◇◇◇◇◇………そのⅢ・・午後の部・・五宗教各神聖職者の沈鬱 ……◇◇◇
午後から始まったこの会議も、始終何とも鬱に終わってしまった。
定期的にこのゲウラの地で行われる五大宗教会議に集うのは、
宗教総元締である東のオーン神教の天空飛来大聖堂、そして同じく東にある聖天教(しょうてんきょう)の聖天風来寺。
南の炎竜教(えんりゅうきょう)の炎剛神宮(えんごうじんぐう)。
西のアーク教の水天龍宮(すいてんりゅうぐう)。
北の北星教(ほくせいきょう)の北天星寺院(ほくてんせいじいん)。
……と、これらを大陸の五大宗教という。
ちなみに中央のゲウラは、混合教で、30%がオーン信徒。40%が聖天教。後は西と南と北が10%づつ。ゲウラでも独特の自治権を持つ桜花楼は、セド王国を模範としている所があるので、珍しくも女神教が中心である。
女神教とは、セド王国でも神の血を引くとされるセドナダ王家独自の宗教である。すでに滅亡しているセドの国教は女神教を中心にオーン教、と続く。セド無き今では元の発端が同じという理由から、女神教はオーン教の配下に取り込まれた。
宗教戦争後は、このオーン教を中心に、それぞれ協力し合って大陸の平和を祈り、全力を尽くしている。
過去の過ちを繰り返さない為に。
もし、国家間で戦争が起きても、天や神の意に従事している者はすべて、平和への道を説き、貫くという教義を徹底している。
それを確かめる為、終戦後、こうして定期的に会議という名の会合が行われる。
もちろんそれだけではない。様々な国勢をそれぞれの教会・寺院が把握するという、大切な場でもあるのだが……。
ある程度の報告と議題が終わってから、まるで通夜のような沈黙がたなびく。
所々、溜息が混じる音が会議室に響くが、中央の席でじっと目を伏せている人物は、先程から一言も発していない。
「えっと……何もなければこれで…定例会議を……」
皆、ちらりちらりとその人物を盗み見る。言いたい事、聞きたい事、皆喉元まで出かかっている。……だが。
皆は遠慮している。
先程から沈黙を守っている、オーン教の最高神官である彼に対して。
* * *
人々のざわめきが一段と凄くなった。
まさか空からの来客。
天空飛来大聖堂のあるオーン神国の中心に聳え立つオーン神山だけに住まう怪鳥ゼヴュスが4羽。彼らの足には鎖がはめられ、その先に6-7名ほど人間の乗った籠が繋げられていた。彼らは余裕顔で数名も人を乗せたその籠を運んでいる。その籠が4つ。ざっと見積もっても総勢20人はいるであろう。
怪鳥ゼヴュスは人が二人ほど背に乗れるくらいの大きな鳥で、鳶色の羽毛に白い筋模様がある。一見、大鷲に似た姿であるが、よく見ると頭は孔雀に似ているかもしれない。とても賢い鳥で、訓練次第では馬と同じく人間に忠実だ。
その鳥を思うままに扱えるのは、同じ山に住まう大聖堂の人間達だけだ。という事は、この籠には大聖堂の要人らが乗っているに違いなかった。
鳥の羽ばたきが大きな風を生んで、地上の人間達を翻弄していく。それが止むと同時に、籠は議事堂のただ広い中庭に次々と到着していた。
皆は息を呑んだ。その先頭に着地した籠の前方の扉がゆっくりと開き、人がぞろぞろと降りてくる。
まるで聖堂に飾られている聖人の絵のように、長くて白い、金または銀のラインの入ったローブを身に纏っている。オーン教、天空飛来大聖堂の神官達である。彼らの周りだけに次元の違う空気が流れているようだ。その白い集団の後方には、次に到着した籠から降りてきたすみれ色のローブを纏う神官達が続き、またその次からは青の制服に群青のローブを纏う天空代理司(※一級聖職者)が続く。そしてその彼らを守るように、最後に降り立った緋色の軍服に身を包んでいる聖戦士達が、左右と最後尾を囲むように守備配置に就いた。
清廉さと目にも麗しい色の集団に、どこからともなく感嘆の溜息が洩れる。
この、浮世離れした連中の中で、ひと際神々しい姿をした男が中心にいた。
すらりとした背、白の法衣を縁取る金糸模様が彼の身分が高貴なものだと知らせている。緩やかに癖のある腰まで長い金の混じった亜麻色の髪は背を流れ、同じくらい長い彼の髭が法衣の前面を隠している。顔の半分を覆うその髭のせいで、彼(か)の者の顔はよくわからない。だが、前方を見据える灰色がかった群青色の瞳は涼やかだ。
一見すると聖堂の老聖人のようだが、彼はまだ若いはずだ。白髪が一本もないその髪と髭を揺らし、堂々とした風情で議事堂内に入る。それを守るようにして、模様の色は違えど同じような法衣を纏う神官達が続く。
彼の姿をみとめた人々のどよめきが一層激しくなった。今回、セド王国の件でごったがえしている場に、当事者ではと噂されている人間が堂々と姿を現すとは思っていなかったからである。
「まさか、最高大天司長(さいこうだいてんしちょう)様が直々にお越しになるとは……。一週間後に大きな神事が控えているとかで、大聖堂にお籠もりになっていると伝え聞いていたのだが」
出迎えの一人、ゲウラのガイヴァ議長が隣のジャクリュエル執政官に慌てて囁く。彼の声は完全にうろたえていた。
「落ち着きなさい、ガイヴァ議長。……いや、オーン教で最もご神徳あるサーディオ天弓(てんきゅう)最高大天司長の御姿を直に拝めるとは滅多にない幸運。……事実、この私でも手が震えておる。何とまあ、有難い事だ」
天空飛来大聖堂の最高位神官、天弓(※虹という意味を持つ)という異名を持つサーディオ最高大天空代理司長は、まだ齢(よわい)50にもなっていないかと思う。姿は老成された賢者のようだが、その実まだ神官としても若い方だという。
彼は幼少の頃から神童として世間を賑わせた。しかも彼の姉は巫女の中でも最高の力を持つ姫巫女の位にいた。
最高位神官の位に就く前は、聖戦士の頂点聖剛大天司(せいごうだいてんし)だったという事もあり、ただ神事に精通しているだけではない、凄みのようなものが彼から漂い流れてくる。
文武共に優秀である彼は、オーン信徒のみならず、世界の要人達までも尊敬に値する人物で、やもすると無駄に神聖化されている節があった。だが、祈りや神事のために、ほとんど大聖堂に籠もりがちで滅多に表に出ない彼は、そんな世間には無頓着のようだ。
そんな彼に臆することなく振舞えるのは、やはり五大国のそれぞれの統治者達くらいである。
案の定、彼が建物の中に入ったと同時に、待ち構えていた東西南北の王、そして中央の代表者らに囲まれた。
「サーディオ最高天大空代理司長様」
代表して厳かに中央のジャクリュエル執政官が声をかけ、恭しく挨拶をする。
「此度は遠路はるばる、ようこそゲウラに起し下さいました。私は執政を任されておりますジャクリュエルと申します。……それと…」
「ジャクリュエル様、着いた早々大変申し訳ございませんが、我が最高大天司長は連日の祈祷で体力を消耗されております。厚かましいお願いで申し訳ないのですが、個別に部屋を用意してくださりませぬか?」
サーディオ最高大天司長の半歩後ろに控えていた初老の神官が間髪入れずにそう申し出る。
こうして各国の政の頂点と、宗教の頂点が勢ぞろいする事は本当に珍しい。この機会を逃すものかと各国要人が接触を試みようとした所に、やんわりと遠まわしに拒否の言葉を投げかけられてしまった。中立の国として、ゲウラの執政官としては素直に受け入れる他はない。
「……かしこまりました…。では今すぐに」
「お待ち下さい、大天司長様!ぜひお話を!」「お聞きしたい事がっ」
「エピネ総督殿、モガ知事!そんないきなり……」
素直に退こうとしたゲウラの要人に気分を損ねた東の風砂(ふうさ)州エピネ総督と緑森(ろくしん)州モガ知事が、周りの役人の制止を振り払って前方に躍り出た。
「最高大天司長様の御前ですぞ。どうかお静まりを」
神官達を外側でガードしていた聖戦士(※大聖堂を護衛する私兵)が、そう言いながら二人の前を遮った。
「いやいや、この機会をなくしたらいつ大天司長殿と直接お会いできるのか!皆もそう思っているからこそ、ここに来たのであろう!」
エピネ総督は譲らない。その勢いに便乗しているモガ知事も、引く気がないようだ。その暴挙に慌てた様子の荒波州知事であるハウルが彼らを追う。「エピネ殿、モガ殿!ちょっと冷静に……」
「冷静にだと!?よくそんな悠長に構えていられるな!先程まで我々はこうして直にお答えいただこうと話し合っていたではないか!」
エピネは自分の後ろに待機している各国要人に怒鳴ると、再び最高大天司長に向かって叫んだ。
「お尋ねします、最高大天司長、天弓様!今度こそお答えいただきたい。18年前に滅んだセド王国の件です!」
「風砂の総督!」
西のシャイン王の制止する声も無視してエピネとモガはそのまま続ける。
「大天司長様のお耳にだって入っているはず!セドナダ王家に生き残りがいた事が世間に明るみになったことを」
「当時セドを攻め入ったとされる聖戦士の総統であった貴方なら、セドについて何かご存知でしょう?何故当時の事に口を噤んでいらっしゃる!どうして大聖堂は一国が滅んだというのに何も説明がないのですか!」
「総督!知事!落ち着いて下さい。これでは東の立場が…」
普段穏やかと評判の東の荒波州知事であるハウルは、この中でも若年者だということが災いして、何かと気苦労が絶えない。興奮する同国の者を必死で抑えようとするが聞き耳を立ててくれない。
「どうか真実をお答えください!絶対なる神の御使いである神官ならば、我らに隠し事は罪ではないですか?それとも何です?知られては拙い事が大聖堂にはあるのですか!!」
「エピネ総督!何という失礼なことを!」
中央のジャクリュエル執政官は、彼のストレートな物言いにぎょっとした。いくらなんでも直接的過ぎる…。そんな感情のままに最高位の神官に攻め寄ったりしたら……。
「無礼ですよ!退きなさい、東の方!」
聖戦士も彼らの暴言と勢いに眉をしかめ、とうとう牽制しだした。両者がにらみ合い、もみ合いになりそうな時、突然最高大天司長の真後ろにいた人物がのそりと前に進み、「東の方々か……」と耳に心地よい美声を響かせた。
その明朗にて爽やかな美声は殺伐とした空気を一瞬にして消し去るほどの威力があった。
「貴方は……」
最高大天司長を守るように斜め前に現れた美声の持ち主は、抜きんでて背が高いわけではなかったが大柄で、鍛え抜かれた戦士のような立派な体躯をしていた。その筋肉質な肢体を純白のローブに包み、銀糸と緑の糸のローブの縁取りで、彼がかなり高い位の神官であると見て取れる。男らしい角ばった輪郭は意志の強さを現し、高い鼻梁、しっかりした眉、大きめで形のよい唇で、かなり 整った顔立ちだ。やや細めのアーモンド形の双眸に煌く色はまるで澄み切ったような空色で、短く刈られている緩やかに癖のある髪の色は白銀。全体的に色素が薄い印象なのに冷たさを感じさせない。それは彼の穏やかな表情が、温厚な性格を現しているからだ。年の頃は30代後半といったところか。落ち着いた大人の男である。
「君、下がって大丈夫ですよ」
にこやかに微笑みながら、彼は今にでも刃を向けそうな護衛の者を退けさせた。
「しかし天花大天司(てんかだいてんし)様っ」
「……天花大天司……?」
その名に覚えがあるのか、ジャクリュエル執政官が顎に手をやり首を傾げた。
「君、今のこの方は聖典大天司(せいてんだいてんし)様であるぞ、呼び名には気をつけなさい」
やんわりと後方の神官のひとりが訂正し、青くなった護衛は、そうでしたとばかりにガチゴチになって言い直す。
「も、も、申し訳ありませんっ!お許しくださいクライス聖典大天司様!」
「ははは。そんな大袈裟に謝らなくても。実は私も聖典大天司と呼ばれるのに慣れず、まだ前任の医療司官だった頃の感じが抜けないようで……、よく他の神官方に注意されます」
「クライス……あっ…」
その名で思い当たったジャクリュエルは、思わず彼の姿を凝視してしまった。
「あ、あの…貴方はもしや……天空神童の称号をお持ちの……クライス天司…殿ですか?あの、滅多に出ない神童の称号を同時期三人も賜られたとされる三大天空花神童(さんだいてんくうはなしんどう)……のお一人では!?」
その言葉におや、と目を見開くクライス大天司は照れたように頭をかいた。
「……三大天空…花神童…?」
その名に聞き覚えのある者もない者も、そこで一瞬沈黙が広がった。だが、それに詳しいジャクリュエルは興奮を隠せずクライスを見上げる。
「そうだ。神童、という称号はなかなか天空から……巫女様からもらえぬもの。そこにおられるサーディオ最高大天司長様が取られるまで、終戦後になかなか神童クラスの天空童子(※10才以下の聖職者)は現れなかったが……。まさかそのサーディオ様から10年も経たないで同時に三人もの神童の称号を与えられる童子が出たと……あの頃、ゲウラでは凄い評判となったのですよ!これでオーンは安泰だと!」
「三大天空花神童!思い出しました。当時前代未聞と大騒ぎになりましたなぁ!そのうちのお一人があの例の王家の石板を持って脱走したという罪人の元神官だった男の悪事を摘発し、牢獄に入れたという武勇伝を聞いた事があります。もしや貴方が……」
隣にいたガイヴァ議長が目を輝かせて彼を見た。
当時この類の話は各国の上層部しか回ってこないものだったが、その衝撃が一気に広まった事が記憶に新しい。それは長年神官を務めた男の不正と禁忌を犯した罪全てを暴露し、ものの見事な捕物を披露した人間が、その時まだ成人にも満たない少年だった事が拍車をかけた。彼はその前から非凡さを高く評され、すでに神童という名と実力を遺憾なく発揮していた。
当時、彼と共に非凡であった他二名の童子と共に、当時の姫巫女であったラスターベルが花を愛でていたという縁で、【花】という文字を一字取った異名を、ラスターベル自らが彼らに付けた事から、彼らを“天空三大花神童”と呼んだのだ。
確かその三人とは、幼いながらもすでに神官候補である少年二人と、現在姫巫女となっている少女一人だと皆の記憶にある。
だが、話ばかりで当の本人達を目にすることは、オーンの人間以外に機会があるはずもない。だからこそ、目の前に佇む精悍で見目麗しい男が成長したそのうちの一人だと知って、彼らは興奮状態に陥っていた。
「それにまだ成人して間もない頃に聖戦士として活躍されていたとも聞いてます。それに、あのセドが崩壊した日に出兵していたとも……」
ガイヴァが勢いでそこまで言ってしまい、しまった、という顔をして慌てて口を噤んだ。だが、目の前のクライスも後ろのサーディオも表情は全く変わらない。特にクライスは別に気にしてもいないという顔で、穏やかに口を開いた。
「そうですねぇ。確かに私は花神童の称号を頂いておりますし、聖戦士としてその時出兵していました。でも、元神官を牢に入れたのは私ではありません。もちろん彼とは親しい友人ですので手伝いましたが、ほとんどその友人である花影(かえい)の手柄。彼は次期・聖剛大天司(※聖戦士の総大将)となる人物ですので、当時からそのような才能があったみたいですね、ははは」
三大天空花神童は、このクライス聖典大天司(※経典、教示を担う、教典司神官《きょうてんし・しんかん》の長)である天花(てんか※雪の意を持つ)と、次期・聖剛大天司(※警護、戦闘、守護を担う護衛司神官《ごえいし・しんかん…通称・聖戦士》の長)となる花影(かえい)、そして現在の巫女最高位である姫巫女の花冠(かかん)、この三人をいう。彼らは歳も近く、また幼い頃から聖職者として寝食を共にしていた。(ただ少女である花冠は8歳の時に巫女に位上がりしたが)なので大人になってそれぞれ大きな役割を持っても仲の良さは変わらない。下手すると血の繋がった兄妹よりも絆は強いかもしれない。そんな三人である。
「ただ、残念ながら私は花影と違って動くよりも本が好きで。こんな立派な図体して情けないとよく言われますが、私自身学びを深め、世に貢献するというのを目標としているただの聖職者……。皆さんが思うような、大層な人間ではありません」
にこにこと愛想よく話すクライスに、刺々しかったその場がまるで弛緩するように和やかになっていく。屈強そうな見かけと違い、かなり穏やかな人物のようだ。
ここでは天空飛来大聖堂のそれぞれの詳しい機関の説明はしないが、とにかく大聖堂で一番の最高責任者は男性聖職者の頂点、最高大天空代理司長であり、その彼を補佐するすぐ下の機関が3つある。それが次に位の高い大天司が務めるところだ。
神事を補佐する機関の長、聖祭大天司(せいさいだいてんし)。教典を教え広める機関の長、聖典大天司。教会を主に護衛する聖戦士を集う機関の長、聖剛大天司。彼ら3名の神官はそれぞれ副最高大天司長と思われて正解である。その中から次の最高大天司長が選ばれる事になっているからで、ちなみに今のサーディオ天弓大天司長の前任は聖剛大天司であった。
つまり、このクライス天花大天司は次の最高大天司長になるかもしれないほどの高位の者だということだ。
その彼がにこやかにその場を収めようとしていた。
「皆様方は色々と憶測されているかと思われますが、大聖堂は皆さんを謀るつもりなど決してありません。……ただ…18年前の件については、我々一存だけでは軽々しくお答えできないのです」
「何故です?何でそんなにまでして……。大聖堂は何を隠しているんです?そう思われても仕方ないのではないですか!?」
まだなお食い下がるエピネ総督に、クライス大天司は苦笑して再び口を開こうとしたその時、今まで沈黙を守っていたサーディオ最高大天司長がいきなり言葉を発した。
「今は時期ではない」
そのたった一言が、周囲の者を固まらせるに充分だった。誰もが大天司長の言葉の真の意を探ろうと思考が傾き始めた頃、今まで集団の外で傍観していた南の大帝ガーフィンが、はっきりと彼に疑問をぶつけた。
「貴方は当時セドに率先して攻め入ったと人伝で聞いた事がある。大聖堂が…いや、貴方が怒り狂うほど、セドナダ王家は何をしたのだ。人が噂するように滅んだのが神の逆鱗に触れたせいだというのなら、何故神は神王の直系を生き残らせた?……本当に神が怒り狂っていたのなら、全てを無に返す事など造作でもないと私は思うのだがな」
しん、とその場が静まり返った。その問いは大聖堂へというよりは、サーディオ最高大天司長個人に向けて放たれたに等しかったからである。
「何が言いたいのですか」
空色の目がすっと細くなり、本人ではなく代わりに疑問を疑問で返したクライス聖典大天司の纏っていた空気が一瞬変わった。だが、そんな彼にはまったく構わず、ガーフィン大帝はじっとサーディオを見据えて話を続けた。
「世間を騒がせている噂ぐらい、天空の頂点、巫女様と同等に神に近しい貴方なら知らないわけがない。しかも一国が滅んだその時を、貴方がたはその目で見ていたに違いないのだ。──本当に神の怒りだったのか?様々な情報を得て、私自身疑問が湧いたのはこの点だった。万物を創造した万能な絶対神ならば、全てが完全でなければならないだろう?
──故に、私が思うにこれはある意味事故だったのではないか。セドが手に入れたという秘宝は確かにあった。それが神の力だという噂が本当なら、追い詰められてそれを使おうとしたセドナダ王家が……使い方を誤った…。そうとしか思えないのだ」
皆は息を潜めてガーフィンとサーディオの様子を交互に窺っている。
「しかもこうしてその鍵を握るとされる王子の存在も明るみになった。──なのに何故、それでも貴方は沈黙を守る。
こんな騒ぎになっているのに、一番事情に詳しかろう貴方と大聖堂から何も聞こえてこない。……それでも待て、と?真実を明かすのに何故時期が関係するのです?何を隠されているというのだ」
「南の王よ。貴方のお気持ちもわかりますが、本日は定例会議に出席するためで、そのような込み入った質問は受けつけられません。また後日、正規の手順を踏んで大聖堂の方に申請なされよ。それが筋というものでは」
突然、サーディオの後方で控えている神官のひとりが有無を言わせない素振りではっきりと告げた。
「そうですよ。さ、早く部屋に案内を、執政官。」
と反対側にいるもう一人の神官もそう言ってゲウラの役人を急き立てるように促した。
もうこれ以上答える義務もないというような態度を取り始めた大聖堂側に、ざわつき始めた要人達を制するようにゲウラの役人達が動き出したその時、中央で佇むサーディオ最高大天司長が口角をわずかに上げた。
その微かな微笑みに気づいた者がどれほどいただろう。全てを悟ったような静かな色を湛(たた)えている彼の瞳が一瞬揺らめいたのも。
まだ何かを言おうとする東の人間や騒ぎ出しそうな周りの要人達を牽制しながら、ゲウラの役人の誘導の下、大聖堂の一行は再びゆっくりと移動を開始した。
「……サーディオ最…」
また誰かが彼を引きとめようと声を発した途端、すでに歩き始めていたサーディオは一旦歩を止め、さっと周囲の者を見渡した。そして朗々とした声で詠うようにこう告げる。
「時満ちて、天と地の契合により全て明かされるまで待たれよ。──全ては天の意のままに。全ては神がお決めになろう」
まるで神託を告げるかのような言い方は周囲は圧倒し、誰もがその神々しさに“気”を呑まれた。
瞬時に静まり返る彼らに目礼すると、大聖堂の最高神官は何も無かったかのようにその場を優雅に去った。
後に取り残されたのは、結局何も掴めなかった各国の要人達だけであった。
* * *
そのような騒動の後に始められた会合も、結局陰鬱のまま終了された。
しかも各々の宗教関係者が外界の混乱した様子に動揺が走ったのは、溜息のまま会議室を出てすぐの事だった。
北の国モウラで第一王子が謀反を起したという一報が入ったのは宗教会議が始まってすぐの事であったという。
しかも噂のセドの王子がその北の国にいるらしいという情報も、ゲウラの議事堂は上へ下への大騒ぎとなっていた。
そのショックで北の国のミンガン王が倒れてしまった事も拍車をかけて。
結局北の王はゲウラの要人に身を案じられ、しばらく中央国に留まる事となってしまった。
そして各国の王ならびに要人らは、今はただ国のこれからの情勢を慎重に窺うしかなく、皆緊迫した様子で帰国して行った。
もちろん、宗教各要人も然りである。
こうして怒涛の各国・各宗教の会議は終わった。
結局何の実りのないまま、かえって大騒動に翻弄される事となった。
全ては渦中にいるセドの王子が鍵を握る。
天が決めた第一の段階であるその時はすぐそこまできていた。
それに気がついている者は、どれだけいるだろうか。
──全てを巻き込む大きな嵐は、すでにもう始まっている。
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