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2013年5月

2013年5月24日 (金)

幕間2~旧友~

「なんでも屋」の爽(そう)はその総轄責任者である魁(かい)の跡取り息子だ。本名(ほんな)はディズ=クライシス。27歳のキイよりも確か4歳くらい年上だったと記憶している。
実は彼はキイと同じ聖天風来寺で修行した、同期門下生だった男だ。同期とはいえ幅広い年齢層が学ぶ為、一々相手の年齢にこだわらないが、だから多分、爽…ディズは軽く30を越えてると思う。
それでも彼の男らしく凛々しい風貌は年齢を感じさせない若々しさに満ちている。まぁ、ある意味老け顔ではない、と言った所か。だからキイの仲間内で一番の年長だったとはいえ、そう感じさせない友人であった。栗色の髪に鳶色の目は東によくある色なので、多分彼は東のどこかの州の出だろう。
彼はキイを恋愛の対象で見ない稀有な男友達でもある。尋常ではない美貌を持つキイに、不本意ながら懸想する(普通は異性に対して使う言葉だが、ここでは…察して欲しい)男達が絶えない彼を、ごく普通の男として当たり前に扱える数少ない同性の仲間の一人でもある。
ま、簡単に言えばキイと同様、単なる女好きだという事だ。ただそれだけでは、この麗しい外見に似合わない、根っからの侠気溢れる一筋縄ではいかない男と付き合うにも、並大抵の事ではないのであるが。

「お前、ずっとアーシュラのところにいたんだってな」
突如として暗い瞳でディズが言った。
「ああ…」
キイの落ち込んだ顔に、ディズも堪らず下を向いた。アーシュラ=クラウは彼にとっても親しい友人だったからだ。
「あいつの気持ちにお前は気付いていたか?」
「……薄々は…。でも、俺はあいつを親友としか思えなかった。あいつもそれ以上俺に何も要求しなかった。だからいい関係を築けたんだと思う……だけどな」
キイは苦笑して手にした杯を煽った。
「最期にはっきり言われてしまったよ、"友達じゃない”……って」
「そうか」
ディズはもういない旧友を思って空を仰いだ。満天の星空。冷え込んでいる空気のお陰できらきらと夜空を飾っている。
そう言われたキイも、哀しかったのかそれとも“やはり”という感情だったのか、内心は複雑に乱れてなんとも形容しがたかった。
「それでもやっぱりさ、俺は奴にたくさんのものを教わったし、貰ったんだよ。……奴にとっては違う別のものだったとしても、俺にとっては……たっくさんの友情をさ……」
共通の友人としてディズは無言で相槌を打つ。多分仲間内では、アーシュラという男の本心を見抜いていたのはきっと自分だけだろう。
彼の秘めた熱い視線がキイの姿を追いかけていた事に気がついていても、ディズは彼のために一生言わないつもりだった。ディズもまた、アーシュラという男が好きだった。寡黙で悠然と構えてて。自分にはない、秘めた鋼の精神力──。その精神力で揺るがない愛情を惜しみなく秘めて…彼は逝った。いや、最期に吐露したというあの言葉が彼の全てだ。──世間で言う愛の言葉でなかったとしても。

彼の話が出て、しばらくしんみりとした雰囲気が漂っていたが、久々に会った懐かしい顔に、キイはいつになく饒舌だった。まぁ、ほどよく酒も回ってきたのだろう、互いに積もる昔話の後は、お約束の近況報告だ。

しばらく当たり障りのない近況を話し終えた後、唐突にキイがこう言った。
「ああ、そうだ。俺、お前に礼を言おうと思ってたんだ」
「礼?何だ、改まって」
怪訝そうなディズに、キイは深々と頭を下げた。
「お前の大事な部下を、アムイに回してくれたことをだよ」
「ああ……凪(なぎ)ね」
「聖天風来寺を去る時に頼んでいた事を……守ってくれてありがとう……」
「いやいや。友情の部分もあったけど、行動費用に上乗せして料金を先払いしてくれたんだ。……当たり前だろ、商売だからな」
ディズはにやっと笑って片目を瞑ると、キイの杯に酒を注いだ。
当時のディズはまだ修業の身だった。早々に追い出されたキイとは違い、まだしっかりと6年も課程が残っていた。卒門したのは実は今年に入ってからだ。その間の調査などの諸々の事は、幼い頃から弟分でもあった、部下である凪に頼んでいた。
それでも修業も終わり近くになると割りと自由行動が取れるので、もちろんできる限りディズは友人のために自分でも動いた。ただキイが行方知れずになってからは、ほとんど凪にまかせていたが。
「俺に何かあったら、アムイを頼めるのはお前しかいなかったからな…」
「っていうか、俺はほとんど何もしていないがな。お前の言うとおり、下手な手出しはしなかった。アムイの奴が頼ってきた時に親身になっただけだ」
「それでも先回りして信用できる男を近づけてくれた。それだけでもありがたいことだよ。アムイはこの事を知らないけど、凪には随分と世話になったと本人から聞いた」
「そうかい、あのアムイがね」
愛好崩したディズは、友人の大切にしている仏頂面で愛想のない男の姿を思い浮かべる。昔から二人の関係性が不思議だった。ただの幼馴染ではない、濃厚な絆。それがやっと本人の口から語られた二人の関係。昔からキイのアムイに対する態度を知っていた彼にとって、聞けばなるほどやはり、という感じではあった。本当に(半分でも)血が繋がっていたとは。アムイを溺愛するのに充分すぎるほどの理由だ、ディズにとっては。──真実はどうであれ、この男は自分と同じ、異性にしか欲情しない事を知っているからだ。
「お前もアムイには甘いって思ってるんだろ?」
「"も”?……ああ、アーシュラね。まぁ、奴ほどではないが、ちょっとは思うな。……だってアムイは知らないんだろ?お前がこうやって裏から手を回している…なんてよ」
ディズは目の前の男に苦笑いした。昔からそうだった。ことアムイの事となると、過保護か、というほどに手をかけ過ぎると思う。
「できればそれを本人には知られたくない。……今はまだ」
キイはそう呟いて目を伏せた。長い睫が陰影を作って微かに震えている。
この4年。人と接する事が下手なアムイが自分と離れ、たった一人で乗り越えた、という事が肝心なのだ。今はまだ、自分の力でやって来れたと思っていて欲しい。今、そうやって自分が裏から手を回している事が知れたら……アムイは怒る事はないにしろ、絶対に再び自信喪失する。──結局、自分では何もできない無能な人間だと……自分を追い詰める。
「お前さ…」
「お前の言いたいことはわかる。だが俺だって何も考えていないわけじゃない。
アーシュラにも言われた。…甘やかすのも度を越すと相手のためにならないってさ。
でも違うんだよ。
……今までのアムイには必要だったから」
「必要…?」
「おお。あまり詳しくは話せないが、あいつの人に対する闇は恐ろしいほどに底が深かったんだよ。──それをどうにかできるまで、本当に長い時間を必要としたんだ。傍から見れば異様に俺が干渉して、あいつは黙って受け入れていたようだったろ?」
「そうだな」
珍しい事もあるものだ、とディズは友人の顔を眺める。彼が相棒である【暁の明星】の事を詳しく話すなんて滅多にないことだからだ。かなり酔いが回り始めたのかもしれない。
「お前には信じられない事かもしれないが、俺とアムイは表裏一体だ」
「……」
「多分、生まれたときから互いを支え合ってきた。その片方が不調な時は好調な方がフォローするのは当たり前なんだよ。そうでなければ互いが自滅してしまうから。……理想は互いが高見を臨む状態だ」
キイが何を言わんとしているのか、長年の友人であるディズにもよく把握しきれないでいた。ただ、キイがアムイに対して行っている事は、世間一般が思う単純なものとは訳が違うようである。
「そこまで引っ張れば、後はアムイが自分で何でもやる。─たとえ今、俺が根回しした人間関係があろうと、同等と並んだ奴は勝手に自分で人脈を作り広げていく。多分俺よりも……自分を取り戻したらあいつは凄い」
「へぇ…。お前がそこまで言い切るなんてな」
「そこまで到達すれば、俺の手はいらなくなる。本来のアムイは保護を受けたまま依存しているだけの男じゃねぇ。
目覚めるまではえらく時間と手間がかかるが、葛藤しながらもきちんとわかっている、魂で。それに気付くか気付かないかの問題で…」
そこまで言ってキイは大きな溜息を吐いた。
「──同じ目線となって初めて双璧となる……か。親らしい事言うじゃん、アマトも」
アムイから聞いていた父アマトの霊の言葉がふっとキイの脳裏に浮かんで、つい言葉に出てしまった。
「は?」
「いや、何でもねぇよ。こっちの話」
何か照れくさくなってキイは酒を喉に流し込む。じわゎっと熱い液体が喉を刺激していく。

この時点でアムイが自分の異母の弟で、神王の直系である事実を知っているのは限られた人間だけだ。
その事実を堂々と公にするにはまだ早い。──隠しているのは今のアムイの身を守る必要があるという事であり、真実の意味での双璧となっていないからである。
時間の許す限り──キイは本当の意味でアムイと肩を並べる日を待つ。だが、それで終わりではない事をキイは嫌と言うほど知っている。二人のこの先にあるもの──。それを思うとキイは自分の身体が震えるのを止められない。
自分に課せられたこの世での許された時間……。だからこそ出来る限りの手を尽くす。その最後の最後に笑ってこの地から、アムイから去っていけるように……。

「ところで宵様よ、妹がお前に会いたがっていたぜ。ったく、数年行方くらましてても女はお前を放っとかねぇなぁ。まぁ、落ち着いたらまた本部にでも寄ってくれ。艶(つや)の奴、全身を使ってあれやこれやと大歓待しそうだが」
段々重苦しい空気になり始めた事を察知したディズは、明るい調子で話題を変えた。そういう時は女の話。変な持論がディズにはある。                                                      
「艶(つや)…シェリ、か。あれから数年経って、益々色っぽくなってるんだろうなぁ」
「ああ、昨年また子供産んだ」
ピゥっと思わずキイの口から口笛が出た。
「今度は南の高官が種らしい」
「それはそれは、お盛んで」

ディズの妹であるシェリ、通称・艶(つや)は主に組織の情報部員といってもよかった。それも男相手の、つまり閨で情報収集する娼館(もちろん客は知らないが)を取り仕切っている。もちろんその店は「なんでも屋」が影で経営している店の一つだ。
若かりし頃のキイや仲間達は休みとなるとゲウラ国境近くにある東の国の小さな町にお忍びで遊びに行った。そこには年長であるディズの実家がある。東でもある程度自治権を持つシュウラという小国は、いわくありげな人間が多く流れ着く所。その為に東の国では珍しく繁華街が賑わっている。それらを影で牛耳っているのが「なんでも屋」を生業にしているディズの父親である。他所の国ではそれをやくざと称するかもしれないが……まぁ、とにかく裏家業で顔の効く一家だ。ただ、そこら辺の賊と一緒にされたくないのか、割と古風なディズの一家は法を破る事はあっても、素人には絶対に手を出さない、人を殺めない、またはそういう悪行の片棒を取らない、いくら金を積まれても非道な事は絶対に依頼を受けない、という事で有名だ。
だからたまに行く彼の実家は、遊び盛りの少年には刺激的で、もちろん、いけない遊びもその時にすべて教わったと言ってもいいだろう。もちろん、その同行に人見知りの酷いアムイが参加した試しがない。キイがそういう所で羽目を外している間、アムイの相手をシータがしていたのは周知の事実である。
その当時からディズの妹であるシェリは色気満々の美女で(もちろん、キイよりも少し年上)彼女に気に入られたキイは、もう何年も割り切った大人の関係を結んでいる。キイは特定の女を作るつもりはない。彼女もまた職業柄多情な所があって、一人に絞れない。二人は似た者同士といえよう。
そんな彼女だが、気に入って惚れ込んだ相手の種…つまり子供を欲しがるという変わった傾向があった。
不特定多数の男とそうなるのに意外と嫌悪を感じない恋多き彼女が、唯一表す独占欲ではないか、と兄のディズは分析する。
何せ、好ましい男は皆家庭持ちか、かなり身分の高い人間ばかり。しかも彼女は男に対する愛が持続する事が難しいタイプだ。それなのに母性は溢れていて、惚れた相手との子であれば無条件に愛し抜く。実際彼女は二十代後半ですでに父親の違う子供を5人産んでいた。キイは彼女と接する度にその大らかさと、奔放にも女を謳歌している所に崇敬を感じている。
「それにほら、聖天山(しょうてんざん)の麓の町にいた……あの店の子。何ていったっけかなぁ、お前が追い出されてから寂しい寂しいってさ。恨み言、言ってたぞぉ。罪な男だ、お前は」
ニヤニヤと笑ってデイズはキイの背を叩くが、「お前はどうよ?」という問いかけに苦虫を潰すような顔をする。
「俺?……聞くなよ、妻帯者に」
「はは。そりゃ失敬」
むすっとした顔を眺めながら、キイは愉快そうに笑う。そんな友にディズは面白くない。

「それにしても驚いたぜ。──お前の素性。だからなんだな、あれだけ女と絡んでも、絶対お前は子供を作るようなヘマをしなかった」
さらりとしたディズの言葉にキイは、んむぅ、と言葉に詰まった。
「若いのにさ、すげぇな、と思ったよ。恥ずかしい話、俺なんて若かりしの失敗で何人か子供産ませちゃったけどさ。──俺よりもモテモテだった宵様には浮いた話はあれどスキャンダルはなかった……。それってお前自身の血筋に関係していたんだろ?」
全くこの男ときたら、とキイは苦笑する。職業上洞察力が鋭いというのか、よく見ているというか。簡単に俺様の内情を暴くな、と抗議したくなる。だが、それをぐっと堪えてキイは答える。これでも大事な旧友だ、争いたくはない。
「お前も知ったんだな……って、当たり前か。その為にお前にその辺を探ってきてもらったんだっけ。俺の事、派手に公表してくれたからね、【姫胡蝶】さんは。
まぁ、子供ね……欲しいと思った事もあるけど、仰る通り確かに俺だけの問題じゃなくなるからな、それって」
ぐいっとキイは杯に残った酒を飲み干した。本能のままの生殖行為。キイの欲情の基本はそれなのに、実際は思うように行かない。
神王の血筋。それは意外とこの大陸では思ったよりも重い。当時のセドナダ王家では、血筋の濃さを優先している所があったけれど、自分達以外に血が絶えてしまった今では……今の状況下で安易に同じ血を引く人間を作るのは阻まれた。その子と産んだ女にどれだけの負担や重荷を背負わせるかわからない。しかも片割れのアムイが不安定な状態で、他に守るべきものを作るのが怖かった。それがキイを躊躇させ自制させた。
避妊薬もなかなか手に入らなく、避妊の仕方のわからない若造の頃は、無闇に女の中に出した事が無いし、大人になった今は、避妊薬がない時は熟練した気術士に教わった方法で避妊を心がけていた。これは密やかに気術者達の間で知られている暗黙な気術応用の話である。高度な気術の習得者となると、女の子宮口に対し凝縮した"気"を膜のように張って蓋をする技ができる。これは本当に裏の裏技で、正式に習うようなものじゃない。だから奥手で女の苦手なアムイが知るはずもない術。というよりも男のたしなみとして教えようとしたキイに、アムイは聞き耳持たなかっただけだったが。
「そーだなぁ。お前の場合、責任が大きすぎるのかもな、この時点では。
今は外大陸から高価だが品質のいい薬も出回っているし、気術の裏技もある──回数はできないけど(※実は凝固にけっこう精神力を使う)。昔と違って随分子作りも計画的に出来るようになったからな。
──まぁ、あれだけ妹がお前の種を欲しがっても却下してきた理由(わけ)がはっきりしたよ」
「確かにそれが一番大きいけれど、それだけじゃない部分もあるかな。
……こんな事、兄のお前の手前言うことじゃないのかもしれないが……。産んでもらいたい、という女に会った事がないからだろう、単純に」
そう言う彼の瞳はどこか遠い所を見ている。昔、アムイとの噂が激しくて、嫌がらせを受けていた頃、他の者と同じように二人を疑ったのをアーシュラに咎められて、次の日彼に謝った時にふと見せた表情に似ていた。だが、長い付き合いのディズはそれ以上突っ込まず、何も言わない。いくら親しくても踏み入っていいものといけないものがある。彼はそれをわきまえている大人だった。

「アンタ達、そんな所で何話してんの。こんな夜更けにこそこそと……怪しい」
突然、二人の頭上でハスキーな声がした。
お!と慌てて立ち上がったのはキイではなく、ディズだった。
「ったく、盗み聞きかよ、恥ずかしい奴」
けっと悪態吐くキイだったが、その声の主の背後にいる小さな人影を見て、慌てて手で口を覆った。
そこにはシータに隠れるようにしてバツの悪そうに縮こまっているイェンランの姿があった。
「随分ね!悪いけどそこは通り道なの。密談だったらもっと別の所でやって。──それにしても、懐かしい顔じゃない、ディズ。久しぶり」
「お久しぶりです、シータさん」
「いやぁねぇ。同期なんだから敬語止めてっていってるのに、水臭いわよねディズって」
やけに笑顔をきらきらさせてシータはディズに顔を向けた。庭が薄暗くてよかったとディズは冷や汗をかく。そうでなければ年甲斐もなく真っ赤な顔した自分を相手に晒してしまっているだろうから。
「どうしてお嬢ちゃんと一緒に?何処へ行くんだ」
むすっとしたキイの声に、シータは薄笑いを浮かべた。
「ううん、今戻るとこ。さっきまでこの屋敷のご主人に用があったの。で、庭から抜けた方が早いからって教わったらアンタ達がいるんだもの」
「悪かったな。邪魔で」


実は今まで不順だった月のものが始まって、うっかり緊急の用意しかしていなかったイェンランを伴い、先程まで、現在世話になっているこの屋敷の女主人の所に行っていたのだった。その理由を男共に言いにくい(ここでもシータだけは別)二人は、笑って誤魔化す。
元々生理不順だった彼女は、この旅の疲れと様々に起きたショックな出来事のせいで、少ない出血はあれどもほぼない状態が続いていたのだ。だからイェンランはうっかり忘れていた。自分が女である事を。
で、結局この屋敷に辿り着き、この屋敷の主が女性だと知って、イェンランは安心したのかどっと疲れが出たのか、突然始まってしまって一瞬パニックを起した。緊急に備えてしか用意してなかった彼女は、慌ててしまって同室のシータに泣きついたのだ。男でもさすが年の功、冷静な判断でシータは彼女を唯一屋敷の中で女性である主の元へと連れて行ったという訳だ。
しばらく激しく動けないなぁ、早く終わってほしいなぁ、と思いながらイェンランが庭に歩き進めた時にキイの話声が聞こえてどきりとしたのだった。
それもあって少々気まずい思いを抱えながらも、イェンランは小さく「お休みなさい」と男二人に言うと、そそくさと先に駆けって行ってしまった。
「あ、お嬢!」
呼び止めたものの、シータは小さい溜息を吐くと彼女をそれ以上追わず、くるりと二人に振り向いた。
「何だよ」
怪訝そうなキイに、シータはぞんざいに右手を差し出した。
「だから何」
攣りあがった目に睨まれてもシータはまったく怖くない。
「酒」
「はっ?」
「だからお酒!アタシにも頂戴よ。アンタ達だけずるい」


なんやかんやと結局、旧友のよしみで酒盛りが始まり、三人がに思い思いにその場を立ち去ったのは明け方近くであった。

日が昇る前にここを出たがったディズのために、気を利かしたキイがまず先に「眠い」と言ってその場を去り、残された二人は、ディズを屋敷の外まで送る事にしたシータと、共に並んで暗い庭先を歩いていた。
まだ星が綺麗に瞬いている時間。ディズの心はまるで昔に戻ったみたいな初心(うぶ)な少年のように舞い上がっていた。
「何か訊きたい事があるんでしょう?」
そうでなければ、この隣の美しい人は自分のような不埒者と二人っきりになってくれないと思っていた。そんな気持ちが大人になった今でも残っているとは、とディズは苦笑する。
「そうねぇ。それよりも卒門してすぐに結婚したんだって?知らなかったわ。おめでとう!」
「はは。ありがとうございます」
照れながらディズは頭をかいた。
「さっきのキイの話だと、もうすでにお子さんがいるんでしょ?……じゃぁ、彼女はアナタが卒門するまで待っていてくれていた…って訳よねぇ。素敵だわ」
「ま、こんな事言ったらシータさんに軽蔑されてしまうかもしれませんが、若い頃無茶をしていた時に付き合っていた女のうちの一人で…。こいつだけがこんな俺に愛想をつかさなかった珍しい女でして。まぁ、女手一つで息子を育ててくれてましたしね。……他に隠し子がいても自分の子のように接してくれる、よく出来た奴なんですよ…」
「そうね!やんちゃしてたアナタにはもったいない人ね」
と軽口を言いつつ、シータの眼差しは優しい。
「本当にそうです。本来なら家業があるから特待生として入門しろと親から言われていたのを、本格的に修行したくて無理を通した訳でして、ほんと、完全な自分の我が儘だったんですよ。…結果待たせてしまったと同じなんでね、まぁ、尚更です」
もちろん修業中の妻帯は禁止で、既婚者は入門前に離縁を条件とされる。それだけ修行に専念しろ、という寺での教えなのだろう。まぁ、長い修業時代、こっそりと羽目を外す輩は絶えないけれど。

「あのねぇ。……もう、いくらアタシが一番年長だからって、同期だったんだからタメ口にしてよ。いつも敬語はよして、って言ってるのに」
「すみません…。どうもね、貴方を前にすると調子狂ってしまうんですよ。実は今だから白状すると、貴方は俺にとって昔から憧れで、初恋の人なんで」
初めて本人を前にして告げる自分の甘酸っぱい思いに、多分、自分の顔は真っ赤だろうとディズは思う。
「ええ?そうなの??だってディズ、アナタ女の方が好きでしょ?誰かさんと一緒で。だってアタシ、こんな成りしてても男よ?」
きょとん、とした顔も綺麗だなぁ、と思わずディズはうっとりする。
「ですからね。初恋は実らないって言うでしょ?…本当に惜しいんですよ。貴方が女性なら、俺の理想そのままだし、絶対口説き落としてる」
その言葉にシータはアハハと笑う。
「そりゃ残念だったわねぇ」
「で、いつかは訊こうかと思ったんですけど、シータさんには……そのう、お姉さんか妹さんかいます?」
「何を訊くかと思えば!はっきり言えば二人ともいるわ。特に末の妹はアタシと顔だけはそっくりって言われる。顔だけね!」
と悪戯っぽくニヤリとする。
「じゃぁ、いつか紹介…」
「なに言ってんの、妻帯者が!それにうちの妹はアタシと違って問題児でねぇ。普通の男には手に負えないじゃじゃ馬よ。止めた方が無難、無難」
からかうようにそう言うと、突然シータは真顔になった。
「ごめんね。……実はあの時、少し立ち聞きしちゃったのよ…」
「え?ああ…。キイとの話ですか?」
シータの硬い表情に、ディズは少し緊張した。
「アタシ、あそこまでちゃんとアイツが考えていたなんて思っていなかった」
「……は?」
「ずっと近くにいたのにね。……アイツの立場もわからないでもないし、きっとアタシ達が思う以上に厳しいものがあるんだと思う。……でも、ね。
わかっていてても、つい、普通に幸せになって欲しいって思ってしまう時もあるのよ。昔から知っていると。
いつかは愛の溢れる家庭を持って欲しいって思うのは、アタシの感傷なのかしらね…」
「シータさん…?」
「ああ、ごめん、こっちの話。
──まぁ、そうね。もし、もしもあのキイが子供を作ろうと思わせる、そういう女ができればいつかは現れて欲しいかな、って思うわ」
「ああ…子供の話ですか…。そうですね。話を聞いてると、無意識のうちに自分でセーブしているところがありますね、キイは。だからそのあいつが相手の女に子供を持つのを許したとしたら、相手はアイツにとって特別な女だという事なんだろうな、って思いますよ」
「特別…」

そう。男であるアムイでなく、キイが心から委ねられるような、現実の世界であの男の全て受け入れてくれる女が現れれば。
シータは、今生寿命を決められている男(キイ)のこれからを思った。尋常ではない生まれを背負った彼に、このような理想を押し付けてはいけないのでは、という考えもある。
まるで親のような心境ね、とシータは苦笑いする。

初めて見る聖天風来寺の門をくぐろうと決意した、傷ついた目の、闇を漂う色を纏った大人びた少年──。
今でもシータの脳裏には、その時の情景がまざまざと甦るのだ。

子供のくせに、もうすでに人生の大半を過ごしたかのように達観した小生意気な顔……。
だからこそ、普通の人間(ひと)としての幸福を味わって欲しい、特に彼の生まれを知ってからはそう感じてしまっている自分がいる。
時が経ち、大役を担って生まれた人物であると確信しても、なお。

──ああ、やだ。
こういう風に思ってしまうのは、歳を取ったからなのかしらねぇ…?

物憂げに口を噤んだシータに、ディズは深く追求できなかった。

「……じゃあ、そろそろここで」
名残惜しそうなディズの声に、シータは我に返る。
「ああ、そうね。………。
じゃ、元気で。これからもキイの力になってあげて。奥さんとお子さんによろしくね」
「貴方も。……まだ聖天風来寺で用心棒を?」
「そうねぇ…実はここだけの話、もうそろろ故郷に戻ろうかと考えているの。──あの二人が落ち着いたら、だけど。
それだけ長くあそこ(衝天風来寺)に居過ぎてしまったわ」
艶やかに笑うシータの姿を眩しく見やると、ディズは「そうですか」と小声で呟いた。
「そうなったら連絡くらいくださいよ。もし、迷惑じゃなかったら」
自分の生業を考慮して、少し遠慮がちなディズに、シータは彼の背を思いっきり叩いてから首を振った。
「迷惑ですって?──なに言ってるの。
アタシ達卒門しても同期門下生じゃない。苦楽を共に、辛い修業を何年も一緒に越えた仲間じゃない。たとえ卒門してバラバラになったとしても、アタシ達はずーっと友人でしょ」
「その言葉、嬉しいですね」

キイとシータ、二人の旧友であり、【宵の流星】の情報網であった「なんでも屋」の爽(そう)は、結局最後に再び現在進行形の友人ディズ=クライシスとして、明け方と共に故郷を目指した。
だが、国境にある通用門から東へ抜けようとして彼は頭を抱える事になる。もうすでに厳重な警戒態勢が敷かれていて、何と足止めを3日も食わされたからだ。
これだったら無理にでもシャン山脈経由で国境越えすりゃ良かった、と嘆いても後の祭り。
結局、キイに現在の国境の様子を簡単な暗号で記したものを、部下にこっそり届けさせる事になってしまった。


彼の友人達がどうやって北を抜け出し、東に行けるか…。
多分今現在の【宵の流星】の状況を知っている者であれば……必ずや聖天風来寺を目指すであろう事が容易に想像付くに違いない。そう。今現在、稀有な"気”を封じられ、その"気”が何であるかがわかっている者であれば……。


前途多難である。


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2013年5月19日 (日)

幕間1~伝説と噂~

その噂はいつから大陸の上層部に流れていたのやら。

思い起こせばそれは今から六年ほど前、東の国に彗星のごとく現れた二人の武人の名が広まりつつあった頃の様に思える。

『恒星の双璧』

その通称は誰が初めに呼んだのか。
そう呼ばれたのは、二人の武人の異名に関わりがあるに違いない。

【宵の流星】 【暁の明星】

高貴な者が与えられるのが多いとされる天体の異名を、ただの荒くれた武人が持っているのだ。
しかもすこぶる強くて、溜息が出るほどに見栄えがする。
何かがあるのではと勘ぐる者がいても不思議ではない。


その噂は当時、まだ双璧の通称が東の国だけを席巻していた頃。
まだ片方の流星が目立っていた頃。


その噂は、まことしめやかに五大国ならびに王侯貴族、全ての高位の者達に広がった。


────セド王国の最期の秘宝は【宵の流星】が握る──


その降って湧いたような噂は、信じる者半分、後の半分は一笑に付したか取り合わなかったか……。
初めはそんな反応だった。

ただ、その噂の出所が東の国ではなく、中央の国ゲウラであったらしい事が、この噂の信憑性を物語っていた。
その詳細はおいおい後ほど語るとして。

さて、その噂を信じる者がどれだけいるか。

その噂が蔓延する前に重要な事実を掴んでいた者達──それが男だけの王国ゼムカの王であったり、ある異端の気術士であったり、もしかすると他にも数名いたかもしれないが、その噂が真相に近づいている者達を焦らせたのは事実だ。

何故なら、その噂は本当の事だったのだから。
 

それが四年もの歳月、【宵の流星】をゼムカの王がひた隠し、その甲斐もあって世間では宵の噂を東止まりにした。
その代わりに目立ったのは片割れの【暁の明星】だ。残された彼が大暴れしてくれたお陰で、彼の武勇伝はあっという間に大陸全土に広がった。
それも手伝って【宵の流星】の噂は、いつのまにか東と大陸の要人だけに囁かられるものになっていた。

18年もの前に、滅んでしまったセドの王国。全滅してしまったと思われる神王の血族。
その衝撃の方が強い為に、一夜にして壊滅したわけを神の怒りと捉え周辺を震え上がらす結果を生んだ。
その真実を明らかにされないまま、噂だけが尾ひれがついて広まって、伝説となった。

『セドの王国は己の存続のために禁忌を犯し、神の逆鱗に触れて一夜にして滅んだ』
『他説ではセドの王国は神の秘宝を盗み、その使い方を誤って滅んだようだ』
『禁忌とは神の宝を強引に奪った事である』 ……云々…

その祟りを連想させるような内容の衝撃の方が大き過ぎ、恐れと共に世間の人々の間ではそれ以上暴く事を止めさせた。
何せこの地上を創造した絶対神が関わる事である。神の怒りが自分達に向けられるのだけは避けたいと思うのは当たり前だ。
だからといってこの言い伝えに興味を示し、謎を追いかけようとする輩がいないわけもない。
それは民衆よりも、もっと詳しい内情を握れる位置にいる者達……すなわち大陸の王侯貴族などの要人らだ。

彼らの興味は噂の【神の秘宝】であり、その力を手にすれば大陸すらも手に入れられると信じた。
中にはもちろん、神の怒りを恐れて尻込みしている要人もいたが、ほとんど自分の力を誇示している者達には大陸制覇の野望の一つとして注目していた。実は神を専門とする神国オーン、これが不気味なほど沈黙を守っているという事実にも、彼らの興味を掻きたてていたと言ってもよいだろう。
オーンは滅んだセドとはいわば兄弟のような関係。しかもこの両者間に何かしらあったのは明白だった。セドが滅んだ当時、セドに向けて挙兵したのは有名な話だったからだ。
──滅んだ真の理由はやはり神の宝か──
そう思わせるに充分な神国オーンの態度だった。

その中で比較的早く興味を持ったのが、当時まだ王子であったゼムカ族の元王ザイゼムである。
彼は比較的自由だった王子時代に大陸中を飛び回り、セド王国について調べに調べていた。
それは冒険心旺盛だった若き王子の男の浪漫が最初だった。
そして彼は運良く、例の【宵の流星】に関する噂の前に、彼がこのセドの宝の鍵を握る重要人物と探り寄せた。
彼は自分の腹心の側近である実弟を彼の傍に送り込み、彼に監視と繋がりを課し、そのお陰でザイゼムは他の者達よりも一歩先に【宵の流星】を手にする事が出来たのだ。……ただ、当のザイゼムが彼に対し、個人的な感情を持つ事になるとは、彼らにとって誤算とも言えよう。それが後に【宵の流星】がセドの神王の直系であるという事実が判明しても、ゼイゼムの彼への想いを覆す事はできなかった。

そして問題の《セド王国の最期の秘宝は【宵の流星】が握る》という噂の出所だが、それはひょんな事からだった。

セド王国が滅んでからの東の国がかなり荒れているのは、他国の要人らも頭痛の種であった。何かのきっかけで自国や自領に被害が起きるかもしれないからだ。自治州や自治村はあれど、統括者を失った広大な国は見るも無残に崩壊し、他国に吸収されるのも時間の問題とされていた。だが、意外に手こずったのが東に点在する自治州や小国だった。東を立て直すのに必死であると同時に、隣の大国にもかなりの牽制をしていて、手を出させないように協力して追い払おうとする。ただ、不憫なのは彼らが協力するのは他国に向けてだけで、内情は小競り合いが勃発していてまとまるなど決してない事だった。統一の欠けた無法の地、と他国から思われても仕方ない現状が今の東の国である。

そのような東の国に、突然彗星のごとく現れた屈強な二人の武人。
ことごとく東に巣食う悪を一掃するかのような働きで、瞬く間に英雄扱いされた。当の二人は別に正義感を持ってやっていたとは言い難い様であったが、結果的に悪行を働いていた賊やごろつきが潰れたわけで、理由はどうであれ民を救った事に変わりない。その理由がただ目の前の敵を倒しただけだった、としても。

さて、そのような二人が現れて、その噂が東を席巻し始めた頃、ちょうど中央の中立国ゲウラで大陸中の高位な者たちのお忍びでの集まりがあった。名目は各国の親睦会。無礼講もあって高位の者だけでなく、見るからに不審と思われる人間も紛れ込んでいたが、それは周知の事。この宴という名のお忍びの集まりは、実は各国の情報交換が目的だからだ。あらゆる国の人間が入れ替わり立ち代り、噂と称する情報を落としていく。酒と煙草と女と食事。形式ばった宴ではない、どことなく淫猥さの醸し出すものだった。もちろんごたごた続きの東の国から来ている要人も少なからず顔を出していた。
その宴も佳境になった頃、一人の男が酒に酔って大声で話出したのが始まりだった。
男はゲウラ在中の一介の気術士らしく、最初は気術の薀蓄を自慢げに話していたが、突然興奮したように男は話を近くの要人に振った。その要人は南のある領地を任されていた領主で、傍には北の国の貴族が数名、それから東の州の役人がいた。
話の内容は一般市民が恐れて滅多に口にしないセド王国滅亡の話。
聞けば男は20年以上も前にその滅んだ王国の機密に携わっていたというのだ。
本当ならば一生胸に秘めていなければならない事実。それを言えば命に関わるかもしれないから、と男は笑った。それでも話したかったのは、かなり酔っていて気持ちが大きくなっていた事、もうすでに当の王国が滅んでいた事、それ以上に男を饒舌にさせたのは、東である人物を見たからだった。

『【宵の流星】を見たことあるか』
唐突に男は言った。『東で噂の無法者だな』と東の役人。
『それがどうした』と話を急かす他の要人に、男は興奮して話し出す。
……それは皆、初めて聞く内容だった。

気術士である男は、滅ぶ前のセド王国の研究所で、ある子供を世話していた事があったと告白した。
当時何を研究していたか、その頃若造で下っ端であった彼は詳しい事を教えてもらえなかったが、とにかく上の者はその子供を宝物のように扱っていたという。その子供は天神の子かと見間違うくらい美しい子で、大人である自分でも胸ときめかすほどであったという。
いつの間にかその子供はいなくなったというが、先輩術士に当時のセドの王族が悔しそうに言っていた話を偶然耳にした。
《どうするんだ、神の宝の鍵を握る子供を…。あの子供がいなければセド王国の存続が危ぶまれるではないか》

初めて聞く、セド王国の実情。
セドが滅んだ時、神の怒り説と同時に囁かれた神の秘宝説。その秘宝に関わる内容が、20年以上経ってから飛び出てきたのだ。周囲の人間達の食い付きも半端ではなかった。
男の話はまだ続く。彼の見解としては多分その子が神の秘宝に深く関わる存在と確信し、しかも自分がゲウラに戻った後に、その先輩気術士が趣旨返して別の気術士のグループに招き入れられたと知らせてきた。何とその例の子供が見つかった為だと男に自慢してきたその直後、セド王国が一夜にして滅んでしまった。その事で男は益々信憑性を持ったという。
『それと【宵の流星】との関係性は?』
その言葉に男は興奮を隠せなかった。まるでスターに会った小娘のように、男は顔を赤らめた。
『…間近で見たんだ。あの【宵の流星】の姿を!東の知人を訪ねに行った途中、偶然乱闘に巻き込まれて。その時に戦っていた男二人が例の噂の人物だった』
男はその当時の事を思い出しているのか、うっとりとした顔を天井に向ける。
『敵方が長い髪の男を呼んだ【宵の流星】と。その時に覆っていたフードが外れて……。
あんなに美しい男を俺は初めて見た。まるで天から降りてきた天神のようだった!人間離れした美しさなど、滅多にあるものじゃない。
それにあのように珍しい艶のある髪と顔立ちは忘れられるはずもない!俺は確信したんだ、この男はあの時の子供だ、と』

男は断言した。
『あれは絶対にセド王国が隠していた神の秘宝の鍵を握る子供、だ。生きていたんだ、あの子が』
──セド王国の最期の秘宝は【宵の流星】が握る──

その話は秘めやかに上層部に流れていく。
しかもその数日後、話の元だった男が不審な死を遂げた。自殺だか病死だか、はたまた誰かに殺されたのかわからない状態で。変死と片付けられたその男の死によって、"命に関わるほどの機密を漏らした”という事を証明したかのように周囲には映る。
それが皮肉な事に【宵の流星】が秘宝の鍵を握るのでは、という噂を上層部に益々広める事となった。

そしてその噂が数年経ってから、別の衝撃を持って世間に広まったのはご承知のとおり。

その噂の主が、実はセドナダの直系……セド王国の最後の王子であり、神王の資格を持つ事に、周囲は神の秘宝の信憑性を確信した。
だが、それ以上にセドナダの王子が生きていた、という事に意味がある。
各種要人はどうやってその王子を取り込もうかという頭しかないのだ。


* * *

「……と、まあ、現状での上層部辺りの情報はこれくらいだけだ」
「そうか。まぁ、予想の範疇だったけどな」

冬の始まりをキイは肌で感じていた。
リシュオンに案内された屋敷に身を寄せている彼は、冷え込む夜なのに何の躊躇も無く、庭に通じる廊下の先にある外に作られた踊り場の花壇近くで、胡坐をかいてこっそりと話をしていた。もちろんその横には同じく胡坐をかく男が一人。だが、彼は仲間内にはいない筋肉質な中背の男だ。
時は深夜。もうすでに家人は寝ているはずの時間。
まるで密会しているような二人は、いつの間に用意していたのか、小さな杯を交わしながら話を進めている。

「特に他に気になったことはないか?爽(そう)」
爽と呼ばれた男はにぃっと笑うと、ごつごつした男らしい風貌でキイを見やった。
「今の所は。まぁ、また何かあったらこうして情報提供するよ、お得意さん。─ま、昔馴染みだ。また俺を頼ってくれて嬉しいぜ、宵様」
キイは笑った。
「ありがたいよ。お前は昔から俺の情報網だった。……数年、音沙汰無くて申し訳なかったな」
「ああ。一応お前の行方は調べていたんだがな。ま、ご無事で何より」
くぃっと杯をあおると、爽は気持ちのよい溜息を吐いた。心底ほっとしているようだ。
「心配かけてすまないな」
その言葉に愛好崩した爽が言う。
「ん。なら今からはお前の情報屋としてでなく、旧友として話しようぜ──キイ」

この大陸一体を取り締まる、「なんでも屋」の総轄責任者の跡継ぎである彼にキイも微笑を返す。

「おうよ。じゃ、昔話でもしようか……──ディズ」


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*ヒト


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2013年5月18日 (土)

もう少しお待ちください

本来でしたら、ちゃっちゃと物語を進めるところなのですが、只今次回更新する幕間を3話執筆中です。
それが終わりましたらやっと本編に戻ります。

幕間と言えど、実はとても重要な話だったりします。
だったら本編に組ませたらーと言われてしまいそうですが(滝汗)。実は本編に入れ忘れた部分の補足的内容となってますので、どうか生温い目で見てやってください

実は18Rバージョンの方、やっと第5章まで投稿が完了したので、しばらくこちら中心で執筆しようと目論んでます。(ちなみにその18Rの方も、かなり加筆してます。※特に【追憶の森】※もしご興味ありましたら覗いてくださいまし)

できれば連続更新を目指してます。

そう、当初は毎日更新という荒業をしておりました!

仕事や子供関係でこの5月まで本当に忙しかった…(遠い目)
もうそろそろ創作活動の方に気持ち集中させたいです。
でないと夏までに完成しない~~。次の話も書けない~~。

ということで、とても厚かましいお願いなのですが…。
今お願いしていいものかどうかとても迷うのですけれど…。

この物語が終了した後、簡単なアンケートをお願いするかもしれません…。
どういった形にするか、まだ考えていませんが、続編についてのアンケートになるかもです。

これだけ長く書いて、まだ続けるのか~と呆れられてしまうかもしれませんが…(´;ω;`)

あ、でもちゃんとこの物語はラストまできちんと出来ています。
それはそれで、そのまま終了という形にしても大丈夫かな……と思うような形だと思いますが…。

ただ、最後までこの話を読んでいただいて、それでも続きが知りたいと思っていただける人がいらっしゃるのだろうか…そこを知りたいなぁ、と思いまして。
自分勝手で申し訳ありません!


※それからまた18Rバージョンの方ですが、6月に6章、7章と一気に投稿し、その後じっくりと第2部である二人のお父さん、セドの太陽の章を修正加筆する予定です。この15Rバージョンとはちょっと内容が異なるかもしれません。かなりエグく、アダルトに展開しそうです。特にじっくりアマト王子を描こうと思ってます。もし興味ありましたらそちらの方も覗いてみてください~~(汗)←その時はまたここでお知らせします。

では、なるべく早く次回更新致します!


kayan 拝

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2013年5月 8日 (水)

最近までのまとめと近況報告

Photo

サイドの方ではすぐにでも詳細をお知らせするとのたまっておりましたが、結局二日経ってしまいました。

皆様連休はいかがお過ごしでしょうか?

サイドのつぶやきでも書いたように、先週、娘@ピカピカの一年生 にふざけて飛びつかれ、足を取られてコンクリの路地に顔から突っ込み、右半身を強打してしまいました…。
いやー、不可抗力だったんで、思いっきり地面にダイブですよ(´;ω;`)
してしまった本人すら泣いて動揺したほどに……顎から流血!(しかも止まらないとな)
泣いている娘を心配させないように痛む右膝を庇いながら親(近くにいた)に思いっきり助けを呼んだ自分です……。
その日にその膝がパーンっと腫れまして。連休中のために病院もやってなく。ショックのあまりに熱は出るわ、歩けないわ、顎からの血は止まらないわ……。
ひどい有様の連休となってしまいました。その次の日、楽しみにしていたいちご狩りも自分だけキャンセル(くそぉ)
これから母の日で忙しいのにこの体たらく。

やっと昨日大きな病院に行けたんですけど。
いや、自分って意外に脆い割に丈夫だってわかりました。
あれだけ動けなかったのに。3日目には痛みも晴れも熱も引き、念のためと行った病院でも、骨も全て異常なし!あとは痣が消えるのと痛みが引くことだけで……。あーよかった。
それで今は大事とって家にいます。
膝やられてるので足が辛くてなかなかパソコン前に座れないけど。
顎やられているので口が半分しか開けられないけど。
ううう、地味に悲惨(笑ってください)

そうこうしているうちに、ここもまた更新遅れてすみません。
今月からバリバリと始める予定だったのですが。

ここでユナの話も終わりましたので、物語最近までの流れ、最近までのまとめを簡単にしたいと思います。

本当は本文でやれよ、という話なのでしょうけれども、次回からちょっとペースを飛ばしたいので。

できれば一気にいきたい、ところです。


暁の明星 宵の流星 の現時点まとめ★

* 現時点のアムイ達一行……北の国モウラの小さな漁港を目指している。
   (荒波軍が来る前はチガンという港町に停泊していた)
  そこに西の国ルジャンの王子リシュオンの船が停泊していて、
  準備が整い次第に西に出航予定。
  ただし、今現在あることで船の準備が遅れ、なおかつその小さな漁港に行くまでに
  難関が少々ある。  (本文で後ほど説明)
  なので北の国第3王子の好意によって、ある人物所有の屋敷に湊町手前で厄介に。
  ところが、ユナ族の件が解決したすぐに、北の国第一王子のクーデター勃発。
  今現在、北を出ようとする寸前で足止めを食らっている。

* 現時点での北の国の情勢……南と通じていた第一王子、
  実弟である第3王子を幽閉し、
  父王ミンガンが中央国ゲウラに行っている最中に宮殿を乗っ取る。
  只今中央軍(元々父王の兵)を懐柔し国に戒厳令を。その目的は…。

* 現時点のリンガ王女一行……国に帰る兄帝を見送り、
  現在アムイを追っかけ中。

* 現時点のカァラ一行(荒波軍)……北一番の港町水甲(すいこう)に 
  停船できなくなったため、在泊している宿の主人の口利きでモウラ亡き第2王子が
  密かに作った軍事基地に船を移す。
  その軍事基地はチガンという港町にある。
  で、現在男の格好したカァラは提督アベル達と共に、やはりアムイ達を追跡中。

* 現時点でのザイゼム様……共を二人連れ、色々とあちこちキイ様を追跡中。
  ティアンよりも先に彼を見つけることができるか?

* 現時点のルラン君(ゼムカの少年)……本編をお楽しみに

* 現時点でのティアン一行……こいつらが一番頭痛い。
  無国籍の船を大きな港水甲に停船させ、只今キイ様を執拗に追う。
  身を寄せていた南の国リドンと決別。
  今は中央国ゲウラを本拠地としていた自分の組織を呼び寄せ恐ろしい計画を遂行中。

* 行方不明のミカエル少佐……覚えてますか?
  穢れ虫の生贄となった哀れな南軍将校を。
  一応頭に置いといてくださいまし。

 

ということで(汗)これから本編をぐぐっと進ませたいと思います。

これから上の息子が修学旅行なので、準備が色々とありますが!
頑張って更新しま~す

追記
現在、目次のリンクが途中で止まってしまっています。
しかも所々リンク出来てない箇所も発見(滝汗)
手直しまでお時間いただきたいと思います……。
本当にダラダラしていてすみません……_| ̄|○


                                    _0003


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2013年5月 5日 (日)

暁の明星 宵の流星 #191

「セツカは下がれ、これは私の責務だ」

一瞬、セツカは誰の言葉かと戸惑い、前を遮った少年を凝視する。その隙を突いて、ガラムは身を翻し、セツカの手から彼の武器である棒を引っ手繰ると勢いよくレツの足元へと投げつけた。
無抵抗なアムイに今にでも斬りつけようと向かうレツは、地面に突き刺さった棒のせいで足止めを食う。
「ジース・ガラム!」
セツカの驚いた声と、レツの舌打ちが同時に闇夜に響き渡った次の瞬間、もうすでにガラムの身体はレツの近くにあり、これ以上レツが前に進まないよう、己の剣をレツの背に突きつけていた。
「……ジース……」
レツの背中にちりっと突き刺さるガラムの剣に迷いがない。ユナの英雄である彼の懐にいつの間にか入り込んでいたガラムの俊敏さに、レツは嬉しさが込み上がってくるのにほくそえんだ。……その事を不思議に思いながら、レツはああ、と心の中で頷いた。
闇に囚われている自分に、まだこんな喜びの感情があるのか…と、その時のレツは人事のように思い、やはり自分は生粋のユナ人だったと苦笑した。

──だって、こんなにまでも殺気を伴って自分に刃先を向ける彼が誇らしくてたまらない。

あの、小さかった彼が。成人を迎えたといってもまだあどけなくて、気持ちは充分あっても、ジースとしてまだ頼りなげだったあの少年が。
今、自分のために私情を捨て、ジースとしてユナの戦士として他を圧倒させる気迫を持って……自分に向かって来てくれているのだ。

その"彼のジース”は何の感情もなく言い放つ。全てを終わらせるため、この謀反人である自分のために……宣言を。

「ユナ近衛副隊長、レツ=カルアツヤ。
長の命を翻し、セドナダの王子の命を狙い、あまつさえその御方に傷を負わせた。
その罪は重く、謀反と断定し、ジースの名のもとに制裁を下す」

揺るがないその声に、レツはゆっくりと微笑した。──歓喜のあまりに。

次期長(じきおさ)がまだいない今、長の次に高位なのはジース(次期長候補)である。
ユナの戦士としてこれ以上の喜びはあるだろうか。──頂点である長の代理と等しいジース自らの手で、制裁を下されるという……その身に余るような光栄を。……この、重罪を犯した謀反人の最期に、多大なる恩情を与えてもらえるとは。
義理とはいえ、身内をこの手にかけなくてはならないという事態を、あの優しくて甘えたな彼がよく自ら決心してくれたとレツは嬉しさで全身が震えた。

もう、いい。──これだけで、自分は……救われたような気がする。

自分の止められない闇の激流。
妻を死のきっかけを作った目の前の男への殺意。
目的を達するまで昇華できないと思い込んでいた自分に、明かされた妻の真意。
本当は魂の片隅で揺らいでいた。彼女の真の行動を知って。
ロータスは、そういう女だった。昔から。──彼女はいつだって広い世界を知りたがっていた。
ほとんどのユナの女性のように狭い世界だけしか見ない、そんな人物ではないという事は、レツだって幼い頃からわかっていたはずなのに。
もし彼女の立場だったら、自分だって同じようにしただろう──。彼女の行動はユナの人間として充分誇れるものであったのに。

そう理解している自分もいるのに、男としての自分はもうすでに暴走していて、最悪な方向へと激流は流れていく。そしてそれを止められない。────少しだけ残っていた理性が、そんな自分を恥じていた。だけど激しくうねった闇の奔流は彼のその小さな理性を飲み込んで、出口に向かおうとして勢いよく放流する。
それを誰かが、この流れを止めてくれる事を願っている自分が──いた。そのもう一つの願いを妻によく似た髪と瞳を持つこの若きジースが叶えてくれようとは。

「ジース・ガラム」
自分の声は、ちゃんとこの若き未来の長に届くだろうか。最期にユナの戦士として旅立つ事を許してくれたこの方に。
「……慈悲を……感謝します」
ピクリとガラムの剣先が震えたような気がし、レツは大人しく目を閉じた。その時だけ、義兄を慕う少年の表情が覗いたが、すぐにガラムは威厳のある顔に戻る。
「(どうか……)次期長の地位を揺るぎない御心で御掴みください」
「レツ」
「将来、貴方を長と迎えたユナが…益々の繁栄を大樹に与えられんが事を」
「覚悟を」

レツの返事を待たずに、ガラムの刃(やいば)はレツの背を貫いた。躊躇いも見せず、一思いに。

ぐらりと傾くレツの身体から剣を引き抜いたガラムは、容赦なくそのまま彼の首をかき切った。
大量の鮮血が首筋から噴出す。
大男であるレツが、小柄なガラムの前方に崩れ落ち、皆はそれを呆然と眺めていた。

失血し、すでに息絶えているレツの顔は安らぎさえ見られ、すべてを終わらせたガラムはしばらく俯く顔を上げられなかった。ぽたりと地面に吸い込まれていく雫が、己の涙と気付き、これ以上零れないよう奥歯を噛み締めた。

駄目だ。泣くな。──俺にはまだやらねばならない事がある。


ガラムはレツの相反する心に気が付いていた。そして彼の魂の救いは、もうすでにユナの戦士として死なせる道しかないと思った。
ならば、それを実行するのは、次期長候補である自分だ。長の次に高位である自分が決断し、おのずから手を下すのが最期の餞(せんべつ)だった。
レツの闇は嵐となってアムイを殺せと吹き荒れていながら、わずかに残った良心は最悪な状態を止めたがっていた。そしてそれを誰かが止めてくれる事を無意識のうちに望んでいた。
きっと。その事を見抜いてレツの刃(やいば)を黙って受け入れてくれた、この目の前に立つセドナダの王子も。

──レツの苦しみを知って、抵抗しなかったんだ……。

ガラムはきゅ、と唇を噛み締めた。そしてすっと顔を上げ、アムイの姿を見詰めると、すぐに彼の目の前に赴き、片膝を付いて頭を垂れた。

しん、とあたりは静まり返る。この若きジースの行動を、皆は固唾を呑んで見守っている。

「此度の身内の者の狼藉を心からお詫び致します、セドナダの王子」

凛、とした声が闇夜に響く。その声を、アムイは神妙な面持ちで受け止めていた。左のこめかみから流れる血を気にもせず、跪くガラムの頭頂をじっと見詰めている。
ガラムの口上にはっとしたセツカも、慌ててガラムの後方に回り、同じように膝を付き頭を下げた。
俯きながらセツカは、今までとは違う威厳あるガラムの態度に感情を昂ぶらせていた。ジースとして、将来の次期長としての覚悟をひしひしと感じる。
(ああ、ジース・ガラム…。よくぞ立派になられた。よくぞ覚悟を決められた。……レツを…ありがとうございます)
じわり、とセツカの目頭が熱くなる。だが、今はまだ泣いてはいけない。あの感情に素直なこの少年が、己を抑えて自分の立場を貫いているのだ。彼が涙していないのに、補佐である自分が泣くわけにはいかない。
ガラムは後ろのセツカの思いも知らず、淡々とアムイに侘びを続ける。

「貴君を傷つけた失態は、生涯、消せるはずもないし、許される事でもない。本来ならば我が命を差し出し、許しを請うのが筋というもの」
「いや、ガラム」
アムイの慌てた声を、ガラムは一旦顔を上げて手で制し、再び頭を下げるとはっきりと告げた。
「ですが、それでは何の贖罪もなさない。特に貴君は、己を消そうとする罪深き男の心情を汲み取り、受け入れようとする気持ちを見せていただいた。──そして多分、受け入れながらも貴君は自らの手を汚すおつもりであったと見受けられる」
ひゅっとアムイが息を吸うのがガラムの耳に届いた。それだけで、自分が思っていた事に間違いない、と確信したガラムは言葉を続ける。
「あの男の闇を御身で持って解消し、そしてその貴い手で冥府へと送ろうとする……その慈悲に、我らは感謝しなければならない」

きっぱりと明言するガラムに、周囲は驚きを隠せなかった。アムイを見れば、彼の言っている事は当たっていたのだろう、言い当てられて困ったような表情が浮かんでいた。
アムイが無抵抗だったのは、一度レツの激情や憎悪を受け止める為だった。
殺意を向けられながら、アムイにはレツの闇と葛藤する小さな良心の姿が見えていた。闇を、アムイ自身を滅したいという欲望と、己を止めて欲しいという二つの相反する願いをアムイは両方とも叶えようと覚悟したのだ。だから彼の刃(やいば)を受け止め、激流を塞き止めてから反撃するつもりであった。だが、最期はガラムによって幕は閉じられた。レツにとって、憎い相手であるアムイよりも数倍幸せな事だったろう。
自分の真意を汲み取ってくれたガラムに、アムイは感嘆した。今、目の前に跪く彼は、感情のままに自分を追求していた面影が全くない。深々と頭を下げ、淀みなく凛とした声が、彼の成長を物語っていた。

「この贖罪と感謝の意を、私は私自身で貴君に捧げたいと思う」

ガラムの言葉に、え?とセツカが思わず頭を上げた。何を彼は言おうとしているのだろう。贖罪と感謝の意?

「セドナダの、神王の直系である【暁の明星】よ。これから私自身は貴君のものである。
このガラム、暁の君専属の隠密となりましょう。──何か、必要ならばいつでもお申し付け下さい。私のできる限りの手を使い、貴君に心からお仕え致します事を、大樹に誓います」

「ジース!」
驚愕したセツカは思わず叫んでいた。周囲も驚きを隠せない。ジースとはいえ、将来は次期長に、いやユナの頂点に立つかもしれない人物。それが個人的にアムイ一人の下につくというのだ。ユナ族として、ではない、個人的にだ。それがどんな事であるか、ユナ族ではない他の皆も容易に想像がつく。それは最高の力を手にしたと同じ。ガラムが長となれば、その契約はユナ全体のものともなる。それを見越しての提案だった。
「セツカ、異論はないな?我らが暁の君にした数々の無礼を思えば、このような事だけでは足りぬものではあるが…」
ちらりと後ろを振り向くガラムの瞳に迷いは全くない。それに彼の取った決断は最高のものである。それこそセツカが口出す権利がない。セツカはユナの頂点を支え補佐する人間なのだから、長の子であるガラムの判断に何の不服があろうか。
「御意。私も異論はございません」
セツカはもう一度頭を下げてはっきりと言った。
驚いたのは言われた当の本人である。まさか、このような話の展開になるとは思っていなかったアムイは動揺した。
「待ってくれ、そんな大袈裟な。俺は……」
「暁の君!」
ガラムは顔を上げてアムイをじっと見た。その瞳は有無を言わせないという力強い光がある。アムイはその気迫に息を呑み、ぐっと気持ちを抑え、彼の覚悟に同じように覚悟を決めた。──ガラムの思いを受け止める、という事を。
「どうか我が誠意を御受け取りいただきたい。この申し出を確固するために一度ユナの地にいらしていただき、大樹の前で契約を交わしていただかないとなりませんが……。
それまではこの大樹の実を貴君にお預けいたしましょう。──何か困った事がありましたらこの実を手に握り、念じて下さい。私の名を」
そう言うと、ガラムはすっと立ち上がり、懐から小さな蛍光に輝く緑の実をアムイの手に握らせた。
「ガラム……」
万感の思いを込めてアムイはガラムを見る。あの可憐な女性と同じ緑色の瞳が揺るぎない力で自分を見詰めている。
「それから」
と、ガラムはふっと目線を下に逸らすと、意を決したようにまたアムイの顔にその目を向ける。
「これは私個人のお願いです」
と、ガラムは抑えつけていた感情を少し解放した。
「願い?」
「はい」
先程までの作られた表情ではない、まだあどけなさの残る歳相応の顔だ。微妙に泣き笑い、という顔をすると、ガラムは震える唇でこう告げた。

「……どうか。私の姉が命をかけて守りましたその御命、──どうか、どうか大切になさってください。
もう貴方だけの命ではない事を、自分の命の重さを、どうか自覚され御心に留めると約束してください。
──姉の気持ちを、死を、無駄にしないで……」

とうとう、ほろりとガラムの目じりから涙が零れてしまった。今まで懸命に堪えてきたのに、とガラムは自分に苦笑する。
対してそれを聞いたアムイの表情は愕然としていた。私情を挟み過ぎたか、とガラムが後悔したすぐ後に、アムイは神妙な顔つきとなってこう言った。
「……わかった。肝に命じる」
その肯定の意を聞いて、ガラムはほっとした笑みを浮かべた。
愛する姉の死を、無駄にしたくない。たった一人の弟としての私情だった。それを受け入れてくれたアムイに、もう、前のようなわだかまりは一切ない。
「あ、ありがとう……ございます」
ジースの立場としてではなく、ガラム本人として素直に出た言葉だった。涙目になるガラムに、アムイは手を差し出す。その手をガラムは力強く握った。

サクヤもきっと喜んでいる。と、アムイの黒い瞳が語った様な気がした。
ガラムはもう一度深く礼をしてアムイの手を離した。

「アムイ」
いつの間にかイェンランが近くに来ていた。そしておずおずと手にしている手ぬぐいをアムイに差し出す。
アムイは頷くと、それでまだ血糊の乾かないこめかみを押さえた。
一息吐くとガラムとセツカは二人揃って並び、再び礼を取る。
「寛大な御心、ありがとうございます。──謀反人とはいえ、一族の人間。近くの海に埋葬したいと思います」
今まで何も言葉を発しなかったセツカが静かな声でそう告げると、隣のガラムも同じように静かに言葉を続ける。
「……きっと、姉の霊も義兄を迎えてくれるでしょう……」


ガラムがレツの遺体の処理をしている間に、セツカはアムイの後方で佇んでいたキイに気付いた。素早く彼はキイの元へと近づくと、恭しく頭を下げた。
「宵の君。──色々とご迷惑をおかけしました…」
「こちらこそ、色々と協力してくれてありがとうな」
「いいえ、それは任務の一つでしたから」
「ふぅん…。なあ、それでお前達の任務はもう終わったのか?」
「はい。今後の事はユナに戻り、長の方に報告してからとなりますが、レツに関しては本当にお世話になりました…」
「いや、俺ではなく、それはアムイに言ってくれ。俺は何もしてねぇよ」
セツカは黙って頷いた。
「これでお前達はユナに戻るんだろ?」
「はい。レツとロータスの件、暁の君の身元確認、そして神王の王子との接見と協力……。
レツの最期で全てを終えました。一度戻らなくてはなりませんので、これからしばしのお別れとなります、宵の君」
「そうだな、俺は神王でも神王太子でもないしな」
ニヤッとキイはわざと笑った。セツカも苦笑して先を続ける。
「それでも我らにとって大切な御方である事は事実ですよ。
また改めて接見いたします、宵の君。もちろん、暁の君にも。──その時には長から長いお話があるかもしれませんが」
「ああ、いつかはユナに行こう。その時にでも」
「いいえ」
セツカは優しく微笑み、キイに頭(かぶり)を振って見せた。
「その前に、先に長があなた方に会いに行く事でしょう」


ユナの二人は、互いに協力しながらレツの大きな身体を抱え、ゆっくりと海の方向へと去って行った。「ユナの地で本契約が出来る日を楽しみにしています」と言葉を残して。
海は島国であるユナには大樹の次に神聖なものだ。ユナの地へ連れて帰れないのならば、せめて海に沈めてあげたい、と思ったのだろう。

彼らが去った屋敷の庭園は、嵐が去った後のようにひっそりとしていた。呆然と見送るアムイの横にキイが並んだ。
「傷を見せてみろ」
その声にアムイははっとする。気がつけば、自分の周りに心配そうな面持ちでシータとイェンランもいた。
傷口に手を伸ばそうとするキイの手首を掴むと、アムイは首を横に振った。
「アムイ…?」
「キイ、この傷は治さないでいいから」
「………」
頑ななアムイの表情に何かを感じたのか、キイは素直にその手を下げた。
その相棒の行動に感謝しつつ、アムイは言う。
「この傷は……自分の戒めのために。己の弱さを……そして自分の覚悟を忘れないために、俺は」
「その傷だとしっかりと痕が残るぞ」
「だからだよ」
キイに頷くとアムイは彼らの去った方向を切ない表情で眺めた。うっすらと垣間見える水平線が朝日を迎えるためにほんのりと橙色に染まっている。
「……なあ、キイ。俺はあのガラムを見て自分を凄く恥じたんだよ」
ぽつりぽつりと話し始めるアムイに、キイは黙って耳を傾ける。
「自分の血筋に対して、背負う覚悟のある目だった……」
キイの息を呑む音が近くで聞こえたが、アムイは構わずその先を進める。
「お前さあ、いつから自覚していたんだ?俺達が神王の直系だという事実に」
その問いにキイはふうっと息を吐くと、淡々とこう答えた。
「…多分、俺がセドを滅ぼしてから。だけど、それにずっと反発していたのは確かだし、お前も知っている事だと思う。
ただ、その事実を背負う覚悟ができたのは、聖天風来寺(しょうてんふううらいじ)を出てからだけどな」

覚悟か……。
そんなもの俺の寿命が分かった時からしていた事だ。
自分に課せられた命が…時間がもうないと知って、やっと自覚したという愚かなものだっだが。

キイがそんな事をうっすらと思っていると、アムイが小さく呟いた。
「そうか」
「消そうと思って、消せる事じゃない」
きっぱりとキイは断言する。そう、それは逃れのない宿命。そのために生まれた自分達を否定などできない。
「……ああ。──今の東では……その事実を抹消する事は許されないのだろうな…」
そう独り言のように言いながら何やら考え込んだアムイに、キイは彼の背中を軽く叩いてからそっと肩に手を置いた。
「この命を、尊い命をかけてまで守られたのだと……それを知って逃げるのは卑怯だ」
「そうだな、アムイ」
「……生まれの事実は消せる事はできない。だからといって自分に何ができるかなんてまだはっきりしない。
それでも、俺はもう逃げるつもりはない。事実は事実として受け止め……それが罪を背負った聖職者の腹から生まれた命だとしても、俺は」
アムイの瞳に決意の光が力強く籠もる。
「この命が何かの役に立つのなら、俺はそれで本望なんだと気がついた。
──俺はずっと、自分がこの大地で生きている意味をずっと探してきたような気がする。それが、何なのか…まだはっきりしていないけど」
「うん」
「俺はお前がこの先を踏まえて考えているであろう計画を、協力し実現する覚悟を決めたよ。それが、どういう内容であろうと」
「アムイ…」
「いくら苦しくても俺はもう今生から逃げない」
「ああ…」
キイはその言葉に感動して、思わず俯いた。自分の今の顔を誰にも見られたくなかった。きっと歓喜と切なさがない交ぜになっている事だろう。恥ずかしいだろ、そんなの。まるで子供のように、感極まった顔を他人に見られるなんて。

「なあ、アムイよ。俺は苦しむために生まれた訳じゃない」
突然、隣でそんな事を言われたアムイは、驚いて横に顔を向けた。そのキイはアムイの方を見ず、ずっと視線は地面に落ちているままだ。
「俺がこの地に生まれたのはやりたいことや、やらなければならないことをするためだ。
そのためにすべて整えて俺は地に降りたのだ。
──それを悟ったのは、すべての事を真正面から立ち向かう覚悟ができてからだよ」
「キイ…」
「とうとう、お前にも覚悟ができたか。嬉しいよ、ここまで…長かった……」
「うん……」

アムイもキイも、それ以上言葉を交わさなかった。互いに触れる温もりだけで、全てを理解した二人は、水平線が明るくなっていくのをしばし眺めていた。


* * *


レツの遺体を海に沈めたセツカとガラムも、無言のまま朝日が昇るのを見詰めていた。
その沈黙を破り、セツカは隣に佇むガラムを促した。
「帰りましょう、ジース」
「セツカ」
「はい」
「……俺は必ずユナの長となる」
「……はい」
「長となってもう一度ユナの掟を見直すつもりだ。……もう姉や義兄のような人間を出したくない」
「それは…」
「わかっている。そんな簡単で生易しい事ではないことぐらい。……だけど、誰かがそれを目指さなければ、変わっていかないものだろう?」
セツカは彼の威厳のある横顔に見惚れた。辛い状況を乗り越え、そこには確かに次を担う指導者の顔があった。
この旅が、彼を数倍大人にした。──きっと長の方はお喜びになるに違いない。
「どうしたらよいのか。それはこれから…いや、今すぐ考える。セツカ、また最初から俺をしごいてくれ。あらゆる情勢と雛形を俺に教えて欲しい。──ユナの頂点に立つに相応しい知識と経験と実力が必要なんだ。それを次期長を決める時までに全て叩き込む」
「はい、ジース」
彼の成長に喜びを押し隠し、有能な長の側近としてセツカは同意した。
「これから大陸は今以上に乱れ、荒れるだろう。神王の直系の生き残りがいたわけだから。──あの方々が表に立つその時まで、我々はユナの内部をいっそう強化し、準備を怠わないようにするには、時間が足りないと俺は思う。それを踏まえて帰島後、ジースとして長に進言するつもりだ。お前も今まで見て聞いて感じた事を長に伝えて欲しい」
そこまで言って、ガラムは恥ずかしそうに俯いた。
「……俺は頂点に立つ事の本当の覚悟を知らなかった……。辛い事が多かったが、俺は後悔していない。……大陸に無理に出て来てよかった」
「ジース、大丈夫です。遅い事などありません……。これからです。
貴方も、セドナダの王子達も」

二人はしばらく少し覗き始めた朝日を拝むと、島に帰る手はずを整える為にこの場を後にした。
様々な思いを胸に秘めて。

* * *


一難去ってまた一難。

ユナの件が片付いたと同時に、アムイ達は窮地に立たされていた。

「それ、本当なのか」
アムイの唸るような声が部屋に響く。
その声に反応してキイがぼりぼりと困ったように頭を掻いた。
「爺さんがいつの間にかここから姿を消していたと思ったら、そんな事態になっていたとは」

そうなのだ。結局待てども昂老人(こうろうじん)がイェンランの元に戻る事はなかった。痺れを切らした彼女とキイは、仕方なく外に出て、アムイ達の様子を見守る事になったのだが…。

夜明けと共に、血相を変えてリシュオンが屋敷に飛び込んできた事で疑問が晴れた。
「迎えに来ました!」
と、唐突に叫ぶ西のリシュオン王子に、一同目が丸くなったのは仕方がない。
リシュオンは昂老人の使いとしてここに来たと説明した。
彼の説明によると、手洗いに立った昂の元に、突然北の国の王家の隠密が現れ、彼らから驚く内容を知って一足先に中央の王宮に向かったらしい。その時、昂は素早く密書をしたため、秘密の波止場で船の準備を敢行していたりシュオンに渡すよう、隠密に頼んだというのだ。
「何で近くにいたアタシ達に何も言わないで」
半ば呆れたように頭を横に振るシータに、リシュオンは苦笑して説明をする。
「いや、先に私に連絡を頂いて正解です。お陰で早く迎える事ができた」
「でもまさか、こんな事になるなんて」
イェンランがぶるりと身体を振るわせた。
そう、本当なら準備はあと二日ほどで全て整い、乗船出来るはずだった。だが……。

「まさか北の第一王子がクーデターを起すなんてな」
キイが吐き捨てるようにこう言うと、一同皆眉間に皺を寄せた。

そうなのだ。あの捕らえられたという、南と密通していた第一王子ミャオロウが、外部からの協力者と共にあっという間に宮殿を占拠したというのだ。しかも肝心のミンガン王が大陸五国会議で中央のゲウラ国に赴いていた矢先に。
残っていた第三王子は反対に捕らえられ、宮殿の一室に幽閉されてしまったという。

「まったくこんな時に!」
髪を掻き毟りながら悔しがるキイに、アムイは溜息混じりに言った。
「こんな時、だからだろう。…第一王子は強行手段に出たという事だ。余程切羽詰っていたとしか思えないが」
「そうですね。捕らわれたとしても、多分あの王子の事だ、虎視眈々とチャンスを窺っていたんでしょう」
「一筋縄ではいかない…王子(ヤロー)だ」
リシュオンの言葉にキイはむっとして呟くと、ふうっと息を吐いた。
「で、何処へ移動する?王宮があの王子に占拠されているという事は、俺らにとって拙い事態だという事だよな」
「そうです。現にもう戒厳令が布(し)かれたのですが…それが全て第一王子の元に寝返った。それがどういう事だかわかりますか?」

戒厳令とは一時的に統治権を軍隊に移行する事である。通常の市民の権利も制限を受け、クーデータなどで通常の統治機構が機能しなくなった時に発動されるのが通常なのだが。
ミンガン王の中央軍と統治権発動後に何らかの取引があったのだろう。中央軍は全て第一王子の傘下に入った。となればその権限は軍を動かすミャオロウのもの。

「短時間ではまだ地方までは手が及んでないとしても、中央を占拠した軍の包囲網が北の国全土に行き渡るのは時間の問題でしょう。
……事実、大きな港はすでに軍が占拠し、他国へ続く門は全て監視に置かれました。国境もすべて軍人が配置されている。……一時、身を隠すしかなくなった、という事です」
「くそ!何てこった!もう少しで北を出られると思ったのに!」
イライラとキイは己の長い髪を掻き上げた。形の良い額があらわになり、その中央にはめ込まれた小さな黄色い玉が、彼の力を押さえ込んでいるという事実を思い出させる。
アムイの傍にいるから、キイの"気”の暴走は抑えられている。かといってこのままでいい訳がない。第2封印のせいで奥まって凝縮された"光輪の気”は、一つの封印が解かれたとしても肝心な"気”は封じられているまま。行き場のないその"気”が、今も圧縮されて溜まっているのは、力の大きさを知る二人にとって脅威にしかならないのに。
いつその限界を超えるか、キイ自身でさえもわからない。そして封印によって圧縮された光輪は、こうしている間にも着々と溜まっていくのだ。その強大なる力を、今のアムイには受け止める自信がない。まだ、あの時の真っ白な閃光に囚われている。

「それでこれからどこへ?」
おずおずとイェンランがリシュオンに訊いた。
彼は彼女を安心させるように優しく微笑むと、悠然としてこう答えた。
「これからある方の屋敷に向かいます。まだ軍の手が薄いうちに早く移動しましょう」

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