自分は彼にこっぴどく突き放された存在だ。
もし自分がもっと大人の女で、後腐れのない存在だったら、彼は自分を抱いてくれただろうか……。
そんな馬鹿げた考えをしてしまうほど、イェンランは思い詰めていた。
──あんなに男に触れられたり、抱かれる事を毛嫌いしていたのにね……。
それが今では、いや、多分最初からだろう。この男だけが自分を惹きつけて止まないのだ。
彼女の女の部分を彼はいとも簡単に暴いてしまう──それが彼女には恐ろしくも嬉しかった。
自分も性としての女だったんだという感覚を。
女として心だけでなく身体も男に愛されてみたいという衝動が。
それがキイ──【宵の流星】の持つ、男女問わずに虜にするというフェロモンのせいだと言われても。
イェンランは羞恥で顔を真っ赤に染めた。自分が彼に感じる欲望が浅ましくて恥ずかしかった。
最近ではなるべく平静に努めようとしていたのに。
これだから一人きりになると色々と浮かんできてはろくな事考えないのよ、とイェンランは益々むくれた。
しかも火照っているはずなのに、どうしてだか手足がどんどん冷えていく事に苛立ちも感じ始める。そう、頬はのぼせるように熱い。なのにどこからか隙間風が吹いているのか、冷え込んだ空気が身体の熱を奪っていく事に、ふと彼女は疑問に思った。
隙間風……?
確かに部屋の中なのにどこからか冷たい風が吹き込んでくる。
思わず彼女は頭を上げて辺りを見渡した。
あれ?
薄暗い室内、そして自分のいる階段の先の、今アムイ達が話をしている場所に続く廊下、その片側に並ぶ大きな窓…………のひとつが開いている??
瞬きもせず、その方向から窓の内側に目線を移した瞬間、イェンランはひっと喉の奥で声を引きつらせた。
目に飛び込んできたのは青白く光るむき出しの大振りの剣。
そしてそれを片手で軽々と持つ、黒髪の大柄な男。
無表情に、だが爛々とぎらつく目に底知れぬ憎悪を見取って、イェンランの背筋が慄いた。
(アムイ!)
アムイに知らせなくては!
だが、イェンランの喉は引きつって思うように声が出ない。嫌な汗がこめかみからすうっと流れ落ち、心臓がばくばくしている。立ち上がりたくても凍りついたように身体が動いてくれない。
幸いな事か、男は廊下の下で小さく蹲っている彼女に全く気付いていない。
それはそうだ。だって男はアムイ達のいる方をじっと睨んでいるのだから。微動だにしないで響いてくる彼らの会話を不気味なほど静かに聞いているのだから。
でも、いつから?いつからそこに彼はいたのだろう。
少なくとも昂老人がこの場を離れてからだ。だってあの気配には敏感な気術の使い手が侵入者に気がつかないわけがない。
イェンランが固まってしまったのにはもうひとつわけがある。
恐ろしいほどの殺気を漂わせているその男に見覚えがあったからだ。
慣れない男に近づけないイェンランでも、虫に穢されたサクヤを連れて来てくれたこの男の姿を見かけて覚えていた。
──そう、彼は確かにあの時のユナの戦士で、ということは……この男が……例の……。
と、その事実に辿り着いたと同時に、男がゆらりと身体を動かした。
燃えるようなぎらつく瞳でアムイのいる方向を見据えながら。
なのに表情は凍りついた能面のように動かぬまま、ゆっくりと彼は歩き出す。
その先は……言わずもがな。
突然の彼の動きに、思いっきりイェンランは動揺した。
その焦りからくる恐怖が呼び水となり、反射的に彼女の全身が起動する。もちろん、掠れてはいるが声も出た。
「アムイ!」
イェンランは渾身の力を込めてアムイの名を叫んだ。
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