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2013年5月19日 (日)

幕間1~伝説と噂~

その噂はいつから大陸の上層部に流れていたのやら。

思い起こせばそれは今から六年ほど前、東の国に彗星のごとく現れた二人の武人の名が広まりつつあった頃の様に思える。

『恒星の双璧』

その通称は誰が初めに呼んだのか。
そう呼ばれたのは、二人の武人の異名に関わりがあるに違いない。

【宵の流星】 【暁の明星】

高貴な者が与えられるのが多いとされる天体の異名を、ただの荒くれた武人が持っているのだ。
しかもすこぶる強くて、溜息が出るほどに見栄えがする。
何かがあるのではと勘ぐる者がいても不思議ではない。


その噂は当時、まだ双璧の通称が東の国だけを席巻していた頃。
まだ片方の流星が目立っていた頃。


その噂は、まことしめやかに五大国ならびに王侯貴族、全ての高位の者達に広がった。


────セド王国の最期の秘宝は【宵の流星】が握る──


その降って湧いたような噂は、信じる者半分、後の半分は一笑に付したか取り合わなかったか……。
初めはそんな反応だった。

ただ、その噂の出所が東の国ではなく、中央の国ゲウラであったらしい事が、この噂の信憑性を物語っていた。
その詳細はおいおい後ほど語るとして。

さて、その噂を信じる者がどれだけいるか。

その噂が蔓延する前に重要な事実を掴んでいた者達──それが男だけの王国ゼムカの王であったり、ある異端の気術士であったり、もしかすると他にも数名いたかもしれないが、その噂が真相に近づいている者達を焦らせたのは事実だ。

何故なら、その噂は本当の事だったのだから。
 

それが四年もの歳月、【宵の流星】をゼムカの王がひた隠し、その甲斐もあって世間では宵の噂を東止まりにした。
その代わりに目立ったのは片割れの【暁の明星】だ。残された彼が大暴れしてくれたお陰で、彼の武勇伝はあっという間に大陸全土に広がった。
それも手伝って【宵の流星】の噂は、いつのまにか東と大陸の要人だけに囁かられるものになっていた。

18年もの前に、滅んでしまったセドの王国。全滅してしまったと思われる神王の血族。
その衝撃の方が強い為に、一夜にして壊滅したわけを神の怒りと捉え周辺を震え上がらす結果を生んだ。
その真実を明らかにされないまま、噂だけが尾ひれがついて広まって、伝説となった。

『セドの王国は己の存続のために禁忌を犯し、神の逆鱗に触れて一夜にして滅んだ』
『他説ではセドの王国は神の秘宝を盗み、その使い方を誤って滅んだようだ』
『禁忌とは神の宝を強引に奪った事である』 ……云々…

その祟りを連想させるような内容の衝撃の方が大き過ぎ、恐れと共に世間の人々の間ではそれ以上暴く事を止めさせた。
何せこの地上を創造した絶対神が関わる事である。神の怒りが自分達に向けられるのだけは避けたいと思うのは当たり前だ。
だからといってこの言い伝えに興味を示し、謎を追いかけようとする輩がいないわけもない。
それは民衆よりも、もっと詳しい内情を握れる位置にいる者達……すなわち大陸の王侯貴族などの要人らだ。

彼らの興味は噂の【神の秘宝】であり、その力を手にすれば大陸すらも手に入れられると信じた。
中にはもちろん、神の怒りを恐れて尻込みしている要人もいたが、ほとんど自分の力を誇示している者達には大陸制覇の野望の一つとして注目していた。実は神を専門とする神国オーン、これが不気味なほど沈黙を守っているという事実にも、彼らの興味を掻きたてていたと言ってもよいだろう。
オーンは滅んだセドとはいわば兄弟のような関係。しかもこの両者間に何かしらあったのは明白だった。セドが滅んだ当時、セドに向けて挙兵したのは有名な話だったからだ。
──滅んだ真の理由はやはり神の宝か──
そう思わせるに充分な神国オーンの態度だった。

その中で比較的早く興味を持ったのが、当時まだ王子であったゼムカ族の元王ザイゼムである。
彼は比較的自由だった王子時代に大陸中を飛び回り、セド王国について調べに調べていた。
それは冒険心旺盛だった若き王子の男の浪漫が最初だった。
そして彼は運良く、例の【宵の流星】に関する噂の前に、彼がこのセドの宝の鍵を握る重要人物と探り寄せた。
彼は自分の腹心の側近である実弟を彼の傍に送り込み、彼に監視と繋がりを課し、そのお陰でザイゼムは他の者達よりも一歩先に【宵の流星】を手にする事が出来たのだ。……ただ、当のザイゼムが彼に対し、個人的な感情を持つ事になるとは、彼らにとって誤算とも言えよう。それが後に【宵の流星】がセドの神王の直系であるという事実が判明しても、ゼイゼムの彼への想いを覆す事はできなかった。

そして問題の《セド王国の最期の秘宝は【宵の流星】が握る》という噂の出所だが、それはひょんな事からだった。

セド王国が滅んでからの東の国がかなり荒れているのは、他国の要人らも頭痛の種であった。何かのきっかけで自国や自領に被害が起きるかもしれないからだ。自治州や自治村はあれど、統括者を失った広大な国は見るも無残に崩壊し、他国に吸収されるのも時間の問題とされていた。だが、意外に手こずったのが東に点在する自治州や小国だった。東を立て直すのに必死であると同時に、隣の大国にもかなりの牽制をしていて、手を出させないように協力して追い払おうとする。ただ、不憫なのは彼らが協力するのは他国に向けてだけで、内情は小競り合いが勃発していてまとまるなど決してない事だった。統一の欠けた無法の地、と他国から思われても仕方ない現状が今の東の国である。

そのような東の国に、突然彗星のごとく現れた屈強な二人の武人。
ことごとく東に巣食う悪を一掃するかのような働きで、瞬く間に英雄扱いされた。当の二人は別に正義感を持ってやっていたとは言い難い様であったが、結果的に悪行を働いていた賊やごろつきが潰れたわけで、理由はどうであれ民を救った事に変わりない。その理由がただ目の前の敵を倒しただけだった、としても。

さて、そのような二人が現れて、その噂が東を席巻し始めた頃、ちょうど中央の中立国ゲウラで大陸中の高位な者たちのお忍びでの集まりがあった。名目は各国の親睦会。無礼講もあって高位の者だけでなく、見るからに不審と思われる人間も紛れ込んでいたが、それは周知の事。この宴という名のお忍びの集まりは、実は各国の情報交換が目的だからだ。あらゆる国の人間が入れ替わり立ち代り、噂と称する情報を落としていく。酒と煙草と女と食事。形式ばった宴ではない、どことなく淫猥さの醸し出すものだった。もちろんごたごた続きの東の国から来ている要人も少なからず顔を出していた。
その宴も佳境になった頃、一人の男が酒に酔って大声で話出したのが始まりだった。
男はゲウラ在中の一介の気術士らしく、最初は気術の薀蓄を自慢げに話していたが、突然興奮したように男は話を近くの要人に振った。その要人は南のある領地を任されていた領主で、傍には北の国の貴族が数名、それから東の州の役人がいた。
話の内容は一般市民が恐れて滅多に口にしないセド王国滅亡の話。
聞けば男は20年以上も前にその滅んだ王国の機密に携わっていたというのだ。
本当ならば一生胸に秘めていなければならない事実。それを言えば命に関わるかもしれないから、と男は笑った。それでも話したかったのは、かなり酔っていて気持ちが大きくなっていた事、もうすでに当の王国が滅んでいた事、それ以上に男を饒舌にさせたのは、東である人物を見たからだった。

『【宵の流星】を見たことあるか』
唐突に男は言った。『東で噂の無法者だな』と東の役人。
『それがどうした』と話を急かす他の要人に、男は興奮して話し出す。
……それは皆、初めて聞く内容だった。

気術士である男は、滅ぶ前のセド王国の研究所で、ある子供を世話していた事があったと告白した。
当時何を研究していたか、その頃若造で下っ端であった彼は詳しい事を教えてもらえなかったが、とにかく上の者はその子供を宝物のように扱っていたという。その子供は天神の子かと見間違うくらい美しい子で、大人である自分でも胸ときめかすほどであったという。
いつの間にかその子供はいなくなったというが、先輩術士に当時のセドの王族が悔しそうに言っていた話を偶然耳にした。
《どうするんだ、神の宝の鍵を握る子供を…。あの子供がいなければセド王国の存続が危ぶまれるではないか》

初めて聞く、セド王国の実情。
セドが滅んだ時、神の怒り説と同時に囁かれた神の秘宝説。その秘宝に関わる内容が、20年以上経ってから飛び出てきたのだ。周囲の人間達の食い付きも半端ではなかった。
男の話はまだ続く。彼の見解としては多分その子が神の秘宝に深く関わる存在と確信し、しかも自分がゲウラに戻った後に、その先輩気術士が趣旨返して別の気術士のグループに招き入れられたと知らせてきた。何とその例の子供が見つかった為だと男に自慢してきたその直後、セド王国が一夜にして滅んでしまった。その事で男は益々信憑性を持ったという。
『それと【宵の流星】との関係性は?』
その言葉に男は興奮を隠せなかった。まるでスターに会った小娘のように、男は顔を赤らめた。
『…間近で見たんだ。あの【宵の流星】の姿を!東の知人を訪ねに行った途中、偶然乱闘に巻き込まれて。その時に戦っていた男二人が例の噂の人物だった』
男はその当時の事を思い出しているのか、うっとりとした顔を天井に向ける。
『敵方が長い髪の男を呼んだ【宵の流星】と。その時に覆っていたフードが外れて……。
あんなに美しい男を俺は初めて見た。まるで天から降りてきた天神のようだった!人間離れした美しさなど、滅多にあるものじゃない。
それにあのように珍しい艶のある髪と顔立ちは忘れられるはずもない!俺は確信したんだ、この男はあの時の子供だ、と』

男は断言した。
『あれは絶対にセド王国が隠していた神の秘宝の鍵を握る子供、だ。生きていたんだ、あの子が』
──セド王国の最期の秘宝は【宵の流星】が握る──

その話は秘めやかに上層部に流れていく。
しかもその数日後、話の元だった男が不審な死を遂げた。自殺だか病死だか、はたまた誰かに殺されたのかわからない状態で。変死と片付けられたその男の死によって、"命に関わるほどの機密を漏らした”という事を証明したかのように周囲には映る。
それが皮肉な事に【宵の流星】が秘宝の鍵を握るのでは、という噂を上層部に益々広める事となった。

そしてその噂が数年経ってから、別の衝撃を持って世間に広まったのはご承知のとおり。

その噂の主が、実はセドナダの直系……セド王国の最後の王子であり、神王の資格を持つ事に、周囲は神の秘宝の信憑性を確信した。
だが、それ以上にセドナダの王子が生きていた、という事に意味がある。
各種要人はどうやってその王子を取り込もうかという頭しかないのだ。


* * *

「……と、まあ、現状での上層部辺りの情報はこれくらいだけだ」
「そうか。まぁ、予想の範疇だったけどな」

冬の始まりをキイは肌で感じていた。
リシュオンに案内された屋敷に身を寄せている彼は、冷え込む夜なのに何の躊躇も無く、庭に通じる廊下の先にある外に作られた踊り場の花壇近くで、胡坐をかいてこっそりと話をしていた。もちろんその横には同じく胡坐をかく男が一人。だが、彼は仲間内にはいない筋肉質な中背の男だ。
時は深夜。もうすでに家人は寝ているはずの時間。
まるで密会しているような二人は、いつの間に用意していたのか、小さな杯を交わしながら話を進めている。

「特に他に気になったことはないか?爽(そう)」
爽と呼ばれた男はにぃっと笑うと、ごつごつした男らしい風貌でキイを見やった。
「今の所は。まぁ、また何かあったらこうして情報提供するよ、お得意さん。─ま、昔馴染みだ。また俺を頼ってくれて嬉しいぜ、宵様」
キイは笑った。
「ありがたいよ。お前は昔から俺の情報網だった。……数年、音沙汰無くて申し訳なかったな」
「ああ。一応お前の行方は調べていたんだがな。ま、ご無事で何より」
くぃっと杯をあおると、爽は気持ちのよい溜息を吐いた。心底ほっとしているようだ。
「心配かけてすまないな」
その言葉に愛好崩した爽が言う。
「ん。なら今からはお前の情報屋としてでなく、旧友として話しようぜ──キイ」

この大陸一体を取り締まる、「なんでも屋」の総轄責任者の跡継ぎである彼にキイも微笑を返す。

「おうよ。じゃ、昔話でもしようか……──ディズ」


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*ヒト


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