暁の明星 宵の流星 #201
その15.光輪発動~解放~
光輪(こうりん)は降臨
すべては天との光の柱で繋がれる
天空の扉は今開かれ
浄化の光が刃(やいば)となって
禊(みそぎ)のごとく 地を祓(はら)う
◇◆◇◆◇◆◇◆
動かぬ個体に動という力を与えてみる。
それを人は命を吹き込むと言うんだ。
人も獣も植物も皆、動力の火を与えられて目まぐるしく動く。
それが生きるということならば、絶え間なく動くその細胞、巡る血液、これらを動かす力というものが必要であるとわかるね?
動かす力がなければ全てのシステムは停止し、それをこの世界では“死”と呼ぶのだよ。
ほら、意外とこの世界は簡単で単純にできているだろう?
だから、そんなに考え込まなくていいんだ。
そんなに悩まなくていいんだ。
お前の持つ力とはそういうものだ。
神が地を造った時に使った力。人では手に余るというその力。
何故、今こうして地にもたらされたのかという意味を、生涯に渡って考えればいい。
思考だけは自由自在だ。肉体という物体に押し込まれてこの世では不自由かもしれないが、時間をかけて工夫をし、自力と他力をうまく使えばこの世に顕現することだって可能だよ。ただし、この世の法則にのっていればという、基本的なルールはあるかもしれないが。
だから、キイ。もう少お前は天を信頼しろ。
お前の魂(たま)は、宗教にどっぷりとつかっている人間なんかよりも、はるか自然に天界の近しい所にあるのだ。
お前は天に繋がる者なのだから───。
──自分達を育ててくれた前聖天師長・竜虎の言葉が胸に響く。
キイはふと隣に佇む自分の片割れを見た。あの頃と比べて彼は一回りも大きくなって自分と同じ位置に追いつこうとしている。
あともう少しだ。
キイの予感は迫りくる新たな段階を察知し、胸を躍らせていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
北の国で一番大きな港・水甲(すいこう)がある中央王都の次に大きな都ウーエン。
そこはミンガン王の異母弟イアン公の領土でもある。彼の手腕でただの港は貿易の門として発展し、それに伴って町は潤い、都となった。そういうところも、イアン公は北の民(たみ)の尊敬と人望を一身に受けていた。
その都ウーエンの中心を賑わす繁華街では、かなりの人がごった返していた。
何故なら、国の中枢でもあり王宮が存在する中央王都が戦闘状態であるからだ。死に物狂いで逃げてきた人々が中央からどっとこの地に流れ込んできた。もちろん、繁華街を通り抜け、彼らが目指すのは水甲の港である。
だいたいこちらに流れてくるのはかなりの富裕層と見てもいい。貧乏人は王都からウーエンまで来る費用はないし、彼らのように船を使って一時国を脱出しようなどという事までは考えまい。
中央都で繰り広げられていた、中央軍と私設軍(オウ・チューン家とイアン公共同の軍であるが、それを一般人に公表されたのは戦いが鎮静してしばらくしてだ)の激しい戦闘のために、貴族や平民の金持ちの半数以上が持てるだけの財産を持ってウーエンを目指した。国が落ち着くまで国外脱出を試みようとする人間達で都は大変な状態になっている。
イアン公が中央軍に連行され、同じく彼の屋敷で人質となっていた家族と対面してから二日。ミャオロゥ王子の後見となるようにという中央軍の説得に、まるで時間稼ぎのようにのらりくらりしていたイアン公が、王都襲撃、ミャオロゥ王子逃亡の報告(しらせ)に態度が一変。密かにに待機させていた私設軍の小隊を使い、屋敷内の中央軍を反対に抑え込んだ。ミャオロゥの母方の血縁であるミンチェ准将以下部下達は抵抗むなしくあっという間に捕えられた。
「残念だったな、ミンチェ准将」
普段温厚な表情見せるイアン公だが、今は思いっきり意地悪く顔を歪め、嘲笑って見せた。
「わしはねぇ、あのミャオロゥにだけは王位を継がせたくないんだよ。それはミンガン王も同じ気持ちだと思ってね。…で、少しばかり手を貸してみたという事だ」
「そのために……オウ・チューン家と手を組んだのか……。しかも私設軍を密かに作っていたとは!」
「ハクオウ家はやり過ぎたんだよ。北の御三家にずっと女が生まれなかったのが、やっとハクオウに年相応の娘ができて、さぞかし天下を取った思いだったろう。無理やり異母兄(あに)の正妃に迎えさせた上に、事実を曲げて長子を儲けて……。わしが何も知らないと高をくくっていただろう?王の本当の長子は亡くなったマオハン王子だとある筋から知ってから、いつかはこんな時も来るかもと準備を進めていたのは正解だった。お前達が祭り上げていたミャオロゥがもう少しマシであったらな!ははははは…」
表面はいつも穏やかで、人当たりの良いお人好しという印象があるイアン公の裏面を見た思いがする。ミンチェ准将は歯噛みした。とんでもない伏兵は他の二家ではなく、早々と王宮を去ったはずの先代王の妾腹の王弟であった。
御しやすいと思わせて、実は水面下でこんな野心を抱えていたとは。
「モ・ラウ家も今までのように、本人の素行やら能力を無視したような、長子崇拝や母方の血筋を重んじる後継者選びを廃止するべきなのだよ。これからの国の事を考えて、最も王に相応しい人間がこの国の頂点に立たなければ、我が国は滅びるだろう。……だからこそ長子とはいえ偽りであるミャオロゥは排除するべきなのだ。傍系であってもね、これからは王族の血を引いていて素質のある者なら、王となっても誰も文句出ない世の中になる──。しかも幸いな事にミンガン王は姫君を授かった。なあ、ミンチェ殿、ここまで言えばわしが何を言いたいかわかるかね?」
初めて見るイアン公の冷ややかな顔にミンチェはぞっとした。
そして彼は若き日のイアン公の有能さと高潔さを思い出した。はっきり言ってしまえば、当時の彼は現王であるミンガンよりも優秀だった記憶がある。それが生母の生まれやら次男である事で、ミンガン側の人間らに激しく疎まれていて、成人を迎えるころには目立つような行動を取らなくなった。しかもミンガンの即位後は気持ちよいほどにあっさりと王家を出て行った。
人々は王家が荒れるのを憂いたイアン公の潔さに感服し、それに伴って異母兄(あに)であるミンガン王との関係も良好で、しばらくは王家も安泰であったのだ。──ハクオウ家が力をつけ、王宮にはびこるようになるまでは……。
元々正義感が強く、国を思う気持ちのある人物だった。彼が心の内で今の王宮の行く末を憂いでいないわけがなかったのだ。
イアン公とて王家がしっかりしていれば何も口を出すつもりはなかった。
だが、ミャオロゥ王子の悪評、そしてその弟王子シャイエイの事情で彼の気持ちが揺れる。そしてとうとう、ミャオロゥと南の国の癒着問題で彼は切れた。本当にこのままでは貧しいだけでなく、国の存続自体が危うい。そう追い込まれたイアン公が、自分がどうにかしなければと密かに動いたとして誰が咎めようか。
+++
実に三日天下。(実質は六日間であるが)
実弟と対峙し、彼を斬って臣下と逃亡しミャオロゥ王子は、争いで受けた傷を庇いながら必死に水甲を目指していた。
そこは彼が今一番頼りにしている人物、ティアンの船が停泊しているからだ。中央軍の話では、かのティアンは水甲近くに大きな屋敷を借り、そこに滞在しているという。
恥ずかしい事だが、もうミャオロゥが縋れるのは異国のこの男だけになってしまった。
「いいか。王宮の金品、持ってこれるだけの財産を全てティアン殿に差し上げるのだ。あの方なら、起死回生の手を打ってくださる!私を救ってくださる!」
そう信じて疑わないミャオロゥであるが、果たして。
──国の実権を手にした時の昂揚感。ミャオロゥはずっとその時を待っていたのだと痛切に感じた。
長子であるのに、正妃の子であるのに、実子であるのに。父王の仕打ちはミャオロゥを鬱屈の海に沈めた。国も王家も全てが自分のものになるはずなのに、それをどうしても与えない父。
ミャオロゥは己を正当化する。
自分はただ、与えられる権利を主張し、それを取り戻したに過ぎぬ、と。
実の父親である王が、第一王子である彼を王太子に据える事を躊躇するのか、その本当の意味を理解しないまま、ミャオロゥはそう傲慢に思い続けている。
周囲の思惑にも無頓着で結局独りよがりである彼は、只々自分の味方と信じる者の居場所を目指している。再び自分にとっての正当な権利を手にするために。
その場所が、己を嫌いそして己を追いやったオウ・チューン私設軍の、真の元締めである叔父の領地であってもだ。
この時点で自分を襲ったのが叔父のイアン公だと知らないミャオロゥは、運が良ければその叔父にも味方してもらおうと都合よく簡単に考えていた。
行きつく先が終焉の場であるとも知らず、彼は必死に足を動かしていた。
* * *
目まぐるしく変わる北の国の情勢、それに振り回されている人間達。
それはこの国の人間や他国の人間だけでなく、この国を脱出しようと目論んでいる自分達もだとアムイは思う。
キイを追いかけて北の国へ入った時は、まさかこんなに長くこの国に留まるとは思ってはいなかった。
もう、前のように自分だけという単独行動はできない。キイを取り戻してもなお、今のアムイには自分の傍で、共に行動してくれている人達がいる。
「こうなってしまったら、はっきりと申し上げます、宵の君」
一同はフォウ天司誘導の元、彼の自室に招かれていた。あまり広いとはいえないが、密談するというのなら最適な場所だとフォウ天司自ら提供してくれた。教会の中でも教会司祭のプライベートエリアに部外者は滅多に入れないからだ。
部屋に入って開口一番、そうキイに向かって言ったのはシュンメイの夫であるハロルドである。
今この部屋にいるのはキイとアムイ、そしてシータ、イェンラン、リシュオン。彼ら以外にはシュンメイとハロルド、フォウ天司自身、それに何故かクライス天花(てんか)聖典大天司が彼らより少し離れて堂々とした居ずまいで窓際に立っていた。
「昨晩も申し上げましたが、私が中央王都を偵察していた時に運よく昂極(こうきょく)大法師様とお会いする事ができまして、従兄弟であり聖職者のクライスが同時に大法師様からの文をお預かりしたという縁で、彼を伴い報告も兼ねてこちらに戻ってきました」
昂極大法師……昂老人の最初の打診はシュンメイ直々に届いた。彼は隠密から王都の一大事を聞くや否や、アムイ達の事を全て懇意にしていたシュンメイに託したのだった。その後、偵察に行ったハロルドと接触し、再び王宮に戻ったという。
政治には関われないという宗教組織の元最高峰の位にあった昂極大法師であるが、元々北の北天星寺院は王家の家教であり、王家専属の相談役という務めを創国から任されているという事情で、政治的決定権はなくとも政(まつりごと)の関与は他国の宗教よりも許されていた。だから国家の、そして王家の一大事には必ず北天星寺院が動くのだ。
……ということで、いくら引退したという昂老人ではあるが、王家に何かあればこうして何かと駆り出されるのは仕方ない。特に現王であるミンガンとシュンメイの異母兄であるマオハンの名付け親ともなれば、個人的にも協力せざる得なかった。
その繋がりで昂老人はシュンメイ達とも交流があり、彼らは北の中でも特に信頼のおける存在であった。故に今自分が関わっているセドの王子達を託す事を即決し、シュンメイ達もその信頼に気持ちよく答えてくれたのだった。
味方はなるべく多い方がいい。
下手をすれば、今渦中のセド王家の生き残りという爆弾を抱えて危険に巻き込まれる可能性だってあるにも拘らず、事情を知った彼女らは率先してアムイ達を匿ってくれた。
アムイ達のいる場所が、ある意味昂老人の本拠地ともいえる北の国で幸いした。
自分達がこうして身を隠しながら移動できるのも全て、大法師であり賢者という称号を持つ人好きする老人のお蔭なのである。
そして今、オーン人のハロルドは全ての事情を理解した上で、こうしてキイとアムイに向かって話を進める。
「先程も西の国の王子が仰っていたように、動くのは今だと私も思います。この国を出て東の国に行くには」
ハロルドの思慮深い目がキイに向けられる。
「それとも王宮が安定した今、ミンガン王に保護されますか?そうすれば時間はかかるかもしれませんが、安全に希望の地へ向かう事ができます」
「さて、それはどうかな」
キイは顎に手をやって首を捻った。
「どう…とは。五大国首脳会議の決議をお知らせしたではありませんか。貴方を保護するという方向に決まったと。私としてはその方が危険は少ないと思いますが」
「保護されたとして。その後の俺の身の振り方が自由意思に基づく決定がなされるかどうかという保証はねぇよ。……一時ゲウラに身柄拘束、としか俺には思えねぇな。……何せ、女神の子孫というだけで珍獣扱いを世間からされてるんだ。そうでなければ、もう何年も前に滅んだ国家の王族になんぞ、誰が興味を示すんだっていうの。……悪いが俺は他国に保護されようと思っちゃいないんでね」
「宵の君……」
「それに俺には時間がない」
その言葉にアムイは大きく狼狽えた。……時間が、ない。
それはずっと前に昂老人との会話でなされたキイの寿命を思い出させ、アムイを深い沈鬱の沼に引きずり込ませようとしたが、次の言葉で違う意味だったと知って我に返る。
「もうそろそろ限界が来ている」
と、キイは自分の額を指差したからだ。
額の中心に鎮座する小さな球体。それは“光輪”という神の力を封印する存在だ。
そうだった。今の彼は危険ともいえる状態だった。
アムイ自身、自分が彼の傍にいる事で、彼の“気”が一応安定していたから気が緩んでいた。誰よりも、いや本人よりも自分が把握していなければならないのに。
「それは?」
セドの王族としか伝え聞かされてないハロルド達には、それだけでは意味が通じないであろう。まさか、単なる噂、伝承だと気にも留めていなかった“王家の秘宝”に関係するなどとは。
「キイ、いいのか?」
アムイの心配をよそに、キイはくくっと笑った。
「もうここまで来るとな、俺らの本当の事情とやらを理解してもらわねぇと、こっちが動き辛いってことだ。それに、もう隠し通せるものでもないだろう。いつ暴発するかわからない」
そう言って顔を上げるキイの目は険しかった。その険呑さにハロルド達は息を呑む。
「だが、だからこそ今他国……いや、世間に俺の秘密を知られてはまずい。できればこの封印が解かれるまでは。
今の俺は急所を掴まれた獣のようなものだよ」
「秘密……?一体…」
訝しげな彼らの中、関係者以外でただ一人、涼しい顔をした男にキイは苦笑する。
「それはあんたがよく知っているんじゃないのか?──天花大天司(てんかだいてんし)さまよ」
キイの言葉にアムイを筆頭として、皆がざっと窓際に立つクライス大天司に視線を集中させる。
「何のことかな」
薄笑いを浮かべ、余裕の口調の彼にキイは片眉を上げた。
「あんたは俺の素性を全て知ってここに来たんだろう?俺を…俺達の様子を窺うために。なぁ、あのおっさんはあんたに何を頼んだの」
「……キイ?」
「おい、クライス。どういう事なんだ、お前……昂極様に頼まれて文を預かったからと…。その他にお前、何か思惑があって俺とここに来たのか?」
◇◆◇
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