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2013年3月19日 (火)

暁の明星 宵の流星 ♯188の②

♯188-②

『いいね?これは同意の上だよ、ロータス。決して無理強いをしているわけではない』

長官という男は卑劣だった。逃げようとする彼女を力づくで組み敷いて、嫌がる彼女に抵抗できないように優しい声で脅してきた。
『わかっているよね?君は処刑する人間を逃がしたんだ。罪人なんだよ。
長官である私に抵抗しても得にはならないってよくわかっているはずだ、最優良を取った君なら。
──君の出方ひとつで、この私がカルアツヤ家の名誉を守ってやってもいい。罪人の妻である君が流刑地送りとなっても、君の夫達は何の関係もないと……そう手を回してやるなんて、私には簡単な事だからね。
君だってカルアツヤの名誉のために、わざわざこうして大人しく刑に処されるためにこの地に戻ってきたんだろう?』

もちろんロータスの中では、このまま相手と逃げるという選択など完全になかった。
そんな事をしてしまえば相手の男に刺客がつくからだ。ユナの殺し専門の影と呼ばれる特殊な人間に目を付けられるという事は、完全な死を意味する。流刑地の罪人の子として生まれた父親の知れない彼らは、極秘にその地で殺しのプロフェショッナルとして育てられる。ある意味ユナの隠密であって殺人兵器でもある。
そんな彼らから逃れる術はなく、確実な死が訪れるまで命の危険に晒される。たとえ何年かかろうとも、任務遂行まで彼らは獲物を逃がさない。そんな物騒な枷を未来ある青年にはめさせるわけにはいかない。特にアムイは。──セドナダ王家の血を引く彼には。

──単なるよそ者一人逃げたくらいで彼らは動かないという事をロータスは知っていた。動くとすればユナの人間が関わる時だ。そう、ユナの人間が島を捨て、逃亡した場合。特にそれが女であれば大罪であり、女は生きて戻されるが共に逃げた男がいる場合、その者は完全に殺される。
だがそれだけではない。ユナの女が島から逃げたとなれば、取り残された家族も連帯責任として罰せられる。そのような不名誉を、婚家にもたらすわけにはいかない。特に前途のある夫達に負担をかける事はできない。──カルアツヤはユナでも名家なのだから。
だからロータスはカルアツヤの名誉のためにあえて戻った。戻ったとしても彼女の容疑はよそ者を逃がしたという事だけ。
罪人とされても結局はその罪状を突きつけ、その身の振り方を決めるのは中枢部であり長の方だ。
そこまでいけば、何かしらのお咎めはあるかもしれないが婚家を巻き込んでの罪状は彼女に下らないかもしれない。もちろんその時には自分もこの件について正々堂々と掛け合うつもりでいた。……ただ、世間を騒がせたという事で、離縁となるかもしれない。

だが。
すでにロータスは狡猾なこの権力を振りかざす男の手にまんまと捕まってしまったのだ。
この男はよそ者を逃がした罪を目の前に突きつけて、穏便に済ますから言う事を聞け、と脅している。ただこの男が汚いのは、彼女がよそ者を逃がしたという事実を隠蔽するつもりがない、という所だろう。
『残念だけど、この罪を見逃す代わりに私と関係し、愛人になれ、と言えないのが辛い所だ。そんな事をしたら、私も罪に問われてしまうだろう?姦通の罪に』
悪魔のように囁きながらロータスの抵抗を押さえつけていく。
『本当はね、君の罪を認めて流刑地に送ってから、こうして思う存分君の身体を堪能するつもりだったんだが……。君を見ていたらどうも我慢ができなくなった。いいよね?どうせ君はこの私が罪人として流刑地に送るのだから。そうすれば誰の咎もなく、君を抱ける。それを前倒ししてもいいだろう?君が黙っててくれれば。
もちろん、君がいい子ならカルアツヤの事はうまくやる。君以上の良妻をあてがい、何事もないようにしてやるよ』
そして震え上がらすほどのこの男の熱情が、吐き気がするほどに彼女を打ちのめした。
本能的に嫌がる彼女を無視し、本懐を遂げた男はうっとりとしてこう言った。
『ああ、アニタ……』
ロータスは自分の母の名がこの男から出て驚愕した。
『さすが彼女の娘。この扇情的な身体、母親にそっくりだ……。ああ、ずっとずっとこうしたかった。長が彼女を娶らなければ……この私がっ!』
それだけでも驚いたのに、男は彼女に嘲るように初めて知る事実を事の最中に雄弁に語る。
『お前は…いや、アニタもだが……お前達には人殺しの血が流れているんだよ。だから親の罪をこうして男に奉仕する事によって購わなければならないんだ…』
そんなのは男の都合の良い独りよがりな解釈だ。己の狡さをうまく隠そうとしているのが見え見えだ。
ロータスとて自分の祖父母が罪人だったという事はよく知っている。祖父の姉から何となく聞いていたから。だが、詳細は聞かされていなかった。親の罪は子には問わないというユナの決まりが、母アニタとロータスをかろうじて守ってくれていたから。
だが、この男はそうではないらしい。そのわけは次の言葉ではっきりした。
『お前の祖父が私の父の一人を殺した。お前の祖父はお前の祖母と駆け落ちしようとした所を私の父や他の人間に見つかり、逃げる為に手をかけたのだ。アニタは親のその罪を私達に償わなければならないのに…うまく逃げられてしまった。だから、お前がその代わりに購うのだ。罪人となり、ユナの共有する女となり、この私を生涯慰めろ』
どこまで本気で言っているのか、ロータスにはわからない。ただひとつ言える事は、この男の目的は夫以外の男と姦淫させ、自分を更なる罪に貶め、二度と表の世界に出さない事。──完全な罪人として流刑地に閉じ込め……そして……。

そうしてリガルは彼女を“完全な罪人”にする為に“既成事実”を作った。


***

「リガル=ゾアは常習犯だった。……疑惑がのぼってから口を割らせるのに……二年もかかってしまったが」
セツカは忌々しげにそう吐き捨てると、険しい顔で説明した。
しかも狡猾で、なかなか尻尾を出さないリガルに中枢部もかなり焦れていたようだ。だが、調査を進めていくほどに、彼はかなりの曲者で、女癖が悪い事が判明した。
気に入った女がいると上手く時間をかけて物にする。その手口はほとんどロータスの時と同じ。相手が人妻だとかなり成功率が高かったようだ。大体の手口は仲間と話をあわせ、その仲間に女を誘惑もしくは脅して関係させる。それを姦通した罪と糾弾して女を流刑地に送り込むのだ。そして晴れて罪人となった女を自分の好きに扱うという……こういうパターンだ。
リガルが世間では名士で長官を任されている立派な人物という姿勢を貫いていたせいで、捜査も難航し、苦汁をなめる日々が続いたが、ある令嬢とのトラブルがきっかけで、とうとう尻尾を捕まえたのだという。もちろんリガルの犯行を押さえる為に、悟られぬように本人に張り付いていた結果でもあるが。
調査票によると、自分が手篭めにしたロータスが、翌日死体となって発見された事でかなり動転したらしかった。肝心の扉の鍵が出てこなかった事を幸いに、絶対に自分に嫌疑がかからぬよう、犯人をわざとよそ者に押し付けるような言動を取ったのもそのためで、結局それがかえって中枢部の不信を買い、調査が始まったという。

「そんな馬鹿な」
その事実はレツを怯ませるのに充分だった。
リガル長官といえば、父ベンの親友にしてユナの幹部でもある。レツの知る彼はいつも温厚で心の広い、尊敬するに値する人物だった。だからにわかに信じられなかった。その人物が自分の妻にしでかした事を。
「本当だ、レツ。だがこれだけではない。
難航していたロータスの調査は……やっと三年の年月をかけて真実を沢山拾う事ができた。
お前の知らない、彼女の事実も……もちろん山のようにある。
それを私は調書を読んだ時点ですぐにお前に開示するつもりだった。…だが、その間も与えずお前は暴走した。
すぐに信じる事は難しいかもしれないが、真実がここにある」
セツカは自分の懐から紙束を取り出してレツの方に掲げて見せた。
「……レツ、暁の君を巻き込む事はやめろ。この方は正真正銘のセドナダの御方だ。そして、当時この方とロータスの間にはお前が思っているような事実はない。中枢部はそう判断した」
その言葉にレツは激昂した。
「だからと言って、そんなことわからないではないか!肉体関係がなくても、心は本人達しかわからないものだ。なのにどうしてこの二人が思い合ってないなどと他人が断言できるんだ!?」
ちりちりと、レツの心から焦げるような感情が湧き出でる。
ロータスの零したあの言葉が、レツを闇に落とし翻弄しがんじがらめにする。

《…私は幸せなのよ。…心から愛する男だって…こうして近くにいる…》

「俺が聞いていたのを知らないだろう?お前とロータスの会話を。
彼女がお前に愛を告げた事を、忘れたとは言わせない」
アムイは目を丸くした。……いつ、そんな話をしたっけ……?彼女と。
「忘れたというのか!」

レツは怒りで我を忘れ、再びアムイに対して剣を振り上げた。
「待ってくれ、レツっ!」

確かに彼女はあの時そう呟くように言っていた。アムイは覚えていたけれど、突拍子もなく問われた事で、そこまで記憶が追いつかなかったのだ。
あれは彼女の家庭の話をしていた時だ。言い聞かせるように自分の家族の話をした後に、ぼそりと呟いたその言葉。
それはまるで、その時だけ彼女の本音がポロリと出た瞬間だったのだと、今ならアムイは理解できる。
彼女の、心から愛する男……。
今の生活を維持するためには決して絶対に口にしてはいけない恋慕。そして相手の男。
その彼女の本当の想い人は、それが自分の事だと露も知らず、いわれのない嫉妬に狂っている。 

誤解を、解かなければ……。
「それは誤解だ!彼女の愛しているのは…レツ、あんただ!」
懸命に叫べども、レツの心には届かない。
「何ていう嘘を……!やはりお前は小賢しい!根拠もない事をのうのうと……」
自分を正当化するために、レツはアムイがいい加減な事を言っていると思った。そのあからさまな嘘にレツの怒りは大きくなった。
もう許せない。
彼女だけ死の世界に旅立たせ、己の保身のために嘘を吐く、この男を地獄に送らなければ気が済まぬ。
あの時の、彼女の必死な懇願する姿が目に浮かんだ。
《どうか、レツ、あの人を追わないで。このまま見逃して。最初で最後のお願いだから》
レツは頭を振る。駄目だ、ロータス、俺はお前の願いを聞くことはできない!
「この、嘘つきがっ!!」

ガッ!!!
と鈍い音を立て、アムイを襲った筈の剣が、寸での所でかわされ為に後方の木に食い込んだ。
「くそ!」
レツはもの凄い力で剣を引き抜くと、再びアムイめがけて突進しようと身体を翻す。
「そんな嘘を俺が信じるとでも思うか?もう彼女は死んでいるんだ。どうとでも言えるよな!」
ガキン!と再び二人の剣が交差する。

だがその時、思いつめたような、切羽詰ったセツカの悲痛な声がレツの耳を貫いた。

「教えてくれ!レツ!一体あの夜、何があった!?
お前は外界の扉の部屋で、ロータスと会ったんだろう?だから鍵を持っていた。
なあ、二人の間に何があったのかを私は知りたい。どうして彼女が死んだのかも!!」

(姉さんの死!)
それを聞いたガラムは、緊張のあまり全身の血の気が引き、震え始めたのを人ごとのように感じていた。

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