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2013年3月 2日 (土)

暁の明星 宵の流星 ♯187の②

♯187-②


《若い頃、離島である種の風土病にかかってね。調べてみたら原因はその島にしか存在しない細菌のせいだったんだ。まぁ、その島に住んでいる者は必ずかかるもので命には別状はないんだけど、治癒すると特殊な抗体ができるみたいで、それが不思議な事に遺伝するらしくてさ……そう、その抗体が。どういう仕組みなのかはまだ研究中で解明されないんだが、抗体を持っている証として赤黒い小さな斑点が見えないところにできるんだ。だから必然的にその痣は抗体を持つ親から受け継いだという証明になるわけだ。もちろんその子は離島に行ってもその風土病の免疫があるためかからない。
まぁ離島とは縁のない本島の人間にはまったく関係ない事だから、何も不都合はないけどね。しかもあまり人の目に触れるような場所にできないし》

何故その様な話になったのか。
それはライキ父さんが流刑地に住まう女性と関係ができ、その彼女が子供を出産したからだった。
末弟のセイジュが生まれてからほとんど家を離れていた彼。子供ながらにレツは知っていた。あの暴君であるベンが彼を毛嫌いしているからだと。
妻にも会えない、そんな彼が流刑地で慰めを求めていたとして、誰が責められようか。いや、糾弾したのは長父のベンだけだ。ベンはこれ幸いとライキをカルアツヤ家から追い出した。ベンは彼を追い出すきっかけをずっと待っていたのかもしれない。そう思ったのはライキ本人だけでなく、きっと家の者全てがだろう。
だが、当のライキ本人は、清々しくも吹っ切れた顔をしていた。それ以上に生まれたばかりの小さな娘の話をする彼は幸福感に満ち溢れている。

流刑地、とは。そう、度々ユナの話に出てくるいわくつきの地域の事だ。
はっきりと言えばその名のとおり、罪人のいる場所、つまり刑務所のある小さな島の事である。
極悪な犯罪を犯した者は、当たり前だが流刑島の刑務所に強制的に収監されるが、その周辺では大まかな区分がされている居住区があり、極刑などの重要犯罪者以外の、軽度の罪人を住まわせている。もちろん、罪人だけでなく、事情で本島にいられなくなった人間も流れてくる、そのような所だ。
そこはきちんと男女の居住区は分かれており、罪が重くなればなるほど中央の監獄に追いやられるのだが、その監獄でさえも男女はきっちりと区別されている。
実は、ユナでは男と女ではその刑罰が異なるからだ。

それはおいおい後ほど語るとして、今はライキ父さんが通っていたという女性がいる地域の話である。
島の海側に面している場所にゆるりと存在しているその地域は、罪人、とまで呼べるほどまでいかない、いわゆるいわくつきの人間が住まう所だ。
話は前に戻るが、ロータスの母が生まれたのはもっと奥の軽罪住区で、彼女の母、つまりロータスの祖母に当たる女性は掟を破ったとしてそこに収容され、ロータスの母を産んだ。だからよく出る流刑地出身とはそういうことで、つまりロータスの母親は軽罪人の娘となるわけだ。もちろん、女の子供はユナの宝。生まれた子供は歓迎され、初潮がくれば本島に手厚く迎えられる。もし養育者が流刑島にいず、本島で引き取り手があれば幼いうちからこの島を出て行く子もいる。ロータスの母のように。
前にも出たように女の子を産むと恩赦を受けられる。罪が一気に軽くなり、上手くすれば本島に戻れる事も可能なほどだ。

実を言えば、結婚して五年経っても子を成せない女は必然的に家から離縁される。女として使いもものにならないという屈辱的な理由で。そのような身に置き場のない女がこの島に来るのが多く、ほとんど一生をそこで過ごすのが常であった。

流刑地にはもう一つの顔がある。
これはユナの闇の部分だ。

子を成せない女ならば、せめて男を悦ばせる仕事をしろ、と。
つまり、大陸で言う娼婦のような真似をしろ、という闇の部分。
多夫一妻制度であれど、男は余っているわけだから、どうしても妻だけで抱えきれない事情もある。あぶれた男達が行く先は、後腐れのないこの流刑地に住まう女達なのだ。
だが、そこでも必然的なルール──掟があった。
そうでなければこの流刑地とて無法地帯となるのは目に見える。

基本女はランク付けされている。
ライキ父さんの情婦である女性は一番上のランクに存在する。彼女は罪人ではなく、ただ期限中に子を成せなかったとして島に来た女性だからだ。
もちろん、罪人ではない彼女はかなり優遇持ってこの島に住んでいる。不特定多数の男との関係を絶対に持たない。
彼女に決定権はないし、彼女を気に入った男の求めを拒む事はできない。が、彼女と繋がりを持つ男の数はきちんと決められ、しかもちゃんと素性を明かし、名簿に刻まれて恥ずかしくない人間だけが相手になる。だからもし万が一、女が妊娠したとしても、母親が誰と関係していたかが明確となり(その名簿が生まれた子の出生証明となる)子供の父親として認定され、その子は堂々と本島でも暮らせるようになるのだ。
ライキ父さんの状況はつまりこういう事だったのだ。

彼はレツに嬉しそうにこう言った。
《レツ、お前は口が堅いから、信用して話す。
生まれた娘の股に、自分と同じ抗体の印があったんだ。名簿を確認したが、俺以外にあの離島に行った男はいなかった。保持者の可能性もなかった。
……つまり、赤ん坊は俺の子なんだよ。もちろん、彼女と俺だけの秘密なのだが……俺、嬉しくて、誰かに言いたくて……》
目を潤ませてそういう彼は、よほど自分の居場所が欲しかったんだろう。
だが、その話を聞いていたレツは、ライキの事よりも自分の事で頭がいっぱいだった。
……そう、その彼の言うその抗体の印が……実は自分にもあるという事実に、大きなショックを受けていたから。
確かに、人目にはつきにくいところで、子供の頃は薄かったのもあって大きくなるまで気がつかなかった。大人になるに従って、成長のせいだろうか、その部分は色鮮やかに濃くなっていった。だが、本島では誰も知らない斑点だ。レツだってただの痣かな、と思っていたくらいだったから。親でさえ見逃すその場所は、妻であるロータスだけが見つけられる事が可能である。事実、結婚してからその斑点は寝室で彼女に気付かれた。
そのおかげでレツは益々自分がライキの息子であるという事を確信した。

本音を言えば、ライキが実の父だったと知っても嫌悪感など微塵もなかった。かえってあのベンの血を引いていない事にほっとした気持ちすらある。心根はきっと温かいであろうこの人の息子であった事を、本当のところレツは誇りに感じたのだから。

だが、それはレツの立場としては、決して明かしてはならない重要な事実だった。

自分の気に入らないものは袈裟まで憎む、という激しいベンの、ライキに対する嫌悪は相当なもので、実際、そのライキに似ていると思っただけで三男のシキを疎んじていたほどだったから。
シキは反骨精神の高い男だ。幼い頃から長父にいつも疎んじられていたために、大きくなるに従ってシキは益々ベンに対し反抗を募らせた。兄弟の中で唯一暴君であるベンに刃向うのも、いつも彼だった。しかも自由気ままに振舞う様は、どうしても弟のライキと重なるようで、ベンはいつもシキに辛く当たった。その時の口癖が《お前はライキにそっくりだ》《あのろくでなしの血を濃く受けつでいる》だった。

そのような様を見せ付けられて、自分の子種と信じている自慢の息子が、本当は毛嫌いしている男の子だったと知ったら、この激しい長父はどうなってしまうのだろう……。その恐怖の方が大きかった。だからその事実を隠す為、レツは益々ベンの理想どおりの息子を演じた。
だが、それ以上に衝撃な事実がいい大人になってからレツの耳に入る。

《……僕、母さんとベン父さんの話、聞いてしまったんだ……》
それはロータスが二人目の子を妊娠していた頃だったと思う。
偶然、本当に偶然、弟のシキとトルビィの会話を聞いてしまった。
何かに激昂していた様子のシキを宥めるようなトルビィが、……意を決して明かしたその事実。
《ベン父さんが急に引退して母さん達と共に他の土地に引っ込んでしまったの、シキ兄さんも知っているだろう?……その、僕らが結婚して間もない時。……世間は息子達に現役を引き継がせて隠居したと思っているようだけど、本当はそれだけじゃないんだ……》
トルビィの話はこうだった。
息子たちが結婚し、やっと独立したと安堵していたカルアツヤ家で、ある夜半、母が父をなじっていた声が聞こえてきたのに驚いたトルビィが、様子を窺いに両親の部屋に行った時だった。いきなり耳に飛び込んできた母の、いつになく怒りを含んだ罵声に彼は身を竦ませた。
この夜、珍しく母とベン父の二人しかいなかった。他の父達は子供達の結婚の仕度から解放された反動で泊まりで飲みに行ってしまい、息子達夫婦は嫁のロータスが長の義理の娘という事で、中枢の宮殿に招かれていた。トルビィは家に忘れ物をして、それを取りに戻った時に夫婦喧嘩に遭遇したというわけだ。
それ以上にトルビィは驚いていた。今まで一回も長夫であるベン父さんに逆らった事もなく、いつも耐えていたこの自分の母が、もの凄い勢いであの長父に食って掛かっているのだ。
しかもその内容が……。
《俺の名前が出てきたのか》
不機嫌極まりないシキの声がレツの心臓をえぐる。シキはいつも自分をないがしろにし、これ見よがしにレツを贔屓するベンに憎しみを感じているのを知っていた。だが、それ以上にこの父に自分を認めてもらいたいという切なる願いを持っていたのも知っていた。だから、その話の内容がいつものようにシキ自身への貶めかと思ってか、彼の声に微かな苛立ちが混じっているのをレツは聞き逃さなかった。
《うん…それが…母さんが凄い剣幕で……。確かに話題は…シキ兄さんの事で》

『貴方のシキに対する態度は酷すぎる』
それが夫婦喧嘩の理由だった。いや、それはどこの家庭でもよくある内容であろう。が、貞淑で事を荒げない母が、このようにはっきりと暴君である父に意思表示したのは初めてではないかとトルビィは思う。
『何故?どうして?貴方はユナの家庭の掟である、子供達を分け隔てなく育てなければならない、という事項を完全に破っているじゃないの!!』
『そ、それは……。いや、そんな事ないぞ、私はいつも公平に……』
『じゃ、どうしていつもシキをないがしろにするんです!あの子だってカルアツヤの大事な子なのに…』
そこでベン父の出た本音に母が切れたのだ。
本来、家庭の平安のために、絶対に明かしてはならないという、ユナの妻の掟を。彼女は夫の不甲斐なさと、愛する息子の名誉のために真実を告げる事にしたのだ。
『馬鹿じゃないの、貴方は!本来なら、この事を私は明かすつもりがなかったけど、もういいわ。地獄に堕ちたっていい。もう、貴方にはほとほと愛想が尽きたわ。
貴方が心の中でシキを、自分が嫌っているライキの子だと勝手に信じ込んでいるから本当の事を教えてあげるのよ!
シキは、あの子は、この目の前にいる愚かな英雄ベン=カルアツヤの種からできた正真正銘の息子だって事をね!』


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まだまだ続きます……(汗)♯187はレツの話……ということで

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コメント

親から受ける兄弟間での差別って本当きついんですよねえ(^^;)なんかシキに同情しちゃいました。
更新方法を切り換えたんですね!これからもあまり無理はされない程度にご自愛ください。
それではまた!

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

姪御さんに限りなく輝く太陽みたいな光を☆

投稿: pega | 2013年3月 2日 (土) 午後 09時36分

おお。pegaさんいらっしゃいませ♥
いつもコメントありがとうございます!

登場人物それぞれに様々な背景がある、という気持ちでこの物語を書いているので、どうも本筋と外れてしまいます。いつもどうかと思うのですが(汗)
このような内容でも楽しんでいただけたら嬉しいです。

実はこのロータスのお話は膨らみすぎて、時間があれば番外編で詳しく書こうと思っている部分です。
それだけ複雑な人間関係が彼らにあって、それをどこまで描こうか迷っています(滝汗)
次の部分でも出ますが、確執はあれどシキと長父は似たものなので、結局同族嫌悪なんですよー。それを母親(妻)だけは見抜いているということで。一番不憫なのはレツかもしれませんが、ここではあまり詳しく書かないかもしれません。

いつもお言葉に励まされています!
また遊びにきてくださいね。

投稿: kayan | 2013年3月 3日 (日) 午前 08時04分

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