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2013年3月 1日 (金)

暁の明星 宵の流星 ♯187の①

※今回の#186のみ、今までのように書きためずに、書き上げる度にアップしていきます。
 更新の間が空いてしまうのを避けるためとご了承ください。その分、文章部分は短くなります。すみません。


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#187-①

《…私は幸せなのよ。…心から愛する男だって…こうして近くにいる…》

一瞬、聞き間違えたかと思った。


レツはアムイと剣を交わしながら、当時の事を思い出す。

ガラムの様子が、いや、ロータスの様子がおかしい事に、砦に戻ってからすぐに自分は気がついた。
その時、ちょうど兄のルオゥは旅立つ前で、無頓着な弟のトルビィも、自分の指摘でやっと妻の行動が最近変だった事に思い当ったようだ。
問い詰める彼らにガラムは敵うわけもなく、数週間の出来事を白状した。
自分は最後までガラムの説明を聞かずに現場へと急いだ。
──そして自分は聞いてしまったのだ。和やかに語り合う二人の会話を。

初めは何を話しているのかよく聞き取れなかった。レツは扉の前にいたから。
慎重な彼はいきなり小屋に入らずに、様子を窺おうとして窓際に移動した。ロータスの声がかすかに洩れ聞こえてくる。

《何故って…?そうねぇ。…言っていい?誰にも…特に主人達には言わないでくれる?
…実はね、アムイって、似てるのよ》
《似てる?誰に?》
《…ふふ。初恋の人に》
《は?》

レツの思考は停止した。
……ガラムの話だと大陸の若い男だという。
嫌な予感はもうその時にしていたのだ。
瀕死だったというその男を、どうして妻は必死に命を救い、匿っているのか。
確かにこの数年はよそ者に対しての処遇が厳しい。だからといって、砦にすぐに報告せずその存在を隠すなど、考えられる事は一つしかない。……相手の身を案じてなければ、このような行動を起こすわけがない。つまり……。

そして最後に聞いたロータスの言葉で、レツは確信した。
妻は、この男を……愛しているのだと。

その時に湧き上がった激情を、きっと、周りも当の妻も気がつかなかっただろう。
いつもの通りに感情を無表情の奥に隠して、他から見れば冷静に対処しているように見えるかもしれない。
何故なら自分はいつもそうしてきたから。
英雄ベン=カルアツヤの息子として、カルアツヤの家を背負って立つ事を子供の頃から周りが求めた。親も兄も弟たちも……周囲の者も。
子供の頃はそれはそれで、皆の期待に副(そ)えるように誇りを持ってきた。
それはカルアツヤの家名を守るため。そう親から言われて育ったのだ。
母親似の兄のルオゥは、優しくて戦場に率先して赴くようなタイプではなく、弟のトルビィはどこかのほほんとしていて危なっかしいところがあり、末のセイジュはまだまだ子供でわがままだ。……兄弟の中ですぐ下の弟であるシキがカルアツヤ家の男としての才覚を持っていたのだが、彼はかなり癖のある性格でもあった。家族としての調和をいつも乱してきたのは彼で、兄弟の中で一番ベンに疎まれていた。結果的に優等生であるレツが皆の中で一番しっかりしなければならなかった。
特にレツは長父でありカルアツヤの暴君でもあるベンに兄弟の中で一番外見が似ていたこともあって、必然的に他の兄弟よりもベンに期待されるようになる。戦士としての才覚も相成ってレツは長男のように崇(あが)められ、必然的にそのプレッシャーから逃げられない環境にさらされていた。
実際の長男であるルオゥは自分よりもレツを長男扱いする事に対して、何の反発も憤慨もするでなく、かえってほっとしたかのようにレツに何でも押し付けた感じだった。
だが、それでも決定権は長男であるルオゥが握る。……そう、妻を娶るときも、彼の言葉が決定となったように。
あの当時、嬉々として妻はロータス以外に認めたくない、と宣言した兄の姿を思い出す。それまで結婚に関して煮え切らなかったのが嘘のように。シキが成人して嫁取りの資格ができても、何故か兄は結婚に興味がなく、まだ早いといってはいつも話をはぐらかせていた。元々女性に興味の薄い兄だったから、周りは口に出さなくても心配していたくらいで。だが、その兄が初めて自分から選んだ女性が……ロータスだった。


ロータス……。
レツは妻になったこの女の名前を呼ぶと、狂おしくも切ない気分になる。
彼女と出会ったのは子供の頃だったが、何故か自分は最初から彼女が女の子だと見抜いていた。完全な男の格好をしていようが、周りが彼女を男として扱おうが、彼の中でロータスは一番可愛い女の子だった。
《だめよ、レツ。自分の気持ちはちゃんと出してあげなくちゃ》
ああ、彼女はいつもそうだ。無理矢理自制しているという事を見抜かれてしまう。
彼女は昔からいつも、鎧のように覆い隠してきた自分の表面ではなく、本質を見ようとしてくれる。
そう、そんな無邪気な子供のときから、自分は彼女を愛してきたのだ。

だから成人の儀式で、どんな男が彼女の純潔を奪うのかと、若いレツは想像するだけで嫉妬でおかしくなりそうになり、悶々とした。
女舎(にょしゃ)に移ってから、どんどん女らしく綺麗になっていく彼女が眩しくて、どうしても態度が固くなってしまう。どれだけ普段と変わらないように接するのが大変だったか、きっと彼女は知らないだろう。
それが……。ああ、それが。
レツは一生忘れないだろう、あの運命の日が。
何度か成人の儀式で相手を務めた経験のあるレツだったが、相手の少女のいる指定された部屋に入った時、激しく動揺してしまった。
薄暗い、幻想的な灯りに照らされた寝室の中央に腰を下ろして自分をじっと見詰めた少女が──幼い頃から恋焦がれていた彼女だったのだから。
あの夜は自分であって自分ではないようだった。本来は儀式として一度、相手の処女を奪えばいいだけなのに、自分は彼女に触れた途端、自制が利かなくなってしまった。何度も何度も、それはもう夜明けまで、初めてだった彼女を執拗に求め、気を失わせるまで無理をさせてしまった。……儀式は当人だけの秘め事だ。それが普通とは違う夜だったなど、口外しない限りロータスにはわからないだろう。その夜が自分にとって宇宙(そら)に感謝するほどの特別で最高なひと時だった事すらも。

その彼女を……まさか妻にできるとは思ってもみなかった。それも今まで結婚を渋っていた長兄のたった一言で。
大きな喜びと共にレツはほの暗い不安に陥る。最愛の彼女を兄弟たちと共有できるのか?自分は暴走してしまわないか?その大きな不安─。
悩みに悩んで、でも決定権は兄にあるためにどんどんその方向に話がいく。子供の頃に彼女を苛めていた弟のシキも、現在の彼女を見てころっと気持ちが変わったかのように乗り気になった事も、レツには苦々しかった。
最優良を持ち、しかも溜息が出るほどの美女に成長した彼女に、求婚が殺到したのは当たり前の事だ。その時、やっとレツは自分の気持ちに折り合いをつけた。……そう、他の家の男に彼女を渡すくらいなら、まだ自分の血の繋がった兄弟の方がいい。
そして見事、奪い合いの試合で勝利し、カルアツヤ家はロータスを共有の妻として迎える事ができた。

だから、と。レツは思うのだ。
まだ自分の兄弟が相手だから、という諦めの気持ちで今までやってこれた。
例え、兄のルオゥと彼女が親密で仲睦まじそうにしていようが、自分とは違って感情の起伏の激しいシキが、堂々と彼女を独占しようとしていても、トルビィの成人の儀式の相手を当たり前の事だがロータスがしようとも、末弟のセイジュが無邪気に彼女に纏わりついていようが……。
我慢、できる。
ずっと自分はそうやって己の感情を抑えこんできたのだから。

……実は妻のロータスにも、兄弟達にも果ては親……特に長父のベンには絶対に言えない事がレツにはあった。
その事実が彼をカルアツヤ、という家に縛り付けている。
そのせいでレツは子供の頃よりも益々家庭の平和を維持しなければと思うようになったのだ。
だから家のために有益である事は、私情を挟んではいけないとレツは頑なに思い、そう考えるからこそ自分は父が求める理想の息子として振る舞えた。いや、そういう自分でなければならない。そう決めた。

──何故なら自分は、周囲と、当の長父が多大な期待を寄せる──英雄ベン=カルアツヤの真実(ほんとう)の息子ではないのだから……。


そのユナの英雄は家庭ではかなりの暴君だった。己が一番として、誰をも圧し、支配下に置いていた。
他の父達(ベンにとっては弟達だ)のみならず、母も、もちろん子供達にでも、だ。
特に子育ては半端なく厳しかった。いつもカルアツヤの子として恥ずかしくないように、立派な戦士となるように激しい訓練を長父自ら行なった。
反抗する者には問答無用に体罰を下す。いつも反発して噛み付く三男のシキは、特に格好の対象(えじき)となった。
子供が気に入らない、言うことを聞かない、となると、一日中不機嫌で、大荒れに荒れる。
それが高じるとそのとばっちりはいつも母にいくのだ。──お前の教育が悪い、と。
そして深夜、ベンは妻と二人きりになると子供にも聞かせられないような酷い言い様で母をなじり、そして閨の中でいたぶるのだ。
そうなると誰もベンを止められない。彼の気持ちが落ち着くまで、彼は母を離さない。
他の父達は子供達を気遣って、その時だけは家から子供達をどこかにいつも連れ出した。皆、置いてきた母を心配するけれども、気丈な母はきっぱりと家族に言い聞かせていたのだ。
《ベン父さんの事は私にまかせなさい。私の事は心配無用です》……と。
ユナの女として、妻として母として、母モーレンは立派な人間だった。彼女はいつも凛としていて、気高く、だがとても優しい女(ひと)だった。

だから。
その母を、そして兄弟達を守るには、レツはずっとベン父さんのお気に入りでなければならなかった。
レツができればできるほど、ベンにそっくりだと皆が讃えるほど、あの父が機嫌がよくなる。息子の自慢をすればするほど、彼の興味はできのいい息子に集中する。しかも口外できなくとも、この優秀な息子は自分の子種からできたに違いないと信じ、それに優越を感じ、態度が軟化した。そうなれば他の兄弟に無駄に当たり散らかすこともなくなり、母に無体な事をするのも減ってきた。

だから。
この自分──レツ=カルアツヤは、ベン=カルアツヤの優秀な“実の”息子でなければならなかったのだ。


なのに、レツは偶然にも知ってしまった。
実は自分が本当は誰の息子であったのかを。


その衝撃の事実を知ってしまったのは、レツが成人する少し前、異端児としてベンに特に忌み嫌われてた彼の二番目の弟で、レツにとって第三父であるライキの話からだった。
彼はカルアツヤ家の中では一番奔放な自由人で、まるで風のように気ままに振舞うような男だった。外見もベンとは違い優男風で、彼にとってライキはいつもへらへらと浮ついていて戦士としては役に立たず、色々な事に目移りする軽薄な人間、と偏見の目で見、蔑んでさえいた。二人はいつも会えば喧嘩ばかりで、その都度母が間に立つが、かえってそれが油に火を注ぐ結果となり、状況を益々悪化させた。
それでも彼が何とかカルアツヤの家にいられたのは、ユナ所有の極東の小島を管理する先鋭部隊に所属していたからだった。行動的な彼は息の詰まる本島よりもそちらの方に水が合っていたようで、長期出張してはたまにふらりと帰ってくる。その時にいつも離島の珍しい土産を持ってきてくれ、人柄も人当たりよくて面白みがあったから、子供達には受けが良かった。でも彼はベンが支配する家ではいつも除け者だった。居場所のない彼でも、それでも子供達には平等に接し、いつも楽しくて面白い話を聞かせてくれた……そんな父親のひとりだった。 
いつもベンからのプレッシャーに潰されそうになるレツを心配してくれていたのも彼だった。だが、そのライキ父さんもとうとう家を出る日が来た。

──その時の彼との会話で、何気なく聞いた内容にレツはかなりの衝撃(ショック)を受けた──。

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