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2013年6月

2013年6月20日 (木)

幕間3~波紋~五大国首脳・五大宗教会議にて・中編

※◆6月20日23時10分◆※内容には変化はありませんが、大幅な修正をしました。
その前にご覧になった方にはご迷惑をおかけしました。


* * * * * * * * * * *

◇◇◇◇………そのⅡ…中央の国ゲウラ・元老院フィオナ嬢の鬱憤……◇◇◇


その日は朝から慌しかった。
ゲウラ国会議事堂の門が開いてすぐの時間。その一室にこの国の元老院が集う部屋がある。
近々行われるこの国の議会の準備で人手が足らないという事態なのに、輪をかけて忙し過ぎた。

そんな忙しない中、この元老院の部屋で、机上に山積みになっている書類と格闘している美女が一人。
周囲の高官達が遠慮がちに彼女を窺っている。

「まったく参ったわ。よくこんな同じ日に重なって」

苛々と、半ば諦めた感じで大きな溜息を吐く美女。
白い指が自身の漆黒の髪に絡み弄び、その悩ましげな風情に雅やかな女の色香が漂う。それは巷の娼婦だと淫猥さが強調されがちな仕草であろうが、彼女がすると不思議と爽やかさを伴う色気となる。
しっとりとした象牙の肌、それを強調するかのような長い真っ黒な髪を緩やかに結い上げ、覗くうなじが目に毒だ。端正にも鋭角な顔立ちは女性にしては甘さがないほどの美形であるが、そのきりりとした表情が、かえって突き崩したい衝動を男に与えているとは、多分本人は気がついていないだろう。
おまけに完璧なまでの見事なプロポーション。
すらりとした背は女の平均身長よりも高いであろうが、大柄な体躯の男が多いこの大陸では充分対等に振舞える武器のひとつだ。今は首の詰まったロングドレスに隠されているが、それに伴う見事なおうとつが男の欲を刺激しているらしい事くらいは、女として嫌というほど本人はわかっているつもりだ。利発でもある彼女は今までの体験上、自分が男に与える影響を憎いほど知っている。だから尚更それを意識しないよう振舞うのが彼女の周囲への配慮だ。

それでもただ洩れてしまう彼女の美しさと色香を目の当たりにしているこの国の高官達は、こっそりと男の煩悩を押し隠そうと必死である。いくら本人が配慮しようとしても隠せるものではないそれに、たまに翻弄される彼らは不運なのか幸運なのか。

仕方ない。

彼女はこのように男に対してかなりの破壊力がある存在ではあるが、男の欲の対象にしては決してしてはならない立場の女である。今、この神聖な議事堂の場では。

「フィオナ=サーチ元老院」

気を取り戻した高官の一人が恭しく彼女を呼んだ。
「ガイヴァ議長が賢者衆から申請を受けています。……緊急だからそのまま押し通せ、と」
その言葉に彼女の双眸が見開いた。
黒くて長い睫に飾られる宝石のような紫色の瞳が、彼女が生粋の大陸人ではないことを物語っている。
大陸にはない、その瞳の色は外大陸の人間が持つ特別な色だ。
引き込まれそうなその瞳をうっとりと眺めそうになり、それを誤魔化すために彼は大袈裟に肩を竦めて見せた。

「緊急…ねぇ」
彼女は呆れたように机上の計画表に目を落とす。
「何もこんなくそ忙しい時に、いくら時間差があれこんな大きな会議を二つも三つも詰め込む事ないでしょう…。
しかも全大陸の要人が集まるなんて宗教戦争以来じゃないの?
──いくら我が国が中立を保つ立場から、全大陸の合同会議の場を提供しているはいえ、前代未聞よ。もうすでに議事堂の応接の間は各国の要人でパニックだし。ただでさえ自分とこの議会で手一杯って時期に。
ねぇ、何があったの。その緊急って、何?あなた知ってるんでしょう、教えて頂戴」

額に手を当てながら、中央の国ゲウラの元老院フィオナ=サーチは機嫌悪く言葉を吐き捨てた。
答えを促された目の前の高官はびくびくしながら彼女にこう告げる。
「……はぁ、あの、……実は先日のとんでもない事実が公表された件で、それについての緊急議会「何ですって?」と──」
高官の言葉を遮るように彼女は驚愕の声を上げた。
「それって、例の“あれ”?セド王国の石板のこと、言ってる?」
「それ以外に何があるんですか。──今、全大陸を震撼させ、要人らが騒ぎまくっている件(くだん)ですよ。
もう収集がつかないんじゃないんですか?何しろ滅亡したと思われたセドの王子が生きていたんですからね!だから緊急に五大国と五大宗教が一斉に集まる事になったんでしょう」
今更何を言ってるんですか、というような高官の態度に、フィオナの機嫌が益々悪くなる。

「う~~~っ!また【宵の流星】ぇぇーー?」
彼女はそう大声で喚くと、勢いよく椅子から立ち上がり、唐突に大股で部屋を後にする。「フィ、フィオナ元老院っ!?」と驚く部下をほったらかしにして。


実に彼女の心境は複雑だった。
自分の父親がその“例の”男に執心している事を前から知っていたから。(もちろん本人と会ったことはない。宵に対し狭量なこの父親は、娘にさえも絶対に見せても会わせてもくれなかった!)
しかもご丁寧にも本人の口から聞いていた。──どんなに麗しい人間離れした容貌をしているのか、その上そこいらの剣豪よりも強くて、その存在自体が官能の塊であるか……とか。
彼女自身、その父親の恋の相手が(この場合、相手の気持ちは置いといて)どんな人間だろうとどうでもよかった。……そう、どうでもよかったはず……なのに。
──何故か気になる娘心。……釈然としないながらも彼女は思い当たる。

それは滅多に人や物に執着しない父親が、初めて吐露し、見せ付けた激しい執着心のせいかと思う。
娘としては複雑な心境に陥るのは当たり前だ。
だって、自分も自分の母親にさえも、その相手(カレ)以上の執着を見せた事がなかった。自分達親子だけではない。数多の恋人や愛人…そしてその間に生まれた子供にさえ、そんな情熱を傾けた事すらない、ある意味罪作りな父親なのだ。

ということでどうしても軽い嫉妬を覚えていた相手が実は!
(セド王国の生き残り?最後の王子ですって?お父様は最初から知っていたって事?ああああ、あの人どういうつもりなのかしらぁぁ)

悶々と、現在各国の要人でごった返している広間に向かう途中、彼女は突然腕を取られ引っ張られた。
「なにす…」「フィオナ」
その相手の顔を見た瞬間、彼女は思いっきり嫌な顔をした。 
「今、思いっきり会いたくないって顔したよな」
「ラングレイ上院議員…」フィオナは呆れた溜息を吐く。
「俺はこんなにお前に会いたかったというのに」
「馬鹿言わないで頂戴。…今更別れた女房に何の用よ。私忙しいの」
ツン、と顎を尖らせてつれないフィオナにラングレイ上院議員は苛立ちを隠そうともしない。
「何回も話そうと打診したのに、何故すべて無視する!俺はまだ離縁には納得してないんだ。俺達は嫌いになって別れた訳じゃないだろう?」
「ラングレイ上院議員!」
「ロベルトだ」
ぎらぎらした目を自分に向けているこの男は、かつて夫だった男だ。上流階級を絵に描いたような、洗練された佇まい。しかも彼のプライドは天まで高い。ちょっとそれが鼻についていたなぁ、と昔を思い出すフィオナ。

あ~あ、見るからに未練たらたら。でも一言言わせて貰えば、私達って政略結婚じゃなかったっけ?

「申し訳ありませんが、議員」
コホン、と咳払いをひとつすると、わざと他人行儀にフィオナは切り出す。
「離縁を申し立てたのはラングレイ家の方ではありません?……結婚して5年経っても跡継ぎを望めなかった、そう一方的に縁を切ったのは……」
「縁を切ったのは俺じゃない、両親だ。俺は納得していない!」
「あのねぇ、ロベル。申し訳ないけど、貴方が納得して無くても、もう離婚は成立しているの。それに…」
貴方の愛人が身篭ったらしいじゃない…と口を開こうとしたその矢先、
「何をしている、ラングレイ!僕の妻を離したまえ!」
と、突然声高に二人の間に割って入ってきた優男に、ラングレイは目を剥き、フィオナは頭を抱えた。
「サーチ書記官」
ぎりぎりと歯軋りしながらラングレイは、男としては小柄な部類に入る金髪で丸い眼鏡をした青年を睨みつける。
「かっ、彼女は今は僕の妻だ。法によって認められたれっきとした夫婦なんだぞ。
いい加減、人の妻を追いかけ回すのはよしてくれ!あまり酷いと法に訴え…」
「おお、訴えてみろ!彼女は俺のものだったんだ。いや今でもそうだ。またラングレイと名乗らせて見せる!お前とこうして堂々と…」

当の本人そっちのけで口喧嘩始めた二人に、これ幸いとその場からそそくさと離れようとしたフィオナは、次は誰かに肩を叩かれた。
今度は誰よ、とむっとした顔で相手を振り仰ぐと、その目の先には穏やかに微笑む浅黒い肌の偉丈夫がいた。
フィオナは安堵の溜息と共に、気まずそうな微笑を浮かべた。
「メガン叔父様」
「相変わらず男に苦労しているな、フィー」
はっはと笑う彼は、父の弟、といっても彼とは6つしか違わない。それは精力絶倫な祖父が父以外にたくさんの子をたくさんの女達と作った結果なのであるが。──父親といい、祖父といい、男女関係の激しさに、娘心として苦々しく思っているのは内緒だ。

メガン・デルア=ギ・ゼム。男だけの国ゼムカの新国王であり、フィオナの叔父である彼は、今日の午前中の五大首脳会議に呼ばれたはずだ。朝に名簿を確認したからわかる。
「最初の結婚も、次の結婚も、母方の祖父の希望通りだから仕方ないわ。──いいえ、祖父というよりも伯母上ね。あの方は一族の影の支配者だから」
諦めともいえるその声色に、メガンはやれやれと肩を竦める。

イーシス家の女傑、アンリエッタ・マーベラ=イーシスは、代々政治家を輩出してきた家柄の影の当主である。四度の結婚を経て出戻ってきた彼女は、鋼の女として有名だった。昔、元老院補佐官の末に執政官を務めていたフィオナの祖父(アンリエッタの父)の秘書官を務めたかと思うと、いきな女性自衛団の指揮を取ったり、遠征と称して大陸を行脚した。……知る人ぞ知る、規格外の女である。
そんな破天荒な伯母ゆえに、家での彼女の命令は絶対で、祖父を追いやって影で実権を握っている。祖父も祖父で自分の娘である伯母を頼りきって任せきりだ。
──だから、あのゼムカの祖父に目をつけられたのだとフィオナは思う。いや、はっきりと言えば父ザイゼムが祖母から逃げられて傷心していた祖父に紹介したというのが真相なのであるが。

当時すでにフィオナの母親、アンリエッタの妹ミリュエルに手をつけていたザイゼムは、まるで自分の生母を彷彿とさせるアンリエッタを自分の父に紹介した。表向きは毅然としている当時のゼムカの王は、裏に回ると息子の前では情けないほど意気消沈していて、どうにかして父王を元気づけたかったという、ザイゼムの苦肉の策であった。何せ女傑と恐れられている女性。引き会わせるまでかなり躊躇したという。
出会った瞬間、二人は激しい恋に落ちて……と見えたのは周囲だけで、二人の仲はあっけなくひと月で終わった。その詳しいいきさつはフィオナの父ザイゼムしか知らないみたいだが、所々に耳に入ってくる話だと、どうやらザイゼムの父、フィオナの祖父である当時のゼムカ王ジリオンの方が、彼女に対して何かしらやらかしてしまったらしい。(どうやらアンリエッタの話では、逃げた妻に未練たらたらだと知って百年の恋も冷めた、とのことだが)
そんな短い間でも、やはりさすが手練手管の祖父(といっても当時まだ現役30代後半!)。しっかりアンリエッタを妊娠させ、生まれた子が男子だったせいで、かなりゼムカのギ・ゼム王家と揉めた(修羅場だったと伝え聞いている)。結局、子は名だけをギ・ゼムと名乗り、親権はアンリエッタにと和解した。
だからその後に生まれたフィオナには、従兄弟であり叔父でもあるという複雑な関係の兄弟同然に育った男がいる。彼は11番目の隠された王子として滅多に表に出てこない。

──話が逸れてしまった。

とにかくゲウラ初の女元老院フィオナ嬢(現在はサーチ夫人)の周りには残念な男子が多過ぎた。
確かに、世間の女達にとっては高スペックな男達だとしても、色事に盛んで、ある意味節操ない男を幼い頃から身近で見過ぎたために、フィオナは恋愛にも結婚にも……強いて言えば男そのものにも、夢や希望を持てずに成長した。いや、もう男については諦めた。どうもそういう色恋などに関して異常に冷めたところがあるのは、身内である彼らのせいであると断言してもいい。

そういう事情をよく知っている叔父のメガン王は、不憫に思っているのかいつだって自分に優しい。
彼が同性しか興味がないというのは非常に残念だ。ずっと父の小姓に思いを寄せていることも知っている。
こういう誠実で優しい一途な男性こそ、女を幸せにできるタイプなのに……と、フィオナは本当に残念に思う。

そんな彼女の稀有な憧れの男が、突然口を開いた。
「お前の可愛い侍女が、先程から昼食の件で探し回っていたぞ。
──ハルミア、とか言ったか?なかなか愛らしい娘だ。今度の相手はあの子か?」
少し冗談を混ぜて微笑むメガンの目が笑っていない。
あらー、ばれたかと少しフィオナはばつが悪くなって斜め横を向く。
「彼女の様子だと、随分と親身になっているようだな、フィー。あれはお前に恋してるぞ、どうする?」
「どうするも何も、仕方がないわ。あの子は男が駄目なのよ。同性を好む叔父様には言われたくないわ」
「まぁ、それもそうだが、確かここ(ゲウラ)では女同士の恋愛はご法度じゃなかったか?まぁ、互いに夫を持って遊ぶ分には問題ないだろうが……」
「わかってるわ。……そうよねぇ…。女が少ないって本当に面倒だわ。男同士は認められて、女同士は認められないって…かなり厳しい世の中ね」

女元老院である彼女の活動のひとつに女性の人権についての項目がある。それゆえに彼女は女性の地位の改善を求めてきた。
特に桜花楼。公営の娼館が、現在の大陸では必要悪だと彼らは言うが、それでも金銭で女を物ように扱うというのはどうしても納得できない。今現在でも、女がらみの犯罪減少のために、女を不当に扱われないようにするための最小限な制度だとして、いつかはどうにかしたいと思っているフィオナである。
ただ、フィオナは桜花楼ができた経緯をよく知っていた。公営の高級娼館を作らなければ、大勢の女達が奴隷の如く不当な扱いを受け、使い捨てられていくのが止まなかった。それと同時に女を巡っての男達の争いも非道に向かって益々エスカレートしていた。それだけ女の確保が危ぶまれる大陸なのだ。
事実、場末の娼館のように商売道具として女を物のように扱う所なんて腐るほどある。哀しい事に娼館でなくても酷い内情の所は山のようにあるが、全て把握出来ていない現状だ。
だから近年、男を受け入れられない女が増えているのだ。でもそれでは少子化に拍車をかけ、最悪な場合力づくでの性交が多発して……ああ、やだやだ。
フィオナは自分が女であるからこそ、より同性が愛しいのだと思う。よく女の敵は女だと言うが、フィオナにとっては男よりも女の方が可愛いし守ってあげたい対象だ。……で、たまに好みの子だと必要以上に可愛がってしまう癖があるのだが……。
何せ、女の少ない大陸では、なるべく女に男を宛がい、子を生ませるのを重要とする。だからこそ溢れるほどいる男が同じ男とくっつこうが何も問題ないのだが、それが女同士となると咎がある。特にゲウラ、北の国など、大陸でも女性減少の激しい地域や国では、罪状が下る事もある。そこまでいかなくとも、複数の女を独り占めする男より女同士の恋愛の方が、産める存在なのに子を成せない“不毛な関係”として忌み嫌われた。
女は子を産み、男を楽しませる為の存在と憚らない男の多いこの大陸では至極当たり前と言えよう。この世界で男女平等など期待してはならない。かろうじてここゲウラや西のルジャンは女性でも、個人として優秀であれば認められる環境も整っている方であるが。

それでもこの時代、女の性で男優位の世界を互角に渡ろうとするのは至難の業だ、という事は身を持って分かっている。
……ああ、これで何度目の溜息だろう。
フィオナは虚しくなって肩を落とした。その様子を見て仕方ないな、という顔してメガン王は話題を変えた。

「それよりもフィオナ、お前ザイゼム兄上から何か聞いてはいないか?」
「何を?」
きょとん、とフィオナは紫の瞳をメガンの浅黒い顔に向ける。
「……何か…その、娘であるお前に何か言っていなかったか…?……【宵の流星】について」
彼は言いにくそうに彼女の耳元に口を寄せるとそう囁いた。
「叔父様!」
フィオナは眉をしかめ、口元を歪める。

ああ、朝から自分を苛立たせるこの忌まわしい名前。

「…結局、【宵の流星】…なのですね」
しばらくして出てきた彼女の言葉は諦めにも似た呟きのようだった。
だが次の瞬間、きっとして顔を上げてメガンを見据える。
「えーえ、お父様はそれはもう、見たこともないような蕩けるようなお顔で、存分に自慢しておられましたわよ?
実の娘の前で、その娘と大して歳の違わない、しかも男の! ……ねぇ、何なの?アレ。
手は早いけど誰にも執着しない、色恋に節操のないあの人がよ?
“宵は世界で一番美しい”とか?“男も女も惑わすような肌だ”とか??“誰にも見せない”“誰にも渡さない”!?
よくもまぁ!あんな浮いた言葉が出てくるもんだって、感心すらしちゃったわよ!──あンのクソおや……」
「わかった!わかったから、ここで興奮するな、フィー。声が大きい」
焦ったメガンは彼女の口を塞ぐと小声でたしなめ、彼女が落ち着いたと思ったと同時にゆっくりと手を離した 。
年甲斐もなくむっと唇を尖らしているこの6歳しか違わない姪を、性を越えて魅力的だと思う。
「……ということで。私が聞いていた宵の話なんてそんな程度のものよ、叔父様」
ぷいっと不機嫌に横を向く彼女に苦笑しながらメガンは謝った。
「悪かった。……そうか、そうだよな。
あの兄上が極秘にしている事を、いくら身内とはいえ他国の要人に話すわけがない……か」
顎を手で撫で上げながら、メガンは瞠目した。
「私が王位を引き継いだ時、直々にその件について兄上からは話はあったのだけれどね。行方がわからない【宵の流星】を追って王位を捨てる理由も聞いた。個人的な事だと兄上は断言してはいたが──でも、それだけではないと私は踏んでいる。【宵の流星】に関して、まだ深く隠された事実がある気がしてならない。……だから尚更、今日の会議では私も余計な事を言わないよう、口を噤むしかないだろうと覚悟してはいるが……」
「ご苦労おかけします」
「いや、苦労も何も。私も納得して王位を継いだ。気にしなくていいよ」
彼女は力なく笑う叔父に心の中で頭を下げた。彼女の父親である前のゼムカの王が、本来王位を継ぐ資格の薄い(※同性愛者は除外という項目があるため)彼に、例外としてまで無理に王位を譲ったという経緯を、先日見舞った、病床にいる祖父から聞いていたからだ。全くあの男の我儘と身勝手さにはほとほと呆れる。いつも振り回されているのは身内の方だ。
と、本当は声に出して喚きたいフィオナだったが、それは結局他国の事情である。他所の国の元老院である彼女には、いくら実父の事情とはいえ表に出さないのが当たり前だ。
「でも、まぁ、私情が入ったとお父様が認めた件は、評価に値するわ。確かに今、大きな爆弾ですからね【宵の流星】殿は。
ねぇ、それよりも叔父様はお父様が他に何か隠していると思う?セドの王子存命という以外に。
……確かに今、時の人となった【宵の流星】とお父様がつい先日まで密接だったって聞いているわ。憚らず、娘の私には恋人だと豪語していたけどね。──叔父様はどう思うの?」
「確かに彼は兄上にとって特別な存在だと私も認めている。本当に恋人だったかというと、実はそうじゃないらしいと小姓達は話してはいたけどね。その…彼らの話によると、宵の君は男は一切駄目だとか。無類の女好きで毎日男ばかりでうんざりしていたとか…」
「何それ」
「おや、知らないかい?後で知ったんだが【宵の流星】は正真正銘な異性愛者で、無類の女好きらしいぞ。
まぁ、噂によると絶世の美男子で、黙っていても女が寄ってくるわ、来る者拒まず入れ食い状態だと。ところ構わず食い散らすので、彼の傍には女を近づけるなとか。
ああ、それに世界の女は皆自分のものだって本人が豪語していたと言う話も聞いたな。しかもフェロモンの塊で、女を魅了する歩く危険人物とまで言われていたらしいぞ」

まったく救いようのない噂だ。かなりの尾ひれがついているのだろう。ほとんどが妬みのような気もするな、と思わずクスっと笑ってしまう。女性の前では言えない様な噂も耳にしたし。(言わないけど)
そんな過激な噂の立つ無法者が、実は神の血を引く子孫だというのだから、さぞかし皆興味を引くだろう。
「ま、そんなこんなで、東の国では数多の女性とかなりの浮名を流しているみたいだった。だから恋人同士になるわけないと思うよ、男である兄上とは。あれは絶対兄上の一方的な……」

「ねぇ、それ、ほんと?」
言葉の途中ではっと彼女の顔を見ると、フィオナの目が徐々に釣りあがってきている。
「あ、ああ…。だから安心していいんじゃないか?いくら兄上が恋焦がれていたとしても、多分相手に脈はないだろう。きっと恋人という関係には……」
「そうじゃないのよ、叔父様」
フィオナは完全に気分を害していた。
「フィオナ?」
「あの自己中心で俺様を絵に描いたような父が、目をつけて落とせなかった獲物があると思う?たとえ相手がノーマルだとしてもね。あの人なら力付くでもモノにするでしょうよ。相手が誰であれ、同情しちゃうくらいよ。それにそんな個人的な事は、勝手にやってくださいって感じだけど」
メガンは腕を組んでふんぞり返っている自分の姪を不思議そうに見やる。
「だからね、そうじゃないの。何かむかつくなぁと思って」
「むかつく……?」
フィオナは紫の目をぎらりと光らせて無言で頷くと、忌々しげにこう吐き捨てた。
「無類の女好きですって……?この女が少ないこの世界で、女独り占めにして使い捨てるような男が高潔な人物だと思う?叔父様」
「……えっと……、フィー?」
「何が入れ食い状態よ、何が世界の女は自分のだぁ?女食い散らかして何を言う!
たった一人の女すら純粋に愛せない、幸せにもできないよーな男が何をのたまうのだ、キイ・ルセイ=セドナダ!」
「ちょっ…、フィオナ!」
メガンは頭から湯気を出しているフィオナに背後から覆いかぶさり、声を張り上げているのを止めようと彼女の口を塞ごうと慌てる。しかし間に合わず、彼女の怒声は、議事堂館内に響き渡った。

「さいってい!」

その尖った声に、廊下に出ていた全ての人間が彼女を振り向く。もちろんもめていた彼女の元夫と今の夫も驚いてこちらをを見ている。

だが、そんな周囲の視線も、おろおろとする叔父のメガンの姿も、彼女の目に入らない。

朝からの苛々が積もりに積もって、その根源とも言えるセドの王子が、彼女の軽蔑に値する無類の女好きときた。


フィオナ=サーチ夫人。23歳。あの男だけの国ゼムカの豪胆と知られる前王ザイゼムを父と持つ。
しかもこの若さにて現役のゲウラ中央国元老院。
初の女性高官であるその彼女に最悪な印象を持たれてしまった哀れな男。

それはキイ・ルセイ=セドナダ。
神の血を引くセドナダ王家、神王の直系である最後の王子。

この日から、元老院フィオナの鬱憤は溜まっていくばかりだった。
彼女にとって存在自体が迷惑な東の王子のせいで。

──これで何度目の溜息だろう。フィオナは今までで一番大きく息を吐いて脱力した。


ああ、いつかは自分の鬱憤が晴れる日が来るのだろうか。
……それはきっと多分、神のみぞ知る…事なのかもしれない。


とうとうフィオナは虚しくなって、そのままガックリと項垂れた。
      
       


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※ということで、まだ続きます。次は後編です…。

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2013年6月17日 (月)

幕間3~波紋~五大国首脳・五大宗教会議にて・前編

※長くなりましたので、分けて投稿します※


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その石板の存在は、大陸に一つの波紋を投げかけた。

神の血を引くセド王国の神王の一族の証明でもある、王族名簿が刻まれた石板。
同じ内容のものが大聖堂にあるとはいえ、直接王族が名を記した石板は、王国の滅亡と共に永久に失われたと思われていた。
それが突然、日の目を見たのだ。十八年以上もの時を経てから。

しかもこの石板、元の出所はセド王家ではなく、神国オーンの天空飛来大聖堂という話ではないか。
大聖堂を裏切った元神官が、それを奪って東の州に逃げ込んで、その存在が発覚した。その時はまだ限られた者だけの真実であったが、その石板が何の因果か、吸気士シヴァの息子【姫胡蝶】の手に渡って、堂々と公表された。

石板の存在だけでもすごい事なのに、それ以上に周囲を震撼させたのが、セド神王の直系が生き残っていたという事実だ。

《キイ・ルセイ=セドナダ》

その名が名簿の最後に生まれた年月日と共に記され、その特徴も堂々とそこに記されていた。

それが東の地で名を馳せ、しかも各国の要人が密やかに噂していた人物の本名(ほんな)であり、同一人物であったのに、いっそうの驚愕が広がった。

その事実が、こうして中央の国、中立国家であるゲウラで大陸全土の全ての要人が集うという、前代未聞の有り様となったわけだ。

ということで、普段でも賑わうゲウラの首都バンカにある、国会議事堂内及び周辺は、それはもう、輪をかけての大喧騒だった。

百年以上前に締結した宗教戦争直後、元々大陸が大まかに五つの国に分けられ、それぞれの宗教を抱く事に注目し、更なる国家間をはっきりさせるために国境整理で奮闘したのは、当時大陸のエリート集団でもある賢者衆(当時8賢者、現在は12賢者である)であった。
そもそもこの賢者衆、国をも巻き込んでの愚かな宗教戦争を収めるために全大陸のそれぞれの達人及び能力者が集い、この中立を守る小さな国を本拠地とした組織をつくったのが始まりだった。大陸がまだ本当の統合が成されていない事から、大陸全土の動向を纏め調整するという使命を担っていた。

元々この果ての大陸は方位によって国と民族が大まかに分かれていた。東西南北、そして中央。
奇しくもそれが大陸創造の伝えがある“絶対神”を崇めるオーン神教の教典に出てくる四方に散った女神の内容と類似していた事もあって、戦争終結後にオーンが宗教の纏まりを担ったのにも手伝い、益々はっきりとした各国の存在を定義づける必要があった。
今まで境界線が曖昧で、うやむやだった国境を整理し、各々通用門を設置し、当時その地で一番権力があった国(王族)にその統治を任せることにしたのだ。
特に広大で数の多い東は別として、元々方位ごとに力を誇示し、権力の大きい国があったそれらを整理し、くっきりとした境界線を引き、それぞれの大国を中心に小国や州村、民族などを大国に吸収させ、説得し纏めたのは、いつまでも小競り合いが続く各国近隣の軋轢を見逃す事ができなかったからだ。
折りしも宗教戦争という混乱と爪あとを急いで修復する必要があった。この混乱に乗じて大陸戦争を仕掛ける輩がいないとも限らないからだ。

大陸全土を統べる存在がないために、誰かが、どこかが中心になって各国を纏めなければならない。そうしなければ、この大陸のバランスは崩れ、最悪な全土大戦がいずれかは起きる。平和の為の調整を、宗教戦争を収めた功績で、たった数人の賢者達が任う事になったのだ。
何年かして時と共に賢者の顔ぶれが変わろうとも、私利私欲を一切持たず、全土のために手を貸し、心を砕くという精神は今でも損なわれてはいない。
だからこそ、賢者衆の人選は厳しいものとなる。元来、その道の達人ばかりを集めた組織だ。その道の最高峰であるという事は当たり前で、だから尚更その者の人間性、道徳心を問われるのだ。──蛇足だが、そのために怪しい研究をしていた気術士のティアンなぞ、いくら才能あって入れたとしても、すぐに暴かれ追い出される。
だが、それだとてこの大陸での決定的な存在ではない。中央で中立を保つ国、ゲウラと同様、各国の緩和剤としかならない位置にいるのが現実だ。そう、やっている事は統治ではなく、各国の調整と纏めだけである。政策の決定権は国のものであるから、バラバラな意見を綺麗に纏めるにはやはり至難の業だ。
互いの存在を認め、互いに歩み寄り、平和的に手を結ぼうとする世相であれば、賢者衆の存在も確かなものになったであろう。だが、悲しい事に、宗教戦争を収めたとはいえ、国家間の軋轢は解消できなかった。特にこの大陸は男性優位でしかも女が少ないが故に、力によって物事を進めたがる傾向が強かった。武力を行使しないで安心して話だけですむ場所は、ここ中立国であるゲウラしかないというのが現状である。


なので他国同士が公に何か話し合いたければゲウラの議事堂を借りるのが常だ。

だが、同一の日に各国すべての要人が集まることなど宗教戦争締結会議以来の事で、場所を提供しているゲウラ中枢部の緊張は頂点に達している。

午前には五大王国の王と代表者が、午後には五大宗教の頂点と幹部が、このゲウラの国会議事堂に集結するという異例な事に、その日は大変な騒ぎとなった。

それは皮肉にも、北の国第一王子によるクーデータ直前の事である。
そしてそれぞれの国と教会の鬱屈の日でもあった───。


◇◇◇◇◇………そのⅠ・・午前の部・・五大国各国の憂鬱 ……◇◇◇

「本当に【宵の流星】が神王の直系なのか。そこの所、信憑性はどのくらいあるか…。私はまだこの公表を完全には鵜呑みにしてはいないのだが……他の国の方々の見解が知りたい」
陰鬱な雰囲気が漂う中、開口一番にそう発言したのは北の国モウラのミンガン王だった。

ここは中央の国、ゲウラの国会議事堂内にある会議室の一室。
会議室の中でも一番豪華に造られたこの一室は、高位の者が使うためだけの特別室だ。それが午前中、使用を許されたのは前代未聞の五大国首脳会議。
──奇しくも昼をはさんで午後からは、五大宗教恒例の宗教会議が開催される。

それぞれの国の要人らが、多忙な時間をやりくりし、こうして一斉に集結するなんて事は滅多になく、それを可能にしてしまったのは、全土に及ぼす影響が大き過ぎるゆえ、だ。セドの王子が生きているという公表が、セド王国滅亡以上に五大国に衝撃をもたらした。──もちろん、セドが滅亡してから噂や伝説など、各国の主要人物の耳にだって入っていた。中にはどこかの国の王のように密かに調べている所だってあるが、こう公になってしまえば、全土の影響を考え、これからの事を話し合う…というよりも各国間で確認しておかなければならなくなった。それほど滅したセド王国は、今でも大陸に影響を及ぼすほどに存在が大きい。
──だから、セド王国、しかも途絶えたとばかり思われていた神王の直系が生きているとなれば、無理でも一度集結し、その王子をどうするかを話し合わなければならない。そして、宗教戦争後に結ばれた定義により、宗教は国の政に関与しないという事を頑なに守っているそれぞれの宗教の見解も聞かなければならない。
──特にこの件に深く関わっているであろう、聖天風来寺とオーン神教の天空飛来大聖堂に。

だからこその強行だった。

定例で行われる総宗教会議が午後にある事を知って、急遽無理矢理首脳会議を午前中に捻じ込んだ。
それぞれの国が己の宗教(教会・寺院)と密接に関わり、諸々の相談くらいは受け付けているのは当たり前だ。それが政(まつりごと)でも、一定の距離を持っていれば問題にならない。だがあくまでも自国であれば、という事である。だからこのような大陸の政治的会議の場に宗教関係者が顔を出すわけも無く、また逆も然りであって、余程の事態が起こらない限り会議を共に(同席)する事はないのである。

何故ならば、元は宗教と政治の癒着が宗教戦争勃発を促した要因の一つとされた事から、各国、各宗教と終戦後取り決めた規律に沿っているからだ。その規律とは、終戦後は国と宗教それぞれが自立し、友好関係を保ちつつ、政治について教会側は国に一任する態度を徹底している。

特に信徒を民に持つオーンは、東にあって自治権を持つ聖天風来寺同様に、独特の政治形態を持っている。そのために全大陸の宗教の元締めとしての働きはすれど、他国の政治については完全に関与しないという態度を徹底していた。(当たり前といったらそうなのだが)
だから尚更、オーンは他国の政治的接触を頑なに拒んでいる。更に今回はオーンにも関係しているであろう、いわくつきのセド王国の件だ。

「信憑性……?一番よく知っているのは大聖堂であろう。確認したくてこうして無理矢理同日に会議を催したのだ。何せセド王国最後の日に挙兵し、国が壊滅したのを目の当たりにしている筈だからな」
皮肉な笑みを浮かべ、東の国で一番大きな州風砂(ふうさ)の総督エピネが、先程から黙している南の大帝ガーフィンを横目で見ながら言った。彼はつい数年前にガーフィンの妹、リンガ王女と離縁している。
「やはり本当の事なのだな…その…大聖堂がセドの国を攻めたというのは」
西の国のシャイン王の歯切れの悪い言い方に、「何を今更」と失笑したのが東の緑森(ろくしん)州の知事。
「なのに大聖堂は、大陸でも影響の大きい一つの国が滅んだというのに、我々に何も開示してはくれぬ。これからの大陸での情勢を考えると由々しき事なのは明白であろう?なのにセド王国が滅んだ詳細を一切口に出さぬ。何かあると勘ぐるくらいに厳重にな!」
「何かあるんでしょう?だから一切口を噤んだ」
見るからに憤懣している風砂州の総督に、しれっとした顔で肯定したのはガーフィン大帝の横に控えていたまだ年若いギャレン宰相。
「ふ…ん?一切口を噤んでいるのは、大聖堂だけではあるまい。のぉ、ガーフィン大帝?貴方の所におった……胡散臭そうな気術使いの宰相殿はどうされたのか?まかりなりにも貴方の右腕と豪語していた男だ。まさかその隣の若僧がそうだと?」
皮肉たっぷりに嘲るエピネ総督にかっとなって席を立とうとするギャレン宰相を無表情のまま制したガーフィンは、初めてこの場で口を開いた。
「今話さなくては成らぬ事は、神王の直系が生きていた事実にどう対応したらいいか、だ。このまま放って置く事はできないであろう」
(まったくしれっとした顔して何を言ってるんだ、この狸が)エピネは心の中で悪態をつく。
どう見ても自分の方が狸に似ているのだが、そこは言葉の勢いである。この能面のような冷たい顔を見ると、苛立ちが頂点に達する思いだ。
元義兄であったこの大帝は、一筋縄ではいかない危険な男だと承知していた。一時期、東の繋がりが欲しい彼が自分に妹王女を宛がうまで、腹に一物ある人物と警戒し、王女と離縁してからは益々胡散臭さが鼻についている。絶対にセドの王子の件で、ここにいる他の要人よりももっと重要で大掛かりな情報を掴んでいるに違いないと彼は睨んでいた。あのティアンとかいう宰相だった男の噂も調べもついていた。セド王国に昔関与してたらしい事、そして今はこの南の国と決別して何かを企てているらしい事。
──だからこの機会に、この大帝の仮面を剥がそうと躍起になっていたのだが、さすが【氷壁の帝王】の異名を持つ男。先程から何食わぬ顔でこの場にいる。威風堂々と。全く面白くない。

元々南は東の、特にセドに対して敵愾心丸出しだった国だ。何せ宗教戦争のゴタゴタで、当時南に多数あった州村や小国、、民族を武力で鎮圧し制覇した今のリド家が王権を握ってからは特に顕著だった。見るからに東を狙っているのは明白だった。だから特に歴史の古いセド王国に張り合っていて、当時の南の王が、“神王”という称号に対抗して、“皇帝”と自らを名乗りたがっていたのは有名な話だ。しかし、その称号が神の神託による申請がなかなか認められず、痺れを切らした南の王は、正式な称号として扱われていない“帝王”という呼称を自ら名乗った。神による認可のない位名(くらいな)だが、多大な犠牲を払って南を統一した自分を、ただの王と呼ばれたくなかった彼は国のみならず他国までにもそう呼ぶように強制した。正式は南の王国リドンであって、その君主は他国同様ただの王である。近年は自国の強化を図っている、あらゆる政策に長けたガーフィンを大帝と呼ぶようになったが、他は通常の呼称となっている。蛇足であるが、特に他国に嫁ぐ事の多かったガーフィンの妹姫リー・リンガは、“皇女”ではなく共通しての“王女”と呼ばれている。

確かに南の国がこの中では一番、セド王国の最後の王子についての情報を持っているだろう。五大国ではない、放浪の民族であり近年王制を整えたゼムカのザイゼム元王の他には。
そう、南の元宰相ティアン同様の情報を持つザイゼムは、その詳しい内容を自分の中にだけ秘めていた事もあり、その跡目を継いだ弟のメガン王には、表向きな事しか知らせていなかった。──特にその生き残りの王子が、巫女陵辱の果てに生ませ、神気を宿しているという事実は極秘である。
これを知られたら、大陸内が混乱するのは目に見えている。その王子を獲得しようと多分大きな戦が勃発するだろう。今でもこんな、神王の直系が生きていただけでこの騒ぎなのだから。
セド王国の最後の秘宝、という伝説は、今の段階では不確かな絵空事でしかない。その具体的な真実を知る者は本当に一握り。そこに到達できるのも…。

「素性の信憑性については、聖天風来寺に問いただしてみればいい。──何しろ、あの【宵の流星】は前の聖天師長(しょうてんしちょう)であった竜虎(りゅうこ)殿の養い子だという話ではないか。ご本人は亡くなられているが、そうでなくても【宵の流星】が門下生として籍を置いていたのは確かな話。……この事もきちんと我々に釈明していただかねばならぬ」
と言いながらも、当事者であった竜虎の死は大きい、と西の国ルジャンの王シャインは心の中で嘆息した。聖天風来寺とて、かの君が神王の血を引く孤児とは知りませんでした、と言及すればそれだけで終わる。
それよりも、シャイン王は北の国に行ったまま、何の連絡もなくなってしまった四人目の息子を心配していた。今日の会議は王太子である長男に留守を任せ、側近二人とこの地にやって来た。もちろん会議もだが、彼の心は当の北の王と会い、第四王子リシュオンと、今の北の国の現状にについて色々尋ねようと思っていた。なので本音を言えば、早くこの会合が終わって欲しかった。

一方の北の国モウラの王ミンガンは他の王より高齢で持病が在るという事で、側近以外に主治医が常に待機していた。さすがに各国首脳会議に、不肖の息子や頼りない息子をこの場に送り込むことは憚(はばか)れた。そう考えると、斜め横に座る西の国の王が羨ましい限りだ。揃いも揃って息子(王子)達に恵まれ、後継者もそれを支える人材も、彼に比べたら充実している。……ただ一つの慰めは、溺愛している娘をこの裕福な国に未来の正妃として嫁がせたという事だけか…。

議題の中心はセドの王子ではあるが、この場に集結した各国の首脳達の微妙な力関係が浮き彫りになる。

昔大国だった元セドラン共和国と呼ばれた東の国からは代表として、風砂(ふうさ)・荒波(あらなみ)・緑森(ろくしん)それぞれの代表者。
南の国リドンのガーフィン大帝。
西の国ルジャンのシャイン王。
北び国モウラのミンガン王。
中央の国ゲウラの国家元首であるジャクリュエル執政官。


──と、本来ならば大陸五大国から外れている国家、男ばかりのゼムカ国の王メガンもこの場にいた。──何故なら、今回の【宵の流星】絡みで、当の本人と接触している疑いを持たれていたからだった。
各国を転々としている流浪の民として歴史の古いゼムカは、間借りしている土地がそれぞれの国にあるという関係上も相まって、五大国以外に自治を持つ国や民族の中でも全土に関する問題を無視できない立場でもあった。
「私は前王ザイゼムからは何も詳しい事は聞いてはおりませんが、確かにその人物はゼムカに居たそうですね…。ええ、ザイゼムの個人的な客人としてとしか……。いやはや、当の本人にはお会いした事はありませんでしたが、その方はかなりの絶世の美男子だという事で、まぁ、多分前王の思い人であったようです。……偶然にも」
各国の集中質問に、メガン王は“偶然”という言葉を強調して、それ以上は語らない。

しばらくすると陰鬱な溜息が洩れ始める。

結局、せっかく集まった稀有な首脳会議も、各国の憂鬱な雰囲気のまま終わりそうだ。

それぞれの国が本音を言い合うわけでもなく、一物を抱えての腹の探り合いでは、何の進展もないだろう。

「それでは、今回の件、例の王子の保護を優先するという考えを纏めてよろしいですか?とにかく当のご本人の所在を確認しなければ始まりませんからね」
痺れを切らした中央国ゲウラの執政官ジャクリュエルが、苦笑を交えながら話を纏めようとする。
「……保護…ですか」
ポツリと言う真向かいの東の荒波州知事ハウルに優しげな笑みを向け、ざっと周りを見渡したジャクリュエル執政官は、元は議長を務めていた経歴を持っているだけあっての余裕な態度で、各国首脳にこう言った。
「彼は、単なる一国の王家筋ではありません。ただの小国が滅び、ただの王家が潰れたというのとは訳が違います…。
それは皆々様方も分かっていらっしゃるとおり、大陸でもっとも歴史の古い民族であり、神の血を引くという王家の直系で、国や民を無くしていてもその存在は大陸では大きい。
────セド王国の復活を…望む声が高いのは、東がよくご存知かと思いますが」
「確かにそうだ。セドは東の要だった。だからこそセドの王子の身柄は東のものである」
東の風砂州総督エピネは尊大に言い放ち、周囲に剣呑な雰囲気が漂った。
「それはそうでしょうが、折角こうして各国が集まったのです。ここで協定を結んだ方がいいのではと私は提案します。
神王の復活というのは大陸にとっても民への影響は計り知れない。しかもその王子がどういう人物か不確かという事もある。そして当の彼がどのように考えているのかも……。
すべてはご本人がいなければどうしようもない。まずは身柄の確保、そして王子を公平に扱い、その影響力のある彼を決して私利私欲で利用されないようにした方がよろしいかと」
「……つまり抜け駆けするな、という事ですか」
嘆息交じりに東の緑森(ろくしん)州の知事がぼやいた。それを受けてゲウラの執政官は言う。
「それが今の、大陸の均衡を保つ大事な事かと私は思いますが、どうですか?他の皆様の意見を是非伺いたい──」

という事で、各国は協定を結んだ。(というか結ばされた)
とにかく発覚した神王の直系をいい様に利用されない為に捜索・保護をし、中立国であるゲウラに一時身柄を寄せてもらう。それから彼の身の振りを話し合う……という、無難な話に落ち着いた。─まあ、そうでもしなければ収拾がつかなかったであろうが。

ただ、表向きはそのように平和的に話はまとまったが、各国の思惑はそんな単純にはいかなかったようである。
複雑な思いをそれぞれの首脳は抱えながら帰国のため、待合室として使っていた応接の間にて待機する。軽い食事を取りながら、各国の首脳達は言葉に出さなくても、次にここに来るであろう、五大宗教のトップらを心待ちにしていた。
──そう、この機会をのがしたら、神国オーンと聖天風来寺の最高責任者にお目にかかる事ができないからだ。それだけ、高貴なる身分の彼らと、接見の申しだてなく会えるのはこの時しかない。

ピリピリとした緊張が漂う応接の間の奥にある貴賓室とは別に、各国首脳の関係者達でごった返している応接の間は喧騒が凄かった。その喧騒が益々大きくなったのを合図に、貴賓室の各首脳達は立ち上がった。

──午後に会議を催す予定の各教会・寺院関係者が到着したようだ。

その彼らを迎えるために、食事も途中で各国の王は貴賓室を後にした。


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2013年6月 4日 (火)

ご訪問、ありがとうございます

ご訪問下さる全ての皆様に心から感謝を。

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久々のアムイ。顔がまた変わってる…


…と、感謝の言葉の乾かないうちに平謝りですっ!m(_ _)m

6月に入ってしまいましたが、思いのほか幕間3が難産です…。

今週中にはアップできる…はず(´Д`;≡;´Д`)アワアワ


実は次の幕間、ちょっと本編より逸脱するかもしれません。
いえ、本編に重要な話で、補足のつもりで書く事を決めた幕間ですが。
(本当だったら本編にうまく盛り込みなよ、というところなのですが)

幕間だからとて、新キャラ出してどーするの…という思いもアリにしもならず。

いや、幕間だからサービス(どこが?)しちゃおうかなとか……。

ということで、続編に出てくるキャラが、この幕間でちょっとちらちらと存在を覗かせております…。
最後の幕間はそれがかなりどーん、と存在を主張してしまって、いいんだろうかという自責の念に駆られての執筆の遅れとなっております。(理由はそれだけではありませんが…)

さて。誰と誰が続編主要人物か、誰誰さんがこの後の本編で顔を出す人物か。
それは最後までお付き合いいただけるとご理解いただけるかと思いますが、結局この3つの幕間、知らないキャラがあーでもない、こーでもない、と混沌としているお話かもしれません。

もしそれで混乱を招くようでありましたら…本当に申し訳ございませんっ!

なのでどうか、この幕間は気楽に読み流してくださると助かります。
この世界の裏ではこういう時間が流れているのねーとか(意味不明…)
こういう背景があったんだーとか。

結局、この3つの幕間は【セド王国滅亡についての周囲の様子】を整理しただけで…。

本当、こういうのは本編でやりなよ、という話ですけど…。

結局言い訳ばかりでごめんなさい!


なかなか更新ままなりませんが、夏までにはクライマックス…いえ、最終を迎えたいと思います。
最後の章が長くてすみません…。
これも自分の実力のなさです(ううう)

まだまだこのブログも修正しなくてはならない箇所がたくさんで、再読みされている方々には色々とご迷惑おかけしていると思いますが、最後まで突っ走りますので、これからもよろしくお願いします。

…あと、もう一つ、すぴばるで呟いていた【お願い】の事なのですが…。

この幕間が終わり、本編再開後に、ちょっとした集計を取ろうと思っています…。
ご訪問の方々にご迷惑をおかけするかもしれませんが、今現在この話を読んでくれている方がどのくらい人数がいるのか、少々知りたいと思いまして、ご協力をお願いするかと思います。
もちろん強制ではありません。

やり方は簡単で、最近始めましたweb拍手、のボタンを一読後、期間内に一回だけ押してくださるというシンプルなものでして。

もし差支えがないのでありましたら、是非ご協力お願いします。
拍手一回のお願いは、本編最後にお知らせします。

勝手を言いまして大変申し訳ありません…(汗)

お陰様で今年に入りご新規さんが増えたこともあって、最終に向けてテンションは上がってます。
上がってますが私生活がうまくいかない…。
このような感じで、遅れ気味ですが、必ずラストまで走り抜けます。
ご無理でなければどうか、これからもお付き合いよろしくお願いします。


                                kayan、拝


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