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2013年3月 8日 (金)

暁の明星 宵の流星 #187の③

#187-③


あの母がそこまで言い切るということは、確信あっての事なのだろう。
だが、その衝撃的な事実に対し、返ってきたのは拍子抜けするほど淡々としたシキの冷笑だった。
《へぇ、そう?》
尊大に、口の端で嘲るように笑う兄に、トルビィは英雄と湛えられ暴君と恐れられた、かの父親の姿を見て背筋が慄く。今まで感じた事がなかった、ベン父とこの兄の共通点をまざまざと感じ取り、さすが母親、よく見抜いていたものだと感心すらする。
母からの断言に、激しくうろたえたのは父だ。『そんなはずはない』だの『覚えがない』、あまつさえ『シキができた時は自分の順番じゃなかった』とさえ、親の夫婦生活を想像させるような恥ずかしい話がベンの口から矢継ぎ早に飛び出し、かなり狼狽しているのが窺えた。その反対に、母は堂々としていて、自分が正しいと主張して父を睨み据えている。
トルビィ自身立ち聞きはよくないとわかっていたが、いつもとは全く違う珍しい夫婦逆転の構図が、彼をその場から動けなくしていた。
母は強し、とはよく言ったもので、それとも積もり積もって我慢していたのが一気に噴火したのか、母はいつもの母ではなかった。夫達には従順に、平等にと心を砕いてきた彼女。その彼女を袋小路に追い込んで牙を剥かせたのはこの父だ。
事実トルビィはその時に、目の前にいる兄が宿った時のもっと詳しい内情(はなし)を立ち聞きしてしまっていたが、子供としてはいささか気恥ずかしい内容で、親の沽券にも関わるから詳しくは口にできなかった。大人になっている今では、まぁ、酒の上で、というのもよくある話だなぁ、と他人事のように思ったけれど。
ただ言える事は、その母の説明に父は今までの威厳が何処へ行ったのだろうかというほどにおろおろしていたという事実。次に出た母の言葉に父が牙を抜かれてしまった事。夫婦の力関係がその時に逆転し、あの横暴ともいえる父が迷いもなく突然引退し、母を追って大人しく田舎に引っ込んだそのわけを、トルビィはその時に知ったのだ。

『でもあいつは私とはあまり似ていな……』
『どこが?』
『だから見た感じ…とか…。どちらかというと弟の方に』
『当たり前じゃないの。カルアツヤの血を引くわけだから。見た目が叔父と甥が似ている例なんて山ほどあるわよ。
それよりもシキが貴方に似てないって?私にしたらちゃんちゃらおかしいわ。
自分で気付いてないの?
見かけはともかくあの子、貴方に気味悪いほどそっくりじゃない』
『……』
『強情で我が強くて、欲しい物は必ず手に入れる。変に自信過剰でプライドが高くて怖いもの知らず。
良くも悪くも貴方の英雄としての成功に繋がったその激しい部分が』

畳み掛けるような母の言葉でどんどん萎れていく父の様子に、今までの自分の愚かさに気付き恥じ入っているのだとトルビィは驚く。あの高圧的な父の、初めて見る姿にただ目を丸くするばかりだ。
暴君で恐れられているベンとはいえ、奥深い部分では滾る情があるという事を彼の妻は知っていた。滅多に表には出ない事だが。
そして本当は頭が悪い男でもない。石頭並みに固いかもしれないが。
いつも自分が支配していた妻の別れをも辞さない逆襲は、このどうしようもない本人の強固なプライドや傲慢さを、木っ端微塵にしたようだ。
『貴方達は悪い所が似てるのよ。だからお互いに自分の嫌な部分を見せ付けられているものだから、素直になれないし衝突するんだわ。そんな事も気が付いてないの?』
そして口には出さなかったが妻は知っていた。互いに激しく対立しても、ベンはシキの反骨精神には一目置いているし、シキは横暴ではあるが屈強でもあるベンの力を認めていていつかは越えてやるという気持ちを抱いているということを。ただ、それが表の憎しみのせいで隠されていて、当人達は全く気付いてないというのも皮肉な事だが。

だから実際の親子だと知ったとしても、その時のシキには何の感慨もない。
《そうって……シキ兄さん。兄さんはベン父さんの本当の子だったんだよ?あの母さんがああもきっぱりと断言したんだ。嘘じゃないよ!だから兄さんが卑屈になる必要なんてないんだ。だから……》
《だからそれがどうしたんだよ。あのくそ親父の血が流れてるからって?だからといってあいつが俺を嫌うのはかわんねぇだろ?何せ自分の思い通りにならない息子はいくら血が繋がっていても自分の子じゃないらしいしな》
《そんな!今のベン父さんは違うと思うよ。だから母さんを追って家を出たんだし、反省しているから母さんもベン父さんを受け入れているんだと思う。本当は今までの行いを償いたいと思っているんだよ、兄さん。孫も二人目ができた事だし、これをきっかけに和解したいんだと。だから父さん達や母さんのいる屋敷に一緒に行こう?……絶対ベン父さんはシキ兄さんと話したいって思っている》
《は!お断りだね。今更何を話せって言うんだよ。自分の実の子供でしたから和解したい?何だそれは。今まで俺に対してどんなだったか、お前だって知っているだろう。今更……本当に今更、手のひら返したってむかつくだけなんだよ》
その数年後、シキはベンと和解する事になるのだが、その時腹を割って話した時に、自分ができた時の状況を詳しく聞き、“ああ、やはり自分達は親子だ”としみじみ思う日が来る。女の愛し方がまるっきり同じだった事にシキは苦笑し、気恥しい思いになる。いや、まだ計画的だった自分の方が無自覚だった父よりも性悪だと頭を掻いた。
そういう日が将来訪れる事を知らない当時のシキは、トルビィの願いを切って捨てた。
《いいか、トルビィ、俺は向こうの屋敷には絶対行かないからな。
親父はかわいい自慢のレツ兄貴だけいればいいんだからさ。親父の事は全部レツ兄にやってもらえよ。俺は遠慮しておく》

吐き捨てるように言うシキの声色に、立ち聞きしてしていたレツは戦慄を覚える。
彼の闇は根深い。
シキが自分を憎んでいるという事は昔からわかっていた事実だった。それでも彼の口からそういう言葉を聞くのが悲しくて辛い。シキにとって自分は苛立たしい人間だとしても、レツにとっていくつになってもかわいい弟なのに。

レツは自分を嘲笑った。
昔から自分は、思いに反して何かといつも裏目に出てしまう。
どれだけ自分が兄弟達を思っていても、彼らのためにと頑張っても、それは全て裏目に出る。
自分の責任も大きいという事はレツだってよくわかっていた。口下手で、感情を抑えてしまうこの性格が災いしている事を。わかっていても、うまく立ち回れない自分は不器用かと思う。
それを……ロータスだけは気が付いていた。だからこのような自分を心配し、いつも助言してくれていたのは彼女だけだった。
周りはレツ=カルアツヤを完璧な男と見ていたから。
この自分が優等生であればあるほど、兄弟達の心は離れていく。表の華やかさに比べ、家庭の中で彼はいつも孤独だった。
……ロータスが妻となり、自分に家族として心を砕いてくれたのには安らぎを感じていても、結局彼女は自分達兄弟を平等に扱ってくれる共有の妻という事実がいつもつきまとっていた。それがレツの心を益々空虚にしていった。

レツはふと隙のない動きで自分の剣をかわす目の前の男に意識を戻す。
彼女が……身の危険を侵してまでも命を救った男。
彼女が切なげに言った“愛する男”という言葉が心臓を抉る。

もう、駄目だ。


そう。
まだ彼女の相手が自分の愛する兄弟だったから……我慢できた。
最低、相手がユナの男であったなら……きっと正気を保っていられた。

だが。

何故よそ者だったのだ、ロータス。

お前の愛を受けたこの男は、お前のお陰でこうしてのうのうと生きて

お前はこの男を救うために命を散らし

この俺の手ではなく、お前はこの男の無事を選んだ。

それが……今でも俺を奈落の底に突き落とす。

だから許せない。

どうしてもこの男だけは許せない。

こいつが何者であろうとも。お前が死の間際に命乞いをした相手であろうと。


苦しい、苦しい。

────この行き場のないどす黒い思いを、どうやって解放したらいいのか……。


レツは、アムイにめがけて勢いよく剣を振り下ろす。
アムイもまた、苦渋を浮かべた眼差しで、彼を受け止める。

ずっと今まで抑えてきた激情が、彼女の相手がよそ者だあった事実と彼女の死によって噴出した。

もう、誰も止める事はできないのか。

二人を追って急いで駆けつけた仲間達は、二人の激しくも哀しい戦いに、無言で立ち竦んでいた。

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