幕間3~波紋~五大国首脳・五大宗教会議にて・中編
※◆6月20日23時10分◆※内容には変化はありませんが、大幅な修正をしました。
その前にご覧になった方にはご迷惑をおかけしました。
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◇◇◇◇………そのⅡ…中央の国ゲウラ・元老院フィオナ嬢の鬱憤……◇◇◇
その日は朝から慌しかった。
ゲウラ国会議事堂の門が開いてすぐの時間。その一室にこの国の元老院が集う部屋がある。
近々行われるこの国の議会の準備で人手が足らないという事態なのに、輪をかけて忙し過ぎた。
そんな忙しない中、この元老院の部屋で、机上に山積みになっている書類と格闘している美女が一人。
周囲の高官達が遠慮がちに彼女を窺っている。
「まったく参ったわ。よくこんな同じ日に重なって」
苛々と、半ば諦めた感じで大きな溜息を吐く美女。
白い指が自身の漆黒の髪に絡み弄び、その悩ましげな風情に雅やかな女の色香が漂う。それは巷の娼婦だと淫猥さが強調されがちな仕草であろうが、彼女がすると不思議と爽やかさを伴う色気となる。
しっとりとした象牙の肌、それを強調するかのような長い真っ黒な髪を緩やかに結い上げ、覗くうなじが目に毒だ。端正にも鋭角な顔立ちは女性にしては甘さがないほどの美形であるが、そのきりりとした表情が、かえって突き崩したい衝動を男に与えているとは、多分本人は気がついていないだろう。
おまけに完璧なまでの見事なプロポーション。
すらりとした背は女の平均身長よりも高いであろうが、大柄な体躯の男が多いこの大陸では充分対等に振舞える武器のひとつだ。今は首の詰まったロングドレスに隠されているが、それに伴う見事なおうとつが男の欲を刺激しているらしい事くらいは、女として嫌というほど本人はわかっているつもりだ。利発でもある彼女は今までの体験上、自分が男に与える影響を憎いほど知っている。だから尚更それを意識しないよう振舞うのが彼女の周囲への配慮だ。
それでもただ洩れてしまう彼女の美しさと色香を目の当たりにしているこの国の高官達は、こっそりと男の煩悩を押し隠そうと必死である。いくら本人が配慮しようとしても隠せるものではないそれに、たまに翻弄される彼らは不運なのか幸運なのか。
仕方ない。
彼女はこのように男に対してかなりの破壊力がある存在ではあるが、男の欲の対象にしては決してしてはならない立場の女である。今、この神聖な議事堂の場では。
「フィオナ=サーチ元老院」
気を取り戻した高官の一人が恭しく彼女を呼んだ。
「ガイヴァ議長が賢者衆から申請を受けています。……緊急だからそのまま押し通せ、と」
その言葉に彼女の双眸が見開いた。
黒くて長い睫に飾られる宝石のような紫色の瞳が、彼女が生粋の大陸人ではないことを物語っている。
大陸にはない、その瞳の色は外大陸の人間が持つ特別な色だ。
引き込まれそうなその瞳をうっとりと眺めそうになり、それを誤魔化すために彼は大袈裟に肩を竦めて見せた。
「緊急…ねぇ」
彼女は呆れたように机上の計画表に目を落とす。
「何もこんなくそ忙しい時に、いくら時間差があれこんな大きな会議を二つも三つも詰め込む事ないでしょう…。
しかも全大陸の要人が集まるなんて宗教戦争以来じゃないの?
──いくら我が国が中立を保つ立場から、全大陸の合同会議の場を提供しているはいえ、前代未聞よ。もうすでに議事堂の応接の間は各国の要人でパニックだし。ただでさえ自分とこの議会で手一杯って時期に。
ねぇ、何があったの。その緊急って、何?あなた知ってるんでしょう、教えて頂戴」
額に手を当てながら、中央の国ゲウラの元老院フィオナ=サーチは機嫌悪く言葉を吐き捨てた。
答えを促された目の前の高官はびくびくしながら彼女にこう告げる。
「……はぁ、あの、……実は先日のとんでもない事実が公表された件で、それについての緊急議会「何ですって?」と──」
高官の言葉を遮るように彼女は驚愕の声を上げた。
「それって、例の“あれ”?セド王国の石板のこと、言ってる?」
「それ以外に何があるんですか。──今、全大陸を震撼させ、要人らが騒ぎまくっている件(くだん)ですよ。
もう収集がつかないんじゃないんですか?何しろ滅亡したと思われたセドの王子が生きていたんですからね!だから緊急に五大国と五大宗教が一斉に集まる事になったんでしょう」
今更何を言ってるんですか、というような高官の態度に、フィオナの機嫌が益々悪くなる。
「う~~~っ!また【宵の流星】ぇぇーー?」
彼女はそう大声で喚くと、勢いよく椅子から立ち上がり、唐突に大股で部屋を後にする。「フィ、フィオナ元老院っ!?」と驚く部下をほったらかしにして。
実に彼女の心境は複雑だった。
自分の父親がその“例の”男に執心している事を前から知っていたから。(もちろん本人と会ったことはない。宵に対し狭量なこの父親は、娘にさえも絶対に見せても会わせてもくれなかった!)
しかもご丁寧にも本人の口から聞いていた。──どんなに麗しい人間離れした容貌をしているのか、その上そこいらの剣豪よりも強くて、その存在自体が官能の塊であるか……とか。
彼女自身、その父親の恋の相手が(この場合、相手の気持ちは置いといて)どんな人間だろうとどうでもよかった。……そう、どうでもよかったはず……なのに。
──何故か気になる娘心。……釈然としないながらも彼女は思い当たる。
それは滅多に人や物に執着しない父親が、初めて吐露し、見せ付けた激しい執着心のせいかと思う。
娘としては複雑な心境に陥るのは当たり前だ。
だって、自分も自分の母親にさえも、その相手(カレ)以上の執着を見せた事がなかった。自分達親子だけではない。数多の恋人や愛人…そしてその間に生まれた子供にさえ、そんな情熱を傾けた事すらない、ある意味罪作りな父親なのだ。
ということでどうしても軽い嫉妬を覚えていた相手が実は!
(セド王国の生き残り?最後の王子ですって?お父様は最初から知っていたって事?ああああ、あの人どういうつもりなのかしらぁぁ)
悶々と、現在各国の要人でごった返している広間に向かう途中、彼女は突然腕を取られ引っ張られた。
「なにす…」「フィオナ」
その相手の顔を見た瞬間、彼女は思いっきり嫌な顔をした。
「今、思いっきり会いたくないって顔したよな」
「ラングレイ上院議員…」フィオナは呆れた溜息を吐く。
「俺はこんなにお前に会いたかったというのに」
「馬鹿言わないで頂戴。…今更別れた女房に何の用よ。私忙しいの」
ツン、と顎を尖らせてつれないフィオナにラングレイ上院議員は苛立ちを隠そうともしない。
「何回も話そうと打診したのに、何故すべて無視する!俺はまだ離縁には納得してないんだ。俺達は嫌いになって別れた訳じゃないだろう?」
「ラングレイ上院議員!」
「ロベルトだ」
ぎらぎらした目を自分に向けているこの男は、かつて夫だった男だ。上流階級を絵に描いたような、洗練された佇まい。しかも彼のプライドは天まで高い。ちょっとそれが鼻についていたなぁ、と昔を思い出すフィオナ。
あ~あ、見るからに未練たらたら。でも一言言わせて貰えば、私達って政略結婚じゃなかったっけ?
「申し訳ありませんが、議員」
コホン、と咳払いをひとつすると、わざと他人行儀にフィオナは切り出す。
「離縁を申し立てたのはラングレイ家の方ではありません?……結婚して5年経っても跡継ぎを望めなかった、そう一方的に縁を切ったのは……」
「縁を切ったのは俺じゃない、両親だ。俺は納得していない!」
「あのねぇ、ロベル。申し訳ないけど、貴方が納得して無くても、もう離婚は成立しているの。それに…」
貴方の愛人が身篭ったらしいじゃない…と口を開こうとしたその矢先、
「何をしている、ラングレイ!僕の妻を離したまえ!」
と、突然声高に二人の間に割って入ってきた優男に、ラングレイは目を剥き、フィオナは頭を抱えた。
「サーチ書記官」
ぎりぎりと歯軋りしながらラングレイは、男としては小柄な部類に入る金髪で丸い眼鏡をした青年を睨みつける。
「かっ、彼女は今は僕の妻だ。法によって認められたれっきとした夫婦なんだぞ。
いい加減、人の妻を追いかけ回すのはよしてくれ!あまり酷いと法に訴え…」
「おお、訴えてみろ!彼女は俺のものだったんだ。いや今でもそうだ。またラングレイと名乗らせて見せる!お前とこうして堂々と…」
当の本人そっちのけで口喧嘩始めた二人に、これ幸いとその場からそそくさと離れようとしたフィオナは、次は誰かに肩を叩かれた。
今度は誰よ、とむっとした顔で相手を振り仰ぐと、その目の先には穏やかに微笑む浅黒い肌の偉丈夫がいた。
フィオナは安堵の溜息と共に、気まずそうな微笑を浮かべた。
「メガン叔父様」
「相変わらず男に苦労しているな、フィー」
はっはと笑う彼は、父の弟、といっても彼とは6つしか違わない。それは精力絶倫な祖父が父以外にたくさんの子をたくさんの女達と作った結果なのであるが。──父親といい、祖父といい、男女関係の激しさに、娘心として苦々しく思っているのは内緒だ。
メガン・デルア=ギ・ゼム。男だけの国ゼムカの新国王であり、フィオナの叔父である彼は、今日の午前中の五大首脳会議に呼ばれたはずだ。朝に名簿を確認したからわかる。
「最初の結婚も、次の結婚も、母方の祖父の希望通りだから仕方ないわ。──いいえ、祖父というよりも伯母上ね。あの方は一族の影の支配者だから」
諦めともいえるその声色に、メガンはやれやれと肩を竦める。
イーシス家の女傑、アンリエッタ・マーベラ=イーシスは、代々政治家を輩出してきた家柄の影の当主である。四度の結婚を経て出戻ってきた彼女は、鋼の女として有名だった。昔、元老院補佐官の末に執政官を務めていたフィオナの祖父(アンリエッタの父)の秘書官を務めたかと思うと、いきな女性自衛団の指揮を取ったり、遠征と称して大陸を行脚した。……知る人ぞ知る、規格外の女である。
そんな破天荒な伯母ゆえに、家での彼女の命令は絶対で、祖父を追いやって影で実権を握っている。祖父も祖父で自分の娘である伯母を頼りきって任せきりだ。
──だから、あのゼムカの祖父に目をつけられたのだとフィオナは思う。いや、はっきりと言えば父ザイゼムが祖母から逃げられて傷心していた祖父に紹介したというのが真相なのであるが。
当時すでにフィオナの母親、アンリエッタの妹ミリュエルに手をつけていたザイゼムは、まるで自分の生母を彷彿とさせるアンリエッタを自分の父に紹介した。表向きは毅然としている当時のゼムカの王は、裏に回ると息子の前では情けないほど意気消沈していて、どうにかして父王を元気づけたかったという、ザイゼムの苦肉の策であった。何せ女傑と恐れられている女性。引き会わせるまでかなり躊躇したという。
出会った瞬間、二人は激しい恋に落ちて……と見えたのは周囲だけで、二人の仲はあっけなくひと月で終わった。その詳しいいきさつはフィオナの父ザイゼムしか知らないみたいだが、所々に耳に入ってくる話だと、どうやらザイゼムの父、フィオナの祖父である当時のゼムカ王ジリオンの方が、彼女に対して何かしらやらかしてしまったらしい。(どうやらアンリエッタの話では、逃げた妻に未練たらたらだと知って百年の恋も冷めた、とのことだが)
そんな短い間でも、やはりさすが手練手管の祖父(といっても当時まだ現役30代後半!)。しっかりアンリエッタを妊娠させ、生まれた子が男子だったせいで、かなりゼムカのギ・ゼム王家と揉めた(修羅場だったと伝え聞いている)。結局、子は名だけをギ・ゼムと名乗り、親権はアンリエッタにと和解した。
だからその後に生まれたフィオナには、従兄弟であり叔父でもあるという複雑な関係の兄弟同然に育った男がいる。彼は11番目の隠された王子として滅多に表に出てこない。
──話が逸れてしまった。
とにかくゲウラ初の女元老院フィオナ嬢(現在はサーチ夫人)の周りには残念な男子が多過ぎた。
確かに、世間の女達にとっては高スペックな男達だとしても、色事に盛んで、ある意味節操ない男を幼い頃から身近で見過ぎたために、フィオナは恋愛にも結婚にも……強いて言えば男そのものにも、夢や希望を持てずに成長した。いや、もう男については諦めた。どうもそういう色恋などに関して異常に冷めたところがあるのは、身内である彼らのせいであると断言してもいい。
そういう事情をよく知っている叔父のメガン王は、不憫に思っているのかいつだって自分に優しい。
彼が同性しか興味がないというのは非常に残念だ。ずっと父の小姓に思いを寄せていることも知っている。
こういう誠実で優しい一途な男性こそ、女を幸せにできるタイプなのに……と、フィオナは本当に残念に思う。
そんな彼女の稀有な憧れの男が、突然口を開いた。
「お前の可愛い侍女が、先程から昼食の件で探し回っていたぞ。
──ハルミア、とか言ったか?なかなか愛らしい娘だ。今度の相手はあの子か?」
少し冗談を混ぜて微笑むメガンの目が笑っていない。
あらー、ばれたかと少しフィオナはばつが悪くなって斜め横を向く。
「彼女の様子だと、随分と親身になっているようだな、フィー。あれはお前に恋してるぞ、どうする?」
「どうするも何も、仕方がないわ。あの子は男が駄目なのよ。同性を好む叔父様には言われたくないわ」
「まぁ、それもそうだが、確かここ(ゲウラ)では女同士の恋愛はご法度じゃなかったか?まぁ、互いに夫を持って遊ぶ分には問題ないだろうが……」
「わかってるわ。……そうよねぇ…。女が少ないって本当に面倒だわ。男同士は認められて、女同士は認められないって…かなり厳しい世の中ね」
女元老院である彼女の活動のひとつに女性の人権についての項目がある。それゆえに彼女は女性の地位の改善を求めてきた。
特に桜花楼。公営の娼館が、現在の大陸では必要悪だと彼らは言うが、それでも金銭で女を物ように扱うというのはどうしても納得できない。今現在でも、女がらみの犯罪減少のために、女を不当に扱われないようにするための最小限な制度だとして、いつかはどうにかしたいと思っているフィオナである。
ただ、フィオナは桜花楼ができた経緯をよく知っていた。公営の高級娼館を作らなければ、大勢の女達が奴隷の如く不当な扱いを受け、使い捨てられていくのが止まなかった。それと同時に女を巡っての男達の争いも非道に向かって益々エスカレートしていた。それだけ女の確保が危ぶまれる大陸なのだ。
事実、場末の娼館のように商売道具として女を物のように扱う所なんて腐るほどある。哀しい事に娼館でなくても酷い内情の所は山のようにあるが、全て把握出来ていない現状だ。
だから近年、男を受け入れられない女が増えているのだ。でもそれでは少子化に拍車をかけ、最悪な場合力づくでの性交が多発して……ああ、やだやだ。
フィオナは自分が女であるからこそ、より同性が愛しいのだと思う。よく女の敵は女だと言うが、フィオナにとっては男よりも女の方が可愛いし守ってあげたい対象だ。……で、たまに好みの子だと必要以上に可愛がってしまう癖があるのだが……。
何せ、女の少ない大陸では、なるべく女に男を宛がい、子を生ませるのを重要とする。だからこそ溢れるほどいる男が同じ男とくっつこうが何も問題ないのだが、それが女同士となると咎がある。特にゲウラ、北の国など、大陸でも女性減少の激しい地域や国では、罪状が下る事もある。そこまでいかなくとも、複数の女を独り占めする男より女同士の恋愛の方が、産める存在なのに子を成せない“不毛な関係”として忌み嫌われた。
女は子を産み、男を楽しませる為の存在と憚らない男の多いこの大陸では至極当たり前と言えよう。この世界で男女平等など期待してはならない。かろうじてここゲウラや西のルジャンは女性でも、個人として優秀であれば認められる環境も整っている方であるが。
それでもこの時代、女の性で男優位の世界を互角に渡ろうとするのは至難の業だ、という事は身を持って分かっている。
……ああ、これで何度目の溜息だろう。
フィオナは虚しくなって肩を落とした。その様子を見て仕方ないな、という顔してメガン王は話題を変えた。
「それよりもフィオナ、お前ザイゼム兄上から何か聞いてはいないか?」
「何を?」
きょとん、とフィオナは紫の瞳をメガンの浅黒い顔に向ける。
「……何か…その、娘であるお前に何か言っていなかったか…?……【宵の流星】について」
彼は言いにくそうに彼女の耳元に口を寄せるとそう囁いた。
「叔父様!」
フィオナは眉をしかめ、口元を歪める。
ああ、朝から自分を苛立たせるこの忌まわしい名前。
「…結局、【宵の流星】…なのですね」
しばらくして出てきた彼女の言葉は諦めにも似た呟きのようだった。
だが次の瞬間、きっとして顔を上げてメガンを見据える。
「えーえ、お父様はそれはもう、見たこともないような蕩けるようなお顔で、存分に自慢しておられましたわよ?
実の娘の前で、その娘と大して歳の違わない、しかも男の! ……ねぇ、何なの?アレ。
手は早いけど誰にも執着しない、色恋に節操のないあの人がよ?
“宵は世界で一番美しい”とか?“男も女も惑わすような肌だ”とか??“誰にも見せない”“誰にも渡さない”!?
よくもまぁ!あんな浮いた言葉が出てくるもんだって、感心すらしちゃったわよ!──あンのクソおや……」
「わかった!わかったから、ここで興奮するな、フィー。声が大きい」
焦ったメガンは彼女の口を塞ぐと小声でたしなめ、彼女が落ち着いたと思ったと同時にゆっくりと手を離した 。
年甲斐もなくむっと唇を尖らしているこの6歳しか違わない姪を、性を越えて魅力的だと思う。
「……ということで。私が聞いていた宵の話なんてそんな程度のものよ、叔父様」
ぷいっと不機嫌に横を向く彼女に苦笑しながらメガンは謝った。
「悪かった。……そうか、そうだよな。
あの兄上が極秘にしている事を、いくら身内とはいえ他国の要人に話すわけがない……か」
顎を手で撫で上げながら、メガンは瞠目した。
「私が王位を引き継いだ時、直々にその件について兄上からは話はあったのだけれどね。行方がわからない【宵の流星】を追って王位を捨てる理由も聞いた。個人的な事だと兄上は断言してはいたが──でも、それだけではないと私は踏んでいる。【宵の流星】に関して、まだ深く隠された事実がある気がしてならない。……だから尚更、今日の会議では私も余計な事を言わないよう、口を噤むしかないだろうと覚悟してはいるが……」
「ご苦労おかけします」
「いや、苦労も何も。私も納得して王位を継いだ。気にしなくていいよ」
彼女は力なく笑う叔父に心の中で頭を下げた。彼女の父親である前のゼムカの王が、本来王位を継ぐ資格の薄い(※同性愛者は除外という項目があるため)彼に、例外としてまで無理に王位を譲ったという経緯を、先日見舞った、病床にいる祖父から聞いていたからだ。全くあの男の我儘と身勝手さにはほとほと呆れる。いつも振り回されているのは身内の方だ。
と、本当は声に出して喚きたいフィオナだったが、それは結局他国の事情である。他所の国の元老院である彼女には、いくら実父の事情とはいえ表に出さないのが当たり前だ。
「でも、まぁ、私情が入ったとお父様が認めた件は、評価に値するわ。確かに今、大きな爆弾ですからね【宵の流星】殿は。
ねぇ、それよりも叔父様はお父様が他に何か隠していると思う?セドの王子存命という以外に。
……確かに今、時の人となった【宵の流星】とお父様がつい先日まで密接だったって聞いているわ。憚らず、娘の私には恋人だと豪語していたけどね。──叔父様はどう思うの?」
「確かに彼は兄上にとって特別な存在だと私も認めている。本当に恋人だったかというと、実はそうじゃないらしいと小姓達は話してはいたけどね。その…彼らの話によると、宵の君は男は一切駄目だとか。無類の女好きで毎日男ばかりでうんざりしていたとか…」
「何それ」
「おや、知らないかい?後で知ったんだが【宵の流星】は正真正銘な異性愛者で、無類の女好きらしいぞ。
まぁ、噂によると絶世の美男子で、黙っていても女が寄ってくるわ、来る者拒まず入れ食い状態だと。ところ構わず食い散らすので、彼の傍には女を近づけるなとか。
ああ、それに世界の女は皆自分のものだって本人が豪語していたと言う話も聞いたな。しかもフェロモンの塊で、女を魅了する歩く危険人物とまで言われていたらしいぞ」
まったく救いようのない噂だ。かなりの尾ひれがついているのだろう。ほとんどが妬みのような気もするな、と思わずクスっと笑ってしまう。女性の前では言えない様な噂も耳にしたし。(言わないけど)
そんな過激な噂の立つ無法者が、実は神の血を引く子孫だというのだから、さぞかし皆興味を引くだろう。
「ま、そんなこんなで、東の国では数多の女性とかなりの浮名を流しているみたいだった。だから恋人同士になるわけないと思うよ、男である兄上とは。あれは絶対兄上の一方的な……」
「ねぇ、それ、ほんと?」
言葉の途中ではっと彼女の顔を見ると、フィオナの目が徐々に釣りあがってきている。
「あ、ああ…。だから安心していいんじゃないか?いくら兄上が恋焦がれていたとしても、多分相手に脈はないだろう。きっと恋人という関係には……」
「そうじゃないのよ、叔父様」
フィオナは完全に気分を害していた。
「フィオナ?」
「あの自己中心で俺様を絵に描いたような父が、目をつけて落とせなかった獲物があると思う?たとえ相手がノーマルだとしてもね。あの人なら力付くでもモノにするでしょうよ。相手が誰であれ、同情しちゃうくらいよ。それにそんな個人的な事は、勝手にやってくださいって感じだけど」
メガンは腕を組んでふんぞり返っている自分の姪を不思議そうに見やる。
「だからね、そうじゃないの。何かむかつくなぁと思って」
「むかつく……?」
フィオナは紫の目をぎらりと光らせて無言で頷くと、忌々しげにこう吐き捨てた。
「無類の女好きですって……?この女が少ないこの世界で、女独り占めにして使い捨てるような男が高潔な人物だと思う?叔父様」
「……えっと……、フィー?」
「何が入れ食い状態よ、何が世界の女は自分のだぁ?女食い散らかして何を言う!
たった一人の女すら純粋に愛せない、幸せにもできないよーな男が何をのたまうのだ、キイ・ルセイ=セドナダ!」
「ちょっ…、フィオナ!」
メガンは頭から湯気を出しているフィオナに背後から覆いかぶさり、声を張り上げているのを止めようと彼女の口を塞ごうと慌てる。しかし間に合わず、彼女の怒声は、議事堂館内に響き渡った。
「さいってい!」
その尖った声に、廊下に出ていた全ての人間が彼女を振り向く。もちろんもめていた彼女の元夫と今の夫も驚いてこちらをを見ている。
だが、そんな周囲の視線も、おろおろとする叔父のメガンの姿も、彼女の目に入らない。
朝からの苛々が積もりに積もって、その根源とも言えるセドの王子が、彼女の軽蔑に値する無類の女好きときた。
フィオナ=サーチ夫人。23歳。あの男だけの国ゼムカの豪胆と知られる前王ザイゼムを父と持つ。
しかもこの若さにて現役のゲウラ中央国元老院。
初の女性高官であるその彼女に最悪な印象を持たれてしまった哀れな男。
それはキイ・ルセイ=セドナダ。
神の血を引くセドナダ王家、神王の直系である最後の王子。
この日から、元老院フィオナの鬱憤は溜まっていくばかりだった。
彼女にとって存在自体が迷惑な東の王子のせいで。
──これで何度目の溜息だろう。フィオナは今までで一番大きく息を吐いて脱力した。
ああ、いつかは自分の鬱憤が晴れる日が来るのだろうか。
……それはきっと多分、神のみぞ知る…事なのかもしれない。
とうとうフィオナは虚しくなって、そのままガックリと項垂れた。
※ということで、まだ続きます。次は後編です…。
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