暁の明星 宵の流星 #196‐①
※今回短いですが投下します
* * * * * * * * * * * *
シュンメイが重い口を開こうとしたその時、にわかに部屋の外が騒がしくなり、話は突如部屋に飛び込んできた子供に遮られた。
「かーちゃ!兵隊さんが沢山おうちに来る!」
皆はその内容に緊張が走った。飛び込んできた6歳くらいの男の子は肩までの黒い髪を振り乱し、息を切らしながらシュンメイの膝上に乗っかった。
彼女は子供にシッと口元に人差し指を当て、床に下ろすとすくっと立ち上がった。
「リージィン、エンジュと一緒に隣の部屋にあるローブを取ってきて。慌てなくても大丈夫よ」
リージィンと呼ばれたその黒髪の少年はコクコクと頷くと、シュンメイの傍にいた使用人の少女と連れ立ってその場を離れて行く。
「兵隊……って」
「中央軍でしょうね、第一王子に寝返った……。
皆さん、窓から絶対に顔を出さないで。意外と早くこの村に入ってきましたわね。きっとこの一軒ずつ偵察がてらに鎮圧を告げに来たのでしょうから」
イェンランの言葉を途中で遮ったシュンメイは、ふぅっと溜息を吐きながら目と目の間を揉んだ。
「で、俺達はどうすればいい」
キイの言葉にシュンメイは困ったように口元を歪めると、
「皆さんには……信徒になってもらいます」
きっぱりとそう答えると、慌てて両手に沢山の布地を抱えて戻ってきたリージィンとエンジュの二人から、それらを一枚ずつアムイ達に渡す。
「えっと?」
それは体をすっぽりと包む濃紺のローブだった。しかも、フード付きで、胸元に紋章らしきものが銀の糸で刺繍してある。
「これは……」
「オーンの紋章…ですね。信者の礼拝の正式な衣装ということですか?」
戸惑うアムイに、シータがシュンメイから手渡されたローブをじっと見つめて言った。
「そのとおりです」
「何故これを?」
「説明は後で。とにかくすぐにそれを着て下さい。なるべくフードを深く被って。…ええ、そんな感じですわ。これから巡礼に向かうような気分でいてくださいね」
シュンメイは微笑むと自らもそのローブを身に着ける。そして意を決すると着衣の終わったアムイ達を庇うように前に立った。
「リージィンこっちへいらっしゃい」
シュンメイが少年を呼び寄せると、彼の小さな体をぎゅ、と後ろから抱き込む。
それと同時に玄関の扉が開け放たれた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
なだらかな丘の上に、小さな教会がある。その教会の後ろにはまた質素な宿舎があって、そこには信者や孤児、そしてその教会を守る聖職者が住んでいる。
宿舎の後方には鬱蒼とした森が茂り、その奥に信者の墓がひっそりとあるという。
今、アムイ達はこのオーン神教会に匿われていた。
どやどやと踏み荒らすように屋敷に入ってきた中央軍兵士らに対峙したシュンメイは、上手くアムイ達をオーン教信徒と誤魔化して、難なく兵士らを追い出すと、間髪入れずに全員屋敷から連れ出した。
そして案内されたのが、このオーン神教会であった。
「まさかオーンの信徒にされるとはね」
キイが苦い笑いを浮かべて信徒用のローブを脱ぐ様子を、シュンメイは複雑そうな表情で見守る。その様子を傍で見ていたアムイは、彼女はどこまで知っているのだろうと疑問に思った。
「…信徒でもない方に、無理やり振りをさせて申し訳ありませんわ。でも、これが一番手っ取り早く難を逃れる手段でした。…特にここは、異教の中でもオーン神教には寛大だからです。亡くなった妃であるリザベル様に縁がある関係、国教である北星教の次に保護されております。ですから異国の方でも無暗に怪しまれないという利点があるので…」
シュンメイの申し訳なさそうな言葉に、目を一瞬丸くしたキイは、「いや、変な言い方をした」とバツが悪そうに頭を掻いた。
「そうよぉ、キイ。絶対神様の加護で難を逃れて、感謝こそすれ文句を言うなんて、ほーんと、肝っ玉のちっちゃい男だこと、ねぇ?アムイ」
「……シータ…」
アムイは疲れたように息を吐いた。痛烈な皮肉にキイの眼が三角になっている。このままだとまたいつもの二人の諍いが始まりそうだ。
「だいたいなぁっ、シータお前は…」
「それよりも、シュンメイさん、貴女はオーン神教に縁があるんですか?信徒でもない俺達に、信仰の証でもある……礼拝で使うローブまで貸してくれて、かえって神を冒涜したことにならないか?」
清廉であり潔癖を貫くオーン神教は他の宗教よりも戒律が厳しくて有名だ。
特に他と一線して違うところは、オーンには出家というものがない。
天仏神を崇める他教には、一般の者でも途中から門徒として受け入れるところがほとんどであるが、オーンの場合、唯一の神に仕える職…つまり聖職者は一般信徒とは別の存在で、彼らは聖職者となるために、幼少から成人前までに必ず純潔であるという条件のもとに入門し、修行を積む。唯一の神の名のもとに神の手足となって神に仕え世の中に奉仕するために聖職者は作られ、だから途中から聖職者になりたくてもなれないのである。
たとえば、他の寺院のように、人生に疲れた者が神仏の世界に入門し僧(聖職者)となる、ということはオーンでは考えられない。純潔を重んじ、不浄を疎うオーンの神官や巫女になる人物は、当たり前だが俗世の垢にまみれていてはならないのだ。何故なら彼らは神の使いでもあり、神に向かう立場であるから清らでなくてはならない。それが第一前提であるからだ。(だが信徒は途中からでも神の洗礼を受ければなれるが)
そのような潔癖ともいえる思想のオーン神教の信徒たちも、そのように神は不浄を疎うと信じているから(いや、本質は正しい)信者でもない人間が無暗に神の懐に入るのを嫌がる傾向がある。神に対する真摯な思いが行き過ぎて、どうも他教徒を排除しがちなのだ。ただ、それも宗教戦争が終わり、宗教の自由が認められてからはかなり緩和されてきたが。
「そうですね。…中には神聖なローブを他教徒に貸すのを嫌う者がいると思いますが、この教会はオーンであっても、モウラ国にある分教です。ここに駐在している聖職者もこの国の人間ですので、大聖堂よりも融通がききます。人助けと知れば、教会からは文句などないでしょう」
「では、シュンメイさんはオーン神教徒?」
イェンランは小首を傾げてシュンメイを見上げた。見下ろす彼女の目が優しさを湛える。
「ええ。10年前に結婚して改宗しましたわ。……その…夫が信徒ですので」
頬を染めて言う彼女の手に、先程の黒髪の少年がぎゅっと縋り付く。その子の瞳を見て、皆はあ、と息をのんだ。
先程はそれどころではなくて、飛び込んできた彼女の息子だと思われる少年をよく見ていなかった。黒い髪に白い肌。それよりも何より、その子リージィンの目は若草のような優しい緑色だった。
※栢ノ守 超。私的通信……更新
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