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2013年3月

2013年3月31日 (日)

すいません…((((;゚Д゚))))その2

す、すみませんっ:(;゙゚'ω゚'):

今月中までの更新が間に合いませんでしたっ。

今まで仕事してましたー、モニターとパソコンも調子悪いですー、
ううう(´;ω;`)ウッ…


ちょっと気合入りすぎたかのよーで、書いては消し、書いては直し、ばかりで
(/□≦、)

ああ… il||li _| ̄|○ il||li


ちょっと頭冷やしてきます……。


本音では早くこの章を書き終えたいところです。

終わりが近いと筆も鈍くなるようで、なかなかうまくいきませんね( ´Д`)=3


申し訳ありません、もうしばらくお待ちください…。


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2013年3月26日 (火)

すいません…

今月中に終わらそうと奮闘中ですが、娘@もうすぐ一年生の卒園、入学のあんなこんなで多忙を極め、しかも最後の攻め(?)ということで、なかなか筆が進まず、更新が遅れてしまっております…。

しかも、並行して18Rバージョンも更新という荒業をしているために、ここにご訪問くださる方には大変お待たせしてしまっていると思います……:(;゙゚'ω゚'):

こんなんで夏に終わるのかってことなんですけど……。いえ、終わらせたい。


ここでちょっと某所での18Rのお話ですが、やっと第2章・暁の男を終わらせました…。特に最後の#6は、アダルト込みの書下ろしとなっております。18才以上の大人のお嬢様でご興味ある方は覗いてみてくださいまし(=゜ω゜)ノ
キケンキケン18才未満お断りっスよー↓ http://ncode.syosetu.com/n7541bn/7/キケンってば!

今回、遅筆なのに並行するという大変な事を実行してしまっている自分ですが、問題なのは時間と頭の中だけで、改めて初めから読み直し、加筆修正していく作業が、自分にとって良かったなぁと思っています。
もう一度初心に戻る、というか。
もうちょっと冷静にこの話を見れるかも、というか。

この中で今回、一番に気を入れたのは、物語全体通しての(多分、ここまで読んでくださっている方々ならわかるであろう)小さな伏線部分を投入している所……でしょうか。ええ、わからないよーに、こっそりと、ですが。

そういう細々したところを加筆していく過程が楽しいです(ホホホ)

今までキイの体臭が花の香り、というのは最初から出てきていましたが、今回新たに書いていく途中で、アムイにも体臭あるよね、と思い出した【暁の男】でヒヲリちゃんが嗅いだ【麝香】が、なんでかここにきて自分の中で違うような気がして悩んでおりました。それで変更しようかどうしようかとグダグダと悩んでいたときに、(いつものことなのですが)別作業していた時、頭の左側に唐突と【伽羅】という単語が浮かび、何をしても離れないそれに不思議なものを感じて意識した途端、ハッと思い出しました。やだん、【伽羅】って香りじゃん、と。
そしてすぐさま検索して内容確認してビンゴ!と。これ、アムイの香りにふさわしい存在だと知って、嬉しくて加筆したのが18Rバージョンの第2章です。

このようにして18Rの方は、こちらとは違った設定みたいなのが展開していくかと思いますが、また違う感じで楽しんでいただけたらなーと思っております。

そうは言ってもとにかくこちらの方がメインですので!
夏までに集中します!


ですので、18Rの方はひと月に一章、と考えてのんびり更新していこうと思います。
あんまりのんびりなので、ほとんど興味もたれているかどーか微妙な所なのですが、それでも自分にとっては初めてかも、と思われるような人数の方が覗いてくださっているようです…。
ありがたいことです。


次回の更新はもうしばらくお待ち頂くかと思います。スミマセン。
それでも今月中には何とか!と思っています。
時間が取れたら設定置き場(別館)も改装しないと、と思ってます。
(ああ…思ってばかり…不甲斐ないですね…)

それでは、また近いうちに!

kayan(此花かやん)

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2013年3月19日 (火)

暁の明星 宵の流星 ♯188の②

♯188-②

『いいね?これは同意の上だよ、ロータス。決して無理強いをしているわけではない』

長官という男は卑劣だった。逃げようとする彼女を力づくで組み敷いて、嫌がる彼女に抵抗できないように優しい声で脅してきた。
『わかっているよね?君は処刑する人間を逃がしたんだ。罪人なんだよ。
長官である私に抵抗しても得にはならないってよくわかっているはずだ、最優良を取った君なら。
──君の出方ひとつで、この私がカルアツヤ家の名誉を守ってやってもいい。罪人の妻である君が流刑地送りとなっても、君の夫達は何の関係もないと……そう手を回してやるなんて、私には簡単な事だからね。
君だってカルアツヤの名誉のために、わざわざこうして大人しく刑に処されるためにこの地に戻ってきたんだろう?』

もちろんロータスの中では、このまま相手と逃げるという選択など完全になかった。
そんな事をしてしまえば相手の男に刺客がつくからだ。ユナの殺し専門の影と呼ばれる特殊な人間に目を付けられるという事は、完全な死を意味する。流刑地の罪人の子として生まれた父親の知れない彼らは、極秘にその地で殺しのプロフェショッナルとして育てられる。ある意味ユナの隠密であって殺人兵器でもある。
そんな彼らから逃れる術はなく、確実な死が訪れるまで命の危険に晒される。たとえ何年かかろうとも、任務遂行まで彼らは獲物を逃がさない。そんな物騒な枷を未来ある青年にはめさせるわけにはいかない。特にアムイは。──セドナダ王家の血を引く彼には。

──単なるよそ者一人逃げたくらいで彼らは動かないという事をロータスは知っていた。動くとすればユナの人間が関わる時だ。そう、ユナの人間が島を捨て、逃亡した場合。特にそれが女であれば大罪であり、女は生きて戻されるが共に逃げた男がいる場合、その者は完全に殺される。
だがそれだけではない。ユナの女が島から逃げたとなれば、取り残された家族も連帯責任として罰せられる。そのような不名誉を、婚家にもたらすわけにはいかない。特に前途のある夫達に負担をかける事はできない。──カルアツヤはユナでも名家なのだから。
だからロータスはカルアツヤの名誉のためにあえて戻った。戻ったとしても彼女の容疑はよそ者を逃がしたという事だけ。
罪人とされても結局はその罪状を突きつけ、その身の振り方を決めるのは中枢部であり長の方だ。
そこまでいけば、何かしらのお咎めはあるかもしれないが婚家を巻き込んでの罪状は彼女に下らないかもしれない。もちろんその時には自分もこの件について正々堂々と掛け合うつもりでいた。……ただ、世間を騒がせたという事で、離縁となるかもしれない。

だが。
すでにロータスは狡猾なこの権力を振りかざす男の手にまんまと捕まってしまったのだ。
この男はよそ者を逃がした罪を目の前に突きつけて、穏便に済ますから言う事を聞け、と脅している。ただこの男が汚いのは、彼女がよそ者を逃がしたという事実を隠蔽するつもりがない、という所だろう。
『残念だけど、この罪を見逃す代わりに私と関係し、愛人になれ、と言えないのが辛い所だ。そんな事をしたら、私も罪に問われてしまうだろう?姦通の罪に』
悪魔のように囁きながらロータスの抵抗を押さえつけていく。
『本当はね、君の罪を認めて流刑地に送ってから、こうして思う存分君の身体を堪能するつもりだったんだが……。君を見ていたらどうも我慢ができなくなった。いいよね?どうせ君はこの私が罪人として流刑地に送るのだから。そうすれば誰の咎もなく、君を抱ける。それを前倒ししてもいいだろう?君が黙っててくれれば。
もちろん、君がいい子ならカルアツヤの事はうまくやる。君以上の良妻をあてがい、何事もないようにしてやるよ』
そして震え上がらすほどのこの男の熱情が、吐き気がするほどに彼女を打ちのめした。
本能的に嫌がる彼女を無視し、本懐を遂げた男はうっとりとしてこう言った。
『ああ、アニタ……』
ロータスは自分の母の名がこの男から出て驚愕した。
『さすが彼女の娘。この扇情的な身体、母親にそっくりだ……。ああ、ずっとずっとこうしたかった。長が彼女を娶らなければ……この私がっ!』
それだけでも驚いたのに、男は彼女に嘲るように初めて知る事実を事の最中に雄弁に語る。
『お前は…いや、アニタもだが……お前達には人殺しの血が流れているんだよ。だから親の罪をこうして男に奉仕する事によって購わなければならないんだ…』
そんなのは男の都合の良い独りよがりな解釈だ。己の狡さをうまく隠そうとしているのが見え見えだ。
ロータスとて自分の祖父母が罪人だったという事はよく知っている。祖父の姉から何となく聞いていたから。だが、詳細は聞かされていなかった。親の罪は子には問わないというユナの決まりが、母アニタとロータスをかろうじて守ってくれていたから。
だが、この男はそうではないらしい。そのわけは次の言葉ではっきりした。
『お前の祖父が私の父の一人を殺した。お前の祖父はお前の祖母と駆け落ちしようとした所を私の父や他の人間に見つかり、逃げる為に手をかけたのだ。アニタは親のその罪を私達に償わなければならないのに…うまく逃げられてしまった。だから、お前がその代わりに購うのだ。罪人となり、ユナの共有する女となり、この私を生涯慰めろ』
どこまで本気で言っているのか、ロータスにはわからない。ただひとつ言える事は、この男の目的は夫以外の男と姦淫させ、自分を更なる罪に貶め、二度と表の世界に出さない事。──完全な罪人として流刑地に閉じ込め……そして……。

そうしてリガルは彼女を“完全な罪人”にする為に“既成事実”を作った。


***

「リガル=ゾアは常習犯だった。……疑惑がのぼってから口を割らせるのに……二年もかかってしまったが」
セツカは忌々しげにそう吐き捨てると、険しい顔で説明した。
しかも狡猾で、なかなか尻尾を出さないリガルに中枢部もかなり焦れていたようだ。だが、調査を進めていくほどに、彼はかなりの曲者で、女癖が悪い事が判明した。
気に入った女がいると上手く時間をかけて物にする。その手口はほとんどロータスの時と同じ。相手が人妻だとかなり成功率が高かったようだ。大体の手口は仲間と話をあわせ、その仲間に女を誘惑もしくは脅して関係させる。それを姦通した罪と糾弾して女を流刑地に送り込むのだ。そして晴れて罪人となった女を自分の好きに扱うという……こういうパターンだ。
リガルが世間では名士で長官を任されている立派な人物という姿勢を貫いていたせいで、捜査も難航し、苦汁をなめる日々が続いたが、ある令嬢とのトラブルがきっかけで、とうとう尻尾を捕まえたのだという。もちろんリガルの犯行を押さえる為に、悟られぬように本人に張り付いていた結果でもあるが。
調査票によると、自分が手篭めにしたロータスが、翌日死体となって発見された事でかなり動転したらしかった。肝心の扉の鍵が出てこなかった事を幸いに、絶対に自分に嫌疑がかからぬよう、犯人をわざとよそ者に押し付けるような言動を取ったのもそのためで、結局それがかえって中枢部の不信を買い、調査が始まったという。

「そんな馬鹿な」
その事実はレツを怯ませるのに充分だった。
リガル長官といえば、父ベンの親友にしてユナの幹部でもある。レツの知る彼はいつも温厚で心の広い、尊敬するに値する人物だった。だからにわかに信じられなかった。その人物が自分の妻にしでかした事を。
「本当だ、レツ。だがこれだけではない。
難航していたロータスの調査は……やっと三年の年月をかけて真実を沢山拾う事ができた。
お前の知らない、彼女の事実も……もちろん山のようにある。
それを私は調書を読んだ時点ですぐにお前に開示するつもりだった。…だが、その間も与えずお前は暴走した。
すぐに信じる事は難しいかもしれないが、真実がここにある」
セツカは自分の懐から紙束を取り出してレツの方に掲げて見せた。
「……レツ、暁の君を巻き込む事はやめろ。この方は正真正銘のセドナダの御方だ。そして、当時この方とロータスの間にはお前が思っているような事実はない。中枢部はそう判断した」
その言葉にレツは激昂した。
「だからと言って、そんなことわからないではないか!肉体関係がなくても、心は本人達しかわからないものだ。なのにどうしてこの二人が思い合ってないなどと他人が断言できるんだ!?」
ちりちりと、レツの心から焦げるような感情が湧き出でる。
ロータスの零したあの言葉が、レツを闇に落とし翻弄しがんじがらめにする。

《…私は幸せなのよ。…心から愛する男だって…こうして近くにいる…》

「俺が聞いていたのを知らないだろう?お前とロータスの会話を。
彼女がお前に愛を告げた事を、忘れたとは言わせない」
アムイは目を丸くした。……いつ、そんな話をしたっけ……?彼女と。
「忘れたというのか!」

レツは怒りで我を忘れ、再びアムイに対して剣を振り上げた。
「待ってくれ、レツっ!」

確かに彼女はあの時そう呟くように言っていた。アムイは覚えていたけれど、突拍子もなく問われた事で、そこまで記憶が追いつかなかったのだ。
あれは彼女の家庭の話をしていた時だ。言い聞かせるように自分の家族の話をした後に、ぼそりと呟いたその言葉。
それはまるで、その時だけ彼女の本音がポロリと出た瞬間だったのだと、今ならアムイは理解できる。
彼女の、心から愛する男……。
今の生活を維持するためには決して絶対に口にしてはいけない恋慕。そして相手の男。
その彼女の本当の想い人は、それが自分の事だと露も知らず、いわれのない嫉妬に狂っている。 

誤解を、解かなければ……。
「それは誤解だ!彼女の愛しているのは…レツ、あんただ!」
懸命に叫べども、レツの心には届かない。
「何ていう嘘を……!やはりお前は小賢しい!根拠もない事をのうのうと……」
自分を正当化するために、レツはアムイがいい加減な事を言っていると思った。そのあからさまな嘘にレツの怒りは大きくなった。
もう許せない。
彼女だけ死の世界に旅立たせ、己の保身のために嘘を吐く、この男を地獄に送らなければ気が済まぬ。
あの時の、彼女の必死な懇願する姿が目に浮かんだ。
《どうか、レツ、あの人を追わないで。このまま見逃して。最初で最後のお願いだから》
レツは頭を振る。駄目だ、ロータス、俺はお前の願いを聞くことはできない!
「この、嘘つきがっ!!」

ガッ!!!
と鈍い音を立て、アムイを襲った筈の剣が、寸での所でかわされ為に後方の木に食い込んだ。
「くそ!」
レツはもの凄い力で剣を引き抜くと、再びアムイめがけて突進しようと身体を翻す。
「そんな嘘を俺が信じるとでも思うか?もう彼女は死んでいるんだ。どうとでも言えるよな!」
ガキン!と再び二人の剣が交差する。

だがその時、思いつめたような、切羽詰ったセツカの悲痛な声がレツの耳を貫いた。

「教えてくれ!レツ!一体あの夜、何があった!?
お前は外界の扉の部屋で、ロータスと会ったんだろう?だから鍵を持っていた。
なあ、二人の間に何があったのかを私は知りたい。どうして彼女が死んだのかも!!」

(姉さんの死!)
それを聞いたガラムは、緊張のあまり全身の血の気が引き、震え始めたのを人ごとのように感じていた。

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2013年3月18日 (月)

暁の明星 宵の流星 #188の①

#188-①

禍々しい、どす黒い闇が相手の魂から立ち上っていくのを、アムイは悲痛な思いで感じていた。

ユナの、最高の使い手と英雄視されている男だ。その男が本気を通り越して狂ったように自分に向かってくるのを、アムイは必死で応戦するしかない。もちろん、“気”を使う事はこの場ではできない。リシュオン王子が密かに北の要人に頼んで匿ってくれている場所を波動攻撃で滅茶苦茶にするわけにはいかない。
それよりも相手の男がそれを防ぐ結界を扱える事は、前の対戦でよくわかってる。
キン、と鋭い音を立てたレツの剣の勢いはアムイを圧倒する。そう、彼とは本当に腕ひとつだけで立ち向かうしかないのだ。

だが、とアムイは奥歯を噛み締める。どうしたらよいものか。どうやってこの正気をなくしている男に、真実を伝えるか……。ありのままぶつけて彼が信じてくれるのか。この不器用な、そして互いを思いやり過ぎてすれ違ってきた夫婦の、哀しい真実を。妻の……本当の気持ちを。


《……後悔……してる》
哀しいほどの彼女の思い。最後の最後で、たったひとつこの世に残してしまった未練。
その彼女の気持ちを、アムイはどうしてもこの男に伝えたい。

「レツ=カルアツヤ、聞いてくれ!」
とにかく、とアムイは剣を交わしながら叫んだ。自分に対する憎しみで溢れているこの男が聞く耳を持つ可能性は……ほぼないであろうが。その話を信じてくれる可能性も……。
いや、とアムイは心の中で頭を振る。だが知ってもらわなくてはいけないのだ。この男のためにも、彼女のためにも。

「何を聞けというのか!この期に及んで戯言など聞きたくない」
顔を近づけるようにガキッと剣を交差させ、レツは唸るように吐き捨てた。
「あんたがこうまでして俺を憎む気持ちはわかる!もちろんロータスの死も……俺が関係していた事は、重々受け止めている。
だがどうしてここまで俺を憎むのか、俺をどうしたらあんたの気が済むのか、今一度はっきりと教えてくれ、レツ!」
耳障りな金属音が闇夜に響き渡ると同時に、戦う二人の影が弾かれるように離れた。
「……教えろと?お前が一番よく知っているだろう?……」レツは怒りで目を眇める。
「よそ者のお前がロータスと通じていたのを、夫の俺が知らないとでも!!」
そう激昂し、レツはもの凄い速さでアムイに向かって来た。
キィィィーン!と鳥肌立つほどの音を立て、彼らの剣は火花を散らし、何度も何度も叩き込まれていく。
「違う!それは誤解だ!」
その金属音に混じってアムイの叫びが辺りを引き裂く。
「しらばっくれるな!!」
「俺はロータスと何もない」
「嘘をつくな!」

レツの脳裏にあの時の言葉と、彼女のしどけない姿が鮮明に甦る。


***

まさか、と思った。

警備が手薄になるだろう祈願夜(きがんや)に何か起こすかもしれないとは考えついていたが、ユナの模範的な妻という彼女がまさか本当に実行するとは思わなかった。
彼女を──葛藤すらあれ、幼い頃から知っている愛する女を、レツはずっと信じていた。
それが。

レツは今、外界への扉に通じる部屋で、今しがた男と情を交わしたようなあられもない姿の自分の妻を、ただただ声もなく見下ろしていた。
服は乱れ、胸元は引き裂かれて彼女の豊かな胸がきわどい所まで覗き、髪を乱し、怯えるような緑の瞳は濡れて周りが赤くなっている。唇は何度も口付けを交わした証のように赤く腫れ、その首隙に男が残していったと思われる赤い花が咲いている。
決定的だったのは、彼女の足に伝う情事の名残りだった。
妻の足元に小さく広がる白液の溜まりを見た瞬間、レツの何かが音を立てて崩壊した。
『レツ…』
どうしてここに?という彼女の怯えた表情にレツは絶望し、気が付くと、彼女の細い首を絞めていた。


***


「俺は知っている。お前が彼女と深い関係だったと。あの祈願夜の夜も、お前と情事にふけっていたんだろう?お前を逃がすために扉を開け、最後の情を交わしてお前は逃げた。……まさか夫である俺がその事後に現れるとは、彼女も思っていなかったんだろう、酷く動揺していた」

あの夜、何故か長官に押し付けられた仕事で砦を出たレツは、どうしても嫌な予感に苛まれ、普段よりも数倍の早さで仕事を終えると、急遽休まず砦に戻ったのだ。
さすがに祈願夜の最中で、皆、祈りに集中していて砦内はひっそりとしていた。嫌な予感そのままに、レツは妻が軟禁されていた部屋を覗き、そして処刑されるであろうよそ者が監禁されている部屋を見て、予想が的中した事を知ったのだ。
妻と男の姿がない。
という事は、おそらく二人はこの機会に砦を脱出するつもりだろう。
海か、山か。……船で出ようとするならば、今自分が入り江に侵入した時に確認したが、その気配はなかった。ならば山側の…外界の扉しかないだろう。もちろん、彼女がその扉の鍵を持っているならば、だ。
レツはさっと確認した。弟のシキが外界から戻ってきて祈りの最中だという事を知る。ならば鍵の行方は内情を知る者だったら容易くわかる場所に一時保管されている。
……誰も、二人が抜け出ていた事に気が付かなかったのか。いや、これが祈願夜というユナ独特で特殊な夜なのだ。
その重要性を知っている自分が、祈りもしないでこうして自由に動き回っている事に自嘲する。大樹の恩恵など、今はどうとでもよかった。とにかく、妻と相手の男の行方を追わなければ、とレツは焦った。もしかしたら、ロータスは男と逃げたのではという、恐ろしい考えに気が狂いそうで。

「だから!俺は彼女とは何でもない!純粋に逃がしてくれただけだ」
「言い逃れするつもりか!」
「違う!聞いてくれ、レツ。彼女は俺の事、ただ元神王太子の子息ではないかと疑っていた。俺には言わなかったが、その疑いがある種の確信となる前に俺の処刑が決まってしまったから……」
アムイは顔を歪めた。
「ただ俺の命を救いたくて、彼女は無謀な行動をしたんだ。だが、それだけだ。俺は彼女とは何も」
レツの目がぎらつく。それだけ、と?充分ではないか。あの彼女が罪を覚悟して救おうとした男。
「命を救われるだけでも充分。ただ命を救いたいからと罪人覚悟で彼女はお前を……。これ以上の愛があるか?夫も子も捨て、名誉も平安な暮らしも捨て……あのような生き地獄が待っているのを承知で処刑されるお前を逃がした。……その意味を」
大きな感情のうねりがアムイを圧倒する。
「お前はわかっているのか」と激しい嘆きがレツの口から放たれた。
その深い闇に、アムイも、そしてそれを聞いたガラムも氷の塊をぶつけられたかのような、心が抉られる痛みに怯んだ。

「お前はユナの女である俺の妻を穢した。それだけでも死に値するというのに、何故、神王の直系だからと許されるのだ。
ロータスがお前の命を乞いで死んだとしても、俺はそれを許す事はできない!」


***

彼女の緑の瞳が苦痛に揺らぎ、嫉妬と絶望に歪む男の顔を映す。
段々と顔色を失っていく彼女は一瞬、観念したかのように目を閉じた。だが、すぐに気力を振り絞ると、男の腕を自分の手で掴んで激しく抵抗した。
彼女を衝動的に殺そうとしてしまった彼女の夫は、その瞬間に我に返る。
その隙を突いて妻は夫の手から逃れ、その反動で地面に転がった。
『駄目…っ』
夫を見上げた妻の頬は濡れていた。
『私を手にかけては駄目』

どのような事情があっても、ユナの女を殺めれば、それは最大の罪に問われる───。

希少な一族の血を残す存在である女を、誰であろう殺める事は許されない。その女が凶悪な罪人であろうと、女は寿命が訪れるまで他人の手で殺してはならないのだ。ユナの女を殺した果ては残酷な責め苦の後、言葉にできないほどの恐ろしい極刑が待つ。

希少な一族ゆえ、掟を守れない者や裏切り者への制裁は他国よりも厳しい。

妻は、その事実を優先した。
目の前の、最も愛する夫のために。
怒りの為に女である自分を衝動的に殺めてしまえば、彼の輝かしい功績と未来が失われる。それだけは嫌だった。もちろん極刑に従う彼の姿も想像したくない。
こんな穢れた自分のために、彼の手を汚させるわけにはいかないのだ。

……一瞬、愛する者の手にかかって死ぬ、という喜びを感じてしまったおのれの浅はかで弱い心を恥じた。

私は、ユナの、模範的な、妻で、この夫の、最高の、妻で、彼を、幸せに、したいから、…………今まで、生きて、きた、のに。

ロータスは本当に自分の浅はかさを呪った。
結局、自分の独断で先走ってしまった結果、このような事態に……彼女が一番巻き込みたくなかった最愛の男に、このような顔をさせ、人を怒りで殺させるような行動を取らせてしまった……この自分が、憎い。

だが、もうすでに遅い。

家族を、特に彼を巻き込みたくなくて──……もちろん、これはユナの中枢の極秘機密に触る部分だとしても──自分一人で行動してしまった結果だ。
自分が撒いた種は自分で刈り取るものではないか?

ロータスは、覚悟を決めた。これ以上、レツを苦しめてはならない。ならばカルアツヤ家の妻として、自分は胸を張って最後まで存在しなくてはならないのだ。だから……──。

***


「それは違う!」

突然後方から闇を引き裂くような叫びが二人に割って入った。
「違うんだ、レツ……」
悲痛な顔でそう呟くセツカを、ガラムは驚きの表情で振り返った。ちょうどガラムとシータのいる場所の少し離れた後方から、緊張した面持ちのセツカがやって来る。

セツカの言葉にひと時剣の交わりが途絶える。両者は剣を突きつけながら駆け寄るセツカに意識を集中させた。

「違う?」
最初に答えたのはレツだった。
「ええ」
セツカは険しい顔でレツを見据えた。
「何が違うというのだ」

そういえば、とガラムは思い出した。今までショックな事が多すぎてうっかりしていたが、セツカ達は姉の死の調査をしていたと言っていた。しかも、つい最近その調査結果が届いたと……。ということは、事件について何らかの真相が暴かれた…ということなのではないか?義兄も、世間も、知らない事実……。

実にガラムの思ったとおり、セツカは皆が知らない真実を持っていた。……ロータスの霊から真相を教えられていたアムイ以外、知らなかった真実を。
セツカは意を決するようにきつくレツに目を向けると、こう爆弾を落とした。


「ロータスはあの夜、ユナの人間に陵辱された。……砦の最高司令官であったリガル=ゾアに」


レツの、ひゅっと息を吸い込む音が闇に紛れた。


***

『いけない娘(こ)だねぇ、ロータスは』

この男の自分を嘗め回すような視線を、気にしてはならない、といつも心に言い聞かせていた。
砦の最高責任者で、自分と父親ほども歳が離れているリガル長官だ。それもそのはず、彼は義父ベン=カルアツヤと同期であり、親友といってもおかしくない男だったから。
だからこの男の事は結婚してから知っていた。いつも会うたび、人の事を厭らしい目付きで見ていく。それも他の人間にわからないように。
義父達や夫達の前では、清廉潔癖な紳士然としているのだが、二人きりになるとすぐに怪しげな視線を不躾に送ってくる。
……この男は…要注意だと、ロータスは常に身の危険を感じていたのだ。
それが……何の因果か、この男が砦を支配する独裁者だという事に、砦に来て自分が罠にかかった獲物のような気がしてならなかった。
その不安は的中した。
この男は、自分を従わせるために様々な罠をしかけていたのだという事を、そしてその罠に簡単に飛び込んでしまった事を、ロータスは悟り、凍りついた。

だから、アムイの事を知らせようとして様々に当たってみた事がことごとく潰されていたのが、今になってわかった。女は政治的な様々な事の関与は許されていない。だから正統な理由もなく勝手に通信機関を使えない。アムイの件を中枢部以外に公表するわけにもいかない。かといって普通に手紙を出そうとしても、長の方に届くまでかなりの時間を有する。ならば自分が本島に戻ろうかとも考えたが、手負いのアムイを残してく事に不安が残る。……そう思って焦れていた所で彼を匿っていた事がばれてしまった。
もちろんロータスは軟禁された。アムイは監禁されてしまった。
その軟禁状態になって、ロータスは背に腹を代えられなくなる。夫であるトルビィが見張りとしてくっついていたが、隙を見てロータスは色々と掛け合った。だが、ことごとく駄目だった。それはどう考えても無駄な事だったろう。
何故なら今囚われているよそ者が、実は滅んだセドナダ王家の生き残りであるという可能性が高い、という事を誰も知らないのだ。いや、知ったとしても簡単に信じるわけなどないだろう。特にこの本島から離れた大陸の一部で暮らしている砦の者達は、中枢部への忠誠よりも自分達の利益の方を優先する傾向があった。
側近から裏切り者が出た、という事実から、よそ者に対し厳しく冷酷になったのはやはりこの男、リガルが長官になってからだ。

『処刑が決まったよ、ロータス』
下卑た笑いを口元に滲ませ、この男はそう言ってのけた。
『でも、ね。もうすぐ祈願夜が来るから血なまぐさい事はできないからね。……その後に執行する事にした。すごい恩情だろ?もちろん可愛い君に免じてだけどね』
男の甘えたような声が癇に障る。気持ちが悪い。
『いい、ね?祈願夜が終わるまで、いい子にしてなければならないよ?……まぁ、最優良で嫁いだ君の事だ、そんな愚かな真似はしないと思うケド……。もし、悪い事をしたら、この私も君に罰を与えなければならないからね』
そう言って嬉しそうに去っていくリガルに悪態を付くと、ロータスは急いでトルビィの元へ急ぐ。ちょうどその時軟禁されている部屋の隣にある談話室で、彼と話をしていたのが妻の出産に立ち会うために急遽本島に戻るという男だった。しかも長の方に提出するという書類も持って。
そこで閃いたロータスは最後の賭けに出た。
急いで部屋に戻ると完結に嘆願書をしたため、そっと隣の談話室を覗く。夫と男は話に夢中になっている。その時天は彼女に味方した。彼らの背を向けている方向、自分から見てすぐ傍にあるテーブルの上に、その書類があったのだ。
男はそのまま船に乗るつもりだったのだろう、書類の近くには鞄に詰めようとしただろう私物も置いてあった。
ロータスは急いで自分の書簡を書類の間に滑り込ませる事に成功し、そしてまるで忍びのごとく、その場を音も立てずに立ち去った。
これで、書簡が長の目に触れてくれれば、処刑の日までに間に合ってくれれば……。

そう、その一縷の希望を持っていたが、とうとう間に合わなかったのだ。

祈願夜しか、彼を逃がす機会はない。そう踏んだ彼女は……思い切った行動に移す。
上手い具合に、まだ砦でのゴタゴタを知らない第三夫のシキが急に帰ってきた。彼はすぐに祈りを始めるために自室にこもった。すれば外界への扉の鍵が、まだ一時置き場にある可能性が高い。その思惑通りロータスは鍵を見つけ、そして……。


『言っただろう?悪いコには罰を与えるって』
好色そうなその男の舌がべろりと唇を嘗め回す様を、ロータスは震えながら見ていた。まるで蛇に睨まれた蛙のように動けない。
『貞淑な妻である君が、外の男のために大事な夜を冒涜してまでこんな事をしてしまうなんて』
男はくすっと楽しげに笑う。そういう男こそ、まだ大事な祈願夜が終わらないこの時間に、何故ここにいる?
『わかっているね、可愛いロータス。君はこれから罪人となる。お前の祖母と同じに。
ならばその罪人をどうしようか、最初に罪を見止めた私が実行してもよいという事だよな?』

ああ、この男の目的はやはり“それ”だったのか……。
罪人、となる事を覚悟して事に及んだのを、この男は見抜いていた。
自分が再びユナの懐に戻るだろうと、よそ者と逃げる事はしないだろうと、この男はわざとアムイを逃がす自分を見逃した。
己の欲望を遂げる為に。

ここから先は誰にも知られたくない、恥辱と絶望と恐怖の時間(とき)だった。

あの卑劣で横暴な男は嬉々として彼女を蹂躙した。恐ろしい、呪いの言葉を吐きながら。


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※すいません!再び途中ですが、急遽更新します。続きの②は明日あたりにでも!訂正は夜行う予定です。長く更新が空いて申し訳ありませ~ん(涙)   ……3/18・すぴばるにてのつぶやき

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2013年3月 8日 (金)

暁の明星 宵の流星 #187の③

#187-③


あの母がそこまで言い切るということは、確信あっての事なのだろう。
だが、その衝撃的な事実に対し、返ってきたのは拍子抜けするほど淡々としたシキの冷笑だった。
《へぇ、そう?》
尊大に、口の端で嘲るように笑う兄に、トルビィは英雄と湛えられ暴君と恐れられた、かの父親の姿を見て背筋が慄く。今まで感じた事がなかった、ベン父とこの兄の共通点をまざまざと感じ取り、さすが母親、よく見抜いていたものだと感心すらする。
母からの断言に、激しくうろたえたのは父だ。『そんなはずはない』だの『覚えがない』、あまつさえ『シキができた時は自分の順番じゃなかった』とさえ、親の夫婦生活を想像させるような恥ずかしい話がベンの口から矢継ぎ早に飛び出し、かなり狼狽しているのが窺えた。その反対に、母は堂々としていて、自分が正しいと主張して父を睨み据えている。
トルビィ自身立ち聞きはよくないとわかっていたが、いつもとは全く違う珍しい夫婦逆転の構図が、彼をその場から動けなくしていた。
母は強し、とはよく言ったもので、それとも積もり積もって我慢していたのが一気に噴火したのか、母はいつもの母ではなかった。夫達には従順に、平等にと心を砕いてきた彼女。その彼女を袋小路に追い込んで牙を剥かせたのはこの父だ。
事実トルビィはその時に、目の前にいる兄が宿った時のもっと詳しい内情(はなし)を立ち聞きしてしまっていたが、子供としてはいささか気恥ずかしい内容で、親の沽券にも関わるから詳しくは口にできなかった。大人になっている今では、まぁ、酒の上で、というのもよくある話だなぁ、と他人事のように思ったけれど。
ただ言える事は、その母の説明に父は今までの威厳が何処へ行ったのだろうかというほどにおろおろしていたという事実。次に出た母の言葉に父が牙を抜かれてしまった事。夫婦の力関係がその時に逆転し、あの横暴ともいえる父が迷いもなく突然引退し、母を追って大人しく田舎に引っ込んだそのわけを、トルビィはその時に知ったのだ。

『でもあいつは私とはあまり似ていな……』
『どこが?』
『だから見た感じ…とか…。どちらかというと弟の方に』
『当たり前じゃないの。カルアツヤの血を引くわけだから。見た目が叔父と甥が似ている例なんて山ほどあるわよ。
それよりもシキが貴方に似てないって?私にしたらちゃんちゃらおかしいわ。
自分で気付いてないの?
見かけはともかくあの子、貴方に気味悪いほどそっくりじゃない』
『……』
『強情で我が強くて、欲しい物は必ず手に入れる。変に自信過剰でプライドが高くて怖いもの知らず。
良くも悪くも貴方の英雄としての成功に繋がったその激しい部分が』

畳み掛けるような母の言葉でどんどん萎れていく父の様子に、今までの自分の愚かさに気付き恥じ入っているのだとトルビィは驚く。あの高圧的な父の、初めて見る姿にただ目を丸くするばかりだ。
暴君で恐れられているベンとはいえ、奥深い部分では滾る情があるという事を彼の妻は知っていた。滅多に表には出ない事だが。
そして本当は頭が悪い男でもない。石頭並みに固いかもしれないが。
いつも自分が支配していた妻の別れをも辞さない逆襲は、このどうしようもない本人の強固なプライドや傲慢さを、木っ端微塵にしたようだ。
『貴方達は悪い所が似てるのよ。だからお互いに自分の嫌な部分を見せ付けられているものだから、素直になれないし衝突するんだわ。そんな事も気が付いてないの?』
そして口には出さなかったが妻は知っていた。互いに激しく対立しても、ベンはシキの反骨精神には一目置いているし、シキは横暴ではあるが屈強でもあるベンの力を認めていていつかは越えてやるという気持ちを抱いているということを。ただ、それが表の憎しみのせいで隠されていて、当人達は全く気付いてないというのも皮肉な事だが。

だから実際の親子だと知ったとしても、その時のシキには何の感慨もない。
《そうって……シキ兄さん。兄さんはベン父さんの本当の子だったんだよ?あの母さんがああもきっぱりと断言したんだ。嘘じゃないよ!だから兄さんが卑屈になる必要なんてないんだ。だから……》
《だからそれがどうしたんだよ。あのくそ親父の血が流れてるからって?だからといってあいつが俺を嫌うのはかわんねぇだろ?何せ自分の思い通りにならない息子はいくら血が繋がっていても自分の子じゃないらしいしな》
《そんな!今のベン父さんは違うと思うよ。だから母さんを追って家を出たんだし、反省しているから母さんもベン父さんを受け入れているんだと思う。本当は今までの行いを償いたいと思っているんだよ、兄さん。孫も二人目ができた事だし、これをきっかけに和解したいんだと。だから父さん達や母さんのいる屋敷に一緒に行こう?……絶対ベン父さんはシキ兄さんと話したいって思っている》
《は!お断りだね。今更何を話せって言うんだよ。自分の実の子供でしたから和解したい?何だそれは。今まで俺に対してどんなだったか、お前だって知っているだろう。今更……本当に今更、手のひら返したってむかつくだけなんだよ》
その数年後、シキはベンと和解する事になるのだが、その時腹を割って話した時に、自分ができた時の状況を詳しく聞き、“ああ、やはり自分達は親子だ”としみじみ思う日が来る。女の愛し方がまるっきり同じだった事にシキは苦笑し、気恥しい思いになる。いや、まだ計画的だった自分の方が無自覚だった父よりも性悪だと頭を掻いた。
そういう日が将来訪れる事を知らない当時のシキは、トルビィの願いを切って捨てた。
《いいか、トルビィ、俺は向こうの屋敷には絶対行かないからな。
親父はかわいい自慢のレツ兄貴だけいればいいんだからさ。親父の事は全部レツ兄にやってもらえよ。俺は遠慮しておく》

吐き捨てるように言うシキの声色に、立ち聞きしてしていたレツは戦慄を覚える。
彼の闇は根深い。
シキが自分を憎んでいるという事は昔からわかっていた事実だった。それでも彼の口からそういう言葉を聞くのが悲しくて辛い。シキにとって自分は苛立たしい人間だとしても、レツにとっていくつになってもかわいい弟なのに。

レツは自分を嘲笑った。
昔から自分は、思いに反して何かといつも裏目に出てしまう。
どれだけ自分が兄弟達を思っていても、彼らのためにと頑張っても、それは全て裏目に出る。
自分の責任も大きいという事はレツだってよくわかっていた。口下手で、感情を抑えてしまうこの性格が災いしている事を。わかっていても、うまく立ち回れない自分は不器用かと思う。
それを……ロータスだけは気が付いていた。だからこのような自分を心配し、いつも助言してくれていたのは彼女だけだった。
周りはレツ=カルアツヤを完璧な男と見ていたから。
この自分が優等生であればあるほど、兄弟達の心は離れていく。表の華やかさに比べ、家庭の中で彼はいつも孤独だった。
……ロータスが妻となり、自分に家族として心を砕いてくれたのには安らぎを感じていても、結局彼女は自分達兄弟を平等に扱ってくれる共有の妻という事実がいつもつきまとっていた。それがレツの心を益々空虚にしていった。

レツはふと隙のない動きで自分の剣をかわす目の前の男に意識を戻す。
彼女が……身の危険を侵してまでも命を救った男。
彼女が切なげに言った“愛する男”という言葉が心臓を抉る。

もう、駄目だ。


そう。
まだ彼女の相手が自分の愛する兄弟だったから……我慢できた。
最低、相手がユナの男であったなら……きっと正気を保っていられた。

だが。

何故よそ者だったのだ、ロータス。

お前の愛を受けたこの男は、お前のお陰でこうしてのうのうと生きて

お前はこの男を救うために命を散らし

この俺の手ではなく、お前はこの男の無事を選んだ。

それが……今でも俺を奈落の底に突き落とす。

だから許せない。

どうしてもこの男だけは許せない。

こいつが何者であろうとも。お前が死の間際に命乞いをした相手であろうと。


苦しい、苦しい。

────この行き場のないどす黒い思いを、どうやって解放したらいいのか……。


レツは、アムイにめがけて勢いよく剣を振り下ろす。
アムイもまた、苦渋を浮かべた眼差しで、彼を受け止める。

ずっと今まで抑えてきた激情が、彼女の相手がよそ者だあった事実と彼女の死によって噴出した。

もう、誰も止める事はできないのか。

二人を追って急いで駆けつけた仲間達は、二人の激しくも哀しい戦いに、無言で立ち竦んでいた。

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2013年3月 2日 (土)

暁の明星 宵の流星 ♯187の②

♯187-②


《若い頃、離島である種の風土病にかかってね。調べてみたら原因はその島にしか存在しない細菌のせいだったんだ。まぁ、その島に住んでいる者は必ずかかるもので命には別状はないんだけど、治癒すると特殊な抗体ができるみたいで、それが不思議な事に遺伝するらしくてさ……そう、その抗体が。どういう仕組みなのかはまだ研究中で解明されないんだが、抗体を持っている証として赤黒い小さな斑点が見えないところにできるんだ。だから必然的にその痣は抗体を持つ親から受け継いだという証明になるわけだ。もちろんその子は離島に行ってもその風土病の免疫があるためかからない。
まぁ離島とは縁のない本島の人間にはまったく関係ない事だから、何も不都合はないけどね。しかもあまり人の目に触れるような場所にできないし》

何故その様な話になったのか。
それはライキ父さんが流刑地に住まう女性と関係ができ、その彼女が子供を出産したからだった。
末弟のセイジュが生まれてからほとんど家を離れていた彼。子供ながらにレツは知っていた。あの暴君であるベンが彼を毛嫌いしているからだと。
妻にも会えない、そんな彼が流刑地で慰めを求めていたとして、誰が責められようか。いや、糾弾したのは長父のベンだけだ。ベンはこれ幸いとライキをカルアツヤ家から追い出した。ベンは彼を追い出すきっかけをずっと待っていたのかもしれない。そう思ったのはライキ本人だけでなく、きっと家の者全てがだろう。
だが、当のライキ本人は、清々しくも吹っ切れた顔をしていた。それ以上に生まれたばかりの小さな娘の話をする彼は幸福感に満ち溢れている。

流刑地、とは。そう、度々ユナの話に出てくるいわくつきの地域の事だ。
はっきりと言えばその名のとおり、罪人のいる場所、つまり刑務所のある小さな島の事である。
極悪な犯罪を犯した者は、当たり前だが流刑島の刑務所に強制的に収監されるが、その周辺では大まかな区分がされている居住区があり、極刑などの重要犯罪者以外の、軽度の罪人を住まわせている。もちろん、罪人だけでなく、事情で本島にいられなくなった人間も流れてくる、そのような所だ。
そこはきちんと男女の居住区は分かれており、罪が重くなればなるほど中央の監獄に追いやられるのだが、その監獄でさえも男女はきっちりと区別されている。
実は、ユナでは男と女ではその刑罰が異なるからだ。

それはおいおい後ほど語るとして、今はライキ父さんが通っていたという女性がいる地域の話である。
島の海側に面している場所にゆるりと存在しているその地域は、罪人、とまで呼べるほどまでいかない、いわゆるいわくつきの人間が住まう所だ。
話は前に戻るが、ロータスの母が生まれたのはもっと奥の軽罪住区で、彼女の母、つまりロータスの祖母に当たる女性は掟を破ったとしてそこに収容され、ロータスの母を産んだ。だからよく出る流刑地出身とはそういうことで、つまりロータスの母親は軽罪人の娘となるわけだ。もちろん、女の子供はユナの宝。生まれた子供は歓迎され、初潮がくれば本島に手厚く迎えられる。もし養育者が流刑島にいず、本島で引き取り手があれば幼いうちからこの島を出て行く子もいる。ロータスの母のように。
前にも出たように女の子を産むと恩赦を受けられる。罪が一気に軽くなり、上手くすれば本島に戻れる事も可能なほどだ。

実を言えば、結婚して五年経っても子を成せない女は必然的に家から離縁される。女として使いもものにならないという屈辱的な理由で。そのような身に置き場のない女がこの島に来るのが多く、ほとんど一生をそこで過ごすのが常であった。

流刑地にはもう一つの顔がある。
これはユナの闇の部分だ。

子を成せない女ならば、せめて男を悦ばせる仕事をしろ、と。
つまり、大陸で言う娼婦のような真似をしろ、という闇の部分。
多夫一妻制度であれど、男は余っているわけだから、どうしても妻だけで抱えきれない事情もある。あぶれた男達が行く先は、後腐れのないこの流刑地に住まう女達なのだ。
だが、そこでも必然的なルール──掟があった。
そうでなければこの流刑地とて無法地帯となるのは目に見える。

基本女はランク付けされている。
ライキ父さんの情婦である女性は一番上のランクに存在する。彼女は罪人ではなく、ただ期限中に子を成せなかったとして島に来た女性だからだ。
もちろん、罪人ではない彼女はかなり優遇持ってこの島に住んでいる。不特定多数の男との関係を絶対に持たない。
彼女に決定権はないし、彼女を気に入った男の求めを拒む事はできない。が、彼女と繋がりを持つ男の数はきちんと決められ、しかもちゃんと素性を明かし、名簿に刻まれて恥ずかしくない人間だけが相手になる。だからもし万が一、女が妊娠したとしても、母親が誰と関係していたかが明確となり(その名簿が生まれた子の出生証明となる)子供の父親として認定され、その子は堂々と本島でも暮らせるようになるのだ。
ライキ父さんの状況はつまりこういう事だったのだ。

彼はレツに嬉しそうにこう言った。
《レツ、お前は口が堅いから、信用して話す。
生まれた娘の股に、自分と同じ抗体の印があったんだ。名簿を確認したが、俺以外にあの離島に行った男はいなかった。保持者の可能性もなかった。
……つまり、赤ん坊は俺の子なんだよ。もちろん、彼女と俺だけの秘密なのだが……俺、嬉しくて、誰かに言いたくて……》
目を潤ませてそういう彼は、よほど自分の居場所が欲しかったんだろう。
だが、その話を聞いていたレツは、ライキの事よりも自分の事で頭がいっぱいだった。
……そう、その彼の言うその抗体の印が……実は自分にもあるという事実に、大きなショックを受けていたから。
確かに、人目にはつきにくいところで、子供の頃は薄かったのもあって大きくなるまで気がつかなかった。大人になるに従って、成長のせいだろうか、その部分は色鮮やかに濃くなっていった。だが、本島では誰も知らない斑点だ。レツだってただの痣かな、と思っていたくらいだったから。親でさえ見逃すその場所は、妻であるロータスだけが見つけられる事が可能である。事実、結婚してからその斑点は寝室で彼女に気付かれた。
そのおかげでレツは益々自分がライキの息子であるという事を確信した。

本音を言えば、ライキが実の父だったと知っても嫌悪感など微塵もなかった。かえってあのベンの血を引いていない事にほっとした気持ちすらある。心根はきっと温かいであろうこの人の息子であった事を、本当のところレツは誇りに感じたのだから。

だが、それはレツの立場としては、決して明かしてはならない重要な事実だった。

自分の気に入らないものは袈裟まで憎む、という激しいベンの、ライキに対する嫌悪は相当なもので、実際、そのライキに似ていると思っただけで三男のシキを疎んじていたほどだったから。
シキは反骨精神の高い男だ。幼い頃から長父にいつも疎んじられていたために、大きくなるに従ってシキは益々ベンに対し反抗を募らせた。兄弟の中で唯一暴君であるベンに刃向うのも、いつも彼だった。しかも自由気ままに振舞う様は、どうしても弟のライキと重なるようで、ベンはいつもシキに辛く当たった。その時の口癖が《お前はライキにそっくりだ》《あのろくでなしの血を濃く受けつでいる》だった。

そのような様を見せ付けられて、自分の子種と信じている自慢の息子が、本当は毛嫌いしている男の子だったと知ったら、この激しい長父はどうなってしまうのだろう……。その恐怖の方が大きかった。だからその事実を隠す為、レツは益々ベンの理想どおりの息子を演じた。
だが、それ以上に衝撃な事実がいい大人になってからレツの耳に入る。

《……僕、母さんとベン父さんの話、聞いてしまったんだ……》
それはロータスが二人目の子を妊娠していた頃だったと思う。
偶然、本当に偶然、弟のシキとトルビィの会話を聞いてしまった。
何かに激昂していた様子のシキを宥めるようなトルビィが、……意を決して明かしたその事実。
《ベン父さんが急に引退して母さん達と共に他の土地に引っ込んでしまったの、シキ兄さんも知っているだろう?……その、僕らが結婚して間もない時。……世間は息子達に現役を引き継がせて隠居したと思っているようだけど、本当はそれだけじゃないんだ……》
トルビィの話はこうだった。
息子たちが結婚し、やっと独立したと安堵していたカルアツヤ家で、ある夜半、母が父をなじっていた声が聞こえてきたのに驚いたトルビィが、様子を窺いに両親の部屋に行った時だった。いきなり耳に飛び込んできた母の、いつになく怒りを含んだ罵声に彼は身を竦ませた。
この夜、珍しく母とベン父の二人しかいなかった。他の父達は子供達の結婚の仕度から解放された反動で泊まりで飲みに行ってしまい、息子達夫婦は嫁のロータスが長の義理の娘という事で、中枢の宮殿に招かれていた。トルビィは家に忘れ物をして、それを取りに戻った時に夫婦喧嘩に遭遇したというわけだ。
それ以上にトルビィは驚いていた。今まで一回も長夫であるベン父さんに逆らった事もなく、いつも耐えていたこの自分の母が、もの凄い勢いであの長父に食って掛かっているのだ。
しかもその内容が……。
《俺の名前が出てきたのか》
不機嫌極まりないシキの声がレツの心臓をえぐる。シキはいつも自分をないがしろにし、これ見よがしにレツを贔屓するベンに憎しみを感じているのを知っていた。だが、それ以上にこの父に自分を認めてもらいたいという切なる願いを持っていたのも知っていた。だから、その話の内容がいつものようにシキ自身への貶めかと思ってか、彼の声に微かな苛立ちが混じっているのをレツは聞き逃さなかった。
《うん…それが…母さんが凄い剣幕で……。確かに話題は…シキ兄さんの事で》

『貴方のシキに対する態度は酷すぎる』
それが夫婦喧嘩の理由だった。いや、それはどこの家庭でもよくある内容であろう。が、貞淑で事を荒げない母が、このようにはっきりと暴君である父に意思表示したのは初めてではないかとトルビィは思う。
『何故?どうして?貴方はユナの家庭の掟である、子供達を分け隔てなく育てなければならない、という事項を完全に破っているじゃないの!!』
『そ、それは……。いや、そんな事ないぞ、私はいつも公平に……』
『じゃ、どうしていつもシキをないがしろにするんです!あの子だってカルアツヤの大事な子なのに…』
そこでベン父の出た本音に母が切れたのだ。
本来、家庭の平安のために、絶対に明かしてはならないという、ユナの妻の掟を。彼女は夫の不甲斐なさと、愛する息子の名誉のために真実を告げる事にしたのだ。
『馬鹿じゃないの、貴方は!本来なら、この事を私は明かすつもりがなかったけど、もういいわ。地獄に堕ちたっていい。もう、貴方にはほとほと愛想が尽きたわ。
貴方が心の中でシキを、自分が嫌っているライキの子だと勝手に信じ込んでいるから本当の事を教えてあげるのよ!
シキは、あの子は、この目の前にいる愚かな英雄ベン=カルアツヤの種からできた正真正銘の息子だって事をね!』


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まだまだ続きます……(汗)♯187はレツの話……ということで

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2013年3月 1日 (金)

暁の明星 宵の流星 ♯187の①

※今回の#186のみ、今までのように書きためずに、書き上げる度にアップしていきます。
 更新の間が空いてしまうのを避けるためとご了承ください。その分、文章部分は短くなります。すみません。


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#187-①

《…私は幸せなのよ。…心から愛する男だって…こうして近くにいる…》

一瞬、聞き間違えたかと思った。


レツはアムイと剣を交わしながら、当時の事を思い出す。

ガラムの様子が、いや、ロータスの様子がおかしい事に、砦に戻ってからすぐに自分は気がついた。
その時、ちょうど兄のルオゥは旅立つ前で、無頓着な弟のトルビィも、自分の指摘でやっと妻の行動が最近変だった事に思い当ったようだ。
問い詰める彼らにガラムは敵うわけもなく、数週間の出来事を白状した。
自分は最後までガラムの説明を聞かずに現場へと急いだ。
──そして自分は聞いてしまったのだ。和やかに語り合う二人の会話を。

初めは何を話しているのかよく聞き取れなかった。レツは扉の前にいたから。
慎重な彼はいきなり小屋に入らずに、様子を窺おうとして窓際に移動した。ロータスの声がかすかに洩れ聞こえてくる。

《何故って…?そうねぇ。…言っていい?誰にも…特に主人達には言わないでくれる?
…実はね、アムイって、似てるのよ》
《似てる?誰に?》
《…ふふ。初恋の人に》
《は?》

レツの思考は停止した。
……ガラムの話だと大陸の若い男だという。
嫌な予感はもうその時にしていたのだ。
瀕死だったというその男を、どうして妻は必死に命を救い、匿っているのか。
確かにこの数年はよそ者に対しての処遇が厳しい。だからといって、砦にすぐに報告せずその存在を隠すなど、考えられる事は一つしかない。……相手の身を案じてなければ、このような行動を起こすわけがない。つまり……。

そして最後に聞いたロータスの言葉で、レツは確信した。
妻は、この男を……愛しているのだと。

その時に湧き上がった激情を、きっと、周りも当の妻も気がつかなかっただろう。
いつもの通りに感情を無表情の奥に隠して、他から見れば冷静に対処しているように見えるかもしれない。
何故なら自分はいつもそうしてきたから。
英雄ベン=カルアツヤの息子として、カルアツヤの家を背負って立つ事を子供の頃から周りが求めた。親も兄も弟たちも……周囲の者も。
子供の頃はそれはそれで、皆の期待に副(そ)えるように誇りを持ってきた。
それはカルアツヤの家名を守るため。そう親から言われて育ったのだ。
母親似の兄のルオゥは、優しくて戦場に率先して赴くようなタイプではなく、弟のトルビィはどこかのほほんとしていて危なっかしいところがあり、末のセイジュはまだまだ子供でわがままだ。……兄弟の中ですぐ下の弟であるシキがカルアツヤ家の男としての才覚を持っていたのだが、彼はかなり癖のある性格でもあった。家族としての調和をいつも乱してきたのは彼で、兄弟の中で一番ベンに疎まれていた。結果的に優等生であるレツが皆の中で一番しっかりしなければならなかった。
特にレツは長父でありカルアツヤの暴君でもあるベンに兄弟の中で一番外見が似ていたこともあって、必然的に他の兄弟よりもベンに期待されるようになる。戦士としての才覚も相成ってレツは長男のように崇(あが)められ、必然的にそのプレッシャーから逃げられない環境にさらされていた。
実際の長男であるルオゥは自分よりもレツを長男扱いする事に対して、何の反発も憤慨もするでなく、かえってほっとしたかのようにレツに何でも押し付けた感じだった。
だが、それでも決定権は長男であるルオゥが握る。……そう、妻を娶るときも、彼の言葉が決定となったように。
あの当時、嬉々として妻はロータス以外に認めたくない、と宣言した兄の姿を思い出す。それまで結婚に関して煮え切らなかったのが嘘のように。シキが成人して嫁取りの資格ができても、何故か兄は結婚に興味がなく、まだ早いといってはいつも話をはぐらかせていた。元々女性に興味の薄い兄だったから、周りは口に出さなくても心配していたくらいで。だが、その兄が初めて自分から選んだ女性が……ロータスだった。


ロータス……。
レツは妻になったこの女の名前を呼ぶと、狂おしくも切ない気分になる。
彼女と出会ったのは子供の頃だったが、何故か自分は最初から彼女が女の子だと見抜いていた。完全な男の格好をしていようが、周りが彼女を男として扱おうが、彼の中でロータスは一番可愛い女の子だった。
《だめよ、レツ。自分の気持ちはちゃんと出してあげなくちゃ》
ああ、彼女はいつもそうだ。無理矢理自制しているという事を見抜かれてしまう。
彼女は昔からいつも、鎧のように覆い隠してきた自分の表面ではなく、本質を見ようとしてくれる。
そう、そんな無邪気な子供のときから、自分は彼女を愛してきたのだ。

だから成人の儀式で、どんな男が彼女の純潔を奪うのかと、若いレツは想像するだけで嫉妬でおかしくなりそうになり、悶々とした。
女舎(にょしゃ)に移ってから、どんどん女らしく綺麗になっていく彼女が眩しくて、どうしても態度が固くなってしまう。どれだけ普段と変わらないように接するのが大変だったか、きっと彼女は知らないだろう。
それが……。ああ、それが。
レツは一生忘れないだろう、あの運命の日が。
何度か成人の儀式で相手を務めた経験のあるレツだったが、相手の少女のいる指定された部屋に入った時、激しく動揺してしまった。
薄暗い、幻想的な灯りに照らされた寝室の中央に腰を下ろして自分をじっと見詰めた少女が──幼い頃から恋焦がれていた彼女だったのだから。
あの夜は自分であって自分ではないようだった。本来は儀式として一度、相手の処女を奪えばいいだけなのに、自分は彼女に触れた途端、自制が利かなくなってしまった。何度も何度も、それはもう夜明けまで、初めてだった彼女を執拗に求め、気を失わせるまで無理をさせてしまった。……儀式は当人だけの秘め事だ。それが普通とは違う夜だったなど、口外しない限りロータスにはわからないだろう。その夜が自分にとって宇宙(そら)に感謝するほどの特別で最高なひと時だった事すらも。

その彼女を……まさか妻にできるとは思ってもみなかった。それも今まで結婚を渋っていた長兄のたった一言で。
大きな喜びと共にレツはほの暗い不安に陥る。最愛の彼女を兄弟たちと共有できるのか?自分は暴走してしまわないか?その大きな不安─。
悩みに悩んで、でも決定権は兄にあるためにどんどんその方向に話がいく。子供の頃に彼女を苛めていた弟のシキも、現在の彼女を見てころっと気持ちが変わったかのように乗り気になった事も、レツには苦々しかった。
最優良を持ち、しかも溜息が出るほどの美女に成長した彼女に、求婚が殺到したのは当たり前の事だ。その時、やっとレツは自分の気持ちに折り合いをつけた。……そう、他の家の男に彼女を渡すくらいなら、まだ自分の血の繋がった兄弟の方がいい。
そして見事、奪い合いの試合で勝利し、カルアツヤ家はロータスを共有の妻として迎える事ができた。

だから、と。レツは思うのだ。
まだ自分の兄弟が相手だから、という諦めの気持ちで今までやってこれた。
例え、兄のルオゥと彼女が親密で仲睦まじそうにしていようが、自分とは違って感情の起伏の激しいシキが、堂々と彼女を独占しようとしていても、トルビィの成人の儀式の相手を当たり前の事だがロータスがしようとも、末弟のセイジュが無邪気に彼女に纏わりついていようが……。
我慢、できる。
ずっと自分はそうやって己の感情を抑えこんできたのだから。

……実は妻のロータスにも、兄弟達にも果ては親……特に長父のベンには絶対に言えない事がレツにはあった。
その事実が彼をカルアツヤ、という家に縛り付けている。
そのせいでレツは子供の頃よりも益々家庭の平和を維持しなければと思うようになったのだ。
だから家のために有益である事は、私情を挟んではいけないとレツは頑なに思い、そう考えるからこそ自分は父が求める理想の息子として振る舞えた。いや、そういう自分でなければならない。そう決めた。

──何故なら自分は、周囲と、当の長父が多大な期待を寄せる──英雄ベン=カルアツヤの真実(ほんとう)の息子ではないのだから……。


そのユナの英雄は家庭ではかなりの暴君だった。己が一番として、誰をも圧し、支配下に置いていた。
他の父達(ベンにとっては弟達だ)のみならず、母も、もちろん子供達にでも、だ。
特に子育ては半端なく厳しかった。いつもカルアツヤの子として恥ずかしくないように、立派な戦士となるように激しい訓練を長父自ら行なった。
反抗する者には問答無用に体罰を下す。いつも反発して噛み付く三男のシキは、特に格好の対象(えじき)となった。
子供が気に入らない、言うことを聞かない、となると、一日中不機嫌で、大荒れに荒れる。
それが高じるとそのとばっちりはいつも母にいくのだ。──お前の教育が悪い、と。
そして深夜、ベンは妻と二人きりになると子供にも聞かせられないような酷い言い様で母をなじり、そして閨の中でいたぶるのだ。
そうなると誰もベンを止められない。彼の気持ちが落ち着くまで、彼は母を離さない。
他の父達は子供達を気遣って、その時だけは家から子供達をどこかにいつも連れ出した。皆、置いてきた母を心配するけれども、気丈な母はきっぱりと家族に言い聞かせていたのだ。
《ベン父さんの事は私にまかせなさい。私の事は心配無用です》……と。
ユナの女として、妻として母として、母モーレンは立派な人間だった。彼女はいつも凛としていて、気高く、だがとても優しい女(ひと)だった。

だから。
その母を、そして兄弟達を守るには、レツはずっとベン父さんのお気に入りでなければならなかった。
レツができればできるほど、ベンにそっくりだと皆が讃えるほど、あの父が機嫌がよくなる。息子の自慢をすればするほど、彼の興味はできのいい息子に集中する。しかも口外できなくとも、この優秀な息子は自分の子種からできたに違いないと信じ、それに優越を感じ、態度が軟化した。そうなれば他の兄弟に無駄に当たり散らかすこともなくなり、母に無体な事をするのも減ってきた。

だから。
この自分──レツ=カルアツヤは、ベン=カルアツヤの優秀な“実の”息子でなければならなかったのだ。


なのに、レツは偶然にも知ってしまった。
実は自分が本当は誰の息子であったのかを。


その衝撃の事実を知ってしまったのは、レツが成人する少し前、異端児としてベンに特に忌み嫌われてた彼の二番目の弟で、レツにとって第三父であるライキの話からだった。
彼はカルアツヤ家の中では一番奔放な自由人で、まるで風のように気ままに振舞うような男だった。外見もベンとは違い優男風で、彼にとってライキはいつもへらへらと浮ついていて戦士としては役に立たず、色々な事に目移りする軽薄な人間、と偏見の目で見、蔑んでさえいた。二人はいつも会えば喧嘩ばかりで、その都度母が間に立つが、かえってそれが油に火を注ぐ結果となり、状況を益々悪化させた。
それでも彼が何とかカルアツヤの家にいられたのは、ユナ所有の極東の小島を管理する先鋭部隊に所属していたからだった。行動的な彼は息の詰まる本島よりもそちらの方に水が合っていたようで、長期出張してはたまにふらりと帰ってくる。その時にいつも離島の珍しい土産を持ってきてくれ、人柄も人当たりよくて面白みがあったから、子供達には受けが良かった。でも彼はベンが支配する家ではいつも除け者だった。居場所のない彼でも、それでも子供達には平等に接し、いつも楽しくて面白い話を聞かせてくれた……そんな父親のひとりだった。 
いつもベンからのプレッシャーに潰されそうになるレツを心配してくれていたのも彼だった。だが、そのライキ父さんもとうとう家を出る日が来た。

──その時の彼との会話で、何気なく聞いた内容にレツはかなりの衝撃(ショック)を受けた──。

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