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2014年3月22日 (土)

暁の明星 宵の流星 #197

ええっと……。一体どうしてこんな気まずい空気になったんだっけ……。

イェンランは先程まで噛み締めていた朝食のパンを飲み込むと、小さく吐息を漏らした。

それはもちろん、夜半に現れた三人の人物によってもたらされたものと分かっている。ただ、ただ…ねぇ……。


ここは教会の食堂である。信徒が多くは入れるようにと数十人も人が余裕に入れるほどの広間で、長いテーブルに木の椅子が向かい合っている。10人掛けのそのテーブルが平行に3列ほどあって、その窓側の一列にイェンラン達が向かい合って座っている。

窓側にアムイ達一行──アムイ、キイ、イェンラン……そしてシータとシュンメイ。その向かいにシュンメイの夫であるハロルド、彼の従兄弟だというクライス聖典大天司、教会の責任者であるフォウ天司とその甥であるリンチ-天司が並ぶ。
隣の中央のテーブルではシュンメイの子や教会で暮らす孤児達が賑やかしく朝食をとっている。
普通なら和やかな食事風景なのだ、“普通”ならば。

もちろん子供達のテーブルは普段通り明るい声が聞こえてくるが、対照的に大人達が陣取るテーブルでは誰も一声も発することもなく、ビリビリとした険呑な空気が漂っている。

そう、この嫌ーな空気。別に昨夜現れた彼らが持ってきた中央王都の情報のせいではない。決してない。──だって後からやって来たイェンランとシータが聞いても、あ、やはりね?と思うような情報しかなかった。
なのに、どうしてこんな雰囲気になっているかというと────。

イェンランはちらりと目の前で食事をする四名の聖職者達を窺った。
特に銀髪の美丈夫と隣の隣で機嫌悪そうに野菜を口に運ぶ顔色の悪い神経質そうな若い男。
この二人のせいだ。絶対そう!
と、イェンランは見えないところで拳を握った。

直接の原因は刺々しい反応を隠さなかった、教会のフォウ天司の甥という中級聖職者のリンチ-だと思う。
いやいや、聖職者のくせにあんな態度を取った大天司様が発端だ。
彼があんな、俗っぽい反応をしなければ、潔癖が顔に張り付いているようなリンチ-天司がああも露骨な態度には出なかったであろう。

うん。そうだ。

やはり実際の元凶はこの麗しいほどに神々しい、俗世と全く関係ありません、というすかした顔をした(イェンラン目線)クライス大天司サマだ!


* * *

昨晩。
教会の宿舎で子供達の世話を手伝っていたイェンランとシータは、思いのほか仕事がてこずってしまい、今夜訪れるという王都の情報を持つ人物が待つ応接間に向かうのが遅れてしまった。
まあ、キイとアムイが出迎えているはずだから、少しも心配などしていないけれど。
それでも王都の状況は把握したい気持ちに変わりなく、特に只今絶賛音信不通となっている昂老人の安否が一番気にかかる。いくら賢者衆きってのつわものとはいえ、(推定)80は超えているご老人だ。
「お爺さん、無事よね?シータ」
「そうね……。といっても、今どういう状態なのかもわからないし…。老師の事だからきっと上手く切り抜けているとおもうのだけど」
二人は逸る気持ちを抑えつつ、教会の廊下を早足で渡る。目指す部屋へと迫った時、扉越しに中での話が聞こえてきた。

『ということは、 昂極(こうきょく)大法師は無事なんですね?』
『ええ、かの方から文を預かっています。』

優しげなうっとりするほどの美声が聞こえる。だが、それよりも昂老人の無事、という言葉にイェンランは気が急いてノックもせずに扉を開けてしまった。
「お爺さん、無事だったの?」
「イェンラン!いきなり入っちゃダメでしょ?」
後ろでシータが慌てて彼女を制するも間に合わず、突如入って来た少女に驚いて部屋の中にいた客人が彼女らを振り向いて固まった。

何故かそのまま数分、相対した感じで互いに見つめ合い、奇妙な沈黙が流れる。

見知った顔の他に三人、初めて見る顔が目を丸くして飛び込んできた自分達を凝視している。一人は薄茶の髪に緑色の目の旅装した男で、他の二人は聖職者とはっきりわかる衣装を着ている。そのうちの一人は神経質そうな痩せている長い黒髪の男。そしてその後ろにいるのがなかなかの美丈夫。銀色の髪が灯篭の光を受けてきらきらしているなぁと、イェンランはぼんやり思っていた。

と、その奇妙な沈黙が突如としてぶった切られたのは、思わず彼女が見惚れてしまっていた銀髪の聖職者の反応だった。
「うわっ……」
と、いきなり変な声を発した次の瞬間、かぁっと真っ赤になったかと思うと、挙動不審に目を泳がせた。
「大天司?」
反対に険しい表情になったのはその様子に気が付いた黒髪の聖職者リンチ-天司だ。
「い、いや……そ、その……。ええと…」
「どうした?クライス。その…珍しいなお前」

懸命に平静を取り戻そうと焦っている彼の様子に、従兄弟でもあるシュンメイの夫ハロルドは、まるで初めて見たかのように呆気にとられている。いや、子供時分から知ってはいるが、普段平静さを失わず、常に微笑みを絶やさない従兄弟に、 こいつは生まれながらの聖人だといつも感心していたのだが。……なのに何だ?この俗っぽい反応は…。
完全に周りも怪しい態度の大天司に驚いた顔をしている。
ハロルドも首を傾げながら、彼…クライスが反応したであろう原因を探ろうと、今部屋に入って来た人物をこっそりと観察する。

飛び込んできたのは黒髪で小柄な…かなりの美少女だ。普通の男なら彼女に反応したと思うのだろうが、クライスは普通の男ではなかった。しかも清廉潔白な聖職者である従兄弟が反応したと思われるのは、…そう、多分、黒髪の少女の後ろにいる……すらりと細身で…何というかすべてがキラキラとした…目が痛いほどの艶っぽく派手な美女である。薄い金髪をゆるく頭の上で纏め、ジャラジャラとした髪飾りが華やかに揺れ、琥珀に近い色の瞳と真っ赤な唇は扇情的に男の目には映るだろう。
もちろん、この場にいる人間の中で美貌という事であれば、ルーと呼ばれるキイという男が一番だが、クライスは全く動じていなかった。まあ、仮にも彼は男だし、そういう対象ではないからかもしれないが────。

…………ええ? いや、でも、まさか……ということは、あの反応は…。
(まるで一目惚れしてしまってその動揺を隠そうとしている……かのように見える。見えるぞ、クライス!いいの?それっていいのか?!聖職者なのに…それ、まずくない??しかもあんな派手な……ごにょごにょ)

変な汗が出て来そうになるのを抑え、平静に努めようとするのは、クライスの隣にいるリンチ-天司が益々険呑さが増してきたからだ。このまだ年若いリンチ-という中級聖職者はかなり潔癖な所があると見た。というか、理想が高いと言うのか聖職者たる者の気高く清らかな姿を目指しているという感じで、俗っぽい、もしくは不浄なものを拒絶しているという感じに見える。…まあ、高みを目指す若い聖職者にありがちな感情なのだが。
ハロルドが心配すればするほど、リンチ-天司の顔が恐ろしいほどに強張っていく。どうにかしろぉぉと悶絶寸前までいきそうになるハロルドをよそに、クライス大天司は黙っていればいいものを、何をとち狂ったのか思いっきり爆弾を落としたのだ。しかも、もうこれ確定でしょ?というような態度で、しっかりと黒髪の少女を通り越し、例の金髪の美女にしっかりと視線を合わせて(ガン見しているとハロルドには映った)それでも懸命に感情を抑え込もうとしながらこう言ったのである。

「い、いやぁ…。こんなに美しい方を見たことが……そ、そのなかったもので…。ごほっ。……へっ、変な態度を取って申し訳ない、です。れ、レディに…その……。うく。しっ失礼でした」

おいっ!全く感情を隠しきってないぞクライス!
なんでお前、そんな真っ赤な顔している。言葉もなんかおかしいし、完全に動揺してるじゃないかぁぁぁー。

ハロルドが心の中で雄たけびを上げた次の瞬間、むすっとした美女から発せられた感情のない言葉にその場(特にリンチ-天司)が凍り付く。(いや、周囲はリンチ-の空気に凍り付いていたのだが)

「いえ。何で謝られているのわかりませんけど。──それにアタシ、レディじゃないしこれでもれっきとした
 お・と・こ なんで、謝罪などいりませんわー」

その後が大変だった。大変だったのは周囲の人間達で、当の本人はシータを前にしてずっと挙動不審が治らず、しかもこの煌びやかな格好の美女が、美女ならぬ女装した美男だったことから、リンチ-天司の心証を思いっきり悪くし、とうとう最後まで友好な会話が成り立たなくなってしまい、早々にお開きとなった。
翌朝になれば、気持ちも新たにリセットされると儚い希望を抱きつつ……。いや、今朝の食事時の雰囲気を察すれば誰もがそんなの無理だとわかるが…。

* * *

で。イェンランの心の中の溜息が昨夜での出来事のせいなのは明白なのだが、もっと頭が痛いところは、自分の隣でお茶を啜る天下の美人、シータ=シリングの不機嫌さなのだ。怒ると怖い、という定評の彼は、昨夜からこのピリピリした態度を隠そうともしない。それもそうかとイェンランはこっそりと同情した。それと同時にこの件で当事者にならなかった自分にホッともしていたけど。(だって面倒はイヤ)

これも全て目の前の聖人君主さながらの大天司が、彼を見て顔を赤くして狼狽えたのが発端であり、それに対して彼に怒りと侮蔑の視線を隠そうともしない隣の中級天司のせいなのだ。
特にこのリンチ-天司。それぞれが部屋に戻るとなった時に、他の人間にわからないようにこっそりと二人の元へやって来て、それはもうネチネチと嫌味と牽制の言葉を投げかけたのには呆気に取られた。イェンランでさえそうなのだから、面と向かって酷い言葉をかけられたシータの心中は如何ばかりか。
『恥ずかしくないのか?男のくせにそのような格好で』
『男に媚売る男娼か?』
『そんな不浄な姿を我々(聖職者)の前に見せるな』
『あの方を惑わす悪魔か』          ────云々。
イェンランだって思わずかっとくるような物言いに、シータは冷たい眼差しをリンチ-に向けているだけだった。そして一言、「よくわかったわ」と彼に言い放ち、そのまま踵を反してその場を後にした。残されたイェンランは、忌々しげに舌打ちしたリンチ-にびくっとして、慌ててシータの後を追う。その時の彼の表情から性的対象となる存在を汚らわしいと思っているのがありありと浮かんでいた。
……ということで、イェンランはいわれのない憤りと、偏見な目で物事を上から見るこの若い聖職者を好きになれなかった。いや、それ以前に関わりたくない人間のナンバーワンだ。
彼の事をどう思っているのか、意外にシータは何も言わない。ただ、昨夜からトゲトゲしたオーラが彼の周りに纏わりついている。──結構…いや、かなり怖い。
それなのにその要因であるクラウス大天司といえば、そんな空気を知ってか知らないか、昨日よりも落ち着いたのか今日は始終にこにことしている。(イェンランにとっては、“わざと“へらへらと能天気に笑っているとしか見えないのであるが)

「……それはそうと、リンチ-…どこか具合が悪いのかね?先程から何も話さないが……」
困惑しているのは昨晩の様子を知らない叔父であるフォウ天司だけだ。先程からちらちらと周りを窺いながら首をひねっている。自分の知っている甥のリンチ-は理屈っぽいところはあるが、普段は穏やかなタイプの人間だ。それが誰に対しても険呑な態度を隠そうともしないのは珍しい事だと叔父として感じていた。やはり身内。しかも自分に憧れて聖職者になった人間である彼の、失礼ともいえる態度でも、良いように捉えるのは当たり前だろう。

同席しているアムイもキイも我関せずで始終無言。この状況から早く逃げ出そうとしているのが見え見えだ。戸惑っているのはシュンメイとその夫のハロルド。特に可哀相なのは何とかこの場を取り繕うとするシュンメイの引き攣った笑顔だ。
やっとの事でその空気が破られたのは、何という事ではない、食事を終えたリンチ-が真っ先に立ち上がったからだ。彼らと一緒の食卓に着きたくないという様子があからさまの、無礼な態度のまま無言で盆を持って厨房近くのカウンターまで持って行こうとする。
「お、おい、リンチ-……」
甥の態度にフォウ天司も眉間に皺が寄る。シータは目の前で悠々とお茶を飲もうとしているクライス大天司を思いっきりギリギリと睨み付ける。 周囲はそれを内心頭抱えながら見ていたのだが……。

リンチ-が顰めた顔のまま隣の子供達がいるテーブルに近づいた時、ちょうど食事を終えたセイオンがはしゃいだまま席を立って、隣のテーブルにいるアムイの方に駈け出した。
「レイさんっ、あのね、あのねっ」
「あ、セイオンの馬鹿!食べたら大人しく食器を持ってい……」
隣の席のリージィンが慌てて止めようとしたが遅かった。
勢いよく飛び出したセイオンはそのままリンチ-に突っ込み、派手な音を立ててリンチ-の盆は床に落ち、食器がばらまかれた。セイオンはそのまますっ転んでリンチ-の体に弾かれ、彼の足元で尻餅を着いた。
「あー、だからダメだって……」
「危ないだろ!!」
リージィンの困った声と共に、普段なら声を荒げないリンチ-がカッとして足元にいる子供に怒鳴りつけた。
「ごっ…、ごめんなさ……」
すでに半泣きのセイオンを助け起こそうとしてアムイが立ち上がろうとしたそれよりも早く、厨房から騒ぎを聞きつけた母親のステラが慌ててセイオンの所に駆け寄り、我が子を抱き寄せ、リンチ-に頭を下げながら許しを乞うた。
「申し訳ありません!息子が大変失礼なことを。お怪我はございませんか?今すぐに片付けます……の…で」
「お、まえ?」
顔を見て謝罪しようと面を上げたステラに、リンチ-天司が驚愕の表情で彼女の顔を見下ろす。
「……あ、の…」
途端に真っ青になって震えだステラ。それを不思議そうに見上げるセイオン。リンチ-は信じられない、という顔のまま、ステラとセイオン親子の顔を交互に凝視した。
「……ステラ?ステラ=リード?」
びくり、とステラの体が萎縮する。その様子を嫌悪感丸出しの眼差しに変化させたリンチ-天司は、そのまま彼女に抱き込まれている子供に冷たい視線を投げた。
「堕天者(だてんもの)が…!!」
そう忌々しく小さな声でつぶやくと、リンチ-は振り返って自分の叔父に大声で問いかけた。
「叔父さ…いえ、フォウ天司!何故ここに堕天者がいるんです!?大聖堂を追われた汚らわしい女がどうして神聖な教会にっ……!!」

リンチ-の激しい怒声はその場を険悪なものに一瞬で変えた。
「リンチ-!」
問われたフォウ天司は青くなって席を立ち、ハロルドとシュンメイは強張った表情で体を硬直させている。子供達はどうしたのかと戸惑うばかりだ。

「堕天者……?」

聞き慣れない言葉にイェンランは首を捻った。ふと隣を見ると、シータが怖い顔してじっとリンチ-天司を睨み付けている。いや、シータだけではない、キイも、そして特にアムイも鬼気迫るような険しい顔を彼らに向けていた。──その原因が、リンチ-の放った言葉ではないかとイェンランは思えてならなかった。……その、意味を、きっと自分以外は知っているだからだろうと憶測できた。

「リンチ-、向こうで説明するから……」
「今説明ください!この事を大聖堂は知っているのですか?この女は神を裏切り男と交わった罪人ですよ?そんな汚らわしい身で羞恥もなく神聖な教会にいるなんて……!」
激昂したリンチ-は止まらない。これまで積もり積もった憤りが限界を越えてステラをきっかけに溢れ出てくる。
「ステラ=リード、かつては私と同じ大聖堂で仕えた神聖なる聖職者だったくせに、異性と交わり堕天した筈。なのにどうして性懲りもなく神の御許にいるのだ?…しかも」
リンチ-は彼女の懐で震えている子供に刺すような視線をぶつける。
「その証を堂々とこの世に送り出し、のうのうとしているなんて、なんて面の皮が厚い女だ。
女の聖職者は問題ばかり起こす。だから、廃止すればいいのに……」
最後は独り言のようにつぶやいたリンチ-だが、きっと彼が日頃思っていたことだろう、傍で聞いているステラの顔色は可哀相なほど真っ白になっている。

昨今、リンチ-天司だけでなく、女が少なくなってから女聖職者に対する偏見と差別は大陸中否応なく大きくなっていた。特に生涯純潔を守らなければならない聖職者に女がなるというのは、子を産む性が減るという事でもある。中には男性に対する嫌悪と恐怖心で聖職者になる娘も少なくなく、一時問題視されたくらいだ。大聖堂の方も、女がこのまま大陸で減り続ければ、聖職者でも女であれば狙われる危険も増え、それに伴って罪人……つまり堕天者(聖職を剥奪される)を増やす危惧に悩まされている。いっその事、女聖職者は保護の強い神殿…つまりそこで護られる巫女のみにしたらどうかという話すら出ている。
だが、まだまだ問題は議論の渦中であり、安易に決着がつきそうにもない。
そして根深いのいは、たとえ聖職者が無理やり襲われたとしても、神の加護が尽きたとしてすべての責任が女に行くという事だ。──つまり、本意でなくとも、穢れた女の方が悪いとされる。理不尽でも。

「ご、ごめんなさいっ、ぼく…」
母親が責められていると察し、謝罪の言葉を発したセイオンに、蔑むような嫌悪丸出しの表情でリンチ-は言い放った。
「話しかけるな、忌み子(いみご)め……」
「いみ…ご……?」

その瞬間、シュンメイが弾かれるようにステラ親子に駆け寄った。
「天司!いい加減になさってください!そんな言い方をして、自分が恥ずかしくないのですかっ!」
「恥ずかしい?そんな事あるものか。私は事実を言っているまでの事だ」そこまで言って、リンチ-ははっとしたような顔をした。
「ステラ?もしかしたら皆に隠して神に縋っているんではないだろうな?いくら縋ろうとも裏切ったお前を神は許しはしないだろう。特にこの世の罪を背負って生まれた忌み子など……産むなんて最大の裏切りだ!」

とんでもない暴言に、イェンランは思わずアムイとキイの顔を見てしまった。

話の内容からすると、何で彼らが険しい顔をしているか、わかったからだ。

忌み子────。

それはアムイ、そしてキイが背負った呼び名であった。堕天者は彼らの親に与えられた呼称。

大聖堂での彼らの位置は、今のリンチ-が暴露した感情が主立っているだろう。
嫌悪。侮蔑。忌避。
────全ての聖職者がそうでないといい。二人のためにイェンランは泣きそうになりながら祈るように膝の上で手を組んだ。
だがそれでもリンチ-の暴言は止まらなかった。

「堕天者も忌み子も、神に許しを乞うても無理だ。とっととここ(教会)から失せるがいい」
「リンチ-!何てことを!」
「フォウ天司、説明できないのならば黙ってください。知っていて堕天者を、しかも忌み子まで教会で世話していたなんていう醜聞を抱えていいと思っているのですか?」
その言葉に切れたアムイが立ち上がろうとする直前に、激しく椅子を蹴って勢いよく立ち上がったのは、キイでもなく、何とシータだった。

「黙れ!」

腹の底からのシータの怒声は、広い食堂をビリビリと揺るがした。
ぎらぎらとした怒りの火を瞳にくすぶらせ、敵を前にした時よりも数倍迫力を増している。イェンランは首を竦めた。
いや、コワい。いつも思うけど美人が怒るとほんっとうに怖い。子供達だって怯えてるよー…。

ドキドキしているイェンラン達をよそに、シータは騒ぎの二人の傍まで大股で歩いてくると、くるりとステラを背にして庇うようにリンチ-の前に立った。そしていつもよりも低く、唸るように、ドスの利いた声で一喝した。

「聖職者、なめんじゃねーぞ、おい。人を傷つけるような潔癖さなんて一番必要ないものだ。それよりも人を蔑む心根を恥じれ!何を勘違いしてるのかしらんが、聖職者だからって自分が特別だと思うなよ?神の庇護に胡坐をかいて、人を見下して聖者面してる自分が一番滑稽だという事を、気づかなければお前は屑だ。それこそ神に対する冒涜だと知れ!」

シータの事を女かぶれした男に媚売って生きているように思っていたリンチ-は、思いも寄らない彼の乱暴な言葉と気迫に一瞬呑まれた。が、聖職者として無駄にプライドのある彼は、かえって自分が軽蔑するような対象から叱責されたという事実だけで、頭にかぁっと血が昇った。

「お前こそ恥を知るがいい!聖職者でない者が偉そうな口を利くな!」

彼に自分の意思が通じないと見たシータは、ぶすっとしたまま息を大きく吸うと、ため息交じりに仕方なく直接彼の上司であろう大天司に話を振った。
「ねーぇ、そこで偉そうにしている大天司さんも何とか言ったらどう?アンタの監督不行き届きでしょうが!こんな馬鹿放置してるんじゃないわよ!」
「なっ、なんだと!なんていう口の利き方をするんだ!この男娼風情が……」

「リンチ-天司」

クライス大天司の険しい声でリンチ-ははっとした。物凄い重い空気に自分も言い過ぎた事を悟ったが、もう遅い。恐る恐る憧れの大天司を見やると、案の定ひっと喉を詰まらせた。

自分の上司でもある(しかも教育係でもあった)クライス聖典大天司(せいてんだいてんし)は、今まで見たこともない冷たい顔をしてリンチ-を睨み付けていたからである。


◇◆◇


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